しまなみ女子工業学園戦車道履修記   作:柿之川

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第三十四話

 ♯1

 

突如広がった雨雲は、瞬く間に厚く広がって大洗の街から日光を遮り、夏の名残とばかりに大粒の土砂降りの雨を降らせていた。広場で観戦していた観客達も堪らず雨宿りをしているが、試合はそのまま続行されていた。

 

「うん…… いい雨だ」

 

 パンツァージャケットが濡れるのも構わず砲塔から身を乗り出している、しまなみ女子工業学園・ソミュアS35を駆るユズリハチームの車長・朝河潮美は干天の慈雨を一身に受け止め、大洗の曇天の空を仰ぎつつ不敵に微笑む。

 

 硝煙と雨に霞む大洗の市街地を六両の戦車が疾駆する。聖グロリアーナのルクリリが率いる、「戦場の女王」の二つ名を持つ聖グロリアーナ女学院の三両のマチルダⅡ歩兵戦車は、しまなみのソミュアS35中戦車、大洗のM3リー中戦車、知波単の九七式中戦車・チハからなる三両編成の大洗連合小隊を相手に索敵と砲撃戦を展開していた。

 

「ルクリリ様、こちらマンゴー 前方よりチハが急速接近中、撃ってもよろしいですか?」

 

「こちらルクリリ、了解したマンゴー。発砲を許可する。一息にやっておしまいなさい」

 

 おそらく敵小隊のリーダーである、しまなみのソミュアS35を捉えるべく索敵を続けていたルクリリは僚車の車長の通信にさっさと片付けろと答える。

 

(やれやれ…… やっておしまいなさいか…… 血の気の多い私や隊の皆に、この言葉遣いはどうにも慣れないな。それにしても、知波単の連中は余程学習能力が無いと見える)

 

 隊長のルクリリもだが、この隊には血気盛んな武闘派の乗員達が多く集っている。こうして砲撃も逐一許可を出さなければ自儘に撃ちすぎて弾薬をすぐカラにしてしまうのだ。

 

 血の気の多さは自分達も大概だが、ゴルフ場での無謀な突撃で大敗を喫した後だというのに、この期に及んで尚も単騎で突っ込んでくる知波単の生き残りをルクリリは内心嘲りの心で見ていた。

 

 南国の芳醇な果実、マンゴーのフレーバーティーネームを持つマチルダⅡの車長も、ルクリリと同じ心境である。

 

 急に振り出した雨で視界は最悪だが、商店街の通りを全速で向かって来るチハを捉えて思わず『いいカモが来たぜ』と口角が上がるのを抑えられない。

 

「ふんふ~ん♪ いらっしゃい、子豚ちゃん。一発で華麗にブチ抜いて差し上げますからね」

 

 チハの新砲塔は貫通力に優れるが、ドイツの名器である8.8cm砲でようやく抜ける鉄壁のマチルダⅡの敵ではない。敵方に車両正面を向けて、鼻歌交じりに熱い紅茶が注がれたティーカップに一口つけて飽くまでも優雅に華麗に構える。

 

「私の合図で発砲なさい。いくわよ…… 3、2、1 撃て」

 

 マチルダⅡの主砲から撃ち出された砲弾は、優雅に華麗にチハを撃ち抜き、白旗を高々と揚げさせる。その筈であった。

 

「発砲炎を確認、今だ!」

 

 車長の久保田りんの合図で、チハの操縦手が操縦桿を素早く操り、車両をマチルダⅡに対して一気にスライドさせて斜めに向ける。

 

 一瞬の発砲炎に反応したチハが、一気に履帯をスライドさせマチルダⅡに対して車両を斜めに向けて、昼飯の角度を取りつつ慣性ドリフトのように車両をスライドさせる。乾いた舗装路であれば履帯が切れそうな荒業だが、恵みの雨で路面が滑りやすくなった今、チハの履帯は濡れたアスファルトに美しい軌跡を描く。

 

 雨に濡れ、絶妙なスライドコントロールで避弾経始に優れた角度を取ったチハの装甲が、マチルダⅡの砲弾を虚空に弾き飛ばす。そして、間髪入れずチハが砲塔を真正面に向けた。

 

 出来れば知波単伝統の、停止同時射撃の躍進射を冥土の土産に披露してやりたいが…… と、思いつつ、チハの砲手は真正面に迫るマチルダⅡの砲塔と車体の接合部、ターレットリングに狙いを定める。

 

「まだだ、限界まで引き寄せろ…… 主砲、テッ!」

 

 車長の子気味良い合図で主砲から放たれた砲弾がマチルダⅡに着弾し、轟音と共に砲塔を揺らすが撃破の白旗は揚がらない。

 

「今です、朝河さん!」

 

「了解!」

 

 さっと、右に逸れたチハの背後から、主砲をマチルダⅡに向けたソミュアS35とM3リーが猛烈な速度で向かって来る。

 

「そんな、嘘でしょ……」

 

 背筋が凍るその光景にマンゴーは目を剥き、全身が総毛立つの感じていた。命知らずの知波単の、無謀な単騎突撃だと思っていた。だが相手は一糸乱れぬ一列縦隊でこちらに一両であると錯覚させ、この雨の視界の悪化と雨音に紛れて背後に伏兵を隠していたのだ。

 

「これでも、喰らえぇ!」

 

 ソミュアの砲手も務める朝河の叫びが車内に響き、ソミュアから放たれた砲弾が、久保田のチハが穿った砲塔のターレットリングに正確に着弾する。だが、それでもまだマチルダⅡから白旗は揚がらない。

 

「仕上げを頼むぞ、梓!」

 

「任せて!」

 

 M3リーが、水しぶきを巻き上げながら、猛牛のように突進する。マンゴーのマチルダⅡも砲弾の装填を急ぐが二回の着弾の衝撃が乗員を縦に横にと揺さぶり装填がままならない。

 

「「大洗を、舐めんなぁぁ!!」」

 

 75mm砲・砲手の山郷と、37mm砲・砲手の大野が叫ぶ。至近距離から放たれた75mm砲の砲弾がマチルダⅡの砲塔のフレームをガタガタに揺らしまくり、37mm砲の砲弾がチハとソミュアが穿った着弾孔を正確に射抜く。いくら重装甲を誇る戦車と言えども、三両の戦車による連携一点速射を受けてはひとたまりもない。

 

 砲塔のフレームが歪み、ターレットリングに甚大なダメージを負ったマチルダⅡからしゅぱっと射出音と共に白旗が揚がる。

 

 大洗・知波単・しまなみの三両からなる一年生チームが見事な連携射撃で強豪校の一両を屠り、その戦いをドローンからリアルタイムで送られる映像で観戦していた観客達から大きな歓声が上がった。

 

「も、申し訳ありません ルクリリ様…… マンゴー車、撃破されました…… ぐ、ぐふっ!」

 

「ま、マンゴー!? マンゴーー!!」

 

 無線から流れる、大声で自身のティーネームを連呼するルクリリの声を聴きながら、マンゴーは「もし生まれ変わったら、今度はもうちょっとかわいいティーネームがいいなぁ……」と思いつつ、75mm砲弾が着弾した衝撃でくゎんくゎんと目を回し大の字で寝ている相棒の装填手の胸に身を横たえるのだった。

 

 

「マンゴー様…… マンゴー様ぁーー!! うぅ~おどりゃ~よくもマンゴー様を!」

 

「待て、オランジェリー!」

 

「止めないでくださいませ、ルクリリ様っ! うらぁぁー!!」

 

 姉妹の契りを交わした僚車を討ち取られて怒り狂う、オランジェリーのティーネームを持つもう一両のマチルダⅡの車長は、自身を静止するルクリリの声に耳を貸さず隘路に逃げ込むソミュアS35を追う。

 

「あ、あれ? ど、どこ? どこに行ったの!? はっ!? きゃぁ!!」

 

 曲がり角を曲がった途端に前を走っていたソミュアが煙のように消えて、キューポラから身を乗り出して辺りをきょろきょろと見回すオランジェリーを強い衝撃が襲った。

 

「梓、久保田さん。ここで叩くぞ」「了解、潮見ちゃん!」「私達もお二方に続きます!」

 

 壁越しに三両の戦車からの怒涛の集中砲撃を受けてマチルダⅡがボクサーに叩かれるサンドバックのように縦に横にと揺さぶられる。

 

 いくら装甲の厚さが自慢のマチルダⅡでも、隘路に誘い込まれ不用意に側面を晒せば瞬く間に砲弾の餌食にされてしまう。過去の練習試合で、大洗の街を我が家の庭のように知り尽くしている朝河と澤、そして久保田は民家の庭に身を潜め誘い込まれたマチルダⅡを壁抜きの零距離射撃で射抜いたのだった。

 

「オランジェリー、撃破されました。申し訳ありません、ルクリリ様…… きゅう……」

 

「オランジェリー!? くっ…… 皆、怪我は無いな? オランジェリーとマンゴーは回収車が来るまでそこで待機だ!」

 

 ルクリリは撃破された僚車の乗員達に待機を命じ、目を瞑り少し深呼吸をする。そうして苦渋の表情で無線機のマイクを取った。 

 

 

「ええ、ええ…… ならばこちらが増援に そう…… 分かったわ、ルクリリ。しまなみのソミュア他二両の始末は貴女に任せます。どうか、よしなに」

 

 ルクリリからの通信を終えて、ダージリンが神妙な面持ちでティーカップを持ち、ゆらゆらと波紋が絶えない紅茶を一口付ける。

 

「まさかマンゴー様とオランジェリー様が撃破されだなんて…… 予想外でしたね」

 

 ルクリリ達は伊達にこの試合で隊長車の近衛を務めていたわけではない。ダージリンが信頼を寄せるマチルダ隊の三両の内の二両が撃破されたのだからオレンジペコも動揺を隠せない。アッサムのデータによると相手の三両は一年生で構成されたチームだという。マンゴーもオランジェリーも、そんな寄せ集め集団に撃破されてよいキャリアの乗り手達では無いからだ。

 

 援軍を回そうにも、ローズヒップのクルセイダー隊はしまなみの五式中戦車二両に追いかけまわされている。

 

「ダージリン それで、ルクリリは何と?」

 

「こちらが向かうと伝えたら、この始末は自分がつけると言っていたわ」

 

「そうですか…… まぁ、ルクリリであれば大丈夫ですね。私達はしまなみ・知波単の隊長車の追撃を続行しましょう」

 

「あ、あの。ダージリン様、アッサム様。そんな随分とあっさり…… ルクリリ様の強さは存じておりますが、いくら何でも三対一ではいささか……」

 

 意外なほどに、単騎になったルクリリへの心配の念が薄く感じられたオレンジペコはダージリンとアッサムに心配そうな表情で問い掛けるが、二人はそんなオレンジペコの反応に目を見合わせてくすりと笑う。

 

「ふふ、オレンジペコはまだ知らなかったのね。何でルクリリがお茶会の時に席に着かないのか」

 

 ダージリンが愉快そうに笑みを浮かべ、温かな紅茶を浮かべたティーカップを傾ける。

 

「大洗連合の一年生の三両は、これから学ぶのよ。何ゆえにルクリリが隊長車の近衛を統べる者たりえるのかをね」

 

 ♯2

 

「ふぅ…… 二両のマチルダⅡを損耗なく共同撃破か…… この雨に助けられたな。それに、三両連携の一点速射攻撃が上手くいって良かった。早くもう一両を片付けて、零隊長の援護に回ろう」

 

 雨中の大洗の街を進むソミュアS35の砲塔の後部ハッチから車長の朝河潮美が身を乗り出し、神妙な面持ちで残る一両のマチルダⅡを仕留めるべく索敵を続けていた。

 

 手練れが操る重装甲のマチルダⅡを相手に、正攻法ではかすり傷をつける事すら難しい。そこで、自らの隊長である、大垣零の必殺技であるスポットバーストショットを三両がかりでやってみようと立案し、絶対に成功させる覚悟で挑んだ戦いに勝利して朝河は安堵していた。おまけに、隘路に誘い込んだもう一両を上手く挟撃し撃破出来たのだから、この結果だけでも赫々とした大金星と言っても過言では無いだろう。

 

 だが朝河は気を抜かない。火に当てられたやかんのように、すぐに沸騰して熱くなる自分の性格がもたらす悲惨な結果を継続のミカとの荒稽古で嫌というほどに思い知らされたからだ。

 しかし、憧れの人の必殺技を、初めて組む仲間の力を借りて成功させたのだ。確かな手ごたえを感じて、思わずやんわりと頬が緩んでしまうのを朝河は禁じ得ない。

 

「久保田さん、雨中の追撃は敵もですが我々にも不利です。慎重に索敵を継続しましょう」

 

「かしこまりました、朝河さん。慎重にですね。自慢ではありませんが、地理には強い方です。側面はお任せ下さい!」

 

「梓もウサギさんチームの皆も、とどめの一撃見事だった。この調子で慎重にいこう」

 

「う、うん…… ありがとう、潮美ちゃん……」

 

 高揚する気持ちは隠せないが、勝利に浮かれず冷静に僚車に指示を出す。朝河の精神的な成長が、初めてチームを組む三両を纏め上げていた。

 

「ねえねえ さっきの私達の砲撃、すごかったよね! なんてゆーんだろ、ささみ一杯ってやつ?」

 

「それをいうなら三身一体でしょ、おばかだな~あ・や・は♪」

 

「むぅっ ゆーきちゃんに言われるなんて屈辱なんですけど」

 

「はいはい、二人ともどうどう。でもさ、マジで興奮したよね! 特にさぁ、一両目のマチルダ食った時なんか胸がぶわ~ってなっちゃった。それもこれも、梓の指揮が適格だったからだね」

 

「そんな…… 私なんてまだまだだもん。潮美ちゃんが立てた作戦が良かったのと、久保田さんが体を張ってくれたおかげだもん……」

 

 澤は澤で、なんだか頬を赤くし、髪をくりくりしながら話す。ウサギさんチームのクルーは全員がそれが何故か察していた。

 

 思慮深いが少々優柔不断な澤梓は、即断即決でぐいぐいと前に行こうとする人間に弱い。

 即席チームを引っ張るリーダーシップがあり、女性自衛官のような凛とした佇まいの朝河と、知波単の生徒らしく決断力があり、はきはきと裏表の無い性格の久保田は澤梓にとって正に自分の弱い所を補完してくれる存在であり、そういった人間に澤はどうにも弱いのである。

 

 雨脚はさらに強まり、装甲を叩く雨の音が車内に響く。

 

「そういえばさ、もう一両のマチルダってどこに居るんだろ? もしかして私達の強さに恐れをなして、聖グロの隊長さんのところに逃げちゃったとか?」

 

「わぉ、ありえる~♪」

 

「あはは、そうかもしれないね。ん? どうしたの、紗希ちゃん?」

 

「うしろ……」

 

「え? うしろ…? う、後ろ!?」

 

 ちょいちょいと袖を引きながら、鋭い勘を見せる紗季の言葉に、慌てて澤が砲塔のハッチを開けて後ろを見る。

 

 そこには、強まる雨音とM3リーのエンジン音に身を隠し、主砲をこちらに向けて、油断し周辺警戒を怠っていたウサギを今まさに狩らんとする猟犬の姿があった。

 

『きゃっ…! ――ちゃん、――さん、逃げて――!』

 

「その声は……! 梓! どうした? 何があった!?」

 

 衝撃音と共に、無線機から聞こえた澤からの通信に朝河が呼びかけるも、応答は無い。

 

「久保田さん、敵襲です! 周辺警戒を密に!」

 

『りょ、了解です! 無事ですか!? 澤さ――』

 

 久保田からの通信に衝撃音が重なり、それっきり応答が途絶える。

 

 何か、とんでもない事態が進行している。主砲の後部ハッチから身を乗り出す朝河は心拍を早める鼓動を抑える為、落ち着け落ち着けと自らに言い聞かせ、大粒の雨に薄く霧がかかったような大洗の街並を、獲物を探す鷹のよう目つきで朝河は視覚と聴覚を研ぎ澄ます。

 

「っ! 右三時方向に敵影! 回避!」

 

 一瞬、建物の切れ間に自分達の車両と並走する影を見つけて朝河は慌てて操縦手に回避の指示を出す。その直後、目の前を砲弾が通り過ぎ、建物に着弾して周囲に瓦礫が飛び散った。

 

「ちぃっ、外したか。中々勘のいい奴だ」

 

 ルクリリは操縦手と砲手に指示を出し、ソミュアの追撃に備える。

 

 先に片付けてやった二両とは中々違った毛色をしている。

 

 あの必中の一射を避けるとは、面白い――思わぬ強敵の出現に、ルクリリは口角が上がるのを抑え切れずにいた。

 

 

♯3

 

「ルクリリはね、元々はタンク・ジョストの世界に居た騎士だったのよ」

 

 雨音が響くチャーチルの室内で、ダージリンが静かに話し始める。

 

 タンク・ジョスト――円形闘技場で、馬上槍試合のように二両の戦車が正面から撃ち合い、双方のどちらかが果てるまで戦う欧州で発達した競技。特殊カーボンが普及した今日でも、その世界は戦車道とも、タンカスロンともまた違う。まるで地下闘技のように荒々しく、なおかつ貴族社会のような高潔な掟と淑女協定もある。きわめてミステリアスな空気が漂う戦車競技である。

 

「はーはっは! ほらほらどうした!? 私はここだ!」

 

「ぐぅっ!! まだまだ!」

 

 雨中の大洗を、二両の中戦車が水飛沫を上げながら疾駆する。英国戦車ならでは鉄壁の防備と高い安定性を誇るマチルダⅡの砲撃を、翻弄されつつも紙一重で砲撃を回避し、ソミュアS35が粘り強いドッグファイトで尚も食い下がる。

 

 元々が一対一の決闘方式の戦車競技の世界で生きてきたルクリリだ。一対一の勝負であれば聖グロリアーナでも右に出る者はいない程の実力者であり、隊長車の近衛隊の小隊長を任されているのは確かな技量が下地にある所以だ。

 

 だが、聖グロリアーナ女学院の戦車道は個の戦闘力よりも、分隊規模で敵戦線を突破し敵戦力をじっくりと揉みつぶす浸透強襲戦術を作戦上の教義としており、個人を否定しチームとしての規律と連携こそ至上とされている。

 

 それ故に、ルクリリも得意とする戦いを否定し、不本意ながらも校風に合わせた戦型に自らのスタイルを変えざるを得なかった。ルクリリがその席に座する資格を有した実力者でありながら、お茶会の際にダージリン達の円卓に掛けないのは彼女なりの抵抗なのである。

 

「そうだったんですか…… では、ローズヒップさんも……」

 

「あぁ、それは違うわペコ。ローズヒップはずっと座っているとお尻がむずむずしてなりませんわ~って聞かないのよ。だからお茶会の時もずっと立ってるのよ」

 

 普段からローズヒップをはじめとするクルセイダー隊の面々に慕われ、彼女たちのお母さんの役割を担うアッサムの言葉に、オレンジペコも成程と苦笑いを浮かべる。

 

「ほう…… この条件下で走行間射撃で私に一太刀浴びせるとは、面白い!」

 

 雨中で優れぬ視界の中、自車のマチルダⅡに命中弾を与えたソミュアS35の砲手の腕前に、ルクリリは感嘆の声を上げる。

 

 こうして自儘に戦えるのも久しぶりだ。この大洗の街が、まるでタンクジョストの円形闘技場のように思えてくる。一対一で互いの全力をぶつけ合う血沸き肉躍る至高の闘技。ルクリリは久しく錆びついていた心の溶鉱炉に、身を焼くような熱い溶銑が満ちてくるような熱さを感じていた。

 

「やられたらやり返す! それが私の流儀だ!」

 

 対する朝河も、手練れが駆るマチルダⅡを相手にした接近戦を舞う中、身体が熱くなってくるのを感じる。

 

(なんだろう…… この人と戦っていると凄く楽しい……)

 

 一瞬も気を抜けない車体をぶつけ合い火花が散る接近戦、路面との摩擦熱で履帯から水蒸気が立つ程の車両運動。そして、戦う者同士の敬意と共感が二両の戦車のクルーを包み込む。

 

 お互いに熱くなりやすい性格を抑えるよう心掛けて来た者同士だ。そんな二人が出会ってしまったらば、もう後は互いに熱くなるのみである。

 

 幾度も車体が擦れ合うような接近戦を戦い、鍔迫り合いのように砲火を重ね合い、研鑽を重ねた互いの戦技をぶつけ合う。一分一秒が過ぎるのが惜しくあり、一刻も早くこの強敵の首級を上げて主君の下に馳せ参じたいという相反する渇望が二両の戦車を駆動させる。

 

「元々が負けん気が強く、一本気なプレイヤー。もしも、そんなルクリリの渇望を満たし、対等に敬意を持って戦える選手と巡り合う事が出来たなら…… ふふ、期待していましてよ。零の愛弟子さん」

 

 ティーカップの紅茶に、にっこりと微笑むダージリンの笑顔が写る。一滴も紅茶を零さずとも、カップの中は砲撃の衝撃が伝播して絶えず一つ、また一つと絶え間ない戦いを象徴するように波紋を浮かべていた。

 

 

♯4

 

 雨の大洗の、太平洋に向かってひらけた駐車場で二両の戦車が対峙している。一両は「戦場の女王」の二つ名を戴く、英国の歩兵戦車マチルダⅡ。対するもう一両は、ユズリハのパーソナルマークのフランスの騎兵戦車ソミュアS35。

 

 二両の戦車の装甲は砲撃の着弾痕や車体同士がぶつかり合った際の擦過痕が二両が重ねた戦いの激しさをまざまざと見せ付ける。

 

「はぁっ…… はぁっ…… ふふ、たった一両の中戦車にここまで手こずるとは、私も鈍ったな」

 

「お前はここで必ず仕留める。共に戦い散った仲間と、零隊長の名に懸けて!」

 

 長時間の戦闘でも両者の覇気は衰えていない。戦車道の最中は抑える術を学んでいるが、互いに血の気の多さは折り紙付きだ。上がる口角から覗く歯が笑顔の原始的意味を思い出させ、距離を挟んで対角線上に並んだ二両の戦車から軍馬の嘶きのようにエンジンが吠える。

 

 この二両の戦いはここがフィナーレだ。観客達はそう予感し、固唾を飲んで試合を見守る。

 

「さぁ、来い」「参る!」

 

 相手がどんな言葉を今発しているか、戦車の車内にいては分かりようも無い。だが、どんな事を話しているか、今は分かる。最早己の闘牙を隠す必要などないのだ。戦車長の眼が獲物を駆る猛禽の瞳に変わり、獰猛な捕食者に率いられた群狼のようにクルー達に戦いのスイッチが入る。

 

 その刹那、街に轟く雷鳴を号砲代わりに、制動装置が解放され、二両の戦車が内燃機関の咆哮を上げて一気に加速する。千条の履帯が軋み、水飛沫を巻き上げ、敵を屠らんとする主砲が稲光を映して牙のように鈍く煌めく

 

 馬上槍試合の如く、ヘッドオンから全速で加速し、主砲を撃ち合ってすれ違う。速度に劣るマチルダⅡの側面に回り込もうとソミュアS35が肉薄するが、手練れが統べるマチルダⅡは鋭い回頭と装甲厚を駆使した戦法を駆使して寄せ付けない。

 

 こうして相手にに分がある正面からの刺しあいに付き合わされていては、装甲厚に劣る自分達に勝ち目は無い。撃たれては往なし、また撃つ。その二両の呼吸が合った戦いを目の当たりにした観客達からも拍手と歓声が巻き起こる。

 

 もう何度撃ち合っただろう。路面との摩擦で高熱を帯びた履帯が雨の冷却効果では間に合わず水蒸気を上げ、軋み音を上げる。

 

 ソミュアS35とマチルダⅡが再び対角線上で睨みあう。

 

「砲塔も履帯も限界か……」

 

 被弾し、変形した砲塔が真正面を向いた状態から旋回不能な状態になり朝河が悔しそうに呟く。機動力ではマチルダⅡより自分達のソミュアS35が勝っている筈だ。しかし、敵は重装騎兵のような堅牢な防御と槍突撃のような砲撃で翻弄してくる。

 

「液温が異常に上がっている…… ユズリハのソミュア乗りめ。まさか私達の防御を破り、ラジエーターを撃ち抜くとは」

 

 ルクリリも、上昇する液温に自らの戦車が被弾したことを悟る。装甲を生かした堅牢な防御でウィークポイントを守る事を徹底していたが、防御の一瞬の隙を縫うように車両後部のラジエーターに射撃したのだろう。予想を越えたソミュアの立ち回りにルクリリも舌を巻く。

 

 砲塔を痛めたソミュアも、冷却系を痛めたマチルダⅡも、残された時間は最早少ない。この一撃が最後の勝負になる。二両の戦車のクルーも、固唾をのんで見守る観客たちもそれを悟る。

 

 凡そ100mの距離を挟んで、二両の戦車が対峙する。

 

 おそらくソミュアS35も相当のダメージを負っている。砲塔も履帯も限界な筈だ。回り込んで後部機関室や補助の燃料タンクを狙う戦術は取れない筈だとルクリリは分析する。だが、自分達のマチルダⅡも冷却系に損傷を負っており、このまま長時間の戦闘を継続するのは不可能だ。

 

 最後は一刺しで決める。ルクリリは、距離を挟み自らの正面で対峙するソミュアを見据える。砲塔上のキューポラから身を乗り出しているのが車長だと確信する。

 

「くふふ…… はははっ! どうせ退屈なエキシビションマッチになるかと思っていたが、中々どうして。楽しませてもらっているぞ、ユズリハの戦車乗り!」

 

 熱帯のような粒雨が降り、ルクリリのパンツァージャケットを濡らす。だが、そんな雨すら蒸発しそうなくらいに体が熱い。

 

「堅牢で高潔で、とにかく強くてしぶとい。凄い戦車乗りだ…… 勝ち目なんて無いかもしれない。だけど、だからこそ全力で挑む価値がある」

 

 遠く雨霧の向こうに蜃気楼のように見えるマチルダⅡを見据えながら、ソミュアのキューポラから身を乗り出し雨粒に濡れながら朝河も呟く。

 

次の雷鳴が「私達の号砲だ」二両の戦車長は言葉を交わさずとも戦へ向かう態度で言葉を交わす。

 

 朝河はキューポラから車内に降り、兼任している砲手のポジションに着く。一流のドイツ戦車の8.8cm砲でようやく抜ける重装甲の戦車だ。常識で考えれば絶対に抜けない。だが、ここは何が起こるか分からない大洗。絶対に抜ける 逸る鼓動と心を抑え、朝河は深呼吸をして全神経を集中させ照準器を覗きこむ。

 

 待ったなしの大勝負。相撲の立ち合いのような緊張があたり一帯に生まれ、雨音だけが響く戦場に観客も息をのむ。

 

 次の瞬間、特大の稲妻が大洗の海に落ち、稲光と轟音が大洗の街に響き渡る。その雷鳴を合図に、二両の戦車が猛牛の如く駆動を開始する。フルスロットルの荒々しいエグゾーストノートが静寂を破り、転輪と履帯が大地を踏みしめ突進する。装甲に落ちた雨粒が横に流れ、風が唸りを上げる。

 

 ヘッドオンで爆進する二両の戦車の主砲からマズルフラッシュが瞬く。その直後、再び特大の稲妻が近くに落ち、あたりに稲光と雷鳴が響き渡った。

 

 雷鳴が収まり、あたりに静寂が戻る。霧のように漂う砲煙が晴れた時、そこにはキューポラから白い旗をはためかせた二両の戦車が在った。

 

「ターレットリングの弾着痕にとどめの一発を食らわされたか。油断したわけでも無かったが…… まったく、お前は大した騎士だよ。ユズリハの戦車乗り」

 

 自分は負けず嫌いだ、だが意外な程に落胆も怒りもない。ただ全力を尽くした達成感と心地よい疲労感に満ちている。クルーの皆も同じようだ。眼前で擱座するソミュアS35のユズリハのパーソナルマークを見つめながらルクリリは、胸に手を当て、恭しく賞賛を敵手に捧げる。

 

 先ほどまでの沛雨が嘘のように止み、雲の切れ間から天使の梯子のように日の光が二両の戦車を祝福するように照らし出す。二両の健闘を称える観客たちの歓声と拍手が大洗の街に響いていた。

 

 

♯5

 

「相討ち……か」

 

 戦う二両を見守っていたのはお天道様と観客たちだけではない。

 

 しまなみ女子工業学園の二両の五式中戦車は、住宅地のある高台で二両の戦車の最後の戦いを見守っていた。

 

「凄いわね、朝河さん。あのマチルダⅡ、聖グロリアーナ女学院の隊長車の近衛よ。それを一騎打ちで破るだなんて……」

 

 ソミュアS35を駆る後輩のジャイアントキリングを目の当たりにして、砲塔に椿のパーソナルマークを付けた五式中戦車・ツバキチーム車長の室町椿が感嘆の声を上げる。

 

「加勢に間に合わなかったが、後輩の晴れ舞台に乱入なんて野暮な真似をせずに済んだと考えるべきなのか…… ふふ、凄いな、良かったな、朝河。こんな素晴らしい戦車乗りと戦えて」

 

天使の梯子が照らし出す二両の戦車と、強敵との戦闘を戦い抜いた後輩に、もう一両の砲塔に梅花のパーソナルマークの五式中戦車を駆るウメチーム車長の長原門野が静かに賞賛の言葉を捧げる。

 

「さぁ、かどちゃん。私達は私達の仕事を。最後の一両のクルセイダーを追いかけましょう」

 

 長原と室町達も遊んでいた訳ではない。聖グロリアーナのクルセイダー隊との戦いで三両を撃破し、最後の一両のクルセイダーを残すのみとなっていた。

 

「あぁ、そうだな。レックス、両舷前進 いや、ちょっと待て」

 

「かどちゃん、この音……」「あぁ、そうだ」

 

 接近する戦車の履帯の軋み音と排気音を察知して、操縦手への前進を制止し、長原と室町は耳をそばだてる。

 

「「「みいつけたっ♪」」」

 

 三人の車長の声がハモり、空き家をぶち破って三両の戦車が長原と室町の眼前に躍り出る。

 

「「かっどや~ん♪ あ~そ~ぼ~!!」」

 

「って、うわぁ! エミさんにバウアーさん!? 何故ここに!?」

 

 突然の戦車の出現に驚く長原。それもそのはず、現れたのが今頃大洗の本隊と戦っているとばかり考えていた黒森峰女学園のパンター乗り、小島エミとバウアーが駆るパンター中戦車だったからだ。夏の大会で互いに戦い、再選を誓い合った敵手との再会に胸を躍らせながら敵の間合いに飛び込む。

 

「あわわわ こ、小梅さん!?」

 

「はいっ椿さん! 赤星小梅、この日この瞬間を一日千秋の気持ちで待っていました♪」

 

 赤星小梅も、夏の戦いで互いに戦った室町との再戦を心待ちにしていた。その為に、大会後も皆できつい夏の訓練を乗り越えてきたのだから。

 

 敵手との再会に歓喜するように、長原の五式中戦車に搭載された過給機付きディーゼルエンジンが咆哮を上げ、ジェット機のようなタービン音が響き渡る。

 

 戦車乗り達の夏の延長戦は、まだ始まったばかりだ。陽炎の向こうに揺らめく戦車たちを、早咲きのコスモスの花が優しく見守っていた。

 

 

 

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