しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第十三話

ここは黒森峰学園艦。今日は日曜日。黒森峰女学園戦車道隊長の西住まほと、副隊長逸見エリカは午前中の戦車道の練習を終え、まほの部屋でチェスを楽しんでいた。

 

「やった!チェックメイトです隊長!」

 

エリカが満面の笑顔で喜ぶ。

 

「やれやれ、エリカに負けたのは初めてだな。私の勘も鈍ったかな?」

 

まほがコーヒーを飲みながら楽しそうに話す。これまでエリカ相手で無敗だったが、今回初めて負けてしまった。

 

「まさか、今回の勝ちは私の苦し紛れが生んだまぐれですから……」

 

エリカは幾度と無いまほとのチェスの中で、まほの癖を掴み、対策を試み、実践を繰り返してきた。しかしまほもチェスの達人だけあって、そんなことはお見通しと言わんがばかりに迎え撃ってきた。エリカは正攻法では勝てないと悟り、思いついた奇策を講じてみた所、それが見事に嵌まり、今回の勝利を掴んだ。

 

「それは違うぞエリカ。敵への対策を自ら考え実践し、勝利出来たとすればそれは最高の成長だ」

 

まほは、駒の一つを手に取り話し始める。

 

「戦車道は、まるでチェスだ。命令によって駒を適所に配置し、攻撃を仕掛けて勝利を得る」

 

「だが、戦車道はチェスのように盤面の上で全てが進む訳ではない。天候や時間、地形といった不確定要素が作戦を阻害し、盤面の駒が持っていない、隊員が持つ個性が時として思わぬ敗北を生む要因にもなり得る」

 

「確かに、仰る通りだと思います。ですが、我々は黒森峰です。全てを見通し、盤石にする西住隊長の策と、それを実行する我々がいれば敗北などはあり得ません」

 

エリカが少し声を大きくして反論する。

 

「だがなエリカ、もし、命令されるだけの駒達が、自ら考えて動けるようになればどうだ?隊員が、自ら考え、勝つための道を探すようになれば、黒森峰は隊長だけの頭脳でなく、各隊員の頭脳が合わさる事になる。更に各隊員の個性が発揮出来れば、組織としてより強固なものになるんだ」

 

黒森峰の持ち味は、重戦車が主体の、整然とした隊列を組んでの電撃戦である。しかし、指揮命令系統が厳格すぎる組織は、総じて硬直化を招き易い。黒森峰も、隊長の命令を重んじすぎるあまり、搦め手に弱く、作戦に無い想定外の事に弱いという弱点を抱えていた。

 

「成程……それが今大会での一年生の抜擢と、指揮系統変更の理由ですか」

 

今大会から、一年生だけで構成されたⅢ号戦車四両が追加されている。通常であれば上級生が乗る重戦車・中戦車で構成されるべき所だが、まほは大幅に編成を変えてきた。この四両に乗る一年生は選抜メンバーであり黒森峰の次代を担う人材である。3年生も、多少思うところが無かったわけでは無いようだが、西住隊長の言うことならばと納得し、一年生の指導に当たってくれている。

更に、指揮系統も、全体の指揮はまほが行い、小隊の指揮はエリカ達二年生が行うようになった。主に二年生が中戦車のパンターに乗り、一年生が乗るⅢ号戦車をサポートする体制が整いつつある。黒森峰の体制を風通しの良い物にし、隊員の自主性を育てる為である。

 

 

「戦車道を取り巻く環境も戦術も日々変化している。もし今回の試みが万が一失敗したとしても、新しい知見を得て、進化への階段を一歩を進めるのであればそれは失敗では無い。エリカが黒森峰の隊長を務めるようになった時に、この大会で得た事が大きな助けになるはずだ」

 

「あ、ありがとうございます隊長 では、明日からの指揮訓練についてもう少し踏み込んだ内容で進めてみます。二年生のパンター隊と一年のⅢ号隊との連携をより深めねばなりません」

 

 

それを聞いて頼むぞとまほが微笑む。

 

「ではもう一局いくとしようか。そうだ、零がくれた羊羹があったな。あれも開けるとしよう」

 

そう言っていつの間にか空になっていたエリカと自分のグラスを持って台所に行くまほを見送る。零が7月1日のまほの誕生日に、このチェス盤と駒のセットと、お菓子をプレゼントしたのだった。まほはこの贈り物が気に入ったらしく、それ以来、エリカとの対局の時は必ずこの台で遊んでいる。盤面が美しい木目で、駒も精巧な彫刻が施されていて既製品だとは思えない。もしかすると大垣重工の職人が作った特注品なのかなとエリカは考える。

 

 

「隊長。このチェス盤、凄く気に入ってますね」

 

「あぁ、可愛い後輩の贈り物だからな。気に入らない筈無いさ」

 

 

コーヒーと羊羹を持って来たまほが話す。戦車道全国大会抽選会での出会い以来、頻繁にメールや電話で三人は連絡を取り合っており、先日も学園艦の寄港地が近かったので休日に会ったりと、隊長・副隊長同士のお付き合いは続いていた。

 

「エリカもそうだろう?みほの話と同じくらい、零の話をする時のエリカは楽しそうだからな」

 

まほは、頷きながら分かっているぞと言うように、羊羹を食べながら話す。

 

「楽しくなんか無いです!副隊長は私のライバルであり、越えねばならない壁です!まだ副隊長に試合で勝ってなかったのに、勝負を付ける前に転校してしまって。あの大会から色んな事があって、本当に副隊長の事が心配で自分の至らなさを後悔してたんです・・・ なのに、副隊長ったら便りも寄こさないで大洗であんなに楽しそうに隊長をやってるんですから、嬉しいですけど本当に心配して損しました!」

 

そう言って怒りを顕わにするが、エリカがみほを本当に心配していたのを知っているまほは苦笑いを浮かべる。なんとも本心と表情が違う子だとまほは思う。

 

「成程、では零は?」

 

「れ、零は新宿駅でナンパ男に絡まれていたのを助けた時からずっと目が離せなくて……不思議とあの子とは気が合うんです。それに知波単戦での指揮や、ボンプル戦の一騎打ちも胸が熱くなる戦い振りで…… 自分が隊長になるとしたら、西住隊長と、零が私の目標なんです」

 

頂きますと、零の誕生日プレゼントの愛媛銘菓の羊羹を食べながら、濃い目に抽出されたブラックコーヒーを飲む。羊羹の甘さと、コーヒーの苦さと香りが合わさり、すっきりとした味わいになる。午前中の練習で体を酷使し、午後からのチェス勝負で頭を使って、少し疲れていた二人には、最高にマッチした組合せになった。

友人の誕生日に羊羹を贈る女子高生に若干引いてしまっていたエリカも、自分もまだまだ考えが足りないと反省する。もしかすると、黒森峰の生徒が、ノンアルコールビールの次にコーヒーの消費量が多い事を見越してか?妙に気が回る零の事を思い出す。

 

「ふふ、そうか。そういえばしまなみには目隠しチェスが出来る隊員がいると零が言っていたな。いつか手合わせ願いたいものだ……」

 

「この大会が終わったら、両艦の交流会を是非やりたいですね。それはそうと隊長、今日こそ服を買いに行きますよ!」

 

まほの私服は、普段お洒落に気を使っているエリカにはあんまりなものが多く、校外で隊員に会うこともあるんですからとエリカはまほに言っているが、本人はあまり気にしていない。

 

「エリカはそう言うが……この前買いに行ったばっかりじゃないか……」

 

「この前って3月じゃないですか!いいから買いに行きますからね!」

 

こういう時のエリカは言っても聞かない。やたら面倒見が良い後輩に世話を焼かれてまほは頬をかいてしまう。コーヒーの氷がカランと音を立てる。やがて最後の一局が始まり、黒森峰の隊長と副隊長の昼下がりが過ぎていった。

 

 

 

 

日曜が明けて月曜日、しまなみ女子工業学園では戦車道で使用されている戦車達が零達の手で近代化改修が行われていた。

 

「長原、2両の五式中戦車の改修進捗状況はどう?」

 

作業着にヘルメット姿の陸奥原が、しまなみ戦車道チームの整備チーフの長原に尋ねる。

 

「あぁ、88ミリ砲への換装が終わって、現在自動装填装置の調整中だ」

 

長原が改修の進捗表を見ながら話す。しまなみの五式中戦車は、黒森峰のティーガーやパンターといった戦車との戦闘に備え、75ミリ砲から搭載が検討されていた88ミリ砲への換装が行われている。カトレアチームのARL44も、主砲が76ミリ砲のACL1砲塔から長砲身の90ミリ砲塔に換装され、室町達の班が最終調整に当たっている。黒森峰女学園は、全国の戦車道の猛者が集う日本最強の戦車道学校である。更に戦車は最高の整備状態のドイツ戦車であり、海外の戦車道ワークスチームのような体制が敷かれている。しまなみ戦車道チームも、大垣重工の技術支援を受けながら、全戦車の近代化改修を進めていた。

 

「それにしてもでかい砲だな…… 私たちに扱えるのかこんなお化け砲が……」

 

長原が珍しく弱音を零す。五式中戦車とARL44に搭載する砲は、どちらも戦車道で使用される砲としては最大級で、その視覚的な威圧感と迫力がすごい。これまでは、戦車そのものの性能を活かして戦って来たが、この砲を見ていると、なんだか自分たちが後戻り出来なくなってきたように思えて怖くなってくる。

 

「何言ってるの、扱える様になってもらわないと困るわ。頼んだわよ」

 

五式中戦車は黒森峰戦での攻撃の要になるんだからと言って、長原の肩を軽く叩く。

 

「あぁ、任せておけ。明日には試射できるように仕上げておく」

 

そう言って作業に戻っていく長原を見送る。彼女なりにプレッシャーを感じているのかもしれない。が、もう後戻りは出来ない。

 

 

「あと一ケ月…… やる事は沢山ね。やってやろうじゃないの」

 

陸奥原はそう呟きながら、自身の所属する班が担当しているM15/42中戦車の改修作業に向かう。隊長車のstrv m/40Lは機械科の皆が手伝ってくれており、全車両の改修も今日中に終わりそうである。全員が打倒黒森峰を胸に作業していた。相手が巨大であればある程燃えるのは戦車女子の性なのかもしれない。煌々と明かりが点いたしまなみの戦車整備場の一日はまだまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

更に数日後の土曜日午後、しまなみ戦車道チームは練習試合を行っていた。傘型隊形を組んで進撃を行う部隊を迎撃する、という想定で行われており、対黒森峰戦を想定した練習となっている。

 

「五式中戦車を射程内に捕捉、砲撃開始」

 

小高い丘の防御陣地の、Ⅳ号突撃砲ドクダミチームの車長 音森響の合図で一斉に砲撃が開始される。

 

林の中に隠れた駆逐戦車は、その前方投影面積の少なさから、巧妙にカモフラージュされれば見つけるのは至難の業だ。しかし、音森とベアトリーセのチームは一か所で留まらず、砲撃後すぐに陣地転換を行う。

 

「88ミリ砲と90ミリ砲が相手では、一か所に留まっていてはやはり危険ね……」

 

Ⅳ号突撃砲クローバーチーム車長のベアトリーセが、先程まで自車がいた場所に空いた大穴を見て呟く。訓練弾でこの威力である、黒森峰女学園との試合を控え、しまなみ女子工業学園の戦車は大規模な近代化改修が実施されている。2両の五式中戦車は、主砲を75mm主砲から、半自動装填装置付きの88mm砲に換装され、ARL44は主砲を76mm砲から長砲身の90mm砲に換装されている。今回はARL44が黒森峰のティーガーⅡに、五式中戦車がティーガーに見立てられている。

 

「よし、側面からの攻撃に警戒しつつ、敵のマズルフラッシュを目印に、制圧射撃を継続」

「了解!」「了解したわ」

 

五式中戦車ウメチーム車長の長原の指示で、同じく五式中戦車を駆るツバキチーム車長の室町とARL44のカトレアチーム車長のルイーズが砲撃を行う。地形や遮蔽物に身を隠し、砲撃を行ってくる駆逐戦車程厄介な物は無い。そこで、敵の砲火炎を目印に、的を広く取った面制圧射撃を行う。こうすれば、カモフラージュごと、突撃砲を吹き飛ばす事が出来る。しかし、側面から砲撃を受け、五式中戦車二両は側面警戒態勢を取る。

 

strv m/40Lキキョウチームの車長の零と、ソミュアS35のユズリハチームの車長の朝河とガーベラチーム車長の荒川は攻め手の側面を突くべく、隠密に戦車を進め、攻撃を開始した。

 

 

「ドクダミチームとクローバーチームが攻撃を引き付けている内に行くよ!」

 

「了解しました紅城先輩! 続け四葉!」

 

「潮美ちゃんったら張り切っちゃって~でもエレナさんとマルティーナさんが黙っているかしら?」

 

 

ガーベラチームの荒川が言う通り、M15/42中戦車に乗るオニユリチームとアマリリスチームの即応射撃が飛んでくる。

 

 

「マルティーナ、行くヨ!」

 

「これ以上は近づけさせない……」

 

車長のエレナとマルティーナが車両を全速で移動させつつ、行進間射撃で零達を翻弄する。ソミュアS35は車両を斜めにして砲弾を弾き、strv m/40Lは車両をフェイント機動をしつつ、二両のM15/42に砲撃を加える。strv m/40Lは主砲の口径は小さいが、連射速度と弾速の速さから行進間射撃に向いている。そうしてエレナとマルティーナをなんとか撃破し、五式中戦車とARL44に迫る。丘の防御陣地からの長距離砲撃と、零達による側面強襲を受けて防戦一方になる。なんとかソミュアS35一両と、strv m/40Lは打ち取ったが、五式中戦車と1両と、ARL44フラッグ車が打ち取られ防御陣地側の勝利となった。

 

「さすが零ね。こちらが側面を晒せない事を知ってて、えげつない攻撃をしてくれるわ」

 

ARL44のカトレアチーム車長のルイーズが悔し気に呟く。ARL44は新砲塔になり攻撃力はアップしたが、砲塔側面の装甲の薄さという弱点は残っており、側面を攻められて少し晒してしまった砲塔側面をⅣ号突撃砲に撃ち抜かれてしまった。

 

「ルイーズ済まない、側面に気を取られてしまった」

「私達、まだまだ88ミリ砲を使いこなせてないわね」

 

2両の五式中戦車のウメ・ツバキチーム車長の長原と室町がルイーズに謝る。

 

「いや~ゴメンネ、フツーにやられちゃっテ」

 

「strv m/40LとソミュアS35の連携が凄すぎた……みんな御免、あんなのやられたら無理」

 

側面を守るM15/42に乗っていたオニユリ・アマリリスチームのエレナとマルティーナも同じく謝る。実際行進間射撃の命中率は素晴らしかった。だが、ソミュアS35は巧みに砲弾を弾き飛ばし、再装填の隙を上手く隊長が乗るキキョウチームのstrv m/40Lに突かれてしまった。

 

「謝る事無いわ。練習の内に弱点を全部洗い出して、対策して、黒森峰との戦いに備えましょう」

 

ルイーズの言葉で、練習終了後のミーティングが始まる。更に防御陣地側のメンバーも加わり、賑やかなものなっていく。そんなしまなみチームの様子を、艦橋側の学園長室から見ている二つの影があった、島田流家元の島田千代と、娘の島田愛里寿である。

 

 

 

「いいチームですね。チーム全員が互いを思いやり、話し合い、高めあっている。技量も、とても発足から3か月程のチームとは思えません」

 

千代が率直な感想を漏らす。今回は大垣重工の将来発足される戦車道プロリーグへのスポンサー及び技術協力への謝意を伝える為、しまなみの学園艦に来ていた。

 

「あの子たちは、皆誰よりも努力家でして。休日もチーム全員で下宿生活をしながら練習をしているんですよ」

 

学園長が話す。現在は大垣重工の最高経営責任者を退き、しまなみ女子工業学園の学園長に収まってはいるが、実際は裏で実権を握っているのは彼女だと言われている。

 

「鍛えらえた刀は、それだけ切れ味が増します。知波単学園と、ボンプル高校との勝利もその努力の結果でしょう」

 

無名校のしまなみ戦車道チームの勝利は、同じく無名校の大洗女子学園の快進撃と共に、高校戦車道の界隈を賑わせている。各流派やチームのスカウトが動き出しているという情報もあり、島田も動き始めていた。

 

「島田先生にそう言って頂ければ、履修生達も喜びますね…… では後程大垣が参りますので、来賓室でお待ちください」

 

学園長がそう言うと、扉が開き、案内の秘書が出て来た。千代と愛里寿は学園長に挨拶をし学園長室を後にした。

 

 

 

「零!」

 

「ごめんね愛里寿ちゃん、千代さん。お待たせしました」

 

来賓室に入って来た零を見て、ソファーから勢い良く立ち上がると、愛里寿は零の元に駆け寄り抱き着く。

 

「零ってば遅い、すごく待った」

 

「ごめんね、着替えてたら時間がかかっちゃって……」

 

多分風呂で汗を流してから来たのだろう、硝煙や機械油の匂いは無く、ボディーソープの香りと、火照った肌が何だか色っぽく見える。

 

「お久しぶりね零さん。先ほどの練習試合、素晴らしかったわ」

 

「うん! ソミュアS35との連携射撃が凄かった!」

 

千代が零に話す。先日の新幹線での出会い以来、零と愛里寿の交流は続いており、先日は島田家に招かれ夕飯をご馳走になった。今日はしまなみ学園艦の来賓棟にて、3人でお泊り会の予定であり、愛里寿のテンションは上がりっぱなしである。

 

「あ、ありがとうございます。島田流の家元と、大学戦車道の隊長に褒められるだなんて光栄の極みです それでは来賓用の宿泊施設にご案内しますので、どうぞこちらへ。愛里寿ちゃんは晩御飯は何を食べたい?」

 

「お母さまと零と一緒に作ったハンバーグが食べたい」

 

「了解、そう来ると思って材料も買っておいたから準備万端だよ。千代さんもいいですか?」

 

「ええ、零さん よろしく頼むわ」

 

愛里寿の右手を零が、左手を千代が握って歩き出す。大好きな母と、友人と一緒に過ごせる今日に愛里寿は胸を躍らせた。

 

そうして来賓用の宿泊施設に到着し、晩御飯の支度を行う。三人で分担して材料を切り、こねてハンバーグを作る。ハンバーグを焼いてる間に、付け合わせにニンジンのグラッセ、じゃが芋といんげんの炒め物と、ポテトサラダを作って食卓に並べる。そうして、ささやかな晩餐会が始まった。

 

 

「このハンバーグすごく美味しい、お肉がとろけるみたい……」

 

「……本当に美味しいわ、どんなお肉を使ったの零さん」

 

「地元の業者の方に頼んで、伊予牛の美味しい所を特別に準備してもらったんです。喜んで頂けたようで嬉しいです」

 

 

 

「零、ご飯を食べ終わったら、一緒にボコのぬいぐるみを作って欲しい」

 

「いいよ、愛里寿ちゃん。千代さんも一緒に作りませんか?」

 

「あら、いいの零さん。それじゃあ作り方教えて頂ける?」

 

「勿論です!」「お母さまも一緒に作ってくれるの? 嬉しい!!」

 

 

 

「お風呂が沸きましたので、どうぞお二人から先に入って下さい」

 

「零と一緒に入りたい。いいよね?」

 

「えぇ!?でも問題が有るんじゃ…… あれ、千代さん?」

 

「零さんもそんな水臭い事言わないで、みんなで裸のお付き合いといきましょう♪」

 

「わっ、大きなお風呂  そういう事だから零、みんなで入ろう?」

 

 

食卓から、寝る時間までは楽しい時間はあっという間だった。今は、キングサイズのベッドで三人が川の字になっている。愛里寿は先に寝てしまい、千代が愛里寿の頭を優しく撫でている。

 

「零さん、今日は本当にありがとう。こんなに楽しそうな娘の顔を見たのは久しぶりだったわ」

 

千代は零にそう言って頭を下げる。

目に入れても文字通り痛くない愛娘だが、その大きすぎる器ゆえに、13歳の齢で大学に飛び級で入学し、大学戦車道の隊長という重責を、小さな背中に背負わせてしまっている。その運命からひと時でも開放してくれた娘の友人への、心底からの感謝だった。

 

「そんな、感謝したいのは私の方です。少し練習で疲れがあったんですが、愛里寿ちゃんと千代さんと過ごせて吹き飛びましたから」

 

そういって健気に笑顔を見せる零に、千代は「欲しい」という気持ちが沸き起こる。もし、大垣零が愛里寿の傍にいれば、娘はいつでも最高のパフォーマンスを発揮出来るだろう。この目の前の可愛らしい少女は、西住の娘達や、自分の愛娘のような、誰もが裸足で逃げ出すような戦場で、水を得た魚のように戦える者を惹きつける何かがある。千代は無意識の内に零の頬に手を伸ばしていた。

 

 

「あ、あの千代さん?」

 

「あら、御免なさい零さん 何だかボーとしちゃって……」

 

そういって千代は手団扇で顔を仰いで場を誤魔化す。

 

「さぁ、そろそろ私達も寝ましょうか」

 

「そうですね、明日の朝ごはんは私が作りますので、お二人はゆっくりなさってください」

 

「本当に色々とありがとう、それじゃあお休みなさい」

 

「はい、お休みなさい」

 

そう言って明かりを消す。部屋は暗闇に包まれて、しばらくすると三人の寝息が聞こえるのみになった。

 

 

夜も三時を回ったが、ふと愛里寿は目を覚ます。そうしてむくりと向き直し、自分の隣で寝ている零の胸に顔を埋めて心臓の鼓動を聞く。新幹線での出会い以来、愛里寿はこうしているのが好きだった。パジャマの薄い生地を通して伝わる心地の良い柔らかな感触と、力強い心臓の鼓動が聞こえる。おもむろに愛里寿は零の唇に指を当てて囁く。

 

 

「ふふ、可愛い寝顔……」

 

 

「零、今はまだこっちで我慢してあげる。だけどいつかはこっちをもらうからね……」

 

そう言って眠る零の頬に唇を当てる。

 

「おやすみ、零……」

 

そう言って愛里寿は再び眠りにつくのだった。

 

 

 

そうして翌朝、零は自分を抱き枕のようにして寝ていた愛里寿を起こさないようにそっと引きはがし、朝食の準備を進める。するとぱたぱたとスリッパの音が聞こえて顔を上げると、愛里寿が立っていた。

 

「おはよう……零」

 

寝惚け眼で歩いて来た愛里寿を受け止めて洗面所まで連れていくと、同じような風貌で千代が起きてくる

 

「おはよう……零さん」

 

なんだか愛里寿がもう一人いるような感じだが、千代を洗面所に連れて行き、朝の準備をさせる。

 

愛里寿と千代が食卓についた時には、オムレツ、フルーツ、ベーカリー、ハムがテーブルに並び朝食の準備が完了していた。

 

「すっごく美味しそう、零が全部作ってくれたの?」

 

愛里寿が目を丸くして零に聞く。

 

「料理が得意な履修生の子に教えてもらって、作ってみたんです。作ったのが私なので味は保証出来ませんが……」

 

「そんな事ないわ零さん、もう愛里寿のお嫁さんに欲しいくらいよ」

 

千代の言葉に、なんだか以前にも誰かに言われた気がする・・と思いながら、三人で頂きますをして朝食を進める。愛里寿は日曜日だし、横浜の街をお母さまと零と一緒に散策したいと言ったが、千代が「零さんは試合前の大事な時期なんだから、我儘言ったらいけませんよ」と愛里寿に言い、零が「大会が終わったら、また皆で行こうね」と言って、渋々了解したのだった。そうして迎えのリムジンが来賓棟の前に停まり、愛里寿と千代と別れの時が来た。

 

「零、私は零達がどれだけ強いかを知ってる。だから零が黒森峰に勝つことを確信している。だから自信を持って戦って」

 

そういって愛里寿が零を励ます。

 

「零さん、貴女達なら出来るわ。遠慮はせず、徹底的にやりなさい。西住の名が地に堕ちるくらいに」

 

千代が零を励ます。が、なんだか千代から黒いオーラが出ているような気がして零は若干気おくれしながら「が、頑張ります」と応える。そうして二人はリムジンに乗り込み、上陸用船舶が待つ甲板へ向かった。

 

励ましの言葉を貰い、零は二人に恥じない戦いをしようと心に誓っていた。そうして朝の練習に備え、片付けをして宿泊施設を後にする。改修した戦車の慣熟訓練や、皆との作戦会議などやる事は沢山ある。踵を返して足早に、皆が待つ車両格納庫に急ぐのだった。

 

 

 

 

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