しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十七話

 

 エキシビションマッチ本番をいよいよ明日に控えた大洗のとあるホテルの一室。その部屋の椅子に腰かけ、スタンドの光を頼りに一心不乱に机に向かう一人の小柄な少女の姿があった。

 

 時刻は午前零時を回ったが、机やベッドの上には膨大な量の書籍が転がり、床にはゴミ箱から溢れたくしゃくしゃに丸まった紙が幾つも転がり、この部屋の住人が何かを必死に思案している様子が覗える。

 

 何かを考え、腕を組み、これはという案を暗中模索し練りだしていく。手元には大洗の詳細市街地地図があり、コンパスや定規などで距離を測り、戦車乗りだった曾祖母から受け継いだ算盤でパチパチと慣れた手つきで計算して地図に数値を書き込んでいく。机上に広がる地図は書き込んだ文字や線で埋め尽くされていた。

 

 そこに、コンコンと扉をノックする音が響く。

 

 「開いてるわよ、入りなさい」

 

 目線を地図に向けたまま、少女がノックした相手に入室を促す。こんな時間に自室を訪ねてくる人間はプラウダに一人しかいない。

 

 「失礼します、カチューシャ」

 

 扉を開け、部屋に入ってきたのはプラウダ高校戦車道の副隊長を務めるノンナだった。

 

 「ノンナ…… ふゎ……ぁ どうしたの? みんなはもう寝たの?」

 

 ノンナの顔を見て少し緊張が緩んだのか、欠伸を噛み殺しながらカチューシャがノンナに顔を向ける。努めて威厳を保とうとするが、気を許した副官が相手ならば少し肩の力が抜けるのも致し方無い。

 

 「はい、昼間の机上演習で精魂尽き果てたのかそれはもうぐっすりと。ホットミルクをお持ちしました、少しご休憩されてはいかがかと思いまして」

 

 そう言ってノンナがカチューシャの机にホットミルクを置く。温かなミルクから醸し出された甘い香りがカチューシャの鼻孔をくすぐる。

 

 「もうっ、こんなの飲んだら眠くなっちゃうじゃない! まぁ、折角だから頂こうかしら」

 

 そう言いながら白磁のマグカップを手に持ち、くぴくぴとミルクを飲む姿はまるで子リスのようだ。その暴力的なまでの可愛らしさにノンナは思わず身悶えしそうになる。

 

 「そういえば、クラーラは大丈夫なの? 日本の夏は初めてだって聞いてたけど」

 

 「クラーラなら今のところ心配ありません、就寝前に彼女と話をしましたがもう慣れたとの事です。とは言え、ロシアと比べると日本の夏はかなり過酷との事ですので、なるべく無理をさせず、目を離さないようにしています」

 

 このエキシビションマッチから、初めてプラウダの戦車道に合流する留学生の事を気遣う話題から始まり、戦車の整備状態や隊員達のメンタルや体調など、事細かく話を進めていく。その姿は正に息の合う隊長とその右腕といった印象だ。そして、よく気の付く副隊長は、隊長の疲労の色を見逃さない。

 

 「カチューシャ…… 貴女が思慮深く、何事にも綿密な策を練る方というのは重々承知しています。ですが、過ぎたる夜更かしは体に毒です。そろそろお休みになられては? 睡眠不足では、良い指揮は執れませんよ」

 

 カチャーシャは試合前はいつも極限まで自分を追い込む。体力ではほかの隊員にどうしても劣ってしまう為、それを頭脳と指揮でカバーしようと幾重にも作戦を練り、最高の布陣で敵を迎え撃とうと必死の努力を怠らない。しかしその反動で、試合中に体力が切れて猛烈な睡魔に襲われる事もしばしばだ。

 

 「ありがとう、ノンナ。だけど、もう少しでいい解が見つかりそうなの。それに、私たちの相手がしまなみと決まったからには、手抜かりの無いように備えないと」

 

 そう言ってカチューシャは自身の書き込みで真っ黒になった大洗の地図を見渡す。びっしりと各地点の標高や、最適な射線などが丁寧に書き込まれており、戦車道を志す者であれば、見惚れるような出来栄えの青写真である。

 

 今回のエキシビションマッチでは、守勢側に大洗・しまなみ・知波単が、攻勢側に黒森峰・プラウダ・聖グロに分かれて試合が行われる。また、特別ルールとして、大洗は汽水湖の涸沼方面から攻め上がる黒森峰を、しまなみは海沿いの国道51号線から進軍するプラウダを、そして知波単学園はアクアワールド方面からの聖グロリアーナの攻勢を個別に迎え撃たねばならない。

 

 更に試合開始から一時間が経過するまではどの校も他校と合流禁止となっているので、一校同士のタイマン勝負を最低でも一時間繰り広げる事になるのだ。

 

 「ノンナ もしあなたがミホーシャだとして、絶対に私たちに奪取されたくないポイントは何処かしら?」

 

 電気スタンドに照らされる大洗の地図を前にして、カチューシャがノンナに問い掛ける。

 

 「そうですね…… 私がみほさんだとすれば……」

 

 ひと時思案した様子のノンナが、すっと指で地図の中央付近、市街地を一望の元に収める事が出来る高台を指差す。

 

 「ふふっ 流石はノンナね」

 

 カチューシャはホットミルクを飲みながら、満足気に微笑む。

 

 「ミホーシャなら、黒森峰が相手でもきっと一時間耐えきるでしょうね。その後に見晴らしのいい高台の古墳群か、海防陣屋跡あたりに狙撃陣地でも構築されたら一大事だわ。そうなる前に、なんとかしてしまなみの防御網を突破しないと……」

 

 カチューシャ達が進軍する国道51号線沿いには、国の研究施設等が存在し、その区域一帯は厳重な砲撃及び立ち入り禁止区域になっている。つまりプラウダは立ち入り禁止区域と砂地で足場の悪い海岸に挟まれた狭い回廊を嫌が応にも押し通らねばならない。しかもその先には、戦車としては最大級の主砲を持つ孤高のARL44、驚異の88ミリ砲ハイサイクル射撃を誇る二両の五式中戦車、全国大会で西住まほのティーガーⅠを屠った手練れと、大会で驚異的な命中率を記録している狙撃手が乗るⅣ号突撃砲二両が待ち伏せている。

 

 おそらくこれらの車両の隙の無い火網を突破しても、手練れのM15/42とソミュアS35の中戦車ダブルコンビ。そして精密無比なスポットバーストショットを繰り出す隊長車のstrv m/40Lが狼の群れの如く襲ってくるだろう。

 

 相手が素人丸出しの集団であれば、カチューシャもここまで警戒しない。しかし、この凄腕の門番達を従えるのは、準決勝で黒森峰を下し、西住みほ率いる大洗に次ぐ準優勝を初出場の無名校にもたらした逸材である。もし一時間耐えきられて市街地戦闘に引きずり込まれたら全車両で刺し違える事も覚悟しなければならないとカチューシャは考えていた。

 

 大きな犠牲を強いられるであろう激戦を予想し、スタンドに照らされたカチューシャの顔にうっすらと影が差す。

 

 そんな隊長の様子を目の当たりにし、傍らに立つノンナの手がカチューシャの小さな手にそっと差し伸べられた。二つの手が重なり合い、互いの体温が伝わりあうのが分かる。

 

 「カチューシャ 昨年の全国大会、車長を失った黒森峰のフラッグ車を撃てと命じられた時に感じた、身を焼き尽くすような歓喜…… 私は今日まで忘れた事はありません。気高く聡明なる貴女の下知であれば、私達は喜んで敵を貫く肉弾となり、全てを焼き尽くす炎となり、主を守る盾となります」

 

 昨年の戦車道全国大会。荒天の中、川に滑落した車両の乗員を救う為に川へ飛び込んだ西住みほ。車長を失った黒森峰のフラッグ車へ、情け容赦なく砲撃の命を下したカチューシャ。あまりにも対照的な決断を下した二人。

 

 黒森峰を破り優勝を勝ち取ったプラウダを待っていたのは勝者への称賛だけでは無かった。人名救助中の砲撃を非難する声、黒森峰の前人未到の十連覇を「卑怯な砲撃で奪った」といういわれなき批判、まるで「お前達は勝つべきでは無かった」とでも言うかのような苛烈なバッシング。それをカチューシャは只一人、その身で一身に引き受けた。プラウダの皆を守るために。

 

 厳烈にして傲慢、気丈で癇癪持ちのプラウダ稀代の暴君と世間から有り難くない評判までもらったが、カチューシャは我関せずとチームの皆をずっと鼓舞し牽引し続けていた。今度こそ、この愛すべきちびっ子隊長を、正当なる激賞と歓声が響き渡る表彰台に押し上げたい。プラウダの隊員の心は一つだった。

 

 「わ、わかったわよ。ありがとうノンナ…… あ、でも! 私は絶対にみんなを肉弾にしたり盾になんてしないわよ! みんなで力を合わせて勝つの! ミホーシャから教わったんだから!」

 

 いつになく、真剣な面持ちのノンナに少し気圧された様子のカチューシャがノンナを見上げる。人から見降ろされるのを何よりも嫌うカチューシャだが、ノンナだけは特別だ。

 

 「ふふ、わかりました。ですが、夜更かしは程々にしなければ駄目ですよ。何か私に手伝える事はありませんか?」

 

 「あ、それじゃあ弾道計算を手伝ってちょうだい! ノンナが手伝ってくれればあと少しで眠れるわ!」

 

 「はい、喜んでお手伝い致します。カチューシャ様」

 

 そうしてノンナがカチューシャの隣に腰かけて、滑らかな手つきで計算機を弾く。まだカチューシャとノンナがプラウダの隊長・副隊長になる前は、こうして二人で夜通し練習試合の反省会や、とりとめのない話をしながら夜更かしをしていたものだった。二人だけの夜は、まだもう少しだけ終わりそうにない。

 

 

 時刻は少し進んで、薄っすらと空に明るみが差してくる夜明け前。しまなみ女子工業学園戦車道隊長の大垣零は、修学旅行の朝のように大部屋で寝静まるチームメイト達を起こさないように、そっと合宿所を抜け出して学園艦の甲板上をランニングしていた。太平洋から吹く穏やかな風が零の頬を撫で、息も軽やかに学園艦のランニングコースを駆け抜ける。

 

 「大垣会長! おはようございます!」

 

 「はい、皆さんおはようございます」

 

 道中、朝練と走り込みに精を出す運動部員と挨拶を交わしてダッシュを競争して汗を流し、

 

 「あら、零ちゃん 朝から精が出るわね!」

 

 「おはようございます、奥様。いいお天気ですね」

 

 朝早くから開店準備に勤しむパン屋の奥方と、朝の挨拶を交わして街並みを駆け抜ける。いつもはチームの誰かが起きていて一緒に走っているが、こうして一人で走りこむのも偶には悪くない。そうして、学園艦の外周部にある眺望の良い天文広場にたどり着いた。

 

 顔を出しつつある太陽が大洗の町を少し眩しく照らし出す。海も光り輝き、空には雲一つない青空が広がっていて、零は思わず息をのむ。明日、自分達は高校戦車道屈指の強豪達と、この最高の舞台で技を競い合う。思わず零は、胸の前で手を合わせ、目をつぶる。そうして、エキシビションマッチの勝利と安全を、昇る朝日に静かに祈る。

 

 「零!」

 「え? あ…… ルイーズさん。それにみんな」

 

 丁度祈り終えた零が自らを呼ぶ声に振り向くと、そこにはARL44を操るカトレアチームのメンバーが揃って立っていた。どうやらこっそり抜け出した零を追いかけてランニングに出掛けたようだ。

 

 「なんや零はんも水臭いな~ ランニング行くんやったらウチらも誘ってくれたらええのに~」

 

 「ごめんねエステルさん、皆毎日遅くまで頑張ってるから起こしちゃ悪いかなと思って……」

 

 操縦手のエステルが零に後ろから抱き着きつつ、肩越しにわちゃわちゃと話しかけてくる。エステルの距離感を感じさせない振る舞いも最初は戸惑ったものだが、今は慣れて気易くとても安心出来る。 

 

 「同感だね、エステル。プリンセス、護衛騎士を置いて出奔とは全くいただけないな」

 

 「レオンティーヌさん…… あ、あの プリンセスは恥ずかしいからやめてって…… んむ!」

 

 砲手のレオンティーヌがそんなワガママは聞けないなと、零の口にミニクロワッサンを差し込む。多分先ほどのパン屋さんの一品だろう。美味しい物には目が無いフランス人留学生をも唸らせるあの店はレオンティーヌ達もお気に入りだ。

 

 「まぁ……とっても芸術的な眺め…… 零さんと皆でこんな素敵な景色を観られるだなんて最高ですわ」

 

 「ペトラ、私も同感。隊長…… この一戦、私達が誰よりもこの舞台で活躍して見せるから」

 

  うっとりと、昇る朝日に照らし出される大洗の街並みに見惚れながら装填手のペトロニーユが呟き、零の隣に寄り添うように立つアニエスが手を握り、エキシビションマッチの活躍を誓う。

 

 「もう、私達を差し置いて一人で活躍を宣言するだなんて…… ずるいですわアニエス! 零さん、私の活躍も是非見ていて下さいまし!」

 

 「う、うん 勿論だよペトロニーユさん。アニエスさんも、みんなも期待しているからね」

 

 自らの手を強く握りながら、エキシビションマッチでの活躍を誓うペトロニーユとアニエスに少し気圧されつつ、零は二人に返事をする。フランス人留学生であるカトレアチームのメンバーは自己主張がはっきりしていてハートが強い、それに勝利に対しても真剣で貪欲だ。そんな彼女達の前向きな姿勢は、他の戦車道履修生達にとてもいい刺激になっている。

 

 「零、やっと貴女と一緒にこの地で戦える……」

 

 ルイーズが目線をまっすぐと朝日に瞳を向けながら呟く。しまなみが戦車道を立ち上げて、大洗で行われた初めての練習試合。あの時、カトレアチームは出場車両数の制限で置いてけぼりを食らい悔しい思いをした。今度こそ、零と、そして仲間達と一緒に肩を並べてこの大洗で戦えるのだ。

 

 「なぁなぁ、零はん! さっきしよった、お祈りの仕方。ウチらにも教えてや~」

 

 エステルが人懐っこい笑顔を浮かべ、楽しそうに零に話しかける。

 

 「えっと…… まず、胸の前で手を合わせて目をつぶって そうしてお日様に祈る感じで」

 

 零の言葉に倣って、カトレアチームの五人も揃って胸の前で手を合わせて目をつぶる。

 

 「ウチらしまなみの戦車乗りに勝利を! ARLちゃんにも神さんのご加護を!」

 

 「我らに輝かしき勝利を、プリンセスとチームの皆を守る力をどうか我に」

 

 「我が全身全霊の装填をお守りください、祖先の魂も天よりどうかご覧あれ」

 

 「日出国に在りし戦車女子にどうかご加護を 我、知識と足を持って主に勝利をもたらさん」

 

 六人で横一線に並んで、思い思いに朝日に祈る。一分かそれ以上か、皆で力を込めてエキシビションマッチでの健闘を祈る。

 

 「さてと……お祈りはおしまい そろそろ飢えたオオカミどもが目を覚ます頃だし、帰って朝食の準備をしましょうか」

 

 「そうですわねルイーズ、そろそろパン屋さんが配達に出る頃ですわ。早く帰って準備を致しませんと」

 

 今朝の朝食当番はカトレアチームだ。彼女達が作る具沢山のバゲットサンドは一流の料理人が作ったような美味しさで、朝一からハードワークを重ねるしまなみの戦車道履修生達を支える大事なエネルギー源である。

 

 「ん? そういやルイーズ さっきはどないなお祈りをしてはったん?」

 

 「もちろん、エキシビションマッチの勝利と安全よ。それから……」

 

 「それから?」

 

 エステルの問いかけにさらりと答えていたルイーズだったが、頬がみるみる内に紅くなっていく。そうして、わたわたと取り繕うように靴紐を解いて結びなおす。

 

 「さてね、内緒よ内緒! さぁ、みんな早く帰るわよ!」

 

 「え~ そないな事言われたらめっちゃ気になるやん。どしたんルイーズ、顔真っ赤やで~」

 

 尚も食い下がるエステルを振り切るように、ルイーズが足早に帰りを急ぐ。

 

 和気藹々と、賑やかに帰りを急ぐカトレアチームのメンバーの様子を見て隊長である零も安心する。主にフラッグ車を務める事が多い彼女達はしまなみの攻守の要であり、チーム全体に推進力を与える精神的な支えだ。

 

 「どうしたの零? 早く帰るわよ」

 

 思案の中、少し歩くのが遅くなっていた零を気遣って、ルイーズが手を差し出してくる。零が無意識にその手を握り返すと、ルイーズの手から温かな体温が伝わってくる。

 

 高校戦車道四強の内の三強を迎え撃つ戦いだ。激戦になることは必至、厳しい戦いになるだろう。しかし、ルイーズ達やチームの皆が一緒であれば、きっといい戦いになる。心に霧のように漂う不安も、ルイーズの手の温かさが吹き飛ばしてくれた。大洗会戦を前に奮い立つ気持ちを覚えつつ、零は隊長としての務めを果たす為に、先ずは今日の仕事をしっかりこなそうと気持ちを集中させる。

 

 

 そうして再びの朝日を迎えた翌日。天気は快晴、風も微風という絶好の戦車道日和となった大洗では、朝から慌ただしくエキシビションマッチの開催に向けて準備が行われていた。各校の戦車も連盟による車検が行われ、夏の日差しを浴びて砲身を鈍く光らせながら開幕の号砲を静かに待っている。

 

 そうして賑やかなファンファーレと共に始まった開幕式では、戦車道連盟会長の開幕の宣言を皮切りに、来賓や地域の名士の挨拶が続き、いよいよ各校生徒が一堂に会しての開幕の挨拶の時が来た。

 

 「各校隊長、副隊長は前へ!」

 

 審判長の蝶野亜美の声で、六校の隊長・副隊長が前へと歩みだす。副隊長のノンナを隣に従えたカチューシャも、のしのしと歩みを進める。

 

 試合の開始を間近にし、この時ばかりは賑やかな観客も静まり返る。戦を前にした、肌がピリピリするような緊張感。いくら各校の交流を趣旨としているエキシビションマッチと言えども、それはいつも変わらない。

 

 カチューシャはこの開幕式の挨拶があまり好きではない。試合相手から無遠慮に見下されるのが嫌なのと、その様子が衆目に晒される上に、ノンナが悪いわけでは無いが長身の彼女が隣に並ぶと自らの身長が対比され、より目立ってしまうからだ。

 

 しまなみ女子工業学園の隊長と、フランス人留学生の副隊長がこちらに向かって歩いて来る。大一番を前にしているというのに、生意気にも妙に落ち着いていて、初心者上がりの上ずった雰囲気は微塵も見えない。

 

 夏の大会の準決勝では、大洗を舐めて掛かって痛い目を見た。だから今度は何があろうと絶対に容赦はしない。渡河の最中に立ち往生した敵に声援を送る甘ちゃん共など、二度と戦車に乗りたいと思えなくなる位に蹂躙してやると、カチューシャは黒く気炎を滾らせる。

 

 そうだ、まずは先手を取って、いつも通りノンナに肩車をしてもらいこちらから真っ先に上から見下してやろうとカチューシャは思いを巡らす。だが、そんなカチューシャの思惑は思ったよりも早く破られることになった。

 

 「初めましてカチューシャ隊長、大垣零と申します。今回、プラウダ高校の皆さんと戦えるこの日を楽しみにしていました。本日はどうぞ宜しくお願い致します」

 

 丁寧な挨拶と共に、しまなみの隊長の瞳が、自分と同じくらいの高さにあった。

 

 カチューシャと向かい合わせに立ったしまなみの隊長が、突然地面に片膝を突いて自らに挨拶をしてきたのだ。カチューシャは驚いた、試合前にこんな事を自分にしてきた相手は初めてだったからだ。これが自身の低い身長に対する嘲りであったり、何かのパフォーマンスであればカチューシャは容赦無くしまなみの隊長を殴り飛ばしていただろう。だが、人の敵意に人一倍敏感なカチューシャにも、大垣零の表情と瞳からはそんな事は微塵も感じられない。媚び諂いでは無い、同じ戦いに赴く者への純粋な敬意だけが感じられた。

 

 「カチューシャ様 大垣隊長が手を……」

 

 「ふぇ? あ…… ふ、ふん! ええ、こちらこそよろしく! 甘ちゃんの貴女たちなんて、このカチャーシャ様が容赦なく徹底的に教育して蹂躙してあげるから精々覚悟しておくことね!」

 

 突然の事に、ノンナから声を掛けられるまで思考が追い付かなかったが、すぐに我に返って差し出された零の手を握手で強く握り返し、憎まれ口付きではあるが、精一杯に胸を張りつつ零に対してしっかり挨拶を返す。

 

 だが零も、少しきょとんとしていたが、落ち着いた様子でカチューシャに宜しくお願いしますと微笑みながら返す。先手を取って強い言葉で打ちのめしてやって、主導権を握ってやろうと思っていたが、どうにも上手くいかない。カチューシャは直感で感じる、これは厄介な相手だと。

 

 「も、もう いつまで膝を突いちゃってるのよ…… あなたに悪気が無いのは分かるけど、一校の隊長ともあろうものが試合前に相手に膝を突いたりしちゃ駄目よ。隊員だって見てるんだから……」

 

 そう言いながら、跪く騎士を姫君が立たせるようにカチューシャが手を持ったまま零をその場から起き上がらせる。そうして、零の膝についた土をぱたぱたと手で払い落す。その様子はまるで世話焼きの姉が妹の世話を焼いているように見えてなんだか微笑ましい。 

 

 「あらあら カチューシャさん、大垣さん。そろそろよろしいかしら?」

 

 そこに、二人を見ていた蝶野亜美から声が掛かる。他校の隊長・副隊長の試合前の歓談は当に終わっていて、既に整列を済ませている。それに気づいたカチューシャと零は慌てて整列し直す。

 

 「それではこれより、大洗女子学園・知波単学園・しまなみ女子工業学園 対 聖グロリアーナ女学院・黒森峰女学園・プラウダ高校の試合を行います。一同、礼!」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 澄み切った夏の青空に、溌剌とした戦車乗り達の挨拶の声が響き渡り、開幕を待ち侘びていた観客達から堰を切ったように割れんばかりの拍手と歓声が生徒達に贈られる。

 

 そうして開幕式を終えた選手達は、それぞれ所定の持ち場に移動し試合開始の時を待っていた。

 

 「全く、とんだ恥をかいちゃったわ!」

 

 カチャーシャは大洗町の西側のプラウダの陣地で自らが車長を務めるT-34/85のハッチから身を乗り出し、ノンナと作戦についての最後の打ち合わせを行っていた。いつもの如く腕を組んでぷりぷりと怒りのオーラを発してはいるが、どことなくそわそわして見える。

 

 「ふふ、カチューシャ様 大垣さんが気に入りましたか?」

 

 「んなっ!? バカ言わないでノンナ! あんなヤツ、ちっこい戦車ごとスチームローラーで轢き潰して細かく刻んでペリメニのお惣菜にしてやるんだから!」

 

 かなり酷い事を言っているようだが、カチューシャは無駄な事に脳のリソースを割く事は無く、興味がない相手にはそもそも何の関心も示さない。それに対象への関心の幅が大きい程、悪態の幅も大きくなる癖がある。初対面でカチューシャにここまで言わせるのだから大垣零も大した者だとノンナも一人感心していた。

 

 「それよりもどうなの? ノンナの見解は?」

 

 「そうですね…… カチューシャ様に敬意を払う態度は極めて好感が持てます。しかし人間性は別として、あの10トン足らずの軽戦車を駆使して試合では驚異のワークレートを記録している選手です。西住まほさんや、アッサムさんが言っていた通り、決して油断してはならない相手かと。それに、後ろに控えていた副隊長は、ARL44での無視界射撃で4キロ先の黒森峰の重駆逐戦車を屠る大仕事を成し遂げています。個人的にはあちらも最大限警戒するべきだと考えます」

 

 「……」

 

 カチャーシャはしばし黙考し、愉快そうに口角を上げる。

 

 「『ブリザードのノンナ』にそこまで言わせるとはね…… なかなかいいじゃない、お昼寝をする暇も無さそうな相手で良かったわ」

 

 その表情に思わずノンナは見惚れ、背筋が戦慄く。そこには可愛らしい少女の顔では無い。古今稀有のカリスマ、この戦いに全力を注ごうとする、戦車道を愛してやまない一人の戦車乗りの相貌があった。

 

 

 その頃しまなみも、戦車の点検を終えて各車両の車長が集い最終ミーティングを行っていた。

 

 

 「プラウダの皆さんを玄関でお出迎えってわけだけど、かどちゃんはどう思う?」

 

 「狭い回廊を通る戦車隊を、絶好のロケーションで待ち伏せるか…… その構図だけで見ればこちらが断然有利だな。だが相手は……」

 

 「そう、相手は智謀兼武の地吹雪のカチューシャです。そして隊員の練度も士気も非常に高い。昨年の全国大会優勝校でありその実力は折り紙付きです」

 

 五式中戦車を操るツバキチーム車長の室町椿の問いかけに、もう一両の五式中戦車・ウメチーム車長の長原門野が答える。待ち伏せる側が有利なロケーションである事は間違いない。しかし、そこに冷静な判断に優れるⅣ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセが、プラウダは決して侮る事は出来ない相手だと付け加える。

 

 「狙撃要員としては、視界がクリアな事が重要。あと敵の位置情報をリアルタイムで知りたい」

 

 「響、それなら任せて。私とエレナで威力偵察しまくるから片目つぶってよく狙っておいて」

 

 もう一両のⅣ号突撃砲・ドクダミチーム車長の音森響の言葉に、M15/42中戦車・アマリリスチーム車長のマルティーナが指を銃の形にして「バン!」と言うと、音森も「うぅっ!やられた……」とその場に崩れ落ちる。試合を前にしても、おふざけが出来るほどに彼女たちは明るく前向きだ。

 

 「エレナ、貴女達の眼が勝利の鍵よ。ロードランナーの役目、頼りにしてるわ」

 

 「Rog!! じゃなかっタ、了解! 諸君のエスコートは任せておきたまエ!」

 

 ARL44を操るカトレアチーム車長のルイーズに、もう一両のM15/42中戦車・オニユリチーム車長のエレナがハイファイブで応え、握手し手を叩き合う。華麗なハンドシェイクをして見せる二人の息はピッタリだ。

 

 「側面警戒と、マルティーナとエレナさんの護衛。そして敵陣への陽動と攪乱は私と朝河さん、荒川さんで務めます。タフな仕事になりますが、二人が一緒じゃないと出来ない役目です。宜しくお願いします」

 

 「はい、零隊長! お供させて頂きます!」

 

 「勿論! 地獄の果てまでお付き合いしますよ~」

 

 Strv m/40L・キキョウチームの車長であり隊長を務める大垣零に、二両のソミュアS35、ユズリハチーム車長の朝河潮美が溌剌とした声で応え、ガーベラチーム車長の荒川四葉も零の手を握りながら楽しそうに返事をする。だが二人は知っている、零が自分達を連れていく時は、本当に困難な作戦の時な事を。激戦を予想し、二人は体を武者震いを駆け巡るのを覚える。

 

 そこに、試合開始5分前のアナウンスが入る。いよいよだ。各車両の車長と乗員達に緊張が走り、闘志が漲る。

 

 「各車両の車長は声を出して、互いに連携していきましょう。気楽にいこうとは言いません。ですが気負いせず、冷静にいつもの訓練通りにいけば自ずと道は開ける筈です。皆さんと磯前神社で再び会えるのを楽しみにしています」

 

 「了解!」

 

 零が車長全員に声を掛け、車長達もそれに溌剌とした声で応える。こういう時に、格好よく締める言葉が言えたらなぁ……と零は思うが、柄にも無いことは言えないかと言葉なく一人ごちる。夏の灼熱地獄のような日差しの下、チームの皆で鍛錬し、技を鍛え抜いた。後は仲間を信じ、チームが少しでも前進出来るように、皆が最高の仕事が出来るように死力を尽くすのみだと零は自らの意識を集中させる。

 

 会場では大型ビジョンに映し出されるカウントダウンに合わせて、今や遅しと開幕を待ち侘びる観客達が足踏みし、カウントダウンの声を上げて合唱のような声を街に響き渡らせていた。

 

 各校の戦車も総員の乗車が完了し、唸り声のようなアイドリング音を響かせながらその時を待つ。

 

 「さぁ、行くわよ零 烈華も装填頼んだわよ」

 

 「了解龍ちゃん任された! 零ちゃんの射撃は私が支えるから、ガンガン飛ばしてってね!」

 

 「ありがとう烈ちゃん、むっちゃんも運転宜しく」      

 

 しまなみの隊長車、Strv m/40Lの車長と砲手を務める大垣零、そして操縦手を務める陸奥原龍子と、装填手と無線手を兼任する紅城烈華が声を掛け合い、手を叩きあう。彼女達も、半年に満たないしまなみの戦車道で数多くの修羅場を乗り越えて来た。互いの力で困難を乗り越え、強い絆で結ばれた者達だけが到達出来る一体感がStrv m/40Lを満たす。

 

 そうして間もなく、試合開始の号砲が雷鳴のように大洗の空に響き渡った。

 

 「さぁみんな! プラウダの誇りと強さを見せつけてやりなさい! Танки вперед!!」

 

 「Ураааааа! ! 」

 

 カチューシャの戦車前進の号令で隊員達が叫ぶ。そして、猛獣の咆哮のような臓腑に響く排気音を高らかに響かせ、大地を踏みしめる地響きの如き轟音を立てながら前進を開始した。

 

 

 総勢六校が激突する、鉄と油と硝煙に塗れた戦車の競演。エキシビションマッチの開幕である。

 

 

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