「ところで、君はいったいどこからブランシュに関する情報を聞いたんだい?」
「知人から聞きました」
「知人とは?」
「秘密です」
答えるつもりがない、とはっきり宣言するアルバの言葉に、摩利はそれ以上の追求を諦める。
ときは放課後。今日は風紀委員会の巡回の担当日ではないのだが、事務能力に難のある摩利から新入生勧誘期間の書類仕事の手伝いを依頼、というよりは丸投げされて、委員会本部にて仕事をしていた。もともとそれを頼まれるはずだった達也は巡回当番が入っており、結果としてアルバが1人でそれをやっている。その間生徒会室でだべっている事を真由美から直々に禁止された摩利だが、手伝おうというつもりは一向に無いようだった。
「君の交友関係が気になるよ」
「そうですか」
日常会話のようにしつつ探りを入れる摩利に軽く答えていたアルバは、端末に届いたメールを確認して顔をしかめる。
「君が表情を変えるなんて珍しいな」
書類仕事を手伝うというわけではないものの、達也や真由美から生徒会室でのんびりしている事を禁止されて風紀委員会本部にいた摩利は、手持ち無沙汰であったこともあって目ざとくそれを見咎める。
その言葉に答えることなく、アルバは処理していたデータを保存し、書類をファイルにまとめる。
「終わったのかい?」
「いえ。所用が出来たので。また明日やります」
「所用? あっ、おい!」
摩利の言葉に答えぬままに、アルバは帰り支度を終える。その様子を見た摩利は、何を言っても無駄だろうと引き止めるのを諦めた。幸いなことに、新入生勧誘期間の書類を生徒会に提出する期限はまだ少しだけある。
「後で何があったか聞かせてもらいたいな」
「……話せることなら。では、失礼します」
「お疲れ様。またよろしく頼むよ」
書類仕事をしているアルバと一緒にいるという任務から解放され、生徒会室への階段に向かおうとする摩利に見送られてアルバは委員会本部を出る。そして、少しばかり急ぎ足で昇降口へと向かった。
******
アルバの端末が受信したメール。それは雫からの、『昨日見せた写真に移ってた人が怪しい動きをしてるから尾行する』というものだった。
それを受信したアルバがまだ3人に(アルバはエイミィがいることは知らないので2人だと思っていたが)追いついていない頃。
3人は、得体の知れない集団から囲まれていた。
「誘い込まれた……!?」
尾行していた剣道部部長の司甲を追って細い路地へと入った先。直前までそこにいたはずの司甲の姿は無く、直後に複数のバイクに乗った男たちが、3人を取り囲むように路地に突入してきたのだ。
「な、なんですか!?」
ほのかがたまらずに誰何の声を上げるが、バイクを道を塞ぐように止めた男たちはそれに答えることなく無言で距離を詰めてくる。ライダースーツに顔を覆うマスクとヘルメットでどんな人物なのかは一切判断が出来ないが、放つ雰囲気は穏やかなものではない。
「ほのか、エイミィ、CADのスイッチを。合図したら走るよ」
「う、うん」
「わかった」
冷静に逃走の手段を考えた雫が指示を出し彼女の合図と共にその場にいた3人は逃走を図って走り始める。自己加速術式などの離脱に適した魔法ではなく、襲撃者を止めるための閃光などの魔法を使っているのは、彼女たちが近接戦に慣れの無い魔法師の卵だったからだろう。
その魔法によって襲撃者達の動きを止め、3人の逃走は成功したかに見えた。だが。
「化け物め! これを喰らえ!」
襲撃者のうち1人が、そのグローブを外して手を。正確にはその指にはめられた指輪を、背中を向けて走り去ろうとする3人に向けて突き出し。そこから、彼自身には観測できない波が、3人に向かって襲いかかった。
現代において、魔法師とはそれ以外の人間や科学に対して優位に立つ存在ではあっても、絶対的な存在ではない。
その証拠に、男の持つ指輪から放たれた波が3人に襲いかかった直後、3人が頭を抑えてその動きを止めてしまう。
「あ、頭が……!?」
「割れる……」
「くぅ……!」
もっともダメージを受けているのが完全に倒れ込んでしまっているほのかで、雫とエイミィも立っていることが出来ずに膝をついてしまっている。
現代では、魔法が科学技術として体系化されるとともに、それに関わる特性を持つ物質というのも存在している。その一例が、アンティナイトと呼ばれる特殊な鉱石だ。希少な鉱石で軍事以外の用途で表に出回ることはほとんど無いものであるが、その特性故に対魔法師の切り札として用いられることが多い。
「まだ効き目が足りないか?」
そう言った男は更に、アンティナイトから放つ干渉波を強化する。
サイオンに対する感受性を持たない非魔法師に対してはなんの影響も与えないアンティナイトだが、魔法師に対して与える効果は絶大だ。並の魔法師であれば、魔法が使えなくなるだけでなくまともに立っていることすらできなくなってしまう。
「我々の計画を邪魔するものには消えてもらう。この世界に魔法は必要ない!」
だからこそ、3人も動けなくなってしまい、ナイフによってその生命を奪われそうになったのだが。
「それは、流石に死んでしまうのではないか?」
振り下ろされたナイフが、地面に倒れ込む雫の首元に刺さる直前。その刃を、横合いから伸びてきた手が掴んで停止させた。
「な、何者!? 貴様も魔法師か!」
突如として現れた、第一高校の制服を着た男に驚いた襲撃者達は、彼に向けてアンティナイトから干渉波を放つ。
正式名称キャスト・ジャミング。アンティナイトにサイオンを通すことで発生するサイオンの波をばらまき、それに対する感受性を持つ魔法師の魔法の行使を阻害し、不快なノイズ、魔法師にとっては黒板やガラスを爪を立てて引っ掻いた音を何十倍にも増幅したような不快に感じられるものによって肉体の機能すら阻害するものであるのだが。
そもそも人の魔法師とは異なる感受性を持つアルバに対して影響を与えるものではない。
というか、むしろ。
「懐かしい気配がすると思えば……随分と質の低い龍結晶を持っているな」
「なぜキャスト・ジャミングが効かない!? 貴様魔法師ではないのか!?」
ナイフを素手でつかみ取りキャスト・ジャミングの影響を受けないアルバを警戒して、襲撃者のうちアンティナイトを持った男がキャスト・ジャミングを維持したまま距離を取り、代わって残りの男たちがナイフを手に迫ってくる。
「……アル、バ……?」
キャスト・ジャミングに苦しみながらも自分の方を見上げる雫の視線に気づき、アルバはちらりとそちらを振り返る。心配するような目をされるが、アルバはそもそも人の手では死ねないのだ。
「別に戦おうというつもりはない。むしろ話をしたいのだがな」
「死ね! 魔法師!」
アルバの申し出を完全に無視して襲撃者たちが迫ってくる。それに対してアルバは、体術で捌くのみで襲撃者たちを無力化しようとはしない。アルバがこの場に来たのは知人を危険から遠ざけるためであり、彼らを捕縛するためではなく、アルバ自身もそれをしたいとは思っていなかった。積極的に人の行動を邪魔するべきではないと思っているので、最低限の干渉に留めたいと思っているのである。その考えはアルバが人の社会に入り込んでいる時点ですでに矛盾しているのだが、だからこその妥協点なのである。
しかし。いつまでたっても攻撃をやめようとしない、あるいはアルバをもってしても道理の通らない狂信的とすら思える言葉を口にしながら攻撃を仕掛けてくる襲撃者に、アルバもひとまず場をおさめる事を優先しようと動き始めようとした。
直後。男たちの手にしていたナイフが一斉に砕け散る。その直前に、振動減速系の魔法によって一気にナイフが冷却、更には微細な振動が与えられたのをアルバは認識していた。急速冷凍され更に刃部分に加えられた振動によって耐久限界を越えて粉砕されたのである。
「ナイフが……!?」
「当校の生徒から離れなさい」
襲撃者達が動揺する中、路地の入り口から姿を現したのは深雪であった。更に、彼女の放つ魔法によって襲撃者達は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて気を失う。
こうして、雫、ほのか、エイミィを対象とした襲撃事件は幕を閉じた。
******
「もう大丈夫よ」
襲撃者たちが倒れた直後、深雪が3人の方へ、正確にはキャスト・ジャミングをものともしないアルバもいたのだが、助けにやってくる。
「あ、ありがとう深雪。アルバも」
一番に助け起こされたほのかが、襲撃者を退けてくれた深雪と、殺されそうになっていたところを助けてくれたアルバに礼を言う。礼を言われたアルバは、雫を助け起こした後知らない相手ながらもおそらくは2人の友人であると判断したエイミィを助け起こしていた。
「ありがとう2人とも」
「みんなが無事で良かったわ」
「本当にありがとう! 危ないところだったよ! あ、はじめまして!」
ほのかやエイミィがわずかに震えていたりその目が潤んでいるのは仕方の無いことだと言えるだろう。いくら数の少ない魔法師であるとは言え、3人はまだ高校生であり当然ながら命が危険に曝された経験など無い。そんな状況に陥って恐怖を感じないはずがないのだ。いつもどおり無表情に見える雫も、わずかに手が震えている。
「アルバさんが先に来ていなかったら私も間に合わなかったわ」
深雪に促されて、襲撃者を打ち払った深雪だけでなくアルバの方にも視線を向ける。
と。
「何をしてるの?」
4人の会話に参加せずに、気絶した男たちの持ち物を漁っていたアルバに、エイミィが声をかける。
「少し気になることがあった」
そう言って立ち上がったアルバは、その手に直前まで襲撃者の1人がしていた指輪を持っている。
「それってアンティナイト?」
「アンティナイトというと、魔法の発動を阻害する、というあれか?」
「確かにアンティナイトのようですね。それがこの人達が持っていたものですか?」
「キャスト・ジャミングってあんな気持ち悪いんだね。動けなくなるとは思わなかったよ」
攻撃を受けたときの事を思い出したのかエイミィが顔をしかめる。
「深雪、この人達は?」
一方、冷静に雑談よりも先にすべきことがあると判断した雫は深雪に声をかける。
「気絶しているだけで命に別状は無いわ」
「警察に通報とかしたほうが良いかな?」
ほのかの問いかけに、深雪が話しづらそうに答える。
「……ちょっと大事にしたくない事情があるのだけど……。でも被害者であるみんなが訴えたいなら止めはしないわ」
その様子から自分たちに言いづらいことなのだと察した被害者3人は顔を見合わせて頷く。
「ううん、大丈夫。深雪に助けてもらったんだしね!」
「みんな……ありがとう。アルバさんもそれでよろしいですか?」
話に参加せずにアンティナイトを観察していたアルバは、話を振られて顔を上げる。
「構わないが、放置して良いのか? 秘密裏に処理しておく必要があるなら知人に依頼しておくが」
「それはしなくても大丈夫ですよ」
「そうか。なら俺は構わない。もともと俺が襲われたわけでは無い。少しばかり話は聞きたかったが……」
そう言って再び何やら思案し始めるアルバを気にかけつつも、深雪は4人に別れを告げた。
******
大事にしたくないと言った深雪に後を任せて、アルバを含めた4人はその場を後にする。アルバが観察していたアンティナイトも、本来は軍需品であるため一般人が持っていたら色々とまずいということでその場に置いてきた。
「アルバ」
「なんだ?」
「助けてくれてありがとう」
深雪と別れてすぐに、雫がアルバの隣に立ってそう話しかけてくる。アルバが後少しでも遅ければ彼女は殺されていたのだ。
アルバもそれは認識していたし、人にとって死が重いものであると理解しているが故にその礼を素直に受け取る。
「ああ。どういたしまして」
「本当に、ありがとう」
礼を言う彼女の眼が若干潤んでいるのは、ナイフが振り下ろされそうになったときの恐怖を思い出してしまったからだろう。いくら普段感情が表にではないとは言え、彼女も1人の少女なのだ。
「えっと、アルバくん、だよね?」
雫からの礼をアルバが受け取っていると、前を歩いていたほのかとエイミィが振り返って話かけてくる。
「そうだが……知っているのか?」
「有名だからね! 風紀委員とか入学してすぐの食堂とか校門前での言い合いとか! 私はB組の明智英美。フルネームはアメリア=英美=明智=ゴールディ。エイミィって呼んでね!」
ニコッ、というよりニパッという擬音が似合いそうな幼い笑みを浮かべるエイミィに、アルバも自己紹介を返す。
「A組のトリオン・アルバだ。よろしく頼む」
「アハハッ。雫とほのかから聞いてた通りの人だね」
「そうか?」
雫とほのかに視線を向けると、2人は揃って視線をそらした。アルバが堅い、というよりはどちらかと言えば無愛想に思える話し方をする、というのをエイミィに話したのが今になって気まずかったのである。
「それにしても、アルバはキャスト・ジャミングの中でも私達ほど影響を受けてなかったね」
話を変えようと切り出したほのかの隣で、雫もコクコクと頷いている。通常魔法師であれば皆キャストジャミングの影響を受けるものであり、受けないとすれば何らかの理由があるのだ。
「体質上あれは俺には効かないからな」
「体質? サイオンの感受性があんまり高くない、みたいな?」
「むしろサイオンに慣れているから、だろうな。あの程度のサイオンを受けたところで、どうということはない」
「へー、そんなことがあるんだ」
そんな話をしながら、4人はアルバに礼をしたいという3人の誘いによって近くのカフェへと向かった。そこで少し早い食事をし、しばらく雑談を、主にアルバは聞きに徹してから解散となる。
ほのかとエイミィが駅へと向かう中、家の方向へとあるき出そうとしたアルバを雫が呼び止めた。
「アルバは、私達が襲われるのを知ってた?」
「……そういうわけでは、ない。可能性があるのは知っていたが、断定は出来なかった。だから俺にも声をかけてくれと伝えていた」
「……そっか。ありがとう。もう、終わったと思ったから。助けてくれて、嬉しかった」
改めて礼を言う雫に、アルバもそれを否定するような無粋なことはしなかった。
「知りたいという思いは人の常だろう。だが、あまり危険なところには踏み込みすぎないようにしてくれ」
誰しも、様々な理由から知られたくない事はあるだろうし、中にはそうしたことから人を排除しようとする者もいる。だからこそ、引きどころを弁えることが必要なのだ。
アルバの言葉に、雫は無言で頷いて答える。と同時に、しようとしていた質問をやめた。キャストジャミングの影響で朦朧とする意識の中、聞こえてきた言葉があった。自分の知らない単語が含まれるその言葉に疑問を抱いていたが、今のアルバの言い様からすると、それもまた踏み込んでほしくないと言っているように感じられたのだ。
「……また明日」
「ああ」
アルバに別れを告げて、雫もほのかとエイミィの後を追っていく。それを見送ったアルバもまた、家への道を辿った。
SCP×魔法科高校が書きたくて、取り敢えず単発を放り投げていくシリーズを作ろうかななんて思ってます。