ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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掴めー掴めー胃袋をー

 

 とある日の昼間。

 トレセン学園は昼休みに入り、多くの生徒たちが午後の予定に備えて思い思いに過ごす。

 昼食を堪能する者。仲間と遊ぶ者。静かに過ごす者。軽く走る者。腹ごなしに筋トレする者。

 そして、

 

「よう、トレーナーさん」

「やぁ、みんな。今朝方ぶりだね」

 

 トレーナーと過ごす者。

 

 チーム『スターラピッド』のメンバーは昼休みになると、基本的に山西がいるトレーナー室にやってくる。

 理由は少しでも愛する山西と同じ時間を過ごすため。

 誰でも大好きな人と過ごせる時間は何物にも変え難い大切な時間なのだ。

 

「今朝言われた通り、お昼は何も食べずに待っていたけど……これから何が始まるのかな?」

 

 朝のトレーニングが終わった別れ際、山西はエースたちに今日のお昼は自分たちがトレーナー室に行くまで待つように言われていた。

 エースたちがそう告げた理由。

 それは、

 

「あたしらが作ってきたから、味の感想を頼む!」

 

 自分たちで山西のために料理を作って来たからである。

 しかし山西は知らない。ここにいるエースたちにレースさながらの誰にも譲れぬ気迫が、その浮かべられている笑顔の裏にあることを。

 

 そう、これはエースたちにとっては譲れぬオンナの闘いなのだ。

 

 何故闘いという物騒な表現をしているのか……理由はエースたちが毎週一度必ず行う料理対決だから。

 事の発端はメンバーで山西を求め、バチバチに火花を散らしていた黎明期。(キタサンが加わって1週間ほど)

 エースの呼びかけにより山西を6等分(時間的に)することで同意したものの、アスリートウマ娘の本能なのか……どうしても一番という称号を欲してしまう。

 そこでみんなは毎週一度、料理勝負をすることにした。勝負内容が料理なのはいずれ自分たちが必ず山西と結婚するのだから、今の内から料理スキルを上達させ、且つその過程で愛する山西の味の好みを知り、彼の気づかぬ間に胃袋を掴める最高の侵略……愛情表現だからである。

 そしてこの料理勝負で一着を取れれば、晴れてその一週間は勝者が愛する山西の左隣を並んで歩ける権利を手に入れられるのだ。

 因みに最多勝利者はチームリーダーのエースではなく、チーム1の女子力お化けのアイネス。

 

 という訳で、今日もその運命の対決が始まるのだ。

 

「わぁ、今日はみんなの手料理を食べさせてもらえる日か! 嬉しいなぁ!」

 

 真相を知らない山西は純朴である。知らぬが仏、とはよく言った物だ。

 山西もまさかエースたちが本気で自分の胃袋を掴みに来ているとは露ほども知らないのだから。

 

「じゃあじゃあ、トップバッターはウチな!」

 

 毎回料理を食べてもらう順番はじゃんけんをして決めている。

 今回はヘリオスがハナを取った。

 目を少年のように輝かせてワクワクして待つ山西にヘリオスは胸がずきゅんどきゅんしながら、持ってきたタッパーをパカリと開ける。

 

「ウチねぇ、今回はけっこー頑張ったぽ!」

「これは……オムレツ?」

「そ、オムレツ☆ 遠慮せずに食べて食べて☆ あーん♡」

 

 お箸で一口サイズに切ったオムレツを甲斐甲斐しく口元まで運ぶヘリオス。

 山西はそれに素直に従ってオムレツを口に含むと、思わず「おっ」と声が出た。

 

「美味しい……!」

「うへへへ、ヤバいっしょ?」

「うん! まるでスクランブルエッグを卵で巻いたような……外はちゃんとした歯応えがあるのに中はふわふわで……今まで食べた中で一番美味しいオムレツだ!」

「うぇいよぉ、褒め過ぎかー♡ 嬉し過ぎてヘブン味ヤバたんなんだがー♡」

 

 山西からの高評価にヘリオスはデレデレに頬を緩めて喜びを爆発させる。

 当然、そんなヘリオスをエースたちは物凄い嫉妬オーラドバドバで睨んでいるが、山西は気づかない。

 

「次は私です。私はサトイモとゴボウの煮っころがしです」

「これも美味しそうだね!」

「スペちゃんにも太鼓判を押してもらいました。では……あーん」

 

 スズカもヘリオスに負けじと煮っころがしを山西の口元へ運ぶ。

 山西がそれを口にすると、ほわんと穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「これは……スズカみたいに優しい味だね」

「そんな……大袈裟ですよ……ふふふ♡」

「そんなことないよ。ホクホクなのにトロトロで、甘じょっぱくて……ゴボウもいいアクセントになってて……安心する味だ」

 

 高評価を貰えたスズカは珍しく小さくガッツポーズを決め、誇らしげにエースたちにVサインをしてみせる。その顔は正しくドヤ顔で、正妻の座は譲らないと宣言しているかのようなマウントをされているようで、エースたちはカチンと来た。

 

「そんじゃ、次はアタシだ。トレーナー、口開けな!」

「頂きます……パクッ」

 

 タップが山西のために用意したのは本場アメリカの味、コーンドッグ。これは日本で言うところのアメリカンドッグだ。

 日本でのアメリカンドッグは基本的に魚肉ソーセージを使っているが、タップが作ってきたコーンドッグは普通の粗挽きソーセージを使用。

 タップ製のはサクッと感よりも、カリッと感が強く、ソーセージもパリッとジューシー。小麦粉本来の甘みがある衣に、スパイシーなソーセージがよく合い、山西は何度も「うん!」と頷いた。

 

「美味しい! こんなの初めてだ!」

「そうかい! ママにレシピを聞いて、前の日から準備して、ついさっき揚げて仕上げて来たんだ! じゃんじゃん食ってくれ!」

 

 タップの言葉に山西は勢いよく頷くと、タップに勧められるがままコーンドッグを早々に1本完食。

 それを見てタップは満足そうに頷き、大切にコーンドッグの串を回収した。

 

「トレーナーさん、次はあたしですよ! どうぞ!」

「頂きます……ゴクッ」

 

 キタサンが山西に食べさせたのはミネストローネスープ。

 先程食べたコーンドッグを忘れさせるようなさっぱりとしたトマトの酸味とタマネギの旨味が優しく味覚を撫で、山西は思わずホッと一息を吐いた。

 

「これも美味しいね……さっきの油っこさがなくなったよ」

「昨日の夜からじっくりコトコト煮込んで、冷蔵庫で寝かせましたから!」

「このスープなら毎日でも飲めるよ」

「っ!?♡」

 

 キタサンeyes&ears

 

『キタちゃん、毎日このスープを僕のために作ってくれないかな?』

 

 ガチ恋フィルターによって山西がキラキラした王子様のように幻覚と幻聴が発症するキタサン。

 その証拠にヘブン状態になって昇天してしまったキタサンを、タップとヘリオスがそっと回収してソファーへ寝かせた。

 

「それじゃ、次はあたしだな。あたしもこってりした物だ。遠慮なく食ってくれ」

「これも美味しそうだね……」

「美味いさ……ほら、口開けな、あーん」

「あー、ん」

 

 エースが用意したのは昨晩から仕込んでおいた牛バラ肉の角煮。

 口に入れると噛まずに蕩け、濃厚な味が広がる。牛肉ならではの匂いはするが、決して悪い訳ではなく、八角の香りが牛臭さを絶妙に調和してくれている。

 味は言わずもがなで、その証拠に山西の顔はだらしなく蕩けてしまっているほどだ。

 

「お、おいひぃ……!」

「その顔が見れればあたしは満足だ」

 

 ニッと歯を見せて笑うエースだが、その瞳の奥にはハートマークを浮かべ、尻尾の付け根がゾクゾクして、なんとも言えない高揚感を得ている。

 そして結婚すればこのような山西を毎日見られると思うと、ますます手放したくなくなってしまうエースであった。手放す気は毛頭ないのだが。

 

「最後はあたしなのー!」

 

 今レースの一番人気。最多勝利数を誇るアイネスが威風堂々と前に出る。

 アイネスが作ってきたのは、

 

「おにぎり?」

「そ、おにぎり! 食べて食べて、トレーナー!」

 

 何の変哲もないシンプルな焼き海苔が全体に巻かれた三角形のおにぎりだった。

 山西は手を合わせ、その一つを手に取り、一口頬張る。

 すると、

 

「っ!!!?」

 

 目玉が零れ落ちるのではないかというほどに目を見開いた。

 アイネスはそんな山西の表情を見てニヤリと口角が上がる。

 

 毎回料理勝負をする際、エースたちは正々堂々且つ山西のためにじゃんけんで順番を決めると、その順番で作る予定の料理を宣言するのだ。

 こうすることで料理が被ることを防ぎ、栄養過多にならないようにしているのである。因みに勝負である以上、どんな料理を用意するかを宣言するだけで、具体的な内容は秘密。

 

「おいひぃ……おいひぃよぉ……!」

 

 感涙しながらアイネスのおにぎりを一心不乱に咀嚼する山西。

 大トリということもあってデザート系も最初は考えたが、みんなの作る予定の料理を聞いて、アイネスはおにぎりにしようと決めた。

 しかし最大の理由はエースが『飯に合う牛肉料理』と言ったからである。

 飯に合う……ということはそれを食べれば米が欲しくなるということ。ならば自分はシンプルにおにぎりをご馳走すればいいのだと考えたのだ。

 

 米は山西が好む硬さを完璧に熟知しており、塩加減も把握済み。そして今回は敢えてただの塩と焼き海苔だけのおにぎりすることで、欲していた米欲を最大限に満足させることに成功したのだ。

 こうした計算が出来るのがアイネスのしたたかなところである。

 

「トレーナー、そんなに慌てて食べたらダメなの。はい、お茶」

「あ、ありがとう……くぅ、冷たい緑茶がしみるぅ」

 

 このお茶もアイネスの作戦。お茶は山西がいつどのタイミングで口に含んでもいいため、お茶を渡しても反則ではないのだ。

 しかし塩のおにぎりに冷たい緑茶という黄金コンボの効果は抜群で、これにはエースたちも『やられた』と脱帽する。

 何せ、今回の料理勝負で山西が一番の笑顔を見せているのだから。

 

 でもそこに悔しさはあっても、愛する山西の笑顔の前ではその悔しさも消し飛ぶ。それだけエースたちは山西の笑顔を見るのが大好きなのだ。

 

「一応訊くけど、誰のが一番だった、トレーナーさん?」

 

 エースが勝負の結果を山西に尋ねると、

 

「どれも一番って言いたいけど、みんなはそれじゃ納得しないんだよね……。なら、タップのアメリカンドッグかな……コーンドッグ、だっけ?」

 

 選ばれたのはタップでした。

 これには流石のアイネスも勝利を確信していただけに「どうしてなの!?」と声を荒げてしまう。

 

「アイネスのおにぎりもそれはもう美味しいよ? でも初めて食べたコーンドッグだったから……」

 

 あはは、と照れ笑いして答える山西に、アイネスは胸を押さえて「トレーナーがあたしを堕としにきてるの……♡」と小さくつぶやきながらソファーに座り込んだ。

 そんなアイネスを心配する山西だったが、

 

「よっしゃあぁぁぁぁぁ! I'm winnerーーー!」

 

 タップがジャングルポケット並みに勝利の雄叫びをあげたことで、アイネスも我に返る。

 こうして料理勝負は幕を閉じ、タップは今日からルンルン気分で山西の左隣を占領するのだった。




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