しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十話

 

「はぁっ……はぁっ……ごめんね、みんな。手伝ってもらって……」

 

大洗追撃の最中、砲弾を転輪付近に食らってしまい、零達キキョウチームのstrv m/40Lは修復作業に追われていた。履帯を元通りにする為、プレス機に押さえつけられるような日差しと、息が詰まるような湿度に耐えて作業に没頭する。修理中に大洗が攻め込んでくるとは思いたくないが、何が起こるか分からないのが戦車道だ。他の車両は輪形陣で重防御態勢を組み警戒に当たっている。警戒を密にする為、整備技術の向上が目覚ましいアマリリスチームが単独でキキョウチームの救援に当たっていた。

 

「いいのよ、隊長  よし、これで組み付け完了……履帯のテンションも問題なし。後は動作点検だけね。龍子、エンジンを始動させて!」

 

「了解!」

 

操縦手の陸奥原に始動を促すと、直列6気筒液冷ガソリンエンジンに火が入り、轟音が鳴り響く。試走を行い、履帯に問題が無い事を確認すると、零とアマリリスチームの乗員達はハイファイブで喜びを分かち合う。

 

「ありがとう、マルティーナ……こんな私の事、いつも助けてくれて」

 

零はふと感謝の言葉を口にする。知波単戦の時も、ボンプル戦の時も、マルティーナはいつも隣に居てサポートしてくれていた。こうして大事な決勝戦でも、彼女は自分を助けてくれている。彼女への感謝の気持ちと、肝心な所で大洗から一発もらってしまった自分が情けない気持ちが溢れてきてしまう。

 

「今更何言ってるの?でも……ふふ、なんだか照れ臭い。隊長に謝られたり、感謝されたり……不思議な一日ね」

 

マルティーナは自分が平凡な学生だと思っている。ルイーズのような圧倒的な頭脳も、ベアトリーセのような戦術眼も、エレナのような明るさも、神憑り的な地形把握能力もない。だからマルティーナは整備の技術を必死に磨き、機械科の履修生にも負けない能力を手にした。零に自分達を認めてもたいたい、只の友人から、本当に頼りにしてもらいたいという気持ちだった。他の留学生を零は〝さん付け“で呼ぶが、自分だけはファーストネームだけで呼んでくれる。それが他の留学組の仲間より、一つだけ零の特別になれているようで嬉しかった。マルティーナは零の手を握り、優しく語り掛ける。

 

「零、今日は貴女を必ず最後の戦いの場まで連れて行く。履帯が外れても、エンジンが壊れても、私達が直して必ず貴女を辿り着かせて見せる。だから、自分の役目に集中して、諦めずに頑張って。自分の力を信じれば貴女は何だって出来る筈よ」

 

「マルティーナ……ありがとう」

 

「ヘイヘ~イお二人さン、お熱い所を悪いんダケド、そろそろ出発しな~イ?」

 

オニユリチーム車長であり、マルティーナの相棒のエレナがこちらを見ながら囃してくる。マルティーナははっとして顔を真っ赤にしながら、足早に戦車の方へ駆け出す。

 

「全く、常識人顔して情熱的なんだから、マルティーナも隅に置けないわね」

 

「でも、これで零さんも腹を括れたはず。流石です」

 

砲塔から身を乗り出したルイーズと、ベアトリーセが囃してくる。マルティーナ自身も、なんで自分があんならしくない事を言ったのか、夜中に思い出しては身悶えしそうで、頬をかく。

 

「ふんだ、なんとでも言いなさい。イタリア女は情熱的に尽くすのが信条なの」

 

そうして、キキョウチームのstrv m/40Lが戦線に復帰し、全車が前進を始める。先を行く大洗の追撃戦が始まった。

 

 

追撃が始まって間も無く、あと少しで大きな川に差し掛かる地点まで来た。渡河を控えて、零は各車の車長に警戒と準備を促す。各車の乗員に緊張が走る。しまなみはこれまでの試合で、試合中の渡河を経験していないからだ。戦場で最も警戒すべきは渡河の最中の無防備な状態であり、攻撃されたら最後、ワニに襲われるヌーの群れの如く、恰好の餌食になってしまう。

 

「隊長、大洗は渡河の最中に立ち往生しています。M3リー中戦車の排気煙が見えませんので、エンジントラブルかもしれません」

 

偵察を行っていたユズリハチームの朝河が零に伝える。丘の上から見ると、川の真ん中で大洗の全車が立ち往生していた。確かにM3リーから排気煙が見えず、何らかのトラブルに見舞われている事は明らかだった。

 

「隊長、ここならフラッグのⅣ号は十分射程圏内です」

 

副隊長のベアトリーセが話す。確かにここで全車両一斉射撃を行えば、大洗の全車両を難なく屠る事が出来る。幾度も映像で見た去年の全国大会決勝のように、大洗に躊躇なく攻撃を行えば勝利を手にする事が出来るだろう。

 

「私は手負いの獣を狩る趣味は無いの……撃てないわ」

 

「ウメチームも同じくだ」

 

「ユズリハチーム、ルイーズさんと長原先輩に同意見です!」

 

「ガーベラチーム、同じくで~す」

 

カトレアチームのルイーズがものぐさ気に話し、ウメチーム車長の長原と、ユズリハチーム車長の朝河・ガーベラチーム車長の荒川がそれぞれ同意を示す。

 

「アマリリスチームもルイーズ達に賛成です」「オニユリチーム!同じくデス!」

 

「クローバーチームよりキキョウチーム。隊長、貴女の判断に我々は従います。ご決断をお願いします」

 

零は迷っていた。ここで射撃を行えば、試合を一気に決める事が出来るだろう。しかし、そんな事は自分は望んでいない。しかし、ここで決断し、行動しなければならない。そんな時、大洗のフラッグ車・Ⅳ号戦車の上部ハッチが開き、茶色の髪の生徒が出て来た。

 

「みほさん……」

 

零達しまなみチームが居る丘を一瞥すると、みほは自身と戦車をロープで繋ぎ戦車と戦車の間を懸命にジャンプし、仲間達の救援に向かっていた。その光景を見て零は心が震えた。西住みほは去年の全国大会の決勝戦、仲間を懸命に救おうと努力した結果、彼女は全てを失い、黒森峰を追われた。そして今、大洗女子学園を廃校から救うという重荷を背負ってなお、仲間を見捨てないという自身の戦車道を貫こうとしている。零はそんなみほの姿に感動していた。もう我慢できなかった。砲塔から出て、あらん限りの大きな声で叫ぶ。

 

 

「頑張って!みほさん!がんばれぇー!!!」

 

 

きっとここでフラッグ車のⅣ号戦車に情け容赦無い砲撃を行えるのが、去年のプラウダ高校のような純然たる強さを体現した戦車道であり、相手に対する真の礼儀なのだろうと零は思う。みすみす勝てるチャンスを棒に振って、敵に声援を送っている自分はなんて甘ちゃんでちっぽけな存在なのだろうと思う。だが、そんな事は知った事かと、零はみほに対して声援を送り続ける。そうすると、Ⅳ号突撃砲の、ARL44の、五式中戦車の、M15/42の、ソミュアS35のチームメイト達が、零と同じようにみほに大声で声援を送り始めた。その声はこだまのように響き渡り、みほにも届いていた。

 

 

仲間を救う為、みほは戦車の間をジャンプし、飛び越え、ウサギさんチームの元に向かっていた。しかし、流れの強い川の中の固定されていない戦車の上である。安定しないⅢ号突撃砲の上で足を滑らせ、落ちそうになりつつ、必死にしがみついていた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

猛暑の日差しに焼けた戦車の上である、焼けた鉄板の上で炙られているようで頭がクラクラしてくる。いつも肝心な所で詰めが甘く、自分勝手な行動をしては沢山の人に迷惑をかけている。みほの心に、自責の念や罪悪感が、まるで水に垂らした墨のように広がり、気力を蝕み始める。そこに、自分を応援する沢山の声が聞こえて来た。

 

 

「頑張って!みほさん、がんばれぇー!!!」

 

 

「頑張って西住さん!あと少しだよー!」「頑張りなさい西住みほ!負けちゃだめよ!」「もう少しです、頑張って!」

 

敵である筈の、しまなみの履修生達の声援がみほを包みこむ。去年の大会で、仲間を助けるために川に飛び込んだ時に飛んできたのはフラッグ車を射抜く砲弾だった。だが今は、沢山のしまなみの履修生達が、喉が枯れる勢いで丘の上から自分に励ましの声を送ってくれている。

 

「西住隊長!」「救援が遅くなりました!」

 

カバさんチームのエルヴィンと、カエサルがハッチを開けて飛び出してくる。カエサルの装填手として鍛えられた力強い手が、みほを支える。自分一人では、この川を越える事はきっと出来なかった。沢山の仲間達に支えられ、今この場にいる。おりょうと左衛門佐は車内で必死に車両を制御しているとの事で、ようやく車両の動揺も少なくなってきた。戦車道の選手として、成長した仲間達がみほを支えてくれていた。

 

二人に礼を言い、再びみほは戦車を飛び越える。もう足を踏み外す事も、動揺する戦車に足を取られる事は無く、しっかりと、踏みしめるように跳び続ける。その姿に、選手も、観客も誰もが感動していた。

 

そうして大洗が渡河を終え、戦車からすぐにワイヤーを外し、前進を開始する。川を渡り切った以上、もうこの場は戦場なのだ。しかし、車両から降りたウサギさんチームの面々が、しまなみチームがいる丘に向かって「ありがとうございました!」と声を上げ、頭を下げる。みほも、Ⅳ号戦車の砲塔から丘を見上げる。しまなみの戦車の中でも、一際小柄に見えるstrv m/40Lの砲塔から身を乗り出している零と目が合った気がして、みほは微笑む。そうして踵を返し、しまなみを迎え撃つ次なる猟場へと足を速めた。

 

 

団地・市街地に入ってからのしまなみ・大洗の戦いは、各車両が分断された一対一の戦いになった。互いに分断し合う中で、全車がまるで戦車の運動会のように、一対一の状態で戦場を動き回っている。

 

 

「エレナ!練習試合のリターンマッチといこうか!」

 

「ノリコ、望むところダヨ!」

 

バレーで意気投合した、アヒルさんチームと、オニユリチームの二両が、ダンスを舞うような見る者を魅了するような一対一の攻防を続けている。

 

 

「あのポルシェティーガーを短期間でここまで仕上げたものだな……素晴らしいぞナカジマ!」

 

「へへっ、ありがとかどやん!ドラテクだって凄いよ、行くよみんな!」

 

初めての練習試合後の、戦車の共同整備からずっと親交があるレオポンチームとウメチームの二両が、重戦車と中戦車が織りなす重厚な戦いを続けていた。

 

 

「かかってきて潮美ちゃん!四葉ちゃん!大洗の皆の為に、私達は負けない!」

 

「抜かせ梓!今日こそお前を超えて見せる!」「も~潮美ちゃん、すぐ熱くなるんだから~」

 

同じ一年生同士、練習試合での出会いから互いに切磋琢磨してきた、ウサギさんチームと、ユズリハチームが一年生とは思えないような、市街地戦を続けていた。

 

 

「マルティーナ!やはり我らは互いに戦わねばならない運命のようだな!」

 

「生きる事は戦う事よ、エルヴィン!さぁ存分に戦おうか!」

 

日本の歴史好き同士で結ばれたカバさんチームと、アマリリスチームが、ローマの剣闘士か武士の野試合を彷彿とさせる、超接近戦で観客を魅了していた。

 

皆、思い思いに戦っている。そこには廃校という現実にのたうつ哀れみも、悲壮感も無い。日頃の鍛錬の成果を、最高のライバルを相手に精一杯発揮するという直向きさのみだった。

 

 

「零!角谷さん達とここで決着を付けるわよ!」

 

「了解!」

 

零達のキキョウチームと、杏のカメさんチームの長い戦いにも終止符が打たれようとしていた。軽戦車の機動性と、高速徹甲弾による偏差射撃を活かした戦いを仕掛けるstrv m/40Lに対し、常に被弾経始に優れた車両前面を向ける事を杏は小山に徹底させていた。傾斜した前面装甲を活かせば、例え高速徹甲弾と言えども、弾き飛ばす事が出来る。更に、装填手として成長した河嶋が最高の速度で装填を行い、杏のベテラン砲手のような精確な射撃をサポートする。

 

「大垣ちゃん……流石だよ。大垣ちゃん達の戦意を挫こうとして、色々策を講じてみたけど、全部無駄だったね……でもね、今日だけは……今日だけは絶対に負けるわけにはいかないんだ!やっぱり私達の決着は戦いでしかつかないみたいだね!!」

 

杏は小山に命じ、ヘッツァーの性能を限界まで引き出す機動を繰り出させる。ヘッツァーの主砲は、strv m/40Lを一発で走行不能に出来る。徐々に圧されて、strv m/40Lが長い直線道路に追い込まれる。この長い直線道路は、駆逐戦車のヘッツァーには、長い直線の射線が通った最高のロケーションである。杏は、勝利を確信する。だが、残念ながらそれは外れた。

 

「今です!ルイーズさん、ベアトリーセさん!」

 

零達を追走していたヘッツァーを、ビルの間の路地から飛び出してきたカトレアチームのARL44と、クローバーチームのⅣ号突撃砲が弾き飛ばす。車重60トンの重戦車と、23トンの駆逐戦車に両側面から弾き飛ばされ、カメさんチームのヘッツァーが履帯と転輪を巻き上げながら宙を舞う、くるくると宙を舞うヘッツァーをARL44の90ミリ主砲とⅣ号突撃砲の75ミリ砲が貫く。ヘッツァーは空中で大回転しながらマンションに叩き付けられ、白旗を上げた。

 

「御免なさい、貴女だけはこの手で倒さないと気が済まなかった」

 

「零、ヘッツァー38t撃破。クローバーチームとの共同戦果よ」

 

ルイーズとベアトリーセは、大破しビルの瓦礫と共に、煙を上げて擱座するヘッツァーを見て憐憫の感情が湧きだす。だが、そんな一時の隙を見逃す程、西住みほは甘くは無かった。

 

「ルイーズ!Ⅳ号が四時方向から急速接近!」

 

「了解!いつの間に!?」

 

杏が戦っている間に、密かに忍び寄っていたⅣ号戦車が、一気にARL44とⅣ号突撃砲に猛チャージを掛ける。カトレアチームとクローバーチームの二両も、しまなみ屈指の猛者である。だが、一瞬の甘さで、心に隙が生まれた者は、西住みほの前には一たまりも無かった。二両の戦車を瞬く間に翻弄し、一瞬で必殺の砲弾を撃ち込み、白旗を上げさせる。

 

「くっ……零、御免なさい。油断したわ……」

 

「隊長申し訳ありません……申し訳ありません!!」

 

撃破されたカトレアチームとクローバーチームの二両からの通信を受け取る。一瞬の出来事に、二人とも言葉が出ない様子であったので、二人に回収車を待つように伝え、零はⅣ号戦車の追撃に掛かる。

 

 

「隊長……お待たせ」

 

しなまみの車両で一両だけ残った、アマリリスチームのM15/42中戦車が満身創痍の状態で零の元に合流する。各部にカバさんチームの三号突撃砲との戦いで出来た生々しい傷跡が残り、可動部からはギチギチと金属同士が擦れ合う不協和音が漏れている。すると被弾で甚大なダメージを追っていた機関部が停止し、すぐに車両上部から白旗が揚がった。

 

「残念、ここまでか……零、もう貴女と一緒に居られるのはここまでみたい。でも、皆の力で、貴女をここまで連れて来る事が出来て良かった」

 

マルティーナが、少し寂しそうに笑う。

 

「行って。そしてまた私達の元に帰って来て、貴女の帰りを皆で待ってるわ」

 

零は静かに頷き、操縦手の長原に前進を伝える。strv m/40Lがゆっくりと動き出し、みほが待つ廃校跡へと車両を進める。マルティーナは笑顔でサムズアップをして零達を見送り、零も又、サムズアップを返す。

 

廃校の中をstrv m/40Lは進む。随分前に廃校になった学校の跡地のようだが、それほど荒れ果ててはおらず、路面に瓦礫等もあまり落ちていない。そうしてきゅらきゅらとキャタピラ音を立てながら進む。西住みほはこの先で待っていると妙な確信めいたものを感じながら更に進む。高くそびえる校舎は凄艶な、朽ち行く運命にある物の美しさに満ちていて、まるで神殿のように零は感じていた。そうして、いよいよ校舎の中央まで辿り着いた。

 

「待ってたよ、零さん」

 

Ⅳ号戦車のキューポラから身を乗り出したみほが、満面に笑みを浮かべてこちらを向いていた。零は、その瞬間に、ぶわっとした風と共に殺気ともつかないものを感じて全身が震える。四強の一角サンダースと、ドゥーチェアンチョビ率いるアンツィオを破り、前年優勝校のプラウダにも雪辱を果たした、戦車の神様に愛された人間を前にした、零自身の武者震いだった。

 

「この時をずっと待ってた、初めての練習試合から、全国大会の試合中もずっと」

 

ゆっくりと、獲物を見定めるように、Ⅳ号戦車が動き出す。もう駆け引きが始まっていた。互いに冷静に、距離を取りつつ、じっくりと間合いを探る。相撲の仕切りのような緊張感が辺りに漂う。零はトリガーを握る手に汗が滲んで来ているのを感じる、緊張しているのだ。だが、恐怖は無い。これほどの相手に、全国大会の決勝という大舞台で槍を付ける事が出来る事に、ここまで自分を引っ張って来てくれた仲間達に感謝していた。

 

「チームの皆がここまで連れて来てくれた、だから今、皆の思いと一緒に零さんと戦えるのが嬉しいの」

 

Ⅳ号の75ミリ砲がstrv m/40Lに、strv m/40Lの37ミリ砲がⅣ号戦車に照準を合わせる。極限の緊張状態で、張り裂けそうな空気の中で、両戦車の乗員達は、静かに役割を果たしながら、その時を待つ。

 

みほの目が、どこまでも優しく、仲間思いの少女の眼から、獰猛な捕食者の眼に変わる。

 

「さぁ、お姫様。私と踊ってくれますか?」

 

瞬間、緊張が破られた。Ⅳ号戦車と、strv m/40Lが互いに向かって一気に加速する。互いの戦車が正面から、すれ違う間に、Ⅳ号戦車の75ミリ砲と、strv m/40Lの37ミリ砲が火を噴く。照準のタイミングを計り、一瞬で被弾経始に最適な角度へ両車の操縦手が車両を一瞬で遷移させた。strv m/40Lが、全速で走行しながら、Ⅳ号戦車に対して行進間射撃を試みる。シャワーのように浴びせられる高速徹甲弾の嵐がⅣ号戦車を襲い、シュルツェンが宙を舞う。Ⅳ号戦車も敵の動きを見定めの射撃を行う。しかし、敵は車両の角度を上手く合わせ、砲弾を弾き飛ばす。

 

「なんてヌメっとした動きをするんだ……」

 

操縦手の麻子は感嘆の声を漏らす。敵の戦車はまるで生きているような動きをしている。動作に連続性があり、まるで猫科の猛獣のようにしなやかな動きでこちらを翻弄してくる。これまでの戦いで、こんな動きをする戦車に出会ったのは初めてだった。

 

「わぁーなんか蘇ってきたこの感覚……」

 

沙織が興奮した声で呟く。自身が戦車の歯車のようになって、戦車と仲間と一心同体に、溶け合ったように錯覚するような一体感。零のstrv m/40Lと初めて戦った、練習試合で最後の戦いで知った感覚だった。戦車の部品の一つ一つが加速せよと語り掛けて来る。そうして、幾度も切り結ぶ。砲手の華が全身全霊を掛けた集中力で必殺の砲弾を撃ち出し、優花里が装填手としての本領を発揮し、最速の装填を行う。麻子がⅣ号戦車に、機械と人間を結び付けた、一個の生命体のような振る舞いを与える。幾度も幾度も車体を接触し、砲弾で互いの装甲を削り、戦車でワルツを舞う。互いに最後のラウンドまで殴り合ったボクサーのよう様相の二両は、もう車両が耐久の限界に到達しつつあった。だが、二両の戦車は、その限界を遥かに超えて駆動していた。高速徹甲弾の初速を活かすため、接近戦に持ち込もうとするstrv m/40Lをスライドで弾き飛ばし、砲弾を撃ち込む。が、strv m/40Lはそれを軽く往なして、一気に距離を取る。

 

「あの動きと射撃……大垣さん達は一体何者なのですか……」

 

華が心底驚いたような様子で呟く。自身が撃ち出す射撃を、零が乗る戦車はいとも容易く避け、弾き、往なす。更に行進間でもお構いなしに砲弾をこちらに命中させてくる。弾が当たるのに撃破出来ない、もどかしさが募る。

 

「信じられません……軽戦車のポテンシャルをここまで発揮させる事が出来るなんて」

 

優花里も同じく言葉が無いといった様子で砲弾を装填する。敵のstrv m/40LはⅣ号戦車の対角線上で、次の攻撃の時を待ち構えている。両戦車の乗員達は、砲弾の残量と、車両の状態から、これが最後の戦いになる事を悟っていた。

 

「だけど西住さん、勝つんだろ?」

 

ふと麻子が、みほに話しかける。

 

「私にはおばぁ以外に家族がいなかった。だけど今は、西住さん、沙織、五十鈴さん、秋山さん、そしてチームの皆が私にとって家族であり、帰る家なんだ。だから、それを失いたく無い。私をもっと酷使しろ。西住さんの最高の軍馬にこいつを仕立ててやる」

 

Ⅳ号戦車の左右の操縦桿に巻いたテープには、べったりと血の跡が残っている。あまりに激しく、繊細な軌道を繰り返していた為、麻子の手の皮とマメは破れていた。それを知っていたみほが、麻子の負担を軽減する為に、車両の機動をセーブさせている事を麻子は知っていた。

 

「みぽりん!みんな!絶対に勝とう!こんなに凄い敵とここまで戦ったんだもん、後は勝って胸張ってみんなの所に帰ろう!」

 

沙織が麻子のテーピングを直しながら、皆を鼓舞する。

 

「冷泉さん、みほさん。行進間ではあの化け物の芯を捉える事は今の私には出来ません。お願いです、ほんの少しだけ静止時間を下さい。五十鈴の名に懸けて、誰よりもあの桔梗を美しく生けてご覧に入れます」

 

華が決意を込めて、みほと麻子に話す。

 

「装填はお任せ下さい!両腕が壊れようとも、最高のタイムを叩き出して見せます!」

 

想い戦車砲弾を何十発と装填し続け、腕も限界に近い、しかし、優花里は最後の装填に向けて体勢を立て直す。Ⅳ号戦車の乗員全員が、勝利を渇望し、それを手に入れる為にそれぞれの限界を超えようとしていた。

 

「ありがとうみんな……あと少し、あと少しだけ、私の我儘に付き合ってください」

 

そうして両戦車が一気に加速し、互いに向かって突撃を開始する。待ったなしの最後の真剣勝負が始まった。

 

Ⅳ号から放たれた75ミリ砲がstrv m/40Lの右履帯に直撃射を与える間に、strv m/40Lから放たれた37ミリ砲の高速徹甲弾が、砲塔右側のターレットリングに突き刺さる、更にもう一発、同じ場所に撃ち込まれる。黒森峰の重戦車の装甲を貫く為に磨かれた、零の釘打ちのようなスポットバーストショットがⅣ号を襲う。しかし、まだ致命傷にはならない。Ⅳ号戦車は一気にスライドを開始した。麻子は操縦桿を握る手の激痛に耐えながら、Ⅳ号戦車の限界を更に超えたドリフトを始める、動揺する車体の中で、優花里が体幹トレーニングと筋トレで鍛え抜いた足腰と、腕で最速の装填を行う。照準器を覗く華が冷静に、最高の集中力で射撃の時を待つ。Ⅳ号がスライドのエイペックスに到達すると、strv m/40Lの車両後方に完璧なタイミングで回り込み、麻子が車両を停止させた。

 

「発射!」

 

華の指がトリガーを引き、砲弾が撃ち出されるのと同時に、砲塔を旋回させていたstrv m/40Lからも砲弾がⅣ号戦車へ向けて撃ち出される。辺りを着弾の砲煙と爆炎が包み込み、すぐに静寂の時が来る。辺りに漂う砲煙が晴れると、機関部を撃ち抜かれたstrv m/40Lの車両から、白旗が高々と揚がっていた。

 

「しまなみ女子工業学園フラッグ車、走行不能!よって大洗女子学園の勝利!!」

 

審判長の蝶野亜美の声が、富士の聖地に響き渡り、会場は観客の歓声に沸き立つ。安堵とも歓喜ともつかいない様々な感情が胸に去来し、みほは空を見上げる、廃校から見上げた先にはどこまでも透き通った、抜けるような青空が広がっていた。

 

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