ファン感謝祭。トレセン学園で行われる年中行事の中で、一番の盛り上がりを見せる行事だ。
演劇部の公演、各クラスで飲食の提供や屋台サービス、そしてショーレースの開催。
これが全て無料で楽しめるのだから来園する人々も大勢いる。中には遠方からもこの日のために訪れるほどだ。
大抵、この日のトレーナー陣は自由に過ごしてもいいのだが、吉部は今重要な役を担っているので練習コース場の第1コーナー手前に設置された椅子に鎮座していた。
その理由は、
『さあ、いよいよ始まります! トレセン学園ファン感謝祭特別レース『トレーナーリレー』!』
『今年も注目はチーム『ナイトスカイ』の面々ですね』
『初めての方にご説明しますと、このレースではいつものようにウマ娘たちがターフの上を走り抜けますが、いつもと違うのは自分たちのトレーナーをゴールまで運ぶことです! スタートはいつもと同じですが、第1コーナーに座る担当トレーナーを回収し、見事ゴールまで運ぶというのがこのレースの目玉ですね!』
『普通のリレーとは違い、デリケートなナマモノを運ぶので、ウマ娘たちも慎重にならざるを得ません』
『よってチームの総合力ではなく、如何にウマ娘とトレーナーの信頼が厚いかが勝利への鍵となってきます!』
放送部員の熱い説明と解説にコース場へ押し寄せる来客たちは今か今かとその時を待つ。
本当ならば買い物レースを予定していたが、昨年は芦毛の曲者がお題箱に悪戯を仕掛けたことで無理難題が続発し、多くの生徒たちから変更の声が上がった。
どうしようかと悩んでいたところに、とある芦毛ウマ娘が『トレーナーをバトンにしてリレーやれば良くね?』とつぶやき、トレーナー陣もウマ娘のパワーなら問題ないだろうと了承した結果である。
一部トレーナーは猛反対したものの、小さな声が大きな声に掻き消されるのは世の常である。
ナイトスカイの出走メンバーは壮絶なるじゃんけん戦争の結果、
第一走者:ミホノブルボン
第二走者:シリウスシンボリ
第三走者:ウオッカ
第四走者:ミスターシービー
である。
惜しくも出走権を逃したルドルフとブライアンは悔し涙を流した。
その内ルドルフに至ってはその場で駄々をこねるというルナっぷり。
これには流石のブライアンも冷静さを取り戻したくらいだ。
◇
『ということで、1位となったチーム『無礼講』はレース違反のため失格となります! よって繰り上がりまして、チーム『ナイトスカイ』が1位となります!』
割れんばかりの拍手がコース場に響き渡る。
チーム『無礼講』は担当トレーナーが達観しているのをいいことに、担ぐ、投げる、滑らせる、ぶっ飛ばすで最終的に運ばれるというよりは、ゴールバーを過ぎた地点のターフに頭からぶっ刺さっていた。
それでいてそのトレーナー本人はケロッとしており、色んな意味で人間を辞めていると思わざるを得ない。
当然、そんなのはリレーとは言えず、審議するまでもなく失格となった。
そして見事にトレーナーを大切に大切にゴールまで一番に運んだナイトスカイ。
優勝賞品はないが来客たちの笑顔と拍手が何よりもの賞品である。
それに、
「はぁ……トレーナーかわいいー♪♡」
「これは永久保存確定だな♡」
「普段凛々しいのに、こういうのズルいよな♡」
「このギャップが堪らんな♡」
「マスターが可愛くて、ステータス【胸キュン】を確認♡」
「眼福ってこういうこと言うんスね♡」
ナイトスカイの面々は超絶ご機嫌であった。
理由は吉部が愛バたちに運ばれる際、いつもの彼からは想像出来ないほどに可愛らしかったから。
運ぶ際にお姫様抱っこをしていたのだが、吉部はみんなの走りの邪魔にならない様、両手を胸の前で組んで身を委ねていた。
そのギャップがあまりにもあり過ぎて、シービーたちの胸がうまうまうみゃうにゃしてしまったのである。
当然、吉部本人は至って真面目に取り組んだので、彼女らが何に対してそんなにうまうまうみゃうにゃしているのか不明。
「みんな、このあとは自由時間なんだろう? 一緒に出し物を見て回らないか?」
彼女らが円陣を組んでひそひそ話をしているのを他所に吉部が誘うと、みんなは緩みきった顔で返事をして余計に吉部は困惑するのだった。
―――――――――
カフェテリア。トレセン学園にある、生徒たちの憩いの場。
在学生なら誰でも飲食が無料で提供され、テイクアウトメニューも充実しており、それを頼んで他所で食べるグループも多い。
一方で購買には購買限定且つ数量限定のパンや飲み物、スイーツがあるためそれはそれで人気を博している。
4月は新入生も入っていつも以上に賑やかになるが、カフェテリアではこの時期に今後も気兼ねなく訪れてもらえるようにある催し物をし、それがとても好評。
その催し物とは『ウマ過ぎ春のパン祭り』だ。
その名の通り様々なパンを提供する催し物で、パン好きな生徒たちにとっては夢の祭典とも言われており、長蛇の列が出来る。
中でも人気なのは有志によるアレンジパンメニュー。
今年も多くの有志による創作パンが生徒たちの前に並んでいる。
ゴールドシップ考案のゴルシちゃんのはみ出る大盛り焼きそばパン。
ライスシャワー考案の米粉パンを使った欲張りランチサンドセット。タマゴ、ツナ、ニンジンサラダ、ヒレカツ、ニンジンジャムの5種入り且つ、どれもB6判サイズで実にボリューミー。
カレンチャン考案のシェアするメロメロトースト。ハニートーストのような見た目で、チョコレートソースやイチゴ、生クリームとバニラアイスのトッピングされている可愛らしいメニュー。
これ以外にも多くのメニューがあるが、ナイトスカイのメンバーからも今年は一人参戦している。
「…………これはパンなのか?」
「……パンには見えないね」
吉部の問いにルドルフがそう答えれば、他の面々も同意する他ない。
シービーとシリウスに至っては『あの子(アイツ)らしい』と笑えてくる。
「何を言う。どう見てもパンだろ」
そう言うのはこの創作パンの創造主ナリタブライアン。
しかし吉部や他の面々が何故『パンなのか?』と疑問視するのか。
それは野球のバット並の長いコッペパンをホットドッグのパンのように切れ込みを入れ、そこへ細長いビーフハンバーグ、細長いポークステーキ、チキングリルを三等分ずつ詰め、その上からチーズを乗せて特大オーブンで焼いた物。
ナリタブライアン命名『ミックスグリルドッグ』である。
「圧倒的に胃もたれするな」
「せめて何か野菜を挟んだ方がパンが肉汁に浸されることも減るだろうに……」
「何故私が敢えて嫌いな物を挟む? いらないだろ、そんな物」
ルドルフの指摘に相変わらずのブライアン。
しかし意外に好評でオグリキャップやスペシャルウィーク、タイキシャトルらなんかは既にリピーター様なのだとか。
「トレーナー、アタシとシェアしない?」
「というか、一通り頼んでみんなで食べ比べるのが一番効率いいんじゃないか?」
自然な流れで抜け駆けするシービーを見事に牽制するシリウス。
シービーとしてはそれもそれで楽しそうなのでにこやかにシリウスの提案に乗り、みんなはそれぞれ創作パンを頼んだ。
因みに在学生以外がカフェテリアのメニューを頼むとなると有料なので、シービーたちが頼んだメニューから吉部は少しずつご相伴に預かる。
◇
「……今年も凄い創作メニューのオンパレードだな……」
頼んだパンを受け取り、吉部たちはトレーナー室へ移動した。
カフェテリアも席は空いていたが、トレーナー室での方が周りに気を遣わずにシェア出来るから。
「使い捨てのナイフとフォークは貰ってきたし、紙皿にそれぞれ切り分けよー♪」
シービーがそう言ってチームの催し事で余っていた紙皿をテーブルに並べ、受け取ったパンを紙袋から出す。
「トレーナーは何がいい?」
今いるメンバーの中では圧倒的に食べる量が少ない吉部にシービーがまず先に食べたいパンを訊ねた。
「そうだな……やはりこの存在感が凄過ぎるブライアンのパンかな。それぞれの部分をちょっとずつ切り分けてほしい」
「はーい♪」
吉部のリクエストにシービーはにこやかに返し、慣れた手付きで切り分ける。
「はい、トレーナーの分♪」
「ありがとう。ではお先にいただきます」
両手を合わせ、3センチ程度に分けてもらったブライアンパンのハンバーグ部分を頬張る吉部。
創作とは言っても、カフェテリアで働くシェフたちがブライアンの細かい指示通りに焼き上げ、仕上げたパンはとても風味豊かで肉汁でふやけた中のパンと外のカリカリとしたところが絶妙で、思っていたよりもしつこくない。
吉部としてはここにレタスかスライストマトがほしいところだ。
「どうだ、トレーナー?」
吉部が美味しいと感じているのを表情と雰囲気で察したブライアンは得意げに口端を上げ、胸を張る。
「ああ、美味いよ。悔しいくらいに」
素直に彼が返せば、ブライアンは上機嫌に頷いてまるでスニッ〇ーズにでもかぶりつくように自分が考案したパンを豪快にモヒった。
「これはパンと言うよりは焼きそばッスね……」
「なんだかパンをおかずに焼きそば食べるみたいな感覚になるよな。不味くはねぇけど」
ウオッカとシリウスは焼きそばパンを食べるが、やはり焼きそばがメインみたいになっていて複雑な表情。
「ライスさんのランチサンドセット、美味しいです」
「ヒレカツが分厚いのに柔らかくて溶ける感覚に近いのがいい。パンより大判なのがインパクトあるが……」
ブルボンとルドルフはランチサンドセットがお気に召した様子で、ブルボンは特に咀嚼する速度が早かった。
「トレーナートレーナー、このトーストも食べてご覧よ♪ はい、あーん♪」
「ありがとう。あむ……うん、甘さ控えめでチョコレートソースもビターで俺は好きだな」
「あはは、アタシがちゃんとビターで頼んだからねー♪ トレーナーの好みなんて知り尽くしてるんだから♪」
「シービーには敵わないなぁ」
あはは、えへへといい雰囲気のシービーと吉部。
当然、それを食い入るように、射抜かんばかりに見詰めるルドルフ。
「皇帝様よぉ、力入れ過ぎて手がヒレカツの油まみれになってるぞ?」
「あの二人は特別ッスから、嫉妬しても虚しいだけッスよ、会長ー」
「嫉妬なんてしてる暇があるなら、次の機会を見つけた方が何倍も有意義だぞ」
「それとせっかくの食べ物がもったいないです。可哀想です」
「…………すまない」
みんなに注意され、ルドルフは手にしていたヒレカツサンドをちゃんと食してから、トレーナー室に備え付けてある流し台で手を洗う。
冷静さを取り戻して席に戻って来ると、
「トレーナー、これも美味いぞ。口開けろよ」
「おい、そのヒレカツサンドを食わせろ」
「マスター、飲み物をお注ぎしますね」
「相棒、焼きそばも食えよ。ゴルシ先輩直々のだからめっちゃ美味いぜ♪」
既に自分を置いてきぼりにしてみんなは吉部の側に侍っていた。
当然、
「…………私を無礼るなよ?」
独占欲を発揮したルドルフが問答無用で吉部の膝上に座る。
「トレーナー君、私を仲間外れにしたらいけないと思うな」
「……ごめんな?」
「疑問系なのが引っ掛かるが、まあいいだろう。さあ、私にもあーんをさせてほしい。それとあーんもしてね?」
「分かった」
「ふふ、そうでなくては♡」
こうして吉部と愛バたちは賑やかなパン祭りを堪能し、また一つ思い出を作った。
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