魔法科高校の煌黒龍   作:アママサ二次創作

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第21話 剣道VS剣術

 テントが校庭いっぱいに並んでいるといってもそれは校庭だけであり、それぞれの競技で使用される専用の競技場などでは普段からそこを使用しているクラブのデモンストレーションが行われている。

 

 それは3人がやってきた体育館も同様で、体育館に入った3人は壁面の高さ3メートルに回廊上に設置された観戦エリアから剣道部のデモを見学していた。見回りをしなければならない風紀委員とはいえそれぐらいの自由はあるのだ。

 

「この時代にも剣舞があるのか」

 

 まだデモンストレーション自体は始まっていないものの、体育館の中央付近で準備をしている生徒達が持っている竹刀を見たアルバは昔見たことのあるものを思い出す。祈り手を守る戦士たちが戦いに用いていた技術と、片手でそれを持ち、柄の先にある刃でもって敵を切り裂く武器、剣である。眼下の生徒達が持っているのは剣と違って刃が見受けられないものの、アルバがそれを体験させてもらったときには怪我しないようにと木でできた剣を使わせてもらったことがある。おそらくはそれと同じようなものなのだろうと推測できた。

 

「剣舞? 今からあるのは剣道部のデモンストレーションでしょ?」

 

 アルバの呟きを聞き止めたエリカが何を言っているんだと言わんばかりにアルバに突っ込んでくる。彼女のあたりの強さは基本的にレオにばかり発揮されているのだが、先程のこともあって少しばかりアルバに対するあたりが強くなったのだ。

 

「剣道、というのか? これは」

「嘘でしょ……もしかして剣道を知らない? 見たことは無くても名前ぐらいは聞いたことあるもんだと思うんだけど。中学校に部活なかった?」

 

 アルバのあっけからんとした答えに、エリカは信じられないとばかりに眼を見開く。魔法が体系化され技術として確立されたといっても魔法師の総人口に占める数は依然として少ない。そのため2000年代に行われていたようなスポーツや武道もその大半が現在も同じ様な形で存在している。例を上げるならば、バスケットボールやサッカー、野球などが現在も人気なスポーツの代名詞であり、2000年代以降にあらたに行われるようになったものとしてレッグボールというのも存在している。

 

 武道も同様に、柔道や空手、剣道、外国由来のものであればボクシングなどもいまだに人気な武道、武術であると言える。

 

 それを知らない、と。そういうアルバの表情は冗談を言っているようには見えない。もっとも普段から無表情なためにあまり表情が読めないのだが。

 

「聞いたことは無いな。俺は中学校には行っていないから、部活動というのもここが初めてだ」

「ふーん……」

 

 アルバの答えに、エリカは腑に落ちないながらも納得した様子を見せる。今どき通信教育など学校にいかなくても義務教育の課程を終えることは可能である。小学校中学校とそれを繰り返していれば、あるいはスポーツというものに触れることも少ないのだろう、と。

 

「しかし、あれでどう決着をつけるのだ?」

「決着、って、勝敗のことね。良いわ、じゃあ見ながら説明してあげる」

「感謝する」

 

 説明するといっても言葉でただ説明するよりも実際に動きを見ながらの方が早い。そう判断したエリカは、今すぐアルバに剣道と、そして剣術について教えるのを諦めた。と。そこでエリカはあることに気づく。

 

「というか、待って。剣道を知らないってことはもちろん剣術も知らないわよね?」

「剣の術。剣を用いて魔法を発動するのか?」

「そんな初心者みたいな状態でこの前私の警棒止めたの?」

 

 剣術に関しておしい回答をするアルバだが、エリカはそれを気にもとめない。それよりも気になるのは、アルバのあのときの動きが一体どこから来ているのか、ということだ。一定以上の動きをする技術というのはある程度の有用性があるために、例えば剣道や剣術、柔道、忍術など何かしらある程度の歴史があったり、系譜が継がれたりしている。それを知らないにも関わらず強いというのは、少しばかり異常なことであった。

 

「体術に関して初心者というわけではないぞ。剣も、剣道や剣術とは違うがそれを使った戦いを見たことがある」

「見た、ことがあるの? やったことじゃなくて?」

「体験はしたが……極めるほどに鍛錬を重ねたわけではない。かじった程度というのが適切だろう」

「ふーん……」

 

 今度の『ふーん』は、先程とは違って明確にアルバに対して興味をいだいての『ふーん』だった。自分の知らない猛者に、エリカの剣士としての血が騒いだのだ。

 

 そんな不穏な空気をエリカは自ら明るい声で断ち切る。

 

「ま、良いわ。じゃあ先に剣術について説明してあげる」

「ふむ」

「剣術ってのは、ようするに魔法と剣を絡めた戦い方のことよ。例えば自己加速魔法で速度をあげた状態で剣を使ったりとか。そういう『魔法と剣の併用』を全部含めて『剣術』。大雑把に言うとこんな感じね。まあほんとは剣道との違いとか色々あるんだけど、アルバ剣道知らないしね」

「……なるほど。では剣道は魔法との併用を考えてない、ということか?」

「そそ。剣道は完全に身体と竹刀だけでやるの。魔法科高校だから無いかと思ってたけど、一応あるみたい」

「剣道部ぐらいどこの学校にもあるだろう」

 

 エリカの何気ない疑問に、達也が何気なく返す。数瞬返事のなかったアルバに変わって相槌をうっただけなのだが、エリカはその顔をまじまじと凝視した。

 

「……どうした?」

「……意外」

「何がだ?」

 

 意図の読み取れないエリカの発言に、達也が首を傾げる。

 

「達也くんでも知らないことあるんだ」

「俺ってそんなに知ったかぶりに見えているのか?」

「あっ、やっ、そういうわけじゃないよ。ただ何か何でも知ってそうな雰囲気あるから」

「そうだな。確かに何でも知っていそうだ」

 

 エリカの言葉にアルバも同意を示したのを見て達也はため息を吐く。中学生の頃からそういう扱いは受けてきたが、そのたびに言いたいことがあるのだ。

 

「俺は2人と同じ高校1年生だぞ? まあいい、それよりどうして剣道部が珍しいんだ?」

「そうよね、同じ1年生、よね。アルバも達也くんも別のベクトルで同じってのには違和感あるけど……。ええとそれで、剣道部、ね」

 

 達也の発言に若干思うところのあったエリカだが、気を取り直して自分が剣道部の存在を意外に思った理由を説明し始める。それによると、魔法師を目指すものが使うのは基本的に術式との併用を前提とする剣術になるため、中学生以降はそっちに進む者が多いということである。明確な将来を見定め進む魔法師志望の学生にとって、剣道という将来役に立たないクラブへ進むというのは珍しいことなのだ。

 

「へぇ、そうなのか。剣道も剣術も同じものだと思ってたよ」

「なるほど。……となると1つ質問があるのだが」

「何?」

「魔法以外のエネルギーというのは、どうなるのだ?」

「魔法以外……もしかして闘気とかプラーナ(気息)のこと?」

「名称はわからぬが、物理法則でも魔法でもない力だ。人はそういうのは扱わないのか?」

 

 アルバが思い出すのは、かつて辺境の地を死の大地に変えて1人生きていた自分を狩りに来たものたちである。基本的に現代の魔法師たちやかつての祈り手たちとは違って自発的には物理以外の力を持たなかった彼らだが、その身体の扱いにおいては意識的にかあるいは無意識にか、大地に流れるエネルギーを取り込み利用していた。そのため小さき者にしては超人的な力や耐久力を発揮することができ、力の制御に気を使ってなかったとはいえ龍を打ち倒すほどの力を持っていたのである。

 

「使うわよ。そういうのは剣術の範疇……ってもしかして達也くん、そこ?」

「そこ、とは?」

「もしかして、武器術に魔法とか闘気とか、そういうのを併用して体術を補完するのが当たり前だと思ってるんじゃない?」

「使うだろ? 身体を動かしてるのは筋肉だけじゃない」

 

 何を今更と言いたげな達也の言葉に、エリカは感嘆したような呆れたような長い息を吐き出す。

 

「普通の競技者にとっては当たり前じゃないのよね、それって。だから剣道ではそういうのは使われないことになってるの」

「なるほど。そういうことか」

 

 中国武術などでは伝統的に扱われてきた気だが、それもまた魔法同様に姿を隠していた技術であり、それが魔法が表に出るのとほぼ時を同じくして現れた。それまでの剣道や柔道などは、そうしたエネルギーを使わずに行われていたのである。

 

(そういうのがあるとすると、多少身体能力で無茶をしても大丈夫か?)

 

 人間の限界がどこに存在するのか。それを探り探りしながら人間の身体を再現しているアルバにとって、エリカのもたらしてくれた情報はありがたいものである。それらをアルバが考えているうちに、剣道部によるデモンストレーションが始まった。

 

 

 

******

 

 

 

「洗練された型だな」

 

 剣道部のデモンストレーションを見たアルバが、小さく感想を漏らす。それに対して隣でその言葉を聞いていたエリカは不満げに鼻を鳴らした。

 

「宣伝のための演舞だ、そうなるのも仕方ないだろう?」

 

 アルバの言葉を皮肉と解釈した達也は、なだめるように返答する。だが、次の言葉でその予想が違っていた事を悟った。

 

「む。では本来の剣道は型を見せるための演武ではない、ということか?」

 

 剣道部のデモンストレーションは、非常に派手な、見栄えを意識したものだった。

 

 実演するのは2人の生徒。一方は大型な男子生徒で、もう一方はそれよりも二まわりも小さい女子生徒だった。体格はエリカと同じぐらいで、アルバと並べればかなりの差があるだろう。

 

 だがそんな体格の差を、彼女は技術で埋めていた。相手の打撃を流麗な技で受け流し、余裕を見せながら的確に反撃を加えていく。そして極めつけに一本。

 

 模範試合が明らかに殺陣のような演武になってしまっていることに不満そうに解説も少なくなっていったエリカだが、一応勝負がつく基準に関しては説明してくれた。華のある、とはこのことを言うのだろう。

 

 そうした全体を見て、アルバは単純に剣道を『型を演じるもの』だと思ったわけである。悪気は一切ない。剣道が実戦では使えないなどといった与太話は一切知らないままに、そんな感想が生まれたわけである。

 

「違うわよ。本当の剣道は、さっきいった勝利を決めるために互いに全力を出すの。あんな手の内のわかった格下相手に見栄えを意識した立ち回りで一本なんて、剣道じゃない」

 

 自身は剣道というよりは剣術を身につけているエリカだが、結局のところ武術というのは、道筋が違うだけで根底にある精神というのは同じである。見せるための演武がそれを踏みにじってるように感じ、不快感を覚えていたのだ。

 

「今回はあくまで見せるためのものだからな。それに、本当の真剣勝負なんて人に見せられたものじゃないだろ? 言ってみればそれは殺し合いなんだから。俺は剣道に詳しくはないが、この場にはふさわしくないのはわかるよ」

「殺意が感じられなかったのはそういうことか」

 

 興味深げに見つめるアルバと、不機嫌そうなエリカ。このままでは何かいさかいが起きかねないと達也は2人を促してその場を離れようとするが、その足が体育館の出口にさしかかったとき、剣道部の模範試合とは由来を別にするどよめきが起こった。

 

 

 

******

 

 

 

 人混みをかき分けて3人が駆けつけた先では、一組の男女が言い合いをしていた。それを一番わくわくした様子で見ているのはエリカであり、ついでアルバがいつもどおり興味を示し、達也が面倒なことになったという表情を隠そうとせずに成り行きを見守る。

 

 言い合いをしているうち女の方は、先程模範試合をしていた女子生徒であるというのがアルバには見て取れた。先程は仮面、すなわち剣道の防具である面の下に隠れていた顔を晒しており、かなりの美少女であるのが見て取れる。それを見たエリカは2人をからかってやろうと視線をあげたが、どちらの顔にもそんな色が無いのを見てつまらなそうに視線を戻す。

 

 一方の男子生徒は、達也ほどの背は無いものの体全体がバネでできているかのような引き締まり方をしている。相当に鍛え込んでいるのが見て取れた。

 

「剣術部の時間まではまだ一時間はあるわよ桐原君! どうしてそれまで待てないの?」

「心外だな壬生。あんな未熟者相手じゃあ実力を披露できないだろうから、俺が協力してやろうって言ってるんだぜ?」

 

 揉め事を引き起こしているのは男子生徒の方らしい。話から察するに剣術部がまだ剣道部の時間であるにも関わらず割って入ったのだろう。

 

「どこで止める?」

「……魔法を使ってからにしよう。そこまでは介入しないほうがいい」

 

 話を聞きながら尋ねたアルバに、達也は短く返した。風紀委員が取り締まれるのは魔法の違反使用か殴り合いになってからであり、まだ理性的な言い合いですんでいるうちは割って入るべきではないのだ。

 

「無理矢理勝負をふっかけてるじゃない! どこが協力だっていうの!? 貴方が先輩相手に振るった暴力が風紀委員会にばれたら、大変なことになるわよ」

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。防具の上から。それも普通に竹刀で。ただ単純に面をうっただけだぜ? 仮にも剣道部のレギュラーをやってるやつがその程度のことで泡を吹かないでくれよ。しかも先に手を出してきたのはそっちだろ? 正当防衛だよな俺のは」

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

 どうみても理性的な言い合いですんでいない、というかすでに被害者が出ているようなのだが。アルバが確認するように達也に視線を向けると、それを受けた達也は顔をわずかにしかめてみせる。

 

「……見たわけじゃないからな」

「そうか」

 

 取り敢えずは自分達が何かが起きるのを目撃するまでは、ということだろう。

 

「面白いことになってきたわね」

 

 風紀委員として騒動を見ている達也とアルバとは違い、ワクワクしている事を隠そうともしないのがエリカだ。

 

「本気のやり合いが、か?」

「それもそうだけど、あの2人だと特に、ね」

 

 先程のエリカの発言に触れた達也の質問に、エリカは嬉しそうに返す。独り言ともとれる最初の発言だったが、その実聞いてもらいたくてうずうずしていたらしい。

 

「女子の方は、試合見たことがあるの。今思い出したんだけど。確か……壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道大会女子の部全国2位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか結構騒がれてた」

「1位じゃなくて、か?」

「1位は、その……ルックスがちょっとね」

「そういうことか」

 

 何がそういうことか、なのか聞きたかったアルバだが、おそらく容姿が求められてのことだろうとは予想できたし、自分が割って入るとエリカの説明が止まってしまうので堪えた。

 

「男の方は桐原武明ね。一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ」

「全国大会は?」

「剣術の競技大会は高校からしか無いわ。競技人口はたかがしれてるしね」

 

 エリカがそんな説明をしているうちに、言い合いをしている2人の間の空気は張り詰めたものになっていく。それを感じた達也は万一に備えてポケットにしまっていた風紀委員の腕章をはめ、アルバにも促そうとして彼がずっとそれをはめたままである事を思い出し内心ため息をつく。目立ちたくないと考えていたものの、アルバと一緒にいるだけで目立ってしまうのだ。

 

 レコーダーのスイッチを今更ながらにオンにし、自体の成り行きを見守る。

 

「心配するなよ壬生。剣道部のデモだ。魔法は使わない」

「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切った剣術で、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部のこの私に」

「言ってくれるじゃねえか。だったら見せてやる。身体能力の限界を超えた次元で競い合う

剣術の剣をな!」

 

 その言葉が、開始の合図となり。

 

 先に動き出したのは桐原だ。いきなりむき出しの頭部に向けて竹刀を振り下ろす。それに反応した紗耶香の竹刀と桐原のそれがぶつかり、激しく打ち鳴らされる。

 

 2人の戦いは剣に関して素人であるものどころか同じ剣道部、剣術部の人間にも見切れないような激しさで。竹が打ち鳴らされる音に混じって時折金属的な音響が響いてくるのがその激しさを物語っている。

 

(なるほど、これは確かに型ではない。だが勝敗を決めるためのポイントが設定されていると言っていた。とするとそこを狙った駆け引きになるのか)

 

 以前見たときよりも遥かに強くなっているという紗耶香の剣にエリカが好戦的な気配を放つ中、達也とエリカの会話をBGMにアルバは紗耶香と桐原の剣を比較する。

 

(技術としては同等、差はほとんどない。人だけを対象とする剣はああいう形になっていくのか。しかし……どちらもポイントを狙わないな?)

 

 先程説明されたばかりの剣道のルールに当てはめて“剣道ではない”試合をアルバが見守る中、戦いは佳境を迎える。

 

「おおおぉぉぉぉ!」

 

 雄叫びをあげた桐原の突進。直後に両者が真っ向から剣を振り下ろす。

 

「相討ち?」

「いや、互角じゃない」

 

 桐原の竹刀は紗耶香の左上腕を捉え、紗耶香の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいた。

 

(最後の一撃。面を取れたのではないのか? だが剣筋を変えた……。それにしても、なぜ勝負がついていないのに止まっているのだろうか)

 

 久方ぶりに。そう、学校で友人ができて1人になる時間がほとんどなかったアルバは本当に久しぶりに、学校で思考の深みへと潜っていた。だから、気づかなかった。

 

 空気が変わりつつあることに。

 

「真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨には届いていない。素直に負けを認めることね」

 

 激しい戦いの後にも関わらず、紗耶香は凛とした表情を崩さずに宣言する。その言葉に、桐原は顔を歪めた。心の内に灯るは、わずかな怒りと、そして大きな失望。

 

「真剣なら? 壬生。お前は真剣での勝負を望んでいたのか? だったら……お望み通り真剣で相手をしてやるよ!」

 

 桐原が、竹刀から離れた右手で左手の手首の上を押さえる。ガラスを引っ掻いたような騒音に観衆が耳を塞ぐ中、一足飛びで間合いを詰めて左手一本で竹刀を振り下ろす。

 

 それまでの力強さのないその打ち込みに、だが紗耶香は回避することを選び。わずかに竹刀の切っ先が掠った胴に細い先が走っている。

 

 桐原が使用した魔法は、振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』。振動によって物体に真剣の切れ味を与える魔法だ。

 

 それを振りかざした桐原は再び紗耶香に斬りかかろうとし、達也がそこに割って入る。ただ紗耶香を守りに出たわけではない。明確に勝算があってのことだ。

 

 そして達也はサイオンを操って両腕につけた非接触型のCADを操作しようとし。

 

 直後に視界に飛び込んできた光の塊に驚きつつもそれをキャンセルする。そして“起動式が吹き飛ばされた”ことに驚愕する桐原を床へと組み伏せた。

 

「なん、だ今の」

 

 それを見ていた観衆の1人がポツリと言葉を漏らす。

 

 桐原が使用していた高周波ブレード。常駐型に分類される魔法だが、それでも現代魔法の理論的限界故に永続的に効果を与えることはできず、一定周期で起動式を展開し直す必要がある。

 

 その起動式を、アルバが放ったサイオンの塊が吹き飛ばした。

 

 最強の対抗魔法、《術式解体(グラム・デモリッション)》。思考の深みに潜っていた状態から桐原の高周波ブレードの放つ超音波に引きずり戻されたアルバは、半分無意識の状態で使()()()()()サイオンを放っていた。本来ならば真由美のように小規模なサイオンで起動式を乱そうとしていたにも関わらず、だ。

 

 それを理解できるものはこの場に1人を除いていなかったが、ただサイオンの塊自体はこの場にいる魔法の素質を持つ者達は感じることができた。

 

「アルバ、今の、あんた?」

「こちら第2体育館。逮捕者1名。負傷していますので念の為担架をお願いします」

 

 エリカが呆然としてアルバを見上げる中、達也は端末を起動して淡々と本部に連絡を入れる。この頃になってようやく先程放たれたサイオンの塊から桐原を取り押さえている二科生で何故か風紀委員章をしている男に注目が移ったが、それらの一切に達也は関与しない。例えそこに、二科生(ウィード)である達也を蔑むような言葉が含まれていても。

 

 だが。

 

 ざわざわと周りで囁くことしかできない観衆達と違い、達也の行動を看過できないものがいた。桐原の所属する剣術部の部員である。

 

「おいっ! どういうことだ!?」

 

 動揺するあまり、意味の無い質問を叫ぶ剣術部員に、達也は律儀に返す。

 

「魔法の不適正使用により、桐原先輩には同行を願います」

 

 律儀に返すと言っても、その視線は桐原から逸らされることはなく、当然姿勢も桐原を抑え込んだままだ。そんな、見ようによっては舐めていると取ることもできなくもない行動に、剣術部の上級生は我を忘れた。

 

「おいっ貴様! ふざけるなよ補欠(ウィード)の分際で!」

 

 殴る、というよりは、達也の胸ぐらを掴もうとする動き。それに対して達也は掴んでいた桐原の手を離して中腰のまま後退する。剣術部の上級生はそれを追おうとして。

 

 直後に響いた破裂音に、達也以外の動きが止まる。

 

 音の発生源に眼を向けると、かなり大柄な男子生徒が手を打ち合わせていた。腕に巻かれているのは風紀委員の腕章。胸には八枚花弁のエンブレム。

 

 場を理解したアルバが、魔法で手を打ち合わせた音を増幅し、その場にいる者達の動きを止めたのだ。

 

「風紀委員に対する攻撃は、魔法を使っていないとはいえまずいのではないですか?」

 

 親しい者や真由美、摩利のようにある程度フランクでも許してくれる者の前ではないため、アルバは強く意識して丁寧な言葉を使う。

 

 二人目の風紀委員の登場。それに達也に掴みかかろうとした上級生が歯ぎしりをする中、見ていた群衆の中から援護射撃が放り込まれる。

 

「なんで桐原だけなんだよ! 剣道部の壬生も同罪だろ! それが喧嘩両成敗ってもんじゃないか!」

 

 それは、直前の達也の言葉を、おそらくは感情の昂りか動揺で無視した言葉。それに達也が答える前に、今度はアルバが口を開いた。

 

「あくまで、魔法の不適正使用に対する逮捕です」

 

 先程の達也と同じ説明。そんな言葉で彼らの感情が収まるはずもなく、続くアルバの言葉を遮って男子生徒が叫ぶ。

 

「ざけんな!」

 

 そしてその動きは、先程よりも大きくなった破裂音によって再び止められた。音というのは、人を静まらせるには非常に効果的なものだ。

 

 静まりかえった空間の中、アルバが口を開く。

 

「喧嘩に対する成敗は一切行っていない。この場合は、喧嘩無成敗とでも言えばいいか。壬生先輩と桐原先輩の試合で終わっていたならば、逮捕という形での干渉はしていない。あくまで、『魔法を不適正使用したことによる逮捕』だ」

 

 不遜。

 

 上級生からすればそんな表現がぴったりな態度でアルバは告げた。一科生の風紀委員からの宣告。

 

 

 そんなもので、昂ぶった上級生が止まるはずがない。結局理由は何でもよく、ただ自分たちの感じている理不尽に暴力で応えたかったのだ。

 

「ふざけんなぁぁ!!」

 

 最初に達也に掴みかかろうとした男子生徒が、今度は本気で殴りかかろうとする。それを達也は難なくかわすものの、積極的に反撃をしようとしないので男子生徒の拳は幾度も繰り出される。そして更に、達也の背後から拘束しようと近寄る生徒が一名。

 

 騒動の中心へと移動していたアルバは、その上級生と達也の背中との間に割って入った。

 

「な、なんだ貴様! 邪魔をするな!」

 

 見上げるような体躯のアルバにその上級生は逆上する。逆上しているものにとって、基本的にあらゆる要素はそれを助長する要素にしかならない。

 

 そう。例えば。

 

 達也に殴りかかろうとしていた上級生が、疲れから体勢を崩して転んだのなんて。彼らを逆上させるかっこうのネタでしかない。

 

 ましてや彼らの逆上という状態を理解できていないアルバが『大丈夫か』などと声をかけたとあっては。

 

 その言葉を聞いた瞬間に額を抑えた達也とエリカだったが剣術部員の怒りは当然のことながら収まらず。

 

 達也とアルバは彼らとの乱闘騒ぎに巻き込まれていった。




『だったらお望み通り真剣で相手をしてやるよ!』

個人的には、特に桐原の悲壮感と失望感を込めて書いたこのセリフですが。

書いているときに誤字った結果作者の頭の中ではこうなってしまってしばらく笑いが止まりませんでした。



相手をしてやるお!(^ω^)

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