「まさか、ここまでやるとはね……」
ヤイカは肩で息をしながら、休んでいた。
しまなみ女子工業学園との闘いは一方的であった。まず廃園となった遊園地まで、敵を引き込めたのまでは良かった。しかし、敵はこちらが見つける前に四方八方から砲撃をしてくるので身動きが全く取れない。砲撃されて、突撃しても、既にその場に敵の姿は無く、また別の場所から砲撃を受ける連続で、ボンプルの生徒は疲弊しきっていた。頼みの綱のヘッツァー二両も、原理は分からないが直上より降ってくる砲弾で、薄い上部装甲を抜かれて白旗を上げた。今ボンプルに残った戦力は、ヤイカが駆る10TPと、副官のマイコ、ウシュカ、そしてピエロギが乗る7TPが3両のみである。
「どうなってんだあいつら!偵察ドローンでも持ってるのか?」
ピエロギが車両を叩く。しまなみの連中は、まるでこちらの位置など丸わかりだと言わんがばかりにこちらを翻弄してくる。その小賢しさは、される側にはたまったものではなく、苛立ちが募る。
「ドローンなんて使ったら即失格よ、しまなみは各車両がこちらの動きを完璧に把握してるのね」
ウシュカが言っている通り、しまなみチームは各車両の偵察・戦闘で得られた情報を、カトレアチームのルイーズの元に集めている。ルイーズは盤面の要らない目隠しチェスが得意なので、敵車両の位置・進行速度等を一元管理して、チェスの駒を動かすように、しまなみの各車両に指令を出せる。遊園地という急な遭遇戦が起りやすい戦場でも、敵の情報を先回りして各車両に伝えられるので、ボンプルにとってはステルス戦闘機に一方的に攻撃されているような状況になっていた。
「とは言え、こうまで一方的にやられると腹が立ちます。なんとか一矢報いる事が出来れば……」
マイコが呟く。彼女の負けん気はボンプルでも随一で、ヤイカも目を掛けている次代のエースであり、将来的には彼女に隊長を任せたいと考えていた。
「おそらく敵は、私たちを分散させて各個撃破に持ち込むつもりよ。だから、なんとか4両でこの先にある礼拝堂に辿り着いて、籠城戦に持ち込みましょう。持久力なら私達も負けていないし、絶対に諦めなければ、ボンプルの炎は消えたりしないわ」
ヤイカはそう言って、3人を励ます。小雨が降り、冷え切っていた体に再び熱が入る。そうして意識をこの先にある礼拝堂に集中させる。集団での突撃であれば、しまなみを圧倒出来る事を彼女達は確信していた。
「隊長、命令をお願いします。あなたを、必ず私たちの力で礼拝堂まで辿り着かせます!」
思えば、戦車道も強襲戦車競技も、ずっとこの3人と一緒だった。戦いの中で、仲間とと再び一つになれる事に、ヤイカは喜びを感じていた。
「一列横陣で敵の包囲を突破する!只ひたすらに前を見据えて、最大戦速で当たり、必ず生き残りなさい!」
ヤイカの声で一斉に飛び出し、礼拝堂を目指す。突撃を阻止する為に並走してきたソミュアS35二両の砲撃を受けてピエロギの車両が撃破され、後方からのヤイカを狙ったARL44の砲撃を庇い、ウシュカの車両が白旗を上げる。礼拝堂の入り口までたどり着いたのはヤイカとマイコの二両のみだった。
「隊長!どうか先に行ってください!ここは私が食い止めます!」
入り口で立ち塞がるように、車両を迫りくる敵に向けてマイコが叫ぶ。
「此処は通さぬ、来るなら来い! 我らフサリアの末裔は一歩も引かぬ!」
長い回廊を抜けて、巨大な円形の礼拝堂に入る。天井は全面がステンドグラスになっており、礼拝堂の周りを手入れがされなくなった薔薇の花が覆いつくしている。奥にはしまなみの隊長車、strv m/40Lが自分がここに来るのを知っていたかのように待ち受けていた。ヤイカは車両の砲塔の前に立ち、眼前の敵に向かって叫ぶ。
「我こそは、有翼重騎兵が末裔・ボンプル高校戦車道隊長 ヤイカ! 戦士よ、其方との一騎打ちを所望する!」
礼拝堂に声が響き渡る。strv m/40Lの砲塔から上半身を出していた少女が、ヤイカに返答する。
「私はしまなみ女子工業学園戦車道隊長・大垣零です。ヤイカ隊長、貴女の一騎討ち 受けて立ちます」
strv m40/Lが円形の礼拝堂に沿って、ゆっくりと動き出す。ヤイカの10TPも、対角線上になるようにゆっくりと動き出す。もはや牽制射撃も必要ない、そうして二両は一気に加速した。
零が決闘の申し出を受けた時に、僚車として連れ添っていたのはアマリリスチームだった。今回は零の護衛としてキキョウチーム・アマリリスチーム合同のパンジーチームとして共にこの戦いを走ってきた。
「隊長、私はここで見ているわ。決闘には介添人が必要ですもの。けれど貴女が倒されそうになったらあの女を即撃ち殺すから」
アマリリスチームの隊長、マルティーナが零に話す。万が一にも零がピンチになったら、即10TPを撃破するつもりで、照準を合わせるように砲撃手に伝える。
「ありがとうマルティーナ、背中は任せる。でも手出しは無用だからね」
そう言って、零が乗るstrv m/40Lが動き出す。マルティーナはその背中に零の勝利を確信した。
「隊長の決闘の介添人か…… チームの皆に死ぬほど羨ましがられそうなシチュエーションよね」
特にルイーズとベアトリーセとかに、と言って砲撃手と目が合い苦笑いを浮かべる。そうして2両の戦車による決闘が始まった。
一体何度切り結んだだろう、ヤイカは幾度となく繰り返される突撃の連続に身震いする程興奮していた。路面との摩擦で転輪は熱く熱を持ち、割れた礼拝堂の天井から滴った水溜まりを走ると、水蒸気が転輪から勢いよく噴き出て、まるで獲物を狙う狼か、猛牛の口から吐かれる息のように、白い蒸気がヤイカの10TPを覆う。strv m/40Lも同じく履帯から出る水蒸気を纏い、次の突撃の機会を伺う。クリスティー式の10TPであれば、礼拝堂の石造りの床であれば一気に勝負を決めれると思っていた。だが、相手のstrv m/40Lは機動力で勝る10TPの突撃をひらりと躱し、一撃を入れてくる。容赦のない戦い方と、人間離れしたその動きに、戦車道を始めて二か月ほどの素人がここまでの技量に達するまで、どんな血反吐を吐くような修練をこなしたのか、ヤイカは背筋がぞっとする。これ程の敵に出会い、槍を付けられる事に、ヤイカの中の有翼重騎兵の血が騒ぎ立てる「侵略せよ」「眼前の敵からサーベルで何もかもを奪い尽くせ」と。この戦いが永遠に続いて欲しいと願う、あともう少し、もう少し大垣零と戦っていたい。強襲戦車競技でも、戦車道でも、こんなに心の底から楽しいと思える戦いは生涯一回も無かった。
「楽しい……楽しいわ!大垣零!!神に感謝するわ! 貴女程の戦士に出会えた事を!」
そう叫び、再び突撃する。車両が火花を上げながら触れ合い、車両をスライドさせて、装甲の薄い側面を狙うが、strv m/40Lは間一髪でそれを躱し、こちらに砲撃を撃ち込んでくる。幾度目かの突撃を交わし、再び距離を取り礼拝堂の外延沿いにゆっくり走りながら機会を伺う。最早、転輪も酷使し過ぎたせいで限界である。相手も同じようで、水溜まりの上を器用に走り、履帯の温度を下げようとしているのが分かる。この一撃が最後の一撃、先に散った仲間たちの思いを乗せて、ヤイカは敵に向かい猛烈な加速を始める。strv m/40Lもそれに応じ、加速し、砲口をこちらに向ける。そうして、最大戦速からのスライドでお互い向かい合う形で砲撃を行う。赤熱した履帯が水溜まりに触れて二両を覆うほどの水蒸気が上がる。それが晴れると、ボンプル高校の隊長車に白い旗が上がっていた。
戦いを終えたヤイカが、ゆっくりと天を仰ぐ。ステンドグラスから差す美しい光がヤイカの車両を照らし出し、零とヤイカの砲撃で散った薔薇の花がその周りを赤く染めた。
試合後、この試合のMVPには私が選ばれた。試合の興奮でまだ風呂上りのような頭を落ち着けながら受賞者へのインタビューの壇上に上がる。私の憧れの場所。黒森峰の西住まほや、プラウダのいけ好かない隊長と砲手、聖グロリアーナのダージリン様達にしか許されなかった、持っている者しか立てなかった場所に私が立つ。壇上の周りには、ボンプルの仲間達、しまなみの生徒達、そして沢山の観客が拍手で迎えてくれた。そして、今日のベストバトルには、礼拝堂の前でしまなみを食い止めたマイコが選ばれた。あわあわとインタビューに答える後輩に、いつも強気な後輩の意外な一面を見て可愛く思う。
試合後の取材対応用の控室で、零とヤイカは談笑をしていた。
「悪いわね。勝ったのは貴女なのに、こんな賞をもらっちゃって……」
「そんな事は無いです。10TPの能力を引き出して、あそこまで戦える人はヤイカさんだけです。私も、履帯が限界だったので、あそこで仕留めれなければ負けていました」
本当に見事な戦い振りでした と、ヤイカに零がほほ笑む。
「全く……完敗ね。零、有難う。貴女と戦えて本当に楽しかったわ」
そう言ってヤイカは、棘の無い黒い薔薇を一凛差し出す。
「あ、ありがとうございます……」
薔薇を零が受け取る。やはり零には黒の薔薇が似合うと、ヤイカは自分の選択に満足する。
「ねえ……零。この大会が終わったら、貴女もタンカスロンに参加しない?」
ヤイカが零を誘う。自分たちの主戦場、裏切りと泥沼に塗れた、闘争の見世物、野蛮人の暇つぶしに。零はヤイカさんに教えて頂けるのであれば是非と、嬉しそうに応える。
ヤイカは内心、北叟笑む。この目の前の可愛らしい戦士と共に駆ける戦場はきっと最高の物になるに違いない。
零、聡い貴女ならその薔薇の意味が分かるわよね?私をここまで高めてくれる貴女を絶対に逃す気はないわ。絶対に私の世界に引きずり込み、虜にして逃れられなくしてやるから覚悟しなさい。
心に広がる仄暗い感情を抑え込み、ヤイカは零を抱きしめる。
「次は黒森峰ね、必ず勝ちなさい。大丈夫、貴方達ならきっと出来るわ」
そう言って零と握手をし、ヤイカは控室を後にする。すると、赤毛の少女が入室して来た、ボンプル高校副官のマイコである。
「今回は有難うございました。しまなみの皆さんとの試合、本当に楽しかったです。ですが、次回は必ず私達が勝ちます!」
そういって差し出された手を、零はこちらこそと強く握る。ボンプル高校の生徒の上昇志向の強さに零は感服していた。そうしてマイコを見送った零の肩を強く誰かが掴む。恐る恐る振り向くと、カトレアチーム車長のルイーズが怖い笑顔で立っていた。
「ふふふ、零ったら私を差し置いて何をお楽しみなのかしら?」
もう一方の肩も、笑顔のクローバーチーム車長のベアトリーセにがっちり掴まれる
「隊長ったら、私たちに無茶するなって言っておいて一番無茶するんだから……」
零は知っている、この笑顔はベアトリーセが最上級に怒っている時の顔である事を
「敵の隊長車との一騎打ちは素晴らしかった、でも私たちの到着を待って盤石の戦いでも良かったはず」
ドクダミチーム車長の音森が、少し恨めし気に話す。
「ごめんなさい隊長、事情は話したんだけど……」
マルティーナが申し訳無さそうに話す。ユズリハチーム車長の朝河と、ガーベラチーム車長の荒川に両腕をがっちりホールドされている。
「全く隊長は……これから戦勝会と反省会だな」「たまには羽目を外してもいいかもね」
ウメ・ツバキチーム車長の長原と室町が楽しそうにこれからの予定を立てる。二戦続けての完全勝利に、少し気分も浮ついているが、今日だけは仕方が無い。
「それじゃ隊長さン、今夜は寝かせないからネ~」
楽しそうなオニユリチーム車長のエレナの声が響く。そうしてチーム全員で、戦場を後にする。
黒森峰女学園との戦いは一か月後。戦車道の権化とも言うべき西住まほが統べる、日本最強の戦車道高校。
零達、しまなみ女子工業学園戦車道履修生にとって、初めての夏が来ようとしていた。