しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第十四話

七月末の凪いだ洋上を、巨大な航空母艦のような艦影が進んでいる。

 

ここはしまなみ女子工業学園学園艦。土曜日であるが、戦車道履修生達は基礎体力のトレーニングと、走行・射撃訓練、練習試合と猛練習を続けている。蝉もけたたましく鳴き、練習場は暑さで陽炎が揺らいでいる。午前の訓練を終え、手洗い場で履修生達がぐったりと話し合っていた。

 

「あ~暑いぃ……毎年の事だけど日本のこの暑さって何なの……」

 

アマリリスチーム車長のマルティーナが汗だくでげんなりと呟く。出身のイタリアは、夏は日差しは強いが、湿度が低い為、比較的過ごしやすい。しかし日本の夏は湿度が高い為、慣れていない留学生達にはとんでもない地獄になる。

 

「ちゃんと水分補給をしないと、冗談抜きで死ぬわね…… エレナ、オランジーナを頂戴……」

 

ぐったりと、カトレアチーム車長のルイーズが話す。戦車の車内はエアコンも無いので、サウナの中で戦っているようなものであり、乗っているだけで体力と水分が奪われていく。

 

「も~皆情けなイ!このぐらいの暑さでネを上げちゃ先が思いやられるヨ!」

 

そんな中、オニユリチーム車長のエレナが皆にてきぱきと炭酸飲料やスポーツドリンクを配っていく。ブラジル出身で、高温多湿の気候に慣れている彼女にはこの程度の暑さはどうってことなく生き生きとしている。

 

「この暑さと湿度は洒落になりません……冬将軍ならぬ夏将軍ですね」

 

スポーツドリンクで喉を潤しながら、クローバーチーム車長のベアトリーセが呟く。ドイツの夏も、イタリア同様日差しは強いがカラっとしており、留学二年目で大分慣れたとはいえ日本の夏は、汗と一緒に体力と気力も流れていくような感覚を覚える。

 

「上手い事言うなベアトリーセ。夏将軍と言えば松山商業……高校野球もそろそろ開幕だな」

 

濡らしたタオルで汗を拭いながら、ウメチーム車長の長原がにこやかに話す。彼女達、機械科の生徒は普段でも実習で1500度以上の溶けた鉄を相手に、溶解実習や鍛造、溶接の実習をこなしているのでこの程度の暑さはどうって事はない。

 

「この猛暑の中を野球やったり戦車に乗ったりする日本の高校生はどう考えてもおかしい。クーラーのきいた部屋でゲームやりたい……」

 

ぐったりとした様子でドクダミチーム車長の音森が怨嗟の声を発する。生粋のインドア派である彼女には夏の酷暑を、サウナのような戦車の室内で過ごせというのは拷問以外の何物でもない。

 

「まぁまぁみんな、昼ごはんでも食べて一休みしましょう。隊長が言ってたけど、今日のお昼はカツカレーですって」

 

ツバキチーム車長の室町が楽しそうに話す。彼女も機械科の生徒であり、暑さには慣れている。遠くから食欲をそそるカレーの香りもしてきて、練習でからっぽになった胃袋がぐーと悲鳴を上げる。

 

「隊長も、食事当番のユズリハとガーベラの一年生ちゃん達の手伝いに行ってるし、皆も早く行こう?」

 

室町の言葉に、先ほどまでの様子が嘘のようにてきぱきと出発の準備を行う。隊長の零や、一年生達にカッコ悪い所は見せたくないというのが皆の共通認識だった。

 

「まったく、くたくたな私を放って行くだなんて、零も相当偉くなったものね!」

 

「ルイーズさん……偉くなったも何も、私達の隊長……」

 

「暑さに負けてたら駄目ですね、気を引き締めないと」

 

「そうだな、ベアトリーセ。後から避弾経始について教えて欲しい事があるんだが、少し時間を貰えるか?」

 

「お、かどちゃん気合入ってるわね。ベアトリーセ先生、私めにもぜひご教授お願いします!」

 

「エレナ、昼から連携機動の練習に付き合ってよね」

 

「あいヨ、相棒♪」

 

そんな感じでしまなみの昼下がりは過ぎていく。黒森峰との準決勝戦は日々近づいていた。

 

 

翌日の日曜日。戦車格納庫には、戦車道履修生全員が集合し、戦車道全国大会準決勝・黒森峰戦の作戦会議を行っていた。

 

「今回、準決勝で戦う黒森峰女学園は重戦車の重装甲・重火力を活かした戦術を得意としている学校です」

 

「重戦車で編成された楔型隊形で敵陣を深く突破し、戦線を寸断。混乱する敵戦車を撫で斬りにしていくという、正に戦車道最強校の名に相応しい戦法を得意としています。更に今大会から、Ⅲ号戦車四両が編成に加わっており、機動力に優れたパンター中戦車との連携で、敵を側面から攪乱し、重戦車と駆逐戦車で中央突破をするという、付け入る隙が無い戦術で準決勝まで勝ち上がっています。私達も戦車の近代化改修を行い、皆さんの努力と技量の高さは日々の訓練で私が一番良く知っています。それでもこれまでにない、大変な苦戦が予想されます」

 

 

「戦車道の権化とも言える隊長の西住まほと、副隊長の逸見エリカを筆頭に全国の猛者揃いの黒森峰は私達に勝って当たり前です。ですが、私達にも勝機はあるはずです」

 

 

「この戦場となるカルデラ状地形の中心にある高地はあえて黒森峰に取らせます。私達が取ったとしても、相手は15両、私達は10両。維持は困難です。この戦場を一望できる高地を黒森峰が取らない事は考えられません。ですので敢えて取らせて、陣地を組んだ所を偵察を行い敵車両の正確な座標を観測。そこにARL44のカトレアチームと、Ⅳ号突撃砲のドクダミチーム・クローバーチーム合同のツユクサチームを編成し、アウトレンジから狙撃します」

 

「ツユクサチームの右側面には、五式中戦車のウメチームとソミュアS35中戦車のユズリハ・ガーベラチームを配置、左側面には五式中戦車のツバキチームとM15/42中戦車のオニユリ・アマリリスチームを配置し、パンターとⅢ号による側面攻撃に備えます」

 

「黒森峰への偵察は私達キキョウチームが行います。今回のフラッグ車はルイーズさんのカトレアチームにお願いし」「ちょっと待って零」

 

カトレアチーム・ARL44車長のルイーズが零の言葉を遮る。

 

「悪いけど、今回は砲撃と全体の管制に集中させて頂戴。フラッグ車もとなると流石に荷が重いわ。黒森峰が相手なら、ドイツ戦車を熟知しているベアトリーセが適任だと思うけど」

 

そう言ってルイーズがⅣ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセ・メルダースを見る。確かに彼女ならば、母国ドイツの草チームで戦車道をやっていた経験者だけあって、ドイツ戦車のクセや弱点を熟知している。それに戦場での冷静な判断力はフラッグを任せるに値するものだ。履修生の皆が納得している空気を感じ取り、零は安心する。

 

「そうですね、確かにベアトリーセさんなら、安心してフラッグ車を任せられます。ベアトリーセさん、貴女にこの試合のフラッグ車をお任せしたいです。受けて頂けますか?」

 

零の言葉を聞き、ベアトリーセは

 

「は、はい…… 隊長 お任せ下さい」

 

そう言って引き受ける。その手は抑えていたが震えていた。

 

 

 

時刻は午前零時。練習で疲れ果てた戦車道履修生達は、格納庫二階の宿舎で深い眠りについている。

 

 

戦車格納庫もひっそりと静まり返っていたが、二つの人影があった。

 

 

一つは黒森峰戦でのフラッグ車を任された、クローバーチーム車長のベアトリーセである。

 

「遅かったじゃない、待ちくたびれたわ」

 

ベアトリーセが振り返ると、愛車のARL44に凭れながら腕を組んでいるルイーズがいた。

 

「お喋りはなし、単刀直入に聞くわ。一体どういうつもり!?」

 

そう言ってベアトリーセは声を荒げ、ルイーズを睨み付ける。普段から穏やかな雰囲気を纏い、どんな戦場でも冷静な彼女からは想像出来ない。だが、そんなベアトリーセの様子に気圧される事無く、ルイーズは言い放つ。

 

「あら?私はいるべき者を居るべき場所に居させたいだけよ。それに、これは貴女も望んでいる事じゃないの?」

 

その言葉に、ベアトリーセはルイーズに掴みかかる。

 

「ふざけないで! 私にこんな大役が務まる筈ないじゃないっ…… 黒森峰に負けたら私が生きていける場所はもうこの世に無いわ……! やっと見つけたこの場所さえも……全てを私から失わせたいの!?」

 

 

 

ベアトリーセの声は震え、目には涙が溢れていた。

 

 

 

彼女がドイツの草チームで戦車道をやっていたというのは嘘である。ベアトリーセは3年前、ドイツの国家代表戦車道ジュニアユースチームの隊長を務めていた。しかしドイツ統一節目の記念すべき年の大会決勝戦で、彼女は西住まほ率いる日本代表チームに敗れ去った。隊長の地位を追われ、敗北の責任を問われ、祖国で居場所を失った彼女が逃れた先が、両親の説得で留学したしまなみ女子工業学園だった。ベアトリーセは怖かった、逃れた先でやっと見つけた自分の居場所を失う事が、また自分の敗北で友情も何もかもを失ってしまう事が。

 

 

 

「貴女の過去は知っているわ……フランスでもニュースになっていたから。さぞかしつらかったでしょうね…… だけど、いつまでも過去に囚われて、居るべき場所を避けているのは逃げているのと同じよ。それに、フラッグ車を任せたいと言った零のお願いを貴女は断らなかった。それは体が敗北の恐怖を覚えていても、心はそうじゃない証拠だわ」

 

「そ、そんなはず……」

 

ルイーズは自分の襟を掴むベアトリーセの手を優しく解き、そっと両手で握る。

 

「私は親友を、過去という呪縛から解き放ちたいだけ。悪意なんて何も無いわ。故郷を追われ、辿り着いた日本で、こんな機会に恵まれたのも貴女の天運よ。だから、零と私達の為に、何より貴女自身の為に、この役目を成し遂げて欲しいの。大丈夫、もし負けても零は貴女に失望したりしないわ。それに、私達が全力で貴女をサポートする。大船に乗ったつもりで、どっしりと構えていなさい。貴女の力で、私達を助けて頂戴。そして勝ちましょう、黒森峰と……西住まほに」

 

そう言ってルイーズはベアトリーセに頭を下げる。

 

「ルイーズ……御免なさい。貴女にそんなに気を使わせてしまって…… 私、やって見せる。どこまで行けるか分からないけど、持てる力の全てを注ぎ込んで、この場所と、皆を守ると約束する」

 

ベアトリーセは静かに、だが力強く話す。覚悟を決め、親友に勝利を誓った。

 

「ありがとう、そう言ってくれると信じてたわ」

 

ルイーズも笑顔でベアトリーセの手を強く握る。この子なら、必ず私達を勝利に導いてくれると、確信していた。

 

「ルイーズ、遅くに呼び出してごめんなさい……」

 

「いいのよ。ここは世話焼き屋の子が多いから、こんな時間でもないとこんな話出来ないしね さぁ、私達もそろそろ寝ましょうか。ハーブティーを淹れておいたから・・飲むでしょ?」

 

「ありがとう、それじゃお言葉に甘えさせてもらうね」

 

そう言って二人は格納庫を後にする。ベアトリーセが乗る、Ⅳ号突撃砲に書かれたクローバーのパーソナルマークを見て、ルイーズは思う。

 

 

(クローバーの花言葉は「約束」「幸運」そして「復讐」 なんとも皮肉なものね……)

 

 

言葉には出さず、静かに格納庫の扉を閉める。窓から差し込む月の光に、戦車が照らし出され、戦場で鍛えられた刀のように鈍く光っていた。

 

 

 

夏の日差しが眩しい8月上旬。戦車道全国高校生大会・準決勝第一回戦の会場は、日本最強の戦車道学校・黒森峰女学園と、無名校ながら善戦を続けるしまなみ女子工業学園との注目の一戦で、会場は多数の観客で賑わっていた。

 

 

試合の開会式、両校の隊長と副隊長が向き合い、試合前の挨拶を行う。黒森峰女学園は隊長の西住まほ、副隊長の逸見エリカが。しまなみ女子工業学園は隊長の大垣零と、副隊長の陸奥原龍子がそれぞれ向かい合っていた。

 

「零、よくここまで来た。初めて会ったあの日から、今日という日が来ることを私は信じていたぞ」

 

「お互い正々堂々と戦いましょう。言っておくけど手加減はしないから」

 

黒森峰の隊長と副隊長から、肌がひりつくような迫力を感じる。自分とは違う、本物の一流選手を前にして萎縮しそうになる。だが自分達も負けに来たわけではない。

 

「望むところです、受けて立ちます」

 

そう言って、下手ではあるが精一杯胸を張り、二人に向き合う。

 

「「「「宜しくお願いします!」」」」

 

四人の挨拶が響き渡る。少しずつ空に雲が広がり、夏場には珍しい冷たい風が吹く。急激に変わりつつある天候がこの試合の波乱を見る者にも予感させていた。

 

 

そうして、黒森峰女学園との試合前の挨拶も終え、あと僅かで試合開始の時間になっていた。零は、試合前に履修生の皆に何かを話そうかと思っていたが、皆の落ち着いた顔を見て無用だと察した。

 

 

エンジンのアイドリング音だけが響く車内で零は静かに目を閉じた。

 

 

いよいよここまで来た、やり残したことは何一つない。後は地獄の練習を思い出し、死力を尽くすのみだと自分に言い聞かせる。

 

 

「隊長」

 

「零ちゃん」

 

二人の相棒とも、もう言葉はいらない。目線を合わせて、頷きあう。

 

 

 

試合開始の号砲が鳴り、隊長車のstrv m/40Lが動き出し、全車がそれに続いた。

 

戦車道全国高校大会準決勝・第一回戦 しまなみ女子工業学園と黒森峰女学園の試合が始まった。

 

 

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