桜の花が咲き乱れ、春を感じさせる。
桜並木の道を走るウマ娘たちも、トレーニング中とはいえ、この時期はついつい桜に見惚れてしまうことも。
そんな穏やかな日和の中、
「ふむ……これが出来ないのなら、君たちには向いていない。悪いことは言わないから今からでも他のクラスに行くことをお勧めします」
『他のクラス、ですか?』
「ええ、他のクラスです」
トレーニングコース場は陽気とは裏腹にピリピリとした空気が漂っている。
今日は新入生が入学して最初に受ける脚質適性別講義。
逃げ、先行、差し、追込……4つのクラスに分けられ、最初はみんな自分の希望するクラスに入れるが、そのクラスに配属されたトレーナーたちに適性外と判断されたら別のクラスに移る。もちろんレースによって脚質を変えることもあるが、それはあくまでも戦術の一つであり、ひとりひとりに合う脚質を知ることはとても大切なことなのだ。自分の長所を知らずに勝ち残れるほど、中央は甘くないのだから。
そして逃げのクラスでは当然山西が絶対的な発言力を持っているし、その眼も確かなため、他のトレーナーたちは何も反論しない。
少々冷たい物言いだが、トレセン学園にいるウマ娘にとっての時間はとても大切。1分1秒も無駄に出来ないのである。
故に山西は早くその子に合った脚質と素質を開花してもらうために、逃げ適性がないと判断すると即座にクラス変更を告げているのだ。
「私、逃げて勝ちたいです」
しかし中にはこの青鹿毛ロングのウマ娘のように逃げにこだわる子もいる。
「ふむ……僕から見て、君はスタートが遅い。これは逃げという戦法にとって致命的です」
「でも、それは今までちゃんとしたスターティングゲートを使ったことがなかったからで……これからトレーニングすれば……」
「だからこうしてクラス変更を勧めているんですよ。何度も言いますが、君はスタートが遅い。でもスタートが遅くてもハナを奪うパワーと根性はあります。であるならば、逃げに固執せず、先行や差しを極めることの方が君の脚質には合っていると僕は感じました」
「…………」
「敢えて厳しいことを言いますが、トゥインクルシリーズのシーズン中で毎レース脚質を変えられるのは天才だからこそ出来る芸当です。誤った脚質のレースプランを組み、君の本来の実力を発揮出来なかったら、そのトレーニングが無駄になってしまう。ひいては初勝利に手が届かなくなる。時間は待ってくれません。レースの世界にもう一度なんて優しいシステムはないのですから」
言葉は厳しくても、声色は優しく言い聞かせ、最大限に相手を思いやるように告げる山西。
ウマ娘は人の感情を敏感に察知出来るため、山西の話を聞いている青鹿毛ロングのウマ娘もそれを察し、山西に頭を下げてから他のクラスへ向かった。
「相変わらずですね、山西さん」
背後からの声に山西が振り向くと、そこにはチーム『ジャイアントキリング』を率いるトレーナー、田添文洋がいた。
田添もツインターボという逃げウマ娘を育てたトレーナー。またマヤノトップガンも逃げを得意とするウマ娘であり、今回は逃げクラスを担当しているのだ。
かく言う田添も山西に逃げのイロハを教わった一人で、師弟関係であったりする。
「おや、田添さん。今年は逃げクラスなんですね。てっきり去年同様先行クラスかと思ってましたよ」
「先行クラスには今年は吉部さんと河部さんがいますから」
「あぁ、道理で……だから先行クラスに行く子が多いんですね」
「三冠トレーナーとメジロお抱えトレーナーが揃えば、そりゃあみんな一度は走りを見てもらいたくなるでしょう」
河部が笑って言うと、山西も「確かにそうですね」と笑みを浮かべて返した。
「話を戻しますが、相変わらずウマ娘のことになると物言いが鋭くなりますね、山西さんは」
「……そんなの当たり前でしょう」
山西はそう返すと、コースを走る多くのウマ娘たちへ視線をやる。
「トレセン学園に入学したという時点で、誰もが夢を追い掛けるスタートラインに立ちます。いや、寧ろもうスタートしていると言ってもいいです。既に名家出身の子たちは自分の得意とする脚質や距離を把握している子が殆どなので、そういう子たちほど既にチームやトレーナーを探したりと先に進んでいるんですからね」
「でも誰かの影響でその脚質にこだわる子だっているでしょう?」
「こだわるならそれもよし」
「ではどうしてさっきの子には逃げを諦めさせたんです?」
「先程の僕の厳しい指摘を聞いても尚、逃げにこだわるのであればクラス変更はそれ以上言うつもりはありませんでした。しかし彼女は僕の言葉を聞き、自分の中で何か合点するものがあって了承したのです。仮に他のクラスで自分に合った脚質を見い出せないのであれば、残酷ですがそこまでの素質だったということです」
「確かに残酷ですね」
「ですがウマ娘レースの世界は常に残酷ですからね。勝つのは例外を除いて常に一人。その上どんなに悔しくても笑顔でライブステージに立たなくてはいけない……諦めるというのも一つなんですよ。叶わない夢を追い掛けさせるほど残酷なことはありません。そして誰しも一度しか人生という旅路を歩めないのですから」
深みのある山西の言葉に河部は深く頷いた。
「これは僕の持論ですが、アスリートウマ娘になるならいい意味でエゴイストにならないといけないと思うんですよ。でないと下を向いた瞬間に二度と前を向くことは出来ない……どの脚質であれ、抜かさない、抜かしてやる、という強いエゴとファイトスピリットがないとレースで勝つことは夢で終わってしまう。その夢が僅かでも叶う可能性が上がるのであれば、僕は喜んで悪人になります」
普段の控えめな山西とは真逆の強い確固たる信念に河部は『この人も相当なエゴイストだ』と思う。もちろんいい意味で。
彼のような強いトレーナーが導いたからこそ、彼の担当ウマ娘たちはあれだけの勝ち星とファンを勝ち得たのだ、と河部は強く感じ、
「勉強になりました」
心から謝意を告げた。
「あはは、散々言っておいてなんですが、僕もまだまだ足りないところがありますがね」
「それは俺もですよ。お互い鋭意努力していきましょう」
「そうですね」
固い握手を交わした二人。
するとまた河部が「そういえば……」と口を開いた。
「ずっと気になっていたんですが、どうして今日はそんなに髪飾りを付けているんです?」
河部の疑問は当然である。
何故なら普段から着飾ることを好まない山西という男が、今日は着飾っていて寧ろゴテゴテしているから。
珍しくサンバイザーを付け、普段は隠している目も星型のヘアピンで見せている上に、髪にはそれぞれ赤い飾り紐、花菱の飾り、球状の飾り、金の鯱を模った飾りと大渋滞を起こしている。
「ああ、これですか? 似合わないですよね。でもエースたちがどうしてもこれを付けないと怒るもので……仕方なく」
「山西さんもですか? 俺のとこも全く同じでしたよ」
「だから河部さんも手首やら首やらに色々と付けているんですね」
「はい。自分はそれで満足してくれたので」
田添はそう言って苦笑いするが、両手首と首に彼の担当バたちのリボンがこれでもかと巻かれているため、傍から見ると異様としか思えない。
しかしこの二人だけでなく、そういった異様な格好をしているのはちらほらといるし、そう珍しくもないため、周りも華麗にスルーだ。トレセン学園でのみ見られる風物詩といったところだろう。
ただウマ娘たちからすれば、各トレーナーたちが身に着けている各担当バたちの私物からは持ち主の強いニオイが漂っているため、『あ、このトレーナーの担当バにはなれないんだ……』と物分りのいい子は気付くのだ。しかし『それでも!』という子のみが、そのチームの一員になれるのである。
その後は二人共にお喋りをやめ、多くいる新入生たちの力になるべく、トレーナーとして目を光らせるのであった。
◇
その日の午後。
座学も終わり、午後のトレーニングの時間となった。
今の時期はチームメンバー勧誘やトレーナー探しが活発で、トレーニング施設はどこも普段よりは空いている。
山西はチームメンバーの募集をしていないので、さっさとトレーニングを開始したい所存。
しかし、
「ねぇ、トレーニングしないの?」
『まだ!』
山西は部室内でエースたちに引っ付かれていて身動きがとれないでいた。
理由は簡単で、エースたちによる浮気チェックである。
どうやってチェックするのかというと、自分たち以外のメス(主に新入生)のニオイが強く残っていないかだ。
肩に手を置いたり、走る指導の際に生じるボディタッチ、そうしたことは18億7684万3000歩ほど譲って我慢するが、体にニオイが染み付いていた場合はギルティ判定である。
という名目のもとに実は愛する山西のニオイをただただ嗅げる絶好のチャンスなので、エースたちにとっては我慢した分、当然のご褒美タイムなのだ。
「早くトレーニングを始めようよ……今日は人も少ないから、絶好のチャンスなのに」
「分かってる。でもあとちょっとだけ」
「今日はみんな揃って甘えたがりだねぇ」
「そんな日もあるさ」
エースはそう言うと『もういいだろ』とばかりにまたニオイを嗅ぐことに集中する。
こうなるとてこでも動かないので、山西はもう『とりあえずあと3分は待とう』と制限を設けて、棒立ちになった。
(はぁ……もう堪んねーな!♡ 浮気もしてないし、マジで最高かよ!♡)
(ほんのちょっぴり知らない子のニオイはするけど些細なものなの♡ 浮気せずにいて偉いよ、トレーナー♡)
(………………すこすこのすこ♡ ちょーヘブる♡)
(これが最高の景色……♡)
(毎晩嗅ぎてぇなぁ……早く本当の意味でアタシの物にしたい♡)
(ちょっと疲れてるのかな……明日体にいい物をプレゼントしなきゃ!♡)
みんな思い思いの心の声を吐露しつつ、ご褒美を堪能。結果的に浮気はしていないということになったが、この山西のニオイはいくら嗅いでいても嗅ぎ足りない。
「……はい、もう甘えん坊タイム終了」
パンパンと手を叩いて言う山西。
エースたちはもっとこのままでいたいが、なんだかんだ30分もこの状態だったので今度こそ素直に従うことにした。
「うん。いい子だ。それじゃあ部室前で準備運動して今日のメニューを始めるよ!」
『はい!』
こうして今日もエースたちは山西への愛を強くする。
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