新入生勧誘期間も中程に突入したある日。新入生勧誘期間が激しいといってもCADの携行などが許可されるのはあくまで放課後のみであり、日中の授業などは普通に行われる。
「そう言えば、アルバ」
「なんだ?」
いつものA組4人組で順番に演習をしていると、深雪の試行を見学していたアルバに雫が話しかけてくる。
「風紀委員の活動は、どう?」
そう尋ねてくる雫の隣では、ほのかがなぜか少しばかり固い表情で2人の話を聞いていた。
「どう、とは? 以前と変わらず、魔法を攻撃などに使ったものを捕まえている。目新しいことはないぞ?」
この時期の魔法の不適正使用の件数というのは非常に多く、日に1人や2人であれば良い方で、毎日風紀委員それぞれが誰かしらを逮捕することになる。それだけ忙しい期間ではあるのだが、その話はすでに幾度かしているはずだ。そう考えたアルバが疑問を浮かべると、雫がほのかと顔を合わせた後互いに頷き合う。
「アルバと達也さん、攻撃されてる?」
「魔法で、ということか? それならば幾度もあるが」
大したことはないと言いたげなアルバの返事に、雫とほのかが目を見開く。
初日に1年生であるにも関わらず目立ってしまったからか、あるいは達也が二科生でありアルバはそれに味方する裏切り者の一科生と見なされたからか。二日目以降、ただの魔法の不適正使用だけでなく、2人を狙ったように思える魔法が増えてきた。
例えば、2つのグループの間で魔法の撃ち合いに発展している場所にアルバと達也が介入しようとした場合、その両グループの魔法がターゲットを2人に切り替えて発射されるようなことは日常茶飯事となっており、場合によってはそもそも何もしていない状態の2人に対して魔法を飛ばしてくる相手もいる。
これを故意でないというのは難しいが、別にそれはアルバにとってはどうでも良いことだった。
「なんでそんな平然としてるの!? 攻撃されてるんだよ!?」
「む。俺は近くで魔法の不適正使用をした相手は全員捕まえている。達也の方はそうもいっていないようだが、自分を狙った低威力の魔法ぐらいなら捌けるだろう」
「そういうことじゃなくて! 狙われてるんでしょ?」
「風紀委員にとって、自分を狙った魔法と他の場面で使われる魔法は違いが無い。わざわざ対応を変える必要も無いだろう」
初日の活躍が認められたアルバと達也は、現在ではペアではなく個人として活動するようになっている。と言っても巡回中に合流することは認められているので、時折同じ道を歩いたりもするのだが。
だからこそアルバは、達也の腕が立つということがわかっているし、また自分も魔法を使った相手を制圧することはわけないというのはわかっている。アルバ自身には、特段問題にすべき点がわからなかった。自分が狙われたことに対する怒りなどは、特に存在しない。
だがそれはアルバであるからで。友人が狙われているという事実を雫とほのかは見逃すことが出来なかった。
「アルバは、それで良いの?」
「良い、とは?」
「知らない相手から、理不尽な理由で攻撃されてる。多分、アルバと達也さんが初日に活躍しすぎたから」
2人の言葉の本質にあるのは、アルバと達也に対する心配である。むしろ、友人が理不尽な理由で攻撃されていて怒りを感じない方が問題があるだろう。そしてアルバは、その問題がある側だった。本質的には弱肉強食が当然の自然界の存在であるアルバは、例え交流がある相手とは言え『心配する』という感情を持っていない。友人が捌けないような攻撃を受けているならそれを止めることはするだろうが、それも状況を分析した上でのものであり、どちらかと言えば風紀委員としてその場の騒動をおさめるためという色合いが強い。
だからこそ、2人が何に対して怒っているのかも理解が出来なかった。
「きっちり逮捕は出来ているからな。俺の方は。達也の方は聞いてみなければわからないだろうが、あいつもかなり逮捕していると聞く。問題は無いのだろうな」
アルバの発言に、雫とほのかは信じられないといった様子で顔を見合わせる。
アルバからしてみれば、自分に向けられるその攻撃、あるいは敵意もまた人の情動であり、観察、あるいは思索の対象となる。何故自分に対して敵意を向けるのか。それには、どんな環境的要素が関わるのか。どんな心の動きがあって、攻撃という選択に至ったのか。
当然自分や友人に害が出そうならば止めるし、現状の風紀委員という役職柄逮捕しなければならない。だがその役目や行動とアルバがどう感じているかは全く別だった。
当の攻撃をしている者達からすれば、相手を傷つけよう、あるいは困らせようという攻撃が興味深く観察されているというのはこれほど腹立たしいことも無いのだろうが。実際アルバが逮捕した相手に対してそれを尋ね、激昂させた例もわずかながら存在していたりする。
「何のお話をしているんですか?」
「あ、深雪、いや、これは、その、えと……」
そうこうしている内に試行を終えた深雪が3人の方へと戻ってくる。兄に向けられる敵意に対して深雪が敏感でありかつそれを許さないということは、この短い付き合いの中でもほのかと雫にはよくわかっている。だからこそ、達也が攻撃を受けているというのを言い出せずにほのかは口ごもってしまった。
「アルバに、風紀委員の仕事について聞いてた」
雫はそう言ってほのかに助け舟を出すと同時に、後ろででアルバの服の裾を引きながら視線で『余計な事を言うな』と合図を出してくる。これが読みとれるようになったのは、アルバにとっては大きな成長と言っていいだろう。主に達也のおかげであったりするのだが。
「まあ、そうでしたか」
「あ、次私の番、だよね?」
深雪の次の順番であるほのかが深雪と入れ替わりで据置式のCADの前へと立ち、自然とその話はそこで終わりとなる。
だから、アルバは雫とほのかが、アルバと達也を心配して何をしようとしているのかに気づくことが出来なかった。
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その夜。風紀委員としての活動を終えたアルバが家に帰ると、また八雲が来ていた。今日は何やら弁当のようなものを買ってきていて、ソファーに座ってそれを食べている。
「やあ、お邪魔してるよ」
「そうか」
短く答えたアルバがそのままリビングではなく自室に引っ込もうとすると、いつの間にかすぐとなりに来ていた八雲が引き止めてくる。
「ちょっと待ちたまえ」
「なんだ?」
アルバがそう答えると、八雲は少しアルバから離れてその身体を上から下までジロジロと眺めてくる。わざわざそんな事をしなくてもよく見えるだろうに、いかにも『見ています』と主張してアルバを引き止めているかのようだ。
「君、食事や入浴はしているかい?」
「昼食はちゃんと取っている。入浴は俺には必要ないと言っただろう?」
八雲の指摘は、ちゃんと人間らしい生活をしているのか、というもの。それに対してアルバは、ちゃんと人間として振る舞っている、と返した。
龍であるアルバは基本的に食事を必要とせず、また汗や排泄物なども存在しないので風呂に入る必要はない。制服や肌の表面の汚れなども魔法を使って落としているので、不衛生になるということもない。だからこそ、アルバは学校で昼食を取る姿を見せるだけで人間としての基本的機能を持っているように振る舞っていた。わざわざ学校で人がトイレに行っているか等確認するものはいない。
「そんなことだろうと思ったよ」
そう言って八雲は、アルバに手招きをしてリビングまで連れて行く。そして机の自分の反対側にアルバを座らせると、目の前に買ってきた弁当や惣菜を並べた。出来合いのものであるが、それなりに良い店で購入されている。通常であればHALというアシスタントロボットが各家庭にあって料理などもやってくれるのだが、アルバの家にはそれすら無い。必要としていない、というのが正確なところだ。
八雲はそんなアルバの行動を予想していた。そして、少しでもアルバを人間の側に引き込むために彼を知識ではなく日常生活のレベルから人に馴染ませたいと考えていた。
「これは?」
「どうせ君のことだから、人間らしい生活を実践していないんだろうと思ってね。やっぱりHALぐらいは置いておいたらどうなんだい?」
「特に必要無いぞ」
「知識欲や好奇心を満たすためならそうだろうけどね。人の中に混ざろうというなら、その生活様式から真似するべきではないかな? 特に手間というわけでもないだろう?」
「……確かにそうだな」
八雲の言葉に一応の説得力を感じたアルバは、それに頷いて彼の対面に座る。そこに関して問答するよりも、わざわざ八雲が来た理由について聞いたほうが有意義である。
席につき、いただきますとこの国の風習に合わせて手をあわせてから、アルバは八雲の方に視線を向ける。
「それで?」
「というと?」
「たったそれだけの理由で来たわけではないんだろう?」
アルバのその言葉に、八雲は目を細めながら肩をすくめてみせる。1人の友としてアルバを気遣う思いや、アルバに人間の中に溶け込んでもらいたいというのも八雲の正直な思いであるのだが、そうした概念がアルバには無いからか、あるいは自身が好奇心のために生きているからか、八雲の行動の理由をそうしたところに求めようとするのだ。あえてそれを否定しない八雲も八雲なのだが、アルバもアルバである。
「……第一高校に、少々厄介な組織が入り込んでるようでね」
そう言って、八雲は自分が知るその組織について話し始めた。
風邪治りました。