事件の後始末は、十師族の十文字家という家をもつ克人が引き受けた。その情報をアルバが聞いたのは、事件から3日後に家を訪ねてきた八雲からだった。忍の系譜をひく八雲であるからか、達也たちに気づかれることなくテロリストのアジトへの攻撃を監視していたらしい。
聞いた詳細では、硬化させた車で敷地の正面から突撃、その後エリカ、レオが車を確保している間に達也と深雪が正面から、克人と出発前に合流した桐原が裏から侵入。魔法でテロリストを無力化しつつ、テロリストのリーダーを捕らえたようだ。詳細は教えて貰えなかったが、敵を凍らせたり高周波ブレードで斬ったりと穏やかな制圧にはならなかったと説明された。
その行為が、一般的に言えば良くて過剰防衛という行き過ぎた防衛として罰せられる行為であり、悪くすれば傷害や殺人未遂、そして魔法の無免許使用など法によって罰せられる行為だというのも。
そしてそんな法で罰せられる可能性のあった彼らに司法の手は伸びなかった、ということも。
「十師族、とはそういう存在なのか」
「そういうわけでも、無いんだけどね」
アルバの問いかけに、八雲はピシャリと頭を叩きながら説明する。
「権力というのは、時として司法の上をいくものだ」
今現在の社会において、十師族の権勢は司法当局を凌駕する。
その理由も八雲は説明した。
現代魔法の才能が、先天的な資質に左右されるということ。そして、その先天的な資質を血縁、血統、遺伝子によって強化することが企図され、全てとは言わないが成功した。
そして生まれたのが十師族という、日本の魔法界に君臨し魔法界の外にも権勢を伸ばす集団だ。
その歴史はわずか一世紀に満たないが人にとっては十分に長い時間で、十師族の権勢はもはや揺るがぬものと言っても過言ではない。十師族同士の力関係はまだまだ流動的ではあるものの、十師族同様に血縁による強化を重ねてきた百家からみ見てもその格の差は歴然のものである。
そしてそんな十師族は、過去の権力者達とは違って歴史の表舞台には絶対に立たない。そもそものあり方として今の世界情勢における魔法師というのは魔法という力を用いて国を守る兵士であり、治安を守る警官であり、社会を動かす行政官であり、けして高き高みに立つものではない。
だが、その力は権力を持たないものとしては大きすぎる。結果として十師族は表で振るう権力ではなく、裏でわがままを通すための不可侵とも言える権勢を手にした。それが一個人一個人の力を現場で発揮する必要のあるこの国の魔法師が選んだ道だ。
「つまり、立場として得られる権力ではなく、存在として得られる権力を持っている、ということか」
「そういうことだね。だから今回も克人君が手を回したことで普通の警察の介入できる事件では無くなった。少なくとも工場での戦闘においてはね」
とかく、人の世は複雑で興味深い。アルバは改めてそう思う。
八雲から聞いた話とは別に、学校側の今回の事件に対するスタンスも、真由美達から聞いた。事件の後、なにかを知っていた遥は長期出張の扱い–––誰も信じていなかったが–––その建前で学校を留守にしている。
また、学校への攻撃があった際に達也たちが対処に向かった図書館の件も、図書館への侵入は盗まれた鍵ではなく扉の破壊によってなされたとされた。真由美の説明では、学校が鍵を盗まれるというのは、鍵管理の不始末にしろそもそものセキュリティにしろ大きな問題であり、学校側としては追求されると困ったことになる、真由美はそう表現をしていた。
結果として学校側は生徒に鍵を盗まれたという事実を隠蔽し、更に図書館への侵入に第一高校の生徒が参加していたという事実すらも隠蔽して、そもそも第一高校の生徒はスパイ行為には手を染めていないことになった。
合理的に考えれば、全ての不始末を最短で改善し、罰則があるなら罰則を与えるのが当然の帰結だ。だが、人はそれを嫌った。手間か、保身か、憐憫か、あるいはそれ以外のなにかか。いずれにしろ、様々な原因によって正道と異なる選択がされた。
他の顛末としては、洗脳下にあったもののスパイ未遂という犯罪を犯していた紗耶香は、前述の事情もあって無罪となり、取り押さえられた際の骨折もあってしばらく入院することになった。主な原因は洗脳、魔法用語ではマインドコントロール、などとも呼ばれるらしいそれの経過観察でもあったが。アルバも入院中に一度、達也たちに誘われてお見舞いに行っていた。
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そして、入学から続いた騒がしい日々が終わりを迎えて5月になる。
「アルバ、お昼行かない?」
「行こう」
授業が終わり、誘ってくれたほのかと雫とともに食堂に向かう。
「そう言えば、今日はまだ深雪を見かけていないが何かあったのか?」
「今更!?」
学校生活一月を迎えて。1人で学習していたときとは遥かに異なる量の日常的な言語にさらされ、アルバの口調もかなりましになった。もっとも、突拍子もない事を言い出すのはあまり変わらないが。口調が変わってもそれを発している思考はなかなか変わらないものだ。
「もう、今日はお見舞いに行くから休みだって言ってたでしょ?」
「……ああ、そうだったな」
「アルバ、忘れっぽい?」
「すぐ思い当たらなかっただけだ」
そう言えばと、アルバも誘われていたのを思い出した。誘われたが、断ったのだ。今日達也と深雪は、午前中の授業を休講して紗耶香の退院祝いに行っている。授業を休んでも問題ないというのは、アルバにとって新しい知見だった。
アルバが断ったのには理由がある。自身がお見舞い、お祝いの意味を理解できなかった、というのは昔の話で、今は一応文字面上の意義は知っている。理解しているかはさておき。
では何故行かなかったかと言えばお見舞いに達也、深雪とともに行ったときに、紗耶香が達也に好意を抱いているように思えたからだ。そのときはそれが好意である、とアルバには理解出来なかったがアルバが興味深い、好きだと感じるそれにある種似通うところがある、かもしれないというのは話を聞いた八雲の言だった。
人の関係には、仲が良い友人、のその先が稀にある。それが恋仲、恋愛、などというのも八雲とネットの情報から得た。そしてアルバは達也に向ける紗耶香の視線がそれではないか、と思いあえてそこに自分が参加するべきではないと思ったのだ。いくら人の感情が興味深いとは言え心の深いところに根付くという恋愛に踏み込むべきではないと今のアルバは知っている。
ついでに言えば、あのとき保健室で放った言葉によって紗耶香に苦手意識をだかれている、というのは一度目のお見舞いで理解したので、嫌いなものを近づけることも無いとやめておいたのである。
先日の騒動。色々な感情を、人を知ったが同時にアルバは、己の中にもまた人と同じように嫌いという嫌悪感、不快感とも少し違う合理的に、あるいは目的を達成するために認められないのではなく心が認められない、認めたくないものがあるのだということを知ったのだ。
魔法による洗脳マインドコントロールは、人の心の動き、感情、人というものを知りたいアルバにとっては邪魔なものであり、そういう意味では否定するものだが同時に、アルバという個として自分が興味を持って。言い換えるならば、
嫌悪し、憎む。そう気づいた。
気づいて、そして何をすることもない。人の感情を理解して得た感情か、あるいは心の底に眠っていたものか。その違いは些細なことで。アルバにとっては、新しく人との関わりで得られたそれもまた大切にしたいものなのだ。だから感情を表現するし、嫌いなものなら止めるか、排除するかということもあるだろう。だがその前に、まずはその感情を己の中で味わいたい。アルバはそう思っている。
最も、アルバが嫌う、と理解している物事は今のところは心を術によって歪める洗脳だけで、次点となりうる長い時間をかけてするそれに対して自分がどう思うかというのはアルバ自身も理解していないが。
「午後一番は体育だよね。はあ、頑張らないとなあ」
「うん。九校戦には、体を使う競技もある」
先を行く2人が、午後の授業について会話している。
穏やかな日々というのは、こういう日のことを言うのだろう。いつかは崩れる光景だ。それは日が経てば歳を取る、とか皆それぞれの道に進んでいく、とかそういう意味でもあるが。
明確なタイムリミットが数年のうちに訪れることを知っているアルバからすれば。今のこの日々はとても貴重で、だからこそ守りたいものなのだと。
「アルバ、どうしたの?」
「……いや、何でも無い」
わずかに遅れたアルバに、雫が振り返って声をかける。わずかに首を振って、アルバ彼女らの後を追った。
入学編は終了
次は九校戦編がある程度書けるまでお待ち下さい。