土煙を上げて、一台の戦車が疾走する。
「蛇行を繰り返して、敵に的をしぼらせるナ!逃げ惑っているように見せテ!」
M15/42の車長、エレナが乗員に叫ぶ。15分近く、敵の追撃から逃げ続けていた。エレナは、狩猟が趣味の父に付き合って、アマゾンに野生動物のハンティングに行った時の事を思い出していた。効果的に人を配置して、獲物を囲い込み、必殺の銃撃を加える。知波単学園の戦車から撃ち込まれてくる砲弾は確かによく狙っている、少しでも気を抜いたら一発で抜かれる。ギリギリのこの逃避行の中でも、エレナは冷静に弾筋を見切っていた、飛んでくるあの弾も、この弾も、5月の猛練習の時に、チームの皆が打ち込んできた弾と同じだ。まるで満点のテストを復習しているような不思議な感覚になる。そして、この後地獄が待っているとも知らず、自分を追って突進してくる知波単の車両を見て、向こう見ずだったあの大洗との練習試合での自分を見ているようで、彼女らの無邪気さに思わず口角が上がる。その顔は狡猾な狩猟者の顔だった。エレナは、3日前の作戦会議の事を思い出してした。
戦車道全国大会の三日前、しまなみの戦車道履修生は一同車両倉庫に集い、パイプ椅子に腰かけ作戦会議を行っていた。
「今回、第一回戦で当たる知波単学園は、九七式中戦車・通称チハによる突撃戦法を得意としている学校です」
「知波単側は、47ミリ対戦車砲を装備した、新型砲塔車両が6両、旧砲塔を装備した3両、95式軽戦車一両の編成で来ます。相手は戦車白兵戦の専門家です。近接戦闘でしまなみに勝算はほぼ無いと考えたほうがよいでしょう」
「皆さん。今回の作戦の主眼は、知波単側に、やりたい戦い方をさせない事にあります」
「まずこのマップの中間点、戦車が二両並んで通れるほどの道が合わさる十字路があります。東側から知波単を誘い出し、知波単の車両が橋を通り終えた所で、藪の中に擬装配置したソミュアS352両と、五式中戦車2両合同のコマクサチームの砲撃で橋を落とし、彼女らの退路を断ちます。その後、十字路付近に配置した、Ⅳ号突撃砲2両、ARL44合同のクロユリチームで先頭車両に集中攻撃を行い、進軍を阻み、残存車両に砲撃を加え圧殺します。道沿いの小高い丘には、strv m/40Lと、M15/42合同のエーデルワイスチームを配置し、観測点を設置。場合によっては上方より砲撃を加えて知波単を攪乱し、逃走する車両を仕留めます」
「まず一両の戦車でこのキルゾーンに陽動を行います。知波単の生徒は、激高しやすく、目標と定めた敵を撃破するまで追いかける傾向にあります。陽動車は、無名校の素人らしい機銃掃射・砲撃を行って、逃げ惑うような動きで、知波単の生徒を焚きつけながら誘い込んで下さい」
「この、知波単の陽動はM15/42のオニユリチームにお願いします。エレナさん、貴女の地形の読みの鋭さと、オニユリチームの走行技術の高さを買いました。どうか宜しくお願いします」
エレナは驚いた、前回の練習試合で、突出し、ポイントマンの役目を果たさず撃破された自分に、隊長はチャンスを与えると言っている。嬉しさが爆発しそうになりながら、エレナは力強く答える。
「かしこまりましタ!必ずお役目を果たして見せまス!」
その頃、エレナのM15/42を追い立てている先頭車両に乗っている知波単の生徒はウサギ狩りを楽しんでいた。
「あっはっは!よく逃げるウサギだこと!ほらほら危ないぞ!」
戦車の前の道に砲撃を加え体勢を崩させる、一瞬車両が回転し、こちらに機銃で撃ってくると同時に砲撃してくるが、砲手の腕が悪いのか虚空に弾が飛んでいく。この期に及んで、機銃で攻撃してくるとは…… 機銃で攻撃するなど、戦場では下の下、礼を失する最低の行いに彼女らは憤慨し、激高した。
「無名校は戦場の習いも知らないと見えます!私達で教育してあげましょう!」
「応!」
無論彼女たちが全て悪いわけではない。人間の脳は、他者への罰に快感を覚える仕組みがある。今の彼女達の脳内は、後輩への思いやりより、作法も知らない無名校の抜け作斥候を罰する快感に酔いしれていた。
が、しばらく走って行くと、突然前方を走る斥候が45度角度を変えて、畑の畝沿いに走り出す。今までの逃げ惑うような機動とは違う、明らかに意思を持った鋭い動きに、知波単の先頭の6両は呆気にとられる。と、自分達が、小高い丘に囲まれた窪地の遮蔽物のない道路の真ん中で停止していることに気づく、更に丘の上、林の中で何かが少し光る。先頭の車両に乗っていた生徒は総毛立ち、マイクを持つ。その様子を、ARL44に乗るルイーズは双眼鏡で見ていた。
「タ・イ・チョ・ウ・コ・レ・ハ・ワ・ナ もう遅い、クロユリチーム砲撃開始」
読唇術を駆使して、誘い込まれた哀れな子羊の言葉をルイーズが読む。そして、小隊に命令を伝えた。
「コマクサよりエーデルワイス。橋は落ちた。繰り返す橋は落ちた」
相棒のコマクサチームの長原から成功の報が来る。知波単の地獄が始まった。
時は少し巻き戻る。一回戦試合前、戦車の最終チェックをしながら、知波単学園戦車道の二年生、玉田環は、同じく二年の細見静子に話掛ける。
「なぁ、細見…… なんで今回の試合、西さんがフラッグ車なんだ?」
細見はため息をつきながら玉田に答えた。
「さぁな、多分栗林さんの件の報復なんじゃないかな?」
現在の知波単学園の戦車道は、隊長の辻つつじの取り巻きが牛耳っている。新しく配備された新型砲塔のチハも、戦績や適性ではなく、家柄や、隊長とつながりのある連中に優先的に配備されており、玉田はそれが大いに不満だった。今までは3年生の栗林という上級生がいて、取り巻きの暴走を食い止めていたのだが、知波単学園の持ち味である突撃戦法に異をとなえ、戦術的転身も辞さない持久戦と、夜戦主体の一撃離脱・奇襲攻撃を主張したりと奇行が目立ち、遂には強襲戦車競技研究班に左遷になり、戦車から降ろされてしまった。タガが外れた取り巻きは益々増長して、現在知波単では、旧栗林派と目されてしまっている人間は冷遇の対象になってしまっているのだ。西は車長としての技量も、突撃の強さも知波単に西ありという実力がある。しかし、一本筋の通った性格で政治的な融通が利かず、栗林にことのほか可愛がられていた西は辻の取り巻きから睨まれている。その実力から、本来は一番槍を任されてもいい筈なのに、結局先鋒最後尾の7号車にされてしまった。本人は気にしていないといつもの快活さを崩さないが、その内実を知っている二人には西が不憫に見えてしょうがない。
「起こってしまった事はしょうがないさ。この試合で、我らが活躍できれば風向きも変わるだろ」
細見はそう語る。幸い一回戦は、今年度から戦車道を履修し始めた素人集団の無名校との話だし、知波単の敵ではない。さっさと片付けて、三回戦の黒森峰女学園との試合に備えよというのが、隊長の取り巻きの主張だった。
「そうだな。と言っても、我らは西さんの更に後ろだから最早戦果の上げようもないがな」
玉田は半ば諦め気味に、相棒に語る。細見は少し声を荒げる。
「玉田よそう愚痴るな、相手は素人集団の無名校だ。さっさと片付けて、突撃の露と消えてもらおう」
細見はそう話しながら自分が車長を務める旧砲塔のチハに乗車する。その後、細見は自分の見識が甘かったことを嫌というほどに思い知れされる事になった。
玉田は、目の前の光景が信じられなかった。哀れな敵の斥候を追い立てはやしていた先鋒の3年生の車両が二両撃破されたと思ったら、目の前の橋が落ち、あっという間に辻隊長を含む先鋒の6両が鉄塊に変えられてしまった。あまりの光景に息も出来ない、足が震えてしまって思考ができない。
「しっかりしろ玉田!これより我らは左後方の小屋まで戦術的転身を行い体制を立て直す!細見、福田も我に続け!」
西の声でようやく我に還り、玉田は操縦手に命令を伝える。
「左後方の小屋まで戦術的転身だ!砲撃による窪地に注意しろ!」
「隊長、新砲塔のチハは全て叩き潰した。だが旧砲塔3両と軽戦車が残っている」
Ⅳ号突撃砲に乗る音森が零に伝える。
「砲撃の直前、7番目の車両が急ブレーキで回避しました。手練れかもしれないので注意が必要です」
もう一両のⅣ号突撃砲に乗るベアトリーセが冷静にそう分析する。零も、先鋒の6両を伏撃で撃破した後、あの7号車が残った車両を率いて、後方の小屋の陰に退避して行く様子を見ていた。
「こちらでも確認しました。敵は小屋の後方に隠れています。これより全車両で小屋に砲撃を加え、残敵を炙り出します」
「了解!」
零からの指令を受け、全車両小屋に照準を合わせる。今日の隊長の命令は、敵に対して情け容赦ない。あの人は絶対に勝つつもりだと全員が認識し、残敵が隠れる小屋に向かい砲撃を始めた。
「もう持ちません!あと数回砲撃を受けたら小屋が崩壊します!」
細見が西にそう伝える。小屋に隠れて以後、猛烈な砲火が小屋に加えられている。転身を行おうとしても、少し身を乗り出すと、すぐに射撃を受け、全く身動きが取れない。玉田は、西に縋るような思いで、指令を待つ。福田は震えていて、大丈夫だと細見が励ましている。西は、大きく息を吸い込んだ後、静かに話始める。
「これより、敵陣地に対し、突撃を敢行する……」
「すまない皆、私には突撃でしかこの状況を打破する策が思い浮かばない。皆に勝利を与える事は出来ないが、生き様を見せてやることは出来る。無能なこの私と、一緒に死んでくれないか?」
西が3人に語り掛ける、もう失うものは何もない。絶体絶命の状況から、戦場の華の突撃が出来る事に3人は歓喜する。
「私は西さんにどこまでも付いていきます!しまなみの奴らに一泡吹かせてやりましょう!」
「細見!西さんに従います。この命、西さんに預けます!」
「福田!西先輩を必ずお守りします!」
三人からの声を受けて、西がほほ笑む。そして力強い声で指令を伝える。
「次の砲撃を合図に小屋から脱出し、7号車先頭の楔型陣形を組む!8号車・9号車は私の両隣に、10号車は私の直後に着いて絶対離れるな!我らの知波単魂を見せ付けてやれ!」
間もなく小屋に敵の砲撃が届き、粉塵を巻き上げて小屋が崩壊する。その粉塵に紛れ、突撃を開始した。
まず8号車が、砲撃を受け炎を上げて擱座し、次に9号車が斉射を受けてブリキがひしゃげるような音を立てて撃破された。7号車への砲撃を後方から回り込んだ10号車が庇い、10号車は回転しながら転がっていき白旗を上げた。
自身の車両に、敵の砲火を食らいながら、西は思い出していた。修身の授業の時に習った、釈迦は前世で虎にその身を食べさせて虎の親子を救った事を。装甲という名の皮膚を爪で切り裂かれ、車両という名の骨をかみ砕かれ、原動機という名の心臓を食い破られる。疑似的な死への恐怖から、過剰に分泌される脳内物質が見せる幻影なのかもしれないが、圧倒的な暴力によって、自身が嬲られる事に、西絹代は心酔していた。そうして西の車両に、しまなみ全車両の一斉射撃が加えられ、西の車両は空中高く舞い上がり、落下した後に部品をまき散らし大回転しながら、ようやく停止炎上し白旗を上げ、その後世まで語り継がれる突撃のあり様を見せつけ、知波単の在り方を証明したのだった。
そうして、しばらくした後に、審判員と蝶野亜美のアナウンスが響き渡る
「し、しまなみ女子工業学園欠損車両なし、知波単学園残存車両なし」
「しまなみ女子工業学園の勝利!」
零達の勝利が確定した瞬間だった。圧勝であった。
「大垣隊長!」
溌剌とした声に呼び止められて、零は振り返る。そこには、黒髪長身の、端正な顔立ちの知波単の生徒が立っていた。頬には煤が乗り、少し頬が切れてしまっている。
「この度はお見事な戦い振りでありました!私も生涯一の突撃を敢行する事が出来ました!後世まで誉にさせて頂きます!」
元気な声で伝えられ、零も安心する。最後の全車両一斉射撃で凄まじい撃破されっぷりだったので、ケガをしていないか心配だったからだ。
「いえ、そんな…最初の砲撃回避や、部隊の再編制の迅速さは特筆すべきもので私も大変勉強させて頂きました。あと、ごめんなさい……綺麗なお顔に傷が……」
そういって零は、持っていた消毒液とティッシュで西の傷を拭う。
「あたた…… いえ、この程度、、練習でもしょっちゅうですから気にしないで下さい。優しいのですね大垣さんは……」
そう言ってしばらく零の治療を受ける。終わった後、帽体を脱ぎ、姿勢を正して零に向かい直す。
「私の名は西絹代です、我が君。貴女の戦い振りと、優しき心に惚れました。いつの日か、また相まみえる事を楽しみにしております」
そう言って帽体を被り、一礼して、帰っていく西を零は見送る。
そこに、友人の声が聞こえた。
「終わった?も~見せつけてくれちゃって」
「凄いね、零ちゃんもってもて」
そういって囃してくる友人にちがわいと言おうとしたら、零がその場に崩れ落ちる。
「どうしたの零!!」
「零ちゃん大丈夫!?」
そういって陸奥原と紅城が駆け寄る。
「ご、ごめん…… 腰が抜けた……」
緊張から解放された為なのか不明だが、腰から下に力が入らなくなりへたりこんでしまった。
「も~情けない隊長さんだこと」
「ほら零ちゃん、肩を貸すから腕上げて」
二人に引っ張り上げられて、よたよた歩いていく。その先にはチームメイト達と、応援に来ていた大洗女子学園の面々が待っていた。
夕焼けが戦場を赤く染めた、その空には一朶の白い雲が浮かんでいた。