Ecole de éX-D   作:三河豊田

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Sec.5

 紗理奈は、窓外を流れ飛ぶ給電所に、一台のクルマが止まっているのが見えた。

 

 AIカーにしては独特な黄色いオープンカーが、墓石みたいなスタンドに横付けされている。無精ひげをはやした男が、男の腕ほどもありそうなケーブルを手に取り、貯めつ眇めつ見ていた。

 

 一瞬の出来事だった。どこか気になる光景であったが、今は暴走AIカーを停車させることが先決だと、紗理奈は男の姿を脳内から追い払った。

 

 地図を確認すると、この先に給電所は見当たらない。さっきのが最後の給電所だった。

 

 紗理奈は思案する。このまま暴走AIカーの電源がなくなるのを待ってもいい。そのほうが確実に暴走AIカーを停車に追い込める。

 

 しかし。

 

 地図をもう一度見る。この先、山腹にへばりつくようなつづら折の道が続く。

 

 車窓はだんだんと緑が増えてきて、道の勾配も増えつつある。ハイウェイ122はそのまま山へと通じていた。

 

 赤錆の浮く道路標識が飛んでいった。旧世紀から撤去されずに残ったものだった。矢印が蛇のようにうねっている標識だった。

 

 紗理奈はギュッとステアを握り直した。

 

「待ってて茉莉。すぐ止めてあげる……」

 

 暴走AIカーに乗っている茉莉は、紗理奈の友人にしてエクスドライバー教習所の教習生だ。

 

 けれども、いくらエクスドライバー教習所(エコール・デュ・エクスドライバー)の教習生といっても、自分自身でステアを握っているわけではない。主導権(イニシアティブ)は完全にクルマに奪われているのだ。そのストレスは相当だろう。それに茉莉はまだ第二段階だ。第三段階、ましてや第四段階のパワースライドやテールスライドなどの技能走行(マニューバ)は行っていないはずだ。

 

 それにアリスのこともある。

 

 ただでは置かない。

 紗理奈は改めて、暴走AIカーに敵意を向けた。

 

 幅員が減少し始めた。先程から中央分離帯は、堅牢なコンクリート製から頼りないゴムポール製となり、やがて中央線だけとなっていた。

 

 紗理奈をBRZの四気筒水平対向型エンジンのあげる排気音だけが包む。未だにアリスのMINIが追いついてくる気配はなかった。

 

『サリナ、いまどちらにいて?』

 

 アリスの柔らかい声が耳朶を打った。

 

「アリスちゃん」紗理奈の嬉しさと驚きと安堵をブレンドした声音はインカムに飛びついた。「大丈夫なの?」

 

『ええ、なんとか。走れてよ』

 

「よかった」

 

 斜度がすこしきつくなってきた。ギアを一つ落とす。回転計は6000後半をマーク。

 

『それでサリナ、あなたは今どちらにいて?』

 

「あれからずっと、道なりに走って、いま山道へ入るところ」

 

『わかりました。すぐに追いつきますわ』

 

 BRZの排気音の奥底に、幽かに別のエンジンが上げる息吹が聞こえてきた。レシプロエンジンの上げる、排気音だ。

 

 アリスが来たのだろうか。「すぐ」というにはものすごく「すぐ」すぎる。半ば驚いた様子で、紗理奈はちらりとルームミラーを見る。

 

 後背から近づいてくる一台のクルマがあった。

 

 ツーシーターのオープンタイプ。カラーはイエロー。先ほど、給電所で止まっていたクルマだった。

 

 教習所では見たことがなかった。もちろんMINIではない。紗理奈は左手で端末を操作する。追従するガソリンカーのトランスポンダの内容が、すぐさま画面に表示される。

 

 ランボルギーニ・ガヤルド。オープントップタイプ。直線的でどこか未来を感じさせるクルマだった。

 

 エクスドライバーのネットワークに登録されているガソリンカーは、紛れもなく、エクスドライバーが運転していることを示していた。

 本職のエクスドライバーだ。嫌な汗が紗理奈の背筋を伝うのを感じた。

 

『あーあー。テステス』

 

 紗理奈のインカムから知らない男の声がした。ハスキーな声だった。

 

 まずい、非常にまずい。紗理奈は心中に焦った。冷静に考えてみれば今の自分は、本職のエクスドライバーの監督なしに、公道を走っている身である。

 

 黄色いオープンカーとの距離はまだある。かくなる上は、BRZで暴走AIカーに体当たりを決め込み、逃げようか。ダメだ、それでは茉莉に傷を負わせてしまうかもしれない。

 

『あー、うんッ!』咳払いを一つ。『遅れて悪かったな、お嬢ちゃんがた』

 

「え、あの……」

 

『あ、そうか。知らんよな。俺は、嬢ちゃんたちを迎えに来たエクスドライバーの小早川宗一郎だ。所属はエクスドライバー名古屋管区車両基地、管制は名古屋管区。ナンバーJAN01886。好きなクルマはガヤルド。特に黄色いやつだ。なかなか活かすだろ? ちなみに好きなタイプの女の子は――』

 

「ストップ! ストッッップ!」

 

 ステアを右に切る。左の車窓を青々とした谷間が流れていく。ガヤルドはぴったりとBRZのお尻について、カーブを曲がり切る。

 

『どったの?』

 

 勝手に公道を走ったお咎めや、どうして遅刻したのかなどなど、疑問が脳裏をよぎる。だが今は一刻も早く暴走AIカーを止めたかった。数瞬の葛藤のあと、紗理奈はそれらを一旦脇に置いやることにした。

 

「いえ、なんでもありません」

 

『まあいいや。今から俺が指揮とるから』

 

 紗理奈としては、特に反対する理由もない。インカムの向こうのアリスも同様のようだった。

 

『状況を確認するぞ。GPSは無効化してるんだよな』

 

『ええ』とわずかに戸惑った様子のアリス。『センサーはまだですわ』

 

『センサー封じる前に暴れだした?』

 

『ええ……』

 

 アリスの声には、先ほどよりも覇気が感じられなかった。

 

『たまにいるんだよねー、そういうの。走り屋気取って改造して、挙げ句の果てに手懐けられなくなっちゃうの』

 

「いえ、普通のAIカーです」

 

『え? そうなの?』

 

『ええ。わたくしたちが見た限り、どこかを改造しているようには見えませんでした』

 

「登録IDも、公共交通車(シティシェアカー)のものです』

 

『うわぁ、めんどくさそう……』

 

 背後のガヤルドの車速が、わずかに落ちた気がした。

 

「指示をお願いします」

 

 紗理奈はインカムに向かって言った。

 

『はぁ……。はいよ。まあ、とりあえずヤツは乗員保護プログラムが働いてないようだな。センサーを潰すだけでも厄介だなぁ。嫌だよ、ぼかぁ。ガヤルドちゃんに傷をつけるような真似はしたくないな』

 

 ため息をひとつついて、小早川は続ける。

 

『とりあえず、遅れてる――MINIの方は、給電所がその先にあるはずだから、その手前でクルマを横付けして道を塞いじゃって』

 

『わかりましたわ』

 

『先行のBRZは、と。二つ目のカーブを曲がると、500メートルの直線だ。そこまでにヤツの頭を抑えてくれ。なるべくうんと距離をとって、ね』

 

 カーブが目前に迫る。

 

「わかりました」

 

 ステアを左に切る。少し切りすぎたようで、BRZは左に流れてしまった。紗理奈はアクセルを戻す。回転数は6000を下回らないようにキープ。登攀(とうはん)抵抗を利用して速度を僅かに落とし、曲がり切るとアクセルを踏み、速度を回復する。

 

 ジリジリと暴走AIカーに近づく。そのまま暴走AIカーの左にBRZをつけた。ようやく追いついたを思ったら、次のカーブが来た。

 

 右カーブ。ステアを右に切る。左は断崖絶壁。アンダーステアでBRZと暴走AIカーとの車間が短くなる。僅かに、右サイドミラーが暴走AIカーに触れた。ステアを左に切ることもできず、かといってこれ以上右に切るわけにもいかず、アクセルも戻せない。ここはBRZの性能を信じるしかない。

 

 カーブの終わり、アクセルをさらに踏み込み、BRZを暴走AIカーの前に出た。直線コース。紗理奈はルームミラーを注視して暴走AIカーの挙動に神経を尖らせる。ステアを切り、暴走AIカーの進路上にBRZをのせる。

 

「次は!?」

 

『そのままテールスライド。道を塞いじゃって』

 

 なッ。紗理奈は息を飲んだ。そんなことしてBRZに暴走AIカーをぶつける気なのだろうか。

 

 しかし反論の余裕はなかった。瞬時に、紗理奈の脳は、BRZをそのように操っていた。

 

 クラッチを踏み、ブレーキを踏み込む。と同時にステアを右いっぱいに切る。リアのトラクションが失われ、BRZはお尻から回転した。路面に黒い跡が残る。そのままBRZを横に向けて停車した。

 

「ちょっと、小早川さん!」

 

 停車早々、紗理奈はインカムに向かって叫んだ。

 

 暴走AIカーが紗理奈に迫ってくる。

 

『そのまま!』

 

 紗理奈は目を瞑ることもできずに、ただ迫り来る暴走AIカーの、モノアイを見つめていた。

 

 ぶつかる――。

 

 そう身を固めた刹那。

 

 暴走AIカーは、くんと前のめりになると、派手にスキール音を撒き散らし、お尻を振った。そのままヨー方向に急速に回転し、気がつくと、小早川の黄色いオープンカーへ向かって走っていった。

 黄色いオープンカーも、白煙を立てながら軽やかに転進する。そのまま暴走AIカーの頭を抑えて走り去った。

 

『ついてこい!』

 

「は? はい!」

 

 半クラッチ、セカンド、サードとギアを乱暴にあげ、BRZも走り去る暴走AIカーの後ろを追った。

 

『ナイスドライビング』

 

 小早川の軽口が聞こえた。

 

「衝突するんじゃないかって、心配でした」

 

 避難がましく、紗理奈は小早川に言った。

 

『まあまあ。AIカーは衝突することはないよ。あいつらの本能みたいなものかな?』

 

「なんですか、それ?」

 

『AIカーの自律走行を司ってるのは、AIだ。しかし、AIが判断するのは、どう走行するか、であって、どうクルマを操るか、じゃぁない。クルマの操り方は、AIよりも低級な、AIカーのプログラム構造体でも下部の構造が支えてるんだよ。つまりそーゆーこと』

 

「はぁ……」

 

 なんともわかったような、わからないような、そんな気持ちになる。小早川は、紗理奈が納得していないことを悟ると『いや、うちの整備のマツモトの受け入りだから、俺もよくわからないんだけどね。あはははは』とそれ以上の質問を封じた。

 

 だんだんと緑が開けてくる。眼前に、市街地へと伸びた一本の道が見える。

 

「市街地に戻ってどうするんですか?」

 

『いいからいいから。合図を出したら、そのままやつのケツにかましてやってくれ』

 

 なんとも釈然としない思いを抱えたまま、紗理奈はガヤルドのあとに続いた。やがて、市街地が眼前に広がる。壮観だった。

 

 赤錆た道路標識が車窓を飛ぶ。

 

 スピードメータは120キロ。中央線に区切られた反対車線に、赤いMINIが小さく見えた。

 

『そろそろ仕上げだ。諸君。派手に行こう』

 

 ガヤルドの排気音が高まる。暴走AIカーとの車間が開いていく。

 

 突然。

 

 アリスのMINIがあるあたりで、ガヤルドはテールスライド。そのまま暴走AIカーの進路を塞ぐ。MINIと並んで、ひとつの壁を作っていた。

 

 暴走AIカーはお尻を振る。明らかに挙動不審だった。

 

『いまだ!』

 

 耳元の叫びに半ば驚き、紗理奈はアクセルをベタ踏みする。暴走AIカーの左後部にBRZの鼻先がぶつかった。暴走AIカーはリアのトラクションが失われた。突然のことに驚いたように、暴走AIカーはそのままパワースライドし、ガヤルドとMINIを避ける。

 

 必然と、その先には給電所があった。

 

 余波を受けてスピンするBRZの車内で、紗理奈は見た気がした。

 

 給電用のケーブルが屋根からぶら下がり、スパークを上げているのを。

 

 そのまま、暴走AIカーは、まっすぐ突っ込んでいく。

 

 瞬間。

 

 被覆された絶縁体が剥離し、漏電したケーブルが暴走AIカーのルーフに接触する。凄まじい空電ノイズがインカムから流れる。思わず紗理奈は目を固くつむり、ブレーキを踏み込んでしまった。

 

――ファラデーケージだ。

 

 どこからか、得意げな小早川の声が聞こえた気がした。

 

 次に紗理奈が見たのは、停車した暴走AIカーの姿だった。

 




>ランボルギーニ・ガヤルド
一期の超電磁砲の2クール目OPで、
木山先生がランボルギーニでドリフトしてるのがかっこよくて、
つい……

一話が長い……(書き終わるまでが)
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