レストラン白玉楼   作:戌眞呂☆

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「ふと思いだしたけどさ、昔名前を逆から読んだら面白いみたいなこと言ってなかった?」
「聞いたことあるわね、やってみましょう!私は文だから…『やあ』ね」
「なんか挨拶みたいだな、小傘は?」
「私?…『さがこ』」
「私私!『なはこ』よ、なはこ!」
「わー、なんか2人とも昔の人みたいな名前だね!佐賀に那覇、市の名前かな?」
「ねえ、欧我は何になるのかしらね?」
「え、俺?」
「わかった『がおう』ね!なんか雄叫びみたい!」
「がおーうがおーう!」
「もう、なはこにさがこったら」
「いや、『がうお』なんだけど…」

だ、第73話、始まるよー!
ちょっと、叫びすぎ!



第73話 萃香と昔の話と酒の肴

 

「もうそろそろだね!」

 

 

 調理の音に混じって、かすかに心華の声が聞こえる。彼女の声からは、緊張や不安を感じていないかのような、嬉々とした響きを感じられた。それは俺だって同じ心境だ。ついに念願叶って完成した夢のレストラン。ここでみんなに腕によりをかけて作り上げた料理を振る舞うことができる。そう考えただけで、ワクワクとドキドキと調理の腕が止まらない。まるで自由に空を舞う鳥のように、軽やかに、そして滑らかに鍋から包丁へと両手を動かす。しかも幽々子様の夕食の調理時間と合わせて2時間半を超えて料理を作り続けているのに、不思議と疲れは微塵も感じない。

 

 

「欧我さん、いい笑顔をしてますね」

 

 

「そうね、心から料理を楽しんでいるみたい」

 

 

 早苗さんと文の声も聞こえてきた。確かに文の言う通り、料理をするのが楽しくてたまらない。今鍋の中でコトコトと煮込まれているカレーや魚、肉じゃがといった煮物たちがみんなの口に入り、美味しそうな笑顔を浮かべている様子をイメージしたら、それだけで笑顔になろうとする顔を抑えることができない。

 

 

「へへっ、そりゃあ楽しいに決まってるよ。…よしっ!これでいいかな。時間ももうすぐだし、最後にもう一度おさらいするか」

 

 

 料理に区切りをつけ、布巾で両手を拭いながらみんなの前に立った。みんなやる気のこもったいい表情を浮かべていて非常に心強い。一人一人の瞳を見つめながら、あらかじめ決めておいた役割について説明した。

 

 

「文はキッチンで俺のサポートをお願いね。完成した料理の盛り付けや暇を見て皿洗いもしてくれると助かるよ。大変だと思うけど、文は手際がいいから大丈夫だよね」

 

 

「ええ、もちろんよ!」

 

 

 そう言って力強くうなずいてくれた。文はここで働くことはないが、今日の宴会に備えて協力を依頼したら快く引き受けてくれた。この前文の料理の腕前を見たけど、安心して見ていられるほど上達していた。それに美的センスも俺以上だ。文ほど、俺の妻ほど心強い人はいない。それに、タンスの奥から引っ張り出してきたという純白の割烹着と頭に巻いた手ぬぐい姿が非常によく似合っている。

 

 

「早苗さんと心華はできた料理の配膳と空いた皿の片付けをお願い。一番忙しい仕事だと思うけど、2人で協力してね」

 

 

「任せて!私たち結構仲がいいから!頑張ろうね早苗!」

 

 

「うふふ、そうね、頑張りましょう」

 

 

 そう言って2人で笑いあった。心華っていつから早苗さんを呼び捨てで読んでいるんだろうか。でもそれだけ仲が良いっていうことだよな。なんか本当の姉妹みたいだし、この2人に任せておけば心配はいらないだろう。2人ともレストランの制服であるオレンジのメイド服が良く似合っている。

 

 

「そして小傘。小傘は写真屋として、文々。新聞の一面を飾る一枚をばっちりと写真に収めてね。そのほか好きなように写真に収めていいよ。一流の写真屋の腕を存分に振るってね」

 

 

「えっ、そんな一流なんて…。照れるじゃない、もう。えへへ、えへへへ」

 

 

 小傘は途端にもじもじして頭をわしゃわしゃと掻き出した。どうやら言葉通り照れているようだ。顔も赤くなっている。小傘の写真を撮る腕前は既に自分を超えている。写真屋の師匠として弟子の成長は喜ばしいことだ。首から下がっている、二代目襲名の際に託したカメラが様になっている。

 

 

「よし、じゃあ気合を入れて行こう!レストラン白玉楼、オー…」

 

 

「おーい来たぜ!」

 

 

 気合いを入れようとした俺の言葉を遮るかのように鳴り響く鈴の音と魔理沙さんの声。宴会開始の時間にはまだ10分早いけど、おそらく宴会が楽しみで仕方なかったのだろう、待ちきれないといった逸る気持ちを表情から読み取ることができる。

 魔理沙さんの後について、リフォームに協力してくれたみんな、そしてリフォームに一切関係のない人たちがどっとレストランの中に入ってきた。紅魔館のメンバーや妖精の姿も見受けられる。まあでも、これは予想できたことだし、宴会は大勢集まった方が楽しいから別に構わないけどね。それに料理も食材も多めに用意しておいた。何人でもいらっしゃい!

 

 

「みなさんいらっしゃいませ!今日は思う存分楽しんでくださいね!」

 

 

 そう声をかけると、みんなから「おーっ!」という返事が返ってきた。気合十分といった感じだろうか。

 文、小傘、心華、そして早苗さんの4人を見つめ、「よし!」と気合を込める。さっそく調理に取り掛かろうとキッチンの中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「心華、これを届けたら休憩しよう」

 

 

「うん!メディちゃんたちと一緒に遊んでくる!」

 

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 手渡したアサリの酒蒸しをお盆に乗せ、心華は勇儀さんのもとへ若干スキップ交じりに歩いて行った。どうやらまだまだ体力が残っていそうだが、仕事を離れて宴を楽しむことができ、それが嬉しくなったのだろう。その足取りの軽さから窺い知ることができる。一旦オーダーストップして俺達も休憩しよう、さもないとバテて最後まで楽しめなくなるし、最高の料理も作れなくなるからな。そう思い、食洗機で皿洗いをしてくれている文の方に視線を移した。

 

 

「文、お疲れ様。皿洗いありがとうね。そろそろ休憩しながら、一緒にお酒飲まないか?」

 

 

「うん、そうね!」

 

 

 ねぎらいの気持ちを込めて誘ってみると、途端に文は笑顔になって頷きながら頭に巻いた手ぬぐいを脱いだ。あまり汗をかいていないところを見るとまだ疲れてはいないようだ。約3時間出来立ての料理を盛り付けたり、皿洗いをしたり、また時折俺の料理の補助をしてくれたのは本当に嬉しかった。今まで途切れることなく料理を作り続けることができたのも文の手助けがあってこそだ。

 

 

「文がいてくれて本当に助かったよ、ありがとう」

 

 

「うふふ、どういたしまして。じゃあお礼として欧我にお酌してもらおうかしら?」

 

 

「いいね、久しぶりに2人だけでゆっくりと飲もうか」

 

 

 思い返してみると、最後に文と2人だけでゆっくりとお酒を飲んだのは数か月も昔のことだった。最近はレストランの建築や、小傘と心華を加えた家族での団らんが多く、しかも2人が甘えてくるから文と一緒にゆったりとした時間を過ごすことができなかった。だから、たまには2人だけの時間をゆっくりと心行くまで楽しみたい。文が洗ってくれた食器の中から2つのグラスを取り出し、一つを文に手渡した。グラスに透き通った酒を注ぎ、カチンとグラスを突き合わせた。

 

 

「乾杯、文」

 

 

「うん、あなた」

 

 

 2人の間に響き渡る快い音の余韻を楽しみながらお互いに見詰め合い、優しく微笑みあう。

 

 

「おっ。相変わらず夫婦で仲良くやってるねぇ」

 

 

 グラスの縁に唇を近づけた途端、不意に誰かの声が聞こえた。声のした方に目を向けると、カウンター席に座り、頬杖をついてニヤニヤとした笑みを浮かべている萃香さんの姿があった。宴会で思いっきりお酒を飲んだからか、若干ろれつが回っていないように聞こえる。

 

 

「えへへ、まあそうですね。ところで、料理の方はどうでした?」

 

 

「最高だね!どの料理も酒に合って本当に美味いよ!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 萃香さんの一言がものすごく嬉しくて、思わず大声でお礼の言葉を述べてしまった。それだけ、自分が作った料理を褒められることは嬉しいのだ。

 

 

「ねえ、私も混ぜてよ。酒はみんなで飲む方が楽しいだろ」

 

 

 その言葉とともに、常に持ち歩いている伊吹瓢をドンとカウンターの上に置いた。確かに萃香さんの言うとおり、宴会は大勢で飲んだ方が楽しいに決まっている。みんなではしゃぎながら飲めば、お酒もより美味しく味わえるだろう。文と2人だけで飲むお酒は、また今度だな。

 

 

「それもそうだね。じゃあ乾杯と行こうか。文もそれでいい?」

 

 

「仕方ないわね。では萃香さん、乾杯」

 

 

 萃香さんを加え、3人でもう一度グラスと瓢箪を突き合わせる。カチンという心地よい音の余韻に包まれながら、ぐいっとお酒を飲みこんだ。ただ、若干文の表情が引きつっているように見えるけど、それに関しては触れないで置こう。

 

 

「おーい文の旦那!何か酒の肴作ってくれよ!」

 

 

「あ、はいよ!」

 

 

 お酒を飲みながら3人で談笑していると、不意に萃香さんから酒の肴を頼まれた。料理から離れてもっと話していたいから、簡単に作れるフライで行こう。コック帽をかぶり直し、調理台の前に立った。用意したものは、トレーに広げた小麦粉と玉子、そしてパン粉だ。フライヤーの準備もできているし、さっそく始めよう。

 まずはエビの殻と背ワタを取って下処理を済まし、小麦粉、玉子、パン粉順番にくぐらせていく。余分についたパン粉を払えば一品目の準備完了。続いて二品目。豚バラ肉を3枚並べ、塩こしょうで味をつける。そこに細く切った人参とネギ、そして生姜を並べてクルクルと巻いていく。中の空気を抜くようにきゅっと握って形を整えたら、再び塩こしょうで味をつけて、エビと同じ順番でくぐらせればこちらも準備完了。あとは油で揚げれば…っと。油に投入すると、途端にジュワーッという音が響き、そしてパチパチという軽快な音が辺り一帯に広がる。

 

 

「おっ、揚げ物か!いいねぇいいねぇ。唐揚げかな?トンカツかな?」

 

 

「唐揚げ…地獄の果てまで……ブツブツ…」

 

 

 突然背後から強烈な殺気を感じ、背筋を冷たいものが駆け巡る。あまりのオーラに振り返ることすらできなかったが、萃香さんが必死に文をなだめている声が聞こえる。立場も実力も上であるはずの萃香さんがあんなにも慌てているということは、文の放つ殺気は相当のものだということか。もう、メニューから鶏肉料理をすべて排除した方がいいのかな…。そう思いながら、タルタルソースの準備に取り掛かる。別の料理で作って、残っていたゆで卵の殻をむいて細かく砕き、みじん切りにした玉ねぎとパセリ、マヨネーズを加えて混ぜれば…特製タルタルソースの完成!フライもいい感じに揚がったし、そろそろ盛り付けに入ろう。肉巻フライを一口大に切って、エビフライと一緒に皿に盛りつけ、特製タルタルソースをかければ…出来上がり!

 そういえば萃香さん馬刺しで一杯やるのが好きだと言っていたな。ついでに馬刺しも出しておくか。

 

 

「お、お待たせいたしましたー」

 

 

 若干和らいだものの、依然として放ち続ける殺気に怯えながら、恐る恐る後ろを振り返った。殺意と威圧が篭った眼差しでじっと睨みつけていたが、手に持つ料理が唐揚げではないことが分かると途端に殺気はまるで最初から無かったかのように消え失せた。完全に消え失せても。あの眼差しを見て震えが止まらなくなった俺の脚はいまだにプルプルしている。

 

 

「おっ、美味そうなエビだね!そしてこっちは肉巻!馬刺しもあるじゃないか!うんうん、酒も進みそうだ!いただきます!」

 

 

 そう言ってエビフライを豪快に指でつまみ上げ、パクッと頬張った。サクッという衣の軽快な音が響き、咀嚼(そしゃく)するほどに軽快な音が鳴り響く。夢中になって食べ進める萃香さんの笑顔を見ていると、文が耳元に近づいてきてボソッと一言。

 

 

「信じていたわ、あなた」

 

 

「も、もちろんさ」

 

 

 もう二度と、文の前で鶏肉料理を口にしないことを心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「完成してよかったね、本当に…」

 

 

「ん?」

 

 

 そう言う萃香さんの表情は、どこか悲しげだった。普段、元気で明るい萃香さんのこんな表情は初めて見た。その様子に俺も文もどうやって声をかければいいか分からず、じっと見つめていると、グラスに少し残ったお酒を見つめたまま語りだした。

 

 

「私ね、昔異変を起こしたんだ。文は知っているだろうけど、春雪異変の後にね」

 

 

「ああ、俺もその異変のこと知ってます。たしか、頻繁に宴会が行われたっていう…」

 

 

 生前紅魔館の図書館で、過去に幻想郷で起こった異変について調べた時に、その異変に関する記述を見つけた。山を覆い尽くす薄紫色の桜が散り、深い緑に包まれても、人々は花見の宴会を止めようとはしなかったという。その宴会のたびに妖気が高まってきたが、その妖気の正体こそ自らの能力で霧状に姿を変えた萃香さんだったのだ。

 

 

「そう。その異変を引き起こしたのには理由があった。今から千年以上前、私たち鬼は妖怪の山に暮らしていて、天狗や河童たちと仲良く過ごしていたんだ。…いや、そう思っているのは私たち鬼だけなのかもしれない。本当は恐怖や畏怖によって、従っていたにすぎなかっただろう」

 

 

「い、いえ。そんなことありませんよ」

 

 

「無理しなくていいよ、文。本当は知っていたんだから。天狗と河童の地位が向上していく上で私たちが邪魔なことくらい。」

 

 

「あ、あやや…」

 

 

「だから、鬼は山を去ったんだ。地底へ行き人との関わりを絶った者、自身の力をつけるため修行の旅に出て消息が分からなくなった者…。山を離れた私たちはバラバラになってしまい、もう昔のようにみんなそろって宴で笑いあうことができなくなったんだ」

 

 

 話を区切り、ふうと長めに息を吐いた。萃香さんの話を聞き、俺も文も言葉を発することができなかった。鬼の過去にそのような歴史があるなんて知らなかったし、イメージもできなかった。

 

 

「異変を引き起こした理由、それは宴を開かせることによってバラバラになったみんなを集め、みんなとの関わりを取り戻し、もう一度笑いあいたからだったんだ。結局最後は霊夢たちに懲らしめられ、仲間が戻ることもなかった。でもね、そのおかげで鬼以外の仲間ができた。異変が起こるたびに宴会が行われ、新しい仲間が増えた。今では鬼も天狗も河童も、そして幽霊も…種族の壁を飛び越えて、みんなが集い、笑い合っている。時々思うんだ、あんな異変を起こさなくてもこうなっていたんじゃないかって。いや、あの異変を起こしたからこそこうなったのかもしれない。ふふっ、どっちだろうね」

 

 

 独り言ち、グラスの酒をグイッと飲み干した。氷がほとんど溶けてしまい、空っぽに近くなったグラスに氷を入れ、酒を注いだ。

 

 

「私がなぜ、レストランの建設に進んで協力したか、その理由も同じ。みんなで笑いあえる場所がほしかったからさ。勇儀が地底へ行ったのは、人間たちとの関わりに楽しみを見いだせなくなったから。でも見てみてよ。勇儀、あんなに笑っている」

 

 

 萃香さんの目線の先を負ってホールの中に視線を移すと、そこには盃を片手に、神奈子さんと酒を酌み交わし、豪快に笑っている勇儀さんの姿があった。傍ではにとりさんと椛さん、そしてパルスィさんが酔いつぶれて眠っており、神奈子さんにもたれ掛るようにして諏訪子ちゃんが寝息を立てている。早苗さんもその輪に加わり、元気な笑い声をあげていた。かつての部下である天狗や河童だけではなく、橋姫や神様、そして人間と…種族を超えて笑い合っている。

 

 

「勇儀のあんな顔、久しぶりに見たよ。あの笑顔を眺めると、今までの苦労が報われたような気がするんだ。これで、勇儀が少しでもほかの種族と交わる楽しみを取り戻してくれれば、私も嬉しい」

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

 俺のつぶやいた一言に、萃香さんはうつむいたままの顔を上げた。

 

 

「大丈夫、きっと取り戻してくれるさ。いや、取り戻しつつあるからこそああやって笑いあうことができると思うんです。そのためにレストランが力になれることがあれば協力します。だから、また勇儀さんを誘っていつでも来てください」

 

 

「うん、そうさせてもらうよ」

 

 

 そう言って萃香さんはにっと笑顔を浮かべる。その表情は、先ほどまでの寂しさを拭い去り、きらきらと輝いて見えた。こうして、レストラン完成を祝った宴会は夜通し続き、日付が変わっても終わることはなかった。その中には、酒を酌み交わす鬼の2人の笑顔があった。

  


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