しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第十九話

決勝戦が始まって間も無く、大洗は大きな混乱に見舞われた。交互躍進の為に後方で待機していたフラッグ車のあんこうチーム・Ⅳ号戦車に、森の中から突如現れたstrv m/40Lが猛烈な突撃を敢行したのである。

 

「くそっ油断した……あんこうを援護するよ!前衛は急速後退!」

 

「了解!」

 

副隊長の杏からの指令を受けて、前線に進出していた車両が全速力であんこうチームの救援に向かう。その間にも、しまなみのフラッグ車のstrv m/40Lは、あんこうチームのⅣ号戦車に対して、37ミリ砲から高速徹甲弾のシャワーを浴びせてくる。

 

「駄目だ!木の葉みたいにひらひら照準から逃げて捕捉できない!」

 

「フラッグ車って後方で待機してるんじゃないの!?こんなの校則違反よ!」

 

Ⅳ号の直衛に就いていたカバさんチームの砲撃手の左衛門佐と、カモさんチームの園みどり子が突然の事態に悲鳴を上げる。相手は軽戦車、自分達の戦車より身軽な動きが得意なのは分かるが、まるで弾筋を見切っているかのように砲撃を躱されてしまう。戦車道初心者のカモさんチームのB1bisは動きがぎこちなく、隙が多い。そんな生まれたての小鹿のような獲物を、血に飢えた獰猛な肉食獣が見逃す訳はない。Ⅳ号戦車を執拗に攻撃していたstrv m/40Lが37ミリ砲の砲口から獣の吐息のような硝煙を煙らせながら、砲口をB1bisに向ける。

 

「ひっ……」

 

砲塔からそれを見ていた園は、狼に睨まれた兎の如くに恐怖で体が硬直してしまう。先のプラウダ戦を戦い、それなりに度胸も技量も付いたつもりだった。しかし、目前の敵から明確な殺意を自分に向けられるのは初めてであった。ペリスコープ越しの視界が恐怖で滲む。その数秒後、装甲厚の薄い砲塔に直撃弾を撃ち込まれた。

 

「きゃあ!!」

 

まるで大きな壁に弾き飛ばされたような衝撃を受け、園は砲塔に背中から叩きつけられる。

 

「お待たせ、西住隊長!」

 

「火消し屋参上にゃー!」

 

レオポンチームのポルシェティーガーと、アリクイチームの三式中戦車が援護に到着し、さすがに分が悪いと踏んだのか、strv m/40Lが足早に、手際よく退却を開始し、あっという間に森の中に姿を消していった。

 

「待て、逃がすか!」

 

「待ってください磯辺さん!深追いは相手の思う壺です」

 

敵のstrv m40/Lを追撃しようとするアヒルチームをみほは制止する。辺りには硝煙の匂いと煙が立ち込めており、地面には砲撃を受けて剥がれたⅣ号戦車のシュルツェンが無残に横たわっている。

 

「大丈夫か、西住!園!」

 

カメさんチームの河嶋がみほに問いかける。

 

「はい、シュルツェンを何枚かやられましたがなんとか……園さん、大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫よ……西住隊長……ゴモヨもパゾ美も無事ね」

 

無線から園の通信が聞こえる。B1bisの砲塔からは未だに着弾の煙が燻っており、撃破の白旗が揚がっていないのが奇跡に思える惨状を晒していた。

 

「西住さん、Ⅳ号の操舵機構に異常はない。そど子達が心配だから見て来る」

 

「すみません麻子さん、お願いします」

 

麻子がハッチから出てカモさんチームのB1bisの救援に向かう。杏が周辺警戒にアヒルチームとウサギさんチームを当たらせており、操縦手を欠いたあんこうをフォローするべく残りの車両でⅣ号を輪形陣で囲み警戒に当たる。

 

「みほさん。砲撃、及び照準装置にも影響はありません」

 

「西住殿。装填機構も同じくであります!」

 

「アンテナも無事、みぽりん無線も問題無いよ!」

 

あんこうの仲間達がみほに伝える。その声にみほは安堵のため息をついた。

 

「会長、どうやら大垣さんは私達を楽に勝たせてくれるつもりは無いようですね……」

 

小山が杏に話す。もしも以前杏が言っていた通りのお人好しが率いるチームであれば、きっと楽に勝利出来たであろう。だが、しまなみの隊長自らが行ったこの突撃は、そんな予想を吹き飛ばすのに十分な、相手の強烈な意思表示と感じられた。

 

「へぇ、面白いじゃないか……西住ちゃん!この後はどうする?」

 

「はい、予定通り高地に向かい砲撃陣地を構築します。周辺を最大限警戒しつつ先を急ぎましょう」

 

みほの言葉で皆平静を取り戻し、高地へ戦車を向かわせる準備を始める。みほは先程の戦いを思い出し、興奮で背筋が戦慄くのを感じる。初めてのしまなみとの練習試合、零のStrv m/40Lとの一騎打ちで味わったあの感覚が蘇ってきた。

 

「西住さん。大垣さん達、腕を上げたな」

 

戦いの興奮冷めやらぬⅣ号戦車の車内で、B1bisへの救援を終えて操縦席に着いた麻子がみほに話しかける。

 

「うん、少し翻弄されちゃったね。でもカモさんチームが無事でよかった……」

 

「それにしても単騎で出入だなんて、大垣さんったらとってもオフェンシブで痺れますね……」

 

「まるで知波単学園のような突撃でしたね、本当に寿命が縮むかと思いました……しかし、西住殿、なんだか楽しそうでありますね」

 

「ふぇ!?そ、そうかな」

 

「も~最初からスリルありすぎ……私の心臓持つのかな~」

 

「心配ない、沙織の心臓には剛毛が生えているから大丈夫だ」

 

「ひっどーい!ちょっと何それどういう意味よ麻子!?」

 

およそ戦車には合わない、賑やかな少女達の声を乗せてⅣ号戦車が高地を目指し動き始める。

 

きゅらきゅらと流れるキャタピラ音も淀み無く、まるで好敵手との再会をⅣ号戦車も喜んでいるようであった。

 

 

 

「ふぅ、隊長車自らの突撃だなんて……まるで知波単のような攻撃でしたね」

 

みほ達大洗チームの危機と、キキョウチームの単騎突撃を目の当たりにし、観覧席で手に汗握っていたエリカが呟く。

 

「あぁ、しまなみには危険極まりない戦法だが、これでみほ達も思い出しただろう。自分達が相手にしているのは生半可な相手ではない事を」

 

まほがエリカに応える。この試合で負ければ、大洗女子学園は廃艦となる。それを阻止するには今大会で優勝する以外に道は無い。

 

「大洗女子学園が戦っているのはしまなみ女子工業学園だけでは無い。戦車道全国大会の優勝と、廃艦を天秤にかけるような役人連中だ。もし、しまなみが大洗に情けを掛けたような試合をすれば、連中がそれを見逃す筈はない。どんな言いがかりをつけてでも、大洗の勝利を無きものにしようとするのは目に見えている。だからこそ、零はこの突撃で、大洗に対し、自分達はそんな試合をする気はない、本気で戦えと訴えているんだ」

 

「そんな……」

 

大洗の最終的な目標は今大会の優勝である。しかし、しまなみは勝てば大洗廃艦の引き金を引くことになり、情けを掛けてわざと勝たせるような試合をしても、結局大洗の廃艦を招いてしまう。だからこそ、万人が納得するような試合を遂げなくてはならない。しまなみが背負うその重圧を想い、エリカは思わずごくりと唾を飲みこむ。

 

 

その頃、大洗への奇襲を終えた零達は、森の中を進むしまなみの本隊に合流していた。

 

 

「隊長、おかえりなさい」「カチコミおつかれ様でス、隊長!」

 

隊列から離れ、キキョウチームを近くまで迎えに来ていたアマリリスチームとオニユリチームのM15/42中戦車と合流する。零は迎えに来てくれた二両に礼を言い、砲塔から身を乗り出し、外の空気を胸一杯に吸い込む。硝煙の香りのない、富士の澄んだ空気が頬を撫でる。

 

「零ちゃん私も~装填超頑張ったから腕パンパンだよ~」

 

「了解、烈ちゃんありがとう。大活躍だったよ」

 

「えへへ、ありがと ん~外の空気は最高!」

 

先程の戦いで、神速の装填を見せていた紅城と場所を交代する。

 

「むっちゃんもお疲れ、最高のドライブだったよ」

 

「任せときなさい、この子の操縦なら世界中の誰にも負けはしないわ」

 

操縦手の陸奥原も高揚しているのか、零と片手でハイファイブしながら珍しく軽口で返す。

 

「全く零ったら無茶ばっかりして……心配するこっちに身にもなって欲しいものね」

 

「ごめんなさい、ルイーズさん……」

 

「いえ隊長、これで大洗に先手を打つ事が出来ました。ルイーズは一緒に連れて行ってくれなくて拗ねているだけですから、気にしないでいいですよ」

 

「もうっ、ベアトリーセったら 茶・化・さ・な・い・で!」

 

カトレアチーム車長のルイーズと、クローバーチーム車長のベアトリーセとの無線が姦しい。決勝戦の最中であるが、以前よりもリラックスして皆試合に臨めている。ここまで三試合を経験して、肝が据わってきているのかなと零はチームの皆を頼もしく思う。

 

「零隊長!大洗は高地へ向かい、現在砲撃陣地を構築中です」

 

「戦車の配置図はこちらに記載しておきました~大洗の皆さん、戦車をハルダウンさせてて攻め込むの超厄介そうですよ~」

 

零が乗るstrv m/40Lと並走しながら、前線偵察から帰還したユズリハチーム車長の朝河が報告を行い、ガーベラチーム車長の荒川がぴょんと一っ飛びでstrv m/40Lに乗り移り、大洗の布陣を記載した図を示して報告を行う。

 

「ありがとう二人とも。みほさん達に高地を取られるのは阻止したかったけど、仕方がないか……」

 

零は、みほ達が待ち構える高地を見上げる。大した標高の山では無い。しかし、これからの戦いを予感し、零はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

真夏の太陽が地面を熱く熱し、陽炎がゆらゆらと視界を揺らす。その陽炎の向こうに、蜃気楼のような、戦車の影がゆっくりと、しかし確実に近付いていた。大洗の戦車道履修生達はしまなみとの会敵の時を固唾を飲んで待ち構える。

 

 

「全車隊形を崩さず前進!」

 

「了解!」

 

高地攻略に際し、全車両の管制を任されているARL44重戦車・カトレアチーム車長のルイーズの声がしまなみの無線に響く。ARL44を先頭に、しまなみの全車両が楔型隊形で大洗が待ち構える高地に向かい突き進む。大洗からの砲撃がそこら中に着弾し、戦車の中は振動と騒音に溢れている。

 

「くっ……荒川の言う通り、ハルダウンした戦車は最高に狙いにくいわね……」

 

ルイーズが憎々し気に呟く。山の頂上付近に布陣した大洗は、車両をハルダウンさせて前方投影面積を極少にしている。しかもしまなみ側は高度を取られているので、動きを止めれば狙い撃ちされてしまう。

 

「側面のヘッツァーは隊長が食い止めてくれています。私達は一両でも多く大洗を屠りましょう」

 

Ⅳ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセが冷静に無線で話す。前回の黒森峰との試合以来、冷静さと分析力、判断力にも更に磨きがかかり、戦車乗りとしてもう一皮むけたようであった。

 

「となれば、狙うは前方投影面積がでかいやつ……ルイーズさん、ベアトリーセさん。あの三式中戦車とB1bis、斉射で一気に片付けよう」

 

Ⅳ号突撃砲・ドクダミチーム車長の響が提案する。三式中戦車とB1bisは他の車両と比べて腰高で、前方に曝している面積が大きい割に装甲厚が薄い箇所がある。響はそこを突くつもりだった。

 

「了解、一気行くわよ!」

 

「B1bisは三式中戦車より装甲厚があります、三式はドクダミが、B1bisはカトレアとクローバーで叩きましょう」

 

「了解、こちらカトレアチーム!全車両へ、15秒後にドクダミ・カトレア・クローバーで一斉射を行う!側面強襲隊は榴弾で弾幕を展開の上、突撃準備を!」

 

「了解!」

 

ルイーズの無線に、全車両が了解の返事を行う。側面強襲を担う中戦車隊の面々は、戦争映画で見た着剣突撃の時はこんな緊張感なんだろうなと感じていた。そして十秒後にしまなみの中戦車全車より、榴弾の一斉射撃が行われる。大洗の陣地に着弾し、土煙が高く巻き上がり、大洗の視界を塞ぐ。その一瞬の隙に、ARL44と二両のⅣ号突撃砲が車両を制止、停止射撃で主砲から砲弾が撃ち出される。しまなみ側も視界はほぼ無いが、ルイーズと響の弾道計算によって砲弾は完璧な軌跡を描き、三式中戦車と、B1bisに吸い込まれるように着弾、二両の戦車より白旗が揚がった。

 

「ま、ざっとこんなもんかな」「隊長、三式中戦車とB1bis撃破です!」

 

「門野、椿。私達はここで敵の砲撃を引き付けつつ、支援を行う。後は頼むわよ」

 

楔型隊形先頭のARL44車長のルイーズが無線で五式中戦車車長の長原と室町に話す。

 

「了解!」「ルイーズさん了解、任せておいて。行くよみんな!」

 

ルイーズの言葉を合図に、長原率いるウメチームの五式中戦車と、ユズリハ・ガーベラチームのソミュアS35二両。室町率いるツバキチームの五式中戦車とオニユリ・アマリリスチームのM15/42中戦車が花火のように左右に一気に散開、防御陣地を構える大洗に対し全速力で進行し挟撃を開始した。

 

 

 

「ふむ……重戦車と中戦車先頭の楔型隊形での進軍からの、中戦車での左右側面の強襲……まるで今大会の黒森峰女学園のような戦術だな」

 

選手専用の観覧席で、知波単学園の西が話す。

 

「はい、高地に布陣した大洗は圧倒的に有利でありましたが、中戦車隊が側面を強襲に向かっており、その優位性は崩れつつあります!」

 

福田が、大きな瞳を一杯に開き、興奮した様子で、試合を一瞬でも見逃すまいと大型ビジョンに見入りながら西に答える。日露戦争で、二〇三高地を獲った第三軍が、旅順港のロシア艦隊を砲撃した如く、戦場で相手より高さを取るというのは戦闘を優位な状況で進めるのには必須であり、取ったならば、正に二階から石を落とすが如く容易に敵を攻撃出来る。

 

「ポルシェティーガーを全車で牽引する大洗も凄いですが、しまなみの戦術の柔軟性も目を見張るものがあります。両校共、どれだけ引き出しがあるのでしょうか」

 

どんな学校にも、戦闘教義つまりドクトリンが存在する。隊員がそれぞれ好き勝手に行動しては、纏まるものも纏まらない。故に、聖グロリアーナ女学院の浸透強襲戦術や、知波単学園の突撃戦法のように、全員が、統一された考え方の元に行動する必要がある。その点から考えると、両校の戦法は、自由度に富んだものに細見には見えていた。

 

「いや、大垣さんは言っていた。今日は私達と一緒に戦うと……その答えがこの自在な戦術の変化なのかもしれない」

 

細見の言葉に、西は思う。

 

「もしかすると大垣さんは、あえて、黒森峰の戦術を行う事で、黒森峰相手でも大洗が戦い、どんな結果が得られたかを示そうとしているのか……大洗が、四強でもない新規履修校相手になら、勝てて当たり前だという誹りを受けない為に」

 

西の眼前の大型ビジョンには、高地へ向かい全速力で突き進む、しまなみの中戦車隊の姿があった。

 

 

 

「あのⅣ号突撃砲は響の…… 通りでエイムがずば抜けてるわけだ」

 

「流石まこはん、悉くこっちの砲撃を躱してくれる……」

 

Ⅳ号戦車の麻子と、ドクダミチームのⅣ号突撃砲車長の音森は大洗との練習試合以来ゲーム仲間として親交があり、毎夜チームメイトとしてネットゲームで戦っている仲である。二人はこの大会での真剣勝負を約束していた。

 

「五十鈴さん、みほさん あのドクダミのパーソナルマークのⅣ号突撃砲はここで撃破しておこう。先に残していたらものすごく厄介な相手だ。それに響と約束したんだ、今日は真剣勝負で戦おうって」

 

麻子はみほと華に提案する。

 

「あっちもそのつもりの筈だ。五十鈴さん、正面からなんとかして渾身の一発で抜いて見せてくれ」

 

「分かりました、冷泉さん。お任せ下さい」

 

「華さん、宜しくお願いします!」

 

みほの言葉に華はにこりと微笑む、そして すぅ…と息を吸い、照準器を覗く。花を生ける時のように、落ち着いて優しく照準器を操る。そしてほぼ同時にⅣ号戦車とⅣ号突撃砲から砲弾が撃ち出された。二つの砲弾は空中で数ミリの間隙を縫って交差し、Ⅳ号突撃砲の砲弾はⅣ号戦車の砲塔右側のシュルツェンを抉り取り、Ⅳ号戦車の弾は、Ⅳ号突撃砲の正面を正確に捉え、白旗を上げさせた。

 

「あいたた……寸手で芯をずらしたか。隊長ごめんなさい、ドクダミ撃破されました」

 

「了解です!響さん、車両の皆に怪我が無ければその場で回収を待ってください」

 

「了解、全員無事です。このまま回収を待ちます。どうか御武運を」

 

零が乗る隊長車は大洗のヘッツァーと組んずほぐれつのドッグファイトを繰り広げている最中なのに、無線の声はいたって冷静だった。

 

「お見事五十鈴さん、流石だ」

 

「華さん凄い……この距離を初弾で当てるなんて……」

 

麻子とみほが驚嘆の声を上げる、しまなみとの最初の練習試合や、サンダースのフラッグ車を屠った時から、彼女の射撃センスの高さには驚かされてきたが、ここぞという時に、最高の集中力を発揮する華の素質と成長に驚かされていた。

 

「い、いえ!そんな……さぁ!次の目標です!みほさん、ご指示を!」

 

称賛の声を受けて一瞬赤くなり、縮こまりそうになるが、華は一瞬で切り替えてみほの支持を待つ。ハートの強さも華のストロングポイントであった。

 

 

「くそっ……ごめんねみんな……」

 

杏が乗るカメさんチームのヘッツァーは、しまなみのstrv m/40Lに徹底的にマークされており、しまなみの楔型隊形に対し側面砲撃を行うという役割が全く果たせない状態に陥っていた。ヘッツァーは避弾経始も優秀で装甲厚もある。が、こうも纏わりつかれたら手も足も出ない。正しく亀のような状態を強いられていた。

 

 

「まさか高低差のある敵に攻め入るのがこんなにきついとは……」

 

ドクダミチームが撃破された報を聞き、五式中戦車・ウメチーム車長の長原が呟く。大洗は高低差を上手く使い、装甲の薄い個所を狙ったような嫌な角度で砲弾を浴びせてくる。しかも各戦車の機動が妙にトリッキーで読みづらい。なんともやりにくい相手だと感じていた。

 

「カバさん、レオポンさん。ぴょこぴょこ作戦、準備はいいですか?」

 

「OKだよ西住隊長、どーんと行こう!」

 

「こちらも準備完了だ、隊長の命令を待つ!」

 

側面より斜面を上がって来るツバキのパーソナルマークの五式中戦車に対し、大洗でも最大級の火力を持つ三両が照準を定める。三両の砲撃手は、大きく息を吸い込み、息を止め、全神経を集中し照準を合わせて、みほの声を待つ。

 

「撃て!」

 

大洗の三両より、砲弾が撃ち出される。砲弾は五式中戦車の斜め手前の地面で跳弾し、一発が装甲厚の薄い底面を貫き、二発が履帯と転輪を吹き飛ばす。

 

「申し訳ありません隊長、ツバキチーム撃破されました。かどちゃん、みんなごめんなさい。後はお願い!」

 

「任せろ椿!仇は取る!」

 

側面と正面からの猛烈な砲撃に曝されつつも、大洗は懸命に陣地を防御し、しまなみの猛攻に耐えていた。

高低差を活かして、大洗はしまなみに対し、優位な形で戦況を進めていたが、しまなみの戦車隊はしぶとく追いすがり、もはや高地の優位性を保てないまでになっていた。

 

「西住隊長!左側面はもう持ちません!」

 

「西住ちゃん、正面の重戦車隊にこっちでなんとかおちょくり掛けるから、その隙に撤退して!」

 

ウサギさんチームの澤と、カメさんチームの杏がみほに訴える。

 

「了解しました!カメさんチームお願いします!全車煙幕を準備してください!」

 

「了解!」

 

残存車両の車長がみほに力強く返答する。二両撃破され、苦戦を強いられているが、大洗の士気は落ちていない。苦境に追い込まれる程に、更に強くなるのが大洗である。

 

「西住隊長、申し訳ないですにゃ~……」「西住さん、ごめんなさい!」

 

「いえ、皆さんに怪我が無くて良かったです。そこで慌てず回収車を待っていてくださいね」

 

撃破されたアリクイさんチームの猫田と、カモさんチームの園にみほは指示を出す。両チームともに敵戦車に有効射を与えていたし、戦車道で初めて戦う人間がここまで戦えただけでも上出来だとみほは考えていた。

 

「皆さん、合図で榴弾を斉射し、煙幕を形成してください。一気に包囲を突破します!」

 

「了解!」

 

大洗の六両の戦車より、榴弾が撃ち出され、頂上付近は土煙に覆われる。

 

しまなみの生徒達は度肝を抜かれていた、大洗の戦車達が猛烈な速度で、斜面を下りこちらに向かって突進してくるのである。

 

「カトレアより、キキョウへ!大洗は陣地を放棄して逃走を開始!どうする、零!?」

 

零は、杏のヘッツァーとの戦いを諦め、カトレアチームやクローバーチームがいる高地の裾野に全車両が集まるように瞬時に指示を出す。

 

「全車両、一列縦陣で大洗を追撃します!距離三百でUターンを行い、同航戦に持ち込みます。合図で私達に続いて下さい!」

 

零が各車両に指示を出し、隊長車のStrv m/40Lを先頭に、ARL44とⅣ号突撃砲が一列で続く、そして回頭点に到達すると、一気に左旋回を開始し、側面を攻めていた五式中戦車、二両のM15/42中戦車、二両のソミュアS35が合流し、総勢8両の単縦陣を組む。大洗としまなみの総勢14両の戦車が距離200メートルを挟んで、行進間射撃で砲撃戦を行うという、まるで日本海海戦のような戦いが始まった。

 

 

 

その頃、島田流家元・島田千代は観客席に座り、試合の様子を大型モニターで眺めていた。この席はあまり人気が無く観客も疎らで、黒い日傘を差していても、他の観客の迷惑にならない。しかし猛暑の観客席は物凄く暑い、持参したお茶が少なくなってきたので買いに行こうかと席を立とうとする。と、すっと冷えた紅茶が入ったボトルが差し出された。

 

「隣、いいかしら?」

 

「もちろん。来てくれると思ってたわ。久しぶりね、しほちゃん」

 

千代は目線を上げず前を向いたまま、笑顔で返答する。声の主は、西住流師範、西住しほその人であった。

 

「今日は愛里寿さんは一緒じゃないの?」

 

「愛里寿はお小遣いで自分で席を取って見に行ってるわ、いい席でどうしても見たいって聞かなくって」

 

街を歩けば誰もが振り向くような美女二人が座ってお喋りをする様子はとても華があるが、戦車道に詳しい人間が事情を知れば大騒ぎになるような事態が進行していた。

 

「今日は頑張って変装してきたのに……やっぱり見破られちゃったわね」

 

「何年来の付き合いだと思ってるの。千代、島田の人間が高校戦車道に顔を出すなと言ってきた筈よ」

 

日本戦車道の二大流派の西住流と島田流は、お互いの余りに強すぎる影響力故に、高校戦車道は西住流が管轄し、大学戦車道は島田流の管轄にするという無言の取り決めがある。過去に二大流派が高校・大学の戦車道で争い、壮絶な消耗戦となって、互いの流派が壊滅寸前まで疲弊した末に決められた掟であった。

 

「ふふ、心配しなくても何にも企んでないわ。今日は娘の晴れ舞台を見に来ただけだから安心して」

 

「娘?」

 

しほが不思議そうに首を傾ける。千代の娘は大学に飛び級し、大学選抜を隊長として率いていた筈である。

 

「しまなみの隊長の大垣零さんよ、愛里寿がお姉さんみたいに慕っててね。健気で本当にいい子だわ」

 

心底楽しそうに千代が話す。視線の先には、両校の戦車が砲撃を繰り返しながら、二列で草原を全速で突き進む映像が映っている。

 

「こうして見ていると昔を思い出すわね……しほちゃんこそ、可愛い娘の晴れ舞台に居ても立っても居られなくなったんでしょ?」

 

試合を中継している大型ビジョンには、勇ましく砲塔から身を乗り出し、各車両に指令を出すみほと零の姿が映し出されていた。炎天下の長時間の体力・気力に厳しい試合になるが、両者共にまだ目は死んでいない。観客たちは大洗・しまなみ両校に声援を送り、誰もが真夏の酷暑を忘れて観戦していた。

 

「千代、私はあの恥さらしに勘当を言い渡すためにここに来たのよ。いつも勝手な事ばかりして……親子の情など、武の道には不要よ」

 

無論それが全て本音で無い事など誰でも分かる。プラウダとの試合を雪中の会場で最後まで見守り、昨年のみほが黒森峰を追われるまで、誰よりもみほを守る為に動いていたのが母であるしほである事など、千代はとっくに知っていた。

 

「しほちゃん、親子の絆は大事にしなくちゃ駄目よ。家や流派の事なんて、それの前には何の意味もないわ」

 

千代は目線を合わせず、しかし声だけはしほを向いて話す。

 

「意外ね、貴女からそんな言葉が聞けるだなんて」

 

「そうでしょ、自分でも意外だわ。でも、娘が生まれてから考えが変わったの。不思議なものね」

 

ここで千代はしほの方を始めて向き、優しく話し始める。

 

「でもね、しほちゃん。ここからは親友としての忠告。親子の絆に罅が入ったら、どうやっても直せない事もあるわ。勘当なんてもっての外。家や流派の事は抜きにして、みほちゃんにちゃんと向き合って、認めてあげないと駄目よ。戦車道が未経験だった仲間をここまで懸命に引っ張ってきて、こうして決勝戦まで生き残るだなんて、本当に大したものだわ」

 

しほは千代の口から、娘のみほを褒められ少し面食らってしまう。

 

「全く、千代の分際で知ったような事を……こほん 有難う、友の忠言痛み入るわ。そうですね、この決勝でみほが勝利したならば、検討しましょう」

 

どこまでも素直じゃない親友に、千代はなんともいえない顔になってしまう。どこまでも情に厚く、深い愛情に溢れている親友は、それを人に伝えるのが不器用というか、特に身内に対してはそれが本当に下手なのだ。

 

「まぁ、どうしてもっていうなら、みほちゃんをぜひ島田に入門させてあげたいん「絶対駄目」

 

即答で断られてしまった。とは言え千代も安心する。

 

「あら残念、本当に勘当するなら零さんと一緒にぜひ島田で育てたいと思っていたのだけれど」

 

「冗談、誰が愛娘を島田に…… とにかく、お気遣い無用よ」

 

試合を映す大型ビジョンには、斉射に次ぐ斉射で、硝煙をまるで雲のように横に引きながら並走し続けている戦車の姿があった。両チームともに、起伏のある地面での行進間射撃という難易度の高い状況に手こずっており、なかなか有効射が与えられずにいた。その様子を見て、しほと千代は戦車乗りの血が滾る。この計り知れないポテンシャルを持つ選手達を、今すぐにでも戦車で並走しながら徹底的に指導したい!と二人とも思うが、いかんせん今は不可能な為、席でむずむずしてしまう。

 

「もしみほちゃんが決勝で勝利を収めれば、西住の人間による高校戦車道全国制覇になるわね。これでしほちゃんの西住流次期家元の座は約束されたようなもの。島田としても、西住の家元にしほちゃんが就任する為なら、政財界への働きかけや軍資金の工面など協力は惜しみません」

 

どこから聞きつけたのやら……と、しほは思うが、表立って島田の支援を受けたとなれば、何もかも台無しになる可能性がある。しかしながら、万が一の時に、千代の言う支援があればかなり優位な事に違いない。しほは一先ず具体的な返事はしない。

 

「家元になるかはまだ何も分からないわ。今は少しデリケートな時期だから表立って動かないで頂戴。どうしても貴女の力が必要な時はこちらから連絡する。それまでは静観の立場を崩さないで」

 

しほの言葉に、千代は親友が自分を頼ってくれるという予想が外れて、少しだけ不満げに「分かりました……」と呟く。

 

「さて、そろそろ行くわ。あまり留守が長いと怪しまれるしね。千代、愛里寿さんによろしく」

 

「ええ。しほちゃん、また近い内に。今度は私がお邪魔しに行くわ、大会以外で会ってはいけない縛りはないものね」

 

全く懲りないわねとしほは、奔放な親友に対し少しため息をつく。だが、こうして親友であり、尊敬すべきライバルでもある千代との繋がりを維持出来るのは嬉しく、有難かった。しかし、しほはここでその親友に対し、少しちょっかいを掛けてみる。

 

「あともう一つ、大垣学園長の孫娘は、西住でも目を付けているの。独り占めは許さないわよ」

 

その言葉に、千代から肌がひりつくような気配が発せられたのをしほは感じる。同時にまほやエリカが一目を置き、千代にこれだけの独占欲を抱かせる大垣零という少女に俄然興味が沸いて来た。

 

「御免ねしほちゃん、いくらしほちゃんでもそれだけは聞けな―――」

 

突然会場全体が観客のどよめきに包まれ、千代の言葉が途中で遮られる。しまなみのフラッグ車が、煙を上げて擱座している映像が大型スクリーンに映し出されていた。

 

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