しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第二十九話

 

 昨日まで打ち寄せる波音と海鳥の鳴き声が響いていた大洗の長閑な海岸に、巨大な内燃機関がもたらす轟音と、耳を聾する雷鳴のような砲声が鳴り響く。

 

 隆々とした巨大な主砲を持つ、深緑色の二両の戦車を追い立てる三両の戦車は、ある時は楔形に、又ある時は斜行に隊形を素早く自在に変化させ、まるで熊を追い立てる郡狼のように、阿吽の呼吸の連携と、その小柄で軽快な車体を生かしたフットワークで自らに比べ遥かに巨大な車体と主砲を持つ戦車を恐れなく追撃していた。

 

 だが相手も負けてはいない。巧みなパワースライドで追撃をひっぺ返し、砂浜に広がる松林に逃げ込んだ三両を追って、二両のT-34/85も全速で突入する。しかし、先行する三両は木々の間をまるでジムカーナマシンがパイロンを通過する時のように、少しの接触も無く舐めるように進んで行くのに対し、二両のT-34/85はそそり立つ木々を薙ぎ倒し、力任せに突っ込んでいく。

 

 いくら30トンを超える車重と500馬力の大出力を持ってしても、地面に深く根差した木々をなぎ倒すには相当の運動エネルギーを失う。一本であればともかく、何本もの木を纏めて同時に薙ぎ倒すとなれば猶更だ。見る見る内に速度が減衰し、虎ばさみにかかった熊のように林でその身を悶えさせる二両のT-34/85を仕留めようと、三両の戦車が襲い掛かる。

 

 その中の一両が囮になるように、ジグザグに蛇行しつつヘッドオンで突っ込んでくる。

 

 向かってくるスウェーデンの軽戦車、strv m/40LはT-34/85と比べれば車重・装甲・火力等どこをとっても遥かに格下の戦車だ。動揺せず冷静に捌けば正面から撃ち抜かれる可能性はゼロに等しい。しかし、相手は高速スポットバーストショットの使い手が乗る戦車だ。重戦車の装甲を貫くのに特化した高速徹甲弾の三連射をまともにも喰らってしまったら、いくら防御に優れた戦車でも即座に白旗を揚げさせられる恐れがある。

 

 まるで熊が、羽音を響かせ向かってくる蜂を本能で払いのけようとするように、二両の戦車は闇雲に主砲を撃つ。しかし、肝の据わり方が尋常でない操縦手が操る軽戦車は、僅かに軌道を逸らすだけで二発の砲弾を紙一重で躱しきった。

 

 駆逐艦神風を思わせるような鋭い舵捌きを目の当たりにして、T-34の車長は総毛立つ思いで乗員に次弾装填を命じるが、乗員達も混乱し最早間に合わない。そうしてstrv m/40Lが相手の気を引いている隙に、二両の中戦車・ソミュアS35がT-34/85の側面に回り込み、砲塔のターレットリングに主砲を密着させて零距離射撃の態勢を取る。振り払おうとT34が車体を身を捩るように左右に振って暴れさせるが、獲物の喉元に喰らいついた狼のようにソミュアS35はしつこく纏わりついて離れない。

 

 そうして、車体が擦れて火花が散る程にがっぷりと組み付いたソミュアS35の主砲から三発の砲弾が連続して放たれる。自分達の主の必殺技には速度も精度も及ばないが、深くターレットリングを抉った砲弾は最強の中戦車の一角と言っても過言では無い二両のT-34中戦車から見事に白旗を揚げさせたのだった。

 

「ヨッシャぁ!! マルティーナ! 隊長サン達がT-34から白旗を揚げさせたヨ!」

 

「了解、こっちも負けてられないな…… いくよエレナ!」

 

 主たちのチームの勝利の報を受けて、イタリアの中戦車M15/42中戦車を駆るオニユリチーム車長のエレナ・カルネイロと、アマリリスチーム車長のマルティーナ・ビアンケッティも眼前に敵車両を見据えて闘志を燃やす。

 

 砂浜で自分達と対峙し続けている、高速で走り回る海生生物のシャコのような特異なシルエットの一両の戦車。側面強襲と偵察を任務としているであろう、BT快速戦車の最終進化型。BT-SV中戦車との闘いである。

 

「流石は天下のプラウダ高校、斥候役にこんな贅沢な戦車と手練れを回すだなんて驚き……」

 

 滑りやすく姿勢が安定しない砂浜でのタンクチェイス。しかしそんな悪条件を物ともせず、自らのすぐ背後で砲撃のタイミングを伺うBT-SVの優れた操縦技術を目の当りにして、マルティーナは思わず感嘆の声を上げる。しかもBT-SVは車両全面が避弾経始に優れた傾斜装甲で覆われていて下手に砲撃してもたちまち虚空へ弾き飛ばされてしまうのだ。

 

「だけど、いくら速くて硬くても……ミカさん達に比べたらどうってこと無い! エレナ!」

 

「あいヨ! 任せな相棒!」

 

 以前の自分達であれば、ものの三分程で討ち取られていただろう。しかし、こちらも短期間とは言え『継続のミカ』直々の猛稽古を受けた身だ。ミカ達が乗っていたⅠ号戦車C型の神憑り的な動きに比べれば、BT-SVの動きは直線的で捻りが無い。最早スローモーションの御遊戯だ。

 

 マルティーナの掛け声で、斜め後ろから突進してきたオニユリチームのM15/42がBT-SVの車両後部に車体を引っかけ、まるでハリウッド映画のパトカーの体当たりのように相手をくるりと半回転スピンさせる。一両が囮になって、それを追う敵をもう一両が後ろから仕留めるという、見事なロッテ戦術を目の当りにした観客達も拍手と歓声を上げる。速度を殺されたBT-SVは内燃機関を猛烈に回転させて再び加速を試みるが車両の前後をM15/42に阻まれ身動きが取れない。そして袋の鼠となったBT-SVの弱点である砲塔に、二両の戦車からの47mm砲の超近接射撃を試みる。

 

「マルティーナ! カウント!」

 

「了解! いくよ…… uno… due… tre!」

 

 マルティーナのカウントを合図に、BT-SVをサンドイッチにしたM15/42の主砲から同時に砲声が轟く。少しの間の静寂と、棚引く硝煙が晴れた時、そこに見えるのは討ち取られたBT-SVから揚がる白旗だった。

 

「お見事です! マルティーナ先輩! エレナ先輩!」

 

「ふわぁ…… お二人ともすっごくカッコよかったです~」

 

 無線に入ってくるのは、先ほど大物を討ち取ったソミュアS35を駆るユズリハチーム車長の朝河潮美と、ガーベラチーム車長の荒川四葉からの声だ。試合前の練習試合でこの二人に上手くブロックされて、自分達が守るべきフラッグ車を討ち取られてしまった。その後、今日の試合に至るまで幾度も走行訓練を重ね、ロッテ戦術の本場であるドイツの戦車道を知り尽くしているⅣ号突撃砲・クローバーチーム車長のベアトリーセの指導の下、猛練習を重ねてきた成果がここに見事結実していた。

 

「ふん これで先輩として、いいとこ見せられたかな……」

 

 無線から聞こえる可愛い後輩たちの声に、マルティーナとエレナはありがとうと短く返す。しかし、勝利に浸っている場合では無い。戦場は生き物の如く、刻一刻と変化するのだ。

 

「マルティーナ、もう一両接近中! 会敵まで凡そ4分、新手だヨ!」

 

「了解、エレナ 待てよ、この速度と距離なら…… ルイーズ、T-34/85が一両国道を北進中。オニユリチームと追跡を開始する。伯爵、出番よ」

 

 この距離であれば、ARL44を駆るルイーズ達カトレアチームの独壇場だ。そうして通信を終え、敵の詳しい配置や状況を偵察するべく、マルティーナは僚車のオニユリチームを伴い再びビーチの南下を開始する。

 

 展開が早く、少しでも気を抜けばすぐに逆転されそうな雲行きだ。脳がしびれるような、まるで細いロープの上で踊るような緊張感にマルティーナは思わず上唇をぺろりと舐める。

 

「エレナ、今日も長い一日になりそうね」

 

「そうだネ~ でも、いつもの練習に比べたらどうってコト無いヨ! 引き締めてイこう、マルティーナ!」 

 

 強い日差しを照り付ける太陽も南中にはまだ遠い。残暑厳しいじっとりとした蒸し暑さを感じて、マルティーナはパンツァージャケットの胸元を少しはだけさせる。

 

 海風に乗って流れて来る異国の潮の香も、チーズを愛するイタリア人には大自然のご褒美だ。

 

 今日だけで、一年分の思い出話が作れそう――タフな試合になる事を予感しつつ、マルティーナは北進する敵車両を捕捉すべく先を急ぐのだった。

 

 

 

「すっごい! レイ達ってば、あっという間にプラウダの三両から白旗獲っちゃった!」

 

 その頃、会場から少し離れた高台ではミカ、アキ、ミッコの継続高校の三人が零とカトレアチームの面々が準備したバケットサンドを頬張りながら試合を観戦していた。

 

「あ~ぁ、こんなのを見てるだけだなんて退屈だよ~ レイ達と一緒に戦いたかったな~」

 

 隣で優雅にカンテレをつま弾くミカを横目に、口先を尖らせ恨めしそうにアキが話す。

 

 エキシビションマッチの出場枠は各校十両ずつ、今回は大洗が八両しか戦車を準備出来ない為、知波単学園から二両が助っ人として特例で参加している。もしもミカ達が参加すると手を挙げていれば、参加枠を埋める為の一両として参加出来たかもしれない。しかし、そもそも参加を申し込んでいなかったので今となっては後の祭りになっていた。

 

「冬の大会が復活するかもしれないそうだし、機会はまだある。何より零達とは近々交流試合をするわけだし、そう焦る必要は無いさ」

 

 ミカはミカで涼しい顔をしながらアキにそう答える。が、アキはミカの足がいつもよりそわそわ動いているのを見逃さない。ミカもしまなみとプラウダの戦いに当てられて気もそぞろなのが見て取れた。

 

「う~ん そうじゃなくって…… レイ達と同じチームで一緒に戦える機会なんて、もうこの先無いかもしれないんだよ?」

 

 口先を尖がらせながらアキは少し不満げに話す。ミカは三年生であり、もう残り半年ほどで継続高校を卒業してしまう。思い出作りをしたいなんて言う訳では無いが、ミカやミッコと一緒に、大好きなしまなみの仲間達と一緒に強豪校と戦えたらどれだけ素晴らしかったか。アキはどうにも勿体ない気分がしてならない。

 

「ふむ…… という事は私が留年したらあともう一年、アキやミッコと一緒に零達と戦車道が出来るというわけか…… これは名案だ。早速計画を練るとしようか……」

 

「なっ!? ダ、ダメ 絶対ダメだからねミカ! 留年なんて!」

 

 自身の言葉に対してとんでもない提案をしてきたミカに、アキは慌てて声を上げる。本音を言えば確かに魅力的な提案である。だが、それを許したらミカが永遠に学校に居着いてしまいそうな気がしてならないかった。

 

「ふふ、冗談だよ」

 

「み、ミカったら もう……」

 

そんなアキに対して、ミカはふわりと微笑みながら返す。ミカが言うとどうにも冗談が冗談とは思えない。

 

「わぉ! 今の見た!? ミカ、アキ! ルイーズのチームがT-34をもう一両喰っちゃったよ!」

 

 ミカとアキの二人が小さいアナログテレビの画面に目を移すと、そこには濛々と黒煙を上げて擱座するプラウダのT-34/85の映像が映し出されていた。これでプラウダ高校はT-34を三両、BT-SVを一両。合計四両を失った事になる。三十両の内の四両であればまだ目を瞑れるが、十両の内の四両なら話は違ってくる。しかも相手のしまなみ女子工業学園にはまだ損失車両は出ていない。

 

 自分達が応援する、しまなみ女子工業学園の会心の試合っぷりにアキとミッコは手を叩き合い、すごいすごいとぴょんぴょん跳ねながら零達にがんばれと応援の声を上げる。

 

「ふふ 心の乱れがプレーを乱すんだよ、カチューシャ。あの試合の時のように ね……」

 

 かつてのプラウダ高校との試合を思い出し、ミカは表情を変えずに遠くで聞こえる砲声に耳を傾ける。零達を応援する気持ちはあっても、自分と同じ戦車乗りの苦境に目の当たりにして悦びを覚えるような悪趣味は自分には無い。かといって同情も無い。同情する必要が無い程に、カチューシャとプラウダ高校の強さはミカ自身もよく知っているからだ。

 

「強い向かい風が無ければ、鳥は高みへ羽ばたけない…… カチューシャ、君はこの風をどうやって捉えるのかな?」

 

 カンテレの柔らかな調べが、遠くから聞こえる荒々しい砲声を伴って風に流れる。優しく、しかし荒々しくもある太平洋の海風を捉えて大空を自由に羽ばたく鳶の群れが、不思議そうに地上の騒ぎを見つめていた。

 

 

 

「げほこほ…… 申し訳ねぇです、カチューシャさま~ わがほんずねぇ事したばっかりに~」

 

「もうっ、済んだ事はいいから! 火が出てないならアクサナ達は戦車内で待機! 危ないから牽引車が来るまで冬ごもりのアナグマみたいにじっとしてなさい!」

 

 もくもくと被弾した機関部から黒煙を上げるT-34/85の車長からの通信に、カチューシャは声を張り上げて指示を出す。自分の静止を振り切って飛び出した事に苛立ちを隠せないが、海岸で撃破された仲間の仇討ちにと血気に逸った結果であり、どうにも怒るに怒れない。

 

 それに、相手より先に四両の戦車を喪失したのは自分の落ち度だ。重戦車と重駆逐戦車で敵本隊に榴弾の猛爆を加えている内に、側面から中戦車隊で強襲を掛けるという試合前に考えていたプランは脆くも瓦解してしまった。

 

「なんなのよ……なんであいつらこんなに落ち着いて戦えられるのよ!? それに、隊長車が前線に出るなんて……素人上がりのぶんざいでロンメル気取りってわけ? このカチューシャを相手に小癪な真似してくれるじゃない!」

 

 感情を抑えきれず、カチューシャが声を荒げ砲塔を両手でべしべしと叩く。カチューシャとしても、しまなみがここまで戦場慣れしているとは正直思っていなかった。それに以前大洗と練習試合をした経験からか、あっちはまるで地図を全て暗譜しているかのように地形を上手く利用してこちらを翻弄してくる。こちらのやりたい戦い方を全部潰され、小賢しさすら感じる泥臭い戦い振りにカチューシャの苛々は積もりに積もって爆発寸前だ。

 

 

 カチューシャは思考を巡らす。先ほどの着弾から砲声が聞こえるまで、およそ3秒。しまなみの砲撃陣地からの距離は3キロメートル。この距離をこの秒数で着弾させる事が出来る戦車は一両しかない。

 

 

「ふふ…… 可愛いお尻が丸見えだよ、プラウダのお嬢さん」

 

 ARL44の砲手、レオンティーヌが照準器から目を離しつつ、銃の形にした手の人差し指の先に息を吹き付け口角を上げる。

 

「ルイーズ、飛び出したT-34の機関部に一発当ててみた。弾着の確認を頼めるかな?」

 

「大丈夫よ、白旗が揚がってる。零、こちらカトレアチーム T-34/85を一両撃破。全く……この距離を初弾で命中させるだなんて、流石はレオンね」

 

 プラウダのT-34が一瞬見せた隙を見逃さず、抜群の集中力で討ち取って見せたレオンティーヌの技に思わず車長のルイーズも感嘆の声を上げる。

 

 戦車道に用される戦車の中にあって、秒速1000mの初速を誇る90mm主砲という最大級の火力を持つフランスの重戦車ARL44。手練れの砲手が乗るこの戦車の前で、不用心に側面を晒した戦車が生き残れる可能性は限りなくゼロに近かった。

 

「ホンマにね、掘り出しモンの短砲身をもう使いこなすやなんて…… ん~と、こういうの~なんやったかな?  せや! これぞコーボー筆を選ばずってやつやな!」

 

 操縦主のエステルもルイーズと同じく、操縦席のペリスコープ越しに見える黒煙上げるT-34を見て興奮を隠せない様子だ。

 

 今回カトレアチームのARL44には、開発当時一基だけ試作されたものの、活躍の機会に恵まれる事無く、大垣重工の資料館に保管されていたARL44専用の短砲身型90mm主砲に換装されている。スナイパーライフルのようなお馴染みの長砲身型主砲と比べて射程の低下は免れないが、砲身長が凡そ半分にまとめられ市街地での取り回しに優れる為、大洗での市街地戦に備え急遽突貫で換装されていた。

 

 通常、得物が変われば砲手は慣れるまでに時間を要す。しかし、レオンティーヌはそれをたったの一日でものにして見せたのだ。

 

「夜遅くまで居残って練習をしてましたもの。それで結果を出したのならば、称賛を受けて当然。トレビアンですわ、レオン!」

 

 装填手用のグローブを嵌めた手で、ぼふぼふと音を立て拍手をしながら、装填手を務めるペトロニーユが次弾の装填に取り掛かる。

 

 限られた時間の中、レオンティーヌは試合前の練習試合で肝心な場面でフラッグ車の五式中戦車を仕留めきれなかった事もあってか、寝食を忘れて新主砲の試射と慣熟に没頭していた。その事を知っているペトロニーユは肝心な場面でこうして見事な成果を上げて見せた相棒に心からの称賛を贈る。

 

「ルイーズ、みんな 敵はこれでますます怒って力攻めに出る筈…… 気を引き締めた方がいい」

 

 高揚した雰囲気が車内を包む中、副操縦士のアニエスが一人冷静に話す。プラウダはこれで四両の戦車を失った。可愛い子熊達をハンターに仕留められた母熊が黙ってこの状況に甘んじる筈は無い。私情を廃した冷静な戦術眼で戦場を見渡すアニエスの言葉に、これからが本番だと皆襟を正す。

 

「そうね……確かに油断は禁物。ありがとう、アニエス。それからレオン、さっき零が無線で『お見事な射撃でした』って褒めてたわよ」

 

「え!? ふふ、そうか……そうだとも。プリンセスの背中を守るのはボクの役目だからね」

 

主からの誉れの言葉を聞いて、レオンティーヌは前髪を払いつつクールに返す。が、微妙に口元が緩んでしまっているのを付き合いの長い乗員達は見逃さない。そんなレオンティーヌの様子を微笑ましく思うと同時に、自分達も零にいいところを見せたい気持ちが沸いて来る。そんな皆の空気を察して、ルイーズは再度全員に喝を入れる。

 

「さぁみんな、レオンにばっかりいい所を持っていかれないように気合を入れていくわよ!」

 

「はいな!」「かしこまりですわ!」「了解」

 

 ルイーズの喝に妙な照れくささを感じつつ、レオンティーヌは主砲の照準器に顔を近づける。

 

「さぁ、行こうかグリフォン。ボク達がお前に命を吹き込んでやる」

 

 グリフォン――鳥の王である猛禽の翼と上半身、そして百獣の王・獅子の下半身を持つ幻獣。エキシビションマッチの試合前日、自分達の仲間であるARL44に愛称が欲しいとエステルが言い出した。そこで、カトレアチームの皆で考えた際にアニエスが『グリフォン』はどうかと提案し、全員の満場一致で採用されたのだった。

 

 グリフォンは時にドラゴンすら退かせるほど獰猛かつ勇敢で、「自由」「誠実」「勇敢」の象徴とされている。更にARL44のエンジンはドイツのティーガーⅠ、ティーガーⅡと同じ『マイバッハHL230V型12気筒液冷ガソリンエンジン』を搭載している。獲物を切り裂く最強の鉤爪と言っても過言では無い90mm主砲と、虎の王の心臓を持つARL44は『グリフォン』の名を持つに相応しいと言えた。

 

 照準器を通して見える外の景色、まるでグリフォンの翼に乗って外界を見渡しているような気分だ。この翼に乗って、私達は誰よりも活躍して見せる――集中するべく静かに閉じていた眼をかっと見開き、レオンティーヌは気合を入れる。その眼は獲物を狙う猛禽の如く、鋭く力強さに満ちていた。

 

 

 その頃隊長である零は、後方に控えるルイーズ達狙撃・および間接射撃チームに敵の座標を最前線で伝える役目を担うアマリリス・オニユリの両チームを援護すべく、ユズリハ・ガーベラチームと共に側面よりプラウダへ攪乱の為の砲撃を加えていた。

 

「零ちゃん、凄いよ! 私達プラウダ高校を追い上げてるよ!」

 

「これでプラウダは四両を喪失……相手が相手である事を考えれば、悪くない試合運びね」

 

 自らが車長を務める、strv m/40Lの装填手と無線主を兼務する紅城と、操縦手を務める陸奥原が高揚した雰囲気で零に話しかける。実際、相手が昨年の全国大会優勝校のプラウダ高校であることを考えれば、ここまでの戦いを振り返れば望外に順調であると言えた。

 

「そうだね、でも油断は禁物……」

 

 いかに今の戦況が有利だとしても、そんなものがいとも簡単に逆転されるのは過去に行われた幾多の戦車道の試合が証明している。野球が最終回まで一つも気が抜けないのと同じだ。

 

 更に今回のエキシビションマッチでは『一時間は各校が一対一で戦い、試合開始から一時間が経過するまで合流も無線も禁止』という特別ルールが適用されている。零としても、天下のプラウダ高校を相手にしている事もあって自分達の事で精一杯だったが、時間が経つにつれてみほ達大洗が黒森峰と戦っている涸沼方面から聴こえる砲声が激しさを増し、西達知波単学園が聖グロリアーナ女学院と戦っているシーワールド方面から黒煙が幾つも上がった後、途端に砲声が消え、静かになった事に胸騒ぎを覚えていた。

 

「こちら隊長車。現在プラウダ高校は四両を失い、KV-2重戦車一両とISU-152重突撃砲二両を前面に出し重防御態勢を整えています。これよりプラウダ本隊に側面から揺さぶりをかけ、頭を出した所を狙撃していきます。あと三分で一時間が経過します。他の戦区の状況が不明な為、敵の急襲に備え各車両共に連携して警戒を密にして下さい。ここからが本番です。再度気を引き締めていきましょう」

 

 零の言葉に、各車長から溌剌とした声で了解と通信が入る。堂々とした零の通信を間近で聴いて、紅城と陸奥原は思う。しまなみ女子工業学園が戦車道をスタートさせてから早くも半年が経とうとしている。国籍も文化も違う人間が集まったよちよち歩きだった自分達を、零は懸命に引っ張り、鼓舞し、纏めて支え、遂には初出場で全国大会準優勝という栄誉まで掴む事が出来た。そして今、昨年の全国大会優勝校のプラウダ高校と互角以上の戦いを繰り広げている。

 

「ねぇねぇ、龍ちゃん。すごいね、零ちゃんって……」

 

「本当ね…… うん、本当に大した物だわ……」

 

 砲塔から身を乗り出し、戦場を頼もしく睥睨して見せる零の相貌に不安や恐れはない。零自身は謙遜屋な為、褒め称されても自分自身を特別視したり、特別扱いを求める事は決して無い。そんな無欲な零の性格が勿体なく思う程の、隊長としての零の成長ぶりを紅城と陸奥原は間近で感じていた。

 

「ん…… 二人とも、どうかした?」

 

「いえいえ、なにも~♪」「そうそう、なんでもないのよ ヲホホ♪ さてさて……」

 

 紅城と陸奥原の視線が妙にくすぐったく、零が二人に聞いても何やらよそよそしく自分たちの作業に戻ってしまい、零は少し首を傾げる。

 

 と、そこに無線機から緊急入電を知らせるベルが鳴り響く。先ほどの穏やかな空気が一気に霧散し、緊張の空気が一気に高まる。無線の内容を聴いている紅城の顔が一気に険しくなる。只ならぬ内容であることは表情から見て取れた。

 

「各車両無線手へ! 車長への直接通信を開いて下さい! 急いで!」

 

「急にどうしたの烈華!? 一体何が……」

 

 普段まず見る事のない紅城の異様なまでの剣幕に、陸奥原も思わず声を掛ける。が、紅城は陸奥原の声に「ゴメン!」と手で合図をして、紅城は緊急時のみに許されている回線を開く準備にかかる。それを見て、慌てて零もイヤホンを付けなおす。

 

 そうして紅城が神妙な面持ちで話し始めた。

 

「各車車両長へ。大洗の西住隊長より緊急の救援要請がありました。現在黒森峰の奇襲によって大館館跡付近で角谷会長達の小隊が本隊から分断され孤立しているとの事です。西住隊長達の本隊も黒森峰の猛攻に晒されており救援困難なのと、知波単学園本隊とも交信が途絶している為、しまなみに至急救援に向かって欲しいそうです」

 

  

 大変な大仕事が舞い込んできた――各車車長の背中を一筋の冷汗が伝う。

 

 

 大洗としまなみの運命を握る『選択』と『激戦』が今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

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