ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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スターラピッドの7月

 

 サマードリームトロフィーも無事に終わり、トレセン学園は夏期休業に入った。ドリームシリーズでは惜しくも全員優勝には手が届かなかったが、チームはみんな既に次の目標に向けて気持ちを新たにしている。

 

 そんな中、夏期休業に入ると同時に多くの生徒は夏合宿に向かうが、チーム『スターラピッド』はまだトレセン学園にいた。因みに合宿は7月の後半から入る予定。

 その理由は、

 

「皆さん、こんにちは。お暑い中、オープンキャンパスに足を運んで頂き、ありがとうございます。熱中症に注意して、水分補給はこまめにしてください。飲み物がなくなったら気にせず買いに行ってください。その際はちゃんと誘導バの子に声をかけ、その子の指示に従ってください」

 

 トレセン学園のオープンキャンパスで案内係になったから。

 多くの生徒が夏合宿に参加して空いているこの期間に、見学を希望するウマ娘たちに存分に学園内を案内するのだ。

 ただ人数が多いので案内係はチーム『スターラピッド』の他にもいる。

 グループでそれぞれグラウンド、校舎内、トレーニング施設と巡り、最後には実際のアスリートウマ娘たちと模擬レースを体験してもらい、有意義な時間を過ごしてもらうのだ。

 

「あの……」

 

 そこへ栗毛でセミロングの気弱そうなウマ娘が小さく手をあげる。

 

「どうしたのかな?」

 

 山西がその子の前で膝を折り、同じ目線で優しく促すと、その子は頬を赤くしてもじもじした。

 

「ゆっくりで大丈夫だからね」

「あの……」

「うん」

「えっと……」

「うん」

「サイン、貰っていいですか?」

 

 栗毛のウマ娘はそう言って肩掛けのカバンからサイン色紙とサインペンを山西に向かって差し出す。

 山西に自覚はないが、彼は逃げウマ娘を育てるのに長けた名トレーナーで、何度か特集記事や特集番組も組まれたほどの有名人。

 故にこの子のように山西のような名トレーナーに指導されたい、それが叶わくてもせめてひと目見たいと願う子も実は多いのだ。

 

「僕のでいいのかな?」

 

 予想外のことに思わず素で返してしまった山西。

 しかし憧れの存在の素を見て、栗毛のウマ娘はより目を輝かせて何度も何度も頷いた。

 山西はその子から色紙とペンを受け取り、サラサラと自身の名前を書く。

 

「君のお名前は?」

「〇〇です」

「〇〇っと……はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」

「あ……えへへ」

 

 山西に頭を撫でられて嬉しそうに耳と尻尾を揺らすウマ娘。

 傍から見れば心温まる光景だが、

 

『………………』

 

 エースたちは嫉妬の炎を燃やしていた。

 当然だ。あのウマ娘は自分たちと同じニオイがする。彼女はきっと自分たちと同じように山西を愛することになるだろう、と。

 正直これ以上邪魔者が増えるのは嫌なエースたち。

 警戒するように耳を絞るが、

 

「私、普通のレースよりも障害レースのアスリートウマ娘になりたいんです! でも憧れの山西トレーナーさんに会いたくて今日はトレセン学園に来たので、心置きなく障害レースに打ち込めます!」

 

 彼女の将来の夢を聞いてホッとした。

 耳を絞ったり、安堵したりと端から見ている子たちからすれば『変なの』と首を傾げているが、エースたちからすればそんなことより邪魔者が誕生しないことの方が重要で朗報なのである。

 

 そんなこんなで一瞬だけ修羅場になりかけたものの、修羅場とはならずにエースたちを先頭に校舎内の案内へと向かった。

 

 ◇

 

「最後にここがトレーニングコース場となります。昼食のあとになりますが、ここで皆さんはチーム『無礼講』の方々と模擬レース体験が待っていますので、楽しみにしていてくださいね」

 

 山西の説明に見学するウマ娘たちは興奮を隠せないようで、足踏みしたり、飛び跳ねたり、足で地面を掻いたりしている。

 そんな彼女たちの年相応の反応に山西は思わず『可愛いなぁ』と目を細めた。

 当然、そんな山西のことをエースたちは愛おしげに見つめている。彼が醸し出す優しさオーラがこれでもかと伝わってくるから。

 

「はい、説明に戻りますのでしっかり聞いてくださいね」

『はーい!』

「Aコースの芝。Bコースのダート。Cコースのウッドチップ。Dコースの芝。Eコースのニューポリトラックとあり、Dコースの一周は東京レース場とほぼ同じ長さで設計されています。他にもグラウンドを覆うようにある森の中には森林バ道もあり、森林浴が出来るようになっているコースもあります」

 

 山西の丁寧な説明にウマ娘たちは目を輝かせながら耳を傾ける。

 広い公園に行けばウマ娘用のミニレース場がある所もあるが、やはり本格的な施設となればその規模が一目瞭然なのだ。

 

「因みに皆さんが今日走るのはAコースです。思いっ切り走っていいですが、怪我には十分注意して、脚に違和感があればゆっくりとスピードを落として停止してくださいね」

『はーい!』

「はい、いいお返事です。ではこれから軽くどのコースもBコースからEコースを4ハロン……つまり800メートルずつ速歩して体験してもらい、それが終わればカフェテリアで昼食となります」

「各10人ずつあたしらの前に整列だ。あたしのとこはDコースから始めるからな」

「お姉ちゃんはBコースからなのー!」

「ウチとスズカっちはCコースな」

「楽しく周りましょうね」

「アタシとキタサンのとこはEコースだ!」

「ちょっと不思議な感覚になるよー!」

 

 こうして見学に来たウマ娘たちはエースたちにそれぞれ付いて行き、楽しそうにコースを体験し、カフェテリアで美味しい食事を堪能。

 山西は他のトレーナーたちと軽い打ち合わせをしつつ、みんなに食休みを与えてから、模擬レース体験に送り出すのだった。

 

 ―――――――――

 

 本日は七夕。

 梅雨明け前ということもあってあいにくの曇り空であるが、色々なところで七夕に因んだ催しが開かれている。

 

「なあなあトレーナーさん。シービーからメッセージアプリで商店街で七夕イベントやってるって言われたんだ。あたしらも行ってみないか?」

 

 前日の雨でぬかるんだ重バ場の状態でトレーニングを行ったチーム『スターラピッド』の一行。

 トレーニングも終わり、シャワールームから部室に戻ったエースが開口一番にそんな提案をすれば、他のメンバーも『行きたい!』と目を輝かせる。

 山西にはそんなみんなの揃った反応に「いいとも」と頷いた。

 

 ◇

 

 あれよあれよという間にエースたちから急かされるように商店街へ連れて来られた山西。

 商店街のゲートには七夕飾りが施され、本日は商店街を利用してくれた方に短冊を配っているという案内板が設置されている。

 

「丁度夕飯時だし、飯でも食ってくか!」

『賛成ー!』

 

 エースの提案にみんなが手をあげた。

 そして次に「じゃあ何にすっか決めよう」とエースがみんなに意見を募る。

 

「はいはいはーい!」

「お、ヘリオス。なんか思いついたか?」

「ウチ、穴場知ってる! めちゃウマの神盛りカレー屋さん!」

「Curryか……いいな! 夏にCurryってのもいいもんだ!」

「あたしもカレー食べたーい♪」

「あたしも! それにヘリオス先輩のオススメのお店行ってみたいです!」

「ふふっ、じゃあ決まりね」

「つぅことでヘリオス、案内頼む」

 

 エースの言葉にヘリオスは「任せろしー!」と敬礼して返し、ハナを進み、みんなもその背中についていった。

 

 ▽

 

 ヘリオスが言うカレー店は商店街内ではあるが少々分かりにくい路地裏にあり、飲み屋が並ぶところにぽつんと佇んでいる。一見すると飲み屋にしか見えないが、ちゃんと扉に『美味しいカレーの店』とシンプルにかけ札がされていた。

 

 扉を開ければカランコロンとドアベルが鳴る。元々喫茶店だったのか、テーブル席には昔懐かしいインベーダーゲームテーブルがある。インベーダーゲームの他にもブロック崩しやテトリスなんかも。

 幼い頃に携帯用ゲーム機で熱中していた山西にとっては思わず嘆声が上がるほどの感動だ。

 

「いっっっらっしゃいやせー!」

 

 そして出迎えてくれる店主の気合の入った挨拶。

 みんなはその声量に思わず尻尾がピーンとしてしまうが、ヘリオスだけは「しゃっちょー(社長)、ちょりーっすぅ☆」と平常運転だ。

 

「客を連れてきてくれてサンキューベリーマッチョ! 見ての通りがらんがらんだから好きなとこ座ってカレーを頼みやがれ!」

「ぎゃははは! 相変わらずしゃっちょーまじウケるー! あ、ピッチャーもらってくね☆」

 

 乗りが独特の店主に難なく合わせるヘリオス。

 みんな度肝を抜かれているが、ヘリオスに促されて一番奥にある大きなテーブルに座ることにした。

 

「…………シンプルイズベストだね」

 

 メニュー表を見て山西がつぶやく。

 何故ならメニュー表には『カレー』しかないから。

 ただライスかパンかナンか選べる上に、量の指定も可能。

 

「量の表記がよく分からないわ……」

「半と普通は分かるんだけど……」

「テン、魔王、ビッグバンって何でしょう……?」

 

 一方で主食のサイズ表記が謎過ぎてスズカ、アイネス、キタサンの三人はポカン顔だ。

 

「えとねー、とりまテンは牛丼で言うとこの超特盛でー、魔王はバケツプリン並みでー、ビッグバンはオグリパイセンが満足する量!」

 

 ヘリオスの説明にみんな声を揃えて『やばたにえん』と零す。それでいて価格もビッグバンで2000円で食べられるのだからどうやって商売が成り立っているのか謎だ。

 

「なんかここに来てから謎しかないな」

「流石のアタシも驚きだ! それと同時に面白いけどな!」

「とりあえず、僕は量は普通でいいかな……」

 

 山西が早々にご飯の量を決めれば、エースたちも続々と決めていく。流石に魔王やビッグバンを頼む勇者はいなかった。

 注文をすれば、ものの数分でカレーが運ばれてくる。因みに山西、エース、アイネス、ヘリオス、キタサンがライスで、スズカとタップはパン。

 

「……テンにしてみたまではいいが、パンが山盛りでAmazing(驚きだ)!」

 

 タップは驚きつつもサクフワのバターロールの美味しさに尻尾が揺れる。

 

「カレーも野菜がとろとろで美味いな」

「うん、本格的なカレーって感じじゃなくて、お母さんのカレーって感じなの!」

「小学校の給食を思い出します!」

 

 ニンジンやタマネギ、ジャガイモがゴロゴロ入っているが、豚バラ肉と共にどれもよく煮込まれていて味がしみていてエースもアイネスもキタサンもスプーンを持つ手が止まらない。

 

「僕にはちょっと辛いな……」

「私もです……美味しいのは分かるんですけど……」

「ならマヨ入れるとよき! 味変にもなるからアクセントになってよけーバリウマになるし!」

 

 辛味が苦手の山西とスズカにヘリオスが店主からマヨネーズを貰ってきてかけてやる。するとマヨネーズが辛さをマイルドにし、二人も難なく食べ進めることが出来た。

 こうしてどこか懐かしい味のカレーを楽しみ、最後は黄色い短冊を貰い、みんな短冊に願いを書いて七夕の思い出を作るのだった。

 

 山西の願い

『みんなが今後も怪我なく走れますように』

 

 エースたちの願い

『逃さない』




トレセン学園のトレーニングコースの設定はウマ娘二期の一話と美浦トレーニングセンターを参考にしました。

読んで頂き本当にありがとうございました!
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