次の日になっても、やはり自販機の右隅に赤文字が点灯していた。
「……やっぱり無いですね……」
「おや、どうしても気になるというのかい?」
タキオンは
「これは……なぜアナタが持っているんですか……?」
カフェはその缶コーヒーが目の前にあるものと一致していることに直ぐに気付き、タキオンの顔と缶コーヒーを交互に見やる。一瞬だけ、疑いを含んだ目線を送ってくる。
「……いや、こんな回りくどいことはしないですね……。どうしてこれを……?」
どうやら疑いは直ぐに晴れたようで、今度はタキオンは缶コーヒーを所持している理由について問いかけてきた。
「昨日拾ったんだ。誰かの落とし物なのだろう」
タキオンは昨日の出来事について簡易的に説明した。もちろん、缶コーヒーに細工をしようとした部分は伏せるが。
全てを聞き終えた後、カフェは缶コーヒーを羽織っているコートのポケットに突っ込み、指を軽く曲げ顎に添えて考え込んでいた。状況整理をしているのだろう。ぶつぶつと言葉にならない声を発しているカフェは何処か近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
手持ちぶさたになったタキオンは研究室に一旦戻り、既に沸かしていたお湯と市販のティーパックを合わせ紅茶を作る。そして引き出しの中に入れてある角砂糖を融解度ギリギリ付近まで投入し、氷の入ったグラスに注ぎ込んでアイスティーを完成させた。それを手に持ち、自販機まで戻ると同時にカフェの顔が上がった。
「何か思いついたのかい?」
「……はい。まずは自販機を回りましょう。今日も各所にある自販機が売り切れているのか確認……します。まぁ……授業を受けてから、ですが……」
「じゃあ私はいつものようにサボらせてもら――うわっ、離したまえ!」
腕を捕まれたタキオンは頑張って逃げようと逆方向に体を向けるが、カフェは独り言を呟きながらタキオンを無理やり教室へと引きずっていく。タキオンと同じで体躯は小さく、華奢な体つきなのだが、なぜこうも力の差があるのかタキオンには理解できなかった。
結局そのまま振りきることは出来ず、逃走を諦めたタキオンは大人しく教室へと向かった。カフェと共に中に入ると、珍しいのか教室中の視線が一斉に集まる。
無理やりカフェに座らせられ、タキオンはあからさまに嫌そうな表情を見せた。勉強机に額を押し付けうめきだす。
「うあぁ、なんで私も連れてきたんだ」
「……出席日数が足りなくなるから連れてこいと生徒会から伝えられてまして」
カフェは冷めた目つきで項垂れるタキオンを見つめた。
「別にテストの時だけでいいだろう」
「駄目なものは……ダメです」
「頭がかたくて困るものだ」
「……そうですか?」
カフェは己の額を手の甲でコンコンと叩く。
「いや、物理的な意味じゃない」
タキオンも思わず突っ込みをいれた。やはり彼女はどこか人とズレている感覚を持っている、と再確認した。
「はぁ、面倒くさいねぇ……」
頬杖をついて窓の外を眺める。雲一つ無い快晴であり、まだ春だと言うのに太陽光が肌を焼き付けてくる。1日のほとんどを薄暗い部屋で過ごすタキオンにとっては良い天気、というわけでも無かった。これから夏に向かっていく片鱗を見せている。紫外線に強い方ではないため日焼けに気を使わないといけなくなる……常に実験のことを考えていたいタキオンにとっては面倒な季節である。
(日焼けを絶対にしない軟膏とか作ってみてもいいかもしれないね)
新薬のことを考えていれば時間は颯爽と過ぎていく。気づけば昼休みになっていた。
カフェは放心しているタキオンの腕を無言で掴もうとすると、ゆるりと避けられた。
「さて、私も行こうか」
逆に虚をつかれたようで、驚きの表情を見せる。
「……わりと乗り気なんですね」
「ああ、おもしろそうだからね」
不敵な笑みを浮かべるタキオンに対してカフェは何か企んでいるのではないかと警戒したが、このままでは時間が無くなってしまうため自販機を巡ることを優先した。
校舎の一階から四階、裏庭、室内プール、グラウンドを回るも、どれも売り切れの文字が表示されていた。ちなみに寮の外に設置された自販機には陳列はされていなかった。自販機付近で見張って誰が買い占めるのか見ることはできない。校内に設置された監視カメラを確認できれば一目瞭然だろうが、別に事件性は皆無のためわざわざ尋ねに行くのもおかしいだろう。噂にもならないので、おそらくブラックコーヒーを飲む人で、なおかつ自販機で購入している人間の一部にしか興味がないはずだ。
カフェはタキオンが缶コーヒーを拾い上げた所へ案内してもらった。もしかしたらまた同じ人物が通るかも知れないと見張っていたものの、怪しい人物が通りすぎることは無かった。
結局のところ今回も収穫は無かった。
「明日も同じことをするのかい?」
校内のチャイムが鳴り、教室へ戻ろうとするカフェにタキオンが話しかける。
「……もうすぐ豆が届きそうですしね……ちょっとした悪戯程度ですから、気づけば買えるようになってるんじゃないでしょうか」
今回の件について気になっている部分はあるものの、別段解決したいという気持ちは無いそうだ。日にちが過ぎれば元通りになっているだろうし、その頃には取り寄せた珈琲豆を自身で挽いて、お気に入りのカップに淹れているはずだと答える。
「それもそうだねぇ」
タキオンは人形のように表情を一切変えないまま廊下を突き進むカフェを見ながら肩をすくめる。
「……まぁ、いいんじゃないかい。君が何も解決できなかったとしても、確かに何も変わらないしね。ただ謎が残っているだけ。いずれ風化する。誰の記憶にも残らない。まっ、一つ言えることはこの謎を究明することが出来なかったというわけだが……」
チラリとカフェに視線だけを向ける。
相変わらずの無表情――だと、他の者ならそう思うだろう。しかしカフェと関わる機会が多いタキオンはカフェがピクリと耳を震わせた瞬間を見て白衣の袖で口元を抑え、ニヤリと笑った。
どうやら上手く焚き付けられたようである。
カフェは他人には聞き取れない程の声量でボソボソと呟き始める。
「……おや?」
タキオンは見覚えのある後ろ姿を見て、首をかしげる。
艶やかな大きな三つ編みの髪。間違いなくあれはスーパークリークである。彼女はタキオン達が確認済みの自販機で立ち尽くしていた。どうやら何か困っているようだ。
「うーん、どうしましょう……ここにも無いですか……」
彼女の呟きにカフェの目の色が変わった。カフェは体勢を低くしてクリークに近づいていく。タキオンはその姿を見て納得した。
(あんな低姿勢で……なるほどね、接近されるまで気がつかないわけだ)