「よっこらせっと」
抱きかかえるようにして持ってきた、食材がいっぱい詰まった籠をドスンと台所の床に置く。そして背中に背負っていた大きな籠も肩から降ろし、床に置いた。ふう、これで身体が軽くなったぞ。この2つの籠には人間の里で買い占めてきた大量の食材がびっしりと詰めこまれている。買い占めると言っても、全体の約3分の2くらいは里のみんなのために残しておいた。里のみんなだってお腹が減る。大切な食材をすべて買い占めたらその人たちが空腹に苦しむからね。
「妖夢、お疲れ様。重かったでしょ?」
「いえ、大丈夫ですよこのくらい!逆に欧我が手伝ってくれたおかげでいつもより軽いです!」
胸を張り、少々ドヤ顔気味でそう返してくれた妖夢もまた背負っていた籠を床に置いた。大きな籠占めて三つ分の食材。里の隅々までめぐり、あらゆる店から食材を買い集める事が出来たのも、幽々子様から食費として大金を頂いたからだ。食費を頂いてから既に1週間が経過し、その間俺と妖夢は毎日買い物に出かけた。その他にも文が天狗の里から大量の食材を買い占めてきてくれたおかげで白玉楼だけではなくレストランの食糧庫にもたくさんの食材を備蓄する事が出来た。これだけ食材を集めればレストランで宴会を開催する事が出来るな。さっそく準備に取り掛かろう!
「妖夢、俺はレストランにいるから、何かあったら知らせてね」
「わかりました」
「お願いね。じゃ、いってきまーす」
妖夢にニッと笑いかけると3つある籠のうち沢山食材が入った籠を背負い、妖夢の食材を置いて行くようにと怒鳴る声を聞き流し台所を飛び出していった。
「うっし、オッケーだな!」
レストランの食糧庫の中で両腕を組み何度も首を縦に振る。今日買ってきた食材の3分の1が加わり、足の踏み場もないほど積み重ねられた食材を見ているとなんだか笑いをこらえられなくなってくる。この食材が様々な料理に姿を変え、それを食べているみんなの笑顔をイメージすると自然と笑みがこぼれてきてしまうのだ。
カランカラン!
「ん?」
不意に小気味良い鈴の音がレストランの中に鳴り響いた。この鈴はレストランの入り口に備え付けられた来客を知らせるものであり、まだ開店すらしていないのになぜ鳴るのかと不思議に思い首を傾げた。おそらく文か小傘が来たのだろうと予想したのだが、その後に聞こえた声で予想が外れた事が分かった。
「欧我いるかー?邪魔するぜー!」
「いらっしゃい魔理沙さん!まだレストランは開店してないけど、なんで来たの?」
レストランの扉を開けて中に入ってきたのは、ほうきを肩に担いだ魔理沙さんだった。魔理沙さんは当たり前の行動だといった感じで堂々と歩みを進め、カウンターの席に腰を下ろした。
「なんでって、そりゃあ暇だったからだな。それにお腹もすいているし、何か作ってくれよ」
ニシシと笑いながらさも当然だと言った感じで俺の問いかけに答えてくれた。仕方ない、作ってやるか。魔理沙さんは文ほどではないが甘い物が好きらしいから何かしら甘い物を作ろうかな。お腹もすいているらしいから空腹が満たされるもので、なおかつ甘い物…。うん、アレしかないか、ちょうど粉もあるし。
「分かった、じゃあ今から作るからそこで大人しく待っててね」
「おう、サンキューな!」
そう言って魔理沙さんは再びニッと笑顔を見せる。この無邪気な笑顔は嫌いじゃないな。はぁと小さくため息をつき、調理に取り掛かる。
ボウルに小麦粉とベーキングパウダー、そして砂糖を入れて泡だて器でシャカシャカとかき混ぜる。ある程度かき混ぜれたら別のボウルを用意し、そこに玉子を割り入れて、牛乳を加えてかき混ぜる。よし、こんなもんでいいだろう。後はこの玉子の中にあらかじめ混ぜておいた粉を加え、粉っぽさが無くなるまでしっかりと混ぜれば生地の完成…っと。
「おい、何を作っているんだ?」
「甘くて美味しいやつ。まあ見てて」
フライパンを熱し、油を敷いたら中火にセットして生地を焼いて行く。平たくならないように注意しながら形を整え、表面がプツプツとして来たらひっくり返して蓋をし、じっくりと焼いて行けば…。
「よし、焦げてない!」
蓋をとると辺りにほのかに甘い香りが漂う。焼き加減も申し分ないようだし、同時にセットしたもう1枚の方も同様に美味しそうに焼きあがった。後は皿に盛りつけ、ホイップクリームと粉砂糖で飾り付ければ、甘くてお腹一杯になるホットケーキの完成!
「はいお待たせいたしました、ホットケーキでございます!このメープルシロップをかけて召し上がれ!」
「おぉー!美味しそう!いっただきまーす!」
メープルシロップをドバっとかけると、ナイフとフォークを器用に使い大きめにカットし、大きな口を開けてホットケーキをぱくっと頬張った。
「んー!美味いぜ!」
笑顔と共に美味いという言葉が飛び出し、それを見ていると心が幸せな気持ちで満たされていく。やっぱり俺の料理を食べた人から賞賛の言葉を送られるこの瞬間がものすごくたまらないな。
今度はメープルシロップが染み込んだ部分を切り分けてからホイップクリームをべっとりと付け、これまた大口でぱくっと頬張る。ありゃ、口元にクリームが付いちゃってる。
「あーん、幸せだぜ~」
頬に手を添え、とろけたような笑顔を浮かべる。どうやらそれほどこのホットケーキが気に入ったらしい。それにしても魔理沙さんのこんな表情初めて見た。いつもの無邪気な笑顔もいいけど、乙女のようなこの表情もまた可愛いよな。
そしてホットケーキに夢中になりながら、あっという間にぺろりと平らげてしまった。
「ごちそう様!最高に美味しかったぜ!」
顔の前で両手をパンと合わせ、ごちそうさまと言う言葉を述べる。残っていたクリームもすべてフォークできれいにすくい取って食べていたので皿の上には何も残っていなかった。相変わらずクリームが口元に付いたままだが。
「お粗末様。それじゃあ魔理沙さん、400円でございます」
「げぇっ!金をとるのかよ!?」
お金の話を聞き、せっかくの余韻を邪魔するなと言いたげに嫌な顔をする。ここがお店でありお金を取るのは当たり前だと言う事を説明すると、納得してくれたようで何度もうなずいていた。しかしその直後申し訳なさそうに言葉を発した。
「あのー、悪いが私今お金持っていないんだ。だから頼む、今回は見逃してくれ!」
「えっ!?」
予想外の発言を受け、まさかの一文無しだったことに驚きを隠せない。ここはレストラン、料理を食べた以上お金を払ってもらわないといけない。しかし今は開店前。仕方ないから見逃してもいいと思ったのだが、脳裏にふっと一つのアイデアが閃いた。外の世界の飲食店、特に餃子が美味い中華料理店でよく見かける手法。それは「お金が無いならその分働いてもらう」だ。そのために、わざと大きめにため息を吐いた。
「困るよ、それ。食べたらその分お金を払う、そう言う決まりなのに」
「ごめん、見逃してくれ、この通りだ。何でもするから、なっ?」
両手をカウンターに付き、おでこがぶつかりそうなほど頭を下げる魔理沙さんの口から飛び出した「何でもする」と言う言葉。俺はこの言葉を引き出すためにわざと声色に若干の威圧を含めていた。思っていたよりも早くその言葉が飛び出したことで、無意識の内に口角が上に上がる。今の俺ものすごく悪そうな顔になってるよな。
「何でもする、そう言ったね?」
「あ、ああ…」
俺の言葉を聞き、顔を上げた魔理沙さんの顔はしまったという後悔と何をされるのか分からないという困惑、そしてかすかな恐怖が入り混じったような表情を浮かべていた。しかし、そのような表情はすぐに消え去った。
「分かった、私も覚悟を決めるぜ!どんな内容だって受けてやる!」
魔理沙さんは俺の能力について知っている。もう逃げられないと悟り覚悟を決めたようだ。若干の不安をにじませながらも、その表情は覚悟に満ちていた。なんかものすごく頼もしく感じる。
「よし、じゃあひとつ仕事をお願いしようかな」
「仕事?仕事ってなんだ、何をすればいい?」
魔理沙さんの返事の後、わざと間を開ける。ほんの少しじらした後、ニッとした笑みを浮かべ仕事内容について口にした。
「今日の夕方7時からここで宴会を開く。レストランの改装に関わってくれたみんなに、時間になったらレストランに来るように伝えてくれ。お礼の気持ちを込めた料理をふるまいたいからね」
「へっ・・・?」
仕事の内容を伝えると、魔理沙さんの口から意表を突かれたような声が漏れる。やはりというか、この仕事の内容は予想外だったようだ。
「仕事ってそれか?それだけでいいのか?」
信じられないと言いたげに言葉を繋ぐ。それだけだと言う事を伝えると、緊張の糸が切れたように安堵の息を漏らした。
「はぁ、ぞっとしたぜ。お前が怖い表情を浮かべるからもっとハードな仕事、例えば一生をここで働けだなんて言われたらどう逃げようかと思ったぜ。お前えげつない顔をしすぎなんだよ!」
「ごめんごめん、魔理沙さんがあまりにもいい表情をするからつい調子に乗っちゃった。それにたった400円のためにそんなことさせるわけないでしょ。じゃあ仕事頼めるかな?」
「ああ、お安い御用だぜ!速攻で知らせてくる!」
じゃあな!と一言口にすると元気よく立ち上がり、ほうきを担いで若干駆け足でレストランの入り口の方へと歩いて行った。
「あっ、食材とお酒の持ち込みは自由だってことも伝えてよ!」
「おう!」
そして豪快に扉を開けると外へと飛び出していった。豪快に扉を動かしたことでレストランの中にけたたましい鈴の音が響き渡るが、それもすぐに鳴り終わり静寂に包まれた。
「えげつない顔って、胸にグサッと来たよ」
ぼそりとつぶやいた哀愁漂う一言は空気に紛れて消えていく。頬を2回パンパンと叩いて気持ちを切り替え、今日行う宴会に向けての準備を始めた。このレストランがみんなの笑顔で包まれる、その様子をイメージしながら。