魔法科高校の煌黒龍   作:アママサ二次創作

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第22話 術式解体(グラム・デモリッション)

「以上が、剣道部の新歓演武に剣術部が乱入した事件の顛末です」

 

 時がしばらく経って閉門時間間際。桐原逮捕とその後の乱戦の処理を終えたアルバと達也は、部活連本部へと来ていた。報告をする2人の目の前には三人の男女。

 

「よく10人以上を相手にして互いに無事に済ませたわね……」

 

 向かって右側に座る七草真由美生徒会長は感嘆とともに。

 

「正確には14人。流石は九重先生のお弟子さんといったところかな。アルバくんも同じことが出来ると言うだけのことはあったというわけだ」

 

 中央には、風紀委員長の渡辺摩利。以前服部相手の模擬戦で実力を示した達也もそうだが、同じことが出来ると断言したアルバがその実力を示した事を聞いて面白そうに笑っている。

 

「……」

 

 そして向かって左側で沈黙を守っているのが、部活連の会頭である十文字克人である。名字に十を冠するナンバーズの名門の、それも次期当主と言われている男だ。その名前は、魔法の名家などに疎いアルバでも知っている。

 

 身長は185センチほどでアルバとほとんど変わらないのだが、違うのはその胸板の厚さや肩幅など、どちらかというと横方向への大きさだ。隆起した筋肉が制服を押し上げており、魔法など使わなくても数人の相手を容易く制圧してしまいそうである。

 

(存在感が強いな。こういうのもいるのか)

 

 魔法的な、あるいは肉体的な強さではなく、様々な要素を加味しての存在感とも言えるものの濃厚さ。そんな印象をアルバが抱いている間に、話は先へと進む。

 

「当初の経緯は見ていないのか?」

 

 アルバと達也、正確には話しているのは達也1人であるのだが、2人がこの場に来ていたのは体育館における騒動の報告のためだった。壬生紗耶香と桐原武明の口論から私闘、そしてその後の桐原の魔法の使用と、剣術部が2人に攻撃をしかけたこと。

 

 そしてその中には、紗耶香と桐原の口論以前のことは含まれていなかった。

 

「はい。桐原先輩が挑発したという剣道部の言い分も、先に剣道部が手を出したという剣術部の言い分も確認していません」

 

 どちらの証言を是とする事もできないし、口論中に言われていたことも真実かどうか判断できない。だからこそ達也は、そこに関しては一切触れずに報告を行ったのである。アルバもこうした正式な報告などにおける立ち回りは達也の方が得意なことに気づいたので、彼にすべての発言を任せている。

 

 とはいえ。

 

「トリオンはどうだ?」

 

 一応正式な場ということで、摩利は普段使っていない名字呼びでアルバに質問を投げかける。達也に報告のすべてを任せているとはいえ、アルバもまた当事者であり報告の義務があった。

 

「達也と同様に確認していません」

 

 3人が到着したときには、すでに紗耶香と桐原が睨み合っていた。アルバが本来の感知能力や感覚を多少なりとも広げていれば聞こえていただろうが、今のアルバは物理的な視力や聴力といった点ではなるべく人間に準拠するように力を抑えている。サイオンやプシオンが見えるのも、感覚の鋭い人間などであればありえるレベルなので、希少であるとはいえ人ではないということが明らかになるほどのものではない。そもそも魔法に対する感知能力や体質というのは視力や聴力以上に千差万別であるため、身体能力ほどに気にしなければならないものではない。

 

 そうした事情から、アルバも何が起きていたのかを目撃はしていなかった。

 

「最初から手を出さなかったのはその所為?」

「危険があるようならば介入するつもりでしたが、剣道の試合における打ち身程度であれば当人の問題かと。無秩序な暴力や魔法の使用に発展した場合に備えて監視を行いました」

「……わかった。確かにいがみ合いが発生するたびに我々が出ていくのは不可能だ」

 

 勧誘時のトラブルは、部活連内で処理するのが原則である。風紀委員が関与するのはあくまで魔法の不適正使用に関して。摩利の発言はそれを踏まえたものであり、真由美も克人も異論を唱えることはない。

 

「それで。取り押さえた桐原は?」

「鎖骨が折れていましたので保健委員に引き渡しました。話を聞いたところご自分の非を認めていらっしゃったのでそれ以上の処罰は必要ないと判断しました」

 

 実のところ、桐原が竹刀で打たれた際には骨は折れておらずひびが入る程度に留まっていた。骨折するに至ったのは達也が床に叩きつけたからだが、達也はそんな余計なことは口にしない。そして達也に『余計なことは言わないでくれ』と口止めされたアルバもまたそれを口にしない。

 

「……良いだろう。訴追は摘発した者の判断に委ねられているからな。トリオンも良いな?」

「……はい」

 

 魔法の不適正使用者の訴追の権限が一風紀委員にあることにアルバが内心驚く中、達也とアルバの言葉にあっさりと頷いた摩利は克人へ視線を向ける。

 

「風紀委員会としては今回の事件を懲罰委員会に持ち込むつもりはない。それで良いか? 十文字」

「寛大な決定に感謝する。高周波ブレードという殺傷性の高い魔法をあんな場で使ったのだ。本来なら停学処分が妥当なところ。それは本人もわかっているだろう。今回のことを教訓とするよう伝えておく」

「頼んだぞ」

 

 風紀委員長と部活連会頭が合意にいたり互いに頷く中、生徒会長である真由美は疑問の声を上げる。

 

「でも、剣道部はそれでいいの?」

「例え挑発があったとしてもそれに乗って喧嘩を買った時点で同罪だ。文句を言える立場じゃないさ」

 

 摩利が真由美の懸念をはっきりと否定する。それに対して一応懸念を述べておいただけの真由美も特に反論はしなかった。

 

 これでこの件はおしまいである。今後剣道部から部員が魔法の危険に曝されたことに対する文句や、剣術部から部員が風紀委員によって過剰に撃退されたことに対する意見があるかもしれないが、そうしたことに対応するのは上に立つ3人の仕事であって、2人の仕事ではない。

 

「委員長。自分たちは失礼してもよろしいでしょうか」

 

 もう自分たちの仕事は終わった、と、達也はアルバと自分の退席を求める。

 

「ああ、ありがとう。と、その前にもう一度確認しておきたい。魔法を使ったのは桐原だけか?」

「そうです」

「同じく、です」

 

 達也の返答に習ってアルバも尋ねられる前に答える。実際は魔法を使おうとしたものもいたのだが、その全てはアルバが起動式の段階でサイオンの弾丸によって破壊したために魔法を“使えた”者がいないのだ。達也も最初の段階でアルバが魔法の発動を防げることに気づき、自分で対応する事を放棄した。

 

 そしてそんな事をわざわざ説明するほど達也は風紀委員の仕事に対して本腰を入れてはいない。そもそも訴追の権限が達也とアルバにあるわけだし、以前同じ様な段階まで言った森崎や一科の女子生徒も見逃されている。それを考えると、わざわざ対応する必要があるのものではなかった。

 

「そうか。2人ともご苦労だった」

 

 摩利から退出の許可を得て、2人は部活連本部を後にした。

 

 

 

******

 

 

 

 部活連本部を出た2人は、その足で生徒会室へ向かっていた。達也は深雪を迎えにいくためであり、アルバは彼らと一緒に帰ろうと思ってのことである。許可をいちいち得ているわけではないが、友人同士が一緒に下校するというのはおかしなことではないらしい。

 

 そして2人が一旦中庭に出て別棟にある生徒会室に行こうとしたところ、昇降口のところで2人を待っている者達がいた。

 

「あっ、おつかれー」

「お兄様!」

 

 真っ先にエリカが声をあげ、ついで深雪が他の者が声をあげないうちに2人の方へ、正確には達也の方へと駆け寄ってくる。その早さに他の者が目を丸くする中、駆け寄ってきた深雪は達也へと話しかけた。

 

「お疲れ様です。本日はご活躍でしたね」

「大したことはしてないよ。深雪の方こそご苦労様」 

 

 後ろに置いてきた友人たちも、達也の隣に立っているアルバも忘れた様子で自分を見上げる深雪の髪を、達也は優しく数回撫でる。深雪は気持ちよさそうに目を細めながら、兄の事を見つめ続けていた。

 

「兄妹だとわかっちゃいるんだけどなあ……」

 

 2人、正確には3人の方に歩み寄りながらレオが気恥ずかしげにそうつぶやくと、

 

「なんだか、すごく絵になるお二人ですよね……」

 

 美月は顔を赤くしながらも目を逸らさずに2人の様子を見つめている。

 

「……恋人?」

「ちょちょちょ、ちょっと雫!」

 

 相変わらず表情の乏しい雫がとぼけたのか本気なのかわからない声音で呟き、それにほのかが顔を赤くしながら突っ込んでいる。

 

「あのね……君たちは一体あの2人に何を期待しているのかな?」

 

 他の者の反応に大げさに肩をすくめて、両手を身体の左右で上に向けて開き、うつむき気味に首を振るといういかにもな行動をエリカはしてみせる。

 

「あんたが言った通りあの2人は兄妹なんだけど? っていうかあのアルバの顔見なさいよ」

 

 そう言いながらエリカが指差すのは、兄妹とは思えない雰囲気を醸し出している達也と深雪の隣で、表情を一切変えないままに立っているアルバである。

 

「いや……つってもよ、アルバのあれ以外の表情を見たことあるか?」

「無いです」

「……私だって無いわよ。ってそういうことじゃなくて、あれぐらい、とは言わないまでも平常心を身に着けろってこと」

 

 アルバの表情は変わることは、本当にない。常に真剣な眼差しで周囲を見つめている。頬の筋肉などは固まっているのかと思うほどであり、声に出して笑うどころか微笑んでいるところすら見たことはない。そのせいで、その表情の裏側で周囲を見ているのか何か思案しているのか、全くと言っていいほど読み取れない。

 

「アルバは常時無表情」

「ずっとあんな感じだよね」

 

 それは普段エリカ達よりもアルバと一緒にいる時間が長い雫とほのかも一緒である。あそこまで表情の変化が薄い相手だと邪険に思われているのかと感じかねないが、雫という無表情な人物と親友であるほのかも、無表情であると自覚している雫自身もアルバが常に真剣に話しているということに気づいていたので、今更特に思うところはなかった。

 

 そんな事を話しているうちに、深雪の髪を撫でるのをやめた達也と、それに従う深雪、そしてアルバが他のメンバーの方へと歩いてきていた。

 

「アルバさんもお疲れ様です」

「お疲れ様……ありがとう?」

「アルバさんが仕事をされた事を労っているんですよ」

「なるほど。ありがとう」

 

 達也に駆け寄った段階では無視していた、というか視界に入っていなかったアルバを深雪が労ってくれる。その言葉の知識がなかったアルバだが、深雪がわかりやすく説明してくれた。

 

「すまんな、待っていてくれたのか」

 

 2人が話している間に、達也が他のメンバーに待っていてくれた礼を言う。

 

「水くさいぜ。そこは謝るところじゃねえよ」

「私はついさっきクラブのオリエンテーションが終わったところですから。少しも待っていませんよ」

「私も皆と一緒だったし問題ないわ」

「私達もさっき部活終わったところですよ。ね、雫」

「うん」

 

 初日のオリエンテーションが閉門間際のこの時間まで行われているわけもないのだが。そうした友人たちの気遣いを達也はありがたく受け取り、アルバは真実として受け取る。

 

「こんな時間だし、どこかで食べていかないか? 1人千円までなら奢るぞ」

「では俺が半分、ということだな」

 

 謝罪を飲み込んだ達也の、言葉の代わりの誘い。それが待ってくれていたことに対する礼、ということを理解したアルバは、自分もおごるということを宣言した。

 

 

 

******

 

 

 

 駅までの道のりの途中にあるカフェに入った8人は、今日一日の出来事の話に花を咲かせる。それぞれにクラブに入部したものはそのクラブのことだったり、美少女の多いこのメンバーがそれぞれに受けた勧誘と称したナンパ。生徒会室での退屈な留守番等様々な話があったが、最も話の関心をひいたのは、体育館で起きた事件と、それに対処したアルバと達也だった。

 

「でもよ、その桐原って二年生、殺傷ランクBの魔法使ってたんだろ? よく怪我しなかったな」

「致死性があるといっても有効範囲は狭い魔法だからな。刃に触れられないという点を除けばよく切れる刀と対して変わらない魔法だよ」

 

 エリア全体が致死性のガスで埋め尽くされるような魔法と比べると、高周波ブレードはまだ対応が簡単な部類の魔法である。とはいえだ。

 

「でもそれって、真剣を振り回す人を素手で止めようとするのと同じってことでしょう? 危なくなかったんですか?」

「大丈夫よ美月。お兄様なら心配いらないわ」

「随分と余裕そうね」

 

 今更ながらに真剣の前に素手で飛び出していった達也にエリカが心配を示す。

 

「確かに10人以上の相手にアルバもいたとはいえ乱戦をさばいた達也くんの技量もすごかったけど、桐原先輩の腕もけしてなまくらじゃなかった。むしろあそこにいた人たちの中では頭1つ抜けてた。深雪、本当に心配じゃなかったの?」

 

 エリカに問われた深雪の答えは、単純なものだった。

 

「ええ。お兄様に勝てる者などいるはずがないもの」

 

 深雪のその発言に、話を聞いていたアルバと達也以外のものは絶句する。話を聞く限りでは、達也が飛び出していった相手は真剣と同等以上のものを持っていたということになる。いくら体術に優れているとは言え、真剣を持った、それも剣術部の相手に素手で立ち向かうというのは、心配するなという方が無茶というものだ。

 

「アルバが桐原先輩の魔法を止めてくれたからな。おかげで助かったよ」

 

 皆が絶句している間に、達也が深雪に先んじてあのときの真相を口にする。深雪が自分が魔法式の無効化が出来るということを言い出そうとすると考えて、先にそれを制したのだ。それ自体は別に話しても問題の無い秘密であるし、おそらく今後の風紀委員の活動で使う機会もあるのだろうが、だからといって積極的に話したいことでもない。

 

「あ、あれやっぱりアルバだったんだ……何したの?」

「まあ、アルバさんが止めたのですか?」

 

 兄の実力の証明に、と考えていた深雪は少しばかり驚くとともに兄に先んじたというアルバに興味を示した。

 

「アルバが何かしたの?」

 

 ほのかがエリカにそう尋ねると、全員の視線が集中しているのを確認したエリカが、そのとき自分が感じた事を話し始める。

 

「何かしたんだと思う。なんか、光、ってか多分サイオンの塊が、桐原先輩にぶつかって、そこで高周波ブレードのあのうるさいのが止まったんだよね」

 

 高周波ブレードは、超振動によって切れ味を付与するという特性上それにふさわしい騒音や超音波を撒き散らす。それもまた真剣とは違うところなのだが、その超音波の不快感がその光がぶつかると同時に消えたのだ。

 

 エリカの説明が終わると同時に、今度は皆の視線がアルバに集まる。

 

「どうやったの?」

 

 雫にそう尋ねられたアルバは、事も無げに自分がしたことを説明した。

 

「サイオンの塊を圧縮して飛ばして、桐原先輩の展開した起動式を吹き飛ばしただけだ」

「……そんなことが出来るんですか?」

「確か無系統魔法として公開されていたはずだ。名前は……」

術式解体(グラム・デモリッション)だな。明確な対処方法が無いから最強の対抗魔法と呼ばれている」

 

 アルバの言葉を引き取った達也の発言に、その場の全員が先程とは別の形で驚いた。あの達也をして、『最強の』と言わせた。それをアルバが使えるというのだ。

 

「そんなの使えるの? というか、それで魔法を止めれるの?」

 

 エリカの疑問を受けてアルバの方をちらりと確認した達也は、自分が説明した方が良いだろうと口を開く。

 

「魔法式や起動式はサイオンでできた情報体だ。実際の原理とは少し違うがインクを想像してみると良い。魔法式や起動式はインクで書かれた文章だ。それに対して、そこにインクの塊である術式解体(グラム・デモリッション)をぶつけるとどうなる?」

「……飛び散って……あ。読めなくなる?」

「そういうこと」

 

 雫の答えに達也は首肯を返す。

 

「厳密に言えば、サイオンの塊で情報体である起動式や魔法式を押し流しているということになる。しかもそれ自体は事象改変のための構造も持っていないただのサイオンの塊だから情報強化でも領域干渉でも防げない。使えればほぼ確実に相手の魔法を無効化出来る対抗魔法だよ」

「はー……そんなの使えんのな、アルバ。すげーなお前」

「体質上サイオンが人より多いおかげだ」

 

 感嘆の視線を皆が向ける中、そこでエリカが別の疑問を思いつく。

 

「でもさ、そんな便利な魔法ならもっと流行るんじゃないの? でも聞いたこと無いよね?」

 

 エリカの問いかけに、美月ら二科生だけでなく雫やほのかも答える。魔法の得意不得意に関わらず聞いたことが無い魔法なのだ。

 

「唯一の欠点として、使用するサイオンの量が多いんだ。おそらく普通の魔法師では一日かかっても撃てないだろうな。使える人が限られる上に、練習できるものでもない。だから流行らないんだろう。更に魔法式を吹き飛ばすにはそのサイオンを圧縮しなければならない。あれ程の速度で撃つということは、アルバはとてもサイオンが多いんだろう」

 

 そういう達也に、アルバは意味ありげな視線を向けるもののそれに気づいていたのは達也に視線を向けると同時にその隣のアルバも見ていた深雪ぐらいだった。

 

「ということは、アルバはサイオンの量が人より多いってこと、だよね」

 

 皆が感嘆ししばらく沈黙が降りる中、口を開いたのはほのかだった。

 

「確かに人よりは多いだろうな」

 

 他『人』より、ではなく、『人』間より、という意味でアルバは答えたが、それが伝わるはずもない。そんな中でほのかは、何かを決意した表情で話し始めた。

 

「あのね、私、実は入学前にアルバのこと見たことあるんだ。と言っても実技試験のときなんだけど」

 

 皆がその言葉に注目する中、ほのかが続きを口にする。

 

「そのときのアルバの魔法が綺麗で……少し怖かったの」

 

 怖かった、と口にするほのか。

 

「……何が怖かったの?」

 

 当然ながらそんな質問が飛び出るわけで。

 

「魔法を使う時、サイオンが魔法に効率よく使われてたら、溢れるサイオンがほとんどなかったりノイズが出ないの。私それが体質上わかるんだけど……達也さんのこともそのとき見て、サイオンがほとんど無駄になってない綺麗な魔法だな、って思った。でも、アルバのはちょっと違ってて、サイオンが全く外に漏れてないの。魔法を使ってるのに。だから、綺麗で……綺麗すぎて、ちょっと怖くなった、んだけど……」

 

 その続きの言葉は、その場の誰もが予想できた。術式解体(グラム・デモリッション)を放つほどの、即ち常人を遥かに超えるほどのサイオン量を持ちながら、どうしてそんなことが出来るのか。

 

「あ、あの、それ私も思いました」

 

 そこで、アルバの答えではなく美月がおずおずと手を上げる。それは、美月の秘密に関わる問題。だがこの友人たちにならば、その本題ではなく欠片ぐらいならば話しても良い、と。そしてアルバを見て感じていた違和感を尋ねたい、と美月は自分の感じたことを口にする。

 

「私、サイオンに少し敏感で、その、人よりもサイオンがよく見えるんです」

 

 それは、彼女の抱える本当の秘密の副作用でしかなく、気づいているのは、おそらく入学式の時に言われた達也ぐらいだろう。だから美月は、その続きを躊躇わず口にする。

 

「アルバさん、サイオンはどこにいったんですか?」

 

 通常、活性化していないサイオンというのはほとんど視認できない。サイオンが光輝くのは、あくまで本人が魔法に意識をさきそれが活性化したときだけだ。だが美月には、少しではあるが人から漏れるサイオンが見える。

 

 にも関わらず。アルバからは、一切のサイオンが見えない。不思議に思った時にこっそりメガネをずらして見てみたのだが、そのときは更に驚いた。サイオンどころか、本来彼女が他者より敏感であるはずのプシオンが見えない。それは異常なことだった。

 

「どこ、ってどういうこと?」

「アルバさんから、全くサイオンを感じないの。これまでこんなこと無かったから、ちょっと不思議で」

 

 魔法の使えない一般人でも、多少のサイオンぐらいは持っているし、それは常時ちょっとずつではあるが外に漏れ出しているものだ。

 

 そんな中で、サイオンが見えない人間が、それも魔法科高校にいるとは思わなかった。

 

「……サイオンは昔から抑え込む訓練をしているから外に見えないだけだろう。魔法を使うときも、そう考えて外にもれないようにしている」

「なぜ?」

 

 雫の質問に、その前の答えは『嘘はついていない』状態で返したアルバは答えられなかった。と同時に、以前の八雲の言葉が蘇る。

 

『そうなれば、例え親しい者であっても君を見る目線は探りを入れるものになる』。

 

 だが。アルバに嘘をつくという選択肢は無かった。

 

「それについては話せない。話せる時が来たら話そう」

「そう…わかった」

 

 堂々と秘密にしていることがある、と宣告するアルバであるが。少なくともこの魔法師の世界において、他者の使う魔法を詮索するというのはある種のタブーである。ナンバーズの家系にはそこにだけ伝わる魔法を持っているものもおり、それを外に公開していない家も少なくない。そう考えれば、アルバの答えは別になんらおかしいものではなかった。

 

 だが。少なくとも警戒するものもいる。

 

(やはり、何かサイオンの操作に関して秘密があるということか)

 

 達也は水を一口飲んで口を湿らした後、今度は珍しく自分から質問をする。

 

「アルバ、俺も1つ質問があるんだが」

「なんだ?」

 

 ほのかと美月の質問で若干の緊張が走っていた空間に、達也は質問を投げ込んでいく。

 

「何故最初だけ術式解体(グラム・デモリッション)を使ったんだ? その後は使わなかっただろ?」

「その後、って、あの後も殴り合い以外になにかしてたの?」

「剣術部に攻撃されている最中も、魔法を撃ち込んでこようとする相手は何人かいたが、アルバが全部止めてくれてたんだ。けどそのときは、術式解体(グラム・デモリッション)は使っていなかった」

 

 達也の言葉に、皆の視線が再びアルバに集まる。

 

 するとアルバは、珍しく表情を変えないながらも申し訳なさげな雰囲気を醸し出した。

 

「ほら、言えることなら吐いちゃいなさいよ」

「なんか脅してるみてーだな」

「別に言えない、というわけではないのだが……」

 

 エリカの催促にレオが不用意な言葉を吐いてスネに蹴りをもらっている間に、アルバは話し始める。

 

「少し考え事をしていて、桐原先輩が魔法を使おうとしているのに気づかなかった。そこで騒がしい音がしたから思わずサイオンの塊を飛ばしてしまったんだ。本当は、以前生徒会長が使っていた目立たない方法を使おうと思っていたのだが」

「どうりでか。アルバにしては反応が遅かったから何かと思ったが。よくあの場面で考え事ができたな」

「……すまない。次は気をつける」

 

 皮肉と呆れの混じった達也の言葉に、答えることのできないアルバはただ謝罪をする。そのアルバらしいと言えばアルバらしい内容に、その場の空気は一気に緩み、直前までの雰囲気は一気に霧散した。




風邪引いて頭が働きまてん。いつもの倍近くかかった……

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