レストラン白玉楼   作:戌眞呂☆

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第77話 鈴瑚の特訓10番勝負

 

MGMG…

      MGMG…

 

「美味い…」

 

 

「もー、着替え中なんだからいい加減食べるの止めたら?」

 

 

 隣から清蘭が頬をぷっくりと膨らませてブーブーと文句を言ってきたので軽く聞き流す。だって今日の団子はいつもと違って3色だからね、その分味も香りも3通り楽しめる。人間の里で新発売の絶品団子!そう聞いちゃったらもう買うしかないよね!ってことでレストランに来る前に買ってきちゃいました!はぁ、この歯が押し返される弾力も絶妙…。

 

 

「ねーねー鈴瑚ちゃん」

 

 

「はいはい」

 

 

 うるさく言われる前に、串を歯でくわえ、コックコートという服にそでを通す。この服は外の世界で料理人が身に付けるものだと欧我さんが言っていた。私が集めた情報からでは外の世界については分からなかったが、鈴奈庵と言う古本屋で見つけた雑誌にはこれと似たような服を着た写真が載っていたからあながち間違いでもないだろう。見た目は欧我さんの物と同じだが、青色の部分が私に合わせてオレンジ色になっている。それにしても肌触りからサイズまでぴったりだ。さすが森に住む七色の魔法使い。1週間分のお題を無料にしてまで頼む価値はあるね。一方の清蘭が着るオレンジ色のメイド服もその魔法使いが作ったものだ。でも、やっぱり…

 

 

「青い髪にオレンジは似合わないねぇ」

 

 

「仕方ないでしょ、制服なんだから。それに大丈夫、アリスさんにお願いしてこんなものも作ってもらったんだから」

 

 

 そう言って清蘭が取り出したものは1枚のバンダナ。オレンジ色で、穴が2つ空いている。それを頭に巻き、穴から耳をぴょこっと出した。なるほど、穴はそのための物だったんだね。これで青色の髪が隠れ、あまり気にならなくなった。それに…。

 

 

「なに?どうしたの?」

 

 

「べ、べつに。ほら、さっさと行くよ」

 

 

「あ、待ってよー!」

 

 

 面と向かって「似合ってる」って言えるわけないでしょ。

 

 

 

 

 

 レストランのキッチンはまさに戦場そのもの。次々来る注文に合わせてたくさんの料理を作り出す。そのために欧我さんは鍋から包丁と休むことなく手を動かし、次々と非常に美味しそうな料理を生み出していく。ああ、よだれが出ちゃう…。

 今日はレストランでのアルバイト初日ということもあり、場の雰囲気に慣れることが大切だと言われ、食器を食洗機にかけながら欧我さんの料理やホールの様子をじっと眺める。見て覚えることも大切な仕事なんだよね。ホールの方では清蘭が両手にお盆を乗せて駆け回っている。傍らには付喪神の心華が付き、優しく、そしてたまには面白く仕事について教えている。どうやらこの付喪神は欧我さんの子どもらしい。血のつながりは当然ないが、それを凌駕するほどの固い絆で結ばれているだろう。清蘭より小さいのに、思った以上にしっかりとしている。そして、清蘭もこんなに働いちゃって。私がここで働くって言い始めて、無理やり引き込んだのに、それなのに笑顔で、そして楽しそう。そういえば清蘭がこうして働く姿ってあまり見たことがないな。すっごく輝いて見える。

 

 

「…んごちゃん、鈴瑚ちゃん」

 

 

「ふぇっ!?あ、なんですか?」

 

 

「悪いけどさ、これを盛り付けてくれないかな?」

 

 

 そう言って指差した方向を見ると、そこには黄金色に輝く衣をまとい、純白の湯気を立ち上らせているものが、デンとまな板の上に置かれていた。これは…。

 

 

「これ、豚カツね。6等分してから皿に盛り付けて。刻んだキャベツとトマトにはドレッシングをかけてね。そしてこのソースも忘れずにお願い。あ、鈴瑚ちゃんのセンスに任せるから」

 

 

「う、うん。わかった」

 

 

 欧我さんは笑顔でうなずくと別の料理へと取り掛かったようだ。どうやら手が回らなくなったから私に頼んだのだろう。ここで働くためにも、少しずつ仕事を覚えないと。

 包丁を握りしめ、やたらと存在感を放つ豚カツと向かい合う。近くに寄ると、ジューシーな香りがかすかに鼻に届く。まずはこれを6等分する。真ん中に包丁を当て、前に押し出すようにして力を込めた。

 

 サクッ

 

 包丁を伝わり、私の右手に衣の軽快な感触が響く。あまり力を入れずとも楽々と切れる肉の柔らかさと、衣のサクサク感。これを包丁ではなく歯で切ったらどんな食感なんだろう。容易に想像できそうで、まったく想像できない。そして断面からあふれ出すより強力で食欲をそそる匂いと、光を受けて宝石のように輝く肉汁。ごくり、と無意識のうちに唾液を飲み込んだ。

 冷めないうちに完成させようと、次々に豚カツに包丁を切り込み、なんとか6等分することができた。皿に盛りつけ、欧我さんの指定通りにミッションを完遂した。でも…。

 

 

「ごくり…」

 

 

 豚カツの一番の醍醐味と言えば口に入れた瞬間だろう。アツアツの豚カツをほおばり、一口かじった瞬間の、歯が衣の中に入っていくときのサクッという感触。歯、骨を伝わって脳へと響き、軽快な音と相まって気分が一気に高揚する。そしてそれは肉の柔らかさに移り、それと同時に肉の旨味が詰まった肉汁が口の中に一斉に解き放たれる。サクサクと何度も咀嚼することで、肉につけられた胡椒のピリッとした辛みによって引き立てられたその旨味は、口の中隅々まで広がるんだよね。そして肉汁が脳に浸透して豚カツのことしか考えられなくなるよ!ああぁ、こうなったらもう自分の食欲を抑えられないよぉ!

 

 

「鈴瑚ちゃん、耳、耳」

 

 

「ふぇ?……あっ」

 

 

 欧我さんに指摘され、あわてて両耳を押さえた。またピクピクと動いちゃっていたかぁ。あれ、でもなんで動いていたんだろう。ふと冷静になってみると、口の中が非常に幸せな状況だ。肉の旨味が口の中全体に浸透し、舌に滑らかな脂の感触が残っている。もしかして!?

 豚カツが盛られた皿を見てみると、確かに6枚あったはずなのに2きれほど無くなっている。まさか無意識のうちに食べちゃった!?

 

 

「あの…ごめんなさい」

 

 

「あーうん、いいよ。仕方ないと思うし。これは作り直よ。でもな…」

 

 

 そう言って欧我さんは顎に手を当てながらじっと私を見つめてきた。何か考えているんだろうが、その表情から何を考えているのかは読み取れなかった。それに、客に出す料理を食べてしまった負い目からか、目を合わせることができなかった。

 

 

「よし!じゃあ鈴瑚ちゃん」

 

 

 名前を呼ばれ、恐る恐る欧我さんの顔を見上げた。その顔に浮かべている表情は、なぜか笑顔だ。私のことを怒ってはいないのだろうか。どのような言葉を放つのかじっと身構えていると、私の予想だにしなかった言葉を口にした。

 

 

「特訓しようよ。特訓。名付けて、料理盛り付け10番勝負!」

 

 

「えぇぇ特訓!?」

 

 

 特訓という言葉を聞き、思わず拒否の言葉が口をついて飛び出した。でも、欧我さんは私のためを思って言ってくれたのだろう。それに、私はお客に出す料理を食べてしまった。だから私にはその特訓を拒否する権利はないのだ。

 

 

「分かりました、よろしくお願いします…」

 

 

「うんよし、そうと決まったらさっそくルールの説明をするよ。まあ説明と言っても、これから用意する10の品目を一切つまみ食いすることなく盛り付けること。もし、少しでもつまみ食いをしたら、アルバイトはクビだ」

 

 

 アルバイトをクビにする。そう言われ、大きなショックに打ちのめされた。せっかく入ったばかりなのに、クビになんかなりたくない。それに私がもしクビになったら清蘭はどう思うのだろう。無理を言って連れてきたのに、清蘭は今このレストランになじみつつ仕事も楽しそうにこなしている。今まで色々と迷惑をかけてきたのに、また更に迷惑をかけてしまうことになる。それは絶対に避けないと。そのためにも、絶対につまみ食いなんかするもんですか!

 

 

「じゃあ1品目。リベンジも兼ねて豚カツ行ってみようか」

 

 

 そう言って出されたのは、先ほどと全く一緒の組み合わせだった。手順も知っている。そして匂いも、味も。あとは、この豚カツの誘惑に負けなければ…。

 

 

「…っと。できました」

 

 

 さっと豚カツを切り分け、千切りキャベツとともに盛り付けた。一度食べてしまったこともあってか、2回目は特に衝動とかはなかった。

 

 

「いいね、うん!じゃあこれはお客様に提供するとして。2品目はこれだよ」

 

 

 こ、これは!?に、ににに、人参!?2品目でこれはないでしょ、私兎だよ!いきなりレベルがガクンと上がったんだけど!でも待って私。これは既に千切りになっている。もし人参の形をしていたら夢中でかじりついてた。それにしてもこの人参、色、匂い、どれも完璧でものすごく新鮮じゃないか。ああ、食べたい…。……いや、負けるな私!これは特訓なんだ!絶対に誘惑に勝ってあの料理長を見返してやるんだから!

 千切り人参を青じそ風味のドレッシングで和えてから皿に盛り付け、山のように形を整えて刻んだパセリを振り掛けたら、これで人参サラダの完成。ふう、危なかった…。

 

 

「おお、やっぱり手際がいいね。ありがとう。じゃあどんどん行こうか」

 

 

 そう言って欧我さんは笑顔を浮かべている。その笑顔が、なぜか悪魔の微笑みのように見えた。背後のフライパンからはジューッという音が響き、非常に香ばしい香りが漂っている。これは、ベーコン!?

 

 

「次、3品目もサラダなんだけど、ちょっと難しいかな。見た目も気にしてね」

 

 

 そう言いながら取り出したのはレタス。洗ったばかりなのか表面に水滴がついていて非常に瑞々しい。レタスの水気をきって皿に盛りつけようとしたが、なぜかその手を止められた。ふと欧我さんの方に視線を戻したところ、さらに別の食材を手渡された。

 この皿に乗っているもの、クルトンにチーズって、これは紛れもなくシーザーサラダの材料じゃないですか!クルトンのサクサクとした食感にチーズのコクとうま味、そしてドレッシングを纏うことですべての味が引きたたされる、これはまさにサラダ界のアイドル!

 

 

「あ、そうだ。これもお願いね」

 

 

 そう言って差し出したのは小さく切り、カリッカリに焼いたベーコンと温泉玉子。チーズのコクだけじゃなく、ベーコンの脂の甘味と濃厚な旨味も加えちゃうなんて!そしてカリッカリに焼いたことでクルトンとは違った食感や歯ごたえが加わり、ずっと噛んでいたくなるよ。それに玉子のまろやかさですべてをまとめ上げるなんて…。ああ、食べたい…今すぐ食べたい…!

 ……いや、待つのよ鈴瑚。ここは私の食費のため清蘭のため、負けちゃいけないんだから!

 

 

「おー、3品目もクリアしたね。お疲れ様」

 

 

 シーザーサラダの誘惑に屈することなく、なんとか盛り付けを終えることができた。まだ3品しか終えていないのに、この疲労感はなんなんだろう。こんな経験は初めてだ。

 

 

「ほらほら、休まないで。まだ始まったばかりなんだから」

 

 

 そう、まだ特訓は始まったばかり。まだあと7品も突破しなきゃいけない。一体どんな料理が出てくるのか、それも全く予想がつかない。品数が増えるほどより困難で美味しいものが出てくるだろう。絶対に負けないようにしなきゃ。

 そこからの4品はまさに難関続きだった。4品目はフライドポテト。細く切ったジャガイモを油でカリッと揚げたもので、食べるとほくほくとした食感、そして塩を振り掛けただけなのに口の中でいっぱいに広がるジャガイモの旨味。一度食べ始めたら手が止まらないだろうな。

 

 5品目はこれだと、欧我さんがコンロにかけられた鍋をポンポンと叩いた。その鍋のふたを開けると、ふわっと醤油と肉の香りが鼻を突いた。この香りは家庭料理の定番、肉じゃがだ。しょうゆとみりんで優しい味付けがなされたこの料理は、何と言ってもじゃがいもの甘味と肉の旨味とコク、これが一体となって口の中で柔らかくとろける。これは皿に盛り付けるだけだったので、あえて肉じゃがを見ないようにして何とか切り抜けた。

 

 6品目、ようやく折り返し地点を突破した。後半戦の一発目から非常にハードな料理が出された。それは豚の角煮。トロトロになるまでじっくりと煮込まれた豚肉の塊は、光を受けてまるで茶色の宝石のようにきらきらと輝いて見えた。そしてこの鍋から立ち上がる匂いもまた嗅いでいるだけで食欲をそそる。それに箸で持ち上げた時のプルプルとした感触、少し挟んだだけでほぐれてしまいそうなほど柔らかい。頬張った時、この肉は口の中でどうやってほどけていくんだろう。ああもう、想像しただけでよだれが止まらないよ!

 

 7品目に出されたのは天ぷらの盛り合わせ。竹輪の磯部揚げから玉ねぎと人参の掻揚げ、しいたけ、大葉、そしてプリップリのエビ!エビの身を歯で噛んだ時の押し返されるような弾力によって、噛むことが楽しくなり、衣のサクサクとした食感も相まってそれだけでもっと食べたいという気持ちがあふれ出してくる。そしてここでも出てきたか人参!このタイミングは狙っているとしか思えないよ。天ぷらだけではなく、それらの天ぷらの味を引き立たせ、調和する天つゆと、ピリッとしたアクセントを加えてくれる大根おろし。アツアツサクサクをパリッと頬張った時の幸福感はたまらないだろうなぁ。はやく味わいたいよぉ!

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

 

 ここまで7品目の料理の誘惑に打ち勝ち、一口もつまみ食いをすることなく見事盛り付けをこなすことができた。長く苦しい特訓も、残すところあと3品。疲労はピークに近く、体力もそがれてきた。いつの間にかこの特訓を一目見ようと、ホールの中にいたお客たちがカウンターに集まっている。その中にはもちろん清蘭の姿もある。清蘭のため、あと3品を何が何でも突破してやる!

 

 

「さて、オーディエンスが増えてきたところで8品目。その皿にご飯を盛り付けてからこの鍋を開けてね」

 

 

 そう言って指差した先には楕円形のお皿が炊飯器の傍らに置かれている。この皿の形、そしてごはんというワード。間違いない、8品目の料理はカレーライスだ。数種類のスパイスで辛みと深み、コクを引き出し、肉や野菜の旨味と合わさって絶妙な味わいを生み出す…というのは雑誌からの情報だ。でも、実際はどんな味がするのだろう。雑誌からでは味を確認することができないから、一度は食べてみたいと思っていた。それが、今、こんな状況で目の前に現れるなんて…。

 震える手を伸ばし、なべの蓋をつまみ、ゆっくりと引き上げた。その瞬間蓋の隙間から一気に押し寄せる豊潤で奥深いスパイスの香り。ああ、この香りを嗅いでいるだけでお腹が空いてくる…。

 

ぐりゅりゅりゅりゅぅ~~

 

 ついに耐え切れなくなり、私のお腹の虫がうなり声を上げた。盛大に響いた唸り声に、かぁっと顔が紅潮し、恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い隠してしゃがみこんだ。もう、なんでこんな時に鳴るのよー!

 

 

「あらら、鳴っちゃったね。どうする、いったん中断して何か食べる?」

 

 

 欧我さんの声が聞こえてくる。うつむいたままなので表情を伺い知ることはできなかったのだが、声の調子から、少し笑っているようだ。なによ、人にこのような美味しいものをたくさん見せておいて偉そうに。でも、レストランで働くということはこういったことが10回だけではなく、数えきれないほどたくさん起こる。それに慣れるためにも、食いしん坊な自分がレストランで働くためにも、この特訓は何としても突破しなきゃ。

 

 

「ううん、大丈夫。続けます」

 

 

 そう言い、ゆっくりと立ち上がった。お玉を手に取り、カレールーの中にゆっくりと挿入する。ジャガイモや豚肉、そして人参が大きめに切られており、素材の味が溶け込み、まろやかな感触がお玉から伝わってくる。人参…ああ人参…。食べたい気持ちをぐっとこらえ、ご飯にかけて福神漬けをトッピング。これでカレーライスの盛り付けは完了。ようやく8品目を突破。

 

 

「お疲れ様。じゃあ9品目行くけど、いいかな?」

 

 

 その言葉に私は力強く頷いた。私の表情を見て欧我さんは優しく頷き、オーブンの中からあるものを取り出した。いつの間に料理していたのだろう。

 目の前に出された料理を前にして、思わず目を見開いた。9品目、それはハンバーグだった。ひき肉の旨味と玉ねぎの甘味、一度フライパンで焼いてからオーブンでさらに焼くことで中まで火が通り、肉汁がぎゅっと閉じ込められる。ナイフを入れた時のジュワァッと溢れるキラキラの肉汁がもうたまらないよね!しかも付け合せが人参とマッシュポテトなんて、もう最高の組み合わせじゃない!誘惑に打ち勝ち、なんとか盛り付けまで終わらせることができた。さあ、最後の一品だ。とうとうここまで来た、絶対にどんな料理が来ても絶対にやり遂げてみせる。

 そう意気込んでいたばかりに、最後の10品目として提示された料理に思わず意表を突かれてしまった。

 

 

「さあ最後!食糧庫のスイーツコーナーにショートケーキが入っているから、一つ皿に乗せて持ってきて」

 

 

「へ?あ、はい、わかりました」

 

 

 思わず変な声が出てしまった。特訓の最後だということで気合を入れていたのだが、最後の料理がまさかのショートケーキ、しかも取ってくるだけ。これはものすごく余裕ね!しかし、その余裕は色とりどりのケーキを目の前にした瞬間すぐさま脆く崩れ去った。整然と並んだ数種類のケーキが、まるで自分が一番美味しいと主張するかのようにキラキラと輝きを放つ。私にはその主張がひしひしと伝わってきた。くそっ、最後の最後で一番の難問を突き付けてきたわね。月の民で玉兎だけど、私は一人の女の子。甘いものは大好きだ。こんなケーキを目の前にしたら誰もが興奮するだろう。でも、私はその気持ちをぐっとこらえる。

 

 

「ん…?」

 

 

 ショートケーキへ手を伸ばした時、あるものを目にして腕の動きが止まった。な、なんでこんなものがここにあるの!?弾力のある純白の肌に茶色のタレをまとい、一際キラキラと輝くものが3つ、串に刺さっている。これは、間違いない。絶対にあれだ!

 

 

「ほぁ~!みたらし団子!!」

 

 

 なになに!?なんでみたらし団子がここにあるの!?いい焼き加減、しっかりと団子に絡まって輝きを放つみたらし、それが10本山のように積みあがって圧倒的な存在感を放っている。じっと見ているだけでよだれが全然止まらないよ!なんで、なんで私の大好物の団子がここにあるの!?これはあの欧我さんが作ったみたらし団子、いったいどんな味がするんだろう。甘いのかな、いや、甘すぎず団子の旨味を引き立たせているのかな。アツアツで食べるの?それとも冷めてから? 食感はどんなの?柔らかい?それとも弾力があるの?あああああっ!!食べたい、食べたいよぉ!!

 

 

「いやいやいやいや!食べちゃダメだ、絶対に食べちゃダメだよ!ここで食べたら、今までの頑張りが無駄になってしまうぅーっ!みたらし団子食べたいのにぃ!」

 

 

 食べたいという気持ちを抑え、何度も食べちゃダメだと自分に言い聞かせる。まったく、最後の最後でこんな嫌がらせをしてくるなんて。これは肉じゃが戦法で行こう、みたらし団子はもう見ない。幸いラップでくるまれ、冷蔵庫の中ということもあり匂いがここまで漂ってこないのが救いか。少し手が震えてしまったため形がわずかに崩れてしまったが、なんとかショートケーキを皿の上に乗せることができた。ふぅっと長めに息を吐き、逃げるように食糧庫を飛び出した。

 

 

「ショートケーキ、持ってきました…」

 

 

「おう、ありがとう。あれ、なんかやけに疲れているようだね。大丈夫?」

 

 

 私の顔を見てそう言う言葉をかけてくる。「何を心配そうに、これも全部特訓のせいだよ」という返事を飲み込み、無言でショートケーキを差し出した。一切つまみ食いをしていない。これでようやく特訓も終了だ。ああ、もうお腹が減りすぎて力が出ないよ。美味しそうな料理を目の前に出されたのに、その料理を食べてはいけないって新手の飯テロじゃない。

 

 

「うん、確かに。というわけで、無事特訓終了。お疲れ様!じゃあ裏でゆっくりと休んでて」

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 

 事務室の中、机に突っ伏して未だに唸り声を上げるお腹を押さえる。ものすごくお腹減った。何か食べないと死んじゃいそう。なのに、ここ事務室には食べられそうなものが何一つない。ここで働ける自信がもうなくなってきた…。こんな美味しいものが溢れかえる場所で、食いしん坊の私が働けるのかな…。

 もう寝ちゃおう、そう思っていたところで、ガチャッと事務室の扉が開かれる音が響いた。それに続いて漂うスパイスの香り…。少し嗅いだだけでよだれと空腹感が刺激されるこの匂いはまさか!?がばっと上体を起こすと、目の前に大盛りのカレーライスが置かれた。

 

 

「こ、これは!?」

 

 

「カレーライス大盛り人参マシマシだよ。今日無事に特訓を乗り越えた鈴瑚ちゃんへのまかない兼ご褒美。どうぞ食べて」

 

 

「いいんですか!?」

 

 

「もちろん。今日の特訓を見ていて分かったんだ。目の前にどんな美味しい料理が出されても、ぐっとこらえて最後までやり遂げたその覚悟と気持ちは素晴らしいよ。そして、盛り付けの仕方も完璧で手際も申し分なかった。だから、鈴瑚ちゃんにはこれからもここで働いてもらいたいなってね」

 

 

 その言葉を聞き、なぜか心のもやもやが一気に晴れていった。欧我さんは私に厳しい特訓をさせていただけじゃなかった。私のことをしっかりと見ていてくれたんだ。そしてちゃんと褒めてくれた。空腹さえ堪えれば、私はここでずっと働けそう。

 

 

「はい、頑張ります!」

 

 

 その気持ちが嬉しくて、笑顔で元気よく返事を返した。欧我さんも笑顔でうなずき、「あ、そうだ」と言って背後からもう一つのお皿を取り出した。

 

 

「はわわわわ!み、みたらし団子!しかも10本も!?」

 

 

「そう、オマケだよ。しかも焼きたてだからゆっくりと食べてね。そしてカレーはお替り自由だから。んじゃ、ごゆっくり」

 

 

 そう言い残し、欧我さんはキッチンへと帰って行った。事務室には、私とカレーライス、そしてみたらし団子だけ。他には何もない。

 スプーンでカレーライスをすくい、パクッと頬張る。生まれて初めて食べるカレーライスの味は、ぬくもりと幸せに満ち溢れていた。

  


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