そーっと台所の障子を開ける。
「誰もいない…。」
ドッキリ大作戦で散々驚かされたから、夜中に1人で台所に入るのが怖くなった。
床に突き刺さった包丁も、音を立てた皿もあの時の状態のまま残されていた。
床から包丁を引き抜いて状態を確認する。
うん、異常なし。
「まったくアリスさんったら、やることがえげつないんだよ。もし足に突き刺さったらどうするつもりだったんだ?」
はぁ、まあいいや。
お腹を空かせた幽々子様に何か作らないと。
…ってか、今何時?
「それにしても欧我があんなに驚いちゃうなんてね。」
「それだけ私たちの仕掛けたトリックが素晴らしかったって事だぜ。」
欧我が台所へと向かった後、文たちは今回のドッキリ大作戦の話で盛り上がっていた。
妖夢は相変わらず泣き続けているが、徐々に落ち着きを取り戻している。
「ん…うう。」
「あら?」
文の膝に頭を乗せてぐっすりと眠っていた小傘がゆっくりと目を開けた。
「おはよう、小傘さん。」
「ふぇっ!文さん!?」
目を開けて真っ先に飛び込んできた文の顔に驚いて飛び上がった。
眠りについた時は確かに欧我の膝を枕にしていたのに、目が覚めると文さんに膝枕をされているのだろうか。
驚きを隠せない表情のまま部屋を見回すと、欧我の姿はどこにも見当たらなかった。
「あれっ?欧我はどこ?」
「欧我は台所にいますよ。幽々子さんの食事を作るために。」
「そっか…。」
文から欧我の居場所を聞き、この部屋にいないことがわかると、小傘は小さくため息をついて俯いた。
「もっと、甘えたかったな…。」
ボソッとつぶやいた小傘の声を、文は聞き逃さなかった。
「小傘さん、甘えたいってどういう意味ですか?」
「ひゃい!?」
「甘えたい?もしかして欧我にか?」
「あら、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
文の声に反応し、魔理沙とアリスも身を乗り出した。
この部屋にいる全員の視線が小傘に注がれる。
その視線に耐えきれず、小傘は顔を赤らめて両手で顔を覆った。
「でも、文さんが…。」
話すべきだろうか。でも、文さんが聞いたらどう思うんだろう…。
そう考えていた小傘の頭に、文は優しく手を乗せる。
「私は構いませんよ。聞かせてください。」
「文さん…。」
文の顔を見上げた小傘の顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。
でも、欧我のいない今のうちに打ち明けよう。
そう決心して、小傘は自分の気持ちについて語りだした。
私だって、欧我の事が大好きだよ。
人間に捨てられ、誰からも見向きもされないまま妖怪となった。
1人寂しく生きてきたのに、欧我と出会ってから私の生活は一変したの。
欧我は私を拾ってくれた。
写真屋の助手としていろいろな場所に連れて行ってくれたり、何も無い日は一緒に出歩いたり…。そのおかげで私にたくさんの友達ができた。驚かすこと以外に、熱中するものができた。
そんなある日、私の気持ちに変化が現れたの。
欧我の笑顔を見ていると、心がドキッとして、隣にいるだけで幸せな気持ちになる。そして、欧我を驚かすたびに今まで感じたことのない幸せで一杯になる。
そこで気が付いたの。
私は、欧我の事が好きになったんだって。恋と言うものが自分でもよくわからなかったけど、今なら分かる気がする。
でも、欧我は私とではなく文さんと恋に落ちた。
両想いでラブラブな2人を見ていると、なんだか心が苦しくて悔しくて…。
でも、2人の仲を壊したくない。だから、私はその恋心をずっと隠してきたの。
「そうでしたか…。」
小傘の話を聞いて、文は小さくため息をついた。
「でもっ、もうその気持ちは我慢できないよ!私だって欧我が大好きなの。もっと欧我に甘えたい!」
涙を流し、自分の気持ちをさらけ出す。
そんな小傘の頭を、文は優しく撫でた。
「もう我慢しなくてもいいですよ。」
「…え?」
文の発言に、小傘は驚いて顔を上げた。
「ごめんなさい。こんなに一緒に過ごしてきたのに、今まで小傘さんの気持ちに気づかなかった。小傘さんが欧我の事を好きなことも、私のためにその気持ちを抑え込んでいることも知らなかった。そのせいであなたに寂しい思いをさせていたなんて…。でも、今日その気持ちを知ることができた。だから、自分の好きという気持ち、心を隠し通す必要はありません。存分に甘えてください。」
そう言うと、文は真顔になる。
「ただし、私だって欧我の事が大好きです。その気持ちは誰にも負けません。もちろん、小傘さんにもね。」
「うん、わかったよ。でも、気を抜いていると欧我の心を奪っちゃうからね、文!」
「ふふっ、小傘には負けませんよ。」
そして2人は笑い合った。
お互いの気持ちを理解し合うことで、2人の仲はより一層深まった。
もちろん、欧我に対する“大好き”という感情も。
「恋のライバルか、いいね。」
「私も負けていられないわね…。」
「ん?アリス、何か言ったか?」
「なっ、何でもないわよ!」
そう言い返すアリスの顔は少し赤くなっていた。
あれ、なんか楽しそうだな。
部屋から漏れてくる笑い声に耳を傾けながら、できたばかりの料理をお盆に乗せて運ぶ。
それにしても、幽々子様は一体どれくらい食べるのだろうか。まだ夜も明けていないし、朝食の時間もまだまだ先だ。
つまり夜食の時間だ。
チャーハンにオムライス、数種類の天ぷらに大量の味噌汁…。
そしてみんなのために作ったショートケーキに紅茶。
それにしても作りすぎちゃったな。残ったらどうしよう。
…まあいいや。幽々子様なら食べるでしょ!
「お待たせいたしました!!」
そう言って、障子を開けた。
テーブルの上に、2つの巨大なお盆を置いた。
その直後、周りから歓声が沸き起こる。
「まずは幽々子様、量はこれでよろしいでしょうか。」
「うーん、ちょっと少ないけど、これで十分よ。」
少ないの!?
どれだけ食べるんだよ…。
「そして、皆さんにはショートケーキと紅茶を用意しました。食べてください!」
人数分用意したケーキを配る。
紅茶はもちろんプレゼントされた最高級品だ。
ぎゅっ
ケーキを配り終えた途端、小傘がいきなり抱きついてきた。
あっ、もう起きたんだね。
でも、いきなりどうしたんだろう。
「どうしたの、小傘。」
「なんでもない。ただ、このままでいさせて。」
どうして小傘が抱き着いてきたのか分からなかったが、まあいいや。
小傘の頭をよしよしと撫でる。
「うん、わかった。」
その状態のまま小傘を持ち上げ、あぐらをかいた膝の上に座らせた。
何だろう、小傘の顔少し赤くなっていたけど、どうしたのかな?
「欧我、気を付けて。奪われちゃうわ。」
「奪われるって、何が?」
「えへへ、秘密。」
え?何?
2人して何を企んでいるの?
うーん…まあいいや。
細かいことは気にしないでおこう。
それにしても、夜食だというのに幽々子様の食べっぷりはものすごい。
「欧我さん!」
「はい!」
突然名前を呼ばれ、声が聞こえたほうを向くと、しっかりとした目つきでこちらをじっと見つめている妖夢と目があった。
「私だって、長い間幽々子様に料理を作り続けてきたんです。気を抜いていたら、欧我の仕事をすべて奪ってしまいますよ!」
そうきっぱりと言い放った。
その声には意志の強さと決意が含まれている。
ふふっ、つまり俺のライバルと言う事か。面白い。
だが、専属料理人は俺の仕事だ。長い間料理を作っていたからと言って、妖夢には絶対に負けない!
「ああ、望むところだ!」
笑顔を浮かべ、妖夢にそう言い切った。
ライバル…
ある一つのことに向け、互いに競い合い、認めあい、高めあう関係のことを言う。
恋のライバル
料理のライバル
ふふっ、なかなか楽しくなってきましたね。