魔法科高校の煌黒龍   作:アママサ二次創作

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第17話 風紀委員会本部・2

「……渡辺先輩」

「……すまん。こういうのは苦手だ」

 

 驚愕から立て直した摩利はどんどんと整理を勧めていくアルバと主にCADや端末などを整理する達也の手伝いをしようと自分も机の上に積まれたものに手を伸ばしたものの、すぐに諦める。効率的に片付けていく2人に比べて、摩利の手際はお世辞にも良いとは言えなかった。

 

 それを見かねた達也が声をかけた結果、摩利は手伝う事を諦めたのである。どちらにしろ、アルバと達也が2人で片付けていればそのうち片付くのは目に見えていた。2人の整理している前では既に机の上の一角が片付けられ、ずっと隠されていた天板が顔をのぞかせているのである。

 

 手持ち無沙汰になった摩利は、達也のすぐ隣の机に腰掛けてその手元を覗き込んでいる。そのスカートやその下のレギンスに覆われた足が達也に触れそうになっているのは、先程同様にちょっかいをかけているのかそれとも素の行動なのか。対応に困った達也はアルバに目を向けるが、当のアルバは2人の方には一切目線を向けずに黙々と片付けを続けていた。既に彼の片付けている区域の書類は整理されて積まれており、今はその他のものをCADは山にし、端末は状態を確認して壁際の棚へと移動させている。

 

「すみません、机に座るのは……」

「ん、ああ悪いね」

 

 と言いつつも摩利が立ち上がる様子は見られない。ため息を押し殺した達也は、自分の椅子を移動させて作業を再開した。

 

「ふざけるのはこれぐらいにしておこうか。2人とも手は動かしたままでいいから話を聞いてくれ」

「む? では片付けが実は得意なのか?」

 

 顔をあげないアルバからの突っ込みに、摩利は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

「アルバ、失礼だぞ」

「それは……失礼した」

 

 達也にたしなめられたアルバが、何か釈然としない雰囲気を漂わせながらも謝罪する。おそらくこれが、余計なこと、というやつなのだろうとアルバはまた1つ学んだのだ。

 

 そんな2人の様子を見ながら摩利は考える。このアルバという男、嫌味のような発言をするにも関わらずそこに悪意が見えないからたちが悪い。単純に摩利のしかけるちょっかいがそういうたぐいのものだけに返ってくる言葉も嫌味のようなものになっているだけで、おそらく本来はこういった発言を好んでいるわけではないのだろう。まだ無反応な達也の方が、幾分か可愛げがある。

 

「風紀委員としての仕事の話はひとまず後回しにしておくよ。2人に知っておいてもらいたいのは、さっきも私が言った達也君をスカウトした理由だ」

 

 余計な事を言うべきではない、と判断しているのかアルバが口を開かない中、達也が口を開く。

 

「そのことですが、未遂犯に対する罰則の適正化と抑止力になる方はわかるんですが、イメージ対策の方は逆効果じゃないですか?」

「どうしてそう思う?」

「一科生の方もですが、問題は二科生の先輩方でしょう。自分たちはこれまで口を出すことが出来なかったのに、同じ立場であるはずの下級生には取り締まられるのですから。面白くないと感じる人が大半でしょう」

 

 そう言いながら席を立った達也は、壁際に言って何やら箱を取り出してきた後、アルバが積み上げたCADの山を回収してくる。アルバも書類の整理などは得意なようだが、CADに接するのは自分の方が向いていると考えたからだ。同じ考えのアルバは、ちらりと視線をやっただけで端末の処理に視線を戻し、放置されていた端末を次々と整理していく。

 

「それもそうか。だが、1年生は歓迎してくれるんじゃないか? クラスメイトに話くらいはしてみたんだろう?」

「それは、そうですが……」

 

 達也の脳内に、自分が風紀委員に選ばれそうになっていると言ったときのクラスメイト達の反応が浮かぶ。レオは、それを凄いことだと褒めてくれた。だが一方で、エリカや美月からは心配する意見が出た。達也に一科生を相手にして無傷で制圧できる実力があると知れば、エリカはともかくとして美月は達也の風紀委員就任を喜んでくれるのだろうか。

 

「一科生の方には歓迎どころではない反感があると思いますよ」

 

 あくまで、二科生に歓迎されるメリットより反感を受けるデメリットの方が大きいだろうと。そういう達也だが。

 

「雫とほのかは歓迎していたぞ」

 

 思わぬ援護射撃、に見える誤射に言葉を失う。そのためアルバの言葉に先に反応したのは摩利だった。

 

「ほう? 雫とほのか、というと、北山と光井のことか? 2人とも入試でも上位の成績優秀者だったな。良かったじゃないか司波君」

 

 摩利はアルバの言葉に興味を示す。もともと、差別意識は入学以前から持っていると同時に、この第一高校内で育まれているような状況にあった。それに染まっていない1年生の段階ならば二科生の風紀委員も認められるのではないかと考えていたのだ。

 

「いえ別に……。というか何故2人の成績を知ってるんですか?」

「風紀委員を選ぶには、実力を知らなければならないからね。成績を多少は閲覧させてもらえるんだ」

「……職権乱用では?」

 

 達也の言葉に、摩利は気まずげに視線をそらす。風紀委員を選ぶのは、生徒会、教職員会、部活連であり、風紀委員はあくまで選ばれた者を受け入れるだけだ。達也やアルバのように風紀委員になったものの実技の成績を見るならまだしも、関係のない雫やほのかのそれを見ることは出来ないのはずなのである。

 

「まあ、とにかく」

 

 話をそらしたい摩利は、本題へと話題を戻す。。

 

「反感はあるかもしれないが、入学したばかりの今ならそれほど差別思想に毒されていないんじゃないかと思ってね。やるなら今だ、ということだよ」

「昨日はいきなり一科生に目をつけられましたけどね」

 

 放課後に起きた件についてはただ魔法を使用しかけたものがいるという事情しか知らず、昼休みの件は全く知らない摩利は少し顔をしかめてみせる。

 

「ああ、森崎のことか」

「よくご存知で」

「揉め事を起こしていた者ぐらいは調べているよ。達也くんに誤魔化されてしまったがな?」

 

 昨日の達也の言葉の揚げ足を取る摩利に、今度は達也が苦い表情をする。いくらああした言い訳をしたとは言え、あれが言い訳であるとみなすことも摩利には出来た。見逃されたのはあくまで、真由美と摩利の好意からである。

 

「まあ入学当初からああいうのも中にはいるさ。だがだからと言って、このままずっとそれを続けていくわけにはいかない。君は言ってみれば、私達がやってきたことを完成させる最後のピースといったところだよ」

「……」

 

 摩利の言葉に、達也は無言で返す。摩利や真由美の発言を聞くに、おそらく彼女らはこの一科生と二科生の間に深い溝が存在しているという問題に関して、生徒会長や風紀委員長として出来る限りの事をしてきたのだろう。

 

 だが一方で、これまで彼女らがしてきた全ては、『一科生が中心となる生徒会、風紀委員』が『上から』変革をもたらす、というものにしかなり得なかったはずだ。

 

 この第一高校に存在する差別は根深く、一科生が二科生を見下すと同時に、二科生自身も自分たちを下に見ている。そしてそれらは他者への攻撃を意図して行われているものではなく、ただ皆が『そういうものだ』と自然に思ってしまっている。男性と女性の差を無意識のうちに理解しているように、一科生と二科生の差を当然のものだと思ってしまっているのだ。

 

 だからこそ。森崎のようにあえて一科生を見下し攻撃しようとする者はそこまで多くないにも関わらず、差別意識は第一高校の隅々にまで根付いてしまっている。

 

 それを改善するためには、上からだけでなく下から。二科生の側からも、一科生と二科生の差がそんな大層なものではないことを。そして魔法だけが全てではないことを、()()()()()()()()示すものが現れなければならない。

 

 達也を風紀委員に取り上げるのには、そういう意味合いがあった。

 

「アルバ君」

「はい」

 

 達也に話終えた摩利は、今度はもうひとりのキーマン、アルバに話しかける。

 

「君はあまり一科生と二科生の差を気にしていないように思える」

「……そうですね」

 

 気にしていない、というのとは少し違う。人の作った枠組というのは正直アルバにとっては気にするほどの意味が無いものでしかない。あくまでそれらは、人が社会を維持するための枠組みだ。格差というのも、位というのも。人が蟻を観察するとき、その秩序に従って女王蟻にはへりくだり、働き蟻には命令をしたりするだろうか。

 

 そういう、次元の話なのだ。

 

 アルバにとって人とはすべて等しく無力なもので。

 

 同時に、だからこそ興味を駆り立てられる相手である。

 

 だからこそアルバにとって、一科や二科というのはどうでもいい話であった。

 

「君には、二科生とも別け隔てなく付き合う一科生の見本になってもらいたい。既に君の友人には二科生が多いようだしね。かと言って一科生を遠ざけるようならそれはそれでいらない恨みを生んでしまうのだろうけど」

「……そうなれるように努力します」

「それで構わないよ。先程服部に対して自分の目で確かめれば良いと言えた君の言葉。あれを普段から言えるなら、君は君らしくあってくれるだけで十分だろう」

 

 二科生の側から、自らの存在をその実力によって主張する者(達也)と。一科生の上から、それを受け入れる者(アルバ)

 

 そんな立場を、委員会の上司から押し付けられた2人は。

 

 彼女に気づかれないように目を合わせて、互いにその役目の重さに苦い表情をした。

 

 

 

******

 

 

 

「……来る場所を間違えたわ」

「それはどういう意味だ真由美」

 

 アルバと達也がちょうど片付けを終えた頃。生徒会室と直通の階段を降りてきた真由美は、開口一番そんな言葉を口にする。その言葉に込められた意味に気づいた摩利は、大して苛立ってはいないものの、これまでこの部屋を使ってきた人間として突っ込みを入れた。

 

「だってここ……リンちゃんやあーちゃんがどれだけお願いしても片付けてくれなかったじゃない。なのにこんなに片付いて……」

 

 真由美の発言にむっとした摩利は言い返そうとするものの、その直前に壁際から声がかけられた。

 

「委員長、片付け終わりました」

「こっちも終わりました。傷んでそうな部品は交換しておきました。問題はないはずです」

 

 声の主は、最後に棚を整理し、書類や端末、CADなどを収納していたアルバである。同時に、固定式の端末のメンテナンスハッチを覗いていた達也もハッチを閉じて振り返る。アルバの方は制服を着たままだが、CADを弄ったり固定式の端末の整備までしていた達也は上着を脱いで袖をまくりあげている。

 

「あ、ああ。2人ともお疲れ様」

「あ、そういうことね。2人とも早速役に立ってくれてるんだ」

 

 少しばかり気まずそうな摩利を見て状況を察した真由美は明るく笑う。

 

「片付けがされていない状況は苦手ですので」

「そっかそっか。それで、達也君の勧誘には成功したの? 摩利」

「ああ。成功したぞ」

 

 正確には、うやむやになった上に摩利の達也の風紀委員への就任にかける思いを語られてしまい、気がつけば逃げ場が無くなっていた、というのが本当のところだ。もっとも、ああして妹に叫ばせ自分の実力を示した時点で達也にも引き下がるつもりはほとんど無かったが。

 

「それじゃあ2人とも、これから摩利をよろしくね?」

「はい」

「風紀委員としての務めは果たしますよ」

 

 生徒会長の威厳、というよりは、慕われる先輩としての雰囲気を全面に押し出した真由美の言葉に、アルバは達也の整理したCADを覗き込みながら。達也は脱いでいた上着を着込みながら、先輩に対するにしては少しばかり雑な反応を返す。

 

 それが気に入らなかったのか真由美は、片手を腰に当て、反対の手の人差し指を立て、挙げ句の果てには頬を膨らませて拗ねた目つきをするという、考えられる限りのわざとらしい態度を見せて2人に抗議する。

 

「2人とも、ちょっとおねーさんに対する対応がぞんざいすぎない?」

「む――」

「アルバ君、別に私はアルバ君の血縁上の姉じゃないからね。私が言ってるのは、年上の女性に対して、ってことだから」

「そういうことですか」

 

 幾度も手痛い反撃を受ける摩利を見て学んだのか、真由美は先にアルバに対して予防線をはる。今回に関しては大成功といったところだろう。それで納得して引き下がったアルバとは違い、彼よりも遥かに多く真由美のこの思わせぶりな行動のターゲットにされていた達也は、念の為確認をする。

 

「会長。あくまで念の為、ですが」

「うん?」

「会長と俺は初対面のはずですよね?」

 

 それにしては馴れ馴れしくないですか? という裏の意味合いを言わないことで礼儀を保とうとした達也だったが、真由美相手にそれは悪手であった。

 

 一瞬目を丸くした真由美だったが、すぐにそれは通常の大きさに、そしてそれよりも更に細められ、邪な、としか表現しようのない笑みが真由美の表情にとって変わる。総じて、小悪魔的な、というのがこれほどまでに似合う人間というのもあまりいないだろう。

 

「そっかぁ。達也くんは、私と達也くんはもっと前に会ったことがあるんじゃないか! って思ってるのね? そして入学式の日に運命の再会を果たした! そういうことね?」

「いえ、会長? そんなことは……」

 

 戸惑う達也を笑顔で見つめ、再び口を開きそうになっていたアルバににっこりとした笑みを向けて黙らせた真由美は、続きを口にする。

 

「遠い過去に運命によって引き裂かれた2人が、再び出会った。 これは運命に違いない! と」

 

 本気で陶酔しているというわけでもなく、その異常なテンションの高さや言い回しが演技だとアルバにも理解できた。だから『これが演劇というやつか』と口を挟まなかったのである。

 

「でも残念ながらあの日が初対面よ。間違いなく。それに達也君が言う通りあれが運命なら、私とアルバくんが運命の再会を果たしたって可能性もあるわけだし?」

「初対面、のはずだ」

「そうよ。初対面。ね、そんなこと言うってことは、もしかして運命感じちゃった?」

 

 入学式における真由美との出会いから、その後の会話など。アルバがそれに特に何も思っていない一方で、自分は彼女と何かがあるのではないかと。

 

 そんな、真由美からしてみれば突っ込んでくださいと言わんばかりの発言をしたのが達也のミスだった。こうした反応を引き出さないためには、アルバのような無反応が正解だったのである。

 

 だが。こうして先輩に何らかの言動をさせる隙を与えてしまった以上、答えなければならない。

 

 胸の前で握りこぶしを作って上目遣いで見上げるという、これまた考えうる限りのあざとい行動。それが似合っているからこそ、こうして真由美も後輩相手にそれを使ってくるのだろう。

 

「これが運命なら、どちらかというと『Doom(凶運)』ですかね」

 

 達也のその答えに、真由美の表情には悲しみが溢れ出した。

 

 

 

******

 

 

 

 楽しげに演劇をしている2人の邪魔をしないようにと摩利の隣まで移動していたアルバは、真由美が顔を覆って達也に背中を向けたのを見て、摩利へと問いかける。

 

「ああいうのを猫を被っている、というのですか?」

 

 真由美の演じる哀愁漂う姿に達也がわずかに動揺を示す一方で欠片も揺らがないアルバに、摩利は呆れたような視線を向ける。

 

「君は本当に……動じないな。真由美のあれを食らって初見でそんな反応をする相手は初めてだよ」

「先程も言った通り、そういう感覚は薄いので」

 

 深雪から受けたお説教を思い出して言葉を濁したアルバに、摩利はクスリと笑う。

 

 同時に、真由美の方から小さな『チッ』という音が聞こえた。

 

「……あの、会長?」

「何かな達也君」

 

 再び顔をあげた真由美の表情は、入学式で下級生を魅了した上品な微笑みで。先程まで体中から溢れていた哀愁や、一瞬前の舌打ちの余韻などどこにも残っていなかった。

 

「……なんだか会長のことがわかってきた気がしますよ」

 

 達也がそう口にすると、真由美は再び表情を変える。その人の悪い笑顔こそが、いつも真由美が上品な笑みの裏側に隠している素顔だ。

 

「もう冗談はやめようか。達也君あんまりノリ良くないし。アルバくんに至ってはノリが良い悪い以前の問題だし」

「む……すみません」

「そういうところだから」

 

 再び空気を読まない発言をしたアルバに、真由美はニコリとした笑みを向ける。

 

「服部のようにはいかないな? 今年の1年生はどうやら真由美の色香にはやられないらしい」

「ちょっと摩利、人聞きの悪いこと言わないで。それじゃあ私が手当たりしだいに下級生を弄んでるみたいじゃない。ちゃんと相手は選んでるわよ」

 

 ターゲットにされたものは溜まったものではない。達也の表情にそう書かれているのに気づいた摩利が、真由美の変化を説明してくれる。

 

「真由美の態度が違うのは君たちの事を認めているからだよ。君たちに何か、素顔を晒せる何かを見つけたんだろう。こいつはとにかく猫かぶりだからな」

「2人とも、摩利の言うこと信じちゃだめよ。でも認めてるっていうのは当たりかな。2人とも、なんか面白そうなのよね。運命を感じちゃってるのは私の方なのかも。これからよろしくね、2人とも」

 

 舌でも出しそうな悪戯っぽい笑顔をして真由美は言う。

 

 真由美の風紀委員会本部訪問は、こうして主に達也の精神にダメージを残す結果となった。

 

 

******

 

 

 当初の目的であった生徒会室をもう閉めるという報告を終えた真由美が階段を昇っていった後、疲労困憊の様子の達也は、なんとかその疲労を押し隠して椅子に座り込む。

 

「ご愁傷さまだ。かなり遊ばれたな」

「わかっていたなら助けてくれても良かったのでは?」

「風紀委員の私の権限で生徒会長の真由美を止められるはずがないだろう?」

 

 そう悪戯げに言う摩利に、達也の疲労は増す。そうやってはぐらかすということは、また別の何かがあるのだろうが。それにもまた付き合わされるであろうことを想像すると、考えるだけで疲れてくる。

 

「お疲れ様だな」

「アルバ……お前が逃げている分はすべて俺に来ているからな」

「む、そうか? 逃げているつもりはないのだが」

 

 この演技ではなく素で何かずれているところが、真由美や摩利がアルバをターゲットにしづらい理由だろう。それは理解できるのだが、その分のしわ寄せまで自分に来るというのはたまったものではない。

 

「真由美の友人である私の前で随分な言い草だな」

「いえ……友人との交流を深めていただけですよ」

 

 精神的に疲れているのか切れ味の落ちた達也を摩利が更に追撃しようとしたところで、本部の扉が勢いよく開いた。

 

「ハヨーっす!」

「オハヨーゴザイます!」

 

 威勢の良い掛け声とともに入ってきたのは2人の男子生徒だ。そのうち大柄な方が3人、特に摩利に目をつけると話しかけてくる。

 

「おっ、姐さんいらしてたんですかい」

 

 その独特な言い回しは言語としてはアルバには理解できないものだったが、言語が無くとも意思を疎通する知覚力でその意味合いを理解した。

 

(姐さん? 姉さん? だが生徒会長はおねーさんが血縁上の姉ではないと言っていたな。とすると、目上の女性に対する敬称のようなものか?)

 

 身長はそれほどでもないが、やけにゴツゴツとした体つきの短髪の男はそのまま室内を見渡している。

 

「本日の巡回、終了しました! 逮捕者はありません!」

 

 もうひとりのほうは見た目や言葉遣いが普通に近いものであるのは理解できるが、直立不動で報告する姿は、アルバは見たことのないこの時代の軍人か……あるいは潰えた小さき者達の中にいた『騎士』と呼ばれた者達と同じように見える。

 

「もしかして姐さんがこの部屋を?」

 

 完璧に片付けられた室内を見渡したいかつい方の男が、3人の方へと近づいてくる。

 

 そしてその行く手にすっと立ちふさがった摩利が、『スパァン!!』という小気味良い音とともに硬く丸めたノートを振り抜いた。頭を叩かれた男は、叩かれた場所を押さえて蹲る。それなりの勢いでいったのだろう。

 

「姐さんって言うな! 何度言ったらわかるんだ鋼太郎! お前のその首の上についているのは飾りか!」

 

 そう叫んだ摩利の頬はわずかに赤く染まっている。おそらく、姐さんと呼ばれるのが、それも出会ったばかりの1年生の前で呼ばれるのが恥ずかしかったのだろう。

 

「そんなポンポン叩かねえでくださいよ。ところであ……委員長。そっちの2人はなんです? 新入りですかい?」

 

 再び姐さんと口走りそうになった鋼太郎という男子生徒だが、目の前に再び硬い筒を突きつけられて言葉を止めた。大して痛そうでは無いものの叩かれるのは嫌なのだ。

 

「……お前の言う通り新入りだ。1-Aのトリオン・アルバと1-Eの司波達也。前者が教職員枠で後者が生徒会枠だ」

「へえ……片方は紋無しですかい」

 

 鋼太郎は2人を、特に制服の胸にエンブレムのついていない達也を興味深げに見回す。

 

「辰巳先輩! その表現は禁止用語にあたる可能性があります! 二科生と呼称するのが適当かと思われます!」

 

 もう1人の男子生徒はそう言いながらも、値踏みするような態度自体は注意しない。それは下級生だからか、あるいはウィードだからか。

 

「お前達、そんな単純な考えだと足元をすくわれるぞ? これは秘密だが、さっき服部がやられたばかりだ」

 

 だが、摩利の言葉で2人の視線はすぐに真剣さを増した。

 

「そいつがあの服部に勝ったってことですかい?」

「ああ。生徒会の認めた正式な試合でな」

 

 摩利のその言葉に、2人はそれまでの態度を一変させた。

 

「そいつは心強え」

「逸材ですね」

 

 それまでの値踏みする視線から、達也を対等に扱う視線に。これが、今の風紀委員だ。不思議そうな達也とアルバに摩利が説明をする。

 

「この学校はブルームだウィードだと、そんなつまらない優越感や劣等感を持った奴ばかりでね。正直うんざりしていたんだ。真由美と部活連会頭の十文字はあたしのそんな性格をわかってくれてるから、比較的そうじゃない奴らを選んでくれてる。優越感が全くないとはいかないが、ちゃんと実力を評価出来るヤツラばかりだ。教職員枠はそうもいかないが、今回はアルバ君だったからな。珍しく当たりだよ。ああそうそう。どうやらそっちのアルバも司波と同じぐらいに出来るらしいぞ」

 

 一科生しか入れない生徒会と違ってここには二科生も所属できる。そして所属しているメンバーも、皆差別意識の薄いものばかり。ある意味この風紀委員会本部こそが、改革の最前線であると言えるのかも知れない。

 

「3-Cの辰巳鋼太郎だ。腕の立つやつは歓迎するぜ」

「2-Dの沢木碧だ。君たちを歓迎するよ」

 

 鋼太郎が達也に、沢木がアルバへと手を差し出す。2人が最初に値踏みしていたのはシンプルに『実力』を測っていたからだ。だからこそ達也ほどではないが、アルバも見られていた。相手が二科生かなど、眼中に無かったのである。

 

 沢木からの握手に答えたアルバだが、何故か沢木が手を離さない。

 

「2人とも、自分のことは沢木、と名字で呼んでくれたまえ」

 

 ギリギリと手にかかる圧力が次第に増していく。

 

「くれぐれも名前で呼ばないでくれよ」

 

 あえてアルバの手を達也にも見えるように握り込む沢木だが、その手のひらからアルバはするりと手を抜く。

 

「流石に……そこまでの力をかけると人の手は壊れるのではないですか」

 

 まるで他人事のように言うアルバに、沢木よりも鋼太郎が感嘆した視線を向ける。アルバとしては大したことのない圧力なのだが、人間を演じている以上はここで手が壊れないのはおかしい。そしてそのために手を人のままに保って壊れると治るまで使えなくなる。そう考えて手をひき抜いたのだ。

 

「やるじゃねえか。沢木の握力は100キロ近いってのによ」

「魔法師の体力じゃないですね」

「君も、やってみるか?」

「遠慮しておきますよ」

 

 横から軽口を叩いた達也に、沢木が握手を差し出す。達也はその手をさっと握ってすぐに離した。沢木も2人ともに仕掛けるつもりは無かったのか、おとなしくその手を見逃した。


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