先に謝っておきます。
妖夢、ごめん。
「でも不思議ですね。長い間ここに住んでいますが、今までそのようなことは起きたことがありません。」
廊下を歩きながら、妖夢は首をかしげる。
隣を飛ぶ欧我は信じられないという表情を浮かべていた。
妖夢の話によれば、今まで人魂だとか幽霊、皿が音を立てたといった出来事は全く起こっていないのだそうだ。
何か悪い夢でも見ていたのではないかとまで言われた。
「そ、そんなわけないよ。今までずっと起きていたし、夢なんか…。」
「そもそも、欧我さんも幽霊なんでしょ?幽霊が幽霊に驚くなんて」
カンッ!!
「ひっ!?」びくっ!
突然鳴り響いた、金属同士がぶつかったような音。
その音に驚いた妖夢はびくっと反応し白楼剣の柄を握りしめた。
その様子を、若干呆れ顔で隣から見る欧我。
何とも言えない沈黙が2人の間を漂う。
2人のいる廊下の下、死角になっているところに、お玉と鍋を構えた魔理沙が潜んでいる。
(よし、もう一度だぜ。)
鍋の底を、お玉で叩き付けた。
カンッ!!
「ひゃあ!!」
不意を突いた2発目の音に驚き、妖夢は悲鳴を上げた。
「あれ、妖夢…怖いの?」
「なっ!?こっ、怖くないわよ!!私がここにどれだけ住んでいると…」
ゴロゴロ!ドカーン!
「きゃああ!!」
突然鳴り響いた雷の音の驚き、妖夢は欧我の懐に飛び込んだ。
いきなり抱き着いてきた妖夢を、驚きと呆れの混じったような眼で見降ろす。
どうしていいか分からなかったが、とりあえず優しく頭を撫でた。
「あのー、妖夢。本当は怖いんでしょ?」
「こ…怖くないよっ。」
「じゃあ、どうしてそんなに震えているの?」
「震えてなんかいないもん!」
そう叫んで欧我の顔を見上げる。
しかし、すでに涙目になっていた。
説得力は皆無。
(次はこいつだぜ。)
板と1足の革靴を取り出す。
歩行時の足の動きのように、革靴を交互に板に打ち付けた。
「誰か来る!?」
上にいる2人には、この音が廊下を誰かが歩く足音に聞こえた。
魔理沙は打ちつける力を徐々に大きくしていった。
音が大きくなる、つまりどんどん近づいてくると錯覚させるのだ。
「来るなら来なさいよ…。こっちには白楼剣があるんですよ!!」
背中から白楼剣を引き抜き、前に構える。
この白楼剣は魂魄家に代々伝わる家宝で、幽霊を成仏させることができるのだ。
「やっぱり怖いんだね。」
そう呟いた欧我の声に、とうとう妖夢が叫んだ。
「怖くないって言っているでしょ!あーもう、わかったわよ!調べますよ、調べればいいんでしょ!?」
普段使わないような言葉遣いで喚く。
それだけ、妖夢も追いつめられているという証拠だ。
欧我がその様子に呆気にとられていると、白楼剣を構え、廊下を走りだした。
「出てきなさいよ!隠れていたって無駄なんですからね!」
「妖夢…怖い。」
「私の手にかかれば、幽霊だろうと切れぬ物など殆ど無いんだからね!」
スピードを緩めず、廊下の角を曲がった。
その直後、何かにぶつかった。
一歩下がって見上げてみると、目の前にはこの世のものとは思えないような不気味な妖怪が妖夢を見下ろしていた。
互いの目と目があい、妖夢の顔からスーッと血の気が引いて行く。
そして…
「ぎゃあああああああああああ!!!!!幽々子様ぁああああああああ!!!!!」
文も顔負けなスピードで、どこかへと走り去ってしまった。
「あっ、妖夢!!」
欧我の制止も聞かず、妖夢は塀の外へと飛び出していった。
こうして、白玉楼にはただ一人、欧我だけが取り残された。
(ふふっ、本当は欧我を驚かせるつもりだったんだけど、これはこれで面白かったわ。)
物陰に隠れ、先ほどの様子を眺めていたアリス。
妖夢の怖がり方と悲鳴を思い出し、くすくすと笑った。
こうして、数々のトリックを使って欧我を驚かせてきたチーム小傘。
妖夢が走り去った後も人魂や幽霊、人形などで驚かせてきたが、ついに最後の段階に入った。
幽霊や人魂から逃げるように、欧我は中庭へと飛び出した。
もちろん、中庭に誘導されたのは知る由もない。
(そろそろね…。)
物陰に隠れ、じっと様子をうかがう小傘。
緊張で傘を握る手に力が入る。落ち着くために、深呼吸を繰り返す。
(よしっ。あとは妹紅さんが言ったように後ろからぶつかれば…。)
自然と速くなる鼓動。
それを落ち着かせ、「わちきはできる!」と、何度も自分に言い聞かせた。
(そろそろかな?)
妹紅は白玉楼中に放った炎すべてに意識を集中させ、欧我の前に集合させる。
恐怖に襲われ、その光景から目を離せない欧我の目の前で、集まった炎はグニャグニャと動いて不気味で巨大な顔に形を変えた。
魔理沙が音を蓄えるマジックアイテムを使い、あらかじめ蓄えておいたとある妖怪の雄叫びを流す。
ぐるぉおおおおあああ!!
欧我の顔からはすでに血の気が引いており、涙と汗が混ざってだらだらと流れ落ちる。
そんな欧我の背後に、小傘が気配を消して迫る。
妖怪の雄叫びは、小傘の足音を掻き消すという効果もあった。
そして…。
「うらめしやぁ!!」
ドンッ!!
「ぎゃあああああ!!!」
欧我の背中に渾身のタックルを叩き込む。
不意を突かれた欧我は、悲鳴を上げながら顔面から地面に倒れ込んだ。
「何々っ!?…えっ、小傘…ちゃん?」
慌てて後ろを振り返った欧我の目の前には、欧我を見下ろしている小傘の姿があった。
そして、小傘の持つ傘には「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードが吊るされていた。
そのカードに隠れ、欧我からは小傘の表情を窺うことはできない。
欧我が、驚いてくれた…。
3ヶ月もの間、誰も驚いてくれず、ずっとひもじい思いをしてきた。
欧我がいなくなってから、ずっとお腹も心も空いたままで、幸せを感じたことは一度もなかった。
それなのに…。
欧我が、驚いてくれた。
3か月ぶりに食べる、欧我の驚いた感情。
それは、この世のどんな高級な食材よりも、今まで食べた感情よりも、比べ物にならないほど美味しかった。
「ドッキリ!?もー、小傘ったらぁ。」
そして、3か月前とちっとも変らない笑顔。
困ったように、私に見せる笑顔。それは、欧我の表情の中で、一番大好き。
3ヶ月もの間、決して満たされることが無かったお腹と心。
ひもじくて、ぽっかりと穴の開いたような気持ち。
今、それがどんどん満たされていく。
ぽつっ…
「小傘?」
私の目から、涙が溢れだした。
欧我…私。今…とっても幸せだよ。
溢れだした感情を抑えることができず、はらはらと零れ落ちる涙。
欧我は、そんな私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
その優しさが嬉しくて、幸せで…。欧我に抱き着き、声を上げて泣いた。
「欧我…。私…空腹で、ひもじくてっ…」
上手く言葉を発することができない。
欧我に伝えたいことがたくさんあったのに、溢れだした幸せのせいで言葉にすることができない。
欧我は、「そっか。」と呟くと私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ごめんね。俺がいなくなって、ずっと寂しい思いをしていたんだね。でも大丈夫。俺はここに帰ってきた。だから、何時でもおいで。」
「本当に…?」
「ああ、俺は料理人だ。小傘のためなら、いつだって小傘の大好物を作ってあげる。だから…お腹が空いたら来てね。」
「うん…うんっ!」
欧我の胸に顔をうずめ、今までにない幸せを噛みしめる。
お腹と心が幸せで満たされ、あふれ出た幸せが涙となって、嗚咽となって流れ出す。
「欧我…私、欧我の事大好きだよ。」
「ありがとう、小傘。俺も好きだよ。」
ドッキリ大作戦に協力したみんなが中庭に集まる。
みんなに見守られ、2人はしっかりと抱きしめあっていた。
これで、小傘のドッキリ大作戦は無事に終了しました。
お腹と心が幸せで満たされてよかったね。
…あれ?何かを忘れているような。