Ecole de éX-D   作:三河豊田

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更新がこんな時期になりまして、すみません…。
もし楽しみにしてくれている人がいたら、ホントごめんなさい!
(でも、まだこれからも遅れると思いますので、気長にお付き合いください
あ、いえ、その、すみません…!
m(_ _;)m)


第二話 Initiation(証明)
Sec.1


 変な男がいる。

 

 はじめは、そんな話だった気がする。エクスドライバー名古屋管区の基地に、背広を来た、年の功二十代、もしかしたら十代ぐらいの男がどこからともなく現れ、基地のエクスドライバーに片っ端から「頼みがあるんだが――」と話しかけるのだという。

 話はエクスドライバー、ひいては基地の人間を巡り巡るうちに、「大昔、まだ、ガソリンカーが生活の足だった頃に、交通事故で亡くなった男の霊が、レシプロエンジンが上げる排気音にひかれて、基地に迷い込んでるんだって。そして、とっくの昔に鉄屑になった、自分を殺したガソリンカーを探し回っているらしいよ」という話になった。

 

「バカみたい」

 

 夜のラウンジ。蛍光灯の光の下、ホットミルクを片手にアリスは言った。

 

「失礼。あまりに現実味のないお話でしたので、つい。そんな話を信じる人間の頭が心配ですわ」

 

 そういってホットミルクをすする。一度、片手で持ち上げたマグカップだが、途中でもう一方の手を添えて、アリスはカップに口をつけた。

 

「でも私はちょっと興味あるかな」

 

 紗理奈は、テーブルに両肘をついて、うっとりとアリスを眺めていた。

 アリスはマグカップを、英国(イングランド)人としての品位を損なわない程度に、半ば乱暴にテーブルに置いた。中身のミルクに波紋が広がる。

 

「サリナ……。わたくし、あなたがそれほどまでに思慮に欠ける方だとは思いませんでしたわ……」

「私だって、本当に幽霊だなんて信じてないよ。けどね、交通事故で亡くなったって話の部分は、興味あるかな」

「原始人が虎に食べられた話に興味がおありで?」

「そこまでは言ってないかなぁ……」

 

 紗理奈は苦笑する。

 

「いえ、代わりません。交通事故なんて、もはや太古の遺物みたいなものですわ。違いがあるとすれば、地面を掘ったところで『交通事故』なんて化石が出土しないぐらいよ」

 

「そこまでは……」紗理奈は組んだ手に顎を載せる。「だって、ほんの二三十年前は、まだガソリンカー全盛期だったわけだし。交通事故だって、日常の中にあったわけでしょ」

 

「AIカーの時代に、なにを言われるのかと思えば。サリナ、どうしてあなた、そこまで交通事故にこだわるのかしら」

 

「別にこだわってるわけじゃ……」

 

「もしかして……」アリスの顔に驚愕の色がにじみ出て、少し椅子を引く。「サリナ、あなた倫理破綻者なの? ぐしゃぐしゃになったエンジンルームや飛散したヘッドライト、貫通したフロントガラス、アスファルトに広がるガソリンに性的興奮を覚えて――」

 

「そこまで言ってない!」

 

 軽くアリスの頭にチョップを入れる。

 

「どこでそんな言葉覚えるのよ……」

「うう……。暴力反対。憲法九条を持っていた国の人間とは思えませんわ……」

 

「まあ、真面目な話になっちゃうんだけどね」

 

 アリスは椅子を戻して、目で先を促す。

 

「私がまだ五歳の時ね、うちの両親、その交通事故で死んじゃったの」

 

 マグカップに伸ばしていた手が固まる。丸々と開かれた目が、紗理奈に向けられる。

 

「すべてがAIカー任せだからといって、全部がまるっとうまくいくわけじゃない。だから、AIカーが暴走した時のために、エクスドライバーが必要なわけだし。それでいまじゃほとんどクルマ関係の死亡事故なんて起きなくなったけど、絶対に起きないわけじゃない。でもまあ、交通事故にあったなんて話ができる人、私以外にまだあったことないんだけどね。だから、ね。私、その交通事故にあったっていう人がいるなら、お話してみたいの」

 

「あの、なんといいますか――」

 

「気にしないで」

 

 アリスはマグカップに口をつけたままうつむき、

 

「ご愁傷様ですわ」

 

 紗理奈は、途端に手を前に振りかざしながら、

 

「いや、本当、気にしないでいいから。ほら、世の中両親のいない子どもなんてたくさんいる訳だし、その理由だっていろいろだし、たまたま、私のそれは交通事故だったってだけだし、あれ、いや、そうじゃなくて、えーと」

 

「だから、この間、暴走AIカーに対してあそこまで執着なさっていたわけね」

 

「うん、まあ。茉莉が載ってたのもあるけど」

 

 紗理奈は頬をかく。ほんのちょっぴりと、あの時を思い出すと恥ずかしかった。

 

「分かりました。サリナは天国のご両親に胸を張れるよう、お互いに、立派なエクスドライバーになりましょう」

 

 そう言ってアリスは手を差し出してきた。紗理奈はそれを握り返して、

 

「うん、まあね――」

 

 と、歯切れの悪い言葉を返すだけだった。

 

 アリスがまた何か言おうとしたその際、

 

「お。まだ起きてるのか。良い子はもう寝る時間だぞ」

 

 小早川がラウンジに入ってきた。

 

 茉莉のぐったりとした姿が、紗理奈の脳裏に蘇る。心に、嫌な感じのする折が沈んでいく。

 

「小早川さん。夜勤ですか」

 

 ぶっきらぼうな言い方で紗理奈は小早川に言葉を投げた。

 

「おう。まあ、夜勤っつーほどでもないかな。自分のクルマの整備だよ。日課でな」

 

 そうですか、と紗理奈。

 

「それより、早く寝ろ。夜ふかしはお肌によくないぞ。それに――」

「それに?」

 

 小早川は、両手をしならせて、うらめしやぁ~のポーズをとる。

 

「例の幽霊に、とり憑かれちゃうぞぉ~」

 

 紗理奈は、絶対零度はありそうな視線を小早川に返した。

 

「はいはい。私たち、今から部屋に帰るところです」

 

 よろしい、と言って、小早川は自販機で缶コーヒーを買うと、ラウンジを出て行った。

 

「それじゃアリスちゃん、またあした。おやすみ」

 

 立ち上がり、出ていこうとする紗理奈の裾を、引っ張る手があった。

 

 アリスはそっぽを向きながら。

 

「仕方ないですわね。サリナが、その霊がどうしても怖いと申されますなら、わたしくとしても、いっしょについて行ってあげることも、やぶさかではありませんわよ」

 

 紗理奈は、(こわ)ばった頬の筋肉がふっと柔らぐのを感じた。

 

「実は、とっても怖かったの。ありがとう、アリスちゃん」

 

 と微笑みながらアリスの手を取り、ラウンジを出た。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 第五段階に進み、仮免許(プレエクスドライバー)となったいま、居所も教習所の寮から、基地の一室に移された。

 

 アリスは、何故かもとから基地の一室を借りていたようで、「これで通学から解放されましたわ」と紗理奈が入所してすぐに、晴れがましい笑顔で言ってきたことがあった。

 

 そのアリスの部屋である。

 

 間取りは紗理奈のものと大差ない。南向きのバルコニーに6帖のダイニング、キッチンにトイレの入ったバスルーム。

 

 しかし、その部屋の中は物で溢れていた。ダイニングには、ビロードの絨毯が敷かれ、英国産のオーク材の一枚板で出来たアンティークなダイニングテーブルと年季を感じさせる安楽椅子がその上に鎮座している。ダイアナ専用のコームとドールハウスにはダイアナ専用のチェアセット。そしてテレビセットとTopGear全集。キッチンにはティーカップ、ソーサー、ティーポット、ミネラルウォーターのボトル数本に、『EASY COCK MACARON』、ラップに包まれたニシンのキッシュがあり、バスルームには赤いボディブラシと黄色いアヒルと水色のシャンプーハットがあった。

 

「あ。ニシンのキッシュ、食べてない」

 

「ご心配なく。ちゃんと食事はとっていてよ」

 

「わざわざせっかく作ってあげたのに。イギリスのものじゃなきゃ口にしないって言うから」

 

 紗理奈はキッチンの箱を取り上げる。

 

「イージークックマカロン? レンジでチンして三十秒。パティシエがつくる本格マカロンをあなたの下へ……。もう。そのうち、身体が砂糖になっちゃうよ」

 

 紗理奈は気づいていないが、マカロンはフランスの料理であった。

 

「それではおやすみなさい、サリナ」

 

 アリスの外向けの笑顔をいっぱいに振り向けられて、紗理奈は何も言えずに自室へと向かった。

 

 アリスの部屋の隣が、紗理奈の部屋である。

 

 間取りは、南向きの6畳の居間、台所、便所と一緒くたになった風呂場。

 

 そしてその部屋は、非常に質素だった。卓袱台に布団一式、百均で揃えた化粧品一式を詰め込んだバスケット、携帯端末の充電器を居間に、台所には冷蔵庫、風呂場にはくたくたになってもまだ頑張らさせ続けられるボディタオルとシャンプー類があった。

 

 殺風景だ。色味も薄い。

 

 けれど、紗理奈はいまの生活に、この部屋に不満を持ったことはない。確かに、アリスのような部屋に憧れを抱かないわけではないが、やはり『身の丈に合っている』と思えるいまの部屋が好きだった。

 

 シャワーを浴び、くたくたになったボディソープのチューブをはさみでばらし、中のクリームを丁寧に拭い取って使い、風呂に入る。出てからは、送風モードのドライヤで髪を乾かし、なるべく薄く、化粧水と乳液を塗る。どんなに安くてもタダではないことを肝に銘じて、布団に潜る。おやすみを言う相手はいない。

 

 もうさみしいという思いは、忘れて久しかった。




14/10/17 加筆・一部修正
14/10/23 一部修正
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