第二十六話
茨城県東茨城郡大洗町。高校戦車道全国大会を制した大洗女子学園のホームタウンであり、総勢六校がその技を競い合う戦車道エキシビションマッチの舞台でもある。
廃校の危機に瀕しながらも、並み居る強豪校を倒し見事優勝という前人未踏の快挙を成し遂げた大洗女子学園。無名校ながら、大洗に次ぐ準優勝を勝ち取ったしまなみ女子工業学園。全国大会終了と同時に新隊長・西絹代が就任し、新風吹く知波単学園。奇策を物ともしない、難攻不落の浸透強襲戦術を誇る聖グロリアーナ女学院、地吹雪のカチューシャ率いる前年度優勝校・東の雄プラウダ高校。そして、戦車道最強校・黒森峰女学園が出場するという前代未聞の大一番を一目見ようと、多くの観客が訪れ町は大きな賑わいを見せていた。
しまなみ女子工業学園学園艦も大洗に入港し、大洗女子学園学園艦と寄り添うように並んで、伝統の優勝・準優勝校のランデブー入港を果たしていた。そして、広大なしまなみの戦車道演習場では、履修生達が戦車に乗り込み、明後日の本番、来るエキシビションマッチに向けて訓練を行っている。
その中でも、一際巨大な車体と、重装騎兵が持つランスのような長砲身の90ミリ主砲が目を引く、フランスが誇る重戦車ARL44。この鋼鉄の城のような戦車を巧みに操る、電子情報工学科に所属するフランス人留学生達で編成されたカトレアチームも、3対3の2チームに分かれた練習試合に参加し仲間達とその技を磨いていた。
「レオン! 10時方向のフラッグの五式を頂くわよ、照準合わせ!」
「了解、レーヌの仰せのままに」
ARL44の車長ルイーズ・ベルナールの声に、砲手を務めるレオンティーヌ・アルシュが応える。黒森峰女学園と戦った今年の全国大会・準決勝戦では、雷雨の中の無視界射撃で4キロ先の重駆逐戦車を仕留めた実績を持つ砲撃のスペシャリストだ。
「秒速1000メートルのボクの牙からは誰も逃れられないよ。ペトラ、君の装填が頼りだ。頼んだぞ」
髪を後ろで纏めたボーイッシュな相貌の口角が不敵に上がり、怜悧な目で相棒の装填手に信頼を込めたウィンクを送る。
「畏まりましたわレオン! 演習弾、装填完了ですわ!」
レオンティーヌの言葉に、お嬢様然とした言葉遣いで応えるのは装填手のペトロニーユ・フェリエ。母国フランスでは柔道ジュニアユースのメンバーに選ばれた事もある学生アスリートであるが、すったもんだで今はこのチームの装填手を務めている。格上の選手すら軽々とぶん投げていた爆発的なパワーとスタミナを、今は砲弾の装填に燃やす武道派お嬢様だ。
「エステル、ステップを合わせて門野とタンゴと洒落込もう。合図で一秒停止射撃だ」
「はいなレオ! ほな、行っくで~」
砲手のレオンの声に、丸眼鏡が良く似合う人懐っこい顔立ちの操縦手、エステル・ボワモルチエが楽しそうに流暢な関西弁で応える。古い年代の機械の扱い滅法強く、おむずがりがちなARL44を物の見事に手なずけている明るいチームのムードメーカーである。
「アニエスも足回りと液温のチェック、よろしゅうな!」
「了解、エステル」
エステルの声に静かに応えるのは、副操縦手兼無線手のアニエス・ランブラン。生き字引の如き豊富な知識量と、冷静さと鋭さを兼ね備えた状況判断能力で車長のルイーズをサポートするカトレアチームの参謀役である。サファイアのような青い瞳とシルバーブロンドが美しい美少女であるが、車外での偵察など体を張った任務も積極的にこなす行動力と度胸も兼ね備えているカトレアチームの大黒柱だ。
「マルティーナ、カトレアチームが来たヨ!」
「了解、エレナ ウメチームには指一本触れさせない」
ARL44のV型12気筒液冷ガソリンエンジンが猛獣の咆哮のように唸りを上げ、履帯が地響きのように地面を揺らす。ARL44の猛チャージに、イタリアの中戦車・M15/42を操るオニユリチーム車長のエレナ・カルネイロと、アマリリスチームの車長マルティーナ・ビアンケッティが即座に反応し、フラッグ車を守るべく防御体勢に優位なポジションへと車両を遷移させる。
「ふふん、流石はエレナとマルティーナ。反応が早いわね。でも、いくらブラジルとイタリアのコンビでも、フランスのドリブルは抜けやしないわよ! エステル、最大戦速でぶっ飛ばして!」
「ガッテン承知やでルイーズ!」
大胆不敵に指示を出すルイーズに応えるべく、操縦手のエステルが、繊細かつダイナミックに車両を疾駆させる。ARL44は装甲厚の薄い側面を狙われると弱いが、正面の重装甲を活かせば中戦車の主砲程度は容易く弾き飛ばす事が出来る防御力を持っている。正面装甲で砲弾を防ぎつつ、自らの強みを巧みに活かし、戦像の突進のように猛然と五式中戦車に襲い掛かる。
「カトレアチーム、援護します。四葉はオニユリチームを阻止!」
「潮美ちゃん了解~ それじゃあ、エレナさんにぴったりまとわりつくわよ~」
ARL44の突破を援護するべく、フランスの傑作中戦車、ソミュアS35を操るユズリハチームとガーベラチームが即座に駆けつける。ユズリハチームの車長、朝河潮美も継続高校隊長・ミカのしまなみ学園艦来訪以来、冷静に周りを見渡してチームに貢献しようとする姿勢が強くなった。更に、履修生達とも今以上に積極的にコミニュケーションを取り、隊長の零や、同輩の荒川への依存というウィークポイントが改善されつつある。精神的な未熟さを克服し、上手く角が取れてきたと言えるだろう。
「くわっ! 潮美!?」
「失礼します! マルティーナ先輩!」
寝技で相手を抑えにかかる柔道選手か、或いは前褌を掴んだ力士の如く、二両のソミュアS35はがっぷりとM15/42に組み付いてその前進を抑え込む。
「のワー! ヨツバちゃん、ソコをおどきなサーイ!」
「んふふ~ 離しませんよ~エ・レ・ナさん♪」
カトレアチームの猛チャージをブロックしようとして、逆に思いっきりブロックされてしまいマルティーナとエレナが悲鳴を上げる。僚車二両のブロックで僅かに開いた間隙を縫って、ARL44が五式中戦車に迫り、絶好の射撃地点に到達した。
「今や、レオ!」
「好機逃すまじ エステル、行くぞ!」
「もらったわよ、門野!」
「させんぞルイーズ!」
ほぼ同時に、ARL44の90ミリ砲と、五式中戦車の88ミリ砲が火を噴き、至近距離に雷が落ちたような轟音が辺りに響き渡り、演習弾とは言え、乗員をまるで10トントラックが正面衝突してきたような衝撃が襲う。両者ともに弱点であるターレットリングを狙ったが、車長の的確な指示と、操縦手の手綱さばきが冴えわたり、どちらも致命傷に至らない。
「ここからが!」「ウチらの腕の見せ所や!」
ルイーズと、エステルが声を上げ、絶体絶命のピンチを迎えた乗員達を奮い立たせる。
五式中戦車の、半自動装填装置を駆使した三秒間隔の88ミリ砲の三連射の二発目がARL44を襲う。が、並外れた修練で体幹を鍛え上げた装填手のペトロニーユはこの程度の振動ではびくともしない。そうして絶体絶命の危機感を高揚に変化させ、自身の任を全うすべく猫科の動物のように敏捷性のある全身の筋肉を駆使して全力で砲弾を装填する。
「レオン、装填完了ですわ!」
「鮮やかな手並み、流石だペトラ!」
ペトラの最速装填のサポートを受け、レオンティーヌは息を止め、全神経を集中させる。ARL44と五式中戦車は互いの砲火を避けて、巨大な角を持つヘラジカが角を突き合わせるような超接近戦を繰り広げる。
「エステル、ギアを後進に!」
「了解やルイーズ!」
ルイーズの指示で操縦手のエステルがギアを後進に入れ、五式中戦車との組み合いをブレイクさせて車両を後退させる。しかし、唯々漫然と下がらせるのでは無く、微妙に車両を蛇行させ、避弾経始に最適な角度を取りつつ、砲手のレオンティーヌが五式中戦車に照準を合わせる所謂「引き撃ち」の体勢を取る。
「アニエス、レオンの射撃のサポートを!」
「任せてルイーズ レオン、カウント1・2・3で射撃 大丈夫、私を信じて」
「すまないアニエス、アシスト頼む」
ペリスコープから尚も追いすがる五式中戦車を目の当たりにしながら、アニエスは頭脳をフル稼働させ、この重量50トンの巨獣が生み出す振動が射撃に与える影響を計算し、横と縦の揺れをジャイロのように補正しながら五式中戦車を屠るに最適な射撃タイミングを計る。
もう少しで五式中戦車とARL44が最高の位置関係に到達する よし、今だ。
「レオン、射撃準備。狙って……もう少し いくよ Un…… deux…… trois!」
アニエスの合図で、レオンティーヌが主砲のトリガーを引く。だが長原の五式も負けてはいない。両戦車の主砲が火を噴いたのは同時だった。だが、ARL44の砲塔正面・防盾付近の装甲厚は110ミリ。五式中戦車の砲弾を、貫通判定寸前で虚空に弾き飛ばす。そして、最高のタイミングと角度で放たれたARL44の砲弾は、見事相手チームのフラッグ車、五式中戦車から白旗を揚げさせたのだった。
「五式中戦車、走行不能判定! カトレアチーム、あなたたちの勝利です」
ARL44の無線機に、審判役を務めているクローバーチーム車長のベアトリーセ・メルダースから勝利の一報が入る。その声を聴いて、カトレアチームの乗員達もほっと肩をなで下ろし、嬉しそうに声を上げ肩をたたきあう。
装填手のペトロニーユも少し荒くなった息を整え、それから主砲の砲尾を優しく、友人を労わるように撫でていた。
柔道では、一本背負いの興奮は一瞬で終わった。しかし、戦車道では、試合中ずっとアドレナリンが出っ放しである。
(困りましたわ…… こんなにアブなくて楽しい世界を知ってしまっては わたくし、柔の道には戻れなくなってしまいそうですわぁ……)
そうしてペトロニーユは、最高の試合をメイクした仲間たちと喜びを分かち合うのだった。
練習試合の後、戦車の整備を終えた履修生たちは戦車格納庫にある食堂で、カレーに舌鼓を打っていた。今日の金曜カレーは五式中戦車を操るツバキチームが当番で、彼女達が作る和風だしの効いた野菜とシーフードがたっぷりと入ったカレーは履修生に大人気だ。
「はふ~ やっぱ試合の後のカレーは最高やわ~」
先程まで練習試合を戦ったARL44・カトレアチームと五式中戦車・ウメチームの面々も、和気あいあいと席を囲んで食事を楽しんでいる。
「初弾を防げて、少し油断したかな 接近戦の操縦といい、最後の砲を突き合わせての戦いで見せた集中力といい、感服したよ。私達ももっと鍛錬しなければいけないな」
そう言って、長原はふとスプーンを置いて、神妙な面持ちになる。試合前の練習とはいえ、本番に近い強度の試合で勝利できなかったという結果に、責任感が人一倍の彼女は気落ちした様子だ。
「いや、皆すまない 鍛錬が一番足りないのは私自身だな」
そんな長原の肩をぽんぽんと叩きながら、ルイーズは肩を抱き寄せる。
「久々の勝利を勝ち誇ってやろうかとも思ったけど、門野はいつもながら殊勝ね……立派だわ。それより反省はウチの伯爵サマにもしてもらわないとね」
自身の隣で大盛りのカレーを黙々と食べているレオンティーヌを少し肘で小突きながら、ルイーズが呟く。戦車道の砲手は大食いが多いが、彼女もその例に違わない。実際これだけ食べてもスレンダーな体型を維持出来ているのは、砲手というポジションがどれだけ莫大なエネルギーを消費するものかを物語っている。
「ルイーズ、全く面目ない ボクのヘマで皆を危険に晒してしまって済まなかったね。門野達に必中必殺の初弾を防がれた時は寿命が縮む思いだったけど……危機を救ってくれた皆のサポート、心から感謝するよ。それにしても、それにしてもだ。あれを防がれるだなんて……悔しいがボクもまだまだ未熟だな」
「ノンノン、ムッシュ ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために もっと腕を磨いて本番で成功させればいいのですわ!」
口元をナプキンで拭い、居住まいを正して仲間にミスを詫びるレオン。それを相棒のペトロニーユが励ます。
「ユズリハチームとガーベラチームのブロックも頼もしく素晴らしかった、練習試合とはいえ、母国の戦車だけのチームで、白星を得られたのは正直嬉しい。今日の勝利はみんなの勝利。ありがとう」
「いえいえです、アニエス先輩!」「どういたしまして~アニエス先輩♪」
わいわいと賑やかに食卓を囲む皆の様子に、日曜日に待っている大一番を前にした気負いは見えない。大会も終わり、大洗の廃校騒動が片付いた事もあってか、良い塩梅の緊張感と、戦車道が楽しくてしょうがないというポジティブな気持ちが合わさって、いいメンタル状態で試合に臨めそうだとルイーズは感じていた。
しかし、交流試合だからと言って気を抜くつもりはない。夏休みの里帰りで鈍った感覚を元に戻すため、昼からも訓練は目白押しだ。
「さてと、昼からはクローバーチームとドクダミチームと合同で射撃練習ね 門野は?」
「私達はオニユリチーム、アマリリスチームと一緒に市街地戦の訓練だな」
「了解、それじゃあ後でお互いの訓練内容を共有しましょうか」
「あぁ、ぜひともお願いしたい。レオンも後から少し付き合ってくれ」
「いいとも門野 極上のシャルドネジュースが手に入ったから、今夜飲みながらじっくり語ろうじゃないか」
昼食を終えて、食器を片付けながら履修生達は各々の昼からの訓練に戻っていく。もう少しで八月と夏休みが終わる。晩夏とは言え、残暑厳しいこの季節は戦車乗りにはまだまだ厳しいが、戦車乙女たちのモチベーションは十分である。
「門野、プリンセスはまだお戻りじゃないのかい? 彼女がいない練習は何だか物足りないよ」
目当ての人物が見当たらず、きょろきょろ周りを見渡しながらレオンティーヌが長原に尋ねる。
「隊長はまだ取材から帰っていないぞ、さっき電話で帰りが遅くなると連絡があったな」
「レ~オ~ン、零がいなくて物足りないなら私が代わりにみっちり扱いてあげましょうか?」
ゴゴゴと背後に黒いオーラを見せながら笑顔で話すルイーズを見て、レオンティーヌは額に汗を浮かべ、先に戦車の始動準備をしておくとルイーズに言い残し、アニエスとエステル、ペトロニーユを連れて足早に戦車へと急ぐ。
「全くもう、逃げ足だけは速いんだから。まぁ、気持ちは分からなくもないけど」
「レオンの言う事も一理ある。確かに隊長が一緒なら練習もより楽しく感じるし、充実している気がするな。しかし、隊長が不在の時こそ、各車の車長の統率力と連携が試される時だ。ルイーズ、午後も気を引き締めていくぞ」
「言われるまでもないわ、そっちもね門野。また後で」
そう言ってルイーズは拳を突き出し、長原とこつんと拳を突き合わせて分かれる。門野をはじめ、ライバル達も日々努力を怠っていない。エキシビションマッチまであと少し、やれる事はまだまだ沢山あるとルイーズは気持ちを新たに仲間が待つ戦車格納庫へと足を速めるのだった。
時刻は少し進み、その日の夕方近く。大洗の街並みを太平洋からの夕焼けが赤く染め、日中の喧騒が静まり、穏やかな時が流れていた。
「はぁ……もうくたくたよ。試合前の大事な時に戦車道通信の取材だなんて勘弁して欲しいわ……」
疲れ切った様子で黒森峰の副隊長、逸見エリカが呟く。
四強校以外で勝つことは先ず不可能と言われていた高校戦車道の全国大会で、優勝・準優勝を成し遂げた大洗女子学園隊長の西住みほと、しまなみ女子工業学園隊長の大垣零。更に名門知波単学園戦車道の新隊長に就任した西絹代と、二年生ながら副隊長を務め、黒森峰の次期隊長に内定している逸見エリカ。
彼女達、見目麗しい若き隊長達をクローズアップした巻頭特集を月間戦車道通信が組むとの事で、四人は朝から大洗のホテルで、インタビューや写真撮影と慌ただしく取材をこなしていたのだった。
「あはは……カメラマンさんのテンション凄かったね」
エリカの言葉に、大洗の隊長、西住みほが苦笑いしながら話す。全国大会優勝後、まほとエリカと和解を果たした今では、みほも以前より自然にエリカと接する事ができるようになっていた。
月間戦車道通信がニッチな専門誌ながら、廃刊にならない部数を確実にマーク出来るのにはそれなりに理由がある。月間戦車道通信には毎号、戦車道選手のグラビアコーナーがあり、実業団や大学・高校、海外リーグで活躍する憧れの選手達が紙面を鮮やかに彩るからだ。
特に以前発刊された西住まほ特集号は、店頭から瞬時に在庫が消え、雑誌ながら重版がかかるという大変な売れ行きで、巷ではプレミアが掛かり今も入手困難な一品となっている。
「逸見さんも西住さんも、とてもよく似合ってらっしゃいました。わたくしも、我が君とご一緒する事が出来、感無量です!」
取材の疲れなどなんのその、溌剌とした良く通る声で西絹代が話す。
グラビアは毎回選手に個性的な格好をさせるのが恒例で、特に今回は大正浪漫風グラビアで攻めるとの事で、西は大正時代の男子学生や、軍装のような格好を、零は女学生や給仕のような格好で写真を撮りまくられていた。もちろんエリカとみほも同じくである。
「私も、今日は皆さんとご一緒出来てすごく楽しかったです。でも……西さんがとっても格好良くて華があったから、私なんかがご一緒でよかったのか……」
零も少し疲れた様子で、西の言葉に返す。まるで銀幕スターか、歌劇団のトップスターのように、正に水を得た魚の如く、西はファインダーの奥に自らを躍らせていた。カメラマンのテンションと、西の圧倒的な役者力に終始翻弄されっぱなしだった零は不安げな様子だ。
「なに馬鹿な事言ってんの、零で釣り合わなきゃ誰が釣り合うって言うの? それにしても……なんだか今日はみほとばっかツーショットだった気がするわ……あと、エキシビションマッチが私だけ仲間外れなのが今一つ納得出来ないわね」
今回のエキシビションマッチは、大洗・しまなみ・知波単チームと、黒森峰・プラウダ・聖グロリアーナチームに分かれての一戦になる。新任の隊長チームと、ベテラン隊長チームといった分かれ方は、まるで部活動の上級生追い出し戦のような組み合わせだ。
「ごめんねエリカさん……でも、私はずっと試合相手だった零さんと、初めて一緒に同じチームで戦う事が出来てとっても、とっても嬉しいかな」
みほが零の目を見つめながら、気持ちのこもった声で話す。初めての練習試合から、ずっと倒すべき相手として零と戦ってきた。だが今回は目の前の好敵手と、初めて同じチームの仲間として戦う事が出来るのだ。
「私もずっと、みほさんと一緒に戦ってみたいと思っていました。西さんも、今回同じチームで戦う事が出来て嬉しいです。お二人とも、どうぞよろしくお願いします」
「滅相な! 強豪を打ち破ったお二人の戦いは、私たちに希望と勇気を下さいました。私も、大洗の皆さんと、我が君の勝利の為、粉骨砕身努力させて頂きます!」
一度互いに刃を交えた者の間強い絆が生まれるものだ。みほと零、そして西が固く握手をして健闘を誓い合う。
「エリカさんとの再戦、とても楽しみにしていました。明後日の試合、どうぞよろしくお願いします」
「へぇ……黒森峰と戦うのを楽しみにしているだなんて、零もなかなか言ってくれるじゃない。準優勝で腑抜けてるんじゃないかと心配したけど、その様子なら大丈夫そうね。ふふん、いいわ 黒森峰の槍の味、とくと味わわせてあげる」
エリカも手を差し出し、零もそれを固く握る。お互いに、皮が固くなったこの手の平。手を握り合えば、相手がどんな修練をこなして来たのか手に取るように分かる。黒森峰は戦車道の天才達の集まりではなく、不断の努力の天才達の集まりだ。だからこそ、零の手はエリカの心を打つのだった。
しかし、三人の仲睦まじい様子を目の当たりにしたエリカは少し不満げだ。いくら和解したとはいえ、みほは自身の積年のライバルだ。そのみほが、自身が生涯の獲物と見定めている零となんだかいい雰囲気になっている。それに、知波単の新隊長とも、我が君などと呼ばれ親しげだ。
誰であろうと、私の獲物を横取りするのは絶対に許さない。ふつふつと沸くジェラシーか独占欲のような感情を覚えながら、エリカはすっと、握手をしている零の手を引き寄せ、まるでダンスの相手を横取りするようにくるりと体を回してみほと西から零を引き離す。
「わっとと! あ、あの エリカさん?」
「まぁ、それはそうとして……なあに零? あなた、私と組むよりみほと組めて良かったって言うの?」
エリカの怜悧な瞳が、獲物を射すくめる狼のように零の瞳を見つめてくる。ボクササイズで鍛えられたエリカの手がやにわに腰に回され、体が密着して身動きが取れない。
「だ、ダメ! エリカさん、零さんを離して!」
「離せと言われて本当に離す馬鹿はいないわよねぇ あら、零ったらシャンプー変えたのね。いい匂い……」
みほは大好きなぬいぐるみを姉にとられた妹のように、ぽかぽかとエリカの肩を叩きながら訴えるが、エリカは見せつけるように、ご機嫌に零とダンスを舞うようにくるくる回ってそれを軽くいなす。
西は零たち三人を微笑ましく見守りながら、思いを巡らす。
この仲良し姉妹のように目の前で睦みあっている三人、一人は途轍もない苦悶と挫折から這い上がり、本年の戦車道全国大会を制した軍神の二つ名を持つ鬼才の将。もう一人は全国大会であの黒森峰女学園を真っ向勝負で打ち破り、大洗に次ぐ準優勝を勝ち取ったチームを率いた逸材。そして三人目は、若干二年生で日本最強の戦車道学校、黒森峰女学園の次期隊長の座に就こうという猛者中の猛者だ。
自分はこれからの高校戦車道最高の時代を、この三人と駆け抜ける事が出来るのだ。つまらぬ学徒の、歪んだ争名争利の泥沼から我が君が自らを救い出し、この場に立たせてくれた。ならば私は、私の戦車道で、この人物達と、一朶の雲を目指してこの道を駆け抜けてみたい。
西絹代よ、この時代に生まれた幸運、決して無駄にはしまいぞ――
ぶるぶると、武者震いする手を固く握り、西は決意を新たにする。
それにしても、我が君はやたらと人に好かれる。本人が心優しく、尚武の心を重んじ、しかも軽戦車であの撃破不可能と言われた黒森峰のティーガーⅡを、魔法のような三点速射で屠るほどの底知れぬ逸材。戦車道を嗜む者であれば、誰しも心惹かれずにはいられまい。
しかしながら――自らが惚れ込んだ桔梗の君が、好き勝手に玩ばれるのは気分の良いものではない。私は西絹代、知波単の戦車道を体現する者。ならば一心不乱の突撃こそ、我が進むべき道だ。
「我が君! あちらに美味しそうな甘味処があるようですね、行ってみましょう!」
西が鮮やかな体捌きで、エリカの腕の中から零を絡め取り、団子を焼く美味しそうな匂いを漂わせている甘味処へと零を抱えて躍り込む。
「西さんすごい! なんて早業!」
「わたくし、同輩の将と、『があるずとおく』をしてみたいと常日頃より夢見ておりました! さぁ、西住さんも逸見さんもお早く! 今夜はお互いに語り合い親交を深めましょう!」
「ちょっとこら、待ちなさい! ほらみほ! ぼうっとしてないで追いかけるわよ!」
「う、うん」
西の早業に目を丸くするみほに手を差し出し、エリカも団子屋へと足を速める。
ぐいぐいと力強く、しかし無暗に引っ張るわけではなく、エリカがこちらを気遣っている事に胸に少しチクリとしたものをみほは感じる。少し前まで、互いに手を取り合う事などもう二度と出来ないと思っていたかつての仲間。最愛の姉の手によって成される筈だった黒森峰の幻の十連覇、逃げ出した先で心ならずも再び歩むことになった戦車道、ずっと夢見ていた心底気が合う初めての友人達、途轍もない困難に遭遇しても、こんな自分をずっと信じ支えてくれた戦車道を共にする大洗の仲間達。
そして――戦車に乗る楽しさを思い出させてくれた一人の好敵手。
――私の経験から言うと、物事は楽しもうと思えば、どんな時でも愉しめるものよ。もちろん、楽しもうと固く決心することが大切よ―― みほの胸に、様々な思いと共に、大好きな『赤毛のアン』の一節が浮かぶ。
廃校という未曽有の危機を全国大会の優勝で乗り越えた今、重くプレッシャーを感じる必要はない。習い事の発表会のように、皆で普段の練習で培った成果を存分に発揮するまでだ。一生懸命に戦う中で、エリカやまほ、初めての練習試合からずっと見守ってくれたダージリン、決勝戦で応援にまで来てくれたカチューシャに、自身と大洗の成長した姿を見てもらう事が恩返しになる筈だと、みほはこのエキシビションマッチへの決意を新たにする。
秋も近づくが日暮れは遅い、太陽は未だに水平線の間際を揺蕩う。明後日のエキシビションマッチ開催まであと少し。大洗のとある賑やかな金曜日の夜が始まろうとしていた。