♯1
窓も無く、日の光も差さない、昼なお暗い空き倉庫の中で、一両の戦車がエンジン音を絞りその身を潜めていた。
「ぜぇっ… ぜぇっ… ぴぃっ!? はひっ…はひっ こ、ここなら、ひとまず安心ですわね……」
荒い息に合わせて肩が上下するのと合わせて、小さな物音を小鳥が警戒するようにきょろきょろと頭を動かす。
快速を誇る英国戦車クルセイダーの車長ローズヒップは這う這うの体でしまなみの五式中戦車二両の追撃を振り切り、この空き倉庫で身を潜めていた。
警戒なんてしていなかった。他の戦車を圧倒するスピードを駆使し、蝶のように舞い、蜂のように刺す。頭の中で何度も思い描いていた自らが指揮するクルセイダー隊はしまなみ女子工業学園の二両の五式中戦車に赤子の手を捻るように撃破され、残りは自分を残すのみになってしまった。
「ふ、ふふふ…」
カタカタと震える手がティーカップとソーサーから音を立てる。鈍重な中戦車など私達の敵ではない 速さに酔いしれる聖グロのスピードスターはあまりの負けっぷりを思い出し、こみ上げてくる笑いを堪えきれない。名門聖グロリアーナにあって、クルセイダーを操る彼女達の腕前は確かだ。
しかし、余りにそれが速さ一辺倒の戦術であったが為、飛び切りの速さと切れる試合巧者である継続のミカの稽古を受けたしまなみの二両の五式中戦車にいいように搦めとられてしまった。
「うっ… うっ… うわぁーーん!! ひっく、ひぃっく もうどうすればいいんですのー!?」
半ベソどころの騒ぎでは無い。漫画もかくやの滂沱の涙を流しながら見事な泣きしゃっくりを披露し、じたばたとローズヒップが癇癪を起こしたようにじたばたと藻掻き暴れる。しかしそれでも、ティーカップの中で北斎の浮世絵のように波打つ紅茶は聖グロ生徒の誇りを体現するかの如くこぼれない。
「もはやっ…… もはやクルセイダー隊をお召し上げられるは明白…!!」
絶望に苛まれ、がばぁと両手で覆った相貌から覗く目は血走っていて少し怖い。怒涛の様に押し寄せる焦りと不安がローズヒップにこの先の暗澹たる未来を想像させる。
荒ぶる車長をクルー達は諫め宥めるが、先ほどからのローズヒップの百面相を目の当たりにして内心面白くてしょうがない。この愛すべき車長が次はどんな面白い事をやらかすのか楽しみでしょうがないのだ。
(あらあら、あれほどスピードを出すことばかりにこだわるなと言ったのに…… 飼い主の言うことを聞かない駄犬にはきついお仕置きが必要ね…… そうでしょ、アッサム?)
(はい…… 申し訳ございません、ダージリン様。私の指導が甘かったばかりにこのような…… 覚悟は出来ているわね、ローズヒップ)
(だ、ダージリン様! アッサム様!! ど、どうかお許しをお慈悲をぉぉぉ!!)
(ローズヒップ…… 即刻クルセイダー隊隊長の任を解き、履帯交換用員へ降格を命じます。並びに、毎日戦車道の練習後に、みっちりと私とアッサムの茶の湯の指導を受けてもらいます)
(ひっ ひぃっ!? ど、どうかそれだけはご勘弁くださいませぇぇぇ!!)
(アッサム、もうすぐ秋だというのに今年の蝉は未練がましくよく鳴くわねぇ…… さぁ、早く連れてお行きなさい!!)
いったいどこのアニメの悪の組織か秘密結社のお裁きタイムかというような想像が、ローズヒップの脳内を高速で駆け巡る。長時間の正座を伴う古式ゆかしい「茶の湯」の指導はローズヒップは最も嫌うお仕置きだ。
ローズヒップの体がわなわなと震えてくる。
「ゆるさない…… 許しませんわ……」
仲間を全て撃破され、こそこそと隠れまわる醜態を観戦に来てくれた家族に晒し、もはや暗い未来しか残されていないのならば、仇敵を道連れに華々しく散ってくれん。もうこうなってしまっては誰の話も聞いていない。ローズヒップの瞳に鈍い光が宿る。
「許せませんわ、しまなみの隊長……大垣零! みしるし頂戴いたしますですわーー!!」
この失態を挽回するには、敵戦車の一両や二両を撃破したところで間に合わない。自分をこんな苦境に追い込んだ敵の首魁をぶちのめしてこそ、戦車乗りの名誉と誇りを取り戻せるというもの。消沈していたローズヒップに、めらめらと闘志が漲ってくる。
そうと決まれば話は早い。倒すべき敵を見定め決断したローズヒップは操縦手にエンジン全開を命じ、脱兎のごとく一気に加速して空き倉庫のシャッターを戦車でぶち破る。
「見ていてくださいまし! ダージリン様、アッサム様!! このローズヒップ、敵将を討ち取り死に花を見事咲かせてご覧にいれますわー!!」
♯2
その頃、大洗の生徒会チームこと角谷杏が駆るヘッツァーは海岸に砲撃陣地を構築した聖グロリアーナ女学院のバレンタイン歩兵戦車一両とビショップ自走砲と激戦を繰り広げていた。
「なーるほど、砂浜に陣地を張って自走砲の砲撃陣地を敷いてたのか…… しかも、ビショップの仰角を稼ぐ為に砂浜でドーザー付きのバレンタインに砲撃陣地を構築をさせるだなんて…… いやいや、お堅い聖グロがやるもんだねぇ」
ビショップの水平射撃を躱し護衛騎士の如く寄り添うバレンタインの牽制射撃を前面装甲で往なしつつ、杏が干し芋をはむはむと頬張りながら楽し気に照準器から見える聖グロリアーナの新戦力を評する。
「会長、呑気に眺めている場合ですか!?」
息を荒げながらハイレートで砲弾を装填し続ける河嶋が叫ぶ。
自分達が乗るヘッツァーに砲門を向けたビショップが、しまなみのソミュアS35を一撃で屠った恐怖の砲弾を水平射撃で撃ってくる上に、こちらが撃った砲弾は護衛のバレンタインの正面に据え付けられたドーザーブレードにことごとくはじき返されて傷一つ与えられないのだ。
「会長、いくらなんでも私達だけで相手するのは無謀すぎますよぅ……」
二両の戦車からの砲撃を絶妙なスライドコントロールで躱し続ける小山が苦しそうに呟く。躱しては撃ち、躱しては撃ちの可動式砲塔を持たない駆逐戦車ならではの戦いは兎に角腕と精神に疲労が溜まる。
「だーいじょうぶだよ、こっちには頼もしい同志がいるからねー」
杏は背を仰け反らせながら、楽しそうに笑う。目の前には戦車の装甲しか見えない。だが杏には、遠く視線の先に一両の戦車が見えていた。
大洗市街地の中心部近く、高台に位置する海防陣屋跡は太平洋を一望出来るロケーションで普段は観光客に人気のスポットであるが、今そこで偽装網で巧妙にカモフラージュした巨大な戦車がじっと獲物を狙っていた。
「成程、海岸沿いを移動しながら自走砲に砲撃をさせていたのね……」
双眼鏡を覗きながら、しまなみ女子工業学園のARL44重戦車を駆るカトレアチーム車長のルイーズ・ベルナールがしてやられたという表情で呟く。
「これなら家屋に射線を遮られる事無く、敵の正確な座標さえ分かれば曲射弾道で好きな時に好きな地点をピンポイントで砲撃出来る。しかもトップアタックならどんなに正面装甲の厚い戦車でもひとたまりもない……」
ルイーズの言葉に、同じく双眼鏡を覗きながら副操縦手のアニエス・ランブランが応える。前面や側面を分厚い装甲で固める戦車にとって、装甲厚の薄い上部装甲を狙ってくる自走砲は正に天敵と言ってもいい。しかも例え貫通しなくても、薄い装甲を伝播して伝わる榴弾の衝撃は計り知れないダメージを乗員に与えるのだ。
「ほわー 自走砲の砲手の腕がええんわよう分かるけど、バレンタインの操縦手もなかなかのもんやな。ヘッツァーに側面晒さずに、ビショップの事をよう守ってはるわ~」
敵戦車の巧みな操縦と砲撃に主操縦手のエステル・ボワモルチエが感嘆したような声色で話す。ヘッツァーの相手をしているのは、聖グロリアーナ隊長・肝煎りの一策を任される戦車乗り達だ。それを実行するなら並みの乗り手達では務まらない。
「もうっ 関心している場合じゃないですわ! 早くしないとヘッツァーがやられてしまいますわよ!」
「ペトラに同感だね。ルイーズ、こんな隠れながらの砲撃なんてボクの性に合わない。早く片付けてプリンセスを護りにいこう」
防戦一方に見える友軍のヘッツァーを案じて、装填手のペトロニーユ・フェリエと砲手のレオンティーヌ・アルシュがルイーズに出馬を促す。このまま呑気に成り行きを見守っていては騎士の面目を失う。普段より隊長である零の騎士を自負するレオンティーヌには容赦できない状況だ。
「やれやれ、随分といい場所に陣取っちゃったものね。敵さんもこんなにいい場所をもぬけの殻にするだなんて……なんだか大洗の会長さんの思惑通りに動かされてるみたいで少し癪だけど…… さぁ、みんな。仕事を始めるわよ」
車長の言葉を合図に、ARL44のクルー全員の目つきが変わった。獰猛な鷲獅子が獲物を狙うがごとく、ARL44の主砲がビショップを狙い定める。
♯3
陽光に照らされた大洗の海岸で、二両の戦車が大洗のヘッツァーと戦いを繰り広げていた。滑りやすい砂浜を生かし、目を見張るようなスライドコントロールで車両を操り、避弾経始に優れた角度を維持してこちらに砲撃を加えてくるヘッツァー。砲撃も正確で、装填時間も短い。護衛を担うバレンタイン歩兵戦車がいてくれなければ、もうすでに白旗を揚げさせられている。
「ロータス様、車両を10時方向に。この角度ならヘッツァーの砲撃はドーザーブレードで往なせます」
「畏まりました、ニルギリ様」
自らの指示に、両車の車長ロータスは短く、敬意を感じさせる声色で静かに応える。聖グロのドーザーブレードは頑丈で分厚く、整地以外にも装甲として抜群の効果を発揮するのだ。
ビショップ自走砲の車長の役目と、この二両の小隊の隊長を担うニルギリは長時間の戦闘にも関わらず、集中を切らさず、クルーと僚車への冷静な指示を欠かさない。
「こんな所で…… あなた方などに負けるわけにはいかないのです」
しつこくいやらしさまで感じるような車両機動でこちらを翻弄してくるヘッツァーを見据えて、ニルギリは声を絞り出す。
自分達は、明日の聖グロリアーナの行く先を担っている。
新車両の導入を渋り、柔軟さに欠ける戦術で黒森峰とプラウダの後塵を拝し続けた名門校。それが、ダージリンの手によって生まれ変わろうとしている。伝統を変革する事は痛みを伴う、しかも伝統が失われたとき、それを取り戻すには果てしない時間を要すると誰もが言うだろう。
だが、もう自分たちは待てない。待てないのだ。
黒森峰の九連覇とプラウダの勝利、そしてその二校を破った無名校の優勝と準優勝。
私達も、勝ちたい。私達だって、勝ちたい。
伝統を重んじる聖グロリアーナ。十一年も全国大会で優勝出来ていない、変革を望まぬ惰眠を貪るOGという鼠たちに食い荒らされるチーズのような名門校。その中で勝利を欲する者たちの胎動と萌芽を、絶対に失わせはしない。新車両二両の車長という重責を担うニルギリとロータスを、勝利への渇望が駆動させる。
周辺警戒も怠らず、この小賢しいヘッツァー以外に敵影は見えない。早く片付けてダージリン様の援護を行わねばとニルギリが意識をこの戦闘以外に向けたその一瞬、目の前のバレンタインが轟音とともに爆ぜた。
抜けるような青い空に向けられたARL44の砲口から、しゅうしゅうと白く水蒸気が上がる。長く降り続いた雨で砲に溜まった雨粒も、戦車道において最大級の90mm主砲の炸薬が生む莫大な熱により液体の形を保つ事が出来ない。
「レーヌ、バレンタインの機関室を抜いた。白旗は上がっているかな?」
鷹のように鋭い眼光で照準器を覗くレオンティーヌから、敵戦車の撃破を確信した言葉がルイーズに発せられる。
「大丈夫よ、白旗が上がってる。よくやったわレオン。さぁペトラ、次弾装填!」
「ルイーズ、弾種徹甲! 装填完了ですわ!」
重量級の砲弾を凄まじい速さで装填を終えたペトロニーユから装填完了の叫びが上がり、ルイーズが次の目標、ビッショップ自走砲に狙いを定めさせる。
「ふふ、最高の仕事ねペトラ さぁ、レオン。次目標、ビショップに照準合わせ」
「了解、レーヌ うん…? 嘘だろ!? 察知された! 砲の向首を確認! エステル、急速後退を!」
「はいなレオ!! みんな何かにしがみ付いとき、ぶっ下がるで!!」
こちらを向いたビショップの砲口に気づいたレオンティーヌの声に、エステルが反応し急速後退を始める。
その次の瞬間、轟音と爆炎がARL44の車体を包んだ。
「ふふ……手ごたえありっ まさか、まさかっ! この距離を夾叉どころか初弾で当てるだなんて、規格外め!! 油断いたしました!!」
僚車を一発で撃破した敵戦車を見逃す程、自分は優しくはない。海防陣屋跡にわずかに瞬いたマズルフラッシュを元に即座に砲撃座標を計算し、即応射撃出来る能力を持つ人間は聖グロリアーナに於いてニルギリ以外にはいない。
「よくも……よくもロータス様を! その醜い隠れ蓑から燻し出し、この代償を御身で払っていただきます!」
聖グロリアーナ女学院では、お互いを実の姉妹のように慕いあう習慣がある。特に戦車道に於いては姉妹の契りを交わし、二両の戦車の阿吽の呼吸で敵を圧倒するコンビネーションを発揮するのだ。
「あいたた…… し、死ぬかと思った…… みんな、ケガは無い?」
「ウチとアニエスは大丈夫やで! ペトラとレオはどないや?」
「レーヌ、エステル。こちらも大丈夫だ」
「う~耳がキーンっていたしますわ…… ですけど、グリフォンもどうやら無事なようですわね」
トップアタックであれば重戦車を一撃で屠る自走砲弾を食らって無事であったのは奇跡だ。
ARL44は車両上部の装甲が薄く、直上から落下してくる自走砲弾との相性が悪い。だが、敵の射撃へのレオンティーヌの超反応と、エステルの躊躇しない回避操車で奇跡的に車両中枢へのダメージは回避出来た。だが最悪の事態はまだ終わらない。
「あかん! ルイーズ、大問題発生や! 履帯がんーともすーとも動かへん!」
「くそっ、レーヌ! 主砲と砲塔も同じくだ!」
主操縦手と砲手の報告を受けてルイーズが砲塔ハッチから身を乗り出し、外を見て言葉を失う。車体を覆っていた丈夫な偽装網が砲撃を受けて引き千切られ、砲塔や主砲、そして履帯に複雑に絡みついていた。
「なんてこと、偽装網が履帯と主砲に絡み付いてる……!」
「ルイーズ、急がないとビショップから次の砲撃が襲って来る。外に出てワイヤーカッターで偽装網を切断するしかない」
「了解アニエス! エステルは車両のチェックと、レオンは敵に照準を継続! 私とアニエス、ペトラは擬装網を切断するわよ!」
「了解、ルイーズに続く。ペトラも早く」
「わ、わかりましたわ! あぁ、ちょっと! ルイーズ、アニエス! 待ってくださいまし!」
普段からリーダーとして皆を引っ張る立場のルイーズと、知識と経験を求める冒険家肌で山に海に空にといろいろな場所に行ったことがあるアニエスはこういった修羅場で度胸がある。少しもたつきながら、ペトロニーユはワイヤーカッターを持って砲塔ハッチから外に飛び出る。
「う゛…… なんて熱気ですの……」
榴弾の爆炎がそこかしこの木々や草花に火が燃え移り、濛々とした煙と火傷しそうな熱気にペトロニーユは思わずえづく。
「はっ こうしてはいられませんわ! ルイーズ、アニエス わたくしは左履帯に絡みついているのを除去いたします」
炎の熱と煙にいぶされて涙が出てくるが、同じ状況のルイーズとアニエスも必死に戦っている。顔中を涙やいろいろでぐしゃぐしゃにしながら必死に履帯と転輪に絡みついたワイヤーを除去していく。
「はぁっ はぁっ うっ……げほっごほっ よし、除去完了! アニエス、ペトラ! そっちはどう?」
「ルイーズ、砲塔と照準器周りは除去完了」
「ふんっ!……くぅっくく…… ルイーズ、アニエス! 助けてくださいまし! 転輪に絡んだワイヤーが切れませんの!」
ぐちゃぐちゃに絡んだワイヤーが、元柔道フランス代表で剛力無双のペトロニーユをもってしても切断できない。汗と煤が目に流れ込んできて涙が滝のようにどばどば出てくる。
「なるほど、これは厄介ね……」
「でも、三人で力を合わせれば絶対に切れる!」
アニエスの言葉に、三人は頷き合いワイヤーカッターに渾身の力を込める。
「くぅっ くくくぅ……」「はぁっはぁっ…ふんっ!」「んぐぐぐぐぎぎ……」
三人で必死に力を合わせ、ワイヤーを切る事に没頭する。早くしなければビショップから第二射が飛んでくる。そうなれば全ては終わりだ。その時、バチンと何かが切れる音が響いた。
「やった……! アニエス、ルイーズ! 切れましたわ!」
「よっし、よくやったわ! ペトラ、アニエス! そうとなったら早く搭乗するわよ!」
大急ぎで車体に飛び乗り、砲塔のハッチから室内に三人が雪崩れ込む。
「エステル、レオン! 搭乗完了! 車両運動と砲撃を許可する!」
「はいなルイーズ! 三人とも手伝えんで堪忍え、お疲れさん!」
「了解した、レーヌ 第二射来る、応射いくぞ!」
海岸に陣取るビショップの砲口に閃光が瞬くのと同時に、ARL44の主砲から初速マッハ2.9の砲弾がビショップに向けて撃ち込まれた。
♯4
「うぅ…… まさか、まさか! ビショップの砲弾を直撃してなおも応射出来るとは」
ARL44から撃ち込まれた砲弾はビショップの右の履帯と転輪を直撃し、切断された履帯と歪んだ転輪が無残な姿を晒していた。
「ですが、まだビショップに白旗は揚がっていません…… 皆さん、三射目の準備を。聖グロリアーナの誇りを見せてやりましょう」
ニルギリの言葉に、ビショップのクルーも頷き、片側の転輪だけで車両を動かし、榴弾を装填し、照準を合わせる。
「撃たないんですか? 会長」
90mm砲の直撃を受けてなおも、懸命に車両を動かし、ギブアップしないビショップを見ながら小山が杏に問う。
「あぁ、ベルナールちゃん達とビショップの戦いに水を差すのは無粋ってもんだよ。小山、避弾経始を取りつつ照準合わせ。万が一、アルシュちゃんが次の砲撃をシクったら私達で止めを刺すよ」
干し芋をほおばりつつ、緊張感を維持した声色で杏が小山に指示を出す。
足回りを破壊された以上、最早ビショップに精度の高い砲撃は期待出来ない。もはや勝負は決したと言っていいだろう。自分達も仲間の獲物を横取りする趣味は無いが、いざという時は動くという姿勢は崩さず、杏たちは勝負の成り行きを見守る。
「ふぅ、今度はビショップの射撃を躱したわね。お見事、エステル、アニエス。さぁ ペトラ、次弾装填。レオン、砲撃のタイミングは貴女に任せる。止めを刺してやりなさい」
「畏まりましたわ、ルイーズ」「了解だ、レーヌ」
車長の指示に、ペトロニーユが砲弾を装填し、レオンティーヌが砲手の役目を果たさんと照準器を覗く。
90mm砲の直撃を履帯と転輪に受けてなおもビショップは懸命にその役割を果たそうと藻掻いている。その役目を果たそうとするひたむきな姿と、飽くまで勝利を目指そうとする姿にレオンティーヌも敬服する思いだった。
凄い敵だった。だからこそ、相手が手負いの獣だろうと絶対に手を抜かない。あの轟炎の司教を絶対に抜ける事を確信し、レオンティーヌは静かに主砲のトリガーを引く。
「行くぞ。鉤爪を突き立てろ、グリフォン」
「聖グロリアーナに栄光と勝利を 撃て!」
クルー達からグリフォンと名付けられたARL44と、飽くまで勝利を目指し変革を渇望するビショップ。二両の戦車から放たれた砲弾が空中で交錯する。
音速を遥かに超えるARL44の砲弾が大気を切り裂き、水平射撃に近い角度でビショップから撃ち出された榴弾が緩く放物線を描きながら風を切り飛翔する。
ビショップに着弾したARL44の砲弾が主砲の砲身を抉り、根元から断ち切りそれでもなお獲物を喰い足りないというように、無事だった片側の履帯上部の装甲を貫通して足回りを蹂躙しようやく制止した。寄せては返す波の音しか聞こえない海岸に、しゅぱっという射出音が響き、ビショップの砲塔上に白旗が高々と揚がった。
ARL44の砲塔から身を乗り出しながら腕を組み仁王立ちしているルイーズの背後に榴弾が着弾し、地面をえぐり取り、凄まじい爆炎を巻き上げ辺り一面が炎光に浮き出される。
地獄の業火のように燃えたぎる炎を背後に、勝利の喜悦を堪えきれないように口角を上げてルイーズが不敵に微笑む。その姿は、まるで鷲獅子を駆る戦女神を思わせるような凄艶さに溢れていた。
♯5
ルイーズとニルギリ達の戦いに終止符が打たれた暫く後、聖グロリアーナ女学院隊長車の追撃を受けていたしまなみ女子工業学園・隊長車のstrv m/40Lは新たな脅威に直面していた。
「わーお、零ちゃん、龍ちゃん クルセイダーがまた来たよ!」
「また? 全くもう、しつこい淑女は嫌われるわよ」
ペリスコープから外をうかがう装填手の紅城烈華が何度振り切っても喰いついてくるクルセイダーに驚きの声を上げる。操縦手の陸奥原龍子も若干うんざりといった様子だ。
「クルセイダーに、黒森峰のⅢ号戦車…? なんだか変わった組み合わせだね」
主砲の照準器を覗きながら車長の大垣零が不思議そうに答える。
「な、なんなんですの!? 黒森峰の! あれは、わ・た・く・しの獲物ですわよ!」
「へへーん♪ 早い者勝ちだよ、赤毛のお嬢さん!」
ローズヒップのクルセイダーに絡むように、黒森峰女学園の入間アンナが駆るⅢ号戦車と妙に息の合うコンビネーションでモンテカルロを駆け抜けるF1マシンのように、縦横無尽に零のstrv m/40Lを追いかける。
「あらあら ローズヒップったら。それにしても…… 黒森峰のⅢ号戦車、クルセイダー隊に欲しいくらいの操縦技術ね。アッサム、データを知りたいわ」
「車長は入間アンナという一年生のようです。黒森峰の一年生選抜隊のリーダーですね。狭い住宅街をローズヒップに遅れずに付いていける操縦技術と統率力は、確かに目を見張るものがあります」
少し離れた距離でローズヒップ達を追いかけるダージリンは、一級の操縦技術を持つ後輩達に付いていけるⅢ号戦車の腕前を目の当たりにしデーターの収集と解析を急ぐ。
「全く、聖グロの跳ねっ返りの走りを見て火が付いたか…… 入間も戦車乗りだな」
「ふふ ローズヒップが張り合いのある同輩と巡り会えたなら、クルセイダー隊の隊長に抜擢した甲斐があったというものね」
まほもダージリンも、自分達の獲物を追い掛け回されいて少々不満もあるが、可愛い後輩が同輩の戦車乗りと火花を散らしながら戦う姿に満足気だ。しかし、いくら優秀な後輩達が二両でかかっても零が抜かれるとは微塵も思っていない。そんな柔な戦車乗りでは無い事は、このエキシビションマッチで自らの身をもってたっぷりと味あわされているからだ。
「全く! このカチューシャの獲物を横取りしようだなんて、聖グロと黒森峰の一年はあさましいったら無いわね! ひぃっ ん… ま、まぁ、一年にしてはまぁまぁやるじゃないの」
ぷりぷりと怒るカチューシャの言葉に、まほが「獲物……?」と氷のような視線で、ダージリンが「あらあら、獲物とは誰の事かしら?」とにっこりと笑顔でカチューシャを射すくめる。
(ふ…ふん! 何よ、偉そうにこのカチューシャを睨みつけるだなんて! でも……残念だったわね、大垣零の首はプラウダがいただくわ! クラーラ、いいわね。手筈通り挟み撃ちにするわよ)
(ダー お任せくだサイ、カチューシャ様。少々ジャマが入りましたが、まとめて撃破してやりまショウ)
カチューシャがこっそりと無線でクラーラに挟撃の指示を出す。このままいけば旅館のある交差点辺りであのstrv m/40Lを挟み撃ちに出来る筈だ。聖グロと黒森峰を出し抜き、プラウダが獲物を頂戴する。西住まほとダージリンの悔しそうな顔が目に浮かび、カチューシャが笑いを堪えきれないようにくふふと笑みを浮かべる。
「零、烈華! このコーナーで振り切るわよ、ちょこっと揺れるから何かに掴まって!」
操縦手の陸奥原の声に、零と紅城が了解と返し緊張した面持ちで肢体保持の体勢を取る。
「ふんっ!」
陸奥原の操舵で蕎麦屋と民宿の前にあるS字コーナーのようにくねった交差点を、strv m/40Lが横転するかしないかの絶妙な速度で素早く切り返しながらクリアしていく。雨上がりの滑りやすい路面でも、極力履帯をスライドさせない事でスピードを殺さず、コンパクトにコーナーを切り返す軽戦車の妙技に観客席からも歓声が巻き起こる。
「S字コーナー! 合わせなさい、黒森峰の!」
「はいよ! 赤毛の!」
strv m/40Lを追うローズヒップのクルセイダーと、入間アンナのⅢ号戦車がコーナーに履帯をドリフトさせながら突っ込む。滑りやすい路面を生かした深いスライド角を保ち、二両の戦車が一糸乱れぬコンビネーションでコーナーをダイナミックにクリアしていく。strv m/40Lとはまた趣の異なる戦車乗りの妙技を目の当たりにした観客のテンションは上がりっぱなしだ。
「龍ちゃんヤバいよ! あの二両まだ追ってくるぅ!」
「脇道に入るわよ! 急ハンドル切るから舌噛まないでね!」
「りょ、了解! 西さん、よろしくお願いします!」
「畏まりました、我が君!」
コーナーの後は長い直線道で射線が通っている。狙われたらひとたまりもないローケーションを避けるべく、strv m/40Lが片輪が浮きそうになるのを抑えつつ側道に頭から突っ込む。
クルセイダーとⅢ号戦車がコーナーを脱出したその時、通りの奥にきらりと光る物を見つけてローズヒップと入間は総毛立つ。射線の通った長い直線通りの奥に、こちらに主砲を狼の牙のようにギラつかせたチハが待ち構えていたからである。
「「待ち伏せ!?」」
クルセイダーとⅢ号戦車が緊急回避で急制動を掛け、避弾経始に優れた角度を取るのと同時にクルセイダーにチハから放たれた砲弾が着弾する。
「うにゃぁ!」
被弾の衝撃に、ローズヒップが可愛らしい悲鳴を上げる。幸い砲弾は車両を掠り虚空へ弾き飛ばしたものの、戦車の砲弾が当たるのだから衝撃はかなりのものがあるのだ。
「あんにゃろ! 主砲、撃て!」
すぐさま入間のⅢ号戦車から反撃がチハに撃ち込まれる。それを見て潮時だと悟ったのか、チハが呆気ないほどにするすると後退し辺りには硝煙の香りが漂うのみとなった。先程のチハの戦いぶりを見て入間は驚く。知波単学園の戦車であれば、こういうシチュエーションで必ずこちらに捨て鉢の突撃をかましてきていた。
だが、あのチハは無謀な突撃はしなかった。
何か、凄い事が起きている。入間は無性に面白く感じ、思わず舌で唇を舐める。
「おにょれちょこまかとっ!逃がしませんわよ! ヘイ! 黒森峰の! さっきのコーナー捌き、なかなかのものでしたですわよ!」
「へへっ 聖グロのスピードスターにお褒めの言葉を頂くなんて恐縮だねっ!」
ローズヒップも入間も頭の切り替えが早い、すぐに追撃の体勢を取る。
「申し訳ありません、仕損じました! 我が君!」
「いえ、西さんのおかげであの二両と距離を離す事が出来ました。ありがとうございます。これより、再度そちらに合流いたします」
「畏まりました! お供させて頂きます!」
西からの通信に援護の感謝を伝え、零は西との合流を準備する。西の伏撃のお陰でローズヒップと入間から大分距離を稼ぐ事が出来た。英国とドイツの戦車を相手にこのマージンを稼いだ事は大きい。
「距離は離せたものの、相手は快速戦車二両。追いつかれるのも時間の問題ね……」
「あ~もうっ! 決定打に欠けてるよう! あの二両をどうにかしなきゃこっちがどうにかされちゃうよ!」
クルセイダーもⅢ号戦車も路上であれば時速40km以上の速度を出すことが出来る。strv m/40Lもチハもそれに勝るか少々落ちるくらいの速度性能だが、相手は聖グロと黒森峰の期待の星である。そして、あの二両の向こうには敵三校の隊長が迫ってきている。長く続く逃避行に陸奥原と紅城もこの状況を打開したいと声を上げる。
零も零で正直焦っていた。絶えず追い掛け回されて、フラッグ車を担うみほ達あんこうチームの援護に回る事も出来ず、中々思うような戦いを進める事が出来ていない。焦燥感が体と心を駆け巡る。
「ふっふっふ やぁやぁお嬢さん達、どうやらお困りのようだねぇ」
と、そこに無線を通して声が聴こえた。声の主は角谷杏その人である。
「その声は…角谷さん! 良かった、ご無事でしたか…… 今どちらに?」
「少し離れた高台からささっきの戦い見てたよ。いや~ゴメンね、大垣ちゃん達の走りに見惚れて援護砲撃するの忘れちゃってたよ~」
からからと笑いながら話す杏の言葉と声色に、零は自身の緊張と焦燥が和らぐのを感じていた。
「と、こっちもプラウダのT-34にしつこく追い掛け回されててね。このままじゃ皆の援護もままならないんだ」
「そこでさ、まとめてやっつける一策考えてみたんだけど…… 大垣ちゃん、西ちゃん。私の賭けに乗っかってくんない? おねーさんの悪巧みに、どうか手を貸して欲しいんだ」
お願いされなくたって、もう腹は決まっている。この状況を打開する為なら、どんな誘いも受けるつもりだった。零と西は頷き、杏に了承の意を伝える。大洗と知波単、そしてしまなみの三両合同の作戦が動き始めた。
♯6
「見つけまシタ…! もう、逃がしはしまセン!」
大洗のヘッツァーを眼前に見据え、クラーラが決意に満ちた表情で操縦手に追撃を指示する。仲間は皆撃破され、プラウダの残存戦力はカチューシャと自身を残すのみとなってしまった。せめて、先に散った仲間とカチューシャの名誉の為に、しまなみの隊長だけは刺し違えてでも倒すつもりだった。
「ふふ…… あんまり熱くなると、足元がお留守になっちゃうよん♪ 西ちゃん、あと少しで決行地点に到着するよ! 頼んだからね! 小山、いいよいいよ~ もっとおちょくる感じでいってみよう♪」
「お任せください!」
敵を翻弄し、煽るような挙動でヘッツァーが大洗の街を駆け抜ける。杏や小山にとって大洗は庭だ。車長の指示で操縦手がこの太平洋に面した風光明媚な街をみずすましのように駆け抜ける。
「今だ!」
ヘッツァーが通りを抜けるのを見届けたその瞬間に、建物の陰から西が駆るチハが一気に通りに躍り出た。
「何ィ!」
「我ら士魂の槍の味、とくと味わうがいい!」
チハがT-34/85に向かって一気に距離を詰め肉薄し、履帯と車外燃料タンクに砲撃を加える。新砲塔のチハに装備された47mm対戦車砲は履帯を切断するには十分な威力がある。履帯を切断され、コントロールを失ったT-34/85が交差点にある旅館に頭から突っ込んだ。
「いよっし! T-34の擱座を確認! 最高の仕事だよ、西ちゃん!」
「勿体なきお言葉、恐縮です!」
「さぁて、お次は大垣ちゃん! いってみよう!」
「うぅ… 本当にこれをやるんですか?」
ニンマリと邪な笑みを浮かべ、心底愉快そうな杏の声に、零が恥ずかしそうに答えた。
♯7
あと少しで撃破という所まで追い上げていた、しまなみのstrv m/40Lを見失ったローズヒップと入間アンナは大洗市街で索敵を継続していた。
「んも~ 一体大垣零のヨンマルはどこにいきましたの!? あっ! 黒森峰の! 呑気にアイスコーヒーなんて飲んでないで探しなさい!」
「ぷはっ それ、アイスティー飲んでる自分が言う? この暑さなんだから水分補給は大事だよ。あ、まだまだあるからあげるよ、ほら!」
「うわっとと…… もう、投げてよこすだなんて不躾ですわよ でも、サンキューですわ!」
初秋とはいえ夏の暑さはまだ抜けきっていない。紅茶を愛する聖グロリアーナの生徒であっても、キンキンに冷えたアイスコーヒーのボトルを突っ返すのは不躾だ。ローズヒップも入間に礼を言い受け取る。
「しっかし、ほんとにどこにもいないねぇ…… 奴さん海水浴でもしてんのかな? んん? あれは……」
通りの向こうの陽炎の揺らめきの先に、一両の戦車が見える。
車長とおぼしき人物が、砲塔上で薔薇の花を片手に微笑みを浮かべ、艶っぽくしなを作りおいでおいでと手招きをする。こちらの進退がかかる一戦で、『ついておいで』と悩みの張本人から挑発されローズヒップは頭に血が上るのを感じた。
「ほーん! 大垣零! この誇りある聖グロリアーナを挑発するとはいい度胸ですわ! 追いかけますわよ、黒森峰の!」
「えぇ~? なんかどう見てもモロに罠っぽい感じだけど…… でもまぁ、美少女の艶姿を見られるんだしいっか!」
知波単と同じかそれ以上の吶喊モードのローズヒップを入間も諫めるが、目の前の値千金の敵に挑発されたとあっては受けないわけにはいかない。入間のⅢ号戦車もアクセル全開で追撃体勢に入る。
「こちら大垣です! 現在クルセイダーとⅢ号戦車に追撃を受けています! ひゃっ、撃ってきました!」
「よっしかかった! 流石だよ大垣ちゃん! このまま永町商店街をぶっ飛ばしちゃって!」
strv m/40Lの砲塔上で零はこれでもかとしなを作りつつ、頬をかすめるように飛んでいく砲弾に青くなりながら二両の戦車の車長を煽るように囮役を続ける。
「いいねー! いいよー零ちゃん! もう一枚いこうか~! いや~ヤイカさんにもらった薔薇がこんな所で役に立つなんて思わなかったね!」
装填手の紅城は零の姿に高揚しつつ車室内からパシャパシャと写真を撮る。実際、試合前に激励に来てくれたボンプル高校隊長のヤイカから貰った深紅のバラがこんな所で役に立つとは零自身も思っていなかった。
「もうすぐランデブーポイントよ! 零、もうちょっと頑張って!」
操縦手の陸奥原もムリな挙動で零を振り落としてしまわないように細心の注意を払いつつ、ぐねぐねと之字運動を繰り返し敵に照準を絞らせない。だが、距離をギリギリまで引き付けさせる。
「ポイントまであと200! 烈華、ちゃんと零をキャッチするように!」
「任せて龍ちゃん! さぁ零ちゃん、私の胸に飛び込んできてね!」
「今だ! 大垣ちゃん!」
「了解! むっちゃん! 左にブレイク!」
「応!」
杏の合図で零が陸奥原に左に車両を一気に逸らせる。急旋回で一瞬車両の右側が浮きそうになったが装填手の紅城ががっちりと零を抱きしめて車室内に抱き寄せる。
アクセル全開の最大速度のローズヒップのクルセイダーと入間のⅢ号戦車の眼前に大洗のヘッツァーがあった。
「小山! ブレーキ!」「はいっ!」
阿吽の呼吸で急制動を行ったヘッツァーを猛烈な減速Gが襲い、車両の前側が下に沈み込むノーズダイブ現象が発生する。これこそが杏の策であった。
「ぶっ飛べ!」
ノーズダイブしたヘッツァーに乗り上げた高速の戦車二両がカタパルトから打ち出された戦闘機のように宙を舞った。
空中でくるくるとスピンする戦車二両をチハとstrv m/40Lが地上から狙う。
strv m/40Lから放たれた砲弾がクルセイダーの増加燃料タンクを貫き、チハの砲弾がⅢ号戦車の燃料タンクを貫く。貫通跡から猛烈な勢いで噴き出すガソリンと燃焼ガスがクルセイダーと三号戦車をまるでミサイルのような勢いでクラーラのT-34/85が嵌まり込んだ旅館に向かって飛んでいく。
「うぉぉぉぉぉー!ですわー!!」
「あっはっはっ、飛んでるー!」
ローズヒップと入間の叫びが空に響き渡り、空中をフラットスピンしながら旅館に激突した二両の戦車から大量の揮発油が漏れ出し、先に漏れ出していたT-34の燃料にも引火してまるで燃料気化爆弾が爆発したような大爆発が旅館を木っ端みじんに破壊し尽くした。
「よっし、一丁あがり! 」
三両の戦車を一気に片づけて、杏がぱぁんと手をたたく。傍から見れば物凄い惨状であるが、戦車道の戦車は特殊カーボンのコーティングでしっかり守られており、乗員を危険に晒した過去の事例を教訓に乗員保護が徹底している。この程度ではびくともしないし、乗員の生命も安全だ。
それに試合中に損壊した民家や建物には、手厚い保険によって建て替えや修繕が行われる。斜陽の武道と言われて久しい戦車道だが、保険や建設、機械工業に至るまでその携わる分野・企業の裾野は果てしなく広い。
「さぁて… 大垣ちゃん、西ちゃん、無事かい?」
「は、はい……」「こちらも乗員以下四名無事であります!」
戦いを終えて少し放心気味の零と、大立ち回りの後も変わらず溌溂としている西が杏に答える。
まるで映画のような戦いだった。聖グロリアーナと黒森峰、そしてプラウダを手玉に取ったような戦いぶりに地元大洗の観客たちも興奮を拍手と歓声で表す。
「おっとぉ、お客さんだね。おやおや、三校のアタマがお揃いで」
通り町商店会の向こうから、三両の戦車の履帯が軋む音と、猛獣の唸り声のような排気音が聴こえてくる。この音の主がゆらゆらと蜃気楼のように近づいてくるのを察知して零と西も身構える。
「大垣ちゃん、西ちゃん。ここは私達に任せて先に行ってくんないかな?」
「そんな……私達も残ります!」
「角谷さん、何をおっしゃりますか!? 知波単には友を置いていくという流儀はございません!」
あとの始末は任せろという自分の言葉に、置いてはいけないと返す零と西に、杏は本当にいい子達だねと思いつつ、少しはにかむように笑いかける。
「私は、怖いおねーさん達とちょっと話があるからさ 大丈夫、全部終わったらすぐに合流するよ。それにさ、しんがりは乙女の誉れって言うじゃん。ここはどうか私達に華を持たせてよ」
それが本音か嘘か分からない。だが、杏たちの覚悟を声色から悟った零と西は、静かに操縦手に前進を命じる。
「ありがとう、二人とも…… 大垣ちゃん、それに西ちゃん。どうか西住ちゃんのこと、助けてやって。よろしく頼むよ」
杏の言葉に、心得たというように零と西が頷き応える。みほと合流するべく先を目指す二両を見送り、杏は心を落ち着けるように静かに瞼を閉じ、そしてゆっくりと開く。
スコープの先に聖グロリアーナ女学院隊長車のチャーチル、プラウダ高校隊長車のT-34/85、そして黒森峰女学園隊長車のティーガーⅠがもうそこまで迫っていた。
「うぉう、可愛い後輩を屠られて大分おかんむりのようだね」
迫ってくる戦車から怒りのオーラを感じて、杏も口角を上げて愉快そうに話す。これだけの面子を相手に、単騎で立ち向かえるのだ。戦車乗りには最高の死に場所である。そして、西住まほ―― 西住みほの姉。自分達が傷心の心優しい少女に無理矢理に背負わせた重圧と責務。そのけじめを、落とし前をここでつける。
「小山、河嶋。準備はいいかい?」
「「はいっ!」」
杏子の問いかけに、小山と河嶋が淀みない声で応える。
もしもここが本物の戦場で、三人一緒に死ねたなら――― きっとそれを「本望」と人は言うのだろう。杏は仲間達への感謝とみほの勝利を願い、主砲の引き金に指を掛ける。
大洗の街に地響きのような砲声の重奏曲が響き渡った。戦車乙女達の戦いの秒針は未だ止まることなく、その時を刻んでいく。