ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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逃げた冬

 

 中央では珍しく大雪が降っている。

 ウマ娘たちの中には雪国育ちの子たちもいるし、普通の人間より頑丈なウマ娘にとっては都会の大雪などたかが知れているのだが、普通の人間からすれば厄介だ。

 歩道も滑りやすいし、交通機関も麻痺するしで、雪に慣れていないとどうしても通常通りに出来ない。

 

 故に、

 

「いやぁ、寮はすぐだってのにこのまま校舎に泊まることになるとはなぁ」

「でもお泊まりパーリナイってことっしょ? 寧ろ気分上がらん?」

「バイトも今日はちょうどお休みだからタイミング的には良かったの!」

「こういうのもたまにはいいもんだなぁ!」

「いつもと違うってだけで、なんだかドキドキするわね」

「明日は雪かきして、雪だるま作って、雪合戦出来ますね!」

 

 トレセン学園も生徒の安全を第一に残った生徒たちを校舎に宿泊させることにした。

 災害時に避難所指定もされているため、毛布や寝袋も相当数常備しているので問題はない。問題があるとすればウマ娘たちが興奮して夜ふかしをする可能性があることくらいだ。

 

「ねぇ、僕はアパート帰りたいんだけど?」

「ダメですよ。雪道は危険です」

「スズカさんの言う通りです! トレーナーさんは危なっかしいので、転んで怪我をする可能性が高いです!」

 

 当然、エースたちが泊まるなら山西も泊まる。それは何故か。エースたちが山西を逃がすなんてことをしないから。

 学園側としても自身のチームのウマ娘が宿泊するなら責任者としてそのトレーナーに残ってもらった方のが手間が省けるというのもあり、特別な理由がなければ出来るだけ残ってほしい所存。

 なのでエースたちが泊まるということで、否応なしに山西も今夜は学園に残ることになったのだ。

 

「別にいいだろ、泊まるくらい。トレーナーさんに至っては何度も学園で寝泊まりしてんだからさ」

「最近はちゃんと帰ってるよ。そもそもがインドアだから部屋に引きこもっていたい側だし」

 

 エースの言葉に山西がそう返せば、

 

「でも責任者ってことで今日は泊まりな!」

 

 快活に笑ってエースから話をぶった切られてしまう。

 よって山西は諦めて、今座っているトレーナー室の長ソファーの背もたれにもたれて天井を見上げた。

 しかしまだ救いはある。何故ならエースたちはトレーナー室に留まるのではなく、寝る際には体育館になるからだ。

 いくらトレーナーとウマ娘たちの間に強い信頼関係があろうと、女子生徒が成人男性と同じ空間で一夜を過ごすというのはよろしくない。ある一部のチームを除いて。

 

「まあ、いいや。僕は僕で仕事するから、エースたちは寝袋と毛布を受け取って体育館に行っておいで。それじゃ、また明日」

 

 山西はそう言ってエースたちに退室を促したが、タップが「は?」と首を傾げてきたので、山西も思わず「え?」と聞き返す。

 当然だ。まだ寝るのには早い時間とはいえ、最終下校時刻はとっくに過ぎている。よってこれ以上トレーナー室にいる意味もなければ、いたところでエースたちがすることはない。

 山西にとっては至極真っ当な考えなのだが、

 

「完全消灯時間は22時。21時までは自由に過ごしていいって話だ。だったらそれまで一緒にいたっていいだろ?」

 

 タップが当然のように居座ることを表明。タップがそう言うのだから、他のメンバーも当然そうだ。

 

「え、何それ初耳なんだけど?」

「生徒にはウマホに学園からの連絡事項がメールで届いてるからな。食事はカフェテリアに行けば弁当くれるらしいから、ここで食ってもいいだろ?」

 

 タップは困惑する山西にそう返して自身のウマホに学園から送られてきたメールを見せる。

 山西が素早く内容を確認すると、確かにタップの言った通りのことが記されていたので、山西はハッとして自身のノートパソコンのメールフォルダを開く。そこには学園から学園に残ることになったトレーナーは責任を持って担当ウマ娘の面倒を見るよう記されていた。

 担当である以上、その子たちの責任を持つのはそのトレーナーとして当然であるため、それはそれで構わないと思う。

 そう思う一方で、山西は小さく息を吐きつつ、未だ側で仁王立ちしているタップに再び視線を戻す。

 

「僕、仕事したいんだけど……」

「仕事の邪魔はしないさ。当然だろ、そんなの。ただ一緒にいることぐらいいいだろって話だ。Understand?」

「……もう好きにして」

 

 山西が完全に折れたのを見て、タップはもちろんだが他のメンバーも大変満足したように頷いた。

 

「そんじゃ、トレーナーさんは仕事しててくれよ。あたしらはその間にトレーナー室の掃除してやるから」

「またちょっと散らかってきてるし、ちょうどいいの♪」

「お助けキタちゃんの出番です!」

「あー、うん。お世話になります」

 

 こうして山西は仕事、エースたちは軽い掃除と各々取り掛かるのだった。

 

 ◇

 

 山西は仕事。エースたちは掃除に加えて整理整頓。

 そのお陰で山西が仕事を終える頃には、トレーナー室もすっかり片付き、資料等も綺麗に整理整頓されていた。

 

「ん〜……」

 

 椅子から立ち上がり、両手を組んで背伸びをし、その後に腰に手を添えて左右にじっくりと伸ばす。

 コキコキと関節が鳴り、それだけ集中していたことを物語る。

 

「お疲れ様なの、トレーナー! はい、温かいココア!」

「わ、ありがとう、アイネス」

「頭よしよしする?」

「しない」

「したいの」

「ダメなの」

「ぶーなのー」

「ふてくされてもダメなのー」

 

 両方の頬を膨らませて不満の表情を見せるアイネスだが、鋼の意志で山西は拒否。寧ろいい大人が女学生に頭を撫でられる方が恥ずかしいだろう。

 

「何を意味分かんねー茶番やってんだよ」

 

 タップがそう言ってアイネスの肩を小突くと、アイネスはアイネスで「えへへ、お姉ちゃんジョークなの!」と返した。

 

「只今、戻りましたー!」

「うぇーい! みんなのおべんとゲッチュしてきたしー!」

 

 そこへカフェテリアへ山西とメンバー分の弁当を受け取りに行っていたキタサンとヘリオスが帰ってくる。

 二人の両手にはビニール袋があり、ウマ娘用なのか結構なボリュームなのが見て分かるくらいの大きさだ。

 

「トレぴ何にするん? とりまあったの全種貰ってきたけど?」

「ヘリオスたちが好きなの選んで。僕は余ったやつでいいから」

「トレぴはいつもウチらのこと優先してくれんのはちょー嬉ぴだけど、こういう時はトレぴから選ぼ? たまにはウチらに甘えてくれたっていいっしょ? 食べられないのないん?」

「どれも食べられるよ。だから本当に余ったやつでいいんだ。ありがとう、ヘリオス」

 

 ヘリオスの優しさに山西が笑顔でお礼を述べ、頭を撫でる。するとヘリオスはへにゃりと破顔して「うひひひ」と乙女らしからぬ笑い声をあげて、耳が幸せでピコピコした。

 

「ヘリオスは放っておいて、トレーナーさんからどうぞ」

「こういう時は群れの長が選んでいいんだ。気にするなよ」

 

 スズカとタップに促され、山西は「分かったよ」と頷いて、テーブルに並べられた弁当の中から助六寿司を取る。

 

「トレーナーさんは助六寿司か」

「うん。トレセンで助六寿司って珍しいから、どんな感じかなって」

 

 エースの言葉にそう返す山西。

 そして山西が選んだことで、他のメンバーも加入したのが遅い順でそれぞれ弁当を選んだ。因みにエースがロースカツ弁当。アイネスがのり弁。ヘリオスがハンバーグ弁当。スズカがおにぎり弁当(おにぎり2つにウインナー2本の玉子焼き2つ)。タップが唐揚げ弁当で、キタサンはエビフライ弁当。

 

「いただきます」

『いただきまーす!』

 

 こうしていつもより少し遅めの……しかし山西と一緒で嬉しい夕食が始まった。

 

「ねね、いなり寿司と海苔巻きがあるとなんで助六ってなるん?」

 

 ふとヘリオスが疑問だったことをその場にいるみんなに投げる。

 

「確か、歌舞伎の演目『助六由縁江戸桜』の主役である助六から来てる……だったかな」

 

 山西がすぐに疑問に答えるものの、ヘリオスは余計に疑問が増えた様子。その証拠に耳がぺたりと下がって、眉もハの字で首を傾げている。

 

「えっとね、その演目の中で助六と恋仲になる女性が登場するんだ。吉原……あ、吉原っていうのは所謂大人の社交場ね。それでその吉原の花魁で名前が『揚巻(あげまき)』って言う人が物語に出てくる。それで揚巻の揚を油揚げのいなり寿司、巻きを海苔で巻いた巻き寿司になぞらえて、この二つを詰め合わせたものを「助六寿司」って呼ぶようになったんだよ」

「……それ助六寿司って言うより揚巻寿司じゃね?」

「んー……そうかもしれないねー」

 

 ヘリオスの素朴な疑問に山西は思わず苦笑い。確かに彼女の言うことも理解出来るからだ。

 

「要するに助六が好きな女の揚と巻を食うから助六の寿司ってことで助六寿司でいいんじゃねぇか?」

 

 エースの少々乱暴な解説に山西は「ちょ」と驚いて慌てて訂正しようとするが、

 

「おけまる水産! 助六の好きぴ弁当ってことな!」

 

 ヘリオスは何故か納得した様子。

 

「でもこれまで歌舞伎ってちゃんと観たことないです」

「アタシは観たことあるぜ? 迫力あって好きなんだ」

「あたしも前にシービーと観たな。ふらっと気ままに一緒に走りに行った先で」

「私はないですね……」

「あたしもないのー」

 

 キタサンのつぶやきからみんな歌舞伎を観たことがあるかないかの話に花が咲く。

 タップやエースは観たことがあるが、他のメンバーはない様子で、ヘリオスに至っては早速助六由縁江戸桜を自身のウマホの動画投稿アプリで検索していた。

 

「…………何言ってるのかわからんくてぴえん」

 

 早速動画を再生したものの、歌舞伎役者の独特な発声に耳が慣れていないヘリオスは分からなかった様子で耳が垂れる。

 

「まあ江戸時代の話だからね。今の言葉や言い回しとは違うから最初は分からなくて当然だよ。でも歌舞伎は江戸時代の今で言う映画とかドラマみたいなものだから、当時の人たちは楽しんで観ていただろうから、そう難しく考える必要はないよ」

 

 山西が優しく言い聞かせるように言ってまたヘリオスの頭を撫でると、ヘリオスはまたまた「うへへへ」と破顔した。

 

「おっ、ちょうど今やってる演目が助六由縁江戸桜だぜ? 明日みんなで行って観てみねぇか?」

 

 タップがウマホ画面をみんなに見せて提案すると、

 

「明日は雪でトレーニングコース場も使えねぇだろうし、いいんじゃないか? あたしはいいぜ」

「あたしもバイトお休みだからオッケーなの!」

「ウチも行く行くー☆ フライアウェーイ☆」

「いい息抜きになりそう」

「あたしもちゃんと観てみたいです!」

 

 みんな行く気満々の様子。

 そして当然、

 

『トレーナー(さん)(トレぴ)も一緒に行くよな?(行きますよね?)(行くっしょ?)』

 

 山西も一緒にとせがまれた。

 こうなると断れないのが山西という男。

 

「……分かった。いいよ。みんなで行こうか」

 

 よって山西はこう答えるしかなかった。

 こうして明日の予定も決まり、エースたちはウキウキで山西と別れて他のウマ娘たちよりも早く床に就いたそう。




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