魔法科高校の煌黒龍   作:アママサ二次創作

30 / 34
第30話 無駄は無駄

 侵入してきたテロリストを拘束しおえたアルバは、この後風紀委員としてどう動くべきか摩利に尋ねようとしたところで真由美に声をかけられた。

 

「アルバくん、これから壬生沙耶香さんの事情聴取をしたいと思っているのだけど、着いてきてもらえないかしら」

「風紀委員の仕事ですか?」

「そういうわけではないのだけど……昨日の朝、話していたことがあるでしょう?」

 

 真由美に問いかけられて、アルバは昨日の朝真由美と図書館で会話したことを思い出す。朝早くに図書館にいることに対する会話と、人の精神を操作する魔法に関する会話。それを思い出して、おそらくは精神を操る魔法に関することだろうとアルバは答える。

 

「ありますね。覚えています」

「それでね、それを今の壬生さんもそうなのか確認するために来て欲しいのよ」

 

 真由美の言葉にアルバは首を傾げた。精神を操る魔法に関しては研究されているものの情報が公にされていないという話だったと思うのだが。

 

「そう、とはなんですか?」

「催眠か何か、洗脳されているようなことを言ってたじゃない」

「ああ、そのことですか」

「ああ、って。大変なことなのよ?」

 

 アルバの好奇心の原因に関することだったか、とアルバは納得した。そちらに関してはただアルバが気にしていただけのことだったので、まさか真由美が気にしているとは思わなかったのだ。

 

 そもそも精神を操る方法なんていくらでもある。現代魔法は初めて見る技術なのでそれによって人の心を操っているのを見たことはないが、かつての人類は現代魔法以外の術を持っていたし、それ以外にも話術その他を利用した催眠術であったり時間をかけての洗脳だったりあるいは特殊な薬物を使ったりと、色々あったように思う。極端な話をすれば、周囲の人的環境によって思考が偏るのも洗脳と言えるだろう。特にアルバに攻撃を仕掛けてくる者たちはそうして他者に操られているような者が多かったのでよく覚えている。

 

 だからアルバはたいして気にしていなかったのだが、それはアルバ目線の話であって。学生の長たる真由美からすれば、学生が洗脳されている可能性があるとあっては調べなければならないのである。

 

「大したことだとは思っていなかったので。わかりました。着いていきます」

「大したことなんだけど……」

 

 ハア、とため息を吐いた真由美は答えを求めているわけではなく、ただこれからのことに思わずぼやいただけなのだろう。アルバが何かを言う前に今度は他の生徒会のメンバーに指示を出しに行ってしまった。

 

 

******

 

 

 その後真由美、摩利とともに向かった保健室には、3人以外にも達也と深雪、エリカとレオ、そして克人というメンバーが揃っていた。軽く事情を聞いたところ、アルバと真由美達が正門から侵入してきたテロリストの相手をしている間に達也達は実技棟に向かったらしい。そしてそこから敵の目的が図書館、より細かく言えば、魔法科大学付属高校の図書館の特別閲覧室から接続できる魔法科大学の秘匿資料だということを知って、それを止めに行ったそうだ。

 

 沙耶香はその本隊のメンバーとして図書館におり、テロリストが打倒される中逃亡しようとしたところをエリカによって捕縛されたそうだ。

 

「他の者には事情聴取はしないんですか?」

 

 校医と真由美、沙耶香がなにやらやり取りをしている間に摩利にそう問いかけると、摩利は苦い表情を見せる。

 

「他のやつは話を聞ける状況に無いからな。テロリストは職員に持っていかれてしまったし、今話を聞けるのは壬生だけなんだ」

「なるほど。権限の問題ですか」

「言ってくれるな。あたしらもいくらトップとは言えあくまで生徒だからな。仕方ないんだよ」

 

 権限、それに役割の関係上、学校に襲撃を仕掛けてきた生徒以外の者は教職員が拘束し、警察に引き渡すことになっている。取り調べ等は警察の役目であって高校側にその権限は無いために、真由美達生徒首脳陣は事情聴取をすることは出来ない。

 

 かと言って、生徒がその思想に染められていたり犯罪に手を貸してしまっている以上生徒をまとめる彼女らとしては放置しておくことは出来ず、話を聞くことのできる沙耶香のところに首脳陣が集まっているのである。

 

「去年入学して、剣道部に入ってすぐに司先輩に声をかけられました。それ以前から司先輩は魔法に寄る差別の撤廃を剣道部を中心に訴えていたみたいで、他に賛同者もたくさんいました。私達もその後ブランシュの支部に連れて行かれて────」

 

 何か考えが変わったのか、自分の知っていることをすべて話したいという沙耶香は、自分が司の仲間に引き込まれたところから話始めた。昨年の段階では司は主将ではなかったが、そのときから既に司の同調者はそれなりにいたらしい。となると、それ以前、つまりは司は入学してすぐに仲間集めを始めていたことになる。

 

 加えて、剣道部以外にも生徒の自主的な魔法訓練サークルを装って思想教育が行われていたらしい。サークルは部活動と違って非公認である場合が多く、表向きの活動内容と実際の活動が違うこともそれなりにあるらしい。またその活動の一環として、エガリテの母体組織とも言えるブランシュとの接触もしていたようだ。

 

(司、というと先日美月に話かけていたものか? 止めておいて正解だったか)

 

 司、という名前に聞き覚えがあったものの、今はそれをアルバが言う場面ではないので黙って話を聞いておくことにする。

 

 一方話は、沙耶香がその思想に傾倒していったところに差し掛かった。それに対して他の面々が司らの周到さに驚く中、摩利は別の意味で衝撃を受けていた。

 

「すまない、心当たりが無いんだが……壬生、それは本当か?」

「入学してすぐの、新入生向け演武で渡辺先輩が魔法剣技を披露してくださったときです。見事な演武に一手のご指導をお願いしたけどあしらわれて……。今にして思えば、あのときの私は中学時代から『剣道小町』なんて言われて調子に乗っていたんだと思います。だから断られたのが一層ショックで、私が2科生じゃなかったら断られなかったんだろうって思ったら、やるせなくって……」

「ちょ、ちょっと待て」

 

 沙耶香の説明した心情に、周囲から、特にエリカから厳しい視線をもらう摩利が狼狽しつつも弁解する。

 

「去年の勧誘週間でお前に練習相手を申し込まれたときというと、私が剣術部の跳ねっ返りにお灸を据えてやったやつだよな? それなら覚えてる。だがあたしはお前のことをすげなくあしらったりしてないぞ」

 

 そう答えた摩利の言葉にエリカが噛みついたものの、達也にたしなめられて黙る。

 

(人の言葉は完全な理解を生まない。勘違いでもあったのか?)

 

 アルバがそう思考を巡らせる中、沙耶香はわずかに辛そうな表情で反論する。

 

「先輩は、あたしでは相手にならないから無駄だ、って……そう言われて、あたしは……」

「待て……いや、待て、そうは言っていない。あたしはあのときこう言ったはずだ。『あたしの剣の腕ではお前の相手は務まらない。あたしと稽古をしてもお前に無駄な時間を過ごさせることになるから、お前は自分の腕に見合った相手と稽古しろ』とな。語尾はともかく、概ねそういったことを言ったはずだ。違うか?」

「え……いや、あの……そういえば……」

 

 摩利の返答に今度は沙耶香が動揺を示す。自分の記憶と、認識の差異に違和感を感じつつも、どちらが正しいのか判断出来ないのだ。頭を抱える沙耶香に、摩利や達也達が声をかけて落ち着かせようとしていた。

 

 その様子を見守るアルバの隣に真由美がやってきてアルバの袖を引いた。何かとそちらに視線を向けると、なにやら手招きをしている。それが何かと見ていると、少し拗ねた表情で「腰をかがめて。耳に届かないから」と言われた。首を傾げながらも言われたとおりにする、アルバの耳元で他の人に聞こえないように話始める。

 

「アルバくん、どう?」

「洗脳ですか? 俺の眼は万能では無いです。ただ精神に不自然な濁りがあるのがわかる程度で」

「そう……でも洗脳が解けたときに変化がわかったりはしないの?」

「……わかるかもしれません」

 

 どこがどう洗脳されているかはわからないが、会話の前後で精神に変化があったことがわかれば、その時の会話が洗脳の内容にかかっていると考えることができる。真由美に指摘されて、アルバはその可能性を口にした。

 

「なら、それがわかったら教えて」

「わかりました。よく見ておきます」

 

 真由美の指示に応じることにしたアルバは、真由美と小さな声で会話できるようにかがめていた体勢をもとに戻し、眼を開く。人に擬態したそれから、龍としての片鱗をのぞかせるそれに。アルバが視線を沙耶香の方に向けたことで真由美はその視覚的な変化には気づかなかったものの、アルバの漂わせる空気の変化を感じたのかどこかこわばった表情をしながら沙耶香の方へと戻っていく。

 

「じゃあ摩利、あなたが壬生さんとの稽古を辞退したのは、壬生さんのほうが強いとわかってたからってこと?」

「そのとおりだ。そりゃ魔法を絡めればあたしのほうが上かもしれんが……。壬生がやってるのは剣道であたしがやってるのは剣術だ。魔法を最大限活かすための剣術しか知らないあたしが、剣の道だけを突き詰めた壬生に剣の勝負で敵う道理がないだろう」

 

 摩利の言葉に、壬生がヒュッと鋭く息を吸う音が静まりかえった室内に響く。それと同時に、人とは違う世界を見るアルバの目には壬生の淀んでいた精神が解け、正常に流れ始めるのを見た。

 

 ちらりと振り返ってきた真由美にコクリとうなずくと、どこか動揺した様子を示しながらもうなずき返してくる。おそらく言ったとおりに洗脳が解除されたということは伝わったのだろう。

 

「みんな、少し壬生さんと話したいから出ていてもらえるかしら」

「真由美? どうしたんだ急に」

 

 突如として言い始めた真由美に当然ながら他の者達は怪訝な表情をする。

 

「後で説明するわ。お願い」

「しかし」

「摩利」

「……はあ。わかったよ。壬生、また後で話そう」

 

 いつになく強行的な真由美の様子に、不満そうにしながらも摩利が理解を示し、続いて克人、達也達も退出する。それに続いてアルバも退出しようとしたところで、真由美に引き止められた。

 

「アルバくんは残ってちょうだい」

「はあ」

 

 引き止められたアルバの方に視線をやりながらも達也達が退室し扉が閉じる。室内で意識のある人間は真由美とアルバと沙耶香の3人になり場に沈黙が降りる中、困惑した様子の沙耶香が真由美に問いかけた。

 

「あの、なんで……」

「壬生さんに伝えておかなければならないことがあるから、みんなには席を外してもらったの」

「私に……?」

 

 コクリ、と頷いて真由美は、沙耶香の目を見据えた。

 

「今から、少し衝撃的な話をするわ。聞いてもらえるかしら」

 

 真由美のその言葉に、沙耶香は自嘲的な表情をする。

 

「いまさら……今更衝撃的なことなんて……。私は、勝手に勘違いして、先輩のことを誤解して……自分を自分で貶めて、一年間も無駄にしたんですよ? 馬鹿だなあ……あたし……」

 

 言葉を発している最中に嗚咽を漏らし始めた沙耶香に真由美は動揺する。摩利達に席を外してもらったのは、沙耶香が洗脳されていたということを他の人に聞かせることなく沙耶香にだけ話すべきだと考えていたからだ。最初は沙耶香に断った上で、あくまでそう言う状況であったために沙耶香が気に病む必要は無い、ということを伝えたかった。それが、生徒会長として生徒に対する配慮でもあると考えていた。

 

 だが、今目の前で涙を流す彼女にそれを伝えても良いものだろうか。

 

 このあたり真由美は、心理学や精神医療の専門家ではないので完全にタイミングを誤っていたと言える。いくら沙耶香自身に自分がそういう状況下にあったのだと知らせる必要があったとはいえ、それは今である必要はなかった。むしろ、もっと落ち着いてから言うべきことだったのだ。いくら答弁的なことが得意な真由美でも、これは専門外である。

 

 自らの行動に嗚咽を漏らす沙耶香と、動揺する真由美。

 

 膠着した状況に、アルバは自ら口を挟んだ。

 

「無駄はよくないものなのか?」

「アルバくん……」

 

 涙をこぼしながらも視線を上げた沙耶香と、困ったような表情で振り返った真由美にアルバ自分の感想をこぼした。

 

「人は、無為に思えるものを積み重ねて進んできた。心などその最たるものだろう」

 

 非論理的な矜持に人生をかけ。降らぬ執着で命を奪い合う。

 

 そもそも龍としての生態を持つアルバは思うのだ。

 

“必死に生きる”“前へと進む”など、なんと無為なことなのか、と。

 

 龍としてのアルバは、ただ“そうある”存在だ。龍として、自然の化身としてただ存在する。

 

 今アルバが人間に抱いている好奇心とて、アルバからすれば無駄なものだと思える。無駄なものだと思った上で、あえてそれを抱き、行動の指針として据えている。

 

 すべては無為なことだ。無駄を厭うなら、ただ存在していれば良い。ただ時を過ごし、そして人であるならば次の代を生んで死んでゆき、龍であるならば眠りにつけばいい。種の存続としてもそれで十分だろう。

 

 だがその無駄の中から得たものもある。

 

 アルバにおいては、力の弱い人がそれを最大限に活用するために生み出した技術だとか。

 

 人の心の動きに関する好奇心が満たされたことを無駄とみなすとしても、実益として得られたものはたしかに存在する。

 

 そしてそれは、人も同じだ。だからこそその無駄の塊たる人が、面白いのだとアルバは思う。

 

「無駄に思える繰り返しから、人は叡智の欠片を見つけ、紡ぎ、今の社会を作り上げた。無駄とも思える妄執から、世界の礎を発見し、幾重にも重ねた。無駄であったという発見をし、繰り返さないと決めた」

 

 ──ならばお前は、何を得た?

 

「何を、得た……?」

「反省と後悔は別物だろう。泣いて後悔する暇があるのなら、反省でもしてみれば良い。無駄だったことを無駄にすまいと考え抗い、取り戻すのが人の歩みだろう?」

「……そんなことしても、何の意味も……」

 

 何の意味もない、と。勘違いの逆恨みであった時点で、アルバが言うような得られるものもあるはずがない、と自嘲する沙耶香に、アルバは慰めの言葉をかけない。

 

「俺の目から見える人がそういう存在であるというだけの話だ。お前がそうしないというなら、それがお前という一個体の選択ということだろう」

 

 もともとアルバはただ人という存在が興味深いというだけであるので。たとえ目の前で凹んでいる相手がいたところで、積極的に励ます必要性を感じない。友人、と呼べる交流している者達ともなれば別だという考え方はするようになっているが。

 

 人とは異なる視点、異なる視座から語るアルバに、真由美は呑まれたように黙り込む。この少年のこんなところを、真由美は知らない。達也と二人で風紀委員に入ったところは見ていたし、気にもかけていた。会話の中から、どこかずれた感性を持っていることにも気づいていた。

 

 だが、目立っていたのはいつも達也であった。2科生という色眼鏡があったかもしれないが、風紀委員になる前の服部と試合から始まって、その後の桐原の捕縛、沙耶香とのやり取りと、1年生らしくない冷静な視点と実力を示していたのは達也だった。

 

 実のところ、アルバはアルバでかなり目立っていた。ただ真由美が、2科生という立場にある達也を面白い相手として見ていたために気づかなかっただけのことだ。

 

 それでも。

 

 アルバのその変わり具合は、真由美にとってはどこか得体の知れないものに思えて鳥肌が止まらない。それは龍の気配に当てられたがゆえのものであるというのが真相だが。

 

「……アルバくん」

「済まない。話に割って入ってしまった」

「……あなたはまた後で話しましょう」

 

 真由美の言葉に疑問符を浮かべるアルバに、真由美はやはり彼はどこかずれていると感じた。

 

 今まさに後悔し落ち込んでいる相手に、『勝手にすれば良い』などと、あえて傷つけるような言葉。向上心を煽るために言ったのならまだわかるが、おそらく彼はコレを素で言っているのだ。人の性格にまで口を出すのは生徒会長の役目ではないが、それでもコレは一言言っておいたほうが良いだろう。

 

 そんな予定を立てた真由美は、気を取り直して沙耶香に話しかけた。

 

「壬生沙耶香さん」

「……はい」

「あなたは、洗脳状態にあった可能性があります」

「せん、のう……?」

「心当たりはありますか?」

 

 真由美の言葉に、沙耶香が動揺した様子を見せる。

 

「洗脳って、どういうことですか……?」

「アルバくん、説明」

 

 疲れたのか若干適当に投げてきた真由美に、アルバは特に思うところは無いので真面目に説明をする。

 

「人の情動を司るというプシオンだが、壬生先輩のそれには不自然な澱みがありました。完全に固定されているというほどではなかったので、もともと持っていなかった考えを植え付けられたというよりは思考を不自然に誘導されているか、思い込みを強くされていた可能性があります」

 

 アルバの説明に疑問符を浮かべる沙耶香に、真由美が補足をする。

 

「彼、トリオン・アルバくんっていうんだけど、そういう目を持ってるのよ」

「どういう……」

「サイオンとかプシオンが人より見えるってこと。それで見たら、あなたのプシオンは不自然だった。だから何かその原因があるんじゃないか、って考えたの」

 

 ──心当たり、あるわよね?

 

 そう問いかけた真由美に、沙耶香はわずかにためらった後頷いた。

 

「渡辺先輩の言葉を誤解していたのは、洗脳されてたから、なんですか……?」

「断言は出来ないけど、その可能性はあるわ。その会話をした前後で、アルバくんがあなたのプシオンに変化を見つけたから」

 

 確認するように二人から視線を向けられたアルバはとりあえず頷いておいた。

 

「そう、なんですね……」

 

 わずかに呆然とした沙耶香に、真由美は本題を切り出した。

 

「後悔するな、とは言わないわ。たとえ洗脳されていたとしてもしてしまったことは戻らない」

「……はい」

「でも、その可能性があるということを、私は摩利達と共有する必要があるし、学校にも警察にも申し送りをする必要がある。だから貴方に先に説明をさせてほしかったの」

 

 真由美のその言葉に、沙耶香が下を向く。返事が無いものの、その手が布団を強く握りしめているのに気づいた真由美は席を立つ。

 

「少し席を外すわ。落ち着いたら──」

「大丈夫、です。まだ、話せます」

 

 呼んでちょうだい、と。感情が溢れるところを見られたくないだろうからと続けようとした真由美の言葉は遮られ、代わりに沙耶香の、震えながらも力強い言葉が耳をうった。

 

「後輩に、あんなこと言われて、黙ってられるわけないじゃないですか」

 

 そう言ってアルバに強い視線をやる沙耶香。真由美も批判するようにアルバを睨むが、アルバはそれに表情を一切変えることのない顔で返す。

 

「自分の感想を言っただけです」

「言い方の問題です!」

 

 

******

 

 

 その後室内に他のメンバーが呼び戻され、真由美の口から改めて沙耶香、及び他の同盟のメンバーが洗脳下にあった可能性があることが告げられた。またその洗脳の首謀者は、司ではなく、彼の兄であるブランシュのリーダーである可能性が高いということも。

 

「渡辺先輩を恨み始めたのは、ブランシュのリーダーに引き合わされた時からだと思います」

「壬生……」

「渡辺先輩も、すいませんでした。私が勝手に誤解して、逆恨みして……今回の騒動も含めてたくさんの人にご迷惑をかけてしまいした」

「それは、そうだが。真由美が言うには洗脳されていたんだろう?」

「それでも、です。私が心を強く持っていれば、どうにかなったかも知れませんし、最初に司先輩の言葉にゆすられたのは事実です」

「……そうか。わかった。あたしは今も、お前の剣はあたしよりも遥かに強いと思う。魔法を使っていいなら負けるつもりはないがな」

「ありがとう、ございます」

 

 沙耶香の謝罪を受け入れ、そして彼女が得たものを称える摩利に室内の雰囲気が和らぐ。

 

 続けて達也に視線をやった沙耶香は、同様の謝罪を達也に向けた。実際には拒否されたものの、彼を巻き込もうとして時間を取らせたのは事実だ。それを謝罪する沙耶香に、達也は否定を返した。

 

「悪はブランシュです。壬生先輩が謝ることではありません」

「それは……」

「ですが、壬生先輩の謝罪は受け取ります」

 

 達也の言葉に沙耶香はホッとした様子を見せる。

 

「それに、この1年は先輩にとってけして無駄なものではなかったと思います」

「え?」

「エリカが言っていました。先輩は中学の時とは別人のように強くなっていると。恨みや憎しみから来たその強さは受け入れがたいかもしれません。ですが、それは、先輩が自分の手で高めた、紛れもなく先輩の剣です。恨みや嘆きにそこで足を止めなかった先輩が得たものです。強くなる理由なんて人それぞれです。それを否定してしまったときに、先輩の得たものは本当に無駄になってしまったと言えるのではないでしょうか」

「司波くん……」

「だから俺は、先輩に後悔をしてほしくない。反省し、それを糧にして更に前にすすむべきではないでしょうか」

 

 達也の言葉に、わずかに考えた沙耶香は笑顔を見せた。

 

「……そうね。私も、そう思う」

 

 そう言った後、アルバの方を見ながら意趣返しのような言葉を口にする。

 

「司波くんはどこかの誰かと違って優しいわね」

 

 鉄面皮、とも言える表情をしたままのアルバは、その言葉が自分に向けられたものだとわかったものの特に答える言葉も無いので黙っておいた。

 

 だが、自分の言葉と達也の言葉を比較して彼女の言うところの優しさを探す、という努力はしている。何が今の人にとって優しさとなるのか、情報のアップデートをしておきたいからだ。

 

「アルバくんには後で私から説教をしておきます」

「何かあったのか?」

「あったわ。ひどいことが。でもその前にやるべきことがある」

「はい。まずブランシュの奴らが今どこにいるか、ですね」

「え?」

 

 真由美の言葉を引き取る形で放たれた達也の言葉に、真由美はあっけに取られた声を上げた。

 

「……達也くん、まさかブランシュと一戦交える気?」

「その表現は適当ではありませんね。一戦交えるのではなく叩き潰すんですよ」

 

 真由美の問に達也は危険度割増であっさりと答える。

 

「危険だ。学生の分を超えている」

 

 真っ先に反対したのは摩利。

 

「私も反対よ。学外のことは警察に任せるべきだわ」

 

 続けて真由美も反対するが、達也は表情を変えなかった。

 

「そして壬生先輩を家裁送りにするつもりですか?」

 

 達也の一言に真由美と摩利は表情を強張らせて絶句する。それは彼女らが無意識に無視していたことだ。他の生徒はともかく、附属図書館で秘匿情報を奪取しようとしたグループに同行していた沙耶香はその罪に問われる可能性は高い。

 

「なるほど。警察の介入は好ましくない。かと言って同じことを繰り返さないようこのまま放置するわけにもいかない。だがな司波。俺も七草も渡辺も、当校の生徒に生命を懸けろとは言えん。相手がテロリストである以上、その可能性は確実に存在する」

 

 いくら魔法の技能に優れた第一高校の生徒であるとはいえ。あるいは、魔法師という存在が潜在的には戦力とみなされているとはいえ。

 

 ここにいるのは一般の高校生達。軍人や警察官と比べて戦闘に慣れているなどとはけして言えない。

 

 そんな十文字の言葉に、達也は冷静に返す。

 

「当然です。そもそも最初から委員会や部活連の力を借りるつもりはありません」

「ほう。なら1人で行くつもりか?」

 

 十文字の再度の問いかけに今度は達也の表情がわずかに揺らいだ。

 

「本来ならそうしたいところなのですが」

「お供します!」

「あたしも行くわ」

「俺も行くぜ」

 

 すかさず飛び込んできた深雪に達也は苦笑し、続く二人に諦めたように肩を竦める。続いて達也はちらりとアルバの様子を伺うが、当の本人が端末をいじっているのを見て視線をそらした。アルバのことが少しでもわかるかと思ったが、どうやらそううまくはいかないらしい、と。

 

「司波くん、私は罰は自分で受けるわ。それだけのことをしたんだもの。そうじゃないと先に進めない。だから、もし私のためだと言うならやめてちょうだい」

 

 さきんだって達也の述べた建前、つまりは『沙耶香を警察の手にかけない』ために自分たちがブランシュのところへ踏み込むのだという言葉に反応した沙耶香の言葉に、だが。

 

 達也は冷たい瞳を向けた。

 

「壬生先輩のためではありません。自分の生活空間がテロの標的になったんです。俺は、俺と深雪の日常を損なおうとする者はすべて駆除します。コレは、俺にとっての最優先事項です」

 

 淡々とした達也の言葉に誰もが返す言葉を持たぬ中、端末をいじりながら話を聞いていたアルバは興味を持った。

 

(達也にとっての深雪は、()だ? 伴侶、愛し子、いや、半身。そのいずれも違うのだろうがそちらのほうが相応しく思える。いずれにしろ大切に思っているというのは間違い無い。兄妹とは、それほどに親しいものだったか?)

 

 アルバの知っている兄弟の大半が、王族であったり貴族であったりと兄弟間で主導権争いをするようなものたちなのでアルバの認識が歪んでいるのはさもありなんといったところだが、たしかに達也と深雪の関係性に目をつけるのはおかしなことではない。

 

 何せ二人の中は、普通の兄妹起こりうる関係性ではないのだ。それをアルバは知らないが、知らないながらに普段の行動や今の言動から垣間見える二人の関係性に疑問をいだいたのである。

 

「しかしお兄様、どうやってブランシュの拠点を突き止めますか? 壬生先輩も司先輩もそういった情報は知らされていないと思いますが」

「そうだね。だから、わからないことは知っている人に聞けばいいさ」

 

 そう言って達也は、皆-アルバが見守る中部屋の入り口へと向かった。達也の行動を視界の端に捉えたアルバは、その先になんとなく視線をひろげ、そこに1人の人物がいることに気づく。

 

 達也が開けた扉の先。そこには、1人の女性職員が立っていた。




早いテンポでの投稿をしていきたいので、ぜひとも金銭的な支援をお願いします。
月200円から応援できるので、是非お願いします。応援は生活費に返させていただきます。頑張って書きます
下記URLからアクセス出来ます。

ファンボックス
https://amanohoshikuzu.fanbox.cc/
ファンティア
https://fantia.jp/fanclubs/337667

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。