ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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スターラピッドの5月

 

 清々しい青空。優雅に流れる白い雲。

 世間はゴールデンウィーク真っ只中で、チーム『スターラピッド』は今日からトレーニングを休み、ゴールデンウィークを満喫する。

 

 よって山西も今日は惰眠を貪る所存だったのだが、

 

 ピンポーン

 

 朝の8時丁度にインターホンが鳴り響いた。

 山西は寝惚けながらも、アパートの回覧板かもしれないとドアを開ける。

 するとそこには、

 

「はろはろー、トレーナー! あ、グッモーニンかな? あはは」

 

 アイネスの姿があった。

 

「アイネス? 今日はお休みのはずだけど、どうかしたの?」

「えへへ、来ちゃった♡」

「来ちゃった……って言われてもねぇ」

 

 あくびを噛み殺し、なんとか言葉を返す山西。

 対してアイネスは相変わらず屈託のない笑み(山西ビジョン)を見せるのみ。

 しかし山西は知らないのである。アイネスが早朝アルバイトを終え、すぐに山西宅へ直行してきたことを。その証拠にアイネスはウーマーイーツのリュックサックを背負っているのだ。

 

「あのね、トレーナー」

「うん」

「バイトで汗掻いちゃったから、シャワー貸して欲しいの!」

「…………なんで?」

「寮のお風呂場、今日は点検整備中で使えないから!(嘘)」

「寝てていい?」

「全然いいの!」

 

 社会人である山西が未成年女学生を部屋に入れ、シャワーを貸すというのは下心がないにしても決していいことではないのだが、山西は眠た過ぎて脳が回っていないためにアイネスの侵入を許してしまう。それにアイネスがこうしてバイト終わりにシャワーを貸してほしい、とお願いしてくるのは今に始まったことでもない。最初は銭湯を勧めたものの、アイネス本人から「トレーナーには悪いんだけど、銭湯代も節約したくて……」と言われれば、彼女の家庭事情を知っている山西としてはシャワーくらい貸しても罰は当たらないと思えてしまうのだ。

 因みにアイネスとしてはこうして定期的に山西からシャワーを借りることで、今彼がどんなシャンプーやボディーソープを使っているか知ることが出来て、それをエースたちに教えることでみんなから許されていたりする。シャンプーやボディーソープを揃え、それを使うことによって、ニオイをお揃いに出来、且つ周りに『自分たちは日用品も共有している』と他のウマ娘たちにマウントを取りつつ、外堀を埋めているのだ。

 

 ◇

 

(トレーナーは……えへへ、寝てる寝てる♪)

 

 シャワーを浴び終えたアイネス。

 寝ている山西の迷惑にならないよう、自前のコードレスドライヤーを使って浴室で乾かし、彼がいつも付けている香水をワンプッシュして、戻ってきた。

 寝室のドアを少し開けると、山西はベッドの上で規則正しい寝息を刻んでいる。

 アイネスはすかさずウマホのカメラを起動し、彼の寝顔を撮ってメッセージアプリを通しチームメンバーへ写真を送信。因みに山西は熟睡しているのもあってシャッター音程度で起きる心配もない。対してウマホには秒で『最高かよ』『でかした』『あざま!』といったメンバーたちからの賛辞が返ってきた。

 

 あとはみんなには悪いが、

 

(おやすみなさい、なの♡)

 

 山西が寝ているベッドに潜り込むだけ。

 爆睡する山西はアイネスが布団の中に入ってきたことすら気付かない。

 

(スゥーーー……はぁ……飛ぶの♡)

 

 彼女は別に危ないクスリに手を出しているのではないので安心してほしい。

 ただ愛する山西のニオイをこれでもかと吸ってハイになっているだけ。

 エースたちには悪いが、誰しも目の前に無防備で安心安全な餌が転がっていれば手にするだろう。

 強いて言えば山西の危機管理能力が低いだけだ。

 

(毎日トレーナーと一緒にいられたら幸せなんだろうなぁ……早く卒業して同棲したいの)

 

 本当ならば卒業と同時に結婚したいが、それではチーム最年少のキタサンがキレる。

 それにチームリーダーであるエースが我慢するのだから、自分も我慢しないとあとが怖いのだ。

 

「…………い」

 

(だから今この瞬間を大切にするの!)

 

「…………おいって」

 

(んもう、誰なの? あたしとトレーナーの時間を邪魔する……のは?)

 

 ようやく覚醒したアイネスが、ゆっくりと掛け布団から顔を出すと、

 

「随分といい思いしてるじゃねぇか……アイネスさんよぉ? うん?」

 

 そこにはタップがニッコニコのドス黒い笑みで仁王立ちしていた。

 

「なんでここにいるの?」

「そりゃあいるだろ。せっかくのオフなのにトレーナーと過ごさないなんてフィアンセ失格だ」

「タップちゃんだけのフィアンセじゃないの」

「はいはい。で、いつまで独り占めしてる気だ?」

「いつまでも」

「Huh?」

 

 ピシッと空気が凍る音が室内に響く。

 普段は何かと譲り合いの精神と山西を悲しませないために仲良くしているものの、本音のところはみんな同担激拒否並みの独占欲持ち。寧ろ全員が山西大好きな強火担当であるため、正妻戦争不可避なのだ。

 自分の知らぬところで担当バたちが熾烈なデッドヒートを繰り広げていることを山西は知らないのである。知らぬが仏とはこのことだろうが、仮に知ったところで結婚することには変わらないのだが……。

 

「うぇーい! トレぴー! カギ開いてたから勝手にお邪魔マンボジャスティスうぇーい!」

 

 そこへヘリオスが突撃。

 張り詰めたひんやり空間に太陽が降臨した途端、

 

「……抜け駆けとか、がち? それぜってぇあかんしょ? は? はぁ!? つかそばかすてめ何ウチの旦那と寝てるん? グーパン奢る? 今ならウチがいくらでも奢ったるし!」

 

 ひんやり空間は太陽の怒りで草木も干からびる灼熱の大地へと変貌する。

 

「急に来てなんなの? というか、ヘリオスちゃんはルビーちゃんが好きなんだから、トレーナーのことはどうだっていいんでしょ? 定員オーバーしてるんだからわざわざ乗って来ないで欲しいの。前から言ってるのにどうして日本語通じないの?」

「お嬢ラブなのは確かにそう。けどトレぴは旦那。結婚するならトレぴ。推すならお嬢。はい証明終了QED」

 

「というかヘリオス。来て早々悪いが、トレーナーはアタシと遊ぶから帰れよ」

「メリケンダンスも寝言は寝て言えし。どうせまたトレぴをイミフな冒険(笑)に付き合わせるだけっしょ? トレぴの疲労増やすだけって分かれや。つかメリケン帰ってピザでコーラでもしばいとけよ」

「Bitc〇!」

 

 三つ巴の一触触発。この空気の中で山西だけすやすやと寝ているのが更にカオス度を増幅させている。

 

 ◇

 

 その頃。

 ところ変わり、山西のアパート付近。

 エースは早朝から寮を出発し、山西宅へ向かっていた。

 相変わらず破滅的な方向音痴のせいで余計な所を散々周ってしまったものの、道中に朝市で新鮮な魚や野菜を手に入れられたので、これを使って山西に手料理を振る舞うことが出来る。

 

 ◆

 

『トレーナーさんのために……飯作ったんだ』

『ありがとう、エース。出来れば、毎日焼き魚を焼いてくれないかな?』

『な、なんだよ……言われなくたって、味噌汁だって、ご飯だって作ってやるよ』

『愛してるよ、エース』

 

 ◇

 

「あたしも愛してるよ、トレーナーさん……でへへへへへ♡」

 

 なんて妄想が捗るエース。

 妄想のせいで乙女らしからぬ笑い声が漏れてしまっているが、その足はしっかりと山西宅に向かっている。

 

「?」

 

 すると山西宅……正確には山西が契約しているアパートの門付近で見知った顔を見つけた。

 その人物とは、

 

「スズカじゃねぇか。門の前に突っ立って何してんだよ?」

 

 スズカである。

 

「あ……ちょっとトレーナーさんの出待ちをしてて」

「は? どうしてだ? ここまで来たなら部屋まで行けばすぐ会えるじゃんか」

「えっと……その……」

 

 エースの言葉にスズカは急に歯切れ悪く、頬を赤らめながらその場でもじもじと左回りし始めた。

 

「なんだよ、出会い頭に襲うつもりだった、とか言うんじゃねぇよな?」

 

 ヒリッとエースが鋭いオーラを放つと、スズカは「出し抜くにはそういう戦法もあるわね」なんて涼しい顔で返す。

 

「私はただフクキタルの占いに従おうとしただけよ」

「ほーん?」

「えっとフクキタルの占いによると、食パンを咥えてトレーナーさんにぶつかると大吉らしいの」

「殺人未遂の容疑で逮捕な」

「全速力じゃないわ!」

「るせー。んな危ねぇの許すかってんだ。トレーナーさんはか弱いんだ。守護らないといけない存在なんだ。それにぶつかる? それも己の欲のためだけに? 許せねぇよ」

「守護るとか言ってていつもトレーナーさんに付き纏うのは迷惑、だと思うけれど?」

「お?」

「ん?」

 

 バチバチと二人の間に火花が散り、今にも門に引火しそうになっているが、

 

「あ、お二人共門の前で何してるんですか!? トレーナーさんのお部屋にもうアイネス先輩たちが入ってるのに呑気ですね!」

 

 あとからやって来たキタサンの燃料投下により嫉妬の業火へと変わった。

 

「なんでそれを知ってるんだ?」

「え、浮気防止に隠しマイクと隠しカメラをセットしておいたからですけど?」

 

 鬼の形相であるエースの質問にキョトン顔を通り越し、『何当たり前のこと言ってるんです?』と言う風に返すキタサン。

 

「そんなの初耳なのだけれど……?」

「先輩たちに言う必要ありますか?」

 

 般若も逃げ出す形相で問いただすスズカに、どこぞの巨大掲示板管理人論破王みたいに返すキタサンは、言葉を返すなり「そんなことより早く抜け駆けを阻止しましょう! アイネス先輩なんて同じ布団にいるんですから!」とより大きな問題を投下して自身の問題を有耶無耶にする。

 するとエースもスズカも強く頷いて階段を駆け上がった。

 

 ◇

 

 ガチャリとドアノブを捻切ってダイナミック入室するエースたち。

 急いで寝室へ向かうと、寝室はまるで北風と太陽のように混沌としていた。

 

 八寒地獄と八熱地獄のぶつかり合い。ドライアイスでもあるのかというくらいに霧が立ち込めている。(実際はそんなことない)

 山西に至ってはぐっすりと眠っていて、相変わらずとてもカオスだ。

 

「抜け駆けはなしって話になったろ!」

 

 エースが怒鳴れば、

 

『トレーナー(トレぴ)は譲らない!』

 

 三人も怒鳴る。

 もうだめだ。お終いだ。

 この状況を見て誰もがそう思うだろう。

 しかし、

 

「…………ん? あれ、みんな、来てたの? おはよう」

『おはよう、トレーナー(さん)(トレぴ)♡』

 

 山西がむくりと起き上がれば、みんなは先程までのことは嘘かのように鳴りを潜める。何故なら喧嘩するよりも寝起きの山西の顔と起き抜けのほわほわした山西ボイスが全てをどうでもよくしてくれたから。

 

「みんなして遊びにきたの?」

 

 山西の質問にみんなは揃って頷く。

 そうすれば山西は「じゃあ準備するから居間で待ってて」と言って洗面所へ。

 みんなはその言葉に従って居間へ移動し、今度は先程まで喧嘩していたとは思えないほどのチームワークで山西にご飯を作る。

 エースが手に入れた魚と野菜をムニエルにし、余った端野菜でスープを作り、スズカの持っていた食パンを焼けば、豪華な食事が出来上がった。

 

「みんなありがとう! いただきまーす!」

『召し上がれ♡』

 

 こうして正妻戦争は無事に回避され、チームは仲良くカラオケやゲームセンターでゴールデンウィークを満喫した。




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