Ecole de éX-D   作:三河豊田

10 / 10
先週土曜日の分です。
遅れてしまい、申し訳ありません。

明日、土曜日か……


Sec.4

 ステアを握りしめながら、紗理奈は舌打ちをする。

 

 悪態を吐きたい気持ちをぐっと飲みこみ、ひたすらにBRZを操る。フロントガラスを幾多と打つ滴が、風圧に負けて一条二条と流れていく。額を伝う汗が気持ち悪かった。

 

 激しい雨に負けないよう、レシプロエンジンは雄たけびを上げる。

 

「天気予報に裏切られたな……」

 隣で三栗谷が言う。

 

 確かに、と紗理奈は思う。今朝の天気予報では、きょう一日は絶好の洗濯日和だと、優しい笑みを浮かべる天気予報士が確約していた。こんな、嵐のようなにわか雨が降るなんて聞いていない。

 

 フロントガラス越しの空は、相変わらず青いままだった。その青さは、トンネルの出口から見る青空のように、輝いて見えなくもない。ちょうど頭上に雲があるのだ。いま走っているハイウェイの上空には、きっとアイスクリームみたいな入道雲がいるに違いない、と妙な確信があった。生憎と、BRZのステアを握る紗理奈としては確認する余裕はないが。

 

 雨は、まるでスコールのようだった。テレビの画面越しに見た、南国の人々が豪雨の中を雨宿りしている姿が脳裏をよぎる。雨という雨は、木々の葉を残さずそぎ取ってやろうと決めているかのように、地面を目指して一目散に落ちていく。いま見える雨は、それによく似ていた。

 

「これも温暖化の影響かな」

 

 三栗谷が悠長なことを言う。彼の手元では、情報端末が暴走するAIカーの情報を次々と流していた。

 曰く――Commuter00。ゴーグルモーター製。九九年型。車両重量:九一六kg。出力約五八・八キロワット。馬力換算:八〇馬力。速度:九〇キロで走行中。

 

「ごめん、ちょっと黙ってて。気が散る」

 

 三栗谷が肩をすくめる気配がしたが、紗理奈には、いま彼にかまっているだけの余裕はなかった。

 

 まるで氷の上を走っているようだった。

 

 路面を水が覆っている。膜を張っているといったほうがいいかもしれない。ハイウェイが本来持つ水はけの能力を上回る降雨だった。そしてBRZのスピードメータは一○〇を示している。先ほどから、ステアから伝わるBRZの挙動は、敏感そのものだった。

 

 きょうは晴れ。天気予報士はたぶんそう思ってただろうし、紗理奈もアリスも小早川も、そして基地の整備員たちも、みんなきょうは晴れだって信じていた。だから、紗理奈が操るBRZも、スリックタイヤに近いドライ用のタイヤを履いていた。グリップ力を上げるために、サイピング(排水用の溝)が異様に少ない。路面状況がドライなら、ねっとりと、まるで路面に吸着するようなタイヤだった。しかし、雨の中ではそうではない。サイピングがないため、水はけが悪い。ハイドロプレーニング現象を起こしやすい、つまり雨にものすごく弱いタイヤだった。

 

 長い直線コースだった。それでも、ステアは紗理奈のちょっとした機微を正確に読み取り、いかんなく駆動系がそれを再現する。水の膜の上を走っているようなものである。ちょっとしたミスが命取りになりやすい。

 

 先ほどから、アリスの声を聞いていなかった。アリスも必死なのかもしれない。

 

「アリスちゃん、大丈夫?」

 

 紗理奈のそれは、半ば自身に向けた言葉でもあった。

 

『ええ。これぐらい、どうってことありません、わ!』

 アリスのMINIが、横に触れる。すぐさま態勢を立て直し、直進。

『ええ、どうってことありませんわ』

 

『お前ら、気をつけろよ。いくら第五段階に受かったとはいえ、こんなスコールみたいな中を走るのは初めてだろう?』

 

「意外です」紗理奈は思わず口にする。「小早川さんがそんなこと言うなんて」

 

『あー。君が俺のことをどう思ってるのか知らないけどね、一応これでも、俺、この場の監督者だから』

「それもそうですね」

 

 紗理奈は、そんな会話の中で、固まった気持ちが、すっと溶けていくのを感じた。肩に入る余計な力が抜け、心地よい緊張感が身体を包んだ。

 

 全身を包むBRZの振動に、高揚していく気分を覚えた。

 

『それにしても、晴れているのに雨なんて、なんだか不思議な気持ちですわ』

『狐の嫁入りってやつか』

『なんですの、それ?』

『あー、えーと。なんだ、その』

「サン・シャワー。あるいはモンキーズ・バースデーかな」

 

 助手席の三栗谷が応える。

 

『なるほど。日本(ジャパン)では、晴れの時に降る雨をキツネノヨメイリというのですね』

 

 そんな会話をしていると。

 

 見えた。

 

 先行する暴走AIカーが、煙る雨の向こう側にぼんやりと見て取ることができた。

 最近の流行りを反映した流線形のボディは、滑らかに豪雨の中を切り込んでいくようだった。ほとんど水の中、と言ってもいい路面状況にあって、暴走AIカーは蛇行することなくまっすぐにハイウェイを走っている。

 

『目標確認。フォーメーションBで行こう』

 

 小早川の声がした。

 

「ちょっと待ってください」とは三栗谷。「なるべく、生の情報がほしい。スモークマインやセンサーを無力化する前に、データがほしいんだ」

『無茶を言う。この天候だぞ』

 

「大丈夫ですよ」

 

 あっけらかんとして三栗谷は言う。エクスドライバーなら大丈夫ですよ、と。

 

 先ほど乗り気だった小早川のことだ。エクスドライバーを信頼してます、みたいなおだてられ方をすれば、しかたねーなーやってやるかー、とまんざらでもない応えがかってくるものと、紗理奈は思った。

 

 雨音と排気音が、やたら大きく聞こえる。

 

『しかし、この天候だ。無理はできない』

 

 小早川の返答に、紗理奈は意外な気がした。

 

『スモークマインなんかで、そのデータはダメになってしまうのか?』

「いえ、そういうわけではないんですが……」

 

 三栗谷も、小早川がこんな返しをするとは思ってもみなかったのだろう。何とも歯切れの悪い応え方だ。

 

「しかしノイズクリーニングのことを考えると、ですね」

『現場の判断は俺がする。万全を期して、フォーメーションはBだ』

 

「いいじゃないですか」

 

 紗理奈のそんな言葉に、三栗谷は怪訝そうな顔を向けた。それに何より、言った本人が一番びっくりしていた。けれども、考えている暇はなく、紗理奈は次々に言葉を紡ぐ。

 

「あたしならできますよ。きっと」

 

 沈黙があった。

 

 その間にも、どんどん暴走AIカーとの距離が縮まる。

 

『わかった。無理はするな。ダメだと思ったら、すぐに俺たちがフォローに入る』

 

 できますって。

 

 軽口を返す。紗理奈は思い切りペダルをべた踏みする。二三、BRZの頭が降られ、獲物を前にした猛禽類のように、加速した。

 

 額の汗が気持ち悪い。

 

 嘘をつかれた天気予報に、何を知っているのか知らないが勝手に話を進める三栗谷に、いつもの剽軽はどこ吹く風とまさにリーダーのようなことを言う小早川に、なんだかよくわからない苛立ちを感じた。

 

 紗理奈の気分を代弁するかのように、排気音が雨の中を木霊した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。