ウマ娘たちと担当トレーナーの日々   作:室賀小史郎

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桜舞う時期

 

 春を迎えたトレセン学園は、新入生のチーム勧誘や見学等々でいつも以上に賑やかだ。

 チームメンバーを募集しているチームにとっては一人でも多く新入生を迎え入れたいし、新入生にとっては己の夢を叶えられるチームに入りたい。

 強豪チームの殆どは今いる担当バたちに集中するためにメンバーの募集をしていないのだが、宮武部のチーム『百花繚乱』は募集を行っている。

 

 チームリーダーを務めるイナリは芝とダートのGⅠを制した二刀流ウマ娘であり、マイル〜長距離まで走れる器用娘で勝ち気な頼れるウマ娘。

 そしてサブリーダーのクリークは長距離では無類の強さを誇るのに、イナリと違って優しくフォロー上手なウマ娘である。

 

 そんな二人を筆頭にハヤヒデやローレル、ヒシアマ、エアグルーヴ、アキュートとそうそうたるメンバーが名を連ねるのだから、入部希望者は軽く2桁を超えるのだ。

 しかし、

 

「ふむ……骨のある子が今年もいませんね」

 

 希望しても必ずしも入部出来るとは限らない。

 それも当然で、ウマ娘レースは華やかさばかり目立つがそれはほんの一部分に過ぎず、残りの殆どは厳しいトレーニングをどれだけ耐えられるかだ。

 三冠バとなったミスターシービーを始め、シンボリルドルフやナリタブライアン等々……どんなに天才と言われるウマ娘でも、そうした厳しいトレーニングを経ての結果がある。天才が更に努力を重ねて成し得る偉業……それがクラシック三冠というものだ。勿論、トリプルティアラも同等。

 そして天才とはほんの一人握り。ならばそれ以外のウマ娘たちはどうすればいいのか……天才たちよりも更に多く努力をする必要がある。でなければ中央という弱肉強食の舞台で勝つことなんて夢で終わってしまうのだ。

 

 なので宮武部は入部希望者たちには全員仮入部をさせる。

 あとは彼が考案したチームトレーニングメニューをこなすことさえ出来れば、晴れて入部することが可能なのだが……。

 しかしそのメニューはこれまで普通に過ごしてきた子たちからすれば、キツ過ぎるメニューばかり。

 故にメニューを見ただけで多くの者は諦め、それでも意気込んでメニューをこなそうとしても消化しきれず脱落してしまう。

 

「大将のトレーニングメニューは鬼畜の勢いだからなぁ! 新入生にゃ無理ってもんだ!」

 

 だっはっは!と豪快に笑って言うイナリに、宮武部は「ですかねー?」と返して肩をすくめた。それでもイナリは当初からそのメニューをこなしているので、全員が出来ないメニューという訳ではない。

 

 今、宮武部はイナリたちと共にチームの部室で入部希望者たちが来るのを待っている。

 しかし今し方最後の希望者が「辞めます」と告げて出て行ったところだった。

 

 入部を諦めた者たちや周りのトレーナーたちの中には、宮武部のやり方に厳し過ぎると否定的な意見を言う者もいる。しかし宮武部は見た目とは裏腹にこうと決めたら決して折れない。

 それだけ中央の壁をシビアに見ているということと、それだけの努力をしないとGⅠ勝利という栄光は掴めないからだ。

 

「トレーナーさん、もう少し入部テストを優しくしてあげた方がいいんじゃないですか? でないと今年も新入部員は無理だと思います」

 

 おずおずとクリークが提言するが、

 

「あれくらいのトレーニングメニューで音を上げるのであれば、その子はそこまでということです。夢は誰でも見れます。しかし中途半端に夢を追わせる方が、私は残酷だと思います。レースの世界は例外を除いて勝者は常に一人だけなのですから」

 

 毅然とした宮武部の言葉にクリークは「そうですね」と同意する。

 ウマ娘は皆、心優しい子たちばかりだ。中には言葉遣いや態度が悪い子もいるにはいるが、優しい心根は決して変わらない。

 チームの中でも一番の母性を持ち、ファンからママ神とまで言われるクリークの優しさは誰もが知るところ。故に彼女自身もレースの残酷さを思い知り、悩み、それを乗り越えてここまできた。

 乗り越えてきたからこそ、クリークは宮武部の言葉に何も言い返せないのである。

 

「我々のチームに入るにはそれ相応の努力と資格を示さねばならん。レースに限らず、他の分野でも名師から教えを受けたところで、弟子が努力を怠ればその弟子はそこで終わりなのだからな」

「エアグルーヴの言う通りだよね……トレーナーさんから教わったとして、私たちと同じく努力が出来ないなら、夢を掴むことなんて出来ないもの」

 

 エアグルーヴとローレルの言葉に他のメンバーも『確かに』と頷いた。

 メンバーは皆、努力に努力を重ねてきた。そしてはそれは今も。トレーニングだって最初こそは挫折しそうになったものの、歯を食いしばって耐えてきた。

 夢を叶えることが出来たのは確かに宮武部という名トレーナーがいたからだが、レースでは常に己のこれまでの積み重ねで勝利を手にしてきたのだから。

 

「まあまあとりあえず、今年も今のメンバーで頑張りましょうってことだねぇ」

 

 アキュートがそう言って軽く両方の拳で鋭いワンツーを見せれば、みんなもそれに頷き、宮武部は「ではトレーニングを始めましょうか」と席を立ち、みんなもそんな彼の背中を追い掛けるのだった。

 

 ◇

 

 本日のトレーニングが終わり、みんなは汗を流したあとで部室で着替え、宮武部は自身のトレーナー室に戻って本日のトレーニングの成果をPCに入力しているところ。

 イナリたちにはその場で解散する旨を告げてきたのだが、

 

「ダンナ、ちょっくら時間をくんねぇかい? アンタの仕事が終わったらでいいからよ」

 

 イナリがやってきた。

 

「もうすぐ終わりますので大丈夫ですよ。何か相談事でしょうか?」

 

 手を止めず、画面を見たままイナリに返す宮武部。

 

「そんな畏まった話じゃねぇさ。ただエアグルーヴが花壇の手伝いを頼みたいらしくてな。人手が欲しいってことでダンナにも悪いが手が空いたら来てほしいって話だ」

「なるほど……分かりました。こちらは終わったので、早速行きましょう」

 

 理由を聞いて特に断る理由もない宮武部が席を立つと、イナリは「戸締まりチェックしてからな!」と返し、一緒にエアグルーヴが管理する学園内の花壇に向かった。

 

 ▽

 

 エアグルーヴは校舎裏で学園側に許可を得て花壇を作っている。

 四季折々の花が咲き、時には摘み取って切り花にして求める者たちに配ったり、生徒会室や宮武部のトレーナー室に生けたりしているのだ。

 そして丁度今咲いている花たちを摘み取って、夏の花に備える時期。

 なのだが、

 

「いやはや、そう来ましたか……」

 

 宮武部は花壇に着いた途端、そんな言葉を零した。

 何故なら、先に到着していたエアグルーヴたちの手によって花壇の前にレジャーシートが敷かれ、その上には重箱や取皿等が並んでいるからだ。

 

「桜の花見もいいが、こうした花見も乙だろう?」

 

 エアグルーヴが得意げに訊ねれば、宮武部は「そうですね」と笑顔で答える。

 つまりはエアグルーヴの花壇で摘み取る前に咲き誇っている花たちで花見をしようということだ。

 

「日頃の感謝、とういう意味も込めて前から準備をしていたんだ……計画当初は新入部員がいる可能性も踏まえていたから、料理が多くなってしまっている点は目を瞑ってほしい」

「余ったら寮のみんなに配りますから、気にせず食べられる量を食べてくださいね」

 

 ハヤヒデ、ローレルがそう言うと宮武部は「分かりました」と頷いて、靴を脱ぎレジャーシートに上がって用意された座布団に座る。

 

「トレーナーさんも温かい緑茶でいいかねぇ?」

「ありがとうございます、アキュートさん。頂きますね」

 

 すかさずアキュートが程良い温かさの緑茶を渡し、宮武部は早速一口含む。

 鼻から抜ける緑茶の香り。しかしそれが消えるとすぐに近くのラベンダーやナデシコの香りがやってきて、いい意味で休む暇を与えてもらえないのは贅沢だ。また風に乗って学園内にある桜の木から花びらも飛んできて、実に風流。

 そして、

 

「香りもいいですが、色とりどりの花を眺められるのは心地良いですね」

 

 花壇に咲き誇る花々を見ればより一層贅沢感が湧いてくる。

 チューリップにマリーゴールド、ペチュニアと見事と言う他ない。

 

「明日にはチューリップとマリーゴールドとミニバラは摘み取る予定だ。チューリップはともかく、あとの2つは次々に蕾が出来るからな。摘み取って行かなねば次の花が咲かない」

 

 エアグルーヴがそう説明すれば、宮武部は「そうですね」と頷いてミニバラに手を伸ばし、優しく撫でる。

 

「来年もまた会いましょう」

 

 微笑み、再会の約束をする宮武部。その光景はまるで巨匠画家が描いた大作のようで、イナリたちは思わず胸の奥がトクンと跳ねた。

 彼女たちは普段はそこまで表に出さないが、宮武部のこうした仕草や行動にいい意味で不意打ちを食らうと、みんなして『ああ、自分はこの人が好きなのだ』と思い知らされる。

 

 彼は夢を共に叶えてくれた。厳しくも優しく支えてくれた。誰よりも、自分よりも自分を信じてくれた。

 そんな彼だったから、イナリたちは一見すると少女にしか見えないが実は誰よりも強く優しい彼に愛情を抱くようになっていたのだ。

 

「トレーナーさん、お花さんもいいですが、お食事も忘れちゃダメですよ」

「花を愛でるのは腹ごしらえしてからにしようぜ、ダンナ!」

「そうですね」

 

 クリークとイナリに促され、宮武部は返事をしてみんなの輪に向き直る。

 クリーク、ハヤヒデ作のおにぎりやイナリ作のいなり寿司といった主食。ローレルお手製のレタスとミニトマト、ゆで卵をフレンチドレッシングで和えたシンプルなサラダに、ヒシアマとエアグルーヴ、アキュートが担当した筑前煮はニンジン、ダイコン、レンコン、ゴボウ、こんにゃくが花のように飾り切りされ、インゲンとサヤエンドウの緑が花の茎や葉を連想させる。

 そしてローレルが仲良しのサクラバクシンオーから教えてもらった老舗和菓子屋から仕入れた色とりどりの和菓子が並び、とても豪勢だ。

 

「いなり寿司は三角のが五目で、俵型のが普通のやつだ。どっちでも好きなの食べてくれぃ」

 

 イナリが説明しながらおしぼりを渡し、アキュートは「これはトレーナーさんのねぇ」と言って紙皿と割り箸を渡す。

 

「おにぎりはツナマヨ、シャケ、ゴマ昆布、塩のみの4種類です」

「海苔はパリパリ派とシナシナ派がいるだろうと思い、半々にした。パリパリ派はこちらの袋から取って自分で巻いて食べてほしい」

 

 ハヤヒデの説明にパリパリ派のヒシアマ、ローレル、エアグルーヴは彼女に感謝して焼き海苔を手にした。因みにクリークとアキュートはシナシナ派で、イナリ、ハヤヒデ、宮武部は特にこだわりはない派。

 

「それではいただきましょうか……いただきます」

『いただきます!』

 

 こうしてチーム『百花繚乱』は美味しい夕食を共に食べ、花を愛で、春の思い出を作った。

 因みに残った料理は料理の匂いを嗅ぎつけてやってきた芦毛の怪物と黒い刺客が秒で消してくれた。




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