「皆さん、今日までありがとうございました。また、お会いしましょう」
「アリーセ先生、ありがとうございました!」
しまなみ女子工業学園戦車道チームの生徒全員が揃い、一人の女性に別れの挨拶をする。
彼女の名はアリーセ・ガーランド。ドイツの戦車道・国家代表チームの副コーチである。
前回の全国大会一回戦で、しまなみ女子工業学園は知波単学園相手に華々しいデビューウィンを飾った。しかし、こうした場合危惧すべきは中だるみである。まだ決勝含め3回も強豪校達と戦わねばならないのに、一回戦で大勝してしまったが故に練習の強度が落ちたり、集中力が下がる事を隊長の大垣零は危惧していた。そこで、ドイツで戦車道の草チームに所属していたという、Ⅳ号突撃砲クローバーチーム車長のベアトリーセに頼んで、戦車道の強国ドイツから一週間の短期集中訓練の教官を招いたのだった。しかし零も、まさかこんな大物が来るとは思っておらず、その練習も聞きしに勝るスパルタっぷりで、履修生全員が中だるみなど許されず、更なるスキルアップの道を歩むことになったのだった。ちなみに隊長の零も、毎日アリーセ先生の講義に次ぐ講義でみっちり扱かれたのだった。
「それではアリーセ先生、ヘリポートまで送ります」
本当は履修生全員で見送る予定だったが、アリーセより、「見送る暇があるなら演習か勉強をしなさい」と言われ、代表でベアトリーセが最後のお見送りをる事になったのだった。二人は学園艦のヘリポートまで並んで歩きながら話し始めた。
「望外に素晴らしい一週間だったわ。こんな事になるなら、半年くらいのスパンで予定を組んでおけば良かったわね」
前を見ながら、アリーセが話す。最初は苦手に感じた瀬戸内海の潮風も今は慣れた。新設校の指導は本国でも同じくやっているが、いつも履修生達との別れがある。巣立ちを見送ったり、見送られたり、名残惜しいのはいつも同じだ。
「先生ならいつでも大歓迎です! 次に日本にお越しの時は是非しまなみにも寄って下さい!」
「ふふ、ありがとう。それにしても、今の貴女良い顔してる。昔とは大違いだわ」
かつての教え子の嬉しい変化をアリーセは喜ぶ。
「それはやっぱり、大好きな隊長さんのお陰なのかしら?」
ベアトリーセからのメールには、一緒に日本に渡った友人達の話題と同じくらい、隊長の零の話題が多い。一緒に桜を見に行った写真や、先の第一試合の後に愛車のⅣ号突撃砲の前で撮った写真など、沢山の写真に本国では見なかった咲くような笑顔で写っていた。
「そ、そんな事ないです…… 先生冗談が過ぎます……」
そう言ってベアトリーセは頬を赤らめる。こんな所は昔から変わっていない。
そうしてヘリに乗り、アリーセは若者達との別れを惜しみつつ、しまなみ女子工業学園を後にしたのだった。
新参の戦車道無名校が、歴史ある学校に完全勝利を飾った今大会の一回戦は、衝撃を持って迎えられた。それも乱戦から辛うじての勝利では無く、徹頭徹尾、作戦によってもたらされた勝利だからだ。戦車道に運やまぐれは無い。だからこそ、これまで運やまぐれに恵まれなかったしまなみの第二回戦の相手、ボンプル高校の隊長ヤイカの心境は複雑だった。
「忌々しい、新参校の分際で……」
もちろんそれが本心ではないし、言っても惨めな事は自分でも分かっている。ボンプル高校は保有戦車が豆戦車と軽戦車が中心で、毎年全国大会ではプラウダや黒森峰、サンダースといった強豪校相手に辛酸を嘗め続けて来た。特に去年の大会では、積年の恨みがあるプラウダ相手に降伏の屈辱を味あわされた。自分達の姿が、心の故郷ポーランドと重なる、大国に幾度と無く蹂躙され、奪い取られてきた魂の祖国と。だからこそヤイカは、負けを簡単に認める事が許せなかった。負けたくないという気持ちが怒りとなって溢れて、いつも脳が焼け切れそうになる。
だが、そんな自分達も強襲戦車競技・タンカスロンでは、常勝無敗を誇っている。強豪校は使う道具が良いだけ、同じ条件下なら自分達が最強の戦車乗りだと信じている。が、強襲戦車競技は、戦車道と違って、ルール無用の過激な試合内容を魅力としており、戦車道で輝けなかった者が辿り着く所謂「邪道」と世間では目されていた。ヤイカは、最早何度見たか分からない、しまなみ女子工業学園と、大洗女子学園の練習試合を収めた映像を見る。残り一両となっても、果敢に攻撃を仕掛け、最後は大洗のⅣ号戦車の鮮やかなスライドからの砲撃で撃ち取られてしまうstrv m/40L。このタンカスロンの世界でもポピュラーな軽戦車の性能をここまで引き出し、西住流宗家の娘が乗る戦車と此処まで戦うとは……
「大垣、零……」
特に脳裏に焼き付いて離れない動きをしていた、軽戦車の車長の名前をヤイカは呟いていた。
ここはボンプル高校学園艦、戦車道履修生達が集い、食卓を囲みながら、3日後に迫った、しまなみ女子工業学園との二回戦の作戦会議を行っていた。
「皆も知っての通り、しまなみ女子工業学園は、走・攻・守とバランスの取れた車両編成と、高い練度を持つ乗員達で構成される侮りがたい相手よ」
ヤイカは皆に向かって話す。
「彼女達は知波単学園を策略によって、欠損車両無しで完封勝ちし、練習試合ではあの西住まほの妹を相手に大立回りも演じているわ。無名校の素人集団と侮っては知波単学園の二の舞になる事をしっかり銘記なさい」
「今回、試合会場となるマップは平野と、廃園になった欧州の街並みを模した遊園地が舞台となるわ。拓けた平野では、我々の戦車では近づく前に突撃砲と、重戦車の長距離射撃の的になる。よって遊園地園内に誘い込み、徹底して運動戦を仕掛け、翻弄し、雨粒が石に穴を穿つように辛抱強く戦えばきっとチャンスが巡って来るわ。私の10TPと、皆が乗る7TPでヘッツァーの前に誘い出し、各個撃破に持ち込みましょう」
ヤイカは冷静で有能な指揮官である。新規投入の10TP軽戦車が一両、7TP軽戦車が七両、駆逐戦車ヘッツァーが二両という編成である。Strv m/40Lや、M15/42中戦車が相手ならば互角かもしれないが、重戦車が相手となると全く勝算は無い。だからこそ、市街地に誘い込み、機動力のある軽戦車が主体となって敵を翻弄し、駆逐戦車で撃破していけば、必ずチャンスは訪れると信じていた。
更に今回は、秘蔵のポーランドの試作戦車10TPを初めて実戦投入する。継続高校のBT-42と同型のクリスティー式サスペンションを持つこの戦車は、機動力が履帯よりも高く、整地された路面や、市街地での戦闘に無類の強さを発揮する。ヤイカも、しまなみとの闘いの為に、猛練習を重ね、いよいよ実戦投入まで漕ぎつけた。
「ただし、隊長車のstrv m/40Lは私の獲物よ、徹底的にマークして必ず倒すわ。皆は他の車両に攻撃を集中して」
しまなみの攻守の要は、隊長車のstrv m/40Lにあるとヤイカは考えていた。大洗との練習試合では、とにかく動き回り、偵察を行い、攻撃では各車両と抜群のコンビネーションで奇襲の火消しを行ったり、白兵戦では強襲戦車競技でも見ないような、猛烈な突撃を単騎で行ったりと大立ち回りを演じ、知波単戦では、観測点からの前線偵察と支援砲撃で無名校チームを勝利に導いた。あの西住まほの妹が乗る戦車と、貧弱な軽戦車であそこまで戦える者がいるという事実は、強襲戦車競技を始めた自分に暗い影を落とす、だからこそ、今回は一対一でしまなみの隊長車に勝利し、ボンプルの、そして自らが同条件であれば最強である事を証明したいと考えていた。
「……見ていなさい、必ず勝って見せるわ……」
ヤイカは呟く。壁にはポーランド有翼重騎兵のフレスコ画が蝋燭の赤い炎で照らされていた。
時は変わり、ここはしまなみ女子工業学園。アマリリスチーム・M15/42中戦車の車長、マルティーナ・ビアンケッティは練習試合を終えて、戦車の整備を行っていた。同型の戦車に乗るオニユリチームの相棒エレナや、機械科の一年生6人で構成されるソミュアS35に乗るユズリハ・ガーベラチームはしまなみ戦車道チームのフォワードであり、攻守の要である。
「エレナ、トルクレンチを取ってくれる?」
今日は相棒のエレナのチームと合同で、車両整備を行っていた。履修し始めた当初は戦車なんて自分が整備出来るのか心配だったが、零達機械科の履修生の協力もあり、なんとか自分達でも整備が出来るようになってきた。
「あいヨ、今日中にオイルリーク直さないトね~」
自分が乗るM15/42は、戦車としては珍しく、V型8気筒液冷ガソリンエンジンが使用されている。トルクが強く、優れたエンジンではあるのだが、如何せんオイル漏れなどの症状が頻繁に出る為、日々の念入りな整備が欠かせない。ツナギを着て、オイルに塗れて戦車のエンジンを整備するなんて、ほんの2か月ほど前の自分では考えられなかったなと思う。
「どうしたのマルティーナ?手が止まってるわよ」
カトレアチーム・ARL44の車長であり、友人のルイーズから注意されてしまう。先日ARL44の地獄の履帯交換を手伝ってもらったお礼として、今日はチーム全員でツナギを着て作業を手伝ってくれている。映画の主演女優か、有名ブランドのモデルかと思うようなフランス女性達が、ツナギを着て戦車の整備をしているなんて、なんだか不思議な光景である。
「あぁ、ごめんごめん。よし…… シリンダーガスケットも交換出来たし、後は部品組んで調整するだけね」
作業も佳境になり、一安心である。これで次戦のボンプル高校との闘いに万全の状態で備える事が出来る。
「お疲れマルティーナ、作業はどんな感じだ?」「手伝いに来たわよ~」
五式中戦車の整備を終えたウメ・ツバキチームの車長の長原と室町が様子を見に来た。しまなみでも最大級の五式中戦車を最高の稼働状態で維持し、しまなみ全体の車両の整備管理も行っている。しまなみチームの車両整備の要である。
「皆さん、お茶が入りましたよ。一息入れませんか?」
Ⅳ号突撃砲に乗るクローバーチームのベアトリーセ達が、熱いコーヒーの入ったポットと、お茶菓子を持ってくる。しまなみの戦車道チームは、誰かが困っていると、それとなくわらわらと人が集まっていき、集団で問題を解決していく。誰一人、自分の事以外の事を他人事だとは思っていない。2か月近く、皆で鍛錬を重ね、週末の安息日も合宿所で共同生活を重ねる中で、人種や国籍を超えた家族のような連帯感が生まれていた。それがしまなみの強さの要因の一つだとマルティーナは感じていた。
「今度の試合も面白くなりそうね……」
マルティーナが呟く。梅雨の雨が上がり、空には澄み切った青空が広がっていた。
西住みほが率いる大洗女子学園は、初戦のサンダース大付属高校との激闘に勝利をおさめ、二回戦のアンツィオ高校との戦いも完勝で勝利を収めた。そして今、試合を終えて、ドゥーチェ・アンチョビ率いるアンツィオ高校の生徒による歓待を受けていた。
「どうだみほ! やっているか!? おかわりもあるから沢山食べろよ~」
上機嫌なアンチョビに肩を組まれながら、食を勧められる。実際、出される料理はどれも温かくて美味しく、立食パーティー形式で大会スタッフも交じってなので、大変賑やかなものになっていた。
そうして盛大な宴も終わり、後片付けで洗い物をしているアンチョビをみほは手伝っていた。
みほは皿を洗いながら、アンチョビに礼を言う。
「アンチョビさん、今日は素敵なおもてなしありがとうございました」
「なんだなんだ改まって、好きでやっている事なんだから礼なんて無用だぞ!」
そう言いながらアンチョビはみほにほほ笑む。
「自分がこんな事をしているなんて、3年前までは考えてなかったな……」
ふと、食器を洗う手を止めてアンチョビが呟く。みほは彼女の3年前の姿を知っていた。
愛知の戦車道強豪校の隊長で、現在四強校の隊長として名高い、姉の西住まほ、聖グロリアーナのダージリン、プラウダのカチューシャ、サンダースのケイと並んで評される、無類の統率力を誇る名隊長だった。面倒見が良く、みほも何度か戦技指導でお世話になった事があった。どの学校も高校進学先に引き込もうと必死で、母も菊代さんと直々に安斎千代美の元に黒森峰へのスカウトに行った事もある。だが、彼女は数多の名門のスカウトを断り、戦車道弱小校だったアンツィオ高校に進学した。
みほはアンチョビに尋ねる。
「アンチョビさんは、どうしてこの学校に進学したんですか……?」
「んン?そうだな~ 一番の理由は、ここでなら自分の戦車道が見つけられそうだったからかな」
皿洗いが再開され、かちゃかちゃと食器が触れ合う音がする。
「昔の私は勝ち続ける事が自分の戦車道だと思っていたんだ、とにかく勝てば皆褒めてくれるし、学校の先生も家族も喜ぶ、だからそれが一番正しいと思っていた」
「だけど、初めてみほの姉さんに負けた時に思ったんだ。自分から勝つことを取ったら、一体何が残るんだろうって」
「そんな時に、アンツィオの戦車道を見たんだ。それはもうボロ負けの試合だったんだけど、皆すごく楽しそうでさ、勝ち負けにこだわらない、楽しい戦車道っていうのに凄く惹かれたんだ」
「学園長からも是非にって言われて入学したものの、なんとメンバーは全員卒業しちゃって私だけ。その後カルパッチョとペパロニが入って、戦車も屋台やなんかで資金を集めて、ようやく今の形になったんだよ」
アンチョビは食い潰れて幸せそうに眠るアンツィオの生徒達の顔を見る。
「私は3年間で、ようやくこいつらが活躍する為の器を作ってやれた。後はこいつらがどんな料理を、器に盛ってくれるか楽しみで仕方がないんだよ」
皿洗いはいつの間にか終わっていた。人を育てて、活躍させる。統率の才だけで無く、育成の才にも長けた安斎千代美が見つけた戦車道が、今のアンツィオ高校の戦車道そのものだった。
「次はプラウダか、頑張れよみほ。応援に行くからな!」
アンチョビと握手をして、アンツィオ高校の学園艦を見送る。
みほは大会の中で、様々な生き方に出会ってきた。フェアプレーを何より重んじるサンダースの隊長ケイや、勝敗だけでは無く、融和や相互理解を大切にするアンツィオの隊長ドゥーチェ・アンチョビ。自分が信じる事を曲げずに大切に出来る事が、どれだけ難しい事か身をもって知っているみほは、二人の生き方が尊く思う。
「プラウダ……」
自分にとっては、因縁の相手となる次戦の相手を呟き、戦車道が楽しいという気持ちを蘇らせてくれた友からプレゼントされたボコのぬいぐるみを握りしめる。みほ達大洗戦車道履修生を、最大の困難が待ち受けていた。