しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第十五話

試合開始から約一時間が経過した。急激に広がった雨雲は高山地帯の戦場に大雨と、濃い霧をもたらし、有視界射撃が困難な状況を作り上げていた。カルデラ状の地形に囲まれたこの平原は、一面見事なヒマワリ畑で、欧州と見間違うような景色が広がっている。そのヒマワリを履帯でなぎ倒しながら、きゅらきゅらと一両の戦車が突き進んでいた。地形に身を隠し、踏みつけたヒマワリの跡で黒森峰に察知されないように、慎重に進む。そうして中央の高地の身を隠せる地形で、車両に擬装網を掛けて停止した。

 

「こちらキキョウチーム、これより高地の黒森峰陣地に対し偵察を開始します」

 

無線手の紅城が、全車両に伝える。

 

「よっしそれじゃ、行って来るね」

 

パンツァージャケットの上にギリースーツを羽織り、零が雨中の戦場を歩き出す。当初の予想通り、高地を先取した黒森峰が構築した防御陣地に単身偵察に行く為である。エンジン出力を限界まで絞り、車両を擬装網でカモフラージュをした上でここまで来たが、黒森峰隊員の戦場の勘を恐れて、この後は人力のみでの偵察になる。操縦手の陸奥原と、無線手の紅城は車両に待機し、隊長の帰還を待つ。

 

 

「零、撤退の時のピックアップ地点は覚えてるわね?必ず迎えに行くから」

 

「黒森峰の陣地まではエレナさんが誘導するから、何かあったら無線機に叫んでね」

 

「了解、任せておいて」

 

無線機のスロートマイクのチェックを行い、零が黒森峰の陣地に向かって歩き出す。

 

その背中は徐々に霧のかかった森に溶け込み、見えなくなっていった。

 

 

「エレナさん、聞こえる?誘導よろしく」

 

「了解隊長さン!声だけですがお供しますゼ!」

 

黒森峰陣地までの誘導は、地形の読みの鋭さはチームで随一のオニユリチームのエレナが引き受けている。彼女であれば、突発的な事態に遭遇しても、最適なルートを零に伝える能力がある。

 

「全く…… ウチの隊長さんはなんでこう体を張るのかしらね」

 

雨音が響く車内で、陸奥原がふと相棒の紅城にため息混じりに話す。

 

「しょうがないよ、龍ちゃん。普段から零ちゃんは自分以外の誰かの為に一生懸命だから……」

 

紅城は、零の事を思い、スロートマイクを触って零からの連絡を待つ。

 

 

 

キキョウチームが偵察任務に従事している頃、高地の黒森峰戦車群への狙撃を担う、ARL44とⅣ号戦車二両合同のツユクサチームは高地から3キロ離れた地点で射撃準備を行っていた。

 

 

「雨の上にこの霧…… 駆逐戦車乗りには最悪の天候……」

 

Ⅳ号突撃砲に乗る音森が憂鬱そうに呟く。試合開始から降り出した雨は次第に強くなり、戦場一帯を霧が覆って有視界砲撃が困難な状況を作り上げていた。

 

「音森さん、きっと敵も同じことを考えてますよ。だからこそ、隊長が私達の目になってくれるはずです」

 

同じくⅣ号突撃砲に乗るベアトリーセが音森を励ます。

 

「そうよ、響。零なら必ず私達に最高の舞台を準備してくれるわ。だから信じて待ちましょう」

 

ARL44の車長ルイーズも響きにそう言って励ます。音森は、二人とも隊長の事を本当に信頼しているんだな……と感じていた。

 

「わかってる……言っておくけど私だって隊長の事を信じている。勘違いしないで……」

 

そう言って黙り込む音森に、ベアトリーセとルイーズがごめんごめんと謝る。

 

 

彼女達ツユクサチームの任務は、濃霧による無視界下での敵戦車への精密射撃である。

 

 

アウトレンジからの黒森峰戦車隊への精密射撃を考案したのは零だったが、濃霧の発生による無視界下戦闘までは想定出来ておらず、それを補強したのがベアトリーセだった。船舶工学科所属であり、先の大戦での海戦だけでなく、古代の海戦の戦史を知り尽くしている彼女は、旧日本海軍の艦船が、アメリカ海軍の夜間レーダー射撃で一方的に攻撃・撃沈された海戦のような戦術が、戦車道でも出来ないかと考えていた。高地に布陣した戦車群を、濃霧による無視界下でのアウトレンジ砲撃で一方的に撃破するというものだ。成功すれば、こちらは反撃を受けない状態で、相手を一方的に砲撃出来る。しかし、座標のみを目当てに、砲撃を行うというのは、高度な射撃計算と、リアルタイムで正確な敵の座標を得るが必要である。そこで、情報技術科首席のⅣ号突撃砲車長の音森響と、高度な戦場管制術と計算能力を持つARL44重戦車車長のルイーズ・ベルナールが共同で計算を行い、軽戦車の機動性と隠密性を活かし、キキョウチームが偵察で敵戦車の正確な座標を得るという事になった。

 

 

「零隊長……」

 

「も~潮美ちゃん、捨てられた子犬みたいな顔で隊長のいる方角を見ないの」

 

ソミュアS35のユズリハ・ガーベラチームは、零達キキョウチームの帰還援護で、車両に擬装を施し待機していた。誰もが零からの一報を待ち、無線機に集中していた。

 

 

 

数十分経ち、零は高地をなんとか登り終え、黒森峰の陣地に到達していた。

 

「はぁ、はぁ……なんとか到着。なんだかランボーになった気分……」

 

道中、黒森峰側に察知されずにここまで来られた事に、エレナに感謝していた。そうして座標を細かく記載した地図を取り出し、スロートマイクをそっと触る。

 

「ツユクサチームへ、こちら大垣。観測点に到達しました。これより敵戦車の座標を送ります。」

 

零の声で、チーム全員に緊張と張り詰めた空気が漂う。いよいよ私達はあの黒森峰相手に戦う。その事に全員が武者震いのような感覚を覚えていた。

 

 

 

その頃、高地に展開した黒森峰の駆逐戦車隊は、訓練通り迅速に陣地構築を終え、各戦車の隊員は車内で周囲を警戒していた。

 

「しまなみはどうやって攻めてくるかな、もしかして機動防御を仕掛けてくるとか?」

 

エレファント駆逐戦車にの車長がもう一両の車両に乗る相棒に無線で話しかける。

 

「まさか。素人なら陣地防御を徹底して、私らの進撃を迎え撃とうとするさ」

 

もっとも、機動防御を仕掛けた所で、側面を警戒しているパンターと三号、私達の砲の餌食になるだけだがねと笑いながら返す。

 

「しっかし、この雨と霧は最悪ね。駆逐戦車が視界ゼロでどう戦えってのよ……」

 

ヤークトパンターの車長が憎々しげに話す。長距離射撃が本分の駆逐戦車が、クリアな視界を得られないというのは大きなストレスが溜まるのだ。

 

「ぼやぼや言ってないで警戒を怠るな!連中は何をして来るか分からないぞ!」

 

外跳ねの髪が特徴的な駆逐戦車隊の隊長が、隊員達に檄を飛ばす。彼女は黒森峰でも図抜けた撃破数を誇るエクスペルテンであり、その功績から、今試合より新配備のマウス重戦車の車長を任される予定だった。が、天候に降雨が予想され、地面にマウスが埋まる懸念から今試合での運用が難しいと判断され、乗り慣れたヤークトティーガーでこの試合に臨んでいる。

 

「とは言ってもこの雨と霧だぞ。あちらさんも腕のいい砲手はいるみたいだがお天道様には勝てないさ」

 

エレファントの車長がペリスコープから周囲を見回す。高地は低い雲と霧に覆われ視界はほぼ無いに等しい。

こんな状況では素人では行進間どころか静止射撃もままなるまいと思っていた。遠くで雷も鳴っているようだと彼女は思っていたが、それは違っていた。

 

 

 

「ルイーズさん、音森さん。これから高地に布陣する駆逐戦車の高度と座標、それと風速を言います。準備はいいですか?」

 

「分かったわ零」「隊長、よろしく」

 

零が指定した座標と高度の目標に対して、ARL44と、Ⅳ号突撃砲で主砲を何度の角度で砲撃すればいいかを即時に計算を行う。情報工学科の学年首席の音森と、車両管制と計算能力に天才的な能力を発揮するルイーズの頭脳共同戦線である。

 

「響、一番右のエレファントへの射撃諸元はこれでいいか検算してもらえる?」「了解」

 

ルイーズが自分が計算した結果を音森に伝えて、即時に検算した結果を音森がルイーズに伝える。

 

「OK」「よし、仰角このまま。この湿度が炸薬にどう影響するかは出たとこ勝負ね……」

 

ルイーズが砲手に伝える。2両のⅣ号突撃砲も射撃準備を終え、小隊長のベアトリーセの砲撃開始の命を待つのみとなった。

 

「ツユクサチーム、全車一斉射撃開始!」

 

ベアトリーセの声で三両の駆逐戦車か高地に布陣する黒森峰の戦車に向かって砲撃が開始される。その音は平原一体に響き、まるで雷鳴のようであった。

 

 

 

「畜生!一体何がどうなってるんだ!?さっぱりわからない!」

 

高地に陣取っていたエレファント駆逐戦車の車長が叫ぶ。突然、自分の左側にいた相棒が乗るエレファントが砲撃されたと思ったら、あっという間に直撃弾をもらい撃破されてしまった。この濃霧、遠距離からの射撃、こんな状況下で直撃弾を出すなど不可能な筈である。闇雲にペリスコープから回りを見回しても見えるのは霧のみ、彼女は自身の最後が忍び寄っていることに恐怖し、操縦手に陣地移動の命を下そうとした瞬間、車両に着弾の衝撃を食らって、自身の車両の射撃装置がロックされたとの砲手の言葉を聞き、がくりと項垂れるのだった。

 

「全車回避運動を行いながら後方の斜面まで後退!」

 

ヤークトティーガーの車長は、僚車に命令を下しながら、感心していた。敵は完全な無視界射撃にも関わらず徐々に射撃精度を向上させている。一体この状況下で、実業団を含めて、これだけの芸当を出来る人間が日本にどれだけいるのか・・・予想もしなかった敵の攻撃に駆逐戦車乗りの血が騒いでくる。

 

 

「くそっ!せめてギミックだけでも見敗れれば!」

 

履帯を破壊されて、後退不能になったヤークトパンターの車長は、自身の車両が砲撃に晒される中、ハッチから身を乗り出し周囲を必死に見張った。この天候でこれだけの精密射撃が出来るのは偵察で正確な座標を観測している観測者が居るに違いないと考えていた。そうして森の中に、人影を見つけて、スロートマイクで隊長に通信を行う。彼女の車両から高い白旗が上がる音が鳴るのと同時だった。

 

 

「……了解、高地に鼠が潜り込んだ。追撃せよ」

 

「了解しました隊長!」

 

15号車のⅡ号戦車L型ルクスの車長に敵観測員の追跡をまほは命じる。

 

「敵隊長車を確認、反跳偏差射撃開始」

 

僅かにではあるが霧が晴れ、居場所がバレたしまなみの隊長車に対して、エリカの命令で各車両が砲撃を始める、キキョウチーム3人の必死の逃避行が始まった。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ ……もう、しつこいな……」

 

零はルクスの追撃を受け、ギリースーツを脱ぎ捨て必死に逃げていた。普段はそうでもないのに、こんな時に俊足ぶりを発揮する自分の足に感謝していた。エレナが最適な逃げるための経路を誘導してくれるお陰で、もう少しでピックアップ地点まで辿り着けそうだった。そうしてルクスの追撃を振り切るべく、再度全力で走り始める。その人影を見つけて、ルクスも全速で動きだす。

 

「ちょこまかと!!絶対に逃がすな!あいつは敵隊長の大垣零だ、隊長車を撃破すればしまなみはの屋台骨は崩れる!」

 

ルクスの車長は、敵の偵察を任務としており、しまなみの全履修生の顔を覚えていた。中でも最重要目標として隊長・副隊長から指定されていたのが隊長の大垣零とそのキキョウのパーソナルマークのstrv m/40Lだった。

 

 

そんな中、平原を一両の戦車が蛇行しながら、猛烈な速度で突っ走っている。

 

 

「零!聞こえる?心臓が破裂しようが、とにかくピックアップ地点を目指して全力で走って!」

 

「やばいよ龍ちゃん!また撃ってきた!」

 

陸奥原と紅城も黒森峰の砲撃から必死で逃げていた。逃走するstrv m/40Lの未来位置に、地面にワンバウンドさせた榴弾を直上で炸裂させる射撃法に曝されており、さながら近接信管付の砲弾に叩かれる零戦のような状態になっていた。strv m/40Lは一個のドラムのように、炸裂する砲弾に叩かれまくる。拳ほどの大きさの破片が四方八方から降り注ぎ、装甲の薄い軽戦車ではひとたまりもない。

 

「なるほど、地面で跳ねさせた榴弾をこちらの頭上で炸裂させてるのか。これじゃ遮蔽物に隠れても全くの無意味ってわけね……」

 

「ひぃぃ!!怖いぃ!!おかあさーん!!」

 

繰り返し襲って来る榴散弾のような礫の嵐に、紅城はパニックになっている。今大会で修羅場を潜り抜けてきたが、中身は普通の女子高生である。

 

「しっかりしなさい烈華!!怖がる暇があったら向こうさんに砲弾を撃ち込みなさい!!」

 

絶体絶命の緊急事態に陥りながらも、陸奥原が相棒を励ます。

 

「りょ、了解!!ちくしょーかかってこいやー!!ていうか零ちゃん!早く帰ってきてー!!」

 

涙目でやけくそ気味に紅城が黒森峰の車両に向かって砲撃を始める。必死にスロートマイクに叫んでも、討手から必死に逃げる零から返事は無かった。

 

 

 

零の追撃を行っていたルクスの車長は、逃げる先の樹木や、岩石を破壊して逃げ場を失わせようとするが、すぐ対応して別の逃げ道を走っていく敵の隊長にいら立っていた。戦車道では敵の拿捕に関しては例がなく、とにかく敵隊長と車両の合流を阻止するしかない。戦車道の砲弾は対人センサーが付いており、完全に殺傷能力は無い。戦車ではなく、撃つことができない対象を追うといういら立ちと、こちらを手玉に取るように、追撃を躱して逃げる敵の隊長の小賢しさにとにかくいら立っていた。

 

そんな時、逃げる零の足元にルクスの砲弾が着弾した。すると長雨でゆるくなっていた土手が崩れ始める。

 

「えぇ!?きゃあぁ」

 

バランスを崩した零の体が宙を舞い、土手を転がり泥まみれになって横たわる。

 

「うぅ……いったぁ……」

 

転がり落ち、体をしたたかに打ち、痛さで零が悶える。

 

 

「そこを動くな!」

 

主砲の照準を向け、ルクスの車長は土手下に横たわった零を見下ろしながら叫ぶ。呆然と涙目でこちらを見上げる敵隊長の哀れな姿に自らの勝利を確信し、そして静かに話し始めた。

 

「全く、大した奴だよ……お前のお陰で虎の子の駆逐戦車が三両も撃破された。だが、もうここまでだ。悪いが布陣など洗いざらい吐いてもらうぞ。黒森峰の尋問術をその身でとくと味わってもらおうか」

 

そうして敵隊長を収容・尋問しようとした瞬間に、ルクスが突如出現した二両の戦車に弾き飛ばされた。

 

「隊長にこんな真似を……絶対に許さない!」「この野郎…… 代償は払ってもらうわよ……」

 

キキョウチームの撤退援護に全速力で向かっていたユズリハ・ガーベラチームのソミュアS35であった。雨中に泥まみれで倒れたままの零の姿を見て、朝河と荒川の二人は、命辛々黒森峰の追撃を振り切ったキキョウチームの二人に零の収容を願った。

 

「隊長車は私達が援護します!だから早く隊長を!」

 

「分かってる!ありがとう朝河、荒川!」

 

キキョウチームのstrv m/40Lが零の元に到着し、陸奥原と紅城の二人がかりで零を収容し、全速で離脱を開始する。

 

「おのれぇぇ!!逃がすかぁ!!」

 

「「させるか!!」」

 

ルクスはなおも追撃しようとするが、ソミュア2両に砲撃で履帯を切断され、走行不能になる。

 

「二人とも、射線を空けて こいつは一斉射撃でお仕置きしてやりましょう」

 

無線機から聞こえるベアトリーセの普段聞かない殺気に満ちた声に朝河と荒川は射線を空ける。そうしてすぐにARL44と、Ⅳ号突撃砲2両、ソミュアS35二両の一斉射がルクスを吹き飛ばし白旗を上げさせたのだった。

 

 

 

「零ちゃん大丈夫!?痛い所はない?」

「う、うん。すごくお尻打っちゃったけど、このぐらい平気」

「よかったぁ、よかったよぉ……」

 

紅城が零を抱きしめる。黒森峰の砲撃の射程外に逃れた安堵と、自分達の隊長が戻ってきた喜びが溢れる。

 

「とりあえず皆と合流しましょう。それから零、早く体を拭いて着替えなさい」

 

そう言って陸奥原がタオルを投げて寄こす。

 

「ありがとう、状況はどうかな?」

 

「悪くはないわ。敵は4両を失って、こちらは損耗なし」

 

「でもでも!左右側面にパンターとⅢ号の敵部隊が接近しているから早く援護に行こう!」

 

陸奥原と紅城が少し高揚した雰囲気で応える。

 

「私達も続きます!」「黒森峰の先輩方相手に腕が鳴るわ~」

 

strv m/40Lの両隣に続く、ユズリハ・ガーベラチームの朝河と荒川も応える。

 

僅か数分の間に、エレファント駆逐戦車二両、ヤークトパンター一両、ルクス軽戦車の計四両を黒森峰は失った。

 

15両対10両の黒森峰側の数的優位から始まった戦いの天秤が揺らぎ始めていた。

 

 

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