艦隊これくしょん 総旗艦アンドロメダ、二度目の航海もまた数奇なり   作:稲村 リィンFC会員・No.931506

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 交渉と情報開示。そしてアンドロメダの苦悩


 大変お待たせ致しました。悩みに悩んで書ける所からポチポチしておりましたら長くなりました。後スマホを買い替えた影響で少々四苦八苦しておりました。

 そして突然ですが、状況が急激に動き出します。


第20話 Negotiation and Information disclosure.AAA-11

「すまん。言葉が()らんかった。じゃがあんたには少し落ち着く時間が必要なんじゃ」

 

 

 ドクターはドクターなりに艦長、アンドロメダを医者としての視点から案じている事があった。

 

 

「艦長、正直に言わせて貰うぞ。あんた自身は気付いているか分からんが、あんたのメンタルは相当参っておる」

 

「向こうで無理に無理を重ね、こっちでも気を張り詰め続けておったんじゃぞ」

 

「気分が矢鱈と浮き沈みしておったのはその結果じゃ」

 

「どんどんと情緒が不安定になっておる。このままだと本当に取り返しのつかない事になっちまうぞ?」

 

 

「このドクター、酒は浴びるほど飲んでも、目は曇ってはおりませんぞ」

 

 そう言ってつぶらな瞳でアンドロメダの顔を見やる。

 

 

「艦長、頼む。一度しっかりと腰を落ち着かせて休んで下され!このとおりじゃ!」

 

 

 普段のどこか掴み所の無い飄々とした態度と違い、つぶらなれども真剣な眼差しで語り頭を下げるドクターにアンドロメダは何も言い返す事が出来ず、言葉に窮してしまう。

 

 

 さらには一度は解散したはずの妖精達まで集まって、一同に頭を下げだしたので、アンドロメダは困り果てて俯いてしまう。

 

 

 だが、薄々とは感じてはいた。こちらの世界に来てからというもの、以前の様に感情の起伏を上手く抑えきれていない事に。

 

 

「アンドロメダねえさまは無理して自分の気持ちを押し隠そうとしますからね~。時には感情を(おもて)に出して発散させないと辛いのはねえさまですよ~」

 

 

 ふと土星会戦直前にアンタレスはそう言って心配していたのを思い出した。

 

 

 もしも、妹達が今この場所にいたとしたら、あの時と同じ様に私の事を心配する言葉を口々に発していただろうとは、容易に想像がついた。

 

 

 普段ならばそれは「優しい自慢の妹達」と思う事なのだが、今のアンドロメダだと「妹達にいつも心配ばかりかけてしまっていた駄目な姉」という自己嫌悪が先に来てしまう。

 

 

 一度自身のメンタルが良くないという事を自覚すると思考まで良くない方へと引き摺られて気持ちがさらに落ち込んでしまう。

 

 

 

 このまま駆逐棲姫(お姉ちゃん)達に甘えてしまってもいいんじゃないだろうか?という思考が、アンドロメダの中でまったく無いわけでは無かった。

 

 

 何もかも捨てて、人間で言うところの世捨て人の様に振る舞えたらどんなに幸せか…。

 

 

 だけどそれでもし艤装がこのまま壊れ朽ち果てたとしたら、私はどうなってしまうのか?

 

 

 妖精さん(この子)達はどうなってしまうのか?

 

 

 泡や光となって消えてしまうのではないだろうか?

 

 

 

 わからない。

 

 

 

 わからないからこそ怖い…。

 

 

 でもこのままだとドクターの言う通り、取り返しのつかない事になってしまうかもしれない。

 

 

 だが、それ以上の最悪な懸念が有るために、迂闊に承諾することが出来ない。

 

 

 思考が完全に袋小路に入り込んでしまい、途方に暮れてしまうアンドロメダ。

 

 

 

「貴女はどうしたいの?今の貴女の気持ちを言ってみなさいよ。別に怒ったりはしないから」

 

 

 見かねた南方棲戦姫が助け船を出す。空母棲姫も頷いて同意であると示すが、アンドロメダの膝の上で対面するようにして座る駆逐棲姫は、目をキラキラさせた期待の眼差しであった。

 

 

「…私もドクターの提言には反論の余地が無く、納得しか出来ないと思います」

 

 

 

「ただ────」

 

 

 スッと天に向けて指を指す。それにつられて皆が空を見上げる。

 

 そこには澄んだ青空が広がるだけで特に何もなく、アンドロメダの真意を掴みかねるが、ただ一人だけが気が付いた。アンドロメダが気にしている問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「衛星監視網デスカ?」

 

 

 アナライザーの言葉にコクリと頷く。

 

 

 ここでアンドロメダは先の戦闘での自身が考えていた方針を語った。

 

 監視、或いは偵察衛星による探知範囲内で意図的に戦闘を行う事で、深海棲艦と敵対する存在がいると認知させる目的があったと。

 

 

「既に人類は私の存在を確実に認識しています」

 

 その事実は衛星の通信ログから確認済みである。

 

 

「単独で深海棲艦の大部隊と交戦し、あまつさえ圧倒していた武力を持った存在が、その後忽然と姿を消したらどう考えるでしょう?」

 

 

「沈んだか、或いは姿を眩ましたか」

 

 

「どちらにせよ躍起となって捜索しようとするでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 人類が私を驚異だと判断したのなら、些か遺憾ですが自衛も吝かでは無い。というのがアンドロメダの考えだが、それは飽く迄も最悪の場合の最後の手段であるとも考えていた。

 

 

「偵察衛星、長距離高々度偵察機、そして艦娘による部隊、特に潜水艦娘の娘達を直接展開しての強行偵察などを行うでしょう」

 

 

「衛星と偵察機だけならば、まだ何とか出来ますが、艦娘は流石にお手上げです」

 

 理由は単純である。機械、電子の目を誤魔化す(すべ)はあっても、肉眼を誤魔化す(すべ)をアンドロメダは持っていない。

 

 ならば艦娘達の行動範囲外である南太平洋、つまり深海棲艦が完全支配する海域であれば安全なのでは?と南方棲戦姫は疑問を口にしたが、アンドロメダはそれを即座に否定した。

 

 

「原子力潜水艦を母艦とした特殊偵察部隊の存在が確認されています」

 

 

 アメリカ海軍では原子力潜水艦に着脱可能なドライデッキシェルターを搭載し、特殊部隊Navy SEALsによる偵察活動を支援していたが、それを応用した形である。

 

 人類の兵器類は費用対効果の面で圧倒的に艦娘に劣る上に被害が発生した際の損失も馬鹿にならない為に、一部を除いて基本的に最前線に出ることは無くなっていた。

 

 その一部に原子力潜水艦が含まれる。

 

 可潜深度、水中巡航速度のどれをとっても一般的な深海棲艦の潜水艦の娘達を上回っていたし、深海棲艦の対潜水上部隊も原子力潜水艦が相手だと捕捉出来てもほぼ取り逃がしていた。

 

 アメリカ軍はこれに着目して自軍に所属する潜水艦娘の中から特に優秀な者達を選抜して偵察任務に特化した部隊を編成した。

 

 各国はこれに追随する形で同様な部隊の編成、運用に乗り出した。

 

 

 無論これは最高機密に属する情報である。なにせ深海棲艦に発覚するのを恐れて戦闘は徹底的に回避する様に厳命し、本来の特殊部隊ならば行うであろう各種破壊活動すら一切行わせていない程である。

 

 

 アンドロメダが話した今の今まで、深海棲艦達はその部隊の影すら掴めていなかった。

 

 活動の詳細はアンドロメダですら掴みきれなかったが、それでも部隊の特性や能力を見るに、南太平洋も安全と言えないというのが、アンドロメダの見解である。

 

 

 この事実に三人の姫はゾッとした。知らぬ間に自分達の行動が覗き見され、筒抜けであったのだから。

 

 唯一の救いはその任務の特質上、選抜された人数があまりにも少なく、常に活動しているわけでは無いという事である。

 

 

 だが、今回はその部隊が動く可能性が十分に有り得た。

 

 

「交戦していたはずの深海棲艦と共にいる所を、彼女達に見付かり報告されたら、人類はどう考えるでしょう?」

 

「何らかの理由であれ、深海棲艦と手を結んだと考えるのではないでしょうか?」

 

「そしてその武力が自分達に向けられる前に、先に叩いて無力化しようとしてなりふり構わぬ攻勢に打って出る可能性があります」

 

「それこそ先の部隊に交戦を許可する可能性すら有り得ます」

 

 

 ここで空母棲姫が待ったをかけた。

 

 

「…()は大丈夫なのですか?」

 

 

 そう。今この瞬間の状況も、アンドロメダが言うところの()()()()()()()()()状況なのだ。

 

 

 アンドロメダは衛星や偵察機ならば何とかすると言ってのけたが、万が一ということも有り得る。

 

 時間的に偵察機が飛んで来たり、(くだん)の特殊部隊が近くにいる可能性は、余程運が悪くなければ大丈夫だと思うが、衛星はわからなかった。

 

 

 

 その空母棲姫の指摘に対して南方棲戦姫は空を見上げながら顔を顰め、駆逐棲姫はアワアワと右往左往するが、当のアンドロメダは落ち着いた表情で「()()()()()()心配はございません」と答えた。

 

 

「この海域上空を通過する衛星は既に把握済みですので、如何様でも細工が可能です」

 

 事実クラッキング行為により、今いる場所を何もないただの海面にしか映らないように映像を差し替えてしまっている。

 

 

「ですが、これからが問題です」

 

 

「この後一向に捜索網に引っ掛からないというのはあからさまに不自然です」

 

 

「衛星を含めて偵察機を大量に投入されたら、流石に細工が見破られる可能性があります」

 

「貴女方の装備で高度60,000フィート*1以上の高々度を飛行する物体に対処可能な装備はございますか?」

 

 

 アンドロメダの問いに首を振って否定する空母棲姫。

 

 普通の艦娘の装備も多少の差異はあれども似たり寄ったりであるため、その必然性が無かったというのもあるが、あまりにもオーバースペック過ぎると扱う側が扱いきれずに持て余してしまうからであった。

 

 

 

 先に述べた原子力潜水艦同様、除かれた一部の兵器の一つが高々度偵察機である。

 

 

 第三次大戦において発生した衛星破壊作戦とそれによって大量に発生したスペースデブリの飛散による二次被害であるケスラーシンドロームの影響で衛星監視網に穴が生じてしまった為に、その穴埋めで偵察機の重要性が再び高まった。

 

 

 なお戦前に世界中で急速に配備が進みつつあった無人機であるが、遠隔操縦に必要な衛星網も寸断され、その後の再敷設も遅々として進んでいない為に、戦前の様な全地球規模での運用は難しくなったが、完全に不能という訳ではない。

 

 閑話休題。

 

 

 一応、空母棲姫達も時々定期便の様に太平洋の拠点周辺を高々度で通過する偵察機の存在は認識していたが、現状では手出し不能である為に忌々しくも半ば無視されていた。

 

 

 

 アンドロメダが調べた限りだと、在日米軍三沢基地と横田基地を中心に高々度偵察機U-2や無人偵察機グローバルホークを有する部隊が配備されている。また少数だが日本軍にもグローバルホークが配備されている。

 

 元々グアムにいた部隊がグアムの失陥により日本に集中配備される形となっているが、そこからでもグローバルホークならば十分にオセアニア方面まで飛べるのである。

 

 

 やろうと思えば無人機も衛星と同様にシステムのクラッキングでどうにか出来なくもないが、やり過ぎると足が付きかねないリスクが高かった。

 

 人間の勘というものは時として侮りがたい。ちょっとした不自然、違和感から直感的に答えへと辿り着かれる可能性があると、アンドロメダはヤマトさん(お母様)から何度も聞かせて頂いたイスカンダルへの旅路、追憶の航海から導きだしていた。

 

 

 一度怪しまれると、そこからなし崩し的に発覚する可能性をアンドロメダは危惧していた。

 

 

 そうなると厄介だった。

 

 

「最悪、核兵器が使用される可能性すら考えられます」

 

 

 考えすぎかもしれないが、物事、特に安全保障は常に最悪を予期して然るべきであるとアンドロメダは考えている。…それによって発生した悲劇も知っているが、間違った考えではないはずだ。

 

 

 

 だがこのとき、核兵器という単語を耳にしたアンドロメダの膝の上に座る駆逐棲姫がビクッと反応し、瞳がドロリと濁り、若干体が震え出していた。

 

 

「…お姉ちゃん?」

 

 

 駆逐棲姫の異変に気付いたアンドロメダが声をかけた瞬間─────

 

 

「い、嫌!痛い!痛い!!()()()()!!()()()()()()!」

 

 

 突然錯乱したかの様に()()()()()()の痛みを訴え出して暴れ出す駆逐棲姫。

 

 

「痛い!熱い!!助けて!!私の足が!()()()()()()()()!!熱いぃ!!」

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

 

 アンドロメダは膝の上から駆逐棲姫(お姉ちゃん)が転げ落ちないように必死で押さえる。

 

 

 駆逐棲姫の瞳は焦点が定まっておらず、目の前にいるはずのアンドロメダ(大切な妹分)すら認識出来ておらず、そこに存在しないはずのモノに怯えているかの様だった。

 

 

 これ以上はアンドロメダ(艦長)の身も危険だと判断したドクターが懐から鎮静剤を取り出したが、使用前例の無い深海棲艦に使って大丈夫なのかが分からず、躊躇していたが────

 

 

「そのまま押さえてなさい!」

 

 

 何が起きたのかが分からず、流石にパニックに陥りそうになるアンドロメダだが、南方棲戦姫が押さえている様に言ったことて、暴れる駆逐棲姫を強く抱き締めるように拘束し、その隙に南方棲戦姫が駆逐棲姫の延髄に手刀を入れて気絶させた。

 

 

 気絶した駆逐棲姫(お姉ちゃん)がずり落ち無いように抱き抱えながら、呆然とした表情でアンドロメダは南方棲戦姫に尋ねた。

 

「…一体、何が?」

 

 南方棲戦姫は苦り切った顔を浮かべながら駆逐棲姫が錯乱した理由を話す。

 

「…その娘の足は、『大海戦』の時に人間共の核攻撃が原因でズタズタにされたのよ」

 

 

 その答えに「えっ…?」という顔を浮かべるアンドロメダ。『大海戦』なる単語は初めて聞く。おそらく深海棲艦独自の呼称なのだろうが、核が使われた戦いは人類が大敗を喫した『ソロモン海の戦い』しかない。

 

 

「あの時数多の同胞(はらから)が犠牲となり、体の一部を欠損する同胞(はらから)も出た…」

 

 

「本来私達の体は、四肢の欠損くらいならば時間とともに元の形にまで再生するはずなのに、核攻撃の影響を受けた同胞(はらから)達だけは、傷が塞がるだけで一向に再生しなかった…」

 

 

「この娘は、とてもきれいな足が自慢な娘だった…」

 

 

 だがそれは戦争なのだから、起きうる仕方の無い事ではないのか?とアンドロメダは思った。

 

 無論大切な駆逐棲姫(お姉ちゃん)が核の炎で焼かれたという事に強い怒気がこみ上げて来たが、どうにか抑えた。

 

 

 だが続く南方棲戦姫の言葉に、アンドロメダは強いショックを受けることとなる。

 

 

「この娘はね、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「戦いに関係の無い人間達が暮らす街や集落にまで戦禍が及ばない様に警護していた部隊にいたのよ…」

 

 

「だけど人間共の軍隊はそんな戦いには関係の無い場所にまで満遍なく核を撃ち込んできた!」

 

 

「この娘はそれに巻き込まれた。一人でも安全な場所にまで避難させようとして…」

 

 

 

 その情報にアンドロメダの頭は混乱した。どういうことだ?()()()()()()()では深海棲艦が跋扈しだした時点で絶望視され、実際に破壊された街や集落の映像が存在する。

 

 核が撃たれたという事実はあるが、聞く限りだと生存者がいた地区を()()()()()()()()()かの様にも思える。

 

 

 南方棲戦姫さん(彼女)が嘘を言っている可能性は───メリットよりもデメリットの方が大きすぎる。

 

 

 だがここである事に気付いた。

 

 

 今まで自分は深海棲艦に対してはほとんど()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 

 

 そしてその情報の真偽をあまり疑わず、十分精査せずに鵜呑みにしてしまっていた。

 

 

 

 アンドロメダの体から嫌な汗が流れる。

 

 

 

 今まで収集したこの世界の人類に関する情報から、この世界の各国政府──敢えて言えば支配者階級──は、自身の地位や保身だけでなく主義主張の押し付けや金儲けの為ならば平然と国民や一般大衆に対して嘘を吐く。

 

 喩えそれによってどれだけ世界の経済や治安が崩壊し、一般大衆が苦しみ死んでいこうが全く見向きもしていなかった。

 

 大衆もその事に半ば諦め、無気力になりつつあった。

 

 

 その事を知っていたハズなのに、鵜呑みにしてしまっていた。

 

 

 何故か?

 

 

 アンドロメダの心にある()()()()()()()という気持ちが、無意識に今回ばかりは悪い方へと作用してしまったのだ。

 

 

 

 そして今まで()()()()()()()()()という認識、先入観があった。

 

 

 だが、その前提条件が間違っていたら?

 

 

 この先入観を払拭しなければ、この先で取り返しのつかないとんでもない判断ミスをしてしまう危険性があるとアンドロメダは強く感じた。

 

 

 

 アンドロメダの心に迷いが生じる。

 

 

 

 彼女達の迷惑になるかもしれないからと、ドクターの提案を(しりぞ)けるつもりでいたが、長期的視点で見れば、ここは多少のリスクを覚悟の上でもっと彼女達深海棲艦の事を知るべきではないか?

 

 

 ふと脳裏に、敬愛する沖田艦長(お父様)の顔が浮かび、アンドロメダは瞳を閉じた。

 

 

 

「(死中にこそ活あり…、ですか…。お父様…)」

 

 

 

 

 

 この時アンドロメダはある不思議な体験をした。

 

 

 突然、体に浮遊感がして慌てて瞳を開けると、景色が一転していた。

 

 

 そこに広がるは辺り一面の闇。

 

 

 だがその闇はアンドロメダにとっては馴染みのあるモノ、宇宙空間の闇である。

 

 

 その空間に、アンドロメダは一人で佇んでいた。周りを見渡しても、誰もいない。

 

 

 あまりにも突然の事態にアンドロメダは半ばパニックに襲われそうになったが──────

 

 

 

「アンドロメダ」

 

 

 

 突然、誰もいないはずの背後から、名を呼ばれて驚いた。

 

 

 慌てて振り向くアンドロメダ。()()()、聞き間違うはずがない。

 

 

 

 慌てて振り向いた、その先に佇むお方────

 

 

 

「お母様…」

 

 

 

 アンドロメダ最愛のヒト、ヤマトが微笑みを湛えながら、その慈愛に満ちた瞳でアンドロメダを見つめていた。

 

 

 

「アンドロメダ。私の愛しき愛娘。貴女の信じる航路()()きなさい」

 

 

 

 そう言ってからヤマトは後ろに控えていた人物に前を譲った。

 

 

 その人物はアンドロメダやヤマトよりかは小柄だが、立派な白髭を湛え、強い意志を宿したその双眸。

 

 まさか!?という思いと共にアンドロメダの心臓が高鳴る。

 

 叶わない願いと分かっていながらも、幾度となくお会いしたいと思ってきた自身が父と慕う偉大なお方、英雄沖田十三が、今アンドロメダの前に立っていた。

 

 

 

 

「お父様…!」

 

 

 

「アンドロメダ、人間(ヒト)は間違いを犯す。間違っていると思ったのならば、立ち止まって考え、時には自分を貫く勇気も必要だ。アンドロメダ。覚悟を示せ」

 

 

 

 アンドロメダはその言葉を心の内で反芻しながら一言一句を噛み締める。

 

 

 

 自身も何か言葉を返すべきなのだろうが、こんな時に限って上手く言葉が出てこない。それに何か喋ろうとしたら、そのまま泣いてしまいそうだった。

 

 

 

 

 それを見た二人は、微笑みながらアンドロメダを優しく抱き寄せた。

 

 

 記憶にあるヤマトさん(お母様)の温もり、そして初めて感じる沖田艦長(お父様)の温かさ。

 

 

 アンドロメダの涙腺は限界を迎え、涙を流した。

 

 

 喩え夢幻(ゆめまぼろし)であったとしても、叶わない願いと思っていた願いが叶った。

 

 

 出来ればこのままずっと一緒にいたいという思いが湧き出てくるが、それは出来ない願いだと直感的に理解していた。

 

 

 二人は、私を励まし後押しするために来てくれたんだと、アンドロメダは察していた。

 

 

 

 

 アンドロメダは決断した。

 

 

 

 

 

()ってきます」

 

 

 涙を拭い、二人に挙手の敬礼を行いながら精一杯の笑顔を見せながら別れの言葉を口にする。

 

 

 そんなアンドロメダに二人は答礼しつつ微笑み返すと、すうっと消えていき、世界の景色が暗転し出す。

 

 

「(お父様、お母様、ありがとうございました…)」

 

 

 アンドロメダは感謝の気持ちを心の中で念じ、挙手の敬礼を解きながら二人が立っていた場所に深々とお辞儀をした。

 

 アンドロメダの顔に、迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「───ちょっと!しっかりなさい!」

 

 

 

「艦長!」

 

 

 

 再び景色が変わると、元いた場所の風景に戻っていた。が、なぜだか世界が激しく揺れていた。

 

 南方棲戦姫がアンドロメダの肩に手を置き、激しく揺さぶっていたからである。

 

 

 

「…ん。大丈夫、です」

 

 

 

 アンドロメダが反応したことにより、南方棲戦姫は揺らすのを止めた。

 

 

 

「びっくりしたわよ。いくら声をかけても全然反応しなかったんだから!」

 

 

 どうやらあの(あいだ)はずっと意識を失っていた様である。

 

 

「ご心配をおかけいたしました。もう大丈夫です」

 

 

 そう言って周りを見渡すと、みんな本当に大丈夫なのかと言わんばかりの表情で見つめてくる。

 

 

 それに苦笑していると、この間もずっと抱えていた駆逐棲姫(お姉ちゃん)の体がピクリと動き、目を覚ました。

 

 

 

 その後駆逐棲姫は自身が取り乱して錯乱し、暴れてしまったことに激しく落ち込み、泣きながら謝罪した。

 

 

 一旦、駆逐棲姫が落ち着くまで小休止となる。

 

 

 休憩中ずっとアンドロメダは駆逐棲姫を胸に抱き締め、頭や背中を撫で続けた。

 

 その間駆逐棲姫はアンドロメダに何か言いたそうな素振りをしていたが、このときは話すことはしなかった。

 

 

 

 

 そして─────

 

 

 

 

 

「ドクター、貴方の提案を採用致します」

 

 

 

 

 開口一番にアンドロメダはそう告げた。

 

 

 一番喜んだのは無論駆逐棲姫であるが、二人の姫もそれぞれ喜びを顔に出していた。

 

 

「すまん」

 

 

 提案をしたドクターはそう言いながら頭を下げた。

 

 自身の提案がアンドロメダ(艦長)を逆に苦しめてしまったと自責の念に駆られていたからだ。

 

 だがアンドロメダはそんなドクターに対して首を振って謝る事ではないと告げる。

 

 

「私は、いえ私達は彼女達の事をあまりにも知らなさすぎます」

 

「知らないという事は恐ろしい事です」

 

「このまま知らずにいれば、いつか間違った判断をしてしまい、激しく後悔する結果となっていたかもしれません」

 

「ドクターの提案は知る事への切っ掛けを与えてくれました」

 

「寧ろお礼を言わせて下さい。ありがとう」

 

 

 アンドロメダにそう言われてなんだか擽ったそうにするドクター。

 

 

 

 とはいえ方針は決まった。

 

 

 これからの問題はどこに向かって出発するかだが────

 

 

 

 

 物事が進む時、不思議と示し合わしたかのように別の物事が同時に起きる。

 

 

 

 

 

 間もなく正午の、太陽が天頂に差し掛かりつつある明るい空でも一際輝く一条の光が、アンドロメダ達の頭上を駆け抜ける。

 

 

 

「流れ星…?」

 

 

 

 

 

 光の尾を曳きながら、その流星は北の水平線へと消えていった。

 

 

 

 

 

「アノ流星ガアラワレル直前、カスカデスガ次元震ガアリマシタ」

 

 

 そうアナライザーが報告してきたが、アンドロメダは首を傾げる。

 

 

「次元震?ではあれは流れ星ではなく、何者かがワープアウトしてきたのですか?」

 

 

 何処のどなたかは存じ上げませんが、なんと命知らずな…。とアンドロメダは内心で嘆息した。

 

 

 惑星近辺でワープを行えば、その惑星が発する重力の影響によってエンジンにグラヴィティ・ダメージと呼ばれる何らかのダメージを受けてしまう。

 

 その症状は様々だが、最悪の場合はエンジンが完全に壊れるか停止する危険性がある。

 

 

 そのため余程の緊急事態で無ければまずやらない行為である。

 

 考えられるのはワープ座標の計算ミスか、何らかの事故の可能性がある。

 

 どちらにせよ運の悪い事です。

 

 

 

 どこか他人事の様にそう考えていたが、続くアナライザーからの報告にアンドロメダは驚愕することとなる。

 

 

 

 

「ソレト、アノ物体カラIFFニ反応ガアッタノデスガ…」

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

 

 取り出したタブレットのディスプレイに情報が表示されたが、その内容にアンドロメダは目を見開いて固まってしまう。

 

 

『A03 APOLLO NORM U.N.C.F.AAA-0003-2202』

 

 

「アポロ…ノーム…」

 

 

 

 呆然とするアンドロメダの後ろで、南方棲戦姫と空母棲姫が突然騒ぎ出した。

 

 

「はぁ!?宇宙人が落ちてきた!?」

 

 

「宇宙人かは兎も角、サイパン島の拠点に、青いカラーリングをした物体に乗った何者かが落下してきたのは確かです」

 

 

 

 状況は、一気に回りだす。

 

 

──────────

 

 

 日本国徳島県、海軍外洋防衛総隊小松島鎮守府。

 

 

 外洋防衛総隊とは読んで字の如く、外洋から迫る脅威に対応する部隊の事である。

 

 対となる内海防衛艦隊は首都広島を中心とした本土の沿岸主要都市近海の防衛を担当としているが、外洋防衛総隊は他の沿岸地方都市や島嶼の防衛行動、艦船を改装した母艦によって編成された外洋パトロール艦隊による哨戒活動にも従事しており、必然的に外洋防衛総隊は規模が大きい。

 

 

 小松島鎮守府は、旧海上自衛隊徳島県小松島航空隊基地からの流れを組む基地施設であり、この戦争が始まってからは徳島県の近海警備を目的として最低限の艦娘支援設備のみを備えていたが、首都東京壊滅による首都機能の広島県への移設に伴い、深海棲艦の紀伊水道から瀬戸内海への侵入を阻止するための早期警戒、防衛行動の(かなめ)となる四国側の拠点として規模を大きく拡張。

 

 対岸側である本州の和歌山県には同じく紀伊水道防衛を担う由良基地があるが、規模は小松島鎮守府が大きい。

 

 元が天然の良港であったこともあり、また広島の呉軍港鎮守府が首都防衛を目的とした内海防衛艦隊の拠点となったため、太平洋方面外洋防衛艦隊の主要拠点にまで発展した。

 

 さらに近くには四国の生命線の一つでもある徳島空港があり、その重要度はかなり高い。

 

 

 

 そんな小松島鎮守府のとある一室。

 

 

 そこは鎮守府のトップに君臨する提督、あるいは司令官と呼ばれる軍人の執務室である。

 

 その室内から海が見える窓際に、海軍中将の階級章を付けたその男は佇み眼前に広がる海を鋭い眼光で見据えていた。

 

 

 鎮守府近海では彼の麾下にある艦娘達が実戦宛らの激しい訓練に勤しんでいる。

 

 一見するとその訓練がちゃんと行われているかを見ているようにも見える。

 

 

 『鬼竜』と呼ばれる所以の一つに、その訓練の厳しさから艦娘達に畏れられているからというものがある。

 

 確かに彼の課す訓練は他の鎮守府よりも厳しくキツイのは確かではあるが、それに関して艦娘達は不平不満を募らせてはいなかった。

 

 少なくとも彼は無理無謀な事は一切しないし、させてこなかった。

 

 言葉にこそ出さないが、『生存し帰還することを第一義』としていた。

 

 その事を、古参の艦娘達を中心に十分に理解されていた。

 

 

 だがそのまるで射抜く様な眼光は、彼女達を見据えたものでは無かった。

 

 その先の大海原(おおうなばら)、外洋のどこかにいるであろう存在に対して向けられていた。

 

 またその眼光とは裏腹に、心なしか口角が微かに上がっており、すこぶる機嫌が良さそうである。

 

「(沖田…、漸くお前との約束を果たせる…)」

 

 

 そう感慨に耽っていると、部屋の扉がノックされた。

 

 

「司令、大淀です。()()()()()()をお連れ致しました」

 

 

 入室を許可すると、自身の部下であり部隊運営を影で支える後方業務のエキスパートである軽巡洋艦の艦娘、大淀が車椅子に乗ったキリシマを伴って入ってきた。

 

 キリシマの存在はその出自から色々と複雑で、公的には霧野島子特務大佐という特務の女性軍人という扱いになっている。*2

 

 閑話休題。

 

 

「待たせたね。土方の叔父貴。ん?あの()()()()()()()()()()はまだ来てないのかい?」

 

 そう言って霧野(キリシマ)は部屋の中を見渡す。

 

 

 かつて自身が(ふね)、戦艦『キリシマ』だった時、無遠慮にもズカズカと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 別の鎮守府へと長期の出張に出ている老技師と違い、今日は特にスケジュールが入っていなかったはずだから、彼が先に来ているものとばかり霧野(キリシマ)は思っていた。

 

 

「奴は急な出張で香川の陸軍善通寺駐屯地にいますが、今呼び戻している最中です」

 

 

 部屋の(あるじ)である、元地球連邦防衛軍外洋防衛師団司令、土方竜宙将。現日本海軍外洋防衛総隊司令、土方竜中将は苦笑しながら霧野(キリシマ)にそう答えた。

 

 

 日本においても、状況は確実に動き出しつつあった。

*1
一万八千メートル

*2
この決定には総提督である真志妻亜麻美大将が深く関わっている。




 本当にお待たせ致しました!

 かなり情報を詰め込みました!


 我ながらかなり強引に進めました!


 因みにですが、当初の腹案では南方棲戦姫さんがアポロノームが転生した存在と考えていました。ですがすっかり忘れていました。

 一部の深海棲艦の四肢が無い理由を個人的に考えました結果、ああいう形となりました…。


 漸く登場!土方司令!長かった!因みに沖田艦長は高次元世界からの出張です。最初は沖田艦長一人の予定でしたが、高次元世界には時間という概念が存在しないため、一時期高次元世界に飛ばされていたヤマトさんにも特別ゲストとして来ていただきました!だってそうしないと親子三人が揃う事なんてまず無理ですから…。


 さて、次回は満を持して登場アポロノーム(但し墜落)!彼女の運命や如何に!?


 それではこれにて失礼致します。励みや参考になりますので、お気が向きましたらお気軽に感想をよろしくお願いいたします。

土方司令の秘書艦は誰が相応しいと思いますか?二位は副艦(副官)となります。因みに霧乃特務大佐ことキリシマ先生は参謀扱の為に除外致しました。

  • 金剛(金剛型宇宙戦艦繋がり。乗艦歴有り)
  • 比叡(同上)
  • 榛名(同上)
  • 霧島(同上)
  • 吹雪(初期艦5人組枠より)
  • 叢雲(同上)
  • 電(同上)
  • 朝潮(諸事情の為、初期艦残り二人の代理)
  • 不知火(同上)

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