秋も深まり、そろそろ冬の始まりがやってくる。
ウィンタードリームトロフィーもあとは決勝戦を残すのみとなり、マイル部門のヘリオス、中距離部門のエースと今年は二人が決勝戦に進んだ。
そして今はレース後のクール期間中。
この期間はレースで消耗した身体をいたわるのだが、エースたちが何もしないということはない。
その証拠に今彼女らは山西のトレーナー室に集結していた。
理由は、
「それじゃあ、お掃除開始なのー!」
『おー!(おしぇーい☆)』
愛する山西に日頃の感謝を込めた奉仕活動である。
トレーナー室の主である山西はトレーナー会議で留守中なので、エースたちにとっては今が好機なのだ。
「いやぁ、定期的に掃除はしてるが……なんでこうも散らかせんだろうなぁ」
エースはそうぼやきつつも、表情は穏やか。なんだかんだ言いつつも、こうして世話を焼けるのは嬉しいし、『あたしがいないとダメだな』と庇護欲が湧いてくるから。
「トレぴびっくりするだろなー☆ ありがとってハグチューしてくれたりー……でへへへへ♡」
「ヘリオス、お礼は言われるかもしれないけれど、そこまではされないわよ」
ほうきを手にだらしない笑みを浮かべるヘリオスにスズカが苦笑いでツッコミを入れる。仮にハグとキスなんかされてしまえば、みんなその日は色々な意味で眠れないだろう。
「相変わらずエナドリばっかりなの……心配だなぁ」
「立派なカフェイン中毒者だな。トレーナーは」
エナジードリンクの空き瓶や空き缶をビニール袋に分別しつつぼやくアイネスとタップ。
近頃の山西は決勝戦に向けて相手のウマ娘たちの分析が忙しく、アパートに帰らずこのトレーナー室で寝泊まりしている。寝る時はソファーで、食事は買い置きのカップ麺。風呂に至っては職員用のシャワールームがあるため、意外と不自由はない。あるとすれば睡眠の質と栄養バランスが悪くなるくらいだが、忙しい社会人の多くは皆同じくらいだろう。寧ろシャワールームを使えるだけ衛生面は問題ない。
「この参考書たちは本棚に戻して……あ、コピー用紙の補充もしとかないと……!」
一方キタサンはあれもこれもとテキパキ片していく。元々世話焼き気質なのもあって、エースたちよりこういう時の作業が早い。
すると、参考書の隙間からひらりと何かが宙を舞う。
それは折り畳まれたはがきだった。
「あ、落ちちゃった……」
キタサンがそれを拾い上げると、
「なんだ、これ?」
タップがひょいとキタサンの手から奪う。
しかしそれはすぐにキタサンに奪い返された。
「タップ先輩ダメですよ! プライバシーの侵害です!」
「What? なんでだよ。気になるだろ?(というか率先してプライバシーの侵害をしてるお前にだけは言われたくねぇ)」
「でもトレーナーさんのですから!」
どんと胸を叩いて言うキタサン。
ただ『プライバシーの侵害』とは言うものの既に浮気チェックという名の家宅捜索で今更である。
故に、
「浮気相手からの手紙かもしれねぇ。キタサン、確認しろ」
エースの鶴の一声によりキタサンは「分かりました!」と折り畳まれたはがきの中を確認した。
「何が書いてある?」
「…………分かりません」
エースの問いにキタサンは耳を垂らし、首を傾げてそう答える。
それを聞いてエースはキタサンのすぐ側にいたタップに目配せするも、タップも両手を軽くあげて肩をすくめるのみ。つまりは分からないということだ。
「キタちゃん、見せてくれる?」
「あ、はい」
「…………何なのかしら?」
スズカもキタサンに見せてもらったものの、何が書いてあるのか分からず困惑する。その証拠にスズカはその場で左回りに回っていた。
「スズカ、それ借りるねー」
そして今度はヘリオスの手にはがきが渡る。
どういうことなのか分からず、エースもヘリオスの側まで来て、それを確認した。
「……ん〜? 確かに分からねぇな、何なんだこれ?」
「……これ、呪いの手紙っぽくね?」
「は? なんでそうなんだよ?」
「だって見てよ、このグニャグニャの線。赤と黒でグニャグニャ〜のグシャグシャ〜だもん。見てて不安にならん?」
「まあ……確かにそうだな」
ヘリオスが言う通り、はがきの中は赤と黒のペンでデタラメな線があるのみ。
赤と黒が混ざり合い、赤黒くなっているところを見ると、妙に不安感や恐怖感を掻き立てられる。
「てことはだ。その差出人はアタシらのトレーナーになんか恨みがあって送ってきたってことだよな?」
「それでトレーナーさんはこの呪いの手紙の処分に困って、とりあえず手元にあった参考書に突っ込んだ……ってことですか?」
タップの推理にキタサンが付け加えると、一気に室内の気温が氷点下かと錯覚するほどに冷え込んだ。
何故なら、
「あたしのトレーナーさんに……いい度胸してるじゃねぇか……!」
「流石にこういうのは見過ごせないかなー?」
「フクキタルに何かこの手の対処法か呪い返し的なことが出来ないか聞いてみないと……」
エース、アイネス、スズカの三人が物凄い冷たいオーラをまとっているから。
しかしそれも当然で、エースたちが愛する山西に悪意を向けられれば守護るし、何倍にもして返さないと気が済まないのだ。
「ごめ、ウチのせいなのは知ってるけど、一旦落ち着こ?」
ヘリオスの言葉にガチギレしている三人は『どうして?』と言わんばかりに鋭い眼光を向ける。
普通の人ならそうされただけで呼吸が浅くなるだろうが、ヘリオスも同じ強者。故に平然と「これ、見てみ?」と三人へはがきを見せる。
見せると言っても今度はあの謎の模様ではなく、宛名を書く表面だ。
『………………』
宛名を見ると、それまで物凄い怒気をまとっていた三人のオーラがスッと消え失せる。
その理由は、
「子どもからのはがきなら呪いじゃないな」
エースが言うようにはがきの送り主が子どもだったから。
何故子どもだと分かったのかというと、差出人の名前を書く場所にはおぼつかない字で名前が書いてあったからである。
子どもからのはがきで三人はもちろん、他のメンバーも呪いの手紙といった質の悪い物ではないと分かった。
分かったのだが、
「なら、なんでこれをトレーナーはわざわざ参考書に挟んでんだ?」
タップと同じ疑問がみんなにも浮かぶ。
「子どもからのおはがきだから捨てられずにいるとか?」
「だからって参考書に挟む?」
スズカの答えにアイネスが疑問を投げれば、確かに『それはそれでどうしてだろう?』とまた疑問が生じた。
「んー……あっ! トレぴの親戚の子からのはがきとかじゃね?」
「それはないな。トレーナーさんの親戚にそこに書いてある苗字の家はいない」
「あ、それもそっか」
今度はヘリオスの答えに即座にエースが断言する。そもそも山西の親戚まで網羅している方に驚くが、山西ガチ勢であるエースにとってはそんなことは把握していて当然だし、他のメンバーも驚かない。
「……じゃあ結局このはがきはなんなんでしょうか?」
キタサンの問いにみんなは揃って悩む。質の悪い物でもなければ、親戚からの物でもない。
うーん、うーんとエースたちが悩んでいると、トレーナー室の扉がガラリと開く音が響いた。
「あれ、みんな……今日はなんで本棚の前で集まってるの?」
それは山西が戻ってきたことを知らせる音。
戻ってきてエースたちがいるというのは山西にとっては特に珍しいことではないが、本棚の前にみんながいることに疑問を持ってそのまま問いかける。
山西の疑問にエースがみんなを代表して「このはがきのことなんだけどよ……」と例のはがきを見せた。
「ああ、それ? それはファンレターだよ」
すると山西は即座にファンレターだと返す。
「え、ファンレターなんですか!?」
キタサンが驚いて聞き返すも、山西はそうだよと言うように頷きを返した。
「ファンレターなのに折り畳んであるんですか?」
「ああ、それ? それね、封筒の中に折り畳まれて入ってたんだ。だから最初からそうだったんだよね」
スズカの疑問に山西は笑顔で返し、キタサンが未だ手に持っていた参考書を受け取り、パラパラと捲る。
そうすれば今度はそこから茶色い封筒が出てきた。
「これね、親子で書いてくれたファンレターなんだよ。それも第一号の」
封筒の中に入っていた便箋を取り出し、エースに手渡すと、みんなそのファンレターに注目する。
便箋にはエースの新バ戦で圧巻の逃げ切り勝ちに対する称賛と今後の活躍を期待することが書かれ、山西に対して健康を気遣う心優しい言葉が綴られていた。また娘がどうしても描いた絵を贈りたいとのことで同封してあるということが書かれていた。2歳ということもあり何が描いてあるか分からないかもしれませんが、あの子なりに一生懸命描いたカツラギエースさんです、との言葉と共に。
「……あ! 思い出したぜ!」
エースがハッとして声をあげれば、みんなも『そういうことだったのか』と納得した。
「本当ならエースに保管してもらうのがいいと思ったんだけど、当時エースから『トレーナーさんのお陰でこんな嬉しい手紙が届いたんだから、トレーナーさんが持っててくれ』って言われて……だから初心を忘れないように普段から栞として使ってるんだよ」
山西の言葉にエースは「そういやそうだったな」とはにかんで頭を掻く。
「だから赤と黒のペンでこんなに書いてあったんだ!」
「ピカソ並じゃん!」
「確かに言われるまでは分からなかったけれど、言われてみれば分かるわ。呪いの手紙なんて勘違いしちゃって申し訳ないことしてしまったわ……」
「最高にCoolな絵だったってことだな!」
「こういうの嬉しいですよね!」
謎が解け、みんなもう一度絵を見て、幼い少女が一生懸命描いているところを思い浮かべて優しい笑みを浮かべる。山西とエースも同様だ。
やる気だけは人一倍あったが周りからの期待は決して高くなかった。しかし新バ戦は14人立ての七番人気ながら8バ身差をつけて圧勝した。
これまでの努力は間違ってなかった。そう思わせてくれたレースであり、そのレースがあったからこそファンレターが届いたのだ。
故にこのファンレターは山西とエースの努力の結晶である。
「クラシックはミスターシービーなんていう怪物に辛酸を舐めさせられたけど、その後のジャパンカップは今でも忘れない。シービー、ルドルフの新旧三冠バらを抑えて、僕が鍛えたエースが世界のエースになった瞬間だからね」
「あたしだって忘れてねぇぞ! あのしてやったりって感じのレースは一生の宝物だ!」
「あの顔は僕も忘れられないな……してやったりって言ったあのカッコイイエースの顔を」
「よせよ……照れるだろ」
エースは顔を赤くして山西の脇を肘で小突くが、尻尾はしっかり山西の太ももをホールドしている。
このままでは延々と二人だけの世界に入られてしまうので、
「謎も解けたことだし、お掃除再開なの!」
「トレぴは休んでてね!」
「日頃の感謝ですから」
「掃除はアタシらに任せて、アンタはアンタの仕事をやっててくれ」
「エース先輩! やりますよ!」
みんなに促されてエースは渋々掃除に戻り、山西にみんなにお礼を言って残りの作業を片付けるのだった。
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