しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第十八話

 

雪が降り積もる、凍てつくような寒さの平原に二つの砲声が響き渡る。一つは、大洗女子学園のフラッグ車を射抜くべく放たれたIS-2重戦車の、もう一つはプラウダ高校のフラッグ車を射抜くべく放たれたⅢ号突撃砲の砲声だった。そしてしばらくの静寂の後に、プラウダ高校のフラッグ車のT-34/76から射出音と共に白旗が揚がった。

 

「プラウダ高校フラッグ車、走行不能」

 

「試合終了、大洗女子学園の勝利!」

 

極寒の会場に、大洗の勝利を告げる声が会場に響き渡った。

 

「すごい……みぽりん!勝っちゃった!私達勝っちゃったよ!」

 

「やった!すごいです西住殿!」「やりましたね、みほさん!」

 

「やったな西住さん、最高のチームワークだった」

 

Ⅳ号戦車の仲間、そしてチームの全員がみほに駆け寄り、皆で手を握り、肩を抱き、喜びを爆発させる。みほは胸ポケットから顔を覗かせる零が贈ったボコの縫いぐるみに手を当て、笑顔で天を仰いだ。雪はまだ止む気配はない。更に降る気配すらある。しかし、勝利の高揚に包まれた彼女達には、最早寒さや雪は気にならなかった。

 

 

 

時は進む。しまなみ女子工業学園の学園艦は、戦車道全国大会決勝戦の会場へ向け、夜の太平洋を航行していた。未だ夜は明けていないが、微かに水平線が明るくなり始めている。戦車道履修生達は決勝戦に向けて、朝から晩まで練習と、体力トレーニングを続けており、今は戦車格納庫二階の合宿所で眠りについていた。大部屋で皆で布団を引き、まるで修学旅行の朝の如く、それぞれが普通に寝たり、寝相の悪い生徒にのしかかられたり、抱き着かれたりしながら寝静まっている。

 

「う~ く、くるしい……」

 

そんな中、M15/42中戦車を駆るアマリリスチーム車長のマルティーナ・ビアンケッティは妙な寝苦しさに目を覚まし、むくりと起き上がる。すると、相棒のオニユリチーム車長のエレナが、自分の上に乗っかかって猫のように腹丸出しで幸せそうに眠っていた。いつもの事ながら、相棒のあまりの寝相の悪さに驚きつつ、エレナを元の寝床に戻して、布団を掛け直してあげる。そうして、朝のランニングでもしようかと、軽く身支度をする。シューズを履き、廊下を歩いていると、隊長室に灯りがついている事に気が付いた。

 

「隊長、お疲れ様」

 

「んぅ…… あ、マルティーナ! 早いね、どうしたの?」

 

うとうとと舟を漕いでいた零が声がした方を振り返る。気を利かせたマルティーナがコーヒーと、手作りのイタリアのお菓子ビスコッティを携えて部屋に入ってきた。

 

「ちょっと目が覚めちゃって。ランニングに行こうと思ったら明かりが点いてたから、お邪魔させてもらったってわけ」

 

はいこれと、マルティーナは零の為に準備したコーヒーとビスコッティを渡す。

 

「ありがと ふぅ、マルティーナが淹れてくれたコーヒーは本当に美味しいね。お菓子と一緒に飲むと、五臓六腑に染み渡るよ」

 

上機嫌な零にそう言われて、マルティーナはなんだか誇らしさと気恥ずかしさで、少し頬をかく。

 

「当然よ、イタリアのおばあちゃんにみっちり仕込まれたんだから。それにしてもどうしたの? こんな時間まで起きてただなんて」

 

部屋の応接椅子に腰かけたマルティーナが零に話す。

 

「うん…… 大洗女子学園と、どう戦うか考えてたんだけど、なかなかアイディアが浮かばなくて……」

 

机の上には戦車の資料や、地形図、過去の戦車道全国大会の記録等が広がっていた。大洗女子学園とプラウダ高校との試合中に報道された、大洗学園艦の廃艦決定と、その撤回の条件は、大洗にも、そして、しまなみにとっても過酷なものだった。もしもしまなみが勝ったら、大洗の友人達やその家族を路頭に迷わせる引き金を自分達が引く事になる。かといってわざと負けてあげられるような腐った根性も持ち合わせていない彼女達は、それぞれが苦悩し、苦しんでいた。零は、みほがⅣ号戦車の上に立つ、いわゆる軍神立ちをしている写真が載った、プラウダ戦のネットニュースを見て、天井を見上げる。

 

零も大洗の友人達を思う気持ちと、初めての練習試合で敗北した時から、自身と皆が待ちに待った再戦の機会を得られた気持ちの間で迷い、悩んでいた。これまで戦ってきた他校の皆の為にも、無様な戦いは絶対に出来ないし、するつもりもない。だが、プラウダ戦の勝利後、軍神と称えられる西住みほ相手に勝てるなどと己惚れる気も無い。しかし、万が一の事があれば、大洗廃艦の引き金を引くことになる。

 

「Non si può avere la botte piena e la moglie ubriaca」

 

「え?」

 

ふと、マルティーナがイタリア語を話し、零は振り向く。

 

「今のは、満杯の酒樽と酒好きの女房を同時に持つ事はできないっていうイタリアのことわざ。相反する事を同時に求める事は出来ないって事」

 

マルティーナは零の目を見る。目には少しクマが出来ていて、疲労の色が見える。

 

「隊長、じゃなくて零。勝負は時の運って言うでしょ。もしこの決勝戦で、大洗が勝利をもぎ取れなければ、それは仕方が無いし、私達が勝てなくてもそれは仕方が無いわ。とにかく全力で、相手と向き合って戦えば、お互いにとって最上の結果が得られる筈よ。戦争をしてるんじゃないんだし、変に考え込むんじゃなくて、もっと気楽にいきましょうよ」

 

マルティーナの言葉を聞いて、零は天井を再度見上げる。

 

「そうだね…… うん、ありがとうマルティーナ」

 

零の顔が少し明るくなり、マルティーナもほっとする。ここ最近、考え込んでいるような様子と表情ばかりで皆心配していたからだ。久しぶりに零の笑顔が見れて、マルティーナも顔を綻ばせる。

 

「ならよかった。それじゃ、私はひとっ走りしてくるから」

 

「あ、ちょっと待って、私も一緒に行く」

 

一緒にランニングに行こうとする零を、マルティーナは制止する。

 

「ダメ。コーヒー持ってきた私が言うのも悪いけど、今日は午前中練習試合なんだから隊長は仮眠でもいいから寝ておくこと。徹夜はいい仕事の敵、それに美容にもよくない」

 

同郷の、空飛ぶ紅い豚の言葉を口にして、執務室を後にする。そうして学園艦の甲板を一周し、ランニングを終えて帰って来ると、大部屋で皆と一緒に眠る零の寝姿を見て、マルティーナは安堵し微笑む。零はその気になれば隊長室のベッドで寝られるが、いつも大部屋で皆と一緒に寝ている。いつも皆を気遣って、隊長という地位に胡坐をかいたり、特別扱いを求めたりはしない。マルティーナはそんな彼女の事が大好きだった。

 

「Chi trova un amico trova un tesoro. お休み、私の隊長さん」

 

マルティーナはまたイタリアのことわざを口にし、少し乱れた零の布団を、そっと掛けなおすのだった。

 

 

 

第六十三回戦車道全国高校生大会の決勝戦は、東富士で開催される。霊峰富士の裾野にあるこの会場は、これまで幾多の戦車道の試合が行われ、歴史に残る名勝負の舞台となってきた。故に戦車道の聖地と言われている。しまなみ女子工業学園の戦車道チームも、朝早くから会場入りし、各車両に用意されたピットガレージで戦車の整備を行っていた。

 

 

「お久しぶりです、我が君!」

 

溌剌とした声で零を呼ぶのは知波単学園の西絹代だった。

 

「西さん、こんにちは!お久しぶりです」

 

自身が車長を務める、strv m/40Lの点検を行っていた零は戦車を降り、西に駆け寄る。西の両隣には玉田、細見、福田の三名が並び、まるで凛々しい若君様とその従者のように見える。

 

「この西絹代、大垣さんの戦いをこの目に収めるべく参りました! 心ままならない事もあるかと存じます。ですが、どうか御存分の戦働きを」

 

「西さん、ありがとうございます。今日は皆さんと一緒に戦います、どうか見ていて下さい」

 

西と零、二人が固く握手を交わす。

 

「では、試合後またお会いしましょう!」

 

別れの挨拶を行い、西が踵を返して選手用の観覧席に戻ろうとすると、玉田・細見・福田の三人が零に頭を下げてきた。

 

「「「大垣隊長、先日の試合、誠にありがとうございました!!!」」」

 

「お、おい!お前たち!」

 

三人の話では、しまなみと知波単学園の試合後から、知波単の戦車道に改革の嵐が吹き荒れたらしい。隊長の辻つつじと、その取り巻きは今大会をもって更迭される予定であり、西がしまなみ戦で見せた統率力と、勇猛果敢な突撃が高く評価され、知波単学園戦車道の次期隊長に就く事が内定しているとの事で、三人は西を本来居るべき場所に零が押し上げてくれたと礼を言ってきたのだった。そんな三人を引き連れて、選手用の観覧席に戻っていく西たちを零は見送っていた。

 

 

「零、そろそろいいかしら」

 

するといつの間にか自分の隣に、ボンプル高校の隊長、ヤイカが立っていた。

 

「応援に来てあげたわよ。黒森峰を吹っ飛ばした貴女達が、大洗相手にどんな戦いをするのか、しかと見させてもらうわ。手を抜いたりしたら絶対許さないわよ」

 

ヤイカが、そう言って棘の無い、一凛の青い薔薇を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

零はおずおずと薔薇を受け取る。ヤイカにはいつも挑戦的な雰囲気が漂っている。それは、強襲戦車道・タンカスロンで常勝不敗を誇る彼女達だからこそ纏えるものであり、黒森峰の隊長・副隊長が纏うものにも似ていた。

 

「それじゃ、精々頑張りなさい」

 

そう言ってマントを翻し、傍で待っていた仲間達の元へ歩むヤイカの背中を見送る。零は、自分もいつかあんなオーラを持つことが出来るのだろうか……と考えていた。

 

 

「も~隊長ったら、こんな時くらいもっと励ましたり色々言ってあげればいいのに……」

 

観覧席に戻りながら、ウシュカがヤイカに話す。

 

「う、うるさいわね!真の戦士同士言葉なんて使わなくても伝わる物なのよ!」

 

「そんな事言って、あの薔薇も今朝選りすぐりの一凛を選んでたし、随分とご執心だよな~」

 

「う、うぅ……」

 

ピエロギにも囃され、ヤイカは言葉が出ない。

 

「隊長。あの西住みほ相手に、大垣隊長はいかにして戦うのでしょうか……」

 

黒森峰を破ったしまなみと、プラウダを破った大洗。どちらも戦車道では全くの無名校だった。しかし、四強の中でも最上級の強さを誇る両校を破り、決勝まで進んだ両校がどのような戦をするのか、誰も予想出来なかった。

 

「今日それを確かめに来たのよ、零達が勝利を掴むのか、それとも惨めな敗北者になるのか……」

 

ヤイカ達ボンプル高校の生徒達は、戦車道でいつも黒森峰やプラウダといった四強校の影に隠れ、辛酸を舐め続けて来た。故に、勝者のみが報われる戦車道の過酷な現実を誰よりもよく知っていた。

 

「彼女達に、フサリアの魂が共にあらんことを……」

 

ヤイカが太陽を見上げ呟く。空には、戦車道連盟所属の研三五機のアクロバットチームが鮮やかなスモークを引き、見事なデモフライトを見せていた。天気は快晴、風も微風。絶好の戦車道日和であった。

 

 

 

「零、試合見に来てあげたわよ!」

 

「コンディションはどうだ、零」

 

颯爽と、黒森峰女学園のキューベルワーゲンに乗って、しまなみのピットガレージにやって来たのは、エリカとまほだった。

 

「まほさん、エリカさん!」

 

零は笑顔で二人を迎える。準決勝の試合を経た今、三人は以前より親しく、打ち解けた仲になっていた。共に死力を尽くして戦い合った者には、強い絆が生まれるものである。

 

「試合前で緊張してないかと心配したが……その様子なら杞憂だったようだな。安心した」

 

「確かに緊張はしていますが、すごく楽しみです。待ちに待った大洗の皆さんとの再戦ですから」

 

まほは零の落ち着いた様子に、本当にタフな奴だと笑みを浮かべる。

 

「そういえば今日もお二人なんですね。赤星さんや小島さん達は……」

 

「他の皆は大会後のエキシビジョンマッチに向けて学園艦で特訓中よ。黒森峰は負けに甘んじない……言ったでしょう……次の試合、首を洗って待ってなさいって……あいたっ」

 

「こらエリカ、ほどほどにな」

 

久々の再会に浮かれてか、わざと零を脅すように話すエリカをまほは頭に軽く手刀を入れて諫める。そうして前回の試合や、今日の試合の事、チームの近況などを話す。気の合う友人との語らいは時間を忘れてしまう。このままおしゃべりを続けたいが、戦車道は試合前の準備や整備が重要である。その事を誰よりも知っている黒森峰の隊長と副隊長は、話を少し早めに切り上げ、再びキューベルワーゲンに乗る。

 

「じゃあね、零。試合後に又会いましょう」「零、いい試合を期待しているぞ」

 

「はい!」

 

零は笑顔で手を振って二人を見送る。

 

 

そして試合開始一時間前、しまなみ女子工業学園では恒例の全車両一斉点検を行っていた。戦車をしっかり点検している事を、観客の人達にも知ってもらう目的で始めたが、零達機械科所属の戦車道履修生達が、手信号とインカムを駆使し、乗員と意思疎通しながらカッコよく点検していく様は大人気で、しまなみの周りは大勢の観客でごった返している。

 

今回は地元の小中学生との交流も兼ねており、地元児童戦車道チームの、山梨グルントシューレパンツァーレーアと、静岡キッズタンカースに所属している子供達と一緒に点検を行っている。戦車道のキャリアは子供達がはるかに上である為、勉強になる事もとても多い。子供達は普段はⅠ号戦車や、M3スチュアートといった軽戦車に乗っているので、巨大な砲を持つARL44や、幻の五式中戦車に興味津々といった様子で、点検を行っている機械科の生徒達の説明を熱心に聞いたり、点検を手伝ってくれていた。

 

雑誌やテレビ等の取材も来ており、strv m40/Lを駆るキキョウチームの無線・装填手であり、しまなみ女子工業学園生徒会広報の紅城がインタビューを受けていた。愛嬌に溢れ、こういった取材に慣れている紅城は本人の適正もあって大活躍している。更に、零は学園長である祖母から「子供達に将来有望な選手がいたら、ぜひ唾を付けておきなさい」と言われていた。人材マニアといっても良い程、祖母は人を集めるのに熱心だ。零自身も、自分を含め、二年生が卒業すると、後を継ぐのは一年生で構成されるユズリハチームとガーベラチームのみになってしまう事を危惧しており、将来に備えた人材確保は急務だと感じていた。とは言え、あまり大っぴらにスカウトするわけにもいかず、ひとまず点検の間に子供達の個性を観察する事にしていた。

 

 

「零!」

 

全車両の点検を完了を見届け、麦茶で一息入れていた零は、自分を呼ぶ声に振り替える。すると、大勢の観客の中に混じって、島田愛里寿、島田千代親子が立っていた。

 

「こんにちは零さん。お友達が沢山いるのね、なかなか話しかけられなくて困っちゃったわ」

 

黒い日傘を差した千代が零に話す。今日の二人は何故か髪型や、服装も普段と全く違う印象の物でコーディネートしていて、声を掛けられなければ二人だと分からないレベルだった。普段通りの格好ならば、多分この場は大騒ぎになっていた筈である。流石は変幻自在の島田流であると零は一人感嘆する。

 

「零さん達の車両点検、是非生で見たかったから嬉しいわ。評判通り、鮮やかな手並みね」

 

「うん、零達すごく格好良かった!」

 

そういって愛里寿が抱き着いてくる。零は、愛里寿の頭を撫でるが、ふと自分が先程まで炎天下で車両点検を行って、作業着越しとはいえ、物凄い汗だくである事に気づく。

 

「あ、愛里寿ちゃん……私、汗びっちゃりだからちょっと恥ずかしいかも……」

 

「え?……ううん、ぜんぜん平気」

 

「うわちょっ……だ、だめだってば」

 

愛里寿は全然お構いなしで、抱き着くのを止めてくれない。三人の親し気な様子に、チームメイト達も、隊長の親戚の人達なのかなと温かく見ていた。そんな二人をあらあらと微笑みながら見ていた千代が、不意に真剣な表情になり、零の目を見て話し出す。

 

「零さん、友と刃を交えなければならない時はいつか来るものよ」

 

「貴女は自分が為すべきことをしなさい。自分の力を信じて。貴女なら、必ずこの試練を乗り越えられるわ」

 

優しく、しかし力強い声で千代は零を諭す。

 

「千代さんにも、そんな事ってあったんですか……?」

 

零は恐る恐る、千代に聞く。すると千代は少し寂しそうな表情になる。

 

「そうね……学校に縛られ、流派に縛られ、親しき友と袖を分かち戦う事も幾多もあった。でもね、戦車道はそんな事では切っても切れない絆を結んでくれる。私はそう信じているわ」

 

「お母様……」

 

愛里寿も、こんな真剣な表情の母を見るのは久しぶりだった。そこに、試合開始予定時刻を告げる場内アナウンスが響き渡る。

 

「あら、もうこんな時間?楽しい時間はあっという間ね、大事な時間を御免なさいね、零さん」

 

「いえ、とんでもない!こちらこそお二人に元気を頂きました。試合、頑張ります。見ていてください!」

 

零は力強い声で二人に話す。迷いや憂いのない声に二人は安心する。すると愛里寿が零の作業着の裾をちょいちょいと引っ張り、もじもじと話す。

 

「零、試合頑張って。あと大会が終わったら……」

 

「大丈夫忘れてないよ。横浜の街、いっぱい見て回ろうね」

 

「うん!」

 

愛里寿がぱぁっと笑顔になる。黒森峰戦の前のお泊り会の時に交わしていた、大会が終わったら三人で横浜の街を散策する約束を零は覚えていた。

 

 

いよいよ試合開始間近、両校の生徒が、整列し、互いに向き合う。いよいよここまで来た、零は試合を前にして鼓動が早くなっているのに気が付くが、妙に気持ちは落ち着いている。チームの皆も同じようで、落ち着いた態度と表情をしており零は安心する。

 

「両校隊長、副隊長は前へ!」

 

大会審判長の蝶野亜美の声で、大洗女子学園隊長の西住みほ、副隊長の角谷杏が、しまなみ女子工業学園隊長の大垣零と、副隊長のベアトリーセ・メルダースが一歩前に出る。

 

「お久しぶりです、みほさん、角谷さん。本日は宜しくお願いします」

 

「零さん……よろしくお願いします!」

 

「や~や~今日はよろしくね、大垣ちゃん!」

 

杏は努めてにこやかに、零と握手を交わす。が、その手が以前よりずっと皮が厚く、主砲の引き金を引いたり、グリップを握る辺りが固くマメになっている事に気が付く。こんな手になるまで、どれ程の修練を積んだのか・・・一瞬、ぞくりとしたものが体を走る。そして、しまなみの履修生達を観察する。皆、落ち着いていて浮足立った様子は無い。以前、練習試合で戦った時よりも、貫禄がついたような印象すらある。士気の高さが表情と態度から伺えて、杏は少し嫌な予感がしていた。

 

「一同、礼!」

 

「よろしくお願いします!」

 

両校の戦車道履修生が一堂に会し、礼を行う。乙女の嗜みというオブラートに包まれた、鉄と油と硝煙に塗れた究極のノンコンタクトスポーツが今、始まろうとしていた。

 

観客たちの声が織りなす、試合開始までのカウントダウンが会場に響き渡っている。両校の戦車の内燃機関に火が入り、轟音を立てて試合開始を待つ様は、まるで猛獣が獲物を求めて唸りを上げているように見える。そうして間も無く、試合開始の号砲が鳴り響く。天気は快晴、風は微風。絶好の戦車道日和の戦車道の聖地で、第63回戦車道全国高校生大会・決勝戦が始まった。

 

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