「これが高校というものか」
アルバが目を覚ましてから半年ほどの時間が過ぎた。そして今日アルバは初めて、高校、というものを訪れている。国立魔法科大学付属第一高校。それが、アルバが今日受験をすることになっている高校の名前である。
ぞくぞくと受験生たちが校舎に入っていく中で足を止めたアルバは、巨大な校舎を見上げる。第一高校は国内でも有数の魔法科高校であり、その設備は通常の高校の規模を超えているのだが、半年間ほとんど書籍や資料を漁っていたアルバはそんなことを知るよしもない。
ただ、その巨大さに、かつて時をともにした小さき者の影を感じて。感嘆の思いとともに見上げていたのである。
そうしてしばらく立ち止まっていると、アルバに後ろから声がかけられる。
「どうしましたか? もうすぐ試験が始まりますよ」
声がした方へ振り向くと、小柄な女性が立っていた。気づいてはいたが、アルバ以外の受験生は既に皆校舎に入ってしまっていて、校舎の外に立っているのはアルバただ1人である。
「ありがとう」
「いえいえ。集中していたなら邪魔してごめんなさい」
そう言って申し訳無さそうに笑う女性は、人間、というこの時代の小さき者たちからすると可愛いという評価になるのだろう。着ているのは何かの衣装のようであるが……。
そう考えたアルバは、再び思考に潜りそうになっていた意識を引きずり出す。
「いや、時間が経つのを忘れていただけだ」
「あら。では急がないといけませんね」
「ああ、ありがとう。では」
女性に礼を言ったアルバは、彼女に背を向けて校舎の入り口へと急ぐ。腕時計で確認したところまだ15分ほどの余裕があるが、あまりぼうっとしているとまた時間が経つのを忘れかねない。
そもそも、アルバを始めとした龍とは人間と比べて悠久の時を生きる存在である。そのため人間と比較して根本的に時間に対する感覚がずれており、ただぼうっと時間を過ごしがちになってしまう。現在は身体を人間のものに寄せていることで多少の時間の感覚はあるものの、一旦物思いに耽ってしまうと途端に今のように時間を忘れてしまう。時間としては30分ほどあの場所に突っ立っていたのだろう。
急ぎ足で試験を受ける教室まで移動したアルバは、教室の扉を引き開ける。室内の席は1つを除いて全て埋まっており、確認するまでもなく、空いている1つがアルバの席だということが確認できた。
1人遅れてきたことで周囲の注目を浴びたアルバだがそれらを一切意に介さず自分の席へと座る。注目を受けているのはアルバが遅れたからというよりはむしろ上下黒のジャージと受験会場にはいささか不釣り合いな格好からなのだが、そのあたりに疎いアルバがそれに気づくことはなかった。
それよりもアルバの思考は、先程出会った女性、そして今アルバのいるこの空間そのものへと向けられている。
(魔法師は龍気に干渉できると八雲から聞いたが……なかなかどうして大したものだな。数が集まっているとは言えこれほどの濃さになるとは)
人とは全く異なる知覚から来るそんな実感。試験とはまったく関係のないアルバの考えは、テストの用紙が配布されるまで続いた。
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この時代には、人間によって扱われる『魔法』と呼ばれる技術が存在している。
この半年間アルバが調べたこの時代の魔法書や歴史書によれば、魔法というのは、『超能力』と呼ばれていた先天的な能力を体系化したものである。
例で言えば、
こうした超能力はあくまで先天的、属人的なもので、生まれつき備えた者以外には使用できないものであった。
そうした常識を覆し、超能力を体系的に分析してそれらをプログラムのようなコードで記述、普及させ、少なくとも素質があるものに超能力と同様の現象を再現することを可能としたのが現代魔法だ。
言ってみれば、『超能力者が手足同様に本能的に使用する超能力』を、『道具として理論的に分析、思考して再現する』のが現代魔法である。そのため使用者が極端に限られる超能力と比べると、魔法に対する素養は必要になるものの現代魔法はある程度万人に使えるものとして設計されている。
そんな魔法という技術だが、その他の技術、例えば機械や体術などと比べると、素質が占める部分が圧倒的に大きい。まずもって素質が無ければ使うことすら不可能な上に、その能力の優劣も素質に大部分を左右される。
そしてその素質、才を持つ人間は非常に少ない。
そのため、この日本という国、ひいては世界中において、それぞれの国は優秀な魔法の素質を持つ者を育成するための教育機関を設けている。それが、日本においては国立魔法科大学とそれに付属する9つの付属高校である。
第一高校はその中でも、特に優秀であると謳われる高校であった。
そんな第一高校の試験は理論と実技の2つの部門にわけて行われる。そのうち初日の今日に行われるのは魔法の理論に関する記述の試験である。第一高校では、そのカリキュラムの大部分が魔法に関する学習に割り振られているため、入試試験でも普通科の高校で要求されるような学力は要求されず、7科目分の魔法に関する理論の知識が求められる。良くも悪くも、魔法科高校は魔法師養成機関なのだ。
それらの問題に対して、アルバは大した苦もなく回答していく。そして同時に、それを楽しんでもいた。
(むう……やはり小さき者の作る理論というのは本当に面白いな)
何が面白いと言って、やはり『理論』という、小さき者、この時代では人間の作る考え方だろう。あるものをあるものとして扱わずそこに原因や結果、因果、関連性を見つけ、より効率的、より精密な方法を編み出していく。かつては力を振るうしか脳がなかった龍たちがその力を制御するという思考を得たのも、遥か昔の小さき者との交流を通じてであった。
だからこそアルバは、この理論立てて考える、という今の時代の人間のやり方もまた好きであった。そして特にこの時代のそれは、ある種アルバ達の存在に付随するものを体系だって説明していて、何度見ても飽きないし、考えれば考えるほど、言葉になっていなかったものがはっきりと目の前に示されていくようで好きなのだ。
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記述試験が全科目終了した後、アルバは徒歩で自宅へと帰宅する。学校から徒歩10分ぐらいの場所にある1LDKの自宅は、九重八雲との取引で用意されたものだ。
「とはいえ、お前がそう頻繁に遊びに来るのはいかがなものかと思うのだがな」
帰ってそうそう室内にアルバが声をかけたのは、鍵をしっかりかけていたのにも関わらず室内に九重八雲の気配を知覚出来たからだ。廊下を抜けてリビングに入ると、案の定というべきかそこには床にあぐらをかいて座っている九重がいた。ソファーを使ってないのは、坊主としての矜持といったところだろうか。
「やあアルバくん」
「飽きないなお前も」
「いやいや、今日はいつもみたいに話を聞きに来たんじゃないよ」
荷物を下ろしてそのままソファーに座り込んだアルバはニコニコといつもの笑顔を絶やさない九重に問いかける。
「ではなんの用だ?」
「受験の様子はどうかなと思ってね。勧めた身としては心配にもなるよ。なにせ君は――」
「わかった。要は絶対に合格してくれという話だろう?」
「有り体に言ってしまえばそういうことだね。合格出来なかった場合には、君のことを友人に知らせてそっちで話してもらうしかなくなるんだ。君はそんなのに従ってはくれないだろう?」
九重が言っているのは、アルバが現代に目を覚ました日と翌日にかけて九重に語った内容に関してだ。その内容とアルバの意向を受けた結果、九重はアルバが第一高校を受験することを勧め、アルバはそれを承諾した。だから、アルバには第一高校に合格してきっちり通い、ついでに人脈を築いてもらわなければ困るのである。
「僕も人だからね。自分のせいで人類が滅びたなんてことにはなりたくないからね」
ニコニコとした表情の裏側に刃のような鋭さをのぞかせて九重は言う。アルバの出自を聞きその存在を聞き。九重はアルバに対してかなりの便宜を図った。
だがもしアルバが九重の思惑から大きく外れすぎるようならアルバに関することを秘密にするという約束を反故にすることも、実力行使に出ることすら辞さないつもりだ。
と。そこで鋭さを消して九重は再度言う。
「まあ友人としても、君にはこの時代の学校に通ってみてもらいたいね。純粋に楽しみ学ぶ場所として」
「もちろんだ。心配するな、不合格にはならないだろう」
「へえ……1か月前までCADを使ったことすら無かったのにかい?」
「理論は頭に入っていた」
「それで上手く使えたかい?」
「失敗は成功の母、とこういうとき人間は言うのだろう?」
言葉巧みに返すアルバに九重はため息を吐く。初めて出会った時は何かとてつもない存在かと思っていたが、何のことはない。この人の形をした何かは、とにかく人のことが好きなのだ。だからこそこうして短い期間で言語をマスターしてみせ、あまつさえ言葉遊びまでしてみせる。
そんな男が第一高校に通う。その道行きが明るいことを九重は願ってやまない。
人類の未来のためにも。
色々謎みたいな感じで書くのまじで難しい。
前回入学式からと言いましたが、もう少しアルバを描写しておきたかったので入学試験です。次回こそは入学式、かな?
魔法科高校読み直してるんですが、原作が文章も設定もきっちりしてるし登場人物やたら多いしで書くの難しいですね……あまり適当なこと言えない。
何かしらツッコミどころあったらお願いします。