「アルバさーん!」
第一高校での生活二日目。朝早くに登校したアルバは、ちょうど校門の前で後ろから声をかけられる。後ろを振り向くと、昨日知り合ったほのかと雫の2人が駆け足でアルバに近づいてきていた。
「おはよう、アルバさん」
「おはよう」
「おはよ、う?」
2人の言葉に一瞬戸惑ったものの、それがこの国における朝の挨拶であったことをアルバは思い出す。昨日八雲から押し付けられた書籍の中にその情報が書いてあったはずだ。確か題名は、『みんなもあいさつできるかな?』という薄い大型の本だったように思う。
そのまま3人で教室へ向かう間、先日帰ったアルバとは違ってホームルームでクラスメイトと顔を合わせていたほのかと雫がそのことについて話してくれる。
「あ、そうそう、同じクラスに深雪もいたんだよ! ほら、あの新入生総代だった子」
「ああ、俺も昨日帰る前少しだけ顔を合わせた」
アルバの再度の敬語はいらないという要請に、ほのかは若干つまりつつも敬語を抜きで話してくれるようになった。
「あ、そうなんだ。でもなんで? アルバ、昨日ホームルーム来てなかったよね?」
「帰ろうと廊下を歩いていたら生徒会長に呼び止められた。そこで紹介をされて、互いに名前を名乗ったぐらいだ」
「せ、生徒会長!? なんで!?」
「アルバは、生徒会長と知り合い?」
「いや……どうも俺も首席ということで首席同士丁度いいから顔合わせをということだったらしい」
「しゅ、首席? 深雪が?」
「俺もだ」
「アルバも? 2人?」
「そういうこともあるらしい」
そんな雑談をしている間に教室へと到着する。今日の午前中の日程は主にガイダンスとそれに合わせて履修登録であり、特に履修登録を先に終えておけばガイダンス中は自由に行動ができるので都合が良いのだが、そんなことは気にならないとばかりに雫とほのかはアルバに詰め寄る。
「アルバが首席ってどういうこと!?」
「ほのか、声大きい」
「あ、ご、ごめん! でも気になるよ」
「それは私も」
ほのかの大声にクラスメイトの視線が集まってくるのを感じた雫が注意したことで多少声量はおさまったものの、2人の勢いは止まらない。
「いや、俺にも理屈はわからないが……どうやらそういうことになっているらしい」
「らしい、って」
「他人事」
「取り敢えず受かれば十分と考えていたからな。あまりそのあたりは、気にする余裕が無かった」
実際魔法に関する基礎的な知識から頭に叩き込み始めたのが目覚めて数日経った頃であり、その時点で受験までの期日は半年を切っていた。更にその上で学ばなければならなかったのは魔法に関する知識だけでなく、現代文明の歴史や数学等基礎的なものから、物理学、量子力学など多岐に渡る専門分野の知識。入試に限って言えば後者はあまり必要ではなかったのだが、アルバの純粋な知識欲によるものだ。
人類200万年の科学と、それには劣るものの密度の濃い魔法。いくら頭の出来が物理的に人とは違うとはいえ、それだけの知識をある程度の水準まで半年で脳みそに押し込むというのはアルバにもかなり骨の折れる作業だったのだ。
更に言えば無駄な好奇心が走ってしまうことも多々あり、例えば化学に関して疑問があれば八雲の門人の助けを借りて材料を買ってきては実験を行い。そして生じた疑問はまた別のところで解決したりあるいは専門書では飽き足らず最新の論文を読んでみたり。さらにはそれらを龍達の力に当てはめて思索を行ったり。
むしろこうした学習に付随する活動の方が時間をとっていたりするのだが、それでもなんとか入試までに知識を詰め込み終え、そして魔法も最低限自分でコードを書き上げてCADを通して使えるようになり。
そうして迎えたのが入試だ。さすがのアルバとしても受かって万々歳と言ったところである。
そんなことを正体を明かしていない相手に話すわけにもいかないので、とにかく合格できるか心配で努力していたら『運良く』高得点になっていた、という言い訳じみた話をしていると、3人のところに別の生徒がやってくる。
「おはよう、雫、ほのか。トリオンさんもおはようございます」
「おはよう深雪!」
「おはよう」
「おはよう。アルバと呼んでくれ。そっちで呼ばれるのは慣れていない。それと敬語も」
ほのかに言ったのも含めてもはや定型句になりそうなアルバの言葉を聞いた深雪は、何故かクスリと笑いをこぼす。
「どうしたの?」
「昨日お兄様から聞いたとおりの人だなと思ったの。改めてよろしくね、アルバさん」
「お兄様? 深雪お兄さんがいるの?」
深雪の兄は、昨日アルバが知り合った、というか一方的な依頼をした達也である。同じ首席合格者としてアルバのことが多少気になった深雪は、兄からアルバとの関わりを聞いていたのだ。主に『変な人物』だと。良い意味でも悪い意味でも。ただ、兄を
「ええ。お兄様の方が私よりも早く知り合っていたみたいなのだけど、その――――」
目の前で自分のした行動を改めて聞かされると、やはり色々と理解が及んでいない部分があると再確認させられる。特に漢字を読み間違えたことなどは昨日八雲に爆笑された。その際八雲が爆笑しているのは2つのことに対してだったのだが、それを知らないアルバは完全に自分の漢字に対する勘違いを笑われたと思っていた。
「アルバ、なんで初対面の人にそんな話しかけ方したの?」
雫に話を振られて、アルバは昨日達也には部分的にしか説明していなかったことを説明する。
「読書や思考に集中していると時間が経つのを忘れてしまう。加えて少し暇があるとすぐに考え込む癖もある。誰かに教えてもらわなければ、おそらく入学式に参加できないだろうと考えたのだ」
「それって、集中しすぎじゃない?」
「そう思うのだがな。うまく調整が出来ない。そうならないようにと昨日は式の始まる2時間前には到着して会場に入ったのだが、追い出されてしまった」
「開場時間って30分前だったはずじゃあ……」
「そうね。案内状に開場時間も書いていたわ」
「確認していなかった」
そこでアルバは、そう言えばと、昨日の朝見た光景を思い出す。
「そうだ。朝深雪と達也が揉めているのも見たぞ」
「え!?」
アルバの言葉に、今度は深雪が動揺を示す。兄に詰め寄っている場面を見られていた。まずいことを口走りそうになったときには兄が止めてくれたが、それでも普段の淑女然とした自分の振る舞いとは少々、どころではなくかなり、かけ離れている。
「何で揉めてたの?」
「あ、ちょっとほのか!」
珍しく慌てた様子を見せた深雪に、アルバもそれ以上は語るまいと、耳に入っていた
「すぐ通り過ぎたので聞きとれなかったな」
そう言うアルバに、深雪は明らかにほっとした様子を見せた。
******
ガイダンスも終わり、その後は専門課程の授業の見学の時間となっている。今後それぞれの専門課程を学んでいくことになる新入生に、3年生の授業の風景を見せることで専門課程がどんなものかを体験させようとしているのだ。
ガイダンスが終わると同時、アルバは席を立ち、先程確認しておいた校舎の地図を頼りに工房へと向かおうとしていた。
何故魔法の演習などではなく工房の見学に行こうとしているのか。それは、アルバがCADというツールについて興味を持っているからである。
「あ、ちょっとアルバ! 待ってよ」
「む?」
教室を出ようとしていたアルバは、後ろからかけられた声にそちらを振り向く。声をかけてきたのはほのかだ。隣には雫と深雪も集まっており、これから3人で専門課程の授業を見て回ろうというのが見て取れる。
「どうした?」
「どうした、って……」
冷たいようにも思えるアルバの返答に、ほのかが言葉を失う。その言葉を補うように雫が続きを口にした。
「一緒に見学回らない?」
ここでようやくアルバは、自分が3人をおいて出ていこうとした、という形になっていることに気づく。いや、目的地が彼女らと違うであろうことを考えれば結局はそうなるのだが、ある程度の交流がある以上先に自分の行動を告げておくべきだったのだ。彼女らが自分を誘ってくれることまで考えて。
「すまない。俺は工房に行ってみたいので1人で行こうとしていた。何も言わずに行こうとしてすまない」
「あ、そうなんだ……」
「工房ということは魔工師志望?」
そこからアルバが答えようとしたところで、深雪が話を遮る。
「話すなら一緒に向かいながら話しませんか? アルバさんも是非途中まででも」
「それもそうだね。途中まで一緒に行こう、アルバ」
「……では、よろしく頼む」
何をよろしくするのかと突っ込みたくなる3人だったが、この少し奇妙にも思える話し方がアルバの通常なのだと短い付き合いの中で3人は気づき始めていた。
そのまま4人は連れ立って教室を出る。そんな中でクラスメイトからの様々な注目を集めているということにアルバは気づきつつも、その中身にまでは気づいていなかった。
******
「それで、俺が魔工師志望、だったか?」
廊下に出てあるき始めたアルバは、他の3人へと質問の内容を確認する。
「そう」
「でも、アルバ首席だよね? 魔法師を目指したら凄くなれそうなのに」
「ええ……私も少し、もったいないと思います」
この第一高校というのは、複数ある魔法科高校の中でも特に難関で知られている学校である。当然そこにやってくるのは魔法力の高い生徒ばかりであり。そんな中で首席を取っているアルバは、当然ながらその魔法の素質が相当に高いことを示している。
一科生に魔工師志望がいることは多々あれど、アルバほどの素質を持つ者が積極的に魔工師を目指すことはあまり無いことなのだ。有り体に言ってしまえば、才能の無駄遣いとなりかねない。
「別に魔工師を目指すというわけではないのだがな」
「え? そうなの?」
「ああ。ただせめて自分のCADぐらいは整備できる知識や技術を身に着けたり、起動式を自分で書けるぐらいの技量は持っておきたいと思っているだけだ」
アルバの言葉に、3人は目を丸くする。その程度のこと、とアルバは言っているそれは。普通の魔法師ならばまず出来ない。それこそエンジニアの。魔工師のやることである。
「それを魔工師っていうんじゃあ……?」
「む、そうなのか? だが、自分で使うだけでそれを仕事とするつもりは無い、ということだぞ? あくまで1つの技術として興味があるだけだ」
「じゃあ魔工師ではない、のかな?」
「普通はそんなことはしないと思いますよ」
それこそお兄様のように、と深雪だけは、誰よりも強い魔法師で、誰よりも優秀な技術者である兄、達也のことを思い浮かべていたが、それを口にすることはなかった。
作者の魔法科高校の劣等生の魔法関係の疑問について応えてくださる方、
https://twitter.com/amamasa_nizi
このアカウントに連絡欲しいです。
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目立つシーン(校門前とか九校戦とか)以外は省略するべきか悩みましたが、せっかく原作が濃い密度で書かれているわけですし、ある程度流れに沿いつつ、アルバの行動を書いていきたいと思います。そうすればアルバの心情とかも書きやすいですし。