ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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スターラピッドの6月

 

 雨の日が続き、蒸し暑さも増し、夏がすぐそこにまで来いている6月後半。

 気温はそこまで高くないものの、じっとりした暑さがまとわりつき、山西はトレーナー室のエアコンを稼働させて書類の山を片付けていた。

 

「何が書いてあんのかさっぱりだ……」

「補習回避すんの無理ゲー……」

「日本語ってどうしてこうもややこしいんだ……?」

「ん〜? どうやってもこの答えにならない……」

 

 一方でエースたちはこの日、トレーニングを休みにしてみんなで勉強会をしている。

 エース、ヘリオス、タップ、キタサンは期末試験の過去問と向き合っているが、それぞれ苦手科目を前に途方に暮れていた。因みにエースは英語、ヘリオスは全般、タップは国語全般、キタサンは数学。

 

「今日ね、抜き打ち小テスト満点だったの!」

「あら、凄いわ……私はそういうのはなかったけれど、テスト範囲は問題なく解ける自信はあるわ」

 

 エースらとは裏腹にアイネスとスズカは余裕綽々でいる。

 

「あー、もう、わっかんねー! タップ! この英訳教えてくれ!」

「ウチもヘルプー!」

「I'll handle it♪(任せな)」

 

「あの、スズカさん……ここの問題ってどの公式使えばいいんですか?」

「えっとそれは……この公式を使うのよ」

「応用だからちょっと戸惑っちゃうのも分かるけど、基本と同じなの! だから難しく考えないでやるといいの!」

 

 苦戦はしていても誰かに頼れるというのは心強いもので、苦手な分野はそれが得意な者に助言をもらい、ちょっとずつ理解を深めていく。

 英語なら本場アメリカ出身のタップが。数学や理科なら優等生のアイネスとスズカが。国語全般はエースも出来る方。

 

「僕の仕事も誰かに助けてほしいなぁ」

 

 そしてトレーナー室の主である山西はエースたちを見て思わず自分にも誰か助っ人を、と心の声が零れてしまう。

 しかし山西の書類仕事を学生であるエースたちが手伝えるはずもない。出来ることといえば書類整理くらいだ。

 

「トレーナー、疲れちゃったの? あたしお菓子持ってるけど、食べる?」

 

 山西のつぶやきに一番に反応したのはアイネス。

 アイネスは学生鞄から『ウマ〜棒』というスナック駄菓子を取り出し、山西に手渡した。

 

「わ、ありがとう」

「どういたしまして、なの」

「やきとり味なんて初めて見たよ」

「そうなの? あたしがバイトしてるスーパーには売ってるの! 結構好きな味なんだー♪」

 

 ウマ〜棒とは国民的駄菓子で今も昔も多くのファンがいる人気商品。

 子どもからお年寄りまで幅広く食べられるコーンパフスナックで、様々な味があるのが特徴であり、その味その味にコアなファンがいる。

 なので、

 

「その話なら、あたしはコーンポタージュ味一択だな!」

「ウチ、シュガートースト味! あれマジ神! 激オシ!」

「私はチーズ味が好きね」

「アタシはテリヤキバーガー味だ! テリヤキバーガーとは程遠いのに、テリヤキバーガーって名乗ってるのがサイコーにCool!」

「あたし、明太子味が一番好きです!」

 

 みんな口を開けばそれぞれ別々の味が好みのようだ。

 

「トレーナーは何味が好きなの?」

 

 そしてアイネスが好みの味を訊ねてきた。みんな声には出さないが山西の好きな味を知りたがっている様子。

 

「ん〜、僕はどの味も好きだよ」

「は〜、なの」

 

 期待外れの答えにアイネスは思わず大きなため息を吐いてしまった。当然、みんなも同様。

 何故なら同じ味が好きなら同じ物が増えたとマウントを取れたし、違うなら違うで山西の新しい好みを知ることが出来たからだ。

 その上、先程の山西の答え方だと近い将来、彼に『トレーナーはチームの中で一番誰が好き?』と訊ねた際の答えに等しいと感じてしまったから尚更ため息が出てしまったのである。

 

「実はね……」

 

 みんなの落胆具合を感じ取った山西がそう切り出した。

 

「僕が好きだった味はもう販売されてないんだよ」

 

 ギリッ……どこからか鈍い音が聞こえた気がする。山西は気にしていないが。

 音の正体はみんなの歯ぎしり……理由は今はない味を未だに山西が恋い焦がれている様子だから。

 何も味だけの話なら『それは残念だね』で済む。しかしみんな(控えめに言って)山西ガチ勢なので、その答えが『実は、他に好きな子がいるんだよね』と言われたみたいな気持ちになってしまったので、思わず歯ぎしりしてしまったのだ。山西からすれば全くそんな意図はないのに。

 なので山西はその場の空気を気にすることもなく、小さい頃のことを思い出すように語り出す。

 

「それはキャラメル味でね。販売停止されたり復刻したりを繰り返してたんだけど、結局今は販売されなくなったんだ。美味しかったのになぁ。好きだったのになぁ」

 

 当時を懐かしむ山西を見て、エースたちは今度は『あたし(アタシ)(私)のトレーナー(さん)かわいい♡』ともう別のことを考えていた。

 

「そんな味があったのか……初耳だな」

 

 エースがそうつぶやくとみんなも同意するように頷く。

 

「まあウマ〜棒を食べない子は食べないからね。普通にチョコとかアメのが人気だろうし、そもそも僕が好きだったキャラメル味は流通量が今も売ってるチーズとかに比べたらかなり少かったから。通ってた地元の駄菓子屋さんに置いてあって、僕がいつも買うもんだからそこのおばちゃんが毎回仕入れてくれてたんだ」

 

 懐かしいなぁ……おばちゃん元気かな……なんて朗らかな笑顔を浮かべて言う山西。

 小学生時代、友達と初めて通った駄菓子屋。中学生時代、ゲームに注ぎ込み余ったなけなしの小銭で通った駄菓子屋。高校生時代、駄菓子を片手におばちゃんに愚痴を聞いてもらいに通った駄菓子屋。小さい頃からずっとお世話になっていた駄菓子屋だ。今でも実家に帰ることがあれば顔を出す。流石にお店はもうやってはいないが。

 

「そのキャラメル味ってどんな感じだったん?」

「あたしも気になります!」

 

 ヘリオスの質問にキタサンも身を乗り出して返答を催促する。

 すると山西は顎に手をやって、

 

「硬さはたこ焼き味くらいのやや硬めなんだけど、その食感に甘いキャラメルコーティングが絶妙に合ってて至高の味だったんだよ……」

 

 当時の味を思い出して語った。

 その様子にキタサンはもちろん、ヘリオスも『食べてみたい……』と強く思う。

 

「キャラメル味がなくなって、次に僕がハマったのはココア味だった。それもキャラメル味みたいに硬めでね……いや、キャラメルよりは硬かったね。でもその分というかビターなココアコーティングが最高で美味しかったんだよ。それももう販売してないけど」

 

「かなり好きだったんだな、トレーナーさん」

「熱量が半端ないもんな」

「いつもの2倍は喋っているものね」

 

 普段の口数が少ない山西を見ているエースたちは、今回のようにすらすらと饒舌に語る山西を見て少し驚いた。それと同時にそれだけその味が好きだったのか、と思って幼い頃の彼のことを知れて胸の奥が温かくなる。

 

「それでキャラメル味とココア味には中にチョコクリームが入ってるバージョンもあってね。あれはあれで美味しかったけど、入ってないバージョンと比べると短かったから、僕はいつも入ってないバージョンを買ってたよ。あ、因みにキャラメル味はチョコクリームで、ココア味はホワイトチョコクリームだったよ」

 

「それはそれでちょー美味しそう! 再販希望なんだが!? トレぴのレポ聞いて食べたくなった!」

「あたしも食べてみたいですぅ……」

「確かにそれだけ熱く語られたら、食ってみたくなるよなぁ」

 

 切望するヘリオスにつられるように、キタサンやタップもその味を体験したくて言葉を零す。

 しかしもう販売していないのだから、消費者側には再販されるのを待つしかない。

 

「そもそもウマ〜棒って自分で作るには無理があるからね。おまけにキャラメル味やココア味はどうやってコーティングしてるのか、どういう配分なのか分からないから」

「それな! ギガントぴえん!」

「残念ですぅ」

「まあ今売ってる味だって十分美味しいんだし、それで十分満足するんだからいいと思うよ」

「それな! パート2!」

「あたし、今日の帰りにウマ〜棒買って帰ります!」

 

 キタサンが力強く決意を述べると、他のみんなも「あたしも買うか」、「確か購買にも置いてあった気が……」なんて言ってウマ〜棒を買うようだ。

 

「ほらほらみんな、かなり脱線してしまったけどまだ勉強会は終わってないよ。あと少し頑張ろう。僕も頑張るから」

『はーい!』

 

 こうしてひょんなことから駄菓子の話になってしまったが、ちゃんと山西の言葉でみんな勉強会に集中するのだった。

 

 ◇

 

 山西の書類仕事が終わると、勉強会もお開きとなる。

 そして、

 

「門限まで時間あるから、早速ウマ〜棒を買いに行くとしよう!」

『はーい!(うぇーい!)』

 

 寮へ戻る前に商店街へ向かうことになった。

 当然山西も保護者として同行するつもりだが、エースたちは端から一緒に行く気満々である。

 

「みんな、他の人たちの邪魔にならないように2列でね」

 

 山西の言葉にみんなは揃って返事をした。

 ただここからが問題である。

 何故なら、

 

「トレーナーさん! 傘を忘れてしまったので、トレーナーさんの傘に入れてください!」

「ああ、いいよ。おいで、キタちゃん」

「はい……えへへ♡」

 

 キタサンが堂々とエースたちを差し置いて山西と相合い傘をするからだ。

 今日、朝は雨が降ってはいなかったが、予報ではちゃんと午後から雨が降るとされていた。キタサンとしては学園から寮までは遠くないので走って帰れば問題ないとして敢えて傘は持たなかった。最悪土砂降りならば学園の置き傘を借りればいいと思っていたから。

 しかし相合い傘が出来る絶好の機会をキタサンが逃すはずもない。故に先輩たちの鋭い視線を感じつつも、ピッタリと山西の左腕に両手を絡めて密着した。

 

「そんなに密着しなくてもいいんじゃない?」

「お互い濡れて風邪引いたらダメじゃないですか!」

「それはそうだけどさ……まあいいか」

 

 グイグイ来るキタサンに流される山西。

 

「心配しなくていいぞ、トレーナーさん。商店街から帰る時はあたしの傘にキタサンを入れて帰るから、行きだけ我慢してくれ」

 

 エースがそう言えば、山西は「あ、そう?」とちょっと安心した様子を見せる。

 キタサンは『余計なことを』と思ってエースを睨むが、エースはエースで『行きは許してやるんだから弁えろ』と目で返した。そもそも他のメンバーも『調子に乗るな』、『置き傘持ってきてもいいんだぞ?』なんて目をされれば、流石のキタサンも引き下がる他なかった。

 みんながそんなバチバチのアイコンタクト冷戦をしているのも山西は知らない。

 

「じゃあ改めて出発しよう。遅くなる前に帰らないとね」

『はーい!(うぇーい!)』

 

 しかし山西が声をかければ、みんなは山西の言葉に素直に従い、バチバチモードは解除されるのだった。




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