節分を迎えたこの日、チーム『スターラピッド』は部室で豆撒きをする。
色々と物が多いトレーナー室よりは物が少ない部室で行う方が、終わったあとの片付けが楽だから。
「鬼はー外ー」
『鬼はー外ー!』
先ずは室内から災いをもたらすとされる鬼を外へ追い出し、
「福はー内ー」
『福はー内ー!』
今度は外から室内へ向かって福を招く。
「それじゃあ、福豆を拾って歳の数だけ食べようか。外に撒いた福豆は縁起が悪いから勿体なくても捨てること」
『はーい』
山西の言うことに素直に返事をし、室内の福豆を拾う組と外の福豆を拾う組に分かれる。福豆は衛生面と掃除の手間を考えて小袋パックの物を使用。
「ねー、あんま気にしてなかったけど、どして歳の数だけ豆食べるん?」
室内の福豆を回収しつつ、ヘリオスが誰へ向けたものでもないふとした疑問を投げると、
「えっと……確か邪気を払った物を福豆って言って、それを歳の数だけ食べることは福を体に取り入れるってことで、病気とかをせずに一年を元気に過ごせるようになる、だったかしら」
「あたしは歳の数プラス一個で来年まで元気に過ごせるって両親から教わりました!」
「んー、あたしは無病息災を願いながら食べるって親に教わったのー」
スズカ、キタサン、アイネスとそれぞれ返せば、ヘリオスは余計に分からなくなったようで、ポカン顔。
「地域やその家によってそこらはまちまちだから、歳の数だけ食べればいいって考えておけばいいよ。そもそも節分は鬼という邪気を払って、無病息災を願う行事だから」
外の福豆を回収し終えた山西が簡潔に述べる。
するとヘリオスは納得したのか「りょ!」と軽く敬礼した。
「あたしの実家だと歳の数だけだな」
「アタシはそもそも日本に来るまで知らなかったな。歳の数だけ食べるのは教わって知ってたが、歳の数プラス1ってのも初めて知った!」
「僕も実家では歳の数だけ食べてたよ」
エース、タップ、山西と福豆の食べ方に花を咲かせる。やはりその家によって考え方は違うので、これはこれで面白いとみんなして笑った。
「恵方巻きの方角って今年はどっちですか?」
「あっちだよ。大丈夫だろうけど、喉に詰まらせないようにね」
「はい!」
福豆を食べ終えれば、次は恵方巻き。
今回、恵方巻きを用意してきたのはキタサンで、みんなに入れて欲しい具を聞いて母親に作ってもらった特製恵方巻き。
山西が穴子。エースが甘辛く煮た千切りニンジン。アイネスがだし巻き卵でヘリオスがかまぼこ。スズカはツナマヨ。タップは高野豆腐だ。
「キタサンは好きな具を入れなくて良かったの? 僕たちの好きな具を入れてくれたのは嬉しいんだけどさ」
「あたしの好きな具はトレーナーさんと同じですから! 心配いりませんよ!」
「そっか。なら良かった」
「はい!」
元気にそう返したキタサンだが、実のところは山西と同じ物が食べたいだけ。こうして着々と山西の好みの把握をみんなでしているのだ。ただそれだと六品なので、キタサンの母親が桜でんぶを入れてちゃんと七品に揃えた。
「いただきます」
『いただきまーす!』
山西の声にみんなも声を揃え、恵方巻きを頬張る。
しかし山西が恵方を向いて食べているのに対し、エースたちは山西の背中に向かって恵方巻きを頬張っていた。
理由は自分たちの恵方は山西がいる所だから。彼がいてくれたから、今の自分たちがある。ならば自分たちの恵方は山西がいる所しかないのだ。エースたちにとっては。
「むぐ……むぐ……むぐ……」
『………………♡』
一生懸命に黙々と恵方巻きを頬張る山西を、エースたちは恍惚な表情を浮かべて眺める。その後ろ姿だけで……否、後ろ姿だからこそ、彼の吐息や鼻息、微かに聞こえる喘ぎ声が色々と妄s……想像が捗るから。
嗚呼、あの無防備な背中を押し倒してしまいたい。彼のことだからきっと自分たちを受け入れてくれる。でないと世界が滅ぶのと同義だ。
しかしそうする前にとても大切なことがある。
「………………」
『………………』
エースがちらりと横目にメンバーの顔を覗くと、皆一様に目が合った―――
『(ハナは譲らない)』
―――と。
そう。みんな今でこそ大きな衝突はしていないが、それは今全員が同じスピードを保って並走しているから。
一度その均衡を崩せば、我先にと全員が愛する山西をその手中に収めようと躍起になる。
だが、それではいけない。そんなことをすれば、愛する山西を悲しませる結果になる上に、彼の心が離れてしまう可能性がある。
そうなったらと考えるだけで、エースたちは背筋が凍る思いだ。ヘリオスやタップに至っては下手をすると過呼吸に陥る自信があると豪語するくらい。
だからそんなことはしない。したいのは山々だが、しない。絶対に。
ただただ、自分たちが卒業し、法的にも社会的にも山西が困らないようになったら、全員でおs……押し掛ければいいのだ。そうすれば優しい彼は折れてくれるから。
「……はぁ! 食べ終わったぞ……!」
彼女たちがそんなことを考えているだなんて思いもしない山西は、恵方巻きを食べ終えて一息吐く。
「おう、遅かったな、トレーナーさん」
「お水飲んで、トレーナー!」
既に食べ終わっていたエースがすかさず声をかけ、アイネスが水のペットボトルを手渡した。
「いやぁ、流石ウマ娘。食べるのも早いね」
「ウチらと比べたらあかんっしょ☆ トレぴちょーウケるし、ちょーかわゆ☆」
「ニンジンハンバーグとかと比べると恵方巻きは小さいですから」
ヘリオスは相変わらずケラケラと笑い、スズカも優しく微笑む。
「それもそうだね……じゃあ、片付けして解散しようか」
「だな。もう暗いしな」
「早く片付けて明日のトレーニングに備えましょう!」
タップ、キタサンの言葉にみんなも『おー!』と返事をし、ぱぱっと片付けを開始。
山西はそんな彼女たちを『本当に僕にはもったいないくらいいい子たちだな』と感心しているが、
『(絶対に逃さない♡)』
エースたちの熱い想いを彼は知らない。
―――――――――
本日はバレンタインデー。
トレセン学園でも生徒たち同士でチョコレートを交換したり、お世話になっているトレーナーにあげたりで、いつもより浮足立っている雰囲気だ。
トレセン学園の職員たちも交流のある者たちはチョコレートをあげたり貰ったりしており、その中には山西に渡す者もいる。
山西は逃げウマ娘の育成に長けた名トレーナー。故に彼から逃げのイロハを学んだ者も多く、そのお礼にとチョコレートを渡したのだ。
ただそうなると、エースたちがどう出るのか……怖くないだろうか。
しかし安心してほしい。
こういう時ほどエースたちはとても冷静なのだ。
何故なら全員が正妻の余裕を持っているため、山西がどんなにチョコレートを貰おうが、それを浮気だとは思わない。
寧ろ、『自分の未来の旦那(確定)なのだからチョコレートを貰えて当然』とすら思っているし、貰えないなら貰えないで『彼の魅力を知らない人が多くて嬉しい』で終わりなのだ。
そもそも、
「おーっす、トレーナーさん! バレンタインデーだな! 今年もちゃーんと作って来たぜ!」
「わ、ありがとう。嬉しいな」
自分たち以上に山西の好みを把握している者はいない。いたとしてもそれは未来のお義母さまくらいだ。
無邪気に喜ぶ山西をエースたちは愛おしく見詰め、鼓動もレースの最中のように早くなる。この愛くるしい表情が見られるのならば、毎日でもチョコレートやお菓子を手作りして渡したいくらい。
でもそんなことをすると山西の健康面が不安になるため、そこは未来の妻(確定)として断腸の思いで我慢する。
「バレンタインデーのチョコレートをみんなで作って持ってきたけど、あたしたち以外からもトレーナーは貰ってるから、食べるのは1日1個まで。その約束が出来るならあげるの」
お姉ちゃんとのお約束、守れるかな?とアイネスが優しく言い聞かせるように言えば、山西は朗らかに笑って「約束するよ」と返した。
「なら指切りげんまん、なの♪」
「うん、指切りげんまん」
差し出されたアイネスの小指に山西もすぐに自身の小指を絡める。
「ゆ〜び〜切〜りげ〜んま〜ん、う〜そつい〜たら〜トレーナーの健康管理のために朝から晩まであたしたちで監視するイチャイチャラブラブ生活を死ぬまで送らせる寧ろそうしたいから破ってもいいよ、ゆ〜び切った♪」
「…………なんて? 早口過ぎて聞き取れなかったんだけど?」
「ううん、なんでもないの! とにかく約束したからね、トレーナー!」
「う、うん、約束ね」
アイネスに押し切られた山西。
黒ピンクオーラムンムンで瞳の奥にハートマークを浮かべているアイネスは、思わず舌なめずりをしているが山西はチョコレートに夢中で見ていない。
「エースはおっきなハートチョコだね」
「今年はマーブルにしてみたんだ。洒落てるだろ?」
「うん! 去年のストロベリーチョコレートも美味しかったから、今から食べるのが楽しみだよ!」
エースが用意したのはフリスビーサイズのハートマーブルチョコ。厚さが1センチあるのでかなり食べ応えがあるだろう。
「あたしはチョコレートケーキなの」
「ウチはチョコレートブラウニーな☆」
「ありがとう! 嬉しいよ!」
アイネスは今年も特製ケーキ。素材全てを親友であるメジロライアンに頼み、お友達価格で取り寄せてもらった最高級品。基礎が出来ているだけに、変に工夫せずともパティシエ並みのケーキで、これにはあのエイシンフラッシュも太鼓判を押すくらいである。
一方でヘリオスのブラウニーは所々凹んでしまってはいるが、それはそれで愛情が伝わってくる一品。ダイイチルビーに頼み込んで彼女の家のお抱えシェフから教わった愛と気合の力作である。
「私はチョコレートムースにしました」
「アタシはママ直伝のチョコパウンドケーキだ」
「あたしはチョコティラミスです!」
「三人も本当にありがとう! 大切に食べるから!」
スズカのムースはちょっと甘さ控えめ。でもスペシャルウィークやタイキシャトルが『お腹いっぱい』というほど試行錯誤して作り上げた一品だ。
タップは祖国の母親に教わったパウンドケーキ。去年はタルトで、その前はチョコチーズケーキ。こうやって自分の母の味を愛する山西に食べてもらうことで、祖国の味を知ってもらうのだ。
そしてキタサンのチョコティラミスは親友のサトノダイヤモンドの家のシェフに教わったもの。シュヴァルグランやダイヤがギブアップするほど試食してもらって出来上がった渾身のモノである。
「いつもありがとうな、トレーナーさん。これからもよろしく頼む」
エースがチームの代表で山西にそう言うと、みんなも笑顔を山西に向けた。
山西はそのみんなからの思いに目頭が熱くなるが、決して涙は流さず、
「ああ、もちろんだよ!」
力強い返事をするのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!