四点式シートベルトを外して紗理奈は車外へ飛び出る。
「待ちな」
背後から声をかけられて、紗理奈は振り返った。
開襟シャツをだらしなく着て、無精ひげを生やした男がガヤルドから降りてきた。小早川だ。
「まだ危険だから、ちょっと待ってな」
小早川はそのまま給電所へ足を向けると、屋舎の横に設えられているブレーカーを操作した。スパークをちらしていたケーブルは、途端に静かになった。
紗理奈は停車したワゴンタイプのAIカーに取り付いた。
「茉莉!」
中では、カーテンエアバックが炸裂し、エアー遊具の家の中みたいだった。五人の若い男女が折り重なるようになっていた。扉付近のピラーに寄りかかってうなだれている茉莉を覗き込む。安らかな呼吸を繰り返していた。
「よかった」
紗理奈は独り語ちると、車内を見渡す。全員目立った外傷はなく、気絶しているようだった。
「全員気絶してるのか」
背後から声がかけられ、紗理奈は身を竦ませた。振り返ると、ぬっと車内を覗き込む小早川の長身があった。
「こいつらはそっとしておけ。脳に何らかのダメージがいってるかもしれない」
紗理奈は身の毛もよだつ思いがした。
「とりあえず、先にシティーポリスへ連絡だ」
小早川はそれだけ言うと、ガヤルドへ帰っていってしまう。紗理奈もそのあとに続いた。小早川はバケットシートに収まると、助手席の端末を操作し、二言三言、インカムに向かって短いやり取りをする。インカムを助手席へ放ると、小早川は大きく伸びをした。
「私たちは、どうなるんですか?」
先ほど、一旦脇に追いやった疑問を、今度は取り上げて聞いた。
「さて、なんのことかな?」
「私たち、エクスドライバーの監督なしに、公道を走ってました」
小早川はダッシュボードを開く。中にはタバコ以外に何も入っていなかった。小早川はそのまま、ラッキーストライクを一本口に加えると、車載のシガーライターをくっつけ、紫煙を吐き出した。
「そうだっけ? 俺が嬢ちゃんたちを迎えに行った帰りに、AIカーの暴走が発生した。違うかい?」
紗理奈は驚いて、目を見開いた。エクスドライバーはみんな、とても堅い人なのだと無意識に思っていたのだ。
「なかったことに、するの……?」
「俺も盛大に遅刻したからなぁ。うちのオヤジ――飯塚司令のことだけど、結構な石頭でさ。次、なにか始末書書くようなことになるとさ、俺トイレ掃除させられる上に、一週間ガヤルドに乗せてもらえなくなるの。だから」
「いいんですか、それで」
「いいのいいの。俺はガヤルドに乗れる。君たちは仮免許を剥奪されない。みんなハッピーでいいじゃないか」
ハッピーといえば。
紗理奈はワゴンタイプのAIカーへ顔を向け、小早川に問うた。
「どうして、こんなことをしたんですか?」
ぶら下がって風に揺れるケーブルが見えた。
「こんなことって?」
「普通にセンサーを封じれば良かったんじゃないかなって」
「君たちの力量は未知数だからね。使いモンになるかわからんし、なにより、急いで出たもんだから
呆れて言葉をなくした紗理奈は、そのままMINIの方へ向かった。
「アリスちゃん、大丈夫?」
「ええ、ダイアナも大丈夫ですわ。それより、わたしくし達のライセンスは――」
「大丈夫だって」
「そうですか」アリスは安堵の息を吐いた。「度量の大きいトノガタみたいですわね」
紗理奈は、愛想笑いを返すだけで、それ以上何も言わずに、先ほどまで暴走していたAIカーの寄り添い、シティポリスが来るのを待った。
* * *
『交通課解析室』と銘打たれたジャケットが風で翻る。男は乗ってきたAIカーに背中を預けて、遠目に現場を眺めていた。鑑識の警官が、半壊した屋舎、ひしゃげた支柱やスタンドなど、現場の写真を何枚も撮っていた。
シャッターを切る音を尻目に、救急隊が乗員たちを救急AIカーへと運んでいくのが見える。ちょうど件のAIカーはレッカー用AIカーに牽引されて行ってしまったところだった。
「ちょっと、遅かったかな……」
男は手元のタブレットをフリックする。さっそく鑑識の所見がサーバにアップされていた。男は所見を眺める。
「どのみち、メモリは死んでるか、これ」
男は顔を上げた。
女子高生ぐらいの女の子が、同じ年頃の女の子がストレッチャーで救急AIカーへと運び入れられるのに付き添っていた。友達だろうか。
――よろしくお願いします。
女の子が頭を下げると、救急AIカーはサイレンを鳴らして走り去っていった。
彼女はそのまま、青いBRZの運転席に収まった。
「あの子が、エクスドライバー? 若いな」
男は胸中に、なにか鋭い痛みを感じた。気がした。
いや、嫉妬か?
男は内心に独り語ちる。
踵を返し、男はAIカーに収まる。
「それはないね」
圧縮空気の抜ける音。AIカーのドアが閉まった。
【To Be Continue...】
第一話完。
第二話が終わるまで、まして第五話が終わるまでにどれくらい時間がかかるんだろう…。
のちのち、とりあえず現状、第一話は書き直したいです。