しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十四話

 雲一つない快晴の、晩夏の太陽が照り付けるしまなみ女子工業学園の戦車道訓練場。陽炎が揺れる地面を猛烈な振動が揺らす。臓腑に響くような内燃機関の咆哮と砲声を響かせながら二両の戦車が、互いに体を絡みつかせる蛇のように車両をくねらせ組み合っていた。BT-42から放たれた砲弾が、strv m/40Lの至近を掠めて着弾し、地表を抉る衝撃と轟音が車内を揺さぶる。

 

「し、至近弾でこれ!? アキさんと椿ちゃん本領発揮し過ぎでしょ!」

 

 放たれた榴弾の威力にstrv m/40Lの装填手と無線手を兼務している紅城が悲鳴を上げる。五式中戦車車長を務める室町椿が整備を担当したBT-42の主砲は砲身命数が尽きていた事もあり、砲身が新造品に換装されている。そして各部品の精度を徹底的に突き詰めて室町が整備した主砲は最高の砲手の元で最高の性能を発揮していた。 

 

「くっ そうはさせない!」

 

 装甲厚の薄い側面を狙って纏わりつくような機動を見せる継続高校隊長車のBT-42に対して、しまなみ女子工業学園隊長車の操縦手の陸奥原が相手の砲手が自車を捉えないよう車両を遷移させる。しかし、尚もBT-42がstrv m/40Lに接近し食い下がる。二両はクリンチを組むように激しく接触し火花が舞い散る。

 

「烈ちゃん、三連射で一気に畳みかけよう!」

 

「あいよ零ちゃん!いくよ!」

 

 操縦手の陸奥原が切り開いた一瞬の隙を見逃さず、車長と砲手を兼務する零がBT-42に照準を合わせる。息を殺し、全神経をこの一瞬に注ぎ込み照準を合わせる。3発の高速徹甲弾によるスポットバーストショットは、射撃時に抜群の集中力を発揮する零と、高速装填を得意とする装填手の紅城との絶妙のコンビネーションが織りなす離れ業である。しかし、BT-42はお見通しだとばかりに車両を避弾経始に優れた角度へ遷移させ危機を脱す。

 

「そんな…二人の連携射撃が見切られるなんて……」

 

 3発の砲弾を受けて、少し車両の速度が緩んだBT-42から距離を取る為、背中に走る殺気を感じながら車両を之字運動させながら陸奥原が呟く。炎天の空の下、二両の死闘が続いていた。

 

 

 車両の高速性能を活かした飛燕の如き一撃離脱と、死神が首を刎ねようと纏わりついてくるような接近戦を交互に使い分け、BT-42は零達を翻弄し続ける。しかも主砲の114ミリ榴弾砲は、まともに食らったら一発で走行不能に陥らされてしまう。高校戦車道きっての、千軍万馬の戦上手を相手に、零達のギリギリの戦いが続く。

 

 テレビゲームであればリセットして、セーブポイントから戦術を組み直して何度も挑戦も出来る。しかし、これは現実の待った無しの決闘。戦いの中で己の戦いを組み上げ、即座に決断し、実行しなければならない。迅速な決断は優れた経験から生まれる。零も短期間とはいえ、練習試合や夏の大会で多くの経験を積んできた。しかし、幼少より戦車道に染まった生き方をして来たミカとは経験と判断力に於いて歴然とした差がある。

 

「でも、だからこそ勝機があるはず」

 

 一騎打ちで勝てる相手ではない事を承知の上で買った喧嘩だが、だからと言って簡単に負ける気は無い。零の眼に再び闘志が宿る。頭の中で揺らめく、負ける理由を否定する為、そして自分達に決闘を挑んでくれた先達に追いつく為、零は全神経を戦いに没頭させる。頼りになる他の車両の仲間達のいない、破格の強敵との自分達だけの一騎打ち。零は自分の経験の無さを逆手に活路を見出そうとしていた。

 

 

 BT-42突撃砲で、零達を翻弄し続けているように見えるミカ達だが、本人達も決して零達を相手に、舐めた戦いをしているつもりは毛頭無い。相手のstrv m/40Lは、決闘の開始から、凄まじい速度でこちらのクセや弱点を分析し、戦いの中で自分達の戦いを進化させている。それはⅠ号戦車C型での稽古での立ち回りとも又違っており、ミカは額に一筋の汗が流れるのを感じる。

 

 

「ミッコ、アキ リズムを上げるよ。付いて来てくれるかい?」

 

 

 ミカの言葉に、操縦手のミッコと装填・砲手のアキは驚く。これまでどんな戦車乗りと戦った時も、ミカがカンテレのリズム上げる事は一度も無かったからだ。静かな湖のように、どんな時でも冷静なミカ。その湖面に波紋を生じさせる存在がこの世にいる事に、ミッコは不思議な高揚を覚え、上唇をぺろりと舐める。

 

 そして、零との決闘を最初は強く拒んでいたミッコだが、今はこの強敵と戦う機会を与えてくれたミカに心から感謝していた。

 

「任せなミカっ! 一気に飛ばすよ!」

 

 ミッコの言葉に口角を上げたミカが、カンテレのリズムを上げる。ミカがつま弾く幾筋もの弦が奏でる調べ、ミッコにはまるでそれがマリオネットの糸のように感じられる。大好きな車長が、自分に何を求めているのか、この愛馬をどう走らせたいのか、言葉は無くとも伝わってくる。

 

「了解ミカ! ミッコも振動もうちょっと少な目でお願い!」

 

相棒のアキもきっと同じだろう。長丁場になるであろう戦いを予感しながら、ミッコは少しでもアキが楽に装填と砲撃に専念出来るよう、車両を猛獣使いのように大胆に、かつ猫を撫でるように丁寧に操る。二両の戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

「開幕から凄い戦いね……」

 

 二両のドッグファイトを目の当たりにして、ARL44・カトレアチーム車長のルイーズがほうっと恍惚の溜息をつきながら呟く。

 零のstrv m/40Lと、ミカのBT-42の戦いを、しまなみの履修生達は訓練場から離れたテントで、ドローンから送られてくる映像を通して見守っていた。

 

「実際、継続高校隊長車の戦技は高校戦車道の中でもトップクラスにあります。履帯をパージした装輪走行状態のBT-42の能力をあそこまで引き出せる人間は、私の知る限りあの三人以外には居ません」

 

 映像をモニターで確認しながら、Ⅳ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセが冷静な声で話す。いつも冷静で、分析力と知識量でしまなみを支える彼女の言葉に、履修生達も固唾を飲む。

 

「一撃離脱と、巴戦を交互に使い分けて隊長車を削り取っている……だけど隊長も冷静に車両後部を守って懸命に立ち回っている」

 

 ラップトップパソコンで、二両の戦車に装備された観測機器から送られてくるデーターを分析しながら、Ⅳ号突撃砲・ドクダミチーム車長の音森が静かに話す。

 電子情報工学科の音森やルイーズ、そして船舶工学科所属のベアトリーセ達は今回のBT-42の車両整備では、データ分析といったどちらかと言うと裏方の仕事に回っていた。実際の車両を整備する機械科の履修生達と比べると派手さは無いが、データ分析は今日の車両整備では必須であり、上手く活用すれば熟練の職人芸を超える結果を生み出す事が出来る。BT-42の整備を短期間で完結出来たのも彼女達の功績が非常に大きい。

 

「訓練場も目一杯活用してくれてるネー コース設定頑張って考えた甲斐があったヨ!」

 

 しまなみの戦車道訓練場の全体の設計を任されているM15/42中戦車・オニユリチーム車長のエレナが嬉しそうに話す。建築科所属の彼女達オニユリチームの面々は土木・建築に関して多くの経験があり、特にエレナは母国ブラジルで狩猟が趣味の父親に付き合って、よくハンティングに出掛けていた為、その経験を生かした射線の設定や、障害物・高低差の設定が変化に富んでおり大変に面白く、これはミカ達にも大好評だった。

 

「先輩達、勝てるかしら……」

 

 心配そうに、ソミュアS35・ガーベラチーム車長の荒川が決闘の様子を画面越しに見守る。隊長には今年の全国大会を制覇した西住みほ、そしてタンカスロン最強の名を欲しいままにするボンプル高校隊長のヤイカとの一騎討ちの経験がある。しかし、その隊長をもってしても、苦戦しているのが見て取れた。

 

「大丈夫だ四葉、零隊長達ならきっとやり遂げる だけど、ミカさん達の車両のテンポが更に上がった。このままでは……」

 

 朝河が荒川を励ましながら、二両の戦闘を見守る。先程の超接近戦から、BT-42の速度と機動の鋭さが上がった事を見逃さない。ミカ達も零達の戦いの中で、立ち回りや戦術を最適化し、自らの戦いを進化させている。

 

「零隊長…ミカさん…」

 

 朝河が胸の前で手を握り、両者の健闘を祈る。自分が戦っている時より、手に汗を握っているような状態だが気にしない。両者共に一歩も引かない戦いに心臓の鼓動が高まる。

 

 

 澄んだ晩夏の空の下、二両の死闘が続いていた。

 

 

 ミカは戦いの中で思惟する。生命の本質が生存への闘争であるとすれば、戦車道はそれを体現するものに他ならない。問題解決の連続がその個体を強くし、生き残る為の進化を与える。仲間との一体感、硝煙と砲声に掻き立てられる本能、研ぎ澄まされていく感覚は、他のどんな競技や武道でも己に戦車道を超える充実を与えてはくれなかった。

 

どんなに思想書や哲学書を読み漁っても、どんなに弦楽器に耽溺しても、どんなに旅を続けても。

 

 そんな自分も、勝利に関しては何故か執着が薄い。どんな強敵と戦っても、それは人生の一瞬であり、余韻に浸る事も無かった。積み上げた屍の山を登り、いつかあの戦車の神に愛された存在に辿り着く為の道程に過ぎず、それはどこか諦観にも似た心境だった。

 

 しかし、今日何度も切り結んだ目の前の敵だけは別だった。こちらの手の内を凄まじい速度で学習し、懸命に戦おうと必死に立ち向かってくる。まるで息の合うパートナーと一緒にダンスを舞っているような敵との一体感、その不思議な感覚にミカは恍惚とする。あの小柄な軽戦車の中で、自分が曝け出した弱さも何もかもを受け止めてくれた少女が、あの瞳で自分を見つめている。こんな敵に溺れるような感覚を覚えるのは、ミカにも憶えが無かった。

 

「素晴らしい、素晴らしいよ零 西住姉妹や愛里寿が惚れ込むわけだ…!」

 

 ミカのカンテレの音色が更に鋭さを増す。しかし、アキもミッコもその変化に遅れない。

 

「やばいよ零ちゃん! BTの動きがまた変わった!」

 

 装填手の紅城がBT-42の様子をペリスコープ越しに確認する。スポットバーストショットでは最早ミカを捉えきれないと判断し、眼の良い紅城が索敵を行い、必殺の一撃を狙うべく動いていた。

 

「砲弾も残り三発……もうこれが最後の一撃」

 

 零がポツリと呟く。長時間トリガーを握り続けていた手は、所々皮膚が裂けて血が滲んでいる。長時間スコープを覗いていてもはや疲労の限界といった状態だが、眼はまだ死んでいない。この痛みは一生の名誉だと零は自らを奮い立たせる。

 

「零、正直な所を教えて? 私達がミカさんに勝てる可能性はある?」

「それは……」

 

 操縦手の陸奥原が目線を真っ直ぐ前に向けたまま零に問う。彼女も長時間の戦いで、腕の疲労が蓄積していた。零自身も負ける気は毛頭無いが、単騎のミカの圧倒的な強さに正直翻弄されており、思わず言い淀んでしまう。

 

「零、烈華……最後の一撃、私に任せてくれない?」

 

 陸奥原が零に申し出る。いつも冷静にstrv m/40Lを操り、零をサポートしている彼女だが、今戦っている相手が生半可な相手ではない事と、これまで通りの戦い方では突破口を開けないと感じていた。

 

「龍ちゃん、何かいい策があるの!?」

 

 縋るような眼をして話す紅城に、陸奥原は優しく、だが不敵に微笑む。零は黙って陸奥原の策を聞き、目を通わせながら頷く。この一撃は面白くなる。そう確信して零は陸奥原の策を承諾した。

 

 

 しまなみの戦車道訓練場にある、小高い丘。その上に零達はミカの追撃を受けながら辿り着いていた。地面は砂漠のような砂地で、路面がうねり、まともに戦っては行進間射撃は不可能なような地形である。

 

「上を取ったか……零、君ならどう動くかな?」

 

 これまでの激しい機動とは打って変わって、BT-42が獲物を追い詰めるようにひたひたと間合いを詰めて来る。ここから長距離射撃で装甲の薄い車両上部を狙い撃ちたくなるが、そんな事をすればミカの思う壺である。無駄弾を撃たされて終わるに違いない。トリガーを引きたくなる衝動を堪えて、零は再度深呼吸し、神経を集中させる。零は陸奥原と、そして紅城と頷き合う。

 

「さぁ、行くわよ! 総員肢体保持!」

 

「「了解!!」」

 

 陸奥原の声に、零と紅城が応える。アクセルを限界まで踏み込み、車両を加速させる。Gで車両が軋み、履帯がギチギチと音を立てる。砂地は滑りやすいのが難点だが、strv m/40Lの履帯は吸い付くように砂塵を捉える。ミカ達を捉える為のパーフェクトラインをトレースしながら、陸奥原は操縦桿とアクセルをコントロールさせて車両を疾駆させる。

 

「目標地点まであと50メートル! 零、烈華!射撃準備!」

「りょ、了解!」

「今更だけど、龍ちゃん考える事無茶苦茶だよぉ……」

 

 陸奥原の号令に、零と、そして半泣き状態の紅城か応える。

 

 その頃、ジェットコースターのように坂を駆け下り、猛烈なスピードで突進してくるstrv m/40Lをミカは冷静に分析していた。恐らく摩擦係数の少ない砂地を利用した、高速走行からのドリフトでBT-42の後ろに回り込み、装甲の薄い車両後部を射抜く算段だろう。零達は最後の勝負を掛けてきた、ならばこちらはそれを正面から受け止め、討ち取るまでだ。ミッコがミカの意向を察して、アキの砲撃に最適な角度に車両を遷移させ加速する。ミカは勝利を確信し、また若干の物足りなさを感じていた。

 

「少し残念だよ、零 君の翼はこんなものではないのに……」

 

 高速走行からのドリフトによる側面の回り込みは、このロケーションであれば最高の作戦だろう。しかし、自分はそれ以上の事を、彼女ならきっと成し遂げると期待していたのかもしれない。

 

 その時、ミカは気が付く。

 

 何故零は、決戦の場に得意の行進間射撃を封じるような場所に選んだのか。

 何故こんなにも、路面が隆起した場所を選んだのか。

 何故strv m/40Lはあそこまでの速度で突進してくるのか。

 

「しまっ──」

 

 ミカは総毛立つ、急いでカンテレを操るが最早間に合わない。直後、隆起した路面をカタパルト代わりに、猛烈な速度のstrv m/40Lが空を舞った。舞い起る砂塵の嵐をヴェイパートレイルのように後ろに引きながら、ミカ達が乗るBT-42の回りを、まるで透明な円筒形に沿うように空中で回転する。

 

「まさか、バレルロール!?」

 

 ミッコが驚愕の声を上げる。戦闘機では当たり前の機動だが、今回のそれはフリースタイルのジェットスキー競技の物が近い。海面のうねりを利用して、円筒形を回るようにジェットスキーを一回転させる大技であるが、戦車道でそれをやる人間を見たのは初めてだった。

 砲塔から身を乗り出したミカの頭上を、strv m/40Lが飛び越えていく。その一瞬が、ミカにはスローモーションのように、ゆっくりと時間が流れるように感じる。舞い起る砂塵の一粒一粒が、手を伸ばせば取れてしまうのではと感じる程に。

 

「後ろを……獲ったぁ!」

 

 陸奥原が咆哮し、strv m/40Lが車両後部から綺麗に着地し、BT-42の側面に回り込み背後を急襲する。

 

「むっちゃんが道を開けてくれたよ、零ちゃん!」

「了解!」

 

 眼前の化け物の如き戦車を倒すには、自分達にはこれしかない。零と紅城がスポットバーストショットの体勢を組む。

 

「させるかよ!」

 

 しかしミッコも負けずに、その場でBT-42をスピンターンさせる。スピンターンと、バレルロールという戦車離れした機動を駆使して二両が対峙し、strv m/40Lから放たれる三発の高速徹甲弾の鉄杭と、BT-42から放たれる巨大な榴弾が互いの車両を同時に蹂躙する。

 機関部を撃ち抜かれたBT-42と、砲塔正面に砲弾を食らって派手に一回転し、車両底面を上に向け煙を上げてひっくり返ったstrv m/40Lから同時に白旗が揚がる。

 

 「相討ち……!」

 

 二両の戦いを見守っていたベアトリーセが声を上げ、履修生達があまりの戦いに息を呑む。澄んだ青い空をバックに二両が掲げた白旗が揺らめく。

 

 

 「あ~ぁ、相討ちか~ やられちったな~」

 

 戦を終えたミッコが頭の後ろで腕を組み、操縦席に身を預けて少し悔しそうに、しかし心底満足そうに笑う。

 

 「そうだねミッコ……でも、楽しかったぁ!!」

 

 アキも天使のような笑顔で手足をぱたぱたとバタつかせる。これまでもミカに連れ添って沢山の戦車乗りと戦ってきたが、こんな戦い方をする相手は初めてだった。

 

 「ふふ、まさかこんな策に出るなんてね。本当に君は、大した奴だよ…… 二人とも、怪我は無いかい?」

 「無いよ、ミカ!」「私も!」

 

 半ば強引に自分の我儘な戦に付き合わせてしまった為に、ミカはミッコとアキに怪我が無い事に安堵する。そして二人も、何処か憑き物が取れたような表情をしているミカを見て安心していた。

 

 「あ、ミカ その指……」

 

 「うん?」

 

 ミカはアキの声に、自分の指を見る。最後の一撃を受けた際に力が入り過ぎたのか、カンテレの弦が切れて、指から血がぽたぽたと流れていた。

 

 「おっと、これはいけないね」

 

 ミカは自らの指を唇に当てて、しばし滴る血液を舌で舐めとる。まるで、神話の戦女神が自らの傷を癒しているような妖艶な光景に、ミッコとアキはしばし見とれてしまう。

 

 「ぷはっ……試合中にカンテレの弦を切ってしまったのは初めてだ……」

 

 血が止まり、薄く傷の入った滑らかな自らの指を見つめながら、ミカが呟く。

 

 「ふふ ますます気に入ったよ、零」

 

 微笑むミカの透き通った瞳に、ゆらゆらとした光が灯る。

 

 その眼は、極上の獲物か、はたまた連れ添う番いを見つけた狼の眼に似ていた。

 

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