しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十三話

黄昏が迫るとある学園艦の一角、煌々と明かりが灯る二階建ての建物の一階。スマートな車体に、巨大な砲塔が乗っかったアンバランスなフォルムの一両の戦車の周りに多くの生徒達が集まり、賑やかに車両整備を行っている。そんな中、トルクレンチを手に、締付時のカチンカチンという音を楽しそうに響かせながら、一人の生徒が転輪の整備を行っていた。

 

「これでよし…… 長原さん、組み付け完了したよ」

 

艶やかな長い髪をくくり、継続高校戦車道隊長のミカは愛馬BT-42の整備を手伝っていた。

 

「あぁ、ありがとう どれ…うん、完璧だ。すまないなミカさん、昼間みっちり稽古をつけてもらってその上整備まで手伝ってもらって」

 

ミカ達継続高校の三人は、戦車道の稽古をつけて貰う代わりに、BT-42の整備をしまなみの生徒が請け負うという云わば交換条件が結ばれている。しかし、お客様扱いはしまなみの皆に悪いし、何より居心地が悪いとミカ達三人は進んで戦車整備を手伝っている。ミカは足回りを、アキは砲塔及び主砲を、ミッコはエンジンと駆動系の整備を手伝っている。履修生の機械科所属の生徒は機械整備の凄腕が揃っているが、未経験の車両の整備には手を焼く事もあり、ミカ達三人の手助けの甲斐もあり予定通りの納期で整備が完了出来そうな見通しになってきた。

 

「いいんだよ。美味しいご飯と暖かい寝床を提供してもらっている身だから、しっかり体で返さないとね」

 

BT-42の足回りと駆動系の整備を受け持つ長原は、しまなみの車両整備のチーフであり、今回のBT-42突撃砲の車両整備全体の責任者でもある。突然継続高校からやってきたこの三人は、昼からぶっ通しでしまなみの履修生達に戦車白兵戦の極意を不慣れなⅠ号戦車で特訓してくれた。更に疲労困憊だろう身を押して、更に戦車整備まで手伝ってくれている。最初は怪しく感じていた長原達しまなみの履修生も、ミカ達に親しみを持って接するようになっていた。

 

「ミカさん、長原さん、お疲れ様です。一休みしませんか?」

 

そこに、Ⅳ号突撃砲車長のベアトリーセが、同じ車両の仲間達とコーヒーを配りにやってきた。挽き立ての豆を使ったコーヒーのいい香りがミカの鼻孔をくすぐる。

 

「ありがとうベアトリーセ。ミカさん、私達もここらで少し休憩しよう」

 

「そうかい? ではお言葉に甘えて……」

 

ミカも作業の手を休めて、ふうと息を吐き、しまなみの履修生達がそうしているように、ツナギの上側を脱いで袖を腰の辺りで結ぶ。そうして足場用のボックスに各自が腰かけて、楽しいお喋りが始まった。街を歩けば思わず視線を持っていかれそうな乙女達がお喋りを楽しむには少々ざっかけないものを感じるが、この雰囲気がミカは気に入っていた。

 

「どうぞ、熱いから気を付けてな」

 

長原がそう言って、ミカにコーヒーカップを差し出す。美味しそうなクッキーまで添えられていて、なんとも気が利いている。

 

「ありがとう…なんだか悪いね、エキシビションマッチも控えていている忙しい時に上がり込んで」

 

しまなみ女子工業学園は、月末に大洗で開催されるエキシビションマッチに出場する予定である。自分達の訓練だけでも大変な時に、関係の無い戦車を丁寧に整備してくれる事にミカは素直に感謝していた。

 

「なに、お礼を言いたいのはこちらの方だよ。何せあの継続高校隊長自らに稽古を付けてもらうなんて機会はそうそうある物じゃないしね。それに……この子はよく手入れされている。大切にしている戦車の整備を任せてもらえるなんて冥利に尽きるよ」

 

長原はそう言ってコーヒーを一口飲み、うまいと微笑む。

 

「それにしても……Ⅰ号戦車の性能をあそこまで引き出すとは、接近戦の時は目が追い付かなった。流石は継続のミカといった所かな?」

 

練習試合のミカ達が乗るⅠ号戦車の動きは尋常では無かった。突然思いもしない所から出現したかと思うと、一気に間合いを詰められ、あっという間に撃破判定を食らってしまった。しまなみの履修生達は、これが大会の試合だったらと背筋が凍る思いをしたと同時に、自分達の練度がまだまだという事を思い知らされたのだった。

 

「昔、Ⅰ号に乗っていた事があってね。それに操縦していたのはミッコで、砲手はアキさ。私は中でのんびり昼寝をさせてもらってたよ」

 

「またまた御謙遜を……人車一体のあの動き、車長が超一流でなければあんな動きは出来ないさ」

 

突然の誉め言葉に、ミカはなんだかこそばゆくなる。ミカだって人の子である。見え透いた煽てであれば一笑に付す所だが、今年の戦車道全国大会で大洗に次ぐ、準優勝を勝ち取ったチームの一員からの称賛は素直に嬉しい。

 

 

「失礼します!」

 

 

とそこに、溌剌とした声が割り込む。長原とミカの眼前に立っていたのは、ユズリハチーム・ソミュアS35の車長、朝河潮美だった。

 

「長原先輩、自車両の整備終わりました!  何かお手伝いする事はありませんでしょうか?」

 

「今のところは無いよ、ありがとう。それよりお前達はミカさんとの稽古の復習と予習をしっかりしておけ」

 

「で、ですが……」

 

「いいから、隊長にもそう言われてたろ? 今は素直に目の前の事に集中するんだ」

 

同じ機械科の先輩の長原から、隊長の零の名前を出されると朝河も大人しく引き下がるしかない。

 

朝河の喉の奥で、ぐっと音が鳴る。

 

「分かりました。では、失礼致します!」

 

そう言って踵を返し、足早に仲間の元に帰っていく朝河をミカも見送る。

 

「あの子は確か、ソミュアS35の車長だったね。大会や稽古の時もいい動きをしていたから印象に残っていたよ」

 

ミカは朝河のユズリハチームとの先程の模擬戦を思い出す。同じソミュアS35のチームと合わせた2対1の編成での試合で、互いの死角を補い合う連携は素晴らしかった。とはいえ、しっかりと二両とも討ち取らせてもらったのだが。

 

「あぁ、可愛い後輩であり、しまなみの将来の隊長さ。本人にも素質があるし、いい同輩にも恵まれている」

 

後輩を誇らし気に話す長原だったが、その表情が少し曇る。

 

「だけど……どうにも生き急いでいる所があってね。今年の最優秀新人賞をライバルの大洗の子が持って行った事もあってか、なんだか焦って空回りしている様子なんだ」

 

「ふうん……」

 

ミカも静かに長原の話を聞き、コーヒーに口を付ける。少し冷めたコーヒーは、苦みが増した気がした。

 

 

 

戦車の整備も終わった、人気のない戦車格納庫の一角に停まった自身が車長を務めるソミュアS35の中で、朝河潮美は一心に今日の稽古の事を思い出していた。相棒のガーベラチームのソミュアS35と一緒に継続高校の隊長と戦ったものの、相手は二対一の戦力差などものともせず、一撃離脱と接近戦の両方を巧みに使い分け、まるでこちらの弱点をわざと攻めているような、こちらを掌で弄んでいるかのような戦いに冷静さを欠き、僚車との連携を崩され、討ち取られてしまった。

 

直ぐに熱くなって、冷静さを欠いてしまう。そんな自分の心の弱さを突き詰められているような試合だった。隊長が一緒であれば、親友の荒川が車長のガーベラチームと合わせれば最高の連携を取れると自負しているが、頼りになる隊長と僚車がいないと何も出来ない現実が朝河の頭に重くのしかかる。

 

自分でも分かっている。ライバル、大洗の澤梓が夏の大会で最優秀新人賞を獲得して以来、焦りと迷いが浮き出てしまう。同輩と自分がどんどん離されていくような感覚、自信が溶けて、足から染み出てしまうような心細さに朝河は苛まれていた。

 

更に、継続高校の車両整備に、朝河達一年生は参加できていない。正確には、隊長の零が少しでも戦車道の稽古を頑張ってもらいたいと、このような形になった。勿論零からはフォローの言葉もあり、期待をされている事は素直に嬉しい。しかし、自分がなんだか仲間外れにされているような、お荷物扱いされているような気持ちになってしまう。

 

「いけない、集中しないと……」

 

そう言って朝河は気持ちを切り替え、稽古の事を頭の中で整理し、改善点を探し出す。そんな時、突然胴体側面のハッチから人が潜り込んで来た。

 

「だっ誰!?」

 

室内灯も点けていない薄暗い車内への突然の侵入者に、朝河は驚き声を上げる。

 

「やぁ、朝河さん お邪魔するよ」

 

入って来たのはミカだった。軽い身のこなしで体を乗り入れ、朝河の隣に座る。

 

「あぁくたびれた、慣れない戦車は乗るのも一苦労だね」

 

「は、はぁ…」

 

突然の予期せぬ訪問者に、朝河は面食らってしまうが慌てて室内灯を点灯させる。

 

「あの、一体何の御用でしょうか?」

 

ミカは朝河に微笑みかけ、静かにカンテレを爪弾き話始める。

 

「今日の練習試合、君達の車両はとてもいい動きをしていたから是非話をしてみたくなってね」

 

「そんなお世辞なんて……現に私達のチームはミカさんに手も足も出ずに撃破されてしまいましたので」

 

ミカの言葉に朝河は少しむっとして返す。そんな朝河に、ミカはいつもと同じに、ゆっくりと語り掛ける。

 

「私は戦車道に関しては嘘はつかないし、お世辞も言わないよ。褒めたいから褒める、それだけの事さ」

 

「それに、夏の大会での隊長車のstrv m/40Lや僚車のソミュアS35との連携戦術は称賛に値するものだよ」

 

ミカの言葉に朝河は少し驚く。それは、自分自身が強みに感じていた隊長車と相棒のガーベラチームとの連携をミカがちゃんと見ていたという点だ。

 

「でも、駄目なんです……このままだと大切な人達を守れないし、ライバルにも置いて行かれるだけ……わっ!ミカさん!?」

 

背中を丸め、力なく話す朝河の頭をミカはよしよしと撫でる。

 

「夏の大会の黒森峰戦、ルクスに追いかけられていた大垣隊長を君と荒川さんの隊が救わなければ大垣隊長は捕虜になり、しまなみが負けたかもしれない。君は自分の力で大切な人を救ったんだ、もっと自信を持っていいんじゃないかな?」

 

「それに、一時の勝敗に一喜一憂していても空しいだけさ。大切なのは自分が戦いの中で何を成し、何を失ったかだよ」

 

ミカが朝河に語り掛ける。その言葉はとても優しい。

 

「誰かに褒められたり、評価される為じゃない。君だけの戦いを見つけてごらん」

 

「私だけの……」

 

朝河はミカの言葉を胸の内で繰り返し反芻する。

 

「……ありがとうございますミカさん、今日こうしてお話出来て良かったです」

 

まだ自分の中に答えは出ていない。ここでミカに頑張ると答えたとしてもそれはその場凌ぎに過ぎないと朝河は感じていた。

 

「どういたしまして さて、そろそろ行くよ。邪魔をして悪かったね」

 

ミカはふわりと笑みを浮かべて、腰を上げる。

 

「頑張るのもいいけど、根を詰めすぎるのも良くないよ。ほら、こうやって心配性な人たちもいるみたいだし」

 

「わわっ!」 「「きゃっ!」」 「おっと」

 

突拍子も無く開いたハッチに驚いたのか、そこには隊長の零や、相棒の荒川、先輩の長原や室町、そしてユズリハ・ガーベラチームの仲間が尻もちをついて倒れこんでいた。

 

「あいたた……あ、あの ごめんなさい!朝河さん、ミカさん。盗み聞きしてたわけじゃ…」

 

強かに打ったお尻をさすりながら、零が申し訳無さそうに朝河とミカに謝る。

 

「潮美ちゃんが戦車にこもっちゃったから、皆心配してたのよ~」

 

相棒の荒川も心配そうに荒川に話す。

 

「申し訳ありません、零隊長、先輩、それにみんな。ご迷惑をお掛けしました」

 

「迷惑だなんて私達は少しも思っていないぞ。朝河、こちらこそ寂しい思いをさせて済まなかったな」

 

「鈍感な先輩ばっかりで御免なさいね」

 

ミカは互いを思いやるしまなみの履修生達を見て微笑みを浮かべる。

 

「さてと……大垣さん、私はアキ達と先に部屋に帰っておくよ。ゆっくり皆で話し合ってごらん」

 

「すみませんミカさん、ありがとうございます」

 

礼を言う零に対して、ミカはひらひらと手を振ってその場を後にする。

 

「ミカってば、なんだかしまなみに来てから変わったね」

 

いつの間にか傍に来ていたアキが嬉しそうに話す。

 

「どうかな、少し潮風に巻かれてしまったかもしれないね」

 

「お、ミカが珍しく照れてる」

 

にひひと笑いながらミッコが笑う。

 

ミカの視線の先には互いに笑顔で話し合う零や朝河の姿があった。ミカはそれを安堵した様子でで見送るのだった。

 

 

夜も10時を回ったが、零は一人、部屋のベランダで夜の太平洋を見つめていた。月の光も雲に遮られ、目の前には漆黒の大海原が広がり、航行を続ける学園艦が生み出す波の音だけが静かに響いている。

 

「どうしたんだい、大垣さん?」

 

そこにミカが引き戸を開けてベランダに出て来た。

 

「ミカさん、今日はありがとうございました。朝河さんから聞きました、ミカさんが色々アドバイスをしてくれたって。すみません、私が隊長としてもっと皆に気を配っていれば……ひゃっ!ミカさん?」

 

ミカがおもむろに零に歩み寄って後ろ抱きするような形になる。零の腰の辺りでミカの腕が組まれ、背中にはミカの柔らかな感触と、耳元に吐息が重なる。ミカは何かとスキンシップが旺盛な為、同性の自分から見ても魅力的な女性に抱き着かれるというシチュエーションに、零は自身の鼓動が早くなっている事に気づく。

 

「しまなみの皆はまるで家族みたいだね。誰もが互いを思いやり、皆の助けに自分がなりたいと思っている」

 

「だけど、互いの思いやりが伝わらなかったり擦れ違ったり…家族への思いは時として複雑なものさ。私はそのことを一番よく知っているからね」

 

「そういえば、ミカさんのご家族は?」

 

零の言葉に、ミカの体がびくりと震え、波と風の音だけがその場に響く。零はミカの様子に、悪い事を聞いてしまったかと慌てるが、そんな零にミカは首を振り、ゆっくりと話し始める。

 

「私の生家は、代々戦車道が盛んな家でね。今は私の伯母が総代を務めているんだ」

 

「母と伯母の仲は良かった。だけど、厄介な取り巻きや分家が巻き起こしたお定まりの下らない跡目争いに必然的に巻き込まれて、結局母と私が破門され家を追われる事になってね……」

 

ミカは、漆黒の太平洋を見つめたまま話し続ける。

 

「大人って馬鹿だね、戦車道には、人生の大切な事が全て詰まっている。だけど、それを一番良く知っている筈の人達が、一番それを良く分かってはいないんだ」

 

零は自分を後ろ抱きしているミカの腕がぎゅっと強くなるのを感じる、辺りには変わらず静かな波の音だけが響いている。

 

「ミカさんは…伯母さん達を恨んでいるんですか…?」

 

腰に回されたミカの手にそっと触れながら、零はミカに聞きづらい事を聞かなければならなかった。もしかすると、ミカの母が総代となり、その後継者の座にはミカが就いていた未来があったかもしれない。それが失われた事を、ミカ自身はどう受け止めているのかが知りたかった。

 

「私の伯母と、その後継者の娘は完璧な存在だからね。私ではどう足掻いても太刀打ち出来ない程に……だからいずれこうなる事は、子供ながらに分かっていた。伯母達を恨みに思う気持ちなんて更々無いよ。跡目争いなんて下らない大人同士で好きにやっていればいい、そうして勝手に自滅すればいいと今でも思っている。だけど、破門され異端の烙印を押されようとも、私には戦車道を諦める事が出来なかった。だから、強くなりたかった。私達を否定した、あの家の大人達を見返してやれる程に…」

 

耳元で囁かれる、普段のミカからは想像出来ないような怒気を孕んだ低い声色に、零はぞくりとした悪寒を覚える。

 

「おかしいだろう?大垣さん。私は自分の存在価値を、戦車道でしか見出せないんだ。戦車道しかない、空虚な人間なんだよ」

 

「それは違います!」

 

零は意を決して、自身を後ろ抱きしているミカに、体を回して正面から向き合う。突然の大声に目を丸くしているミカに、零は語り始める。

 

「わ、私はミカさんの事をまだ何も知りません。ミカさん自身の事も、お家の事も何も……だけど、私はミカさんの戦車道が大好きです!学園長からのお願いで戦車道を始めた時から、ミカさんが継続高校で戦っている試合の映像を何度見返したか数え切れません。とっても格好良くて、まるで鳥が大空を飛んでいるみたいで……戦車でこんな動きが出来るだなんて想像も出来なくて、見ていて胸がすごく熱くなって……」

 

「それに、戦車道だけでもいいじゃないですか!ミカさんみたいに何か一つ、自分だけの誰も持っていない宝物を見つけている人は本当に凄いと思います。私はいつも途中で諦めて、聞き分けばかりが良い人間だったから…… それに、アキさんやミッコさんみたいな、素晴らしい仲間がいる人が、そんなか空っぽな人間な訳が無いです!」

 

しん と静寂が流れる。零は一気に喋ってしまい、口の中がカラカラになっている事に気が付く。その上気持ちがいっぱいいっぱいに昂ってしまって目端にうっすら涙が浮かんでしまっていた。ミカはミカで、目をぱちくりさせながら何も話さず零を見つめている。そんな様子に、零は何だか急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 

「す、すみませんミカさん。今のは忘れて下さい……わぶっ!」

 

零は突然、自分の顔が柔らかい何かに包まれて驚く。

 

「零、ありがとう すごく嬉しいよ」

 

ミカは零を思わず強く抱きしめていた。突然曝け出した自分の過去と、隠したかった弱さ。それを目の前の少女は受け止め、嘘偽りの無いあるがままの自分の気持ちを返してくれた。それがミカにとって、何よりも嬉しかった。

 

「赤心を推して人の腹中に置く…か」

 

脳裏を過るのは、かつて伯母から人生に於いて大事な事だと聞かされていた言葉。こんな時に思い出すとは皮肉なものだと思う。しかし、今はその言葉の意味が、とても愛しく感じられていた。

 

「ミカ~レイ~ どうしたんだよ、早くモノポリーやろうよ~ って……」

 

と、そこになかなかベランダに出たまま戻って来ない二人を呼びに、ミッコがベランダに出てきたが、突然の事に離れる事も出来ず、ミッコと目が合ったまましばらく静寂が流れる。

 

「あーミカ!自分だけずるい! 私もー!」

 

「ミ、ミッコさん落ち着いて、これは…へぐっ!」

 

突然ミッコから、大型犬が飛びついてくるような強烈な抱き着きタックルを食らってしまい、零は肺の中の空気が全部出てしまいそうになる。

 

「ミッコ! わ、私も!」

 

「あ、アキさんもちょっと待って…」

 

それを見ていたアキも、熱気に当てられてか一緒に抱き着いてきた。

 

「ふふ 全く、零は人気者だね」

 

ミカはミカで、にこにこ微笑みながら胸元で零をがっちりホールドしたまま離してくれいない。こうして零と三人の賑やかな夜はさらに更けて行く。

 

「ごらんよ零、今夜も月が綺麗だね」

 

薄くかかっていた雲が晴れて、綺麗な三日月が四人と漆黒の海を照らす。月の光がまるで一筋の道のように、水平線の彼方まで照らしていた。

 

 

翌日、しまなみの戦車道演習場を一両の戦車が猛烈なスピードで走り回っていた。徹底的に整備されたV型12気筒液冷ガソリンエンジンがもたらす高速性を活かした戦車離れしたトップスピードからの急旋回、トップヘビーな構造が災いし、旋回Gで車体の片側が持ち上がるが操縦手の驚異的なバランス感覚で片輪走行でコーナーを駆け抜ける。その様子をしまなみの生徒達はドローンから送られて来る映像で固唾を飲んで見守る。

 

「すごい……何なの今のコーナリング」

 

「か、片輪持ち上げながら走ってたね。見ていてぞくぞくするねむっちゃん」

 

映像を見て、隊長車の操縦手を務める陸奥原と、装填・無線担当の紅城は思わず息を呑む。継続高校隊長車の曲乗りのような戦い方はⅠ号戦車での稽古で体感していたが、BT-42突撃砲で見せる走りは常識を遥かに超えたものだった。

 

「アクセルワークも凄い、ミッコは本当にエンジンの使いどころをよく分かってる。正にフライングフィン」

 

エンジンの整備を担当したマルティーナも、エンジン音を聞きながら感服したように呟く。パワーアップしたエンジンが路面を捉え猛烈なダッシュを決め、履帯を外したクリスティー式サスペンションの本領を発揮し、演習場をまるでジムカーナマシンの如く縦横無尽に駆け回り、チェックポイントに用意された標的に次々と砲弾を命中させていく。

 

「初弾で全て命中なんて……アキさん一体何者なの?」

 

「只者では無いのは確かだな」

 

目の前で繰り広げられるBT-42の暴れっぷりに、主砲と砲塔の整備を担当した室町も、そして整備チーフの長原も言葉を失う。

そうして全ての標的に命中させた所で、零達しまなみの履修生達の元にミカ達が帰ってきた。

 

「どうでしたか?ミッコさん?」

 

零は恐る恐るミッコに自分達が整備したBT-42のファーストインプレッションを聞く。戦車は操縦手の分身と言っても過言では無く、整備によっては整備前の状態よりしっくりこなかったり、「前の方が良かった」という印象を持たれるのが整備を行う立場からすると非常にものすごくこたえるからだ。戦車から降りて来たミッコは無言で零の顔を見つめる。

 

「どうかって……? レイ、最高だよ!!」

 

満面に喜色を浮かべて、ミッコが零に抱き着き喜びを表す。見当違いな整備を行っていないか内心物凄く不安だった零はミッコの様子を見て心から安堵していた。そして同じく、履修生達も皆ほっと胸を撫でおろす。

 

「すごいよ零さんこの主砲!砲弾が吸い込まれるみたいに目標へ飛んでいくの!室町さん天才!」

 

アキもアキで、砲身を交換し、可動部の精度を徹底的に調整した主砲と砲塔の仕上がり具合に満足した様子である。整備の成否は嬉しそうなアキとミッコ、二人の表情と言葉から見て取れた。そうしてはしゃぐ二人に整備チーフの長原をはじめ、主砲の整備を担当した室町、エンジンを担当したマルティーナ達が整備の内容を説明し、実際に乗車してのインプレを聞き出す。今晩中に細かな調整を行えば、明日のミカ達の下船までにBT-42の完成が間に合いそうだ。

 

「良かったね、ミカ! しまなみの皆にお願いして! …ミカ?」

 

BT-42の車体の上で、返事も無く一人遠くを見つめているミカをアキは不思議そうに見つめる。

 

「まだだ、まだ足りない……」 

 

「ど、どうしたのミカ? なんだか変だよ?」

 

心ここにあらずな様子で、何かを呟いているミカに心配そうにアキが尋ねる。

 

「零!」

 

ミカが零の名を呼び、くるりと振り返る。ミカの背には晩夏の澄みきった青空が広がり、継続高校の空色のジャージと相まって、まるでミカが空に溶け込んでいるように見える。そして、吸い込まれそうな瞳を零に向け、ミカが告げる。

 

 

「しまなみ女子工業学園戦車道隊長、大垣零。貴女に、決闘を申し込むよ」

 

 

 

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