「ふむ、それは妙だね」
タキオンは階段を降りていく。事件の匂いがしたのだ。退屈止まない不変的な日々にアクセントが欲しいと思っていた所である。カフェの横に並び、自販機を眺めた。
中身の振り分けは大部分がペットボトルに入れられたスポーツ飲料水であり、上の列を全て陣取っている。中段には清涼飲料が並び、下段にはコーヒーと紅茶、冷製スープ缶が置かれている。コーヒーは無糖と微糖の缶飲料に加えてペットボトルに入れられたカフェオレの三種類。紅茶はセイロン茶葉を使ったものが一種のみ。
何故これも三種類用意しないのだろう……などと考えている暇はない。とにかく、その中でも何故か無糖のコーヒー缶だけが売り切れられているのだ。
「こんなものを飲むのは君か教師陣、学園関係者の大人くらいだろうね」
カフェはピクリと反応する。
「こんなもの……?」
「ああ、すまないすまない。流してくれ。ここで君と言い争う時間は無駄だろ?」
「……まぁいいでしょう。それにアナタのいう通り……この学園にいる人たちでわざわざこれを買っている所なんて見たことがありません。大体が上のスポーツドリンクか中段に並べられたジュースばかり。私もこの前初めて無糖の缶コーヒーがあったことに気づいたんですから……」
「だろうね。それで、また購入しようとしたら学園中の自販機のどれもが売り切れになってたということかい」
カフェは小さく頷く。
「そう……それにさっき開けた缶コーヒー……私が冷蔵庫に取り置いていた最後の一個でした。三日前程からこの現象が続いています」
「ふむ、業者の仕入れが無い、とかではないのかな?」
「それは無いと思います……。他の飲み物よりはストック量が少ないかもしれませんが……しっかり毎日補充していると聞きました」
「それは誰からだい?」
「業者の方からです。一昨日、早く起きてしまって校舎を散歩していたら業務を終えた業者の方々とすれ違いまして……何故かいつも余りきっていた缶コーヒーの売り上げがここ数日で急増しているとのことでした」
カフェは語る。
まず自販機に飲み物を補充する時間帯は夜間。非常に大きい校舎には多くの自販機が存在しているため毎日が激務であり、時には夜明けまでかかることもあるらしい。そして、カフェのいう通りある日を境に突然缶コーヒーが売れだしたという。それが一週間前。だがその時にはまだ数個残っていて売り切れになる程では無かったらしい。そして赤く点灯しだしたのは三日前。しかも授業が始まる前には既に売り切れてしまっているということ。もちろん全ての自販機にその缶コーヒーが陳列されているわけではないため、数はある程度限られてはいるがそれでも異常事態には違いない。
カフェ達が知らないだけで缶コーヒーが流行りだしたというパターンがあるものの、下校時間をとうに過ぎている夜間に補充されたものが売り切れるという点は説明できない。つまり誰かが校内に忍び込み、そして故意的に大量購入しているということである。
「というか、夜に校舎に入るのは禁止なはずだが……やめたまえ、私をにらまないでくれ。まぁそれは置いておこう。とにもかくも缶コーヒーを買い占めている者がいるということか。物好きな話だ。まっ、別にいいじゃないか、別にわざわざ飲もうとしなくても。これを機に私のおすすめする紅茶のすばらしさを知ってもらおうかな」
「いやです……。あんな渋くて変な香り……絶対胃がおかしくなります……。それに、アナタは大量の砂糖を入れてますよね。あれ、おかしいと思いません……?」
タキオンは不思議そうに頭を傾ける。
「ん? 糖分補給はするだろう?」
「異常な量なんですが……」
「苦味を好むやつの方がよっぽど異常に見えるよ。甘味は万人共通で好まれるのだろう」
「……子供舌ですものね」
くすりと笑われる。タキオンは頬を膨らませた。
「なんだよー。いいだろー。無理に大人になる必要なんてないんだ。あと薬を返せー、窃盗だぞ」
「……そんな駄々こねられてもいやです。怪しい薬を許可なく飲ませようとする方が大問題でしょう……?」
「大丈夫だよ。体に悪影響など絶対無い」
「体を発光させたり頭上から煙を発生させたり大分悪影響かと思いますが……」
そうだったっけか?
タキオンは過去を振り返ってみるも、思い当たりがありすぎてどの薬が原因か分からない。
「あれは副作用さ。すぐに収まる。それに疲労回復などの効能もあって感謝されることもあるんだからな」
腕を組んで胸を張る。
「少なくとも私はアナタに悪戯しかされていません……。次また変な薬を勝手に盛ろうとしたらどうなるか分かりませんからね……」
カフェは静かに警告して、階段を登っていく。ハチミーコーヒーでなければ売店で提供されているため、それを買いにいくつもりだそうだ。
タキオンはカフェの気配が完全に消えた後、研究室へ駆け込む。一応施錠して簡単には入ってこられないようにした。いつも腰かけているクッションが敷かれた椅子に座り、肩の力を抜く。やはりこの空間は心が安らぐものだ。
一息ついた後、タキオンは鍵付きの保管庫の前に向かい、実験台の引き出しから鍵を取り出して解錠する。その中から出てきたのはカフェに奪われた研究品のストックである。ふとした拍子に溢してしまったり、カフェに取られてしまった場合にもう一つ隠し持っていたのだ。つまり以前から彼女は同じことを繰り返していたのだった。保管庫は普段布をかぶせてその上に物を置いてカモフラージュをしているため、まだバレていない……はずである。
「さて、これを先程拾ったこいつに混ぜ込んで……」
白衣のポケットから裏庭で拾ったハチミーコーヒーを取り出して机の上にコトリと置く。その瞬間、カフェの話を思い出した。
「ふむ……そう言えば、これを探していたんだったね」
タキオンは神妙な様子で問題の品を見つめる。
偶然拾ったものだが、あの時すれ違った人物の落とし物なのではないだろうか。
かなり急いでいた様子だった。姿を見る前に居なくなってしまったので特定は出来ないが、おそらくその人物が缶コーヒーを買い占めており、何処かに移動させていた最中だったのではないか。
そしてタキオンと衝突しそうになった拍子に一本落としてしまったのだろう。顔こそ見えなかったが、両手にいっぱいに抱えて運んでいたような気もする。
最近なぜか突然人気になった無糖の缶コーヒー。
三日前から、登校時間になった時にはもう売り切れが続出している不思議な現象。
そして自身がすれ違った怪しい人物。
「面白そうな話になってきたね」
タキオンは口の端を釣り上げて笑う。丁度退屈しのぎになるものを探していた所だ。
計画を一旦中止にし、薬を再び保管庫に戻して研究室を後にした。