「アルバ、ご飯行こう」
昼食時。授業が終わった後、たいてい雫がアルバにそう声をかけてくれる。今日は深雪も生徒会室には行かないということで、4人で食事をとることになった。アルバとしては他の生徒とも多少の交流はしたいとも考えているのだが、入学直後の騒動以降A組のクラスメイト達はアルバに関わることを敬遠しているようで、遠巻きに見られながらも会話に発展することはまったくない。もっとも、アルバが雫ら3人の誰かと常に一緒にいるというのもそれを助長しているのだが。
深雪が達也から受け取った連絡によると、達也らE組のメンバーは午前中の演習の課題を達成できなかったメンバーが何人かいるということで、今日一緒に食事をとるのはA組の4人だけとなるようだった。他の男子生徒であれば美少女3人に囲まれるという状況に何らかの緊張を抱くのだろうが、本能的には相手を『ヒトの一個体』という単位でしか認識していないアルバがそんな状態に陥ることはない。
「深雪、達也さん達は来れないの?」
クラスメイトである深雪やアルバもそうだが、E組の友人たちとの交流も楽しみとしているほのかがそう深雪に尋ねる。
「魔法演習の課題の達成に手間取っているらしいわ。時間が無くなりそうだからって食べ終わったら購買でサンドイッチなどを買ってくるように頼まれたの」
「そっか……」
その内容に。一科と二科の違いを感じさせられる内容に、ほのかは口ごもる。演習における教員の有無という差はあれど、一科と二科のカリキュラムは基本的に一緒である。例えば今日の午前中の演習は、『基礎単一系の魔法を据え置きのCADを用いて発動する』というものであり、そこに設定されている課題は、『1000ms以内に発動させる』というものだ。つまりは決まった時間内に決まった魔法を発動しろ、ということだ。そういったところで差を作らない、というのが学校としての方針であるわけだが。
問題は、この課題の設定基準だ。A組などの一科において、この課題というのは基本的に意味をなさない。なぜなら、基本的に
一方で二科ではそうはいかない。現在E組のメンバーが食事に来れていないように、設定された課題を達成できないものが存在するのだ。そしてそれに加えて、そんな状況であるにも関わらず、二科には教師が付かない。にもかかわらず、課題を達成しないと授業の出席が取れない。そのため、『達成できなかった目標を、自分たちで出来るようになるまで何回もやらなければならない』という状況に陥るのだ。
それが人間として合理的なのか非合理的なのかは、アルバには判断がつかない。ただ、課題を設定するならばそれに対してこの学舎という空間では教える立場の者が必要なのではないか、と思わないでもないが。
先日の森崎達との騒動から、一科と二科の間にある差についてついつい考えてしまいがちなほのかは、それがふっと話題になったのに嫌な気持ちになったのである。
「そういえば──」
ほのかが口ごもったことで場の空気が悪くならないように、と考えたわけではないが、雫が後を引き継ぐように口を開く。
「深雪は、魔法実習どう思った?」
どう、思ったか。その質問は何の脈絡も無く投げかけられた質問ではなく、魔法実習の授業に対して深雪が何か感じるところがあったのだろうと雫が感じたからこその質問だった。
それに対して深雪の言葉は、あまりに彼女らしくない、というべきか。彼女をよく知る者、例えば達也などからすれば彼女らしく、淑女然とした彼女しか知らない者からすれば彼女らしくないものだった。
「あんなノロマな機械を使ってわざわざテストでしか役に立ちそうにない魔法の練習なんて、無駄でしか無いと思うわ」
オブラートに包むつもりの欠片もない彼女の言葉に、雫とほのかはぎょっとした表情をする。1人表情の変わらないアルバは、『なるほど、あれはそういう程度のものだったのか』と納得していた。もともとサイオンを自在に操るためにどんなCADでも問題なく扱えるアルバだが、それはどんなCADを使っても一般的に言えば満足のいく成果が出せるというだけで、全く差が無いというわけではない。そして今日実習で使った据え置き型のCADは、八雲が用意してくれたCADと比べてかなり劣るものだというのは、CADを使いはじめて日が浅いアルバでも容易に理解することが出来た。
深雪の発言に雫とほのかが口を開けない中、アルバが今しがた自分の中で理解した事を改めて確証を得るために尋ねる。
「つまり、普段使っているCADと比べて程度が低すぎる上に、練習する魔法も実戦ではあまり使わない単一系の魔法だから意味がない、ということか?」
「ええ。わざわざあそこまで性能の悪いCADを使う意味がわからないわ。普段お兄様の調整してくださったCADを使っているからなおさらなのだとは思うけど、正直不快に感じるぐらいひどいものよ。魔法も単一系が実戦で使えないとは言わないけれど、せっかく授業で学ぶならもっと複雑な魔法にしたほうが良いと思うわ」
「なるほど。あれはそういうものだったのか」
深雪の答えに、アルバは納得だと言わんばかりに頷く。
魔法科高校に入学する生徒は、入試で魔法の実技があることからも分かる通り、入学の段階ですでにある程度CADを使用して魔法を使うことが出来る。一般家系のものでも魔法を学ぶことの出来る塾のようなものが各地にあるし、ある程度名前のある家系であれば家族から学んだり家で雇った魔法師から学んだりもする。そんな中であえてここまで質の低い内容をするというのは、魔法を初歩から学ぶというカリキュラム故に仕方が無いことなのかも知れないが、すでにそれを身に着けているものからすれば意味が無いと感じるものなのだ。
「アルバも、同じ感想?」
「同じ、というわけではないが、自分のCADと比べて性能が低いということは認識できた。だからあれが皆にどう感じられていたのかと疑問だっただけだ」
2人の会話を聞いた雫の質問に、アルバは自分が考えたところを答える。
「でも、2人とも凄く速かった」
「うん、ちょっと自信無くなった、かも」
そう2人が言うのは、アルバと深雪が、深雪の言うところの『ノロマな機械』を使って叩き出したタイムのことだ。深雪は235ms、アルバも少しは劣るものの250ms。通常、単一系統・単一工程の魔法なら500msで発動できれば一人前の魔法師であると言われる。
そんな中での2人のタイムは、高校1年生としては優秀に過ぎるものだった。それこそ規格外とも言えるほどに。
「ありがとう。でも、本当にあれは機械がおそすぎると思うわ。そうじゃなかったら2人ももっとタイムは出るはずよ」
2人を慰めるような深雪の言葉は、よく考えれば深雪もまたよりしっかりとしたCADを使用すればタイムが上がるという事を無視してのものだったのだが、そこにあえて突っ込むものはいなかった。代わりに話題となるのは、先程から深雪が言っている、『達也の整備したCAD』である。
「達也さんの調整したCADって、そんなに凄いの?」
「全くの別物よ。お兄様の調整したCADを使っていたら他のCADを使う気なんて起きなくなるわ」
ほのかの疑問に答えた深雪の言葉に、雫が興味を示す。
「深雪がそんなに言うほどなら、私も調整してみてもらいたい」
「……雫は普段は調整はどうしているの?」
興味を示した雫に対して、深雪は達也にお願いしてみればいい、と伝えること無く話題を少しずらす。深雪自身は、誰にも負けない兄の調整技術を他の者にも認めてもらいたいのだが、兄自身が目立つことを望んでおらず、また達也と深雪の秘密の都合上あまり目立ちすぎるのも得策ではないのだ。
「うちで雇ってる魔工技師にしてもらってる。腕は良い、と思う」
「私も一緒にしてもらってるよ。メーカーのサービスセンターでしてもらったこともあるけど、差がありすぎて我慢できなかったな……。今日使ったCADも確かにひどいと言えばひどかったよね」
「ええ。お兄様の調整してくださったものほどとは言わないけれど、せめて実際に使えるレベルのCADにしておかないと意味がないと思うわ」
と。そこでほのかが、あることを思い出してアルバへと視線を向けた。
「あ、ねえアルバ。1つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「今日の演習の時、一回構築しかけた魔法式を破棄してなかった?」
それは、ノイズや余剰サイオンが一切発生しないアルバの魔法を、タイムではなくその魔法式等アルバ自体に注目していたほのかだから気づけたことであった。
「どういうこと?」
「あ、えっと私もはっきり見えたわけじゃないんだけど、魔法式が重なってる感じ、っていうか、一回構築したのを上書きしてる感じがしたの。速かったからよくわからなかったんだけど、アルバの魔法で余剰サイオンが見えたからどうしたのかと思って」
「……それであんなタイムが出せるの?」
ほのかの説明に、3人の視線がアルバへと注目する。
「……確かに、一度構築しかけたのを破棄はしたが、その後は普通にやったはずだ」
歯切れの悪いアルバの返答は、ある意味仕方の無いことだと言える。無意識領域に構築した魔法演算領域を、意識的に無意識で運用する、という通常であれば行わなくても良い段階を踏んで魔法を使っているアルバだからこその悩みなのだが、それはあまり人に言って良いことではないのだ。
「えっと、そうじゃなくて──」
「なんで破棄したのか、が聞きたい」
「私も聞きたいです。それが無かったらアルバさんの方が速かったかもしれませんもの」
短い交流ではあるが、3人のアルバに対する遠慮というのはすでに無くなっている。アルバは探られる事を気にしない。正確に言えば、探られて話せる内容であれば何のためらいも無く話すし、困ることであれば話せないとはっきりと説明をする。普通であれば隠し事のある相手を人は好まないのだろうが、『隠していると宣言する』その割り切り具合が、アルバを遠慮なく突っ込める相手だと皆に認識させていた。
「……無意識下に存在する演算領域を使用するというのにあまり慣れていなくてな。CADの扱いをもう少し練習すれば改善できると思うのだが」
「……え、っと?」
「どういうことかしら」
「CADに、慣れてない?」
アルバの答えに、3人はそれぞれに疑問を浮かべる。現代魔法を操る魔法師にとって、CADから起動式を無意識下の演算領域に取り込み、そこで『無意識で』処理をして魔法式を構築するという手順は当然のものであり、慣れ親しんだものである。
ただ、それはアルバには当てはまらない。そもそも龍であるアルバには、『無意識の魔法演算領域』なんて存在しないのだ。それを擬似的に再現してそこに起動式を通す、という形を再現しているために、時折上手く行かないのである。
「CADを使い始めたのがつい最近だからな。まだあまり慣れていない」
「えっ、そうなの!?」
「初耳……」
「そんなに驚くことか?」
3人の驚き様を見たアルバの問いかけに、3人は揃って頷く。一般的に言って、現代において魔法師の素質があるものはCADを扱う練習を小さい頃からする。それは国によって推奨されていることでもあって、魔法の素質がありながらCADにふれる機会が無いというのは珍しいことなのだ。
「普通、魔法の才能がある人は小さい頃から練習する」
「そうか。俺は魔法について知ったのがつい最近だ。必然、練習を始めたのも最近のことになる」
「魔法を知らなかった、っていうこと?」
「そんなことありえるのですか?」
魔法は現代世界中に広まっている。例え使えない人間でも、その存在や実際の映像は見たことがあるはずなのだ。
そのあたりの事を上手く誤魔化すためのパーソナルデータを八雲は用意してくれているのだが、アルバはあまりに嘘である嘘を言うことを良しとしない。
「訳ありでな。人の社会や言葉に疎いのもそのせいだ。今は理由は説明できないが、卒業までにはするつもりだ」
アルバのこれ以上は話せないという趣旨の言葉で、3人はそれ以上踏み込む事をやめた。アルバがそこから先を話さないことは知っているし、そこまでして隠そうとしていることに踏み込もうとは思わない。少なくとも、個人としては。
その後食事を終えた4人は、達也に購買で食べれるものを買ってくるように頼まれた深雪を手伝って、実習室で課題クリアのために練習していた達也らのところへ行った。そこでもまた深雪が実習の内容に関して毒を吐き、すでに聞いた雫らは苦笑いを、はじめて聞いたエリカ達は驚きの表情を浮かべる一幕があったのだが、それもまた、アルバにとっては人の常識や感情を感じられる一幕となった。
******
その夜。アルバの家へと八雲が尋ねてきた。玄関が開くこと無くいつの間にか部屋の中にいたのはいつもどおりだが、今日は何やら人を連れているようであった。
「先日雫達を襲っていた者か」
その男の気配に見覚えのあるアルバがそう尋ねると、男を床に放り出して八雲もまた座り込む。男の方は拘束はされていないのだが、何らかの魔法を受けているのか身体が硬直しているようで倒れたまま動かない。
「これを相手していたのは、君だろう? 深雪君に聞いたよ」
「そうだな。人を殺そうとしていたから、話を聞きたかった」
床に座った八雲は、アルバの返事にその細い目を更に細める。
「君の友人が殺されそうになっていたから止めた、というわけではないのかい?」
「人が殺されそうになっていたから止めた。人にとって死とは重たいことだろう? その行動に至る心がどんなものなのか聞いてみたかったのだ」
アルバの返答は、『友人を守ったのではないのか』と尋ねる八雲の質問からはずれたものであった。あくまで自分の興味のために、と。そう言うアルバに、八雲は更に質問を重ねる。
「ではその話を聞いていたら、君の友人たちが殺されるのを認めていた、というのかい?」
「……そうだろうな」
一瞬の間の後にアルバは答える。
「友人が大切ではないのかい?」
「彼女らに意思や生きる人生があるように、その者達にも成し遂げたいことがあったのだろう。それを俺が妨げることは、人に交じる中で俺がしてはならないことだ」
言葉や行動の端々から、傍観者たらんとするアルバが何を考えているのか常々疑問に思っていた八雲だが、ようやく1つの疑問の方がついた。
つまりアルバは、人に扮して社会に紛れ込んでいるにも関わらず、自分が人々の行動に直接的な影響を与えてはならないと思っているのである。
それを知った八雲は、思考を巡らせる。理解は出来ても、納得出来ないものはある。
「それじゃあ、なぜ止めたんだい? 君の友人達が殺されてから話を聞いても良かっただろう?」
八雲のその問いかけに、アルバは珍しく言葉を失った。と言っても、答えはアルバの中にしっかりとある。ただそれを口にすれば、自身に課した枷を踏み越えることになってしまう。
そんなアルバの葛藤を見抜いた八雲は、ニコリと笑う。
「君はもっとわがままになっても良いと思うけどね」
「わがまま、か?」
「例え君が話せないことがあるとしても、一線を君の友人たちとの間に引いてしまう必要はないんじゃないかい?」
アルバが普段友人たちに尋ねるのは、彼ら彼女らの持っている知識に関することが多く、彼らの内面に知識欲以上の、人間関係としての興味を示すことはほとんどない。彼らがどう考えているか、という答えを得られたとしても、それはただの知識として処理するようにしている。
つまり、人間の社会において言えば友人という関係にありながら、意図してアルバはそれをただの情報として捉え、他との間に区別をつけないようにしている。
あくまで己は傍観者として、大きな影響をもたらさないようにしている。
自分の意思を、外に出さないようにしている。
「……考えてみる」
「今はそれで構わないけどね。君はもっと、自分が人として振る舞おうとしている意味を好きなように使えば良いと思うよ。人にそんなに遠慮することはないさ」
そう言って八雲は、悩める超越者に対して手を差し出した。それを見たアルバが八雲の顔を見上げると、八雲はいつもの内心の読めない表情で笑ってみせる。
「まずは、僕と友人になろうか? 知人ではなく、ね」