しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十三・五話

 とある学園艦の穏やかな昼下がり。幾分か暑さの和らいだ風が吹く戦車道専用の演習場に、二両の戦車が距離を隔てて相対し停まっている。しまなみ女子工業学園と、継続高校の戦車道隊長の一対一の決闘を前に、まるでおとぎ話の靴を作る妖精のように戦車道履修生達が戦車の周りに集い、せっせと整備作業を行っていた。

 

「ふぅ…これでよしっ 龍子、履帯の整備完了よ」

 

「了解、ありがとルイーズ」

 

 しまなみの隊長車・キキョウチームの軽戦車 strv m/40Lでは、ARL44を駆るカトレアチームのメンバーが足回りの整備を行っていた。試合では主にフラッグ車と車両管制の重責を担い、電子情報工学科所属で普段は車両データーの分析等が役割の彼女達であるが、しまなみの戦車の中で、最も足回りの整備に気を使う必要があるフランスが誇る重戦車・ARL44に乗っている事もあり、他のチームより足回りの整備に関して一日の長がある。それに加え車長のルイーズが、目下ライバルであり親友でもある、M15/42中戦車・アマリリスチームの車長マルティーナや、Ⅳ号突撃砲・クローバーチームの車長ベアトリーセに整備技術で水を空けられている事に若干の焦りを感じており、零にいい所を見せたいというルイーズ自身の可愛らしい願いもあって、これまで以上に勉強熱心に整備を手伝うようになっていた。

 

「それにしても、決闘だなんて…… 全く妙な事を引き受けたものね」

 

 自身が整備したstrv m/40Lの履帯を撫でながらルイーズが話す。しまなみ女子工業学園・戦車道隊長の大垣零と、継続高校戦車道隊長のミカの決闘。その開始時刻までに戦車を完璧な状態にする為、彼女達は一丸となって整備を急いでいた。

 

「確かにそうかも。試合中の一騎打ちならまだしも、最初から一対一の決闘なんて私達には経験無いし…… それに、相手はあの継続のミカさん。昔のアニメじゃないけど、なんだかデカい白イタチに立ち向かう小ネズミになった気分だわ」

 

 陸奥原も、少し苦笑いのような表情を浮かべつつルイーズに返す。整備を終えたBT-42のテスト走行から帰って来たミカからの突然の決闘の申し出、操縦手のミッコや砲手のアキは世話になった零との決闘に強く反対したが、その零がミカの申し出を引き受けた事で渋々引き下がったのだった。

 

「ぷふっ、イタチとネズミか。それはいいわね でも……実際の所、勝算はあるの? さっきのテスト走行を見ていたけど、人間が操ってるとはとても思えない走りっぷりだったわ」

 

 曇天と、逆巻く荒波をバックに立ちはだかるイタチの着ぐるみを着たミカ達に、これまたネズミの着ぐるみを着た零・陸奥原・紅城の三人が立ち向かっていく可愛らしい姿を想像し、ルイーズは思わず吹き出す。しかし、笑い事では無くこれから零達が戦うのは掛け値なしの強敵である。稽古の際に乗っていたⅠ号戦車C型を遥かに凌駕する機動を見せていたBT-42の暴れっぷりは、履修生達にこの決闘の勝敗の行方を不安にさせるのに十分なものだった。

 

「普通に考えれば、勝算なんてまず無いわね。だけど、零が買った喧嘩だもの。初めから負ける気で勝負を受ける馬鹿はいないし、零だって無様に負ける気は無い筈よ。それに、自分達の庭であんな走りを見せ付けられたらお返しするのが礼儀ってもんでしょ? 私も、零と烈華が最高の仕事が出来る様に脳味噌振り絞って全力でミカさん達に挑んでやるわ」

 

 そう話す陸奥原から、闘志が漲ってくるのをルイーズは感じる。彼女達キキョウチームの乗員は、初めての大洗での練習試合で今年の全国大会を制した西住みほと一対一の大立ち回りを演じ、更に強襲戦車競技・タンカスロンで最強の名を欲しいままにするボンプル高校・隊長のヤイカと、そして決勝では西住みほと再び一騎打ちを戦った。そんな彼女達があの継続のミカを相手にどんな戦いをするのか、ルイーズは無性に楽しみな気持ちが込み上げて来た。

 

「そう、ならばとびっきりいい勝負を。タフな戦いになるでしょうけど、無理しちゃ駄目よ」

 

 ルイーズは陸奥原にそう言い、右の拳を突き出す。

 

「お気遣いありがと、任せておいて」

 

 陸奥原も右の拳を差し出し、互いに拳を突き合わせる。

 

 

「陸奥原さん、データーロガーの動作チェック完了です」

 

 strv m/40Lに取り付けられた車両観測機器のチェックを終えたⅣ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセが砲塔からひょっこり顔を出して陸奥原に報告する。元ドイツ国家代表戦車道ジュニアユースチーム隊長の彼女はこの手の電子機器の扱いに慣れており、朝飯前の作業である。

 今日の戦車道では、車両に観測機器を取り付けて、車両と動力系、そして乗員のリアルタイムデーターを監視・記録する機械の導入が進んでいる。レーシングカーや競技用バイクでは一般的な用品であるが、職人気質や経験を重んじる若干保守的な雰囲気が漂う戦車道の世界でも導入は進んでおり、しまなみもその例外では無く、校内での訓練や練習試合の際は取り付けて活用している。

 

「龍ちゃ~ん、砲弾も積み込み完了だよ」

 

 その後ろから、またまたひょっこり顔を出して隊長車の装填・無線手を務めている紅城烈華が砲弾積み込み完了の報告をする。戦車道を始めた当初は砲弾の重さと、絶え間無い装填作業のあまりに過酷な重労働にひんひん泣きを入れていた彼女であるが、日々のトレーニングと持ち前の強い体幹が功を奏し、今ではしまなみ随一の装填速度を誇る装填手に育っていた。車長と砲手を担う零が得意としている敵戦車の重装甲を貫くスポットバーストショットは、彼女による高速装填無しでは成り立たないのだ。

 

「ふぅ、実弾使用なんて久々でぞくぞくしちゃうな」

 

 艦上での訓練では主に訓練用の演習弾を使用しており、ほんの数週間程前まで実弾を撃って全国大会を戦った身からすると、一気に実戦の世界に帰って来たという気持ちになり、緊張が湧いてくる。しかし、怖れは無い。同じ戦車に乗る最愛の親友二人と、自身が装填する砲弾で他校の戦車乗り達と戦う高揚感は他の競技では到底味わえないものだった。

 

「戦車道の決闘は実弾でなければ成立しませんから……でも、確かに何処かひゃっとしますね」

 

 ベアトリーセが鈍く光る砲弾を見ながら紅城に話す。

 

「私の分析では、紅城さんの装填速度は他校の装填手のデータと比較しても引けを取らないものです。特に優れた体幹による、車両の動揺にさらされる行進間射撃時が素晴らしい。データがそれを証明しています。これは纏わりつくような超接近戦を得意とする継続高校隊長車との戦いに有利に働く筈です」

 

 戦車が持つ高速性能を活かした一撃離脱と、接近戦を巧みに使い分けるミカの技は、これまでのⅠ号戦車C型での稽古の中で嫌という程味わって来た。更に今回は最高の整備状態にあるBT-42という、最高の軍馬に乗るミカ達と戦う事になる。ベアトリーセは装填手という役割を担う紅城に、自身が分析したデーターに基づく彼女の強みを伝える。自分自身のストロングポイントというものは、本人は中々気が付かない。だからこそこうして面と向かって本人に伝える事が大切だとベアトリーセは考えていた。

 

「へっへっへ~ ベアトリーセ先生から褒められちゃった♪ お任せ下さいませ! 必ず私の力で零ちゃんと龍ちゃんを勝利に導いて見せます!」

 

 誉め言葉にすぐ調子に乗ってベアトリーセの言葉にふんすと胸を張りながら自信満々に応える紅城に、ベアトリーセは少し冷や汗をかく。楽天的なのに努力家な所が彼女の良い点であるが、反面慢心しやすいのが悪い点だと感じていた。

 

「と、とにかく冷静に落ち着いて! 勝利とはそれを確信した瞬間に敗北に変わるものです。くれぐれも油断と怪我をしないように」

 

「おっとっと、そうだった…… ベアトリーセさん、アドバイスありがとう」

 

 ベアトリーセの言葉に、冷静さを取り戻した紅城を見て、表情がコロコロ変わって可愛らしいなとベアトリーセは感じる。この紅城の天真爛漫な所が、自分達履修生だけでなく、学園の生徒達を魅了するのだろう。

 

「困難な戦いが予想されます。ですが、どうかご武運を」

 

「了解! ジャイアントキリング、期待しててね!」

 

 そう言って差し出されたベアトリーセの手を紅城はぎゅっと握り返す。自分達の戦車を、チームの皆が最高の状態に仕上げてくれた。後は自分達が最高の仕事をするだけだと紅城は意気込む。

 

 

 

 その頃、距離を挟んで向かい側に陣取り整備を続けているBT-42も、同じように多くのしまなみの生徒達が整備を急いでいた。先程のテスト走行でのミカ達三人から得られたインプレッションを元に、しまなみの車両整備チーフを務める五式中戦車・ウメチーム車長の長原門野の指示でてきぱきと整備が行われていく。

 

「ミッコさん、テスト走行後の話にあった装輪走行時のコーナリングのキレは改善の為に第一転輪を調整してみた。これでなんとかアジャストさせてみてくれ。それと、クラッチは要望通りに調節したから違和感があるようなら言って欲しい」

 

「ん ありがと、カドノ」

 

 長原の説明を聞いて兎のような軽やかさでミッコがBT-42に飛び乗る。そうして操縦席に座り、クラッチと操縦桿の具合を確かめる。左足でクラッチを踏み込み、シフトレバーを操る。そして操縦桿を握りこむ。滑らかに繋がれるギアと、装輪走行用のハンドルの滑らかなタッチにミッコは長原にウィンクしながら頷きかける。

 

「アキさん、主砲の旋回ハンドルは少し固めに調節しておきました。こんな感じでいかがでしょうか?」

 

「室町さんありがとう、どれどれ~ うん、しっくり来ていい感じ!」

 

 テスト走行の際に主砲の旋回・俯仰ハンドルが悪くはないのだが、滑らかに動き過ぎだった為、アキのリクエストで少し回し応えのある感触にセットされている。いくら以前よりも動作が改善されても、それを操る人間の意に沿わない結果では本末転倒である。それ故、BT-42の整備を行っているしまなみの履修生達は乗り手とのコミュニケーションを取りながら慎重に、レーシングドライバーとメカニックのようにマンツーマンで作業を進めていた。

 

「ミカさん、エンジンに関しては遠慮は要らない。明日の皆さんの下船までに改善と整備の為のデーターを取っておきたいから思いっきりぶん回してもらって大丈夫」

 

「ありがとう、ビアンケッティさん。折角整備してもらったのに、なんだか申し訳ないね。それに、零にも……」

 

 BT-42のエンジン整備を零と共に担当したマルティーナから車両全体とエンジンに関する説明を受けながら、ミカが申し訳無さそうに話す。彼女達はこの二日間、大洗でのエキシビションマッチを控えた身でありながら、急にやって来た異邦人の戦車を、自分達の戦車以上の愛着と誠意を持って整備してくれている。これからそんな彼女達の主と、彼女達が整備したBT-42で戦うのだ。

 

「ミカさん、さっきも言ったけど遠慮しないで。ミカさん達は私達に慣れない戦車で戦車道の稽古を親身になって叩き込んでくれた。私達は尽くすばかりが取り柄の人間じゃないし、受けた恩義に少しでも報いたいだけ。私達はミカさんが思う以上の沢山のものをミカさん達から頂いているの。この決闘で戦車が壊れたとしても、私達が更に良くして直して見せる」

 

 マルティーナがミカの眼を真っ直ぐ見据えながら続ける。

 

「それに…… ミカさんが零に決闘を申し込んでくれたのがとても嬉しいの。私達の隊長に、あの継続のミカが決闘を申し込んだなんて凄く誇りに思う。きっとミカさんも、零との戦いで何かが得られると思ったから決闘を申し込んだ筈。だから、心置きなく思う存分に戦って欲しい」

 

 全てを言い終えマルティーナが静かに右手を差し出す。

 

「まいったね…… ビアンケッティさん、皆の気持ち有難く頂くよ。君たちの主と戦える事を私も誇りに思う。皆の真心に恥じない戦いをする事を誓うよ」

 

 ミカは少し帽子を目深に被りながら、マルティーナの手を握り返す。その手は日々の整備で少し荒れていて、彼女達が自分達の戦車にどれだけの労力を注いでくれたのかを物語っていた。

 

「ミカさん、準備は全て完了した 良い戦いを」

 

「こちらも同じくです、どうかご武運を」

 

 いつの間にか、長原と室町がミカの傍まで来ていた。しまなみの履修生達は、こんな時まで敵の武運を祈る。お人好しとも言える、分け隔て無いしまなみの履修生達の戦いへの心構えがミカは大好きだった。そして、愛器のカンテレを手に取りミカは空を見上げる。澄み切った晩夏の夏空が、最高の舞台に華を添えていた。

 

 

 その頃、strv m/40Lも整備が完了し、零達三人もパンツァージャケットを身に着け、装具に不備が無いか最終チェックを行っていた。

 

「隊長、ボディーアーマーを着けるからこっち向いて」

 

「う、うん よろしくね音森さん」

 

 零のボディーアーマーを、映像記録用の高機動ドローンの起動設定を終えたⅣ号突撃砲・ドクダミチーム車長の音森響が手際よく着せていく。零としては一刻も早く戦車の整備に合流したかったのだが、急な実弾使用申請の手続きでてんてこ舞いだった為、結局決闘の開始間近になっての合流になってしまったのだった。

 

「これでよし…… うん、やっぱり隊長はこのボディアーマーがよく似合ってる」

 

 音森が戦装束に身を包んだ零を見てむふーと少し息荒く、満足そうに話す。その言葉を聞いたルイーズやベアトリーセ、先に着用を終えていた陸奥原や紅城も同意を示すようにうんうんと頷いていた。

 

 しまなみでは、パンツァージャケットの上から、万が一の際に胸部を保護する為の特殊カーボン繊維で編まれたボディーアーマーを身に着けている。ちなみにそれは大祝鶴姫が着用していたと今治の大山祇神社に伝承・奉納されている「紺糸裾素懸威銅丸」をモチーフに現代風にデザインされており、鶴姫伝説の大ファンである、しまなみの学園長たっての願いで繊維科の生徒達が総力を挙げて作り上げた逸品である。

 

「零隊長!」

 

 溌剌とした声で呼ばれ、零が振り向くと、ソミュアS35を駆るユズリハ・ガーベラチーム車長の朝河潮美と、荒川四葉が立っていた。

 

「こちら一年の皆で作ってみました、宜しければどうぞ!」

 

 そう言って朝河が沢山のおにぎりが入ったバスケットを差し出してくる。そういえば今はお昼、実弾使用の書類手続きに大忙しだったので気が付かなかったが、もうお腹ぺこぺこだった。

 

「ミカさん達と、長原先輩達にもお渡ししてきました~美味しいほうじ茶も淹れておきましたから先輩どうぞ~」

 

「ありがとう 朝河さん、荒川さん。凄く美味しそう……皆さん!この辺りでお昼にしましょう」

 

 決闘の開始時刻までまだ少し時間があるので、strv m/40Lを整備した皆でのランチタイムが始まった。工具や電子機器を置いた大型テントの下で、皆で談笑しながらお昼を食べるのはいつだって楽しい。決闘を前にした緊張からひと時解放され、穏やかな時間が流れていく。

 

 可愛い後輩達が作ったおにぎりで腹もくちた零は、軽く運動をした後に、strv m/40Lの座席に腰掛けて照準器を調整していた。薬室が空な事をしっかり確認してトリガーに指を掛ける。目を瞑り、精神を集中してミカ達との戦い、そのイメージを脳内に浮かべる。

 

 

「零!」

 

「ふわっ!」

 

 イメトレ真っ最中に不意を突かれて零が驚いて顔を上げると、砲塔のハッチからマルティーナが覗き込んでいた。

 

「ま、マルティーナ…… どうしたの? BT-42の整備は……」

 

「とっくに終わった ミカさん達とお昼を食べ終わったから、ちょっと顔だけでも出しておこうと思って」

 

 そうしてマルティーナがはいこれと、砲塔のハッチから出て来た零にコーヒーが入ったマグカップを差し出してくる。

 

「あ、ありがとう」

 

 そう言って零がマグカップを受け取り、口を付ける。少し濃い目に抽出されているそれは、程良い温かさと豊かな香気で零を満ち足りた気持ちにさせてくれる最高の味だった。マルティーナはコーヒーを淹れるのが本当に上手い、そういえば自分が大洗との決勝戦を前にして悩んでいた時も、こんな事があったなと零はふと思い出す。 

 

「零…… あなたもしかして、弾を何処に撃ち込んだらいいかな~ なんてつまらない事で悩んでるんじゃない?」

 

 マルティーナの言葉に零はぎくりとする。ミカ達のBT-42は、機械科所属の履修生が精魂込めて整備を行っており、特に足回りは長原達のチームが、主砲と砲塔回りは室町達のチームが最高の状態に仕上げている。それ故に、あだやおろそかに砲弾を撃ち込めないという妙な悩みに零は直面していた。

 

「い、いやだな マルティーナさん そんな事無いです よ」

 

 どこかぎこちなく返事をする零を見て、なんだ図星かとマルティーナはため息をつき、軽く頭をかく。

 

「だから門野も椿も私も気にしてないのに…… 変な所でミカさんと似たような事考えるんだから」

 

 零に聞こえない程の声でマルティーナが一人ごちる。整備を行った側からすると整備した戦車で思う存分戦って欲しいと思うし、武人の蛮用なんて承知の上なのだが、大一番でもなかなか義理堅さが抜けないのが戦車乗りというものなのかもしれない。

 

「零、私達の事は心配しないで大丈夫 ミカさんは貴女との戦いを心待ちにしてる。だから、今は一人の戦車乗りとして、貴女の使命を果たす事に集中して」

 

 諭すような声で、マルティーナが零の眼を見据えて話す。

 

「マルティーナ、私の使命って何?」

 

 零がふと、どこと無く不安そうな表情でマルティーナに問う。ミカからの決闘の申し出を、零は逃げる事無く潔く受けた。だが、零に逃げ場は無い。ミカとの決闘で、どんなに無様な血祭りにあげられたとしても、決闘を受けた以上はその結果を一身で受け止めなければならないのだ。

 

「そうね…… 勝利だけじゃない、もっと大きなものを掴んで私達の所に帰ってくる事」

 

 マルティーナが優しく微笑みながら零に返す。

 

「なーんてね、格好つけてみたけど様にならないかな」

 

 柄にも無い事言うものじゃないと、マルティーナが頬をかきながら照れ臭そうに笑う。

 

 「私達も貴女と一緒に戦いたかったけど、ミカさんから御指名がかからなかったから我慢する。先輩に胸を借りるつもりで…… 零、思いっきり楽しんできて」

 

「うん…… ありがとう、マルティーナ」

 

 零とマルティーナが互いに握手を交わす。零の表情には、最早憂いや怖れは無い。

 

「それから、BT-42のエンジンに二、三発ぶち込んでも私は文句は言わないからだいじょうぶ…… やっぱり訂正、整備が大変だから一発で仕留めて」

 

「な、なんとか善処します」

 

継続のミカを一発で仕留めろというマルティーナの無茶振りに、零も冷や汗をかきながら答える。

 

「もう、二人とも何をしているの? もうすぐ時間なんだから早く準備なさい!」

 

「はいはい ルイーズったら、零の事になるとすぐヤキモチ焼くんだから」

 

 マルティーナの軽口にルイーズがお黙り!と返す、まるで鶏の喧嘩のような賑やかな様子に零は思わず笑ってしまう。

 

 

 いよいよ決闘の開始時刻が迫る。

 

 

 しまなみの戦車道訓練場に二両の戦車が向かい合う。その前には、零、陸奥原、紅城の三人と、ミカとアキ、そしてミッコが互いに向き合って並んでいた。

 

 その中央には、クローバーチームのⅣ号突撃砲が鎮座し、まるで格闘技のレフェリーのように静かに睨みを利かせている。

 

「車長は前へ!」

 

この決闘の立会人を務めるベアトリーセの声で、ミカと零が前に歩み出す。

 

戦車道を始めてから、膨大な量の過去の戦車道の試合の記録映像を見て来た。

 

 零は継続高校の戦いが大好きだった。所謂四強校の中でも頭一つ抜きん出る黒森峰女学園やプラウダ高校の、西住まほとカチューシャという高校戦車道きっての剛勇の将が統べる猛者達を知恵で翻弄し、技量で圧倒し、連携で魅せる戦いを繰り広げていた。

 

 特に名勝負と名高い継続高校と黒森峰の練習試合では、現在の大学選抜チームの中隊長が車長を務めていた隊長車のBT-42と、凄腕の謎の二年生として既に名を馳せていたミカが車長を務めるT-26、それに女房役の如く連れ添うKV-1の三両の絶妙のコンビネーションで黒森峰を翻弄し、あの西住まほが率いる黒森峰を敗北寸前にまで追い込んだ。

 

 一歩、また一歩と、ミカが澄んだ瞳を向け近づいてくる。ミカの周りを舞う風が、まるで妖精のように零の周りを舞い、纏われ、絡め取られそうになる。フィンランドの叙事詩「カレワラ」に登場する、乙女の精霊であり、大気の女神 「イルマタル」 それが現世に顕現すれば、こんな人型になるのかもしれないとミカを見て零は思う。

 

「すごい…… 向こうは風が逆に吹いている……」

 

 ミカから発せられる殺気とも、覇風ともつかない形容し難いものを感じ取り、零の後ろで控える陸奥原が呟く。Ⅰ号戦車での稽古の際には無かった、澄み切った、冬の大気のような凄烈な冷たさを思わせるような風だった。

 

「これより、継続高校戦車道隊長と、しまなみ女子工業学園戦車道隊長の決闘を執り行います! 立会人は私、ベアトリーセ・メルダースが務めます 双方、互いに礼!」

 

 

「よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

脱いだチューリップハットを胸に当て、ミカが零にふわりと挨拶を返す。そうして、ベアトリーセから決闘に関する説明や、注意事項の説明を受け、後はミカと零が握手を交わせば決闘の成立となる。

 

「零、決闘の申し出を受けてくれて感謝するよ。こうして貴女と戦える機会を得られた事を嬉しく思う、互いに最高の試合をしよう」

 

「感謝だなんて…… こちらこそ、決闘の申し出を頂き光栄の極みです、ミカさん。敵わずとも、全力で挑ませて頂きます」

 

 零の言葉にミカは、全く零は奥ゆかしいねと微笑み、二人で固く握手を交わす。その様子を見て、日本文化が大好きで、古い邦画にも精通しているマルティーナは、まるで用心棒と座頭市の決闘だと一人ごちる。銃弾も捉えられない俊足と一撃必殺の斬撃で敵を屠る風来の剣豪と、片や相手の一斬りの間に三度斬り付ける居合の達人。BT-42のどんな敵も叩き割る114ミリ榴弾砲と、零と紅城の抜群のコンビネーションが生み出す高速スポットバーストショットを支えて来たstrv m/40Lの37ミリ対戦車砲が業物の日本刀のように夏の陽光を受け鈍く輝いていた。 

 

「それにしても…… パンツァージャケットを身に着けた姿で相まみえるのは初めてだね。私との決闘の為に、一張羅を引っ張り出して来てくれたのかな? 嬉しいよ、零」

 

「わわっ あ、あの ミカさん……?」

 

 ミカがご機嫌な様子で、おもむろに握手で繋いだ手で零を引き寄せ腰に手を回す。ミカのしなやかな指が、まるで捕らえた小鳥を丸呑みにする蛇のように零の指を絡め取ろうとする。互いの吐息が肌に感じる程の近さでミカに見つめられ否が応でも鼓動が早くなるのを零は感じていた。

 

「ごほんっ 試合前です、私語は謹んで下さい」

 

 邪な雰囲気に眉間を少しひくつかせながら、怒りの笑みを浮かべるベアトリーセがミカと零を嗜める。ベアトリーセが最上級に怒っている時の様子を見て、零はじんわり額に冷や汗を浮かべる。

 

「ふふ、少し悪戯が過ぎたかな? じゃあね、零 貴女達に雷神ウッコの加護が有らんことを」

 

 ミカがそう言って、いたずらっ子のように笑いながら零を解放する。そうして身を翻し、颯爽とアキとミッコ達の元へ戻っていくミカを零は息をつきながら見送る。ミカの自由奔放な振る舞いに、初めて会った時から翻弄されっぱなしである。だからこそ、試合では一方的に主導権を握られないようにしないと……と零はミカの手の感触が残る手を握り再度気を引き締める。

 

「あらあら、うちの隊長さんは相変わらずモテるわねぇ」

 

「いいなぁ、ミカさん。私も零ちゃんとあんな感じに……」

 

「もうっ 隊長はガードが甘すぎます」

 

 それを見守っていた陸奥原は困ったように頭を抱え、紅城はうっとりと夢想し、ベアトリーセは密やかにミカにヤキモチを焼くのだった。

 

 

 BT-42への乗車を終えたミカ達は車内で静かに決闘の開始を待つ。エンジンのアイドリング音だけが響く沈黙の中、ミカが静かにカンテレを爪弾く。道場破り同然に、タンカスロンや戦車道の草チーム相手に戦うのとは違う、自分達の愛馬を最高の状態に仕上げてくれた恩人達の主と戦うという事に、強く反対していたミッコとアキ。いくらミカの申し込んだ決闘を零が承諾したとはいえ、納得出来ない気持ちが沈黙をより深いものにしていた。

 

「二人とも──「いいよ、ミカ」

 

 ミカが口を開くと同時に、ミッコが声を上げ沈黙を破る。

 

「ミカ以外なら頼まれたって絶対に乗らない勝負だけど、今回だけ付き合う。アキは?」

 

 草切れを咥えて、操縦席でぶっきらぼうに頭の後ろで手を組んでいたミッコが、仰け反るようにして車長席のミカに笑顔を向ける。

 

「恩人の零さんと戦うのは正直すごく嫌……」

 

 少し憂いを帯びた表情だったアキが、言葉を探すように口を開く。

 

「でもね…… もっと、もっと正直に言うと、零さんや、しまなみの皆が一生懸命整備してくれたこの子で、二人と一緒にレイと思いっきり戦ってみたいの! きっとミッコも同じ気持ちだよね」

 

 アキの言葉に、ミッコもバレちゃってたかと、舌をぺろりとだしておどけて見せる。

 

「でもさでもさ!こんなに良くしてくれた大切なお友達と戦いたいだなんて、やっぱり変だよね」

 

 自分の中に渦巻く矛盾した感情に戸惑うアキに、ミカは静かに語り始める。

 

「アキ、それでいいんだよ 人間は矛盾を抱えて、それに折り合いを付けて生きていくものなのさ それに、零と戦いたいという気持ちがあるのは、それはアキに戦車乗りの心があるからなんだよ」

 

「戦車乗りの、心…」

 

 ミカの言葉に、そういうものなの?とアキが返す。

 

「そういうものだよ。戦車で語り合い、強い絆を結ぶのが戦車乗り。人と人は戦車道で、もっと素敵な友達同士になれるんだよ」

 

 珍しくミカが、アキに熱っぽく語り掛ける。

 

「ミカってば、本当に戦車道が大好きなんだね」

 

 アキの言葉に、一瞬ミカはきょとんとして、ちょっと熱くなってしまったかなと照れ臭そうに笑いチューリップハットを少し目深にして、紅が差した顔を隠す。

 

「そうかもしれないね。だけど、戦車道は一人ではできない。アキとミッコが一緒だから好きになれるし、楽しいんだよ」

 

 ミカからの、煽てや偽りの無い正直な気持ちを聞かされて、今度はアキがミカったらもうっと頬を赤く染め手足をばたつかせ、ミッコも同じく照れくさそうに笑って頬を掻く。

 

「へへ、ミカってば嬉しい事いってくれちゃって さーてミカ、レイとどうやって戦う?」

 

ミッコの言葉を合図にしたように、ミカが微笑み、静かにカンテレを爪弾き始める。オーケストラの調音のようなその音色に、車内の空気が一気に戦を前にしたものに変化する。

 

「まずは近接戦闘を意識してがっぷり組んでいこう。零の十八番の高速徹甲弾を駆使した偏差射撃は、中距離以上でとんでもない脅威になるからね。あれをまともにもらったら、こちらも只では済まないよ」

 

「りょーかい 弓使いに近接戦闘で挑むってわけね、面白そう!」

 

 ミッコが承知の意を示すように、上唇をぺろりと舐める。暖気の為にアクセルを踏み込むと、鋭いレスポンスでBT-42のV型12気筒液冷ガソリンエンジンが主の命を待ち侘びる獣のように吠え猛る。

 

「弓の名手はうちにもいるからね アキ、頼りにしているよ」

 

「えへへ ミカ、任せておいて!」

 

 アキも嬉しそうにミカに応える。二人の高い士気を目の当たりにし、ミカは嬉しそうに微笑み、風を感じる為に砲塔から身を乗り出す。太平洋の大海原から吹く潮風が、ミカの頬を優しく撫でる。全ての準備は整った、ミカは静かに開戦の時を待つ。

 

 

 今回の決闘は立会人のベアトリーセの母国、騎士道の国であるドイツの形式で執り行われる。双方が概ね200メートルの距離で相対し、立会人の戦車の号砲を合図に全速力で加速し、ヘッドオンの状態で擦れ違ってから試合開始となる。

 

 ちなみに戦車道の決闘は各国ごとに特色があり、米国では西部劇のような衣装に身を包んで行われるウェスタン風決闘や、どでかいスタジアムで超満員の観客がビールとホットドッグやチーズステーキを片手に観戦するアメリカンスポーツ風決闘などもあったりする。

 

 そして戦車道の決闘の立会人は、格闘技のレフェリーのような役目も担っている。ヒートアップした戦士が相手を傷つけるような行為を行った場合に、試合をストップさせる権利を有しており、最悪の場合は立会人が戦車で実力行使して止めなければならない。常に冷静な目で戦況を見渡し、分析する能力に長けているベアトリーセには正にうってつけの役目だった。

 

 ベアトリーセが懐中時計を片手に試合開始の時刻を待つ。

 

血の気の多い戦車乗り同士の決闘ならば、どう試合をコントロールするかに腐心する所だが、零もミカも相手を傷つけるような事は絶対しないだろうし、その点は心配は無いだろうとベアトリーセは考えていた。それより、継続のミカと、自分の大切な親友であり、愛すべき隊長の零がどんな試合を遂げるのか。大好きなオペラの開演を待つときのように、只々試合開始が待ち遠しく、そわそわしてしまう。

 

試合開始の時刻が迫る。距離を挟んで相対した2両の戦車から、戦を前にした軍馬の嘶きのようなエンジン音が聞こえる。砲塔から身を乗り出した零とミカから、「問題なし」のシグナルランプがベアトリーセに送られる。時計の秒針が、その時を告げようと針を進めていく。

 

「vier…… drei…… zwei…… eins…… Feuer!」

 

 ベアトリーセの合図で、Ⅳ号突撃砲から試合開始の号砲が放たれ、砲声が雷鳴のように演習場に鳴り響く。

 

それを合図に、二両の戦車がゲートから放たれたサラブレッドのように加速を開始した。 

 

 

風を感じながらミカが優しく微笑み、カンテレの調べが戦車の轟音と重なり協奏曲を奏でる。

 

 

「さぁ、白ウサギについておいで 不思議の国のお姫様」

 

 

継続高校戦車道隊長と、しまなみ女子工業学園戦車道隊長の決闘の幕が遂に切って落とされた。

 

 

 

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