棺桶のように狭く、鉄錆のような匂いと、硝煙が燻る戦車の室内。
シェイカーの中に居るような至近弾の衝撃と、砲弾が装甲を削る擦過音に絶えず晒されても、車内には悲鳴一つ聞こえない。
穏やかな日常からかけ離れた状態に置かれても、乗員達は冷静に、取り乱す事無く各々の持ち場で役割を果たす。そして内に外に細かい点まで注意を怠らない。一目でその高い練度が見て取れた。
そんな中、車長席の主は名の知れた英国の窯元のティーカップを手に持ち、お気に入りの茶器を満たす芳醇な香気を放つ紅茶を一口に運ぶ。玉のようになって喉を通る雫と、華やかで甘い香りに心底満たされ、ほぅっと艶のあるため息を漏らす。
分厚い戦車の装甲を伝播してきた衝撃がカップを揺らし、一つの衝撃がまた幾つもの波紋を生む。幾何学模様のような波紋に見とれている内に、珍しくぷかりと一本の茶柱が立った。
「吉兆ね、試合中に茶柱が立つだなんて…… 勇敢で凛々しい殿方が花束を持って訪ねて来てくれるのかしら?」
「なんだか大洗の武部さんみたいですね…… 勇敢で凛々しい方々ならどうやらもう現れているようですよ、殿方では無いようですが……」
至近弾の衝撃で車内は動揺に晒されてはいるものの、英国式を標榜する校風に懸けて一滴たりとも紅茶を溢すとこは無い。しかしながら、ゴルフコースのバンカーに潜むチャーチルとマチルダⅡ三両を絶え間ない砲火が襲い続けていた。
「ふふ…… まるで"タンポポのブーケ"ね」
「知波単の新隊長、中々の統率力のようです。この火網は、そう易々と崩れそうにありません」
「いくらなんでも、あんな見え見えの誘い出しに乗るだなんて。親善試合とは言え、少々お戯れが過ぎたのでは……」
自身が満幅の信頼を置く砲手の分析と、有能な妹のような装填手の諫言にも、この戦車の主は落ち着きを崩さない。
「麗しい『男爵』のエスコートでダンスホールに招かれるのもまた一興…… 淑女たる者、お誘いを受けるときは受けなきゃね」
余裕たっぷりに話す車長の態度と表情からは、些かの動揺も不安も感じられない。
「それに……こんな言葉を知ってる? 国のために死んで戦争に勝った馬鹿はいない。戦争に勝つコツは、間抜けな敵どもが名誉の戦死を遂げるように仕向けることだ」
「アメリカの陸軍大将、ジョージ・S・パットン将軍の言葉ですね。それが今の私達の状況を表しているとおっしゃるので?」
自身に対して少し不安気な表情で返す装填手に、車長席の主はウィンクで返す。
「どうかしらね?状況は不利であればある程に戦は面白いものよ。さて……三つ子の魂百まで、馬鹿と煙は高い所が好きと言うわね。ルクリリ、そろそろ始めましょうか」
了解と返事を返す僚車の声に、車長席の主は口角を上げる。その表情は、まるで人を化かすのを生業とする狐のような狡猾さが薄らと滲んでいた。
一方、体よく聖グロリアーナ戦車隊をバンカーに追い込み、強豪を相手に一網打尽の布陣を敷いた知波単は沸きに沸き返っていた。
「西さん! 聖グロリアーナ戦車隊を穴倉に追い込むだなんて、一世一代の壮観であります!」
「釣り出しがまさかここまで上手く行くとは…… 西殿、聖グロリアーナ何するものぞ!」
「こらこら、皆早まるな。だがしかし…… この状況、悪くはないな」
逸る部下を諫める隊長の西絹代も、強豪校を追い込んでいる今の状況に満更でもない様子だ。
特に西にとってこの大会は知波単の隊長としての初陣。もし今が戦国の世であれば、自身の今後の運命を決すると言っても過言では無い大事な一戦だ。
きっちりと、美しく決まった鶴翼陣形で、派手に砲撃を続ける知波単隊。自身や先輩が散々辛酸を舐めさせられてきた相手を、今度は自分達が苦境に追いやっているという構図に、もはや自身の勝利を疑う者はいなかった。
更に、バンカーに追い込んだマチルダⅡよりもくもくと煙が広がり始める。
「おぉ、二両のマチルダⅡより白煙の発生を確認! 機関部を貫通した模様!」
「これぞ正しく、今こそ突撃にて雌雄を決せよという天啓! 勝利の狼煙に間違いありません! 西隊長、今こそ我ら知波単の力を見せつけてやりましょう!」
「いやいや待て ここは西住さんの言葉通り、聖グロリアーナを釘付けにして確実な撃破を優先するんだ」
逸る心を抑えつつ、西は血気盛んな隊員達を諫める。突撃に傾倒し、みすみす勝利を逃してきた戦は星を数えて余りある。西としても、故郷に錦を飾らんとする大洗、熱心に戦術指導をしてくれたみほに報いたいという心と、突撃だけではない、新たな知波単の強さを求めたいという気持ちがあった。しかし、すぐ目前に敵のフラッグ車が鎮座している状況が、西の思考を激しく揺さぶる。
「何を腑甲斐無い事を! 西さん! さては臆病風に吹かれましたかな?」
「何を言うか!」
「敵の旗頭は最早我らが手中に在り! 西殿、今こそ鎧袖一触!突撃しかありませんぞ!」
「西隊長、今こそ突撃を! この孔球場で我らの突撃三十六計を見せてやりましょうぞ!」
「むぅ…… し、しかしだな……」
隊員たちの突撃を求める大合唱に、西もたじたじだ。確実な勝利を求める理性と、突撃を求める自身の欲求の狭間で西は揺れ動いていた。が、隊員のこの一言で、遂に理性が決壊する。
「桔梗の君も、それを御望みの筈です!!」
桔梗の君―― 自身が我が君と慕って止まない、焦がれし心優しき戦車乗り。もしもここで、敵のフラッグ車を鮮やかに討ち取り、この戦役の主役に躍り出れば――きっと我が君も御歓びになるに違いない。
「う、うむ 私も聖グロリアーナ隊長の首級を上げて、我が君のお褒めに預かりたい!」
「決まった!」
主の腹が決まり、隊員が手のひらに拳を打ち付ける。
「よし、全車陣形を楔形陣「突撃ぃー!!」 てっ こら!! まだだ、まだ早い! 待て、待てったら!」
西の言葉を聞かず、堰を切ったように知波単の戦車が敵フラッグ車が待つバンカーへ向かいてんでバラバラに突っ込んでくる。その様子をペリスコープから目の当たりにしたチャーチルの装填手は仰天していた。
「そんな…… 折角ここまで私たちを追い込んでいたのに、それをみすみす棒に振って無謀に突っ込んで来るだなんて……」
「機というものは、熟してこそそれを摘み取る価値がある。まだまだ私の跡目を継ぐには経験と忍耐が足りないわね、オレンジペコ」
あまりの光景に言葉を失っている様子のオレンジペコを見て、愉快そうに車長席の主は微笑む。
「そういえばアッサム、このゴルフ場の『二つ名』を知っていて?」
「ええ、ダージリン…… 確か、『逆転の大洗』と……」
幾度も大逆転の名勝負の舞台となってきた、この大洗のゴルフ倶楽部の二つ名だ。自身の望む答えを返してくれる有能な砲手に、流石はアッサムと称賛を贈る。
「さて…… そろそろ良い頃合いね ニルギリ、出番よ。準備はよろしくて? 我が姉妹達よ 鬨の声をお上げなさい」
「あっはっは! 狭い場所に鈍重な亀のように身を寄せ合いおって! そんなに一緒が良いなら纏めて屠って……」
之字運動も入れず、真正面から威勢よく突っ込んできた知波単隊だったが、突如聖グロリアーナの戦車がエンジンを一斉にリミット限界までぶん回し始め、辺りにまるで地獄の番犬の咆哮のような爆音が響き渡る。それに驚いたチハの操縦主が思わず車両を急停止させてしまった。
その様子を最も後方から目の当たりにしていた西は総毛立つ。唯々団子になって防戦一方だと思っていたバンカー内の四両の戦車は、白煙が晴れるまでの僅かな時間で輪形陣の重防御態勢に陣形を転換させている。これでは楔形陣形も組まず、正面に火力を集中できない状態では敵のいい的になるだけだ。その上、速度が命の突撃にあって、聖グロリアーナの音響威嚇戦術で車両の前進が止まってしまった。西には、まるで全てがスローモーションのように感じられた。
西は全てを悟った。あぁ、これは罠だったのか…… 聖グロリアーナは我々にいいように誘い出され、攻め込まれているように見せて、本当にいいように誘い出され、手の平で遊ばれているのは我々だったのだ……!
「全車、せんじゅつてきてんしん――」
次の瞬間、一番先頭の車両が突然爆散したように爆ぜて回転しながら自身の車両のすぐ横を掠め転がっていく。そして次の瞬間には、二両の車両が聖グロリアーナ戦車隊の一斉射撃を受けてブリキ缶が潰れるような音を立ててひしゃげながら横転し白旗を上げ、また一両が謎の爆炎に包まれて白旗を上げる。まるで人が無慈悲に蠅を叩き潰すが如く、一両一両圧倒的な力を行使して、聖グロリアーナは知波単の戦車を揉み潰していく。
全ての砲声が止んだ後、そこに広がるのは正に圧殺という言葉に等しい惨状だった。ものの数分程の戦闘で、知波単学園の新砲塔を装備した最新鋭の九七式中戦車八両が無惨に骸を晒したのである。
西は単騎で運動戦を試み、果敢に応戦したものの、援護も無い状態では防御に優れるチャーチルとマチルダⅡを相手にするには分が悪すぎた。チャーチルの砲撃で履帯を切断された西の九七式中戦車は白旗こそ上がらなかったものの継戦不能となり、他の車両と同じく、擱座の憂き目を衆目に晒したのである。
「全国大会のしまなみ女子工業学園との戦いで見せたような集中力と突撃を期待していたのに…… 期待外れでしたわね」
チャーチルの砲塔ハッチから身を乗り出し、死屍累々と知波単の戦車が煙を上げて擱座する戦場を睥睨しながらダージリンが呟く。味方の損害はゼロという、ワンサイドゲーム。あまりに圧倒的すぎて勝ったという実感すら沸かない。
履帯を切断され、地面を抉りながら停止した知波単の隊長車のすぐそばで、西はハッチから投げ出され、泥にまみれ消沈し項垂れていた。戦車二個小隊に匹敵する、最新鋭のチハ八両がバターを溶かすように消滅したのである。西自身は楽天的な性格である。だが、この惨状を目の当たりにして、「敢闘及びませんでした」と言える程、心は強くは無かった。
「何故止めを刺されませぬ!? さぁ、早くお斬り捨て下さい!」
自身のすぐ脇を、悠々と通り過ぎようとする聖グロリアーナの隊長に西は叫ぶ。仲間達の車両は白旗を上げているが、自身の車両は履帯を切断されたのみだ。仲間と一緒に死んでやる事も出来ず、唯々生き恥を晒すのみ。西には到底耐えきれない事だった。
「そう、諦めると言うのね」
西は項垂れたまま此方に目も向けない。ダージリンとて順風満帆にこの地位に上り詰めたわけでは無い。過去に何度も大きな敗北を経験し、ここまでやってきた。だからこそ、今の西の気持ちは痛い程良く分かる。だがここで、社交辞令のように「いい戦いだった」と励ましてやった所で西には何の薬にもならない。これは西が自身が受け止め、己の力で乗り越えなければならないのだ。
――人生は学校である。そこでは、幸福より不幸の方が良い教師である。
ロシアの文学史家、フリーチェの言葉がダージリンの頭をよぎる。
「ならば、今すぐ荷物を纏めて帰りなさい。女らしく決断してさっさと棄権することね」
ダージリンの非情な言葉に、西は奥歯をぎりりと噛みしめ、両手で泥を握りしめる。喉に小石が詰まったようになり、両目の端から熱いものが流れてくる。あぁ……これが悔し泣きという物なのか……忸怩たる思いが西の心に溢れる。だが、ダージリンは西への詰めの手を休めない。
「極楽蜻蛉な貴女達のおかげで、聖グロリアーナは後顧の憂いなく大洗としまなみの後背を攻める事が出来る……勝利を献上してくれてありがとう。貴女達こそ、この大会のMVPに相応しいわ。聴こえる? 貴女がこうして敗北に浸っている間も、大洗としまなみは必死に戦っている」
遠くから響く絶え間のない砲声、それが大洗としまなみが黒森峰とプラウダを相手に戦っている証であることは明らかだった。
「もし貴女が名に恥じぬ生き方を望むのなら、必死に生きて恥を晒しなさい。泥に塗れようが、手の皮が破れようが。それが貴女に時間と資源を投資した人たちに報いるという事よ」
ダージリンの言葉にも、西の眼は開かれない。一度火が消え湿気てしまった炭には、容易に再び火はつかないものだ。だがダージリンはとっておきのひと言を準備していた。
「それに、貴女が『我が君』と言って慕うあの子は…… そんな弱い人間ではなかったわ」
「え…… 何故それを……?」
「あら、やっとこちらを向いてくれたわね ふふ…… では、ごきげんよう」
顔を上げた西にふわりと微笑みを浮かべ、ダージリンは操縦手のルフナに前進を命じる。一度動き出した戦車は思った以上に速い。あっという間に四両の戦車は西の元から離れていった。
チャーチルが巻き上げた土煙と排気煙が漂う中、西は思う。そうだ、私がこのような醜態を晒している今も、我が君や西住さん、そして逸見さん達は戦っている。
西は全身に力が蘇ってくるのを感じる。西絹代よ、お前はまだ戦える。立ち上がれ!顔を上げろ、涙を拭け! 両の手を握りしめ、西はゆっくりと大地を踏みしめるように立ち上がる。
「一朶の雲を掴むまでは坂道だ…… だが…… 下り坂よりはずっといい!!」
西が空に向かって叫ぶ、最早そこには敗北に打ちひしがれる敗将の姿は無い。
「西隊長……」
戦車の影から不安そうに、同じ隊長車でずっと自分を支えてくれている仲間達がこちらを見つめている。不安・恐れ・困惑・悲嘆…… 様々な心の色が彼女たちの表情から見て取れる。
「すまない皆、心配を掛けたな!」
どんな不安も一気に霧散するような、邪気を払うような溌剌とした声だった。そうして西は薄い青紫色の紐を胸から取り出し、自身の長く艶やかな黒髪を後ろで括る。そうして駆け寄ってきた乗員達に、力強い声で話しかける。
「これより我らは履帯を修復し、総軍に合流する。そして、大洗としまなみ両校の援護に回る! この戦……己が関ヶ原と心得よ! 総員、我に続け!」
力強く響く西の言葉に、乗員達も「応!」と応える。そうして全員で予備履帯を外し、履帯修復の作業に取り掛かる。私たちの隊長、「若」を再び戦駆けさせて見せる――強い決意を胸に、晩夏の強い日差しが照り付ける乗員達は声を掛け合い、土と埃と泥に塗れての作業を開始した。
「すごい! 知波単学園隊長車、履帯修復作業を始めました!」
双眼鏡で知波単隊長車を警戒していたオレンジペコが、立ち直った西達を見て声を上げる。あれ程の大敗北を引き起こし、その後の憔悴しきった様子から西が棄権するものと思っていたオレンジペコにとって、無謀な突撃と言い、大敗北からの立ち直りといい知波単には驚きの連続だった。
「全く、今鳴いたカラスがもう笑って…… 忙しい人たちね」
ため息交じりに紅茶を一口付けるダージリン。少し呆れているようだが、オレンジペコにはダージリンが嬉しそうに笑っているように見えた。
「さて、各車両長へ 状況を報告しなさい。クルセイダー隊は……」
「お待たせ致しました! ダージリン様! ローズヒップ、バニラ、クランベリー、ピーチ クルセイダー隊、華麗に参上でございますわー!」
フェアウェイを一糸乱れぬ隊形で進む聖グロリアーナの本隊に、木々の間から続々と姿を現した別動隊の四両のクルセイダー巡航戦車が合流を果たす。
「遅かったわねローズヒップ、知波単学園の側面警戒車両はちゃんと片付けたのかしら?」
「ご安心召されませ! 知波単の二両と皆で追いかけっこしていたらチキンレースみたいになっちゃいまして、でもでも二両が勝手に川にボッチャンしたので大勝利! 全く問題なしでございますですわ!」
なんだか頭が痛くなるような報告だが、勝利には違い無い。ダージリンは軽い頭痛のような物を覚えつつ、「よくやったわね、皆ご苦労さま」と返答を返す。主人からの誉れの言葉に、四両のクルセイダーはダンスのように履帯をスライドさせて喜びを表す。それはまるで、主人に撫でられた子犬がぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね回っているようだ。
「全く、あの子たちは……」
「いいのよ、アッサム。あの子たちはあれで。変に型に嵌めたら面白く無くなってしまうわ」
頭を抱えるアッサムに、ダージリンは微笑みながら返す。淑やかさを旨とする聖グロリアーナの戦車道にあって、跳ね返り娘ばかりのクルセイダー隊だが、彼女達を愛し、そこに何かを見出しているのも又、ダージリンであった。
「とは言え、側面強襲の役割を全う出来ていないのは問題ね。アッサム、試合後にクルセイダー隊と茶の湯の講習をするわよ」
茶の湯の講習―― 紅茶の文化を何よりも大事にする聖グロリアーナ女学院にあっても、抹茶を用いる日本的な侘び寂びの「茶道」もまた大事にされている。かつて荒くれ者揃いだった戦国武将達も、茶の湯で教養を高め、互いの心を理解しあったという。ダージリンもそれを狙っているのかもしれないが、そもそもあの落ち着きのない娘達が、長時間の正座に耐えられるのか……アッサムはいずれ目の前で繰り広げられるであろう惨状を想像し、苦笑いを浮かべる。
「こちらニルギリ、車両及び周辺に異常ありません。残弾は二十七発、いつでもいけます」
「了解、ニルギリのビショップとロータスのバレンタインは本隊の移動に合わせて大洗海岸南方に陣地変換。ロータス、砲撃陣地構築とニルギリの援護、宜しく頼むわよ」
「畏まりましたダージリン様、我が命に代えてもニルギリ様をお守り致します。聖グロリアーナに栄光あれ」
ビショップ自走砲を駆使するニルギリと、その護衛を務めるロータスのティーネームを持つ車長から無線で状況報告が入り、ダージリンが手早く指示を出す。
「ビショップ自走砲とドーザー付きのバレンタイン歩兵戦車…… ビショップはオープントップでは無いですが、不格好なドーザーブレードの導入といい、OGの御姉様方がよく了承してくれましたわね」
アッサムがタブレットを操り、無線でニルギリ達を新たなポイントに誘導しつつそう言葉を溢す。
聖グロリアーナの戦車道は「チャーチル会」「マチルダ会」「クルセイダー会」という3つのOG会の影響が非常に大きく、その運営に関しても口出しを許してしまっている状況が続いていた。それ故、二両の新車両の導入というのは前代未聞の大きな変化であると言えた。
「あらアッサム、私が三年間何も根回しをしていなかったと思って? 敵の中に味方を作り、自らを取り巻く環境を変えていくのもまた一つの戦車道よ」
「とは言え、ブラックプリンスやセンチュリオン…… トータス、チャーチルAVREの導入までには至らなかったけどね。あの二両も、今試合限りの特例よ。全国大会での使用はお許しが出なかったわ」
最初得意げだったダージリンだったが、ティーカップをソーサーに置き、残念そうに語る。聖グロリアーナも長い戦車道の歴史を持つ学校である。だが、その変革を好まない保守的な運営によってか、長きに渡り強力な重戦車を擁する黒森峰やプラウダの後塵を拝してきた。
武器と物量の劣勢を、類まれな知恵と戦術と技量で優雅に華麗に覆す――
誰もが憧れる映画やアニメのような展開だが、現実はいつも非情である。知波単程では無いが、聖グロリアーナも自らの歴史と伝統が呪いのように絡み付いていた。
ダージリンはソーサーを片手に、砲塔のハッチから身を乗り出す。太平洋から吹く風が頬を撫で、何とも心地が良い。そして完璧なフォーメーションを組み、自らの命に従う愛すべき姉妹達が自らの左右に広がる。彼女達と、皆と一緒に勝ちたい――ダージリンも又、幾多の敗北を味わい、勝利を渇望する将であった。
「深い絶望のその先にこそ、真の大望を見出せる筈…… 気張りなさい、西さん」
挫けそうな時に幾度も自分を励ましてくれた言葉を、今は遠くに見える西へダージリンは贈る。
履帯切断による戦線離脱一両、走行不能九両、知波単の残存車両は二両。聖グロリアーナは全車両健在。単独で相手チーム総戦力の約三割を殲滅した事を考えれば、初戦は正に聖グロリアーナの完璧な勝利と言える内容であった。
そして、聖グロリアーナは次なる獲物を求めて一路、大洗町の中心部を目指し前進を続ける。
すると、ダージリンがおもむろに胸のインサイドポケットから何かを取り出した。塗装が剥げ、長い年月を持ち主と共に過ごしたであろう事を想像させる子供向けのおもちゃのペンダント。
ぱちりと開くと、その中には半ソデ短パン、サンダル履きのわんぱくそうな女の子と、もう一人の女の子が仲良く笑顔で並ぶ写真が入っていた。
「さぁ…… 貴女はどんな味を醸してくれるのかしら…… 零、愉快な同窓会と参りましょう」